呪術短編集   作: ぽてと。

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これにて完結です。
失踪しかけたけど頑張ったよ!


妹が大事で大好きな姉【ー】

 柔らかい手にふわふわとした髪の毛、生まれたばかりで真っ赤な肌、まだ開けることが難しく目にかけられたままの瞼。

 肌寒くなって紅葉が赤く染まる十一月の初め頃、

 

「ほらごらん、あなたの妹よ」

 

 私に"いもうと"が生まれた。

 

 妹の名前はしょうこ、と言うらしい。

 お父さんががらすと書いてしょうこと読むんだと教えてくれたが、幼い私にはよく分からなかったので、窓を指さして「しょうこ?」なんて聞いたらおとうさんは苦笑いしてしまった。

 

 お母さんがおくるみの中ですうすうと眠るしょうこを私の腕の中に持ってきた。

 慌てて落としてしまわないように腕に力を入れる。

 

「……おもい」

 

「ふふ、重いでしょうね」

 

 命だもの、と穏やかに言うおかあさんの顔をちらりと覗いて、大切なものを見るような、愛おしいものを見るような目にびっくりする。私を見ている時みたいだったから。

 じっとしょうこを見ていたら突然泣き出してしまったけれど、お母さんが抱っこしたらまた泣き止んだ。……私のことが嫌いなのかもしれない。

 

「いもうと?」

 

「うん、いもうと。(あや)がお姉ちゃん。」

 

 お姉ちゃん。不思議な響きだった。

 

 

 

 

 

 しょうこがお家に来て分かったことがある。

 しょうこはひどい子と言うことだ。

 私がお母さんと遊んでいると泣き出して、私からお母さんをとる。それなのにお母さんは「遊ぶのやめちゃってごめんね」って私に謝る、悪いのはしょうこなのに。

 お母さんにそう言ったら、しょうこは泣きたいから泣いてるんじゃないと言われた。

 しょうこはお腹がすいてもおしめを替えてほしくても喋ることが出来ないから、泣いてお母さんを呼ぶらしい。それならしょうがないのかな。

 たまにお母さんのおっぱいを飲んだあとでもおしめを替えた後でも泣いてしまうしょうこはきっといたずらが好きなんだろう。

 聞けば私もそうだったらしい。私はいたずらなんてしないのに。

 

 

 

 しょうこが三歳になった。私は五歳。

 私の名前の漢字は簡単だったけどしょうこの漢字は難しくてまだ覚えられない。

 漢字を覚えるためにいっぱいおべんきょうしてるのに邪魔してくるんだからやっぱりしょうこはいたずら好きだ。

 

「じゃましないで! あやいそがしいの!」

 

 そう言って突き放してお母さんに仲良くしなさいって怒られることが多々あった。

 だってお母さんがいるのにずっと私にくっついてくるんだもの。

 幼稚園でもべったりでおともだちとも遊べない、きっと私はしょうこがいて遊べないからみんなに嫌われてるんだ、そう思うとすごく悲しくなって、その日はいつもよりきつく当たった。

 

「ごめんなさい……」

 

「じゃあひっつかないで」

 

「やだ……こあいからいや……」

 

 ぽろぽろ泣き始めたしょうこにぎょっとしたけど、私は悪くないから無視した。

 そのうち幼稚園の先生が来て仲直りしなさいって怒られて……しょうこのせいで怒られてばっかり。

 

「ねーね」

 

「……なに」

 

「ごめんね……」

 

 またしょうこのことを知らんぷりしたら先生に怒られちゃうから出来なくて、私はそっけない反応を続けるしか無かった。

 しょうこは冷たく反応されたのがいやだったのかまた泣きそうになっている。

 

「ねーねといたらこわくないの……」

 

「しらない」

 

「おばけこわいからねーねといないのやだ……!」

 

「しらない! おばけなんていないでしょ!」

 

