クオリディア・コード:code/00『苦衷のパーソナルエリア』   作:逢庭一八

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第四話:意地と嫌悪のトリガーハッピー

第一ステージ。

じゃがじゃんじゃんじゃん、と重低音の聞いた謎のリズム音と共に目の前のフェンス設置された大型モニターからカラフルな第一ステージの文字。やたらポップなフォント。

誰の趣味?

 

天河舞姫と凛堂サンが拍手した。

 

「よ――し準備しろお前ら。今回の第一ステージのテーマは……」

 

どろろろろろろ。

モニタ―の中でなんか文字が回転する。目を凝らせば全部の文字が追えそう。

めんどうだからやんないけど。

 

やがて回転したいくつもの文字が一つを示して停止した。

 

「じゃん! テーマは『防御』に決まった! んじゃ一人ずつフェンスの中に入れ。まずは一人目! これもランダムで決めるからな、恨みっこなしだ」

 

またも回転し出す映像のドラムローム。

て、よくみるとあたしの写真とかうつってんじゃん。他にもお兄ぃとか東京の人も。

え、まって。そんなんで順番決めんの?

一番とか絶対ヤなんですけど。

 

思わず顔をあげて画面に見入ってしまう。

あたしが目を凝らして回転する文字と写真とを追うより早く、一人目の名前を、指し示した。

 

「……私、戦闘向きではないのだけど」

 

実戦訓練『防御』一人目――鷹匠詩。

 

管理官の人に指示されるまま、八角に囲まれたフェンスの中央で魔女っ子首席が出力兵装らしき杖をだらりと構えた。

 

や、構えてるのかなアレ。あたしにはめっちゃ隙だらけに見えるんだけど……。

 

「ウタ吉、これからフェンス内部のいずれかから球が六発飛んでくる。どんな手を使ってもいい、そいつをキャッチしろ。いいか、キャッチだぞ。弾くでも避けるでもなしだ。得点にならんぞ。……んじゃ愛離、始めろ」

 

はいはい、という女の管理官のおっとりした声。

これからあたしもやらされるわけだから一応ちゃんと見ておこうとフェンスの向こうの東京首席――らしき鷹匠サンを見る。

 

「……ん――」

 

見たけど。

見れば見るほど隙だらけだし、全然強そうにも思えない。

や、首席だからって一番強くなきゃダメってわけじゃないんだろうけど。

 

……一番。

あたしはふと視線を天河舞姫の方へと向ける。

神奈川首席という天河舞姫は凛堂サンと並んでフェンスの網目に指をかけて食い入るように中の様子をみている。

凛堂サンはともかく天河舞姫もまったく強そうにみえない。

って考えてみたらあたしもそう思われてんのかな。別にいいけど。

 

さっきなんかお兄ぃが首席と思われてたもんね。東京の人、マジウケる。

 

「――鷹匠ッッ!!」

 

あたしが余所見からの意識を向けた時には叫んだ東京の人が飛び出すようにフェンスの中へ飛び込んだ。

 

え、なに。

なにが……。

フェンスの中央、立っていたはずの場所で仰向けに横たわる鷹匠サン。

 

え、え?

 

「なに、お兄ぃ、なにがあったん」

 

「事故。俺も見えなかったけど多分球が物凄い速さで東京首席の頭に直撃した」

 

お兄ぃが普段見せないような怖い顔してる。あたしはなんとなくお兄ぃの上着をつまんだ。

 

「愛離、ストップだ」

 

管理官の人は気持ち悪いくらいに冷静な声。

 

「鷹匠ッ、おい……しっかりしろ、おい!」

 

鷹匠サンを抱き起こして叫ぶ東京の人が、管理官を睨みつける。

 

「――どういうつもりだ朝凪求得ッ! 鷹匠に向けて射出された球は到底受けられる速度ではなかった! 鷹匠の能力を知るならばこうなる事はわかっていたはずだ、答えろ!」

 

「言ったろ壱弥、これは実戦訓練だ」

 

「ふざけるなッ! もしも鷹匠の身に何かあってみろ、俺は貴様を――」

 

「……朱雀。さすがにお姫様抱っこは恥ずかしい。みんながみてる」

 

「その通りだ鷹匠、みんながみて……み、なに、鷹、匠……?」

 

鷹匠サンはけろっとした風で東京の人と見つめあっている。

 

