クオリディア・コード:code/00『苦衷のパーソナルエリア』   作:逢庭一八

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第五話:妹と兄エトセトラ

「あのな明日葉。お兄ちゃん思うんだけど」

 

「ん」

 

階下へ降りてゆく。

長い長いエスカレーターで降る斜面のスピードはひどくゆっくりで、退屈だった。

先頭が管理官の人。東京の人たち。神奈川組。で、最後尾があたしとお兄ぃ。あたしより後ろのお兄が小さな声でそんな事いうもんだからあたしは耳を寄せた。ほとんど音がしないエスカレーターでも拾えないほど小さい超音波みたいな声。ホントお兄ぃ。

 

「さっきのアレ、良くないと思う」

 

「アレって?」

 

天河舞姫をシカトしようとした事。

ホントはわかっていたけど、あたしはわざと聞き返した。

 

「明日葉」

 

お兄ぃがじっとみてくる。

つか、バレてる。

あたしが気付いてないフリしてるのがわかるからかお兄ぃはそれ以上何も言わない。

 

「別に……いいじゃん。なに、誰とでも仲良しこよしお手手繋いでち―ぱっぱでも踊れって―の?」

 

あたしの態度が良くないって?

そりゃ良くないだろね、良くしてないんだもん。

 

「いやいや、ち―ぱっぱって……」

 

つか逆になんで仲良くさせようとするワケ?

あたしとあのおチビが仲良くしたらお兄ぃになんかいい事あんの?

お兄ぃも仲良くなりたいとか? キモ。

 

あたしが口を尖らせているとお兄ぃは自分のぼさぼさ頭を撫で付けながらそっぽ向いた。

 

「……そうね、思えばアレね。明日葉ちゃんてば人に謝るのとか苦手なんだよね……基本しないし」

 

「なにそれ上から目線。ムカつく」

 

つか別に苦手とかないし。

謝る必要がないのに謝る事がないだけの話じゃん。

天河舞姫に態度が悪くてゴメンなさいしろって?

死んでもヤ。まっぴらゴメン。

 

……『まっぴらゴメン』って言葉、ウケんね。これ誰に謝ってんだろ。まっぴら?

 

あたしたちが降りた先の今度のフロアはやたらに天井が高い。

それもそのはずで、開いた自動ドアの向こうには高層ビルのような建物がいくつもそびえ立っていた。高さはまちまちだけど、一番大きい建物だと山のように大きい。

よくよくみると建物は横にやたらと長かったり、形が歪だったりと違いはあった。

表面もつやつやしてたり、金属っぽい素材からてらてら光る柔らかそうな質感だったり。変なごてごてしたハリボテみたいなのもあった。

 

「さてお待ちかねだ、お前ら」

 

待ってないし帰りたいんですけど。

あたしとお兄ぃはなんとなく視線をかわして管理官の人の言葉に耳を傾ける。

 

「ここが第二ステージだ。アレがなにかわかるか?」

 

「はいっ! たてもの!」

 

「……障害物」

 

「都市だろう。市街地戦闘でもやれというのか」

 

「違うんだな、これが。ほれ、壱弥」

 

管理官の人が放ったのはさっきあたしたちがキャッチさせられたボール。

 

「さっきの球か。これがなんだ」

 

「お前たちがこれから使う攻撃手段だ。あれらは仮想〈アンノウン〉として用意した。自分で捕った球を使ってアレらをぶち倒すのが第二ステージ。その名も『撃破』だ! もちろん狙ったサイズがデカいほどスコアも大きいぞ」

 

「はい、あなた達も」

 

女の管理官の人……名前なんだっけ。まぁいいや、その人があたしに渡してきたボールは六個。隣の凛堂サンも六個もらってる。

 

「あれ? 俺、二個しかもらってないんですけど?」

 

「当たり前だ。第一ステージで獲得した球を使うんだからな。取れなかったり手を抜いたりしたやつはその分チャンスが少ないワケだ。合理的だろ?」

 