 結局またしょうこが泣いちゃって先生に怒られるどころかお母さんにも怒られちゃった。やっぱりしょうこのせいで怒られてばっかり。

 しょうこなんてきらいだ。

 ……きらいだけど、手を繋ぐぐらいなら、してあげてもいいよ。

 私、お姉ちゃんだからね。

 

 

 

 

 

 小学校に入学して、硝子と一緒にいる時間が減った。

 減ったけれど相変わらず硝子は帰ってきた私に直ぐひっついてくる。

 私じゃなくてお母さんなら遊んでくれるんだから、お母さんと遊べばいいのに。

 宿題をしてる時はお母さんにも言われたのかしょうこは横にいるだけでちょっかい出してこない。

 宿題が終わったらぱぁっと目をキラキラさせて、遊んで! って手を繋ぐ。

 最初の頃大人しくしていていい子だったから遊んであげただけなのに、いつの間にか宿題の後は一緒に遊ぶのが決まりになってしまった。

 

「おままごとしよう?」

 

「んー」

 

 私がお姉ちゃん役でしょうこが妹役。実際何も変わってないんだけど。

 

「お姉ちゃん、お弁当よー」

 

「はーい」

 

 どっちかって言うとしょうこはお母さんみたいなことをしたがった。

 たしかにお母さんかっこいいもんね、朝から私としょうこのお弁当作ってお洗濯物干して……憧れる気持ちも、分かる気がする。

 

 

 

 

 

 妹が小学校に入学した頃、硝子は自分のことを魔法使いと言うようになった。

 私はもう小学三年生で魔法使いがいないことなんて知ってたし、ばからしーって聞き流してた。

 

「お姉ちゃん、信じてないでしょ」

 

「信じてるよ、すごいすごい」

 

 私の呼び方が「ねーね」から「お姉ちゃん」に変わって少し違和感のある硝子の言葉をいつも通り軽くあしらいながら、小説の文字列を目でなぞって行く。

 全くもって興味を示していなさそうな反応にご不満なのか、硝子はぷう、と頬を膨らませた。

 

 本当に、何故昼休みまで妹と過ごさなくてはならないのか。

 休憩時間になると絶対扉の前で待ち伏せてるし、友達と遊ぶって言ってるのにべったりで離れないし。

 自分のことを魔法使いと自称する妹がいるとクラスメイトに知られるのがいやで、私は妹を連れてよく人気のない場所で本なんかを読むようになった。

 これじゃ幼稚園の時と同じだ……とため息を吐く。

 

「硝子、友達と遊んで来なよ」

 

「やだ」

 

「私が遊んでくれないの知ってるじゃん」

 

「でも……お姉ちゃんといるとお化けがこなくなるから」

 

「またそれ?」

 

 お化けなんていないって、と呆れ気味に言うと硝子ほ下唇をグッと噛んで潤んだ目でこちらを見てきた。

 その姿に最初に否定した時に泣き出した硝子と重ねてしまってう、と呻く。

 

「……ほんとにいるの?」

 

「いる」

 

「嘘ついてない?」

 

「ない」

 

 ここまで言われたら……いやでもなあ……。

 いたらいたで怖いけど、実際見えないからなんとも言えない。

 

「じゃあ魔法使いってのは?」

 

「魔法が使えるから」

 

「……」

 

「ほんと」

 

「ばからし」

 

 これ以上付き合ってられるか、と言う感じで視線を妹から本に戻すと同時に、チクリと痛みが走った。

 適当に捲ってたから紙で指を切ってしまったらしい。

 あーあ、と保健室に行こうとしたらその指を硝子がガシッと掴んだ。

 

「なに、お姉ちゃん今から保健室行くんだけど」

 

「治してあげる」

 

「?」

 

 硝子はそう言うと私の指をいじくり始める。

 暫くそのままで開放されたら、なんと本当に傷が塞がっていた。目をこすったり触ったりしたけど傷は見当たらない。

 

「硝子なにしたのこれ」

 

「だから魔法」

 

 ふふん、とドヤ顔で私を見る硝子。

 いやいや、まさかね。

 

 

 

 