「ものすごい速さの球だった。まったく見えない。取れる気がしない。私はリタイア」

 

「待て。まてまてまて、少し待て」

 

東京の人、鷹匠サンをひょいと降ろして早足でつかつかつかつかとフェンスのこちらへやってきて、がしいと震える程の力で金網を引っ掴んだ。

 

「どういう、ことだ。これは……?」

 

金網をむしり取る勢いの東京の人に、フェンス越しで対面する管理官の人はひょうひょうとしていた。

 

「言ったろ、実戦『訓練』だと。被弾してもしっとりふわふわ、柔らか新素材を使っている。〈命気〉を纏った手で掴めばあらびっくりかちかち硬球だ。苦労したんだぞこれ作るの」

 

「確かにすごい。びっくりした。とっさに意識が飛んでしまうほど」

 

とことこやってきた鷹匠サンは当たったらしい側頭部をとんとんと叩いてる。

 

「ッッ…………」

 

あ、東京の人ってば顔真っ赤。

と、するとお兄ぃは……うわ、腹抱えて笑ってるし。

 

「まあちっと運が悪かったわな、ウタ吉。どういうもんかわかってりゃもしかしたら対処できたかもしれん」

 

鷹匠サンがリタイアを宣言して、再び画面の中のドラムロームが回り出す。

そして表示された名前をみて、東京の人はふっと笑った。

 

「……ふん、いいだろう。受けた恥は手ずから濯ぐ」

 

――二人目、朱雀壱弥。

 

 

 

 

とりま、あたしが見ていてわかったのは。

 

「こんなモノだな」

 

この実戦訓練、『防御』とかいってたっけ?

とんでもない速さのボールが飛んでくるという事。

 

東京の人は出力兵装らしい手甲でそのボールをあっさりと受け止めて握ると、ポイと後ろへ放った。

 

ふ―ん。

これで五球目。

八方向のどこからいつ飛び出てくるかわからない超速球を、東京の人は全て受け止めている。

あたしでさえこうして目を凝らしていないと見えないほどのスピードで飛んでくるんだから、そりゃ鷹匠サンが当たるわけだ。

初見だったらあたしも当たってたかも。

 

「お――――。すごいすごい、すざくん強い! ね、ほたるちゃん。ほたるちゃんみてた今の」

 

「磁力……いや斥力か? 朱雀壱弥の〈世界〉が何かはまだわからんが……彼の周囲に発生している力場が射出された弾に干渉して速度制御をしているのかもしれん。そして即座に捕球可能としている身体能力……なるほどな」

 

天河舞姫がぴょんこぴょんこと跳ねながら凛堂サンの手を取ってぶんぶんしてる。凛堂サンは視線はフェンスの向こうにむけたまま、もう片方の手で天河舞姫の頭をしきりに撫でてる。

 

いやいや仲良しか。

 

「ふ――ん……」

 

お兄ぃはつまらなそうに振舞ってるけどずっと東京の人から目を離さないよね。

なんなん好きなん?

 

「はっ、やるなぁ壱弥。次で最後の一球だ」

 

「くだらん。さっさと終わらせろ」

 

こちらの会話が静かになったくらいのタイミングで、音もなく打ち出される速球。

あたしは目を凝らしていたからさすがに見逃さない。

少し慣れてきたのもあるけど、それは多分東京の人も一緒。

しかも今度は真正面だ。

余裕でキャッチする――。

と思ったのに。

 

東京の人は出力兵装を、消した。

 

「ッ……!」

 

それはつまり、〈世界〉も消えるワケで。

打ち出された球は無防備な東京の人の頬に直撃して落ちると、テンテンと跳ねて転がった。

 

 

「ね、ね、どして?」

 

フェンスから出てきた東京の人に天河舞姫が詰め寄った。

大型モニターには朱雀壱弥、六球中、五球獲得と表示されている。

 

「最後の球、とれたよね? どうしてとらなかったのかなあ?」

 

「くだらん事を聞くな」

 

東京の人が天河舞姫を押しやろうとするより早くその背後から抱き寄せる手。

 

「ヒメに触るな」

 

「ほたるちゃん」

 

凛堂サン。

……やっぱり仲良しなの?

