母がよく分からない宗教にハマったらしい。
うん、まぁ、言葉通り。
一ヶ月前ぐらいから異変は感じ取っていたんだ。
出先から帰ってきたらお母さんが急に神様はいる、いえ、神様は
それからお母さんは家を不在にすることが増えた。不満げなお父さんに今までお母さんがんばってきたんだからちょっと羽目外すぐらいいいじゃんって説得して、私が代わりに家事をやることになった。
……私も遊び盛りの中学生だったからそれなりに思うところはあったけど、やっぱりお母さんの変わりようが気になったし、心配だったから。
私も昔から外が怖いこともあって、丁度よかった。
帰ってきたお母さんはいつも私に次はあなたも来なさいと口にする。
そう言う時のお母さんはよく語ることがあった『神様』の話をするときのお母さんみたいに目が虚でなんとなく怖かったから、家事をしなければいけないことを言い訳に使ってなんとか逃げていた。
宗教にハマっていることがバレたのは三日前。
今まで両親二人で頑張って貯めてたらしい貯金が二、三桁少なくなっていることにお父さんが気づいて、何に使ったんだと理由を問い詰めたところ判明した。
どうやら相当な額が使われていたようで、私が大人になった時困らないように貯めていた金だったんだぞって、いつも無口で無愛想なお父さんとは思えないような形相で怒鳴っていた。
お金を貯めていた理由が私と知ってなんだか気まずくなって逃げるように自分の部屋に向かったため、そこから先はどうなったか知らない。
ただ、次の日からお父さんとお母さんの会話が全くなくなったのを見て察した。
そこから転がるように、我が家の雰囲気は悪くなっていった。
お父さんは何度言われても懲りずにお金を使おうとする前とは変わり果てたお母さんに毎日声を堪えて涙を流していた。……ただその場にお母さんはいつも通りいなくて、私は黙ってお父さんの背を撫でることしか出来なかった。
そんな毎日を繰り返していたある日、いつも通りお父さんと私で食べる夕飯を準備していると、なんとお母さんが帰ってきた。
毎日早朝に何処かに出かけて日付が変わる頃に黙って帰ってくるようなお母さんが、まだ日も落ち切っていない時間に。
とうとう正気に戻ったのかと思ってお母さんにおかえり、と微笑むと、お母さんは私の期待を裏切るように教祖様に私を紹介するから出かける準備をしろと言ってきた。
頭の中が真っ白になって、思わず怒鳴ってしまった。こんな人のためにお父さんが涙を流しているのが悔しくなった。
それでもお母さんが変わることはなくて、怒鳴った私に対してキョトンと不思議そうな顔をするだけ。なんでわかんないかなぁ……。
嫌がる私を強引に引っ張ってお母さんが向かったのは、予想通りお母さんが心酔していた宗教だった。
お母さんは私に教祖様に会えと言ってくる。
家で閉じこもって家事ばかりしているのがもったいないと思えるぐらいに
建物の中を歩いていると、よく視線を感じた。
ふむふむ、ヒソヒソと話される内容からするに、お母さんは教祖様とやらに信者さんの中でも一目おかれているらしい。
私は宗教とかよく分からないけれど、多分お金……だと思う。あの喧嘩した日のお父さんの怒り様じゃ、相当な量を注ぎ込んだんじゃないかな。
あの貯金は、私が困った時にと貯めてくれていたお金、お母さんは必死になってそれをここに渡している。……お母さんの中の私が、酷くちいさく見えた。
お母さんが妙に畏って扉を開けた先にいたのは、私が思っていたよりずっと若くて、ずっと人間らしい人だった。
袈裟って言うのかな、それに身を包んだ、長髪の人。
その人はお母さんを見てソノダさんじゃないですか、と微笑んだ。
……えーと? ウチはソノダさんじゃないけど。
お母さんもそう返事をしたけど、いえあなたはソノダさんですその方がいいなんて慣れたように返してくる。……つまり、名前を思い出せないから誤魔化しただけでは? それを丸々信じて改名しようかしら、と呟いているお母さんが本当に得体の知れないモノに見えた。そうはならないでしょ。
暫くお母さんと話していた教祖様は、私を見て少し興味深い様子で話しかけてきた。
昔から君は化け物が見えてしまうことがあるんじゃないか、と。
私は目を見開く。当たっている。
それが、私が外が怖くてあまり出たがらない理由だったから。
私の反応を見て気を良くしたのか、興奮しながら教祖様はすごいだろうと言うお母さん。
娘が化け物が見えるなんて言われたら、普通怒るところではないかと思いつつ、教祖様の言うことに頷いた。
それから教祖様は私も同じなんだ、といって、なんと掌から小さいお化けを出した。
いくつも付いている目をギョロギョロとさせてよく分からない声をあげているそれに驚いて、ばけもの、と口にしてしまった。あろうことか、お母さんの前で。