 

 硝子が中学に上がり、私はまたあんなことになるのか、とげんなりする。

 とは言っても、流石に硝子ももう中学生、前みたいに休み時間に毎日来ることは無くなったし、友達と遊んでいるのをよく見かけた。

 

 あ、当たり前だけど自分のことを魔法使いだと言うのも今はやめている。

 それでも硝子の超能力は健在らしく、料理を手伝ってて包丁で指を切ったりしたら母さんに気付かれないように硝子に治してもらって、なんて無駄な使い方をしている。

 硝子の力ってバレたらどうなるのかな、やっぱりしかるべき場所とかに連れてかれたりするのかなぁ、なんて考えながらも、そうなったら少し寂しいなとも思った。

 

「あ、姉さん、これ母さんに渡しといて」

 

「自分で渡しなよ」

 

「メンドー」

 

 気怠そうにそう言って私にプリントを渡す硝子。

 怠い、と言ってベッドに沈んでぼうっとしている硝子を見て疑問符をいくつも浮かべる。

 あの子、何時からあんなにダウナーな感じになってしまったんだろう。

 まだ中学一年なのに私より大人びているような気がする。

 おかげで硝子は女子にも男子にも密かに人気があるらしく、二人で買い物なんかに出かけてクラスメイトっぽい子達と出くわすとチラチラ見てくることが多かった。

 多分話しかけずらいけどあの子可愛いよねみたいな感じだろう、適当だけど。

 

 ちょっと前まではねーね! なんて言ってたのに今じゃ姉さん、成長したな……としみじみ思う。

 それでも一緒の部屋がいいと言うあたり可愛いんだよなぁ。

 ここまで頑なに私から離れようとしないからお化け? 幽霊? の話を信じぜざるを得なくなったよ。

 

 というか硝子が「幽霊お祓い出来るようになった」って言ってたのはどういう事なんだろう、言う割にお札とか持ってなかったから嘘だと思ってたんだけど拳に霊力的なのを込めて殴るとお祓いできたらしい。

 まさかの物理、殴るな、幽霊を物理で。

 

「硝子ちゃーん宿題はー?」

 

「もうやった」

 

「早いな」

 

「あんなの簡単でしょ」

 

「うちの妹天才肌だったか〜〜〜」

 

 私も言ってみたいわそんな台詞……妹の前だと予習復習してる自分が馬鹿らしく思えてくる。

 凡人なりに努力しよう……とペンを走らせていると、硝子が不意に後ろから抱きついてきた。息苦しさに「ぐぇ」と声を出してしまう。

 

「ねーさん」

 

「なに」

 

「あっちにいる」

 

「えっこわ」

 

 部屋の中に幽霊がいるって何??? もうそういうこと申告してくるの本当にやめて欲しいんだけど。椅子から立ち上がって硝子の後ろに回る。

 お祓いしてよと言ったけどへらへら笑いながら「ちょっと強すぎて無理」なんて返された。

 強すぎて無理って何??? 怖いんだけど。

 

「私ら死なない?」

 

「うーん、姉さんには不思議と寄り付かないんだよ」

 

「……体臭とかするのかな」

 

「そんな事ないない、いい匂い〜」

 

「どさくさに紛れて嗅ぐのやめろっ」

 

 肩に顔を押し当てられてこそばゆい。

 最近の妹は嫌がられるのを分かっていてダル絡みしてくる節がある。頼むからやめてほしい。

 

 

 

 

 

 高校に行ってふと帰ってきた時、しらない靴が二人分ご丁寧に置かれてあった。

 我が家に来客なんて珍しい、父さんの仕事関係の人か? でも父さん今日出張で翌日帰るって荷物まとめてた気がする、中止になったのかな、なんて呑気に思いながら靴を脱いで鞄を背負いなおし二階に上がるためにリビング前を通った。

 

挨拶ぐらいはした方がいいかな、と思ってリビングに顔を出すと、何故か父さんではなく母さんと硝子が知らないスーツ姿の男の人とテーブルを囲んでいて思わず固まる。

 