「理を説くなら最初に説明すべきなんだよなあ……」

 

凛堂サンの後に出番だったお兄ぃは結局ボールを二個ほどとって終わっていた。

お兄ぃがちゃんと〈世界〉を使えば多分全部とる事もできただろうけど、それをしないのがお兄ぃ。

つか、管理官の人は知ってて釘をさしてるよね。

 

同じように備え付けの画面はさっきまでの結果を示すスコアボードになっていた。

 

一位――千種明日葉。六球中、六球。

同一位――凛堂ほたる。六球中、六球。

三位――朱雀壱弥。六球中、五球。

同三位――天河舞姫。六球中、五球。

五位――千種霞。六球中、二球。

 

当然だけど棄権した鷹匠サンはいない。あたしが一番上でお兄ぃが一番下。

オセロだったら千葉の勝ち。

 

「いやいやいやいや、いいですよ? 僕だけね、球が二個なのは。ただね? こんな球でアレを倒せって? 無理でしょ」

 

「やりもせんうちから即否定か。立派だな、千葉の次席は」

 

「は? 東京の次席さんはなに、できる気でいるわけ」

 

「可能だからやる、不可能だからやらないなどという発想そのものがナンセンスだと言っている。やれというからにはそれだけの根拠があるのだろう――よっ!」

 

不意に東京の人が上腕を振るう。握っていた球が薄紫色の〈命気〉を帯びてそびえ立つ的――仮想〈アンノウン〉へと放たれた。

ものすごい速さを伴った球は、仮想〈アンノウン〉の中でも最大の大きさ――巨人のような存在感を醸しているそれへと向かっていき、

 

ティン。

ひゅるるる。

ぽと。

コロコロ。

 

ゴム毬のような音を立てて、球はあえなく弾かれて地面に転がった。もちろん仮想〈アンノウン〉はビクともしてない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「なるほど不可能だなコレは」

 

「えぇ……カッコつけといてそれってちょっとダサくないですかねえ……」

 

お兄ぃがもにょってる横であたしは渡された球をひとつ摘んで軽く握ってみた。

 

ぐにぐに。

なんか変な感じ。

さっきは気づかなかったけど何でできてんのこれ。

 

あたしの握力をそのまま押し返してくるそれに〈命気〉を詰め込むようなイメージで強く握ってみた。すると、ボールは水を吸うようにあたしの〈命気〉を吸収する。

 

変なの。管理官の人は自慢げにしてたけど、コレホントにどうなってんだろ?

 

「ふ―ん……」

 

〈命気〉を大量に吸い込んだボールをあたしは力いっぱい放った。

狙いは東京の人と同じ一番大きいヤツ。

一応思いっきし〈命気〉込めたからこれで無理なら無理っしょ。

 

違ったのはまず音。爆発したみたいな音が耳なりがする程の大音量で聞こえた。

 

「うるっさ…………!」

 

それから閃光。なんだろ、昔の映画でみた花火? みたいな。そんな感じ。

 

で、地響きみたいな音がして、あたしが当てた仮想〈アンノウン〉が見事に倒れた。

 

巨人のような仮想〈アンノウン〉――ではなく、その手前の小さめのヤツが。

 

「…………」

 

……や、狙い外したワケじゃないし……素手だから勝手が違っただけだし……。

 

「お一一……さすが明日葉。どこかの偉そうな次席さんとは大違い。恥ずかしくないのかな?」

 

「どこかの次席は使える球が二発しかないらしい。やる気がないのか実力がないのか知らんが後者だとしたらもっと謙虚に生きような、どこかの次席くん」

 

「どこかの次席……あっ……」

 

「俺をゆび指すな!貴様の事だ、千葉の千種!」

 

「あっ。ほたるちゃん、やるの?」

 

「ああ。どうやら今回は順番は気にしないでいいようだからね」

 

隣でみてた凛堂サンと天河舞姫。

 

「ほたるちゃん」

 