なんかあの人イメージと違うんだよね。

別にいいけど。

 

「ふん……阿呆どもめ」

 

東京の人は少し離れた所に座っていた鷹匠サンをちらりとだけみて立ち去った。

 

「む―ん。ほたるちゃんはどう思った?」

 

「汚れた手でヒメに触ろうとするなど不快な男ではあるが……ヒメの見立て通り、恐らく捕球できていたのだろうね」

 

「わざと当たったの?」

 

「首席の顔を立てたんじゃないかな」

 

「へ?」

 

「鷹匠首席が被弾した。つまり身を呈した事で、後発の自分は事前に備える事ができたのだと。これは私もそうだが、初見であったならばあの速度に反応できていたかは微妙なところだと思う。だからこそ、最後の一球はあえて取れなかったと換算したんじゃないかな、朱雀壱弥は。それがあの男のプライドなのかもしれないね」

 

推論ではあるけどね、と凛堂サンは天河舞姫の頭を撫でる。

 

ほへ―、なんて声出してる天河舞姫はいいとして、なるほどね。凛堂サンとしてはそういう見解なワケだ。

 

ちなみにあたしはちょっと違う感想。

 

鷹匠サンが当たった球。

倒れるほどの勢いで当たった球。

 

それが本当に大丈夫なのか、身をもって確認したかったんじゃないかな、あの人は。

なんて。

知らないけど。

 

「はっ……カッコつけるねえ。ヒーローみたいでご立派ご立派」

 

お兄ぃは終始なんか不機嫌そうだった。

 

再びモニターの中でドラムローム。いちいち軽妙な音楽が流れてるけどアレ、いる?

 

なんて思ってたら。

 

「へ――……」

 

きたじゃん。

 

あたしはベンチに腰かける鷹匠サン、離れた所で腕を組んでる東京の人、そして凛堂サンと視線を向けた。

流れで天河舞姫とまた視線があった。

 

いやなんなん、この子。

めっちゃ見てくるし。ウザいなぁ……。

 

「わっ。明日葉ちゃ――」

 

「お兄ぃ。ちょっといってくんね」

 

あたしは伸びをしてから腿のガンホルスターから二丁拳銃の出力兵装を取り出して指先でクルクルと回した。

 

話しかけてこようとした天河舞姫を遮る為に。

や、テンションあげる意味もあるけどね。

無理くりでもテンあげしないとやってらんないっしょ。

 

画面に表示された名前。

三人目――あたし。千種明日葉。

 

 

 

 

「千種。千種明日葉。準備はいいか――?」

 

あたしがフェンス内部の中央でローファーのつま先をぐりぐりとしていたら管理官の人の声がやたらと反響してきこえた。

 

「…………」

 

あたしは答える代わりに拳銃を構えて小さく気を吐いた。

はたから見るのとこうしてその場に立つのとではやっぱり雰囲気が全然違う。

なんか緊張する感じ。

 

……え、あたし緊張してんの?

ウケる。

 

なんて自問自答してたら、

 

「――――ッ!」

 

球が飛んでくる。正面からみて九時方向。物凄い速さ。でも、もう目の慣れたあたしにはなんて事のない速さだ。

あたしは腕をもち上げた。

そして手首を切り返し、引鉄にかけた人差し指を軽やかにトリガーする。

 

薬莢代わりに吐き出されるのはあたし用にカスタマイズされた命気クリスタル――〈命気〉のこもった弾丸だ。

 

りぃん、と鈴の音のように響くこの音が、あたしから余計な雑念の全てを打ち消してくれる。

そしてその瞬間、ああ、これだと思う。

 

これがあたし。

これがあたしの世界。

今あたしはこの動作にのみ存在して世界と一体化する。

引き絞ったトリガーから目に見えない形で放出されたあたしの〈世界〉が、この世界に侵食する。

 

――ああ、なんだ。まだ球はあんな遠くじゃん。遅いなあ。

 

研ぎ澄まされたあたしの感覚は、時間にしてほんの数瞬だったのだろう。

命中したあたしの〈世界〉によって球が停止したのはあたしの眼前だった。

空中に無軌道に停止。

落ちる事もしない。

完全に物質としての運動を止めていた。

この世界に対して凍てついたソレをあたしはこともなげに指でつまんでから、弾いて飛ばす。

 

「次」

 

二発。

三発。

四発。

引鉄に合わせて動きを止める球、球、球。

 

遅い、遅すぎる。

そんなもん?