「……えっ? 硝子がいるのなんで?」

 

「こんにちは」

 

「アッこんにちは……」

 

 椅子に座りながら小さく頭を下げるスーツのお兄さんに挨拶を返しながらいつもなら客の対応なんて絶対にしない硝子を食い入るように見つめた。

 しまっていた椅子を持ってきて文も座る? と手招きされる。

 えーこわ、本当に何? もしかして私がなんかやらかしたてたりするのか? と考えつつパパっと私服に着替えて一階に下りた。

 

「お待たせしました……」

 

「いえいえ。」

 

 そろりそろりとリビングに入って冷や汗を流す。

 

「母さん、どちら様で……?」

 

「えっと、私立の高校関係の人みたい。硝子にね、ぜひ入学してもらいたいらしいの。」

 

「……うん?」

 

 話の意図がわからなくて背後に宇宙が広がった。

 高校? なんで? たしかに硝子も受験する年だけど……モデルかなんかの専門学校なのかな、だから美人でスタイル良くて美人な硝子を我が校にって事なのかな?

 話の中心人物らしい硝子を見るが、呑気に髪の毛先を指に巻いて遊んでいた。おいオマエのことだぞ。

 

「えー……硝子がいいならいいんじゃない……んですか……? どんな高校?」

 

 お母さんが持っているパンフレットをお兄さん二人に断ってから手を伸ばして取りパラパラと捲る。

 うーん宗教系なのかぁ……大丈夫なのかな……硝子幽霊物理でお祓いしてるけど……「殴れるなら祓える」とか最近言ってるけど……と言うか本当に宗教系の学校が硝子に興味があるのなんで?

 母さんはチラチラと硝子の方を見ている。

 

「まぁご家族でお話していただけたらと思います。今日のところは私達もお暇させて頂きますね。」

 

 お兄さん二人が席から立ち上がったことにより漸く呼吸がしやすくなった。

 硝子に玄関までお見送りしてと言って自室に消えた母さん、多分父さんに電話かメールするんだろう。

 一人リビングにぽつんといるのが気不味くて私も二階の自室へ上がった。

 

「ただいまー」

 

「見送り終わったの?」

 

「うん」

 

 扉を開けて硝子がいつも通りへらへら笑いながら入ってくる。

 硝子は扉を閉めてからベッドに直行して枕の裏を漁っていた。あそこは硝子の煙草の隠し場所だ。

 いつからかは分からないけど、気づいたら妹が煙草を吸っていたなんて信じられない。私だって吸わないのに。

 ライターで煙草に火をつける硝子に呆れた目を向けつつカラカラとベランダの窓を開ける。

 

「煙草やめなよ」

 

「ヤニ入れないとやってらんないって」

 

 表情を削ぎ落として只管ニコチンを摂取するために煙草を吸う硝子に見てられないと机に椅子を回転させる。

 自分の妹(未成年)が目の前で煙草吸いだすなんて気不味い以外のなんでもない。

 

「なんかあったの?」

 

「脅された」

 

「は?」

 

 椅子をまた回転させて煙草をふかしている硝子を見た。

 普段面倒臭がって怒る気力もないと無視する妹が「あーうざ」なんて言いながら舌打ちまでして苛立ちを表に出してるのが珍しく嘘ではなさそうだなと察する。

 

「どういう事?」

 

「車乗る前に『いいお母さんですね』とか『お姉さんも将来が楽しみだ』とか『大事にした方がいいですよ』とか……明らか脅しだろウザッ」

 

「えこわ……」

 

 それを「ウザッ」で済ませる妹もどうかと思う。

 普通怯えたり怖がったり……ないの? 困惑しながら過激な宗教なのか、なんて適当に話題を降って苛立ちを収めようと思ったがあそこ宗教とかじゃないと一蹴り。

 

「多分建前だろ。母さんが飲み物取りに行ってる間に説明されたけど、あっこ幽霊……呪霊? を祓う機関らしい」

 

