四谷みこの家を出た墨村景守はさっそく旧知の仲であるまじない師の
神津は景守にとっては、頭のあがらぬ先達のひとりである。神津国光は二七歳で、実際の年齢よりも落ち着き、ごく自然な自信を身に着けているように見える。異能を扱う裏社会に有益な才能をもつという点で、彼は新進気鋭の異能者だった。
まじないを紋様にして彫ることができる呪刻師である彼は、まじないに関する論文を書いて、それが裏会の幹部に認められ、スカウトされそうになった経歴がある。才幹でいえば異能者としても上位であるが、輪う意味での上位者らしさがない。年少者に対しては、気さくに振る舞うこともできるし、年長者にむかって、オブラートをつけたり外したりで毒舌を振るうこともできる。
「まったく、美女に惚れこんで秘術を安売りするとは、プロ失格だな」
「なんてこと言うんですか。俺は協力者を作って事態解決がすみやかに行われるように頑張っているだけですよ」
景守はせいぜい不本意そうな表情を作ってみせた。そうは言っても景守がみこにまったく関心がないかと言えば嘘になる。
古めかしい表現を使えば大和撫子のようで、清廉な美しい容姿は一際目を引いた。表情の変化こそ少ないものの、彼女は典雅で、しとやかで、しかもりんとしている。白磁のような肌、花弁のような唇、黒絹のような長い髪と、麗しい楚々とした容貌は景守の心に強く残っていた。
「協力者ね、その娘さんと会う口実を作ったのだろう。こまっしゃくれた奴め」
「そもそも、一介の学生が俺への報酬など払えるわけがないでしょう。金はあるところから取るが、あの娘からは労働力を提供してもらえるわけです」
完璧な論法に思えた景守だが、神津には鼻であしらわれるだけだった。
「まあそういうことにしておいてやろう。お前さんが騎士道精神に目覚めても悪いことではないからな。
そこからは実に散文的な、ビジネストークが三〇分ほど続いた。
◇◆◇
日本には裏会という全国の異能者達を統括し取り仕切る自治組織がある。日本各地にある霊地の管理も裏会の仕事のひとつである。そして、墨村景守が裏会からの依頼を請けた東京の川伏──四谷みこが生活する土地。そこはとある異能の家系が裏会から管理を任せられていた。
裏会から依頼を請けてやってきた結界師が、著名な能力者ではなく、学生服姿の小僧であることは、土地の管理者である異能者──俗社会では著名な起業家として知られる男──の自尊心を完全には満足させなかった。そのことが景守にはよくわかった。彼でなくとも察せられないわけがなかった。
管理者の持つ会社の役員用応接室に通されて、コーヒー一杯で二時間弱も待たされては、凡庸な人間でもなければ洞察力で推察されるというものである。
墨村景守は凡庸でもなかった。それは必ずしもよい意味においてではないにしても、非礼を承知で客人を待たせて、応接室に姿をあらわした管理者が目撃したのは、えらく真剣な表情で持参したグラビア雑誌に見入っている若い結界師の姿だった。管理者に気づいた結界師は雑誌を机に置く。さっきまで凝視していた美女が裸体を惜しみなく披露したヘアヌードのページが開かれたままだった。
「──」
結界師と視線がぶつかったとき、管理者は東京郊外でひそかに囲っている愛人の存在を見抜かれたような気がした。雑誌の美女が愛人によく似た面差しだったのだ。
お互いにビジネスマナーに則った形式的なあいさつをすませると、景守はただちに本題に入った。
「私も上京してきたばかりですが、この東京は好きです。市ヶ谷や川伏あたりも良い。きっとあなたの一族の手腕によるところが大きいのでしょう。ゆえに、あなたが選択を誤り、その結果、あの土地があなたの一族の手から離れることはよろしくないと考えています」
管理者は鼻であしらおうとした。
「ご親切なことで、ありがとうございます。ですがご心配は無用というものです」
「あなたはご存じのはすです。裏会から派遣された異能者が四人も殉職した。だというのに未だに事態を収拾させる方策を打ちだしていらっしゃらない。裏会があなたの管理能力に疑問符をつけるということを。幹部はあなたの一族から権限を剥奪して、他家に委任することとなるでしょう。そういえば、裏会があなた方にあの土地を任せるまで最終選考に残っていた一門がありましたね」