あたしは次の球が出てくるのがもどかしくて、しきりに指先で拳銃を遊ばせる。

たんたんとリズム良く短い跳躍を刻んで待っていると、ようやく待ちに待った速球のお出ましだ。

 

「――明日葉ッ!」

 

そこへ、集中したあたしの意識に割り込む声。どんなに心が熱くなっても、身体が底冷えに寒くなっても決して届かない事はない、お兄ちゃんの声。

 

うん。大丈夫――わかってるよ、お兄ちゃん。

 

あたしはトリガーを引き絞る。

両腕を交差させて二時と一〇時方向へ、同時に。

銃声は一回、それで充分。

 

「ほう……不意をついた二球同時射出にも対応したか。応用力良し、と。やるな、千種明日葉」

 

管理官の人の声。

 

最後に、同時に射出された二発の球はどちらもあたしに届く前にその運動を止めていた。それらをもぎ取るようにして放り投げて、さらに求めた。

 

さ、次。

もっと。

もっと。もっと――撃たせて。

 

「――はいはい、明日葉ちゃんそこまで、そこまでだからね――パーフェクト完璧十全文句なしの完全無欠、金甌無欠」

 

「はえ? あ、あれ、ちょ、なにお兄ちゃ……お兄ぃ、引っ張んないでってば!」

 

あたしはいつの間にか割り込んできたお兄ぃにズルズルとフェンスの外まで引っ張りだされていて、廊下まで連れ出された。

 

あれ?

あたし……んん、あれ?

 

「明日葉。こっち見ろ」

 

「ん……」

 

「何が見えてる?」

 

「お兄ぃ」

 

「よし」

 

「の、さえない顔」

 

「よくねえんだよなあ……」

 

お兄ぃはあたしの両頬を包んでいた手をそっと離して廊下の壁に背中を預けた。

ちょうどあたしと横に並ぶカタチ。

 

「どした? 最近なかったろ、あんなに〈世界〉に呑まれちまうことは」

 

「ん……」

 

あたしは両頬のお兄ぃの触っていた場所をムニムニと直しながら思い出してみる。

正直、頭働かない。

 

「わかんない……」

 

でも。

東京の人の訓練を見てたら。

ううん、違うかな。

多分、天河舞姫。

 

一〇年だっけ、神奈川首席で居続けたって?

 

生きる伝説とか?

人類史上最強の救世主とかって言われてて?

 

全然そうはみえないし、あたしはそんなん興味ないけど。

 

なんか。

なんか、負けたくなかったんだよね。なんか。

 

「そうか」

 

お兄ぃはこういうとき、しつこく聞いたりしない。多分あたしが本当にわかんないんだと思ってるのかも。

 

「あ――俺の出番やだな。いっそ飛ばしてくれて不戦敗でいいんですけどね?」

 

「ウケる、お兄ぃそれいつも通り」

 

「えぇ……お兄ちゃん普段なにに負けてるのかな 」

 

「自分じゃん?」

 

「禅問答かな?」

 

あたしたちが戻った時、ちょうど凛堂サンが最後の一球を掌に収めていた。

画面に表示されてるスコアは六球中、六球。つまり全部とったって事だよね。

あたしと一緒。

ふ――ん、やっぱ強いんだあの人。

 

「あっ、おかえりっ」

 

天河舞姫がやたらに笑顔で寄ってくる。なんかイラつく。なんでだろ。

なんか、なんか、こう、イヤだ。

イヤな感じがする。

 

「どしたの、大丈夫? 具合悪かった??」

 

「あ――、まぁ大丈夫だから。明日葉ちゃんちょっと急に運動したからね」

 

あたしが答えないでいるとお兄ぃがそう言って取りなした。

あたしはそれがまた気に入らない。

天河舞姫の顔を見ないまま通り過ぎて改めて画面をみる振りをした。

 

いや。

振り、だったはずなのにそこに表示されてる『天河舞姫:六球中、五球』の表示をみてふっと息を抜いた。

 

なに、一球取りこぼしてるじゃん。

やっぱりね、いうほど大した事ないんだ。

五球でも立派かもしんないけどさ。

 

なにが人類史上最強だ。

救世主だ。

 

みんなだまされてない?

逆にただ周りがヨイショしてるだけとか?

なんかアザといし。

 

まあ、どっちでもいいけど。

はっきりわかったのは――。

 

「ほたるちゃんすご――い! やったあ満点だあっ」

 

私は、この女が嫌いだ。

 

 

《つづく》

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