「幽霊って……なんで硝子がみえること知ってんの?」

 

「知らね。私が傷治せるのも知ってた。なんかヒーラーって貴重らしい。」

 

「なにそれ……意味わからん」

 

「わかる」

 

 脅されたのが余っ程嫌だったのかついには母さんが自室で父さんと通話してるのをいいことに堂々とキッチンから発泡酒を持ってきた。未成年飲酒ェ……。

 おいおい煙草だけじゃ飽き足らずとうとう酒にまで手を出すのか妹よ、半ばヤケクソでカシッと音を立てて缶を開封して口の中に入れる硝子を見ながら目を据わらせた。

 

「……イケんな」

 

「イケてんじゃねーよ」

 

 あっという間に一缶飲み干したと思ったらまさかの二本目を持って来る。

 今度はチューハイらしく、感を開け飲んだ途端に「あま゙」と文句を言い放った。

 

「で、結局行くの?」

 

「いく」

 

「マジか」

 

 目を見開いている私に硝子はチューハイの甘さに顔を顰めながら脅してきたヤツらぶん殴って帰ってくると息巻いていたのでいつもより活き活きしてるなぁと思いながら笑う。

 それでも硝子は女の子だし心配だ、私も進級して落ち着いたら様子を見に行くのもいいかもしれない。

 

「何かされたら私が守るから……安心して……」

 

「分かったから残りのチューハイ口に入れようとするなぁっ!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 あれからいろいろなことがあった。

 なんと、私も硝子が入った高専へ転入することになったのだ。

 

 妹が言っていた「姉さんには不思議と寄り付かない」というのは、私の術式によるものらしい。

 私の術式は結界術のようなもので、私が拒絶したものから自衛する、そんなものだそうで。

 強さ次第では存在だって忘れられるらしい。説明してくれた術式の効果が分かる綺麗な目を持った硝子の同級生、つまり私の後輩に「クッッッソめんどくせー術式持ちやがって」と悪態を突かれた。

 結界をいい感じに記憶に使うと術式が使えることを忘れさせたり出来るから、めんどくさいのだとか。ふむ……超能力を使えなくできるんだね? というと渋々頷かれたのを覚えている。

 それを聞いた時、そういえば怖い何かを見たと泣き喚いたり部屋から出てこなかったりして暫くお母さんを困らせたような、と記憶を辿る。丁度硝子が生まれてすぐの頃だったはずだ。あれが存在を忘れる、ということなのだろう。現に高専に来るまで呪いなんて見えなかったしね。

 まぁ、妹と同じく他者への反転を期待されていたから一時期嫌がらせが凄かったけど。私も硝子があんなに凄いのにその姉がショボいのは何故だと自問したよ。

 

「あ、文じゃん、今帰り? 土産は?」

 

「ただの任務で買ってくるわけないじゃん、それより五条も出張終わったんでしょ、お土産は?」

 

「ただの出張で買ってくるわけねぇだろ」

 

「ンダヨツカエネー」

 

「おい俺の真似すんな、俺の方がイケメンだし全くもって似てねぇからな」

 

 寮の共同スペースでくつろいでた件の後輩に見つかった。ちょうど私も聞きたいことがあったから、部屋に向かおうとしていた足を止める。

 いつも本当にくっついてないのか疑問に思えてくる程仲のいい彼の親友がいないことに首を傾げると、「傑は任務」とぶっきらぼうに返ってきた。

 

「じゃあ何で五条はこんなとこいんの? 一人でいるの初めて見たんだけど」

 

「後数十分もしたら任務だから。部屋もどんのめんどくせー」

 

「特級は大変だねー、チョコあげる」

 

「もっと早く出せよ」

 

 そこは大人しく感謝ぐらい言えよ、と思わなくもないが、もう三年近く絡まれ続けているのだ、慣れた。

 もごもごと口を動かしている五条に溜め込んでいた菓子をぽいぽいと渡していく。なぜ妹ではなくただの後輩なんかのご機嫌取りのために菓子を常備する羽目になったのか。

 最後の棒付きキャンディは私の好きな味だったので、五条には渡さず自分の口に放り込む。寂しかった口に甘さが広がって、硬い飴がカラカラと歯に当たった。

 