お母さんにはアレが見えていない。だから、お母さんの目には私が教祖様を見て化け物と罵ったように見えただろう。自分が信じてやまない教祖様のことを、化け物、と。
教祖様に向かってなんてことを言うの!?!?!? そう言ってお母さんは私の頬を思い切り叩いた。
あのいつも優しいお母さんに殴られたのなんて初めてで、思考が追いつかなかった。
それと同時に、ぐしゃり、と音が響く。見ると私の隣にお母さんはいなくて、代わりに先ほど教祖様が出した目の多い化け物が立っていた。
情けない悲鳴をあげて離れると、教祖様はあぁ、折角の
どうしてこんなことしたのか、震えた声で聞くと私が叩かれたからだと言った。
──
そう言って教祖様は私に手を差し伸べる。呪力を持つのなら、私と
イカレている。端的にそう思う。目の前で母親を殺しておいて、どういう神経だと私にそんなことを提案してこられるのか。
私は相手を逆撫でしないように考えさせてくださいと伝えて、笑みを浮かべながら手を振る教祖様に手を振り返すこともせずに家に逃げ帰った。よく動けた、私。後で褒めてあげる。
よく分からない宗教にハマった母は、そこの教祖様に殺されてしまったらしい。
◆◆◆
あれから二年と少しが経った。
母との唐突な別れ、私は別に衝撃を受けてはいなかったようだ。
まぁ、あそこまで酷い姿を見せられたのだから、心のどこかで軽蔑していたのかもしれない。
何突っ立ってんだよ、とぶっきらぼうに話しかけてくる同級生の真希ちゃんの後を追った。ごめん、待ったよね。
私はあの後、お父さんと必死になって逃げた。お父さんにことの顛末を伝えて、引っ越して、逃げたのだ。
お父さんは化け物の話を信じてくれた。なんでもお父さんの祖父がそういうモノを祓う職業の人だったらしい。
教祖様は呪術を使って人を殺めたから、呪詛師と言うそうだ。
そんなときに舞い込んできた呪術師へのスカウト。
呪詛師は殺されないために呪術師には理由がない限り近付かないらしい。まぁ、犯罪者が警察から逃げるのと同じようなものだろう。
それなら、教祖様とは一番遠いところに行けるんじゃないかと思った。
私はお母さんが殺されるのを見ている。つまり、場合によっては教祖様が口封じにやってくる可能性もあるということだ。
スカウトを受けた。お父さんにはこのまま隠れて過ごそうと言われたけど、お父さんに負担はかけたくなかったし、何よりあの化け物をどうにか出来るなら、その方法が知りたかったから。
呪術高専では変な教師だったり喋るパンダだったりおにぎりの男の子だったり私より数倍気の強い女の子だったり、いろいろ個性あふれる人と知り合いになった。
はじめは京都校に行くつもりだったんだけど……こっちにいる教師、というか担任なんだけど、その人は呪術師の中でも最強らしい。それなら教祖様も近づいてこないかな、と思ったんだ。
私は高専に来て五条先生に言われるまで術式というものの存在を知らなかったぐらいだから、多分私が一番弱い。
それでも優しくしてくれる同級生に感謝してもしきれない、同級生三人に認められたことで自信がついた私は弱いですが何か? と逆に開き直ってやろうと静かに決めた。なんの話かは分からないけれど五条先生曰く、「いい傾向」だとか。
……というかやっぱり喋るパンダって普通じゃないよね? 私がおかしいんじゃないよね? なんで真希ちゃんも棘くんも平然としてるんだろう……
数ヶ月して転校生、その名も乙骨憂太くんが来たり、その転校生でさえも
……いや、乙骨くんがトラブルメーカーみたいな言い方になってしまっているけれど、私だってやらかしてしまったことはあるさ。うん。
一番はやっぱり、あれかな……帳を貼り忘れてドンチャンしてしまったのはしこたま怒られた。
呪力がない真希ちゃんはそもそも帳を下ろせないし棘くんは喋れない、乙骨くんは強くなるために猛勉強中だったから、帳をおろすのは専ら私かパンダくんになっていた。
その日は私がおろす担当だったんだけど、おろす寸前に呪霊に奇襲を仕掛けられて。
近くにいた棘くんが咄嗟に守ってくれたんだけど、そのまま戦闘に入ってしまったためなんだかんだ言いつつ帳はおろせず。
学長にこってり絞られたさ……事情が事情なだけに仕方ないとは言ってくれたけど、あれは怖かった。
え? それ以外のやらかし? いや、細かいのは数え切れない程あるけど、もうないよ。『色々』の六割は五条先生だもの。あの人なんであんなにちゃらんぽらんなんだろう。あ、残りの三割が乙骨くんで、後の一割が私と真希ちゃんとパンダくんね。
ちょ、そんなにショック受けないでよ乙骨くん。は? イジめてないし! 真希ちゃんの方が酷いでしょ!