若い結界師の論法は、スプーンのように管理者の心のうちをかきまわした。
「つまり、事態の解決に積極性がないと裏会に見なされたら、管理者としての役目を剝奪する、と、こうおっしゃるのですな、墨村君」
「そうです」
管理者の言葉に対して、景守がやや意図的な簡潔さで答えると、管理者は自分が小僧のペースに巻き込まれていることに危険を覚えた。
「だが、幹部連……十二人会は我々に約束してくれましたぞ。かつての騒乱の功に報いるための報奨があの土地の利権であると! 何かあれば、そう例えば此度のような事でも、解決は裏会のほうでしてくれると」
礼儀の範囲内で、ではあったが、景守は相手の甘い計算を軽くあしらった。
「それはいくらでも気前よくなることでしょう。彼らは何もあなたがたに譲るわけではない。一時的にあなたがたに預けるだけのつもりですからね」
景守の舌はまるで魔法の杖のように振るわれて管理者の心臓を一打ちされた。管理者は思わず少年結界師から目をそらした。すると、卓上に放り出されたグラビア雑誌の美女と目が合った。
「……ああ、ええと、君は、いや、あなたのおっしゃるようなことがあっても、我々には今回の案件にもいくつかの対策があるのです。何もあなたにご心配いただくことはありませんな」
その対応策なるものが景守には読めていたが、洞察力の鋭敏さを完全に公開してみせるのは、必ずしも得策ではない。彼は管理者の顔を見やった。管理者の顔には、ためらいと、探りを入れる表情がもつれあった。
「お知りになりたいですか?」
少年結界師は、策士の表情を作り、その表情に相応しい声で宣言する。自信という貴重な資源は有限なもので、この場で若い結界師がそれを独占してしまったようだった。
管理者からは活動に必要な情報の共有等の約束を、景守は取り付けて会談は終了した。管理者も裏会へ干渉されないように口利きすることとなった。
景守は感謝のしるしとしてグラビア雑誌を管理者へ押しつけて、応接室を出ていった。これから会う少女には、グラビア雑誌を所持してることは秘しておくべきことと景守は判断したからだった。
◇◆◇
「あ、先輩からだ。もうすぐ着くって」
四谷みこはスマートフォンに入ったSNSのメッセージをすぐに開いて確認した。
みこは放課後、景守と会うため連絡を待って落ち合う予定だったので、その時間まで友人のハナと街を歩いていたのである。
「ごめん、それじゃあ私は……どうしたの?」
みこが胡乱げに友人を見た。友人はむぅと頬を膨らませてご立腹のご様子。高校生にもなって頬を膨らませる怒り方は幼稚に見えるが、彼女の容貌だとそれもまだまだ似合う。
「だってみこってば、ずーっとなんかソワソワしててさ、“センパイ”からメッセが来たらすっごい嬉しそうなんだもん」
浮気者~と怒るハナに、みこはハイハイと受け流す。みこは友人をいなしながら、口元を触れてみる。自分は本当に微笑んでいるようだ。
(でも、たしかに先輩に会えるのは嬉しい……)
家に憑くモノを退治してくれて、あとは呪具とやらを受け取ればそれで終わりかと思えば、寂しさを感じていた。だけど、景守がみこの協力が欲しいと言われたとき、つまり今後も付き合いが続くことになった時、みこは嬉しさを感じて思わず笑ってしまったものだ。
「そっか……私、先輩に会うことが楽しみなんだ……」
うわぁ、惚気てるよ、と呆れる友人をよそに景守が案内してくれるという彼の行きつけのお店が楽しみで、みこは再びごく自然と微笑んでいた。
みこのオリジナル設定
身長:152cm
体重:49kg
スリーサイズ:B88/W60/H88(Dカップ)
ハナがグラマーなだけでみこもスタイルはいいと思うのでスマートでスタイルが良い設定にしました。
今回はオリキャラが二人登場しました。神津の呪刻師は夜行の染木文弥と同じ職業です。
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