「そういえば、最近は忙しいみたいだね」

 

「誰かさんと違ってな」

 

「いやー、雑魚ですみません」

 

 結界術だから呪霊を攻撃できるわけがないし、私は三年高専で任務を受け続けたが四級から三級に上がっただけだ。優秀な硝子とは大違いである。

 雑魚扱いされてそれほど任務が降ってこないのは普通においしいけれど。

 

「夏油とも最近会ってないっしょ?」

 

「会ってね……いやこの前会ったわ、なんか痩せてた、夏バテらしい」

 

「……ふぅん?」

 

 確かに三日前ぐらいに夏油に会った時痩せたか? とは思った、でも。

 私は三日前から気になっていた疑問を五条に話す。

 

「なんか夏油変じゃなかった?」

 

「変? オマエより?」

 

「今そういう冗談いらない。なんか、思い詰めてるというか」

 

「傑が?」

 

 五条の言葉に頷く。

 夏油の様子がおかしい。これが五条に聞きたかった……というか、相談したかったこと。

 三日前に会ったとき、夏油の雰囲気がすごく、ものすごく重かったのが印象に残っているのだ。思わず声をかけるのを躊躇ってしまった。

 そのことを話すと、五条はふーん、と興味なさげに言う。それでも他に何かないか聞いてきたあたり、やはり心配なのだろう。

 

「……そんなら傑と予定合わせて会うわ」

 

「あ、私も会いたい。夏油心配だし」

 

「えー」

 

「絶対アンタ面倒くさくなってはっきり聞いちゃうでしょ。悩んでる人の心とかって繊細なんだよ」

 

「……」

 

 さっきのように「えー」が出てこない、ということは、聞くつもりだったのだろうなとため息を吐く。

 私の様子を見た五条が鬱陶しげに「硝子は?」と聞いてきた。

 勿論誘う、と言おうとして、少しだけ言葉に詰まる。忙しいのではないかと思って。ほら、私と違って天才だし。

 そのことを伝えると、五条が意味ありげに私を見てきて、思わず首を傾げる。サングラスの隙間から見える青色の瞳が小憎たらしいことに綺麗だ。

 

「それ硝子が……いや、何でもねぇわ」

 

「硝子が……何? 気になるじゃん、言ってよ」

 

「悩んでる人はセンサイなんだろ」

 

「え、あの子なんかあったの?」

 

「オマエもな。」

 

「? ……取り敢えず硝子も誘おっか」

 

 話がどう頑張っても見えてこない。私は悩みなんてない超お気楽人間ですけど。

 もう少し問い詰めようとしたら、携帯で時間を見ながら任務に行くと逃げられてしまった。任務なら止められないのが辛い。

 私に悩みなんてあるはずない。溢れてしまいそうな醜い感情に、無意識に蓋をした。

 飴を噛み砕く。口の中で大きな音が鳴った。

 

 

 

 

 

 夏油と五条、それから私と硝子が休みの日なんてそうそう見つけられない、と思っていたけど、思ったよりも早く都合がついた。

 だから夕方まで休みの灰原と七海も引き摺ってきて、皆で遊ぶことにした。

 

「突然私の部屋に押し込んできて何で人生ゲームなんかしてるんだ」

 

「知りません」

 

「楽しいです!」

 

「いーじゃん別に」

 

「いーじゃん別に」

 

「ほら五条も硝子も灰原もそう言ってる。」

 

「何で文さんまで悪ノリしてるんですか……後七海は絶対巻き込まれただろう」

 

 私はまぁまぁと宥めつつ七海と夏油に人生ゲームのコマを渡す。受け取ったな、よしじゃあ強制参加だ。

 それからは普通に話しながら人生ゲームをした。因みに現在私が最下位である。何でだ。

 