え? なんですかパンダくん?
……
……愛の鞭、なるほど、へぇ、フゥン、へぇ……。
や、ヤメロ、やめやがれくださいまし真希様! 私はパンダくんと違って関節外れるから! 反転術式で治せ? 出来るか!
助けてパンダくん……パンダくん!? ナンデ!? 裏切り者!! 最初に裏切ったのは私? いくらパンダでも外れはする? ……ゴメンッテ!
四人が任務で不在の時、私は補助監督さんに書類を渡してくれと頼まれて、五条先生を探していた。
職員室にいるかと思って覗いてみたけどいない。珍しく学長も。
まぁ机の上に置いておけばいいかなと思って職員室を出たら、目の前の通路に丁度五条先生が通りかかったのだ。その後を学長も追っている。
……思えばさっきからいろんな人が慌てながら外に出ているような? 特に呪術師。前に五条先生と話をしていた冥冥さんもいた気がする。
ちょっと覗くだけなら、大丈夫、かな。
人が集まる方をに吸い寄られるように向かうと、漸く先程見かけた五条先生を見つけた。……あ、真希ちゃんたちもいる。まさかまた乙骨くんが何かやらかしたのか?
とりあえず真希ちゃんに何があったのか聞こうと思って、人を避けて進んだ。
その先にいたのは紛れもなく袈裟に身を包んだ人間らしい人で。
──きょうそ、さま。
ポツリと呟く。人も多かったし、そんなに大きな声じゃなかったのに、教祖様は聞こえたかのようにこちらに目を向ける。
教祖様が首を傾げた。んん……? と唸り声をあげながら、こちらを凝視して眉を潜めている。
五条先生も私を見ているのに気付いたようで同級生たちを連れて近くに来てくれた。
十秒程悩みに悩んで唸り続けた後、教祖様は目を見開き納得がいったような顔で、私を指差して言った。
あぁ! ソノダさんの娘さんじゃないか。 いや違いますけど。まだそれ言ってるんですか?
私と教祖様の言葉の投げ合いはあの五条悟に疑問符を浮かべさせるものだったらしい。私をソノダさんと呼ぶ教祖様とソノダさんではない私を交互に見ている。
あの後来なくなったから心配したんだよと言う教祖様にあなたに入れ込んでたのは母だけでしたので、なんて思いの外冷静に話した。
そうか、高専に入ったか。満足そうな顔で頷く教祖様にアンタは私の保護者か何かか? と言いたくなる。いや、保護者を殺したのはこの人なんだけど。
教祖様が姿を消した後、私は五条先生と何故か学長にまで事情聴取された。なんで?
詳しく聞いたらあの人、百人以上の非術師を殺害した最悪の呪詛師なんだとかなんとか……いやなんでそんな人が教組なんかやってんの。
そこで見たんですと宗教の名前を伝えると、側で待機していた伊地知さんがどこかに連絡して調査を始めた。
私は思ってたよりも重要人物だったんだなぁと他人事のように考えながら物言いたげな学長とどこか神妙な顔の五条先生を見ていた。
教祖様が殺された。
お母さんが生きていたら卒倒するレベルの大事件である。
同級生の皆で乙骨くんが里香ちゃんを解呪出来たことを喜んでいた時に知ったことだった。
そうか、教祖様、死んだのか。
じゃあもう呪術師やめようかな。
なんとなしに呟いたらそれに皆が何故かこちらを見た。
やめるって……高専からいなくなっちゃうってこと? と乙骨くんが言ってきたので、まぁそういうことになるかな……と少し困惑気味に返事をする。
五条先生までなんでって……いや、私教祖様から隠れたくて高専に入っただけですし。もう心配事がないならやめようかなって。
え、なんで怒ってるの真希ちゃん。アイツと私になんの関係があるのか? あぁ言ってなかったっけ、あの人私のお母さん殺してるんだよね。
は? なんでドン引くの? 五条先生はなんで真顔なんですか。は? イカレてる? 呪術師向いてる? いやいや私だよ、そんな訳……。
私の母を殺した教祖様は、私の恩師に殺されたらしい。
世界って狭いなぁと思いました、まる。
宗教にハマった母の娘
名前はソノダさん(大嘘)
イジられてソノダさん呼びされることが増える。だからソノダじゃないって。
母が殺されてもその犯人が殺されても簡単に話せたり『らしい』で済ませられるイカレた子。
この後呪術師をやめているか、続けているかは本人と高専関係者のみぞ知る。
次の更新も出来たら今週中にやりたいですね……。出来たら。
ネタ切れになったら極端に更新頻度下がると思いマママ……。
やる気が7ぐらい上がるので、感想、評価など頂けると大変嬉しいです。
作者、女の子でしかオリ主って書いたことないんですけど……
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女主だけでも大丈夫
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下手でも男主を出してほしい