はい、という風に両手を広げる天河舞姫に、凛堂サンはハグをした。

 

器用にボール六個もったまま。

 

「うはははは、ちが、違うようほたるちゃん! ボール! ボール持ってようかって思ったの。あははははくすぐったいよ」

 

なんでイチャついてんの。

イラつく。

 

なんかもう天河舞姫のやる事為すこと全部ムカつくんだけど。なんでだろ。

 

 

 

 

「――ふむ。まあ、こんなものか」

 

凛堂サンが最初に放ったボールは山のような一番大きい的に飛んでいって、東京の人が同様に弾かれてしまった。

 

多分だけど、あたしとあんまし変わんないくらいの〈命気〉が込められていたと思う。や、あたしの方がもうちょい気合入ってたとは思うけどね。

 

どっちにしても巨人のような仮想〈アンノウン〉は微動だにしなかったんだからあたしでも無理だったかも。

 

凛堂サンはその後そこそこの大きさに狙いを絞って残りの五発全てを倒していた。

倒すとなんかポイントみたいなのが浮かんでくるみたい。

最初にあたしが倒した小さな仮想〈アンノウン〉は五〇〇ポイント。

あたしは巨人はもう狙わず適当な大きさのを選んでポイントを稼いだ。

ちなみにお兄ぃはボール二個でひとつも倒せなかった。一番小さいの残してあげたらよかったって思ったり。

お兄ぃ、普段のままだと〈命気〉よわよわだからなぁ……。

 

ここまでであたしのポイントが九五〇〇。

凛堂サンが九〇〇〇。

東京の人は何度も巨人に挑んでたから一五〇〇ポイント。

お兄ぃがからかうからムキになってただけな気もするけど。

 

チビッ子魔女――鷹匠サンは球がないので当然ポイントなし。お兄ぃと同じ。

 

天河舞姫は、まだやってないみたいだけどまぁどうでもいいや。

あ――あ、早く帰りたい。

 

「あ! ねえねえっ。明日葉ちゃん!」

 

………………。

 

うわ小指爪割れてるじゃん。マジ最悪。

 

「あれれ。あ―す―は―ちゃ―ん? お――――い!」

 

帰ったら寝っ転がって――それからお兄ぃにご飯作ってもらって――それからえーと。

 

「……おい、明日葉。いい加減にしろ。さすがにそれはお兄ちゃんダメだと思う」

 

シカトしていた天河舞姫の声に被せてお兄ぃの声が割り込んできた。

そのせいであたしは、つい顔をあげてしまった。

 

そして見てしまった。

お兄ぃの顔。

めちゃくちゃマジなやつ。

あたしの心臓が冷えた手で直接掴まれたようにぎゅうっとした。

 

「…………は? なにお兄ぃ。意味わかんないんだけど」

 

喉がしゅるしゅると萎縮してうわずった声になるのがわかった。

それでも、お兄ぃの隣にいる天河舞姫の方を見たくなくて、あたしはお兄ぃだけをまっすぐに見続けた。

 

「明日葉。言いたい事があるならちゃんといえ。いくらなんでも態度が良くない」

 

心臓が、どくんどくんと脈打つのがわかった。なんでか知らないけど急に肌寒くって、小さく足が震えてくる。

 

なんなん?

なんであたしをそんな風にみるの。

お兄ぃ。

お兄ちゃん。

やだ。

なんでそんな目をするの。

 

「あた、あたしは」

 

「――うはは、いいんだよ、かすみん! 明日葉ちゃん考え事してたみたいだから。私が話しかけて邪魔しちゃったんだと思うの。ゴメンね、明日葉ちゃん」

 

かすれた声を出すあたしに、天河舞姫があたしとお兄ぃの間に割って入った。

 

あたしとお兄ぃの間に、割って入った。

 

それが、引き金になった。

 

「ッ……ウッザ、邪魔なんだけど!」

 

あたしは反射的に伸ばした手で天河舞姫の外套をひっつかむと力任せに横に振り抜いた。

 