「げ、一マス。これ文のターンってことにしねぇ?」

 

「何言ってるんだ、私たちが飛ばされるだろ。まぁ構わないが」

 

「飛ばされなかったらいいみたいに聞こえるぞ夏油。あ、私は別にいいよ」

 

「三マス戻るにとまらせたいだけだろ! 夏油も硝子も否定しろよ! 私の味方は七海だけだぁ……」

 

「私も構わないです」

 

「七海!?!?」

 

 ただでさえ最下位で必死に食らいついているというのに、五位になる希望すら失われるようなことをするのはやめてほしい。

 その後もギャーギャー騒いで、結果夏油が一位で私……ではなく五条が最下位である。ざまぁ!

 

「一番乗り気じゃなかったくせに何で傑が一位なんだよ! もう一回やろうぜ、俺が一位になるまでするわ」

 

「負け惜しみはやめな、悟」

 

「楽しかったね七海!」

 

「純粋にそう言えるようで羨ましいです」

 

 やいのやいの言い合う四人を見ながら硝子が笑いながら煙草を吸っている。

 中学生の頃からずっと煙草を吸っているからか時々体が心配になる。あぁいや、もういっそそのまま硝子なんか……

 ……今のなし。

 私は二本目に火をつけた妹に近づいて、口から煙草を抜き取った。

 

「あ、なにすんの姉さん」

 

「煙草、いい加減体に悪いからやめな」

 

 そのまま私は煙草の火を消してから灰皿に入れた。

 硝子はブーブーと口を尖らせながら抗議してくるが、無視。体を思って言っているのだから、少しは聞いて欲しいものである。

 

「今日は煙草禁止ね」

 

「えー」

 

「硝子、文、次桃鉄やんぞ! クソ前髪ぜってー負かす」

 

「ダサいグラサンかけてるうちは無理じゃないか?」

 

 喧しく騒ぐ五条にハイハイと返事をしてから、私は硝子から視線を逸らす。

 七海と灰原は任務のためこれでバイバイだ。「行ってきます!!」と朗らかに手を振ってきた灰原に手を振り返した。

 というか五条と夏油は何下らないこと言い合ってるんだ、小学生か。私も小学生の時硝子とつまんないことで喧嘩したなぁと何となく思う。あの時ならまだ、私の方が……うん、ゲームに集中しよう。

 私は妹が大事だ。妹が大好き。だから──妬ましくなんて、ないはず。

 七海たちがあたった任務が実は一級案件で、灰原が死んだと報告されるまで、後数時間。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 夏油が非術師を殺して行方を晦ました。

 何か悩んでいると知っていたのに止められなかった。悲しいし、悔しいし、虚しい。どれだけ悔やんだって、あの日ワイワイ騒いだ時間は戻ってこないのに。

 夏油と同級生である五条も硝子ももう立ち直ったというのに、私だけはまだ引き摺ってウジウジしたままで。

 

 かちゃ、かたり、くろくおぞましい。

 

 分かっている。

 夏油は私と違って強くて、何でも出来て、私が何をしようとしなくとも一人で出来る後輩だと、とっくの昔に分かっている。妹にも並べない私なんかじゃ理解できないことも、分かっている。

 でも、それでも、できることがあったはずなのに。

 

 かたかた、かたかた。おとがなる。

 

「姉さん」

 

 コンコンと、ノックの音が聞こえる。返事もしていないのに、扉が勝手にあいた。今日の任務の後鍵を閉め忘れていたらしい。

 私がくるまっているベッドの端に、妹が乗った。

 

「……夏油のこと、気にしすぎ。灰原みたいに死んだわけじゃないんだよ」

 

 可愛い後輩の名前を聞いて、首に刃物を突き立てられたみたいにビクリと私の体が跳ねる。最後に見た灰原の顔を思い出して、また涙がこみ上げてきた。

 灰原が死にまで至った任務をあっさりと片付けた五条に七海が言った、「もうあの人一人で良くないですか?」という言葉。

 否定しきれない自分が憎くて仕方なかった。

 私みたいな中途半端は、硝子と対等にもなれないようなやつじゃ誰も助けられないと、心の底から思った。

 硝子と違って普通だから……いや、違う。硝子が違いすぎるのがわるいんだ。私は悪くない、そうだよね、そうだと思うよね? ね、ね、そうだって言ってよ、言え。

 大体、後輩が死んだのにそれを解剖して同級生が離反したのに平然としてるコイツがおかしいんでしょ。私の感情は、私が挫けたのはどこかいけないこと? コイツの姉ってだけで、私はコイツよりもすごくなくちゃいけないの? 弱いままじゃダメなの? 違う、違う違う違う違う違う違う違う。そんなこと気にしなくていい。

 お母さんが硝子の高専入学を許して私はゆるく反対したのも、私が頼りなかったせい。先生が私と硝子が喧嘩する度に私を叱るのは、優秀な妹より劣っている私に原因があると思われてるということ。廊下で偉い人にすれ違う度に『失敗した方』だなんて不名誉なことを言われるのは、私が妹より弱いせい? そうだ、そうだそうそう違うそうそうそうそうそうそうそうそう違う違うそうそう違うそうそうちがうそうそうそうそうそうそうそうそ違ううそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそちがうよねうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそちがうってばうそうそ。

 うそ。

 嘘。

 うそつき。

 

 かち、かちゃかちゃ。ふたが、みにくいのろいが。

 

「……五条がまだ部屋篭ってんのかってうっさいんだ。取り敢えず外の空気でも」

 

 バチッ! と音が響いて、硝子の腕が仰反る。

 硝子が息を呑んで、私を見ているのが分かる。妹が驚いているのを見るのは、随分久しぶりだ。

 

「………………今の、術式?」

 

「…………」

 

 かちゃ、かた。たいせつなじかんを、おもいでを、

 

「ねぇ、姉さん」

 

「……硝子は、すごいよね」

 

「それは今どうでもいい、私の質問に」

 

「硝子は」

 

 溢れ出した黒くて醜い感情が、だんだんと口から出ていこうとする。口を塞ごうとしたけど、塞ごうとした手は動こうとしなくて、笑えてしまう。

 

 かた、かつ。あまりにもかんたんにうばってしまう、

 

「硝子は、すごいよね。いい子で、才能があって。敵わないなあ……敵わない。そういや昔から硝子に敵ったことなんてなかったよね。クラスで人気で、美人で、頭も良くて、可愛くて、愛しくて、今だってちゃんと前を向いてる、私の大事な妹。」

 

「ねえさ」

 

「でもおかしいんだよ、そんな妹が大事で仕方ない私がさぁ」

 

 かたん。おぞましいのろい。

 

「──どこにいるか分かんないんだ」

 

「……ッ!」

 

 硝子が音を立てながら出て行った。

 言ってしまった。もう取り返せない、もう戻れない。

 ──恵まれすぎているオマエが妬ましくて仕方ないと、もうオマエには嫉妬以外の感情を抱けないと、よりにもよって本人に言ってしまった。

 あぁ、もう、私なんて大嫌いだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 目を覚ました。

 あたりを見回す。

 私は、首を傾げた。

 ガチャリ、と、扉が開いた。男の子が入ってくる。

 

「おい文、オマエ硝子と何があった」

 

 何で名前を知ってるんだろう。

 しょうこ。首を傾げる。

 

「あの、」

 

「……何」

 

「しょうこって、誰ですか?」

 

 男の子の顔が、痛々しげに歪んだ。でも、私は続ける。

 

「ここ、どこでしょうか。」

 

 男の子が重苦しいため息を吐いて、蹲み込んだ。

 

「…………クッッッソめんどくせー術式持ちやがって……」

 

 

 




家入文
凡才。
然し寸前を守れるのは彼女である。

家入硝子
天才。
然し手遅れからしか救えないのは彼女である。


ありがとうございました。
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