「わ、わ、ええっ……おっとっとお――――!?」

 

「おい、明日葉!!」

 

お兄ぃが手を伸ばして天河舞姫を支えて庇う。

それがまたあたしには気に入らなかった。

 

「ヒメ、大丈夫?」

 

凛堂サンが天河舞姫の肩に手を乗せて、あたしの方をみてくる。何も言わずに。

 

あたしは髪をかきむしりたくなった。

なんでだろう。

無性にイライラする。

天河舞姫にイライラする。

 

みたくない。

声をききたくない。

あたしの前から消えてほしい。

それでも天河舞姫はあたしに手を伸ばしてくる。

 

「明日葉ちゃ――」

 

「気安く呼ぶな!」

 

あたしは自分でもびっくりするくらいの声を出していた。

 

「気に入らない。アンタが気に入らない。なに、そんなかわいこブッてんの? それでウケでも狙ってんの? アンタみたいなのが神奈川のトップ? 一番強いって? 全然信じらんないんだけど。いいよね、そうやっていい顔しとけばチヤホヤされんでしょ? そうやってだましてきたんだろうけど、あたしはだまされないから。アンタみたいな人間があたしは一番キライ。あたしに近寄ろうとするな。あたしの名前を気安く呼ぶな! あたしの――ッ……!」

 

――お兄ぃをとるな。

 

最後の言葉は出なかったけど。

堰を切ったように口からでる言葉はしっちゃかめっちゃかで。

でも、一度飛び出たらもう止まらない。

 

伸ばしてきた手を強引に叩いたからか、天河舞姫は少しだけ目を大きくした。

泣くかも、なんて思ったら少しだけ心が痛んだけど、それでもあたしの気持ちを抑えるにはまるで足りていなかった。

 

「……千種明日葉――」

 

「ほたるちゃん!」

 

前に出ようとした凛堂サンを遮って、天河舞姫があたしの前に立つ。

 

「いいんだよほたるちゃん。いいの。たぶん私がダメだった。私バカだからさ、なんで怒られちゃってるのか、本当は全然わかんないけど。でも、明日葉ちゃんはこの訓練で最初から真剣だったから。私も楽しむんじゃなくてはじめからもっとちゃんと本気でやっておくべきだったんだと思う。本気で訓練にぶつかっておくべきだったんだと思う」

 

は?

訓練?

なんか勘違いしてない?

なに言ってんのかわかんないし。

あたしがムカついてるのはそんな事じゃ……。

 

でも、そう言って落としたボールをひとつ、拾い上げる天河舞姫の表情はさっきまでのようなわざとらしさがなくて。

 

なんて言ったらいいんだろう、鋭い、感じがした。

 

「私は。ホントはね、強さとかそういうのはどうでもいいんだ。ただみんなと楽しく過ごしたかった。みんなを守りたいから、誰かが泣く姿はみたくないから、だから強くなろうって思った。ずっと昔に私がしてもらったように。いつかどこかの誰かに笑ってもらうために。いつか、世界を救うために」

 

天河舞姫が腕をしならせて球を放つ。

あたしはその球を自然と目で追っていた。

 

だから、他の人がどうだったかはわからないけれど。

でも多分、みんなあたしと同じで目を疑ったとおもう。

 

なにしろその速球はみるみるあの巨人のような仮想〈アンノウン〉へと向かっていき、爆ぜたのだ。

いや、爆ぜたのは巨人の方。

 

東京の人も凛堂サンでさえも。誰も動かすことさえできなかった最大の仮想〈アンノウン〉。

ものすごい音を立てて、あの微動だにしなかった巨人が崩れて倒れていく。

 

どれほどの〈命気〉があればそんな事ができるのか。あたしが爆風に目を細めると、外套をたなびかせた天河舞姫がこっちをみた。

 

「――あのさ。もし、この訓練で最後に私が勝ったらさ。お願いをひとつきいてほしいな」

 

表示されたスコアは五〇〇〇〇。

 

 

《つづく》

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