クオリディア・コード:code/00『苦衷のパーソナルエリア』   作:逢庭一八

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第六話:嫉妬、あるいは羨望

小さい頃の記憶がないのは別にいいとあたしは思ってる。

 

長期間の冷凍睡眠による記憶障害。

チャイルドコールドスリープから目覚めてすぐにその事実が判明したからだろう、あたしよりも周りの大人たちが慌てていたのを少しだけ覚えてる。

 

その時、あたしはただぼんやりと天井をみつめていた。

何を考えていたかはわからない。

多分、何も考えてなかったと思う。

 

記憶がないって経験した事ある?

何かを思い出す事もできないから、本当に空っぽになるんだ。

 

トンだ経験だと思う。

 

周りがとびきりうるさくっても、痛いほど静かでも、関係ない。あたしだけ世界の外にいるような、そんな感覚。

 

今思えば鼻をつくような薬品の匂いも、肌寒くさえあった薄手の作務衣のような病院着も、その時のあたしにはなにひとつ気にならなかった。

 

なにも感じない。

なにもみえない。

なにもきこえない。

なにも、なにも。

 

「あすは」

 

いつからそこにいたんだろう。

あたしが視線だけを動かした先には、頭にいっぱい吸盤みたいなのをつけたボサ髪の男の子がいた。

くっついた吸盤の先にはうねうねといろんなケーブルがくっついていて、引きちぎられたように長さがバラバラだった。

 

オトナたちが何かを騒いでいる。

オトナのうちのひとりが、あたしに近づこうとしてきた男の子を引き離そうとする。

 

「あすは」

 

男の子は暴れていた。

迫るオトナたちの手を払って、叩いて、身をよじって。

 

「あすは」

 

あたしに向かって同じ言葉を繰り返す。

 

あすは。

あすは。

あすは。

 

聞こえないはずの耳が、見えないはずの瞳が、その声とその姿を確かに捕えていて。

あたしは、気づいたら手を伸ばしていた。

 

「おにいちゃん」

 

それが、今のあたしの持つ最初の記憶。

誰にもゆずらない、あたしだけの記憶。

 

 

 

 

「はぁ――――…………ふっ!」

 

撃つ。

撃つ。

撃つ。

 

舞い散る土、ローファーの踵がすり減る感覚を心地よく感じながらあたしは駆ける。

どこか澄んだ空気で肺を満たして、それから一呼吸。

視界に入る木々の梢を肩にかすめて避ける。

脚は止めない。

そして研ぎ澄ました感覚がひとたび敵の姿を知覚すれば、

 

「――ふっ!」

 

きた、三匹。

余裕っしょ。

 

撃つ。

撃つ。

撃つ。

 

飛びでてきたのはツヤツヤとした鈍色の異形。このステージに用意された仮想〈アンノウン〉。敵だ。

あたしに撃ち抜かれた敵は身じろぎもせずにただ仰向けに倒れていく。

 

第三のステージ、テーマは『脱出』。

 

おおげさな事はなにもなくて、第二ステージからさらに降りた先に広がる一面の森を駆け抜けて、山頂にあるゴールを目指すだけ。

 

配置された仮想〈アンノウン〉の他にも障害物としてなんか色んなギミックが出てきたけど、あたしは全て力任せ勘任せに撃って、放って潰した。

転がってくる岩も、突き出てくる丸太も関係ない。

崩れる足場だけはちょっと焦ったけどね。

 

第一ステージはあたしと凛堂サンが同率一位。

第二ステージは五六五〇〇ポイント稼いだ天河舞姫が大差で一位。

 

そしてこの第三ステージ。

これが最後のステージだっていうんだから、あたしがここで一番にゴールすればトータルであたしの勝ち。

 

何がお願いをきいてほしいだ。

馴れ馴れしいヤツ。

ムカつく女。

あたしは絶対負けない。

 

「……にして、も」

 

上の階層から降りてくる時にみた感じだとただ生い茂った森と思ったけど、こうして駆けてみるとなだらかな山?になっているのがわかった。

 

スタートからゴールまで小さな山登りさせられるかんじ。地味にキツいやつ。

 

ま、だからなにって感じだけど。

 

あたしはただまっすぐに山頂を目指していた。最初に迂回すれば危険は減るとか説明してた気がするけどあたしには関係ない。

とにかく最短で一番早くゴールするだけ。ならまっすぐが一等わかりやすいじゃん?

山頂にわざとらしく揺れてる超デカい旗がみえる以上、迷うこともないしね。

 

あたしはふと、お兄ぃは大丈夫かな、なんて考えた。あれから終始お兄ぃはあたしの方をじいっとみてきたけど口を聞くことはなかった。始まる直前まで天河舞姫となんかしゃべってたのは知ってるけど。

ふうん、その女とはしゃべれてあたしとは口きかないんだ。あっそ、いいけど。

 

すぐにハッキリさせてやる――。

なんて考えてるからだ、気が散った。

 

目の前すぐ飛んでくるそれに、一瞬反応が遅れた。

 

大きな、丸太?

 

あたしはとっさに銃で撃ってから、すぐに違うと気づいた。パキン、と硬い音を立てて表面が凍りつくも、その勢いが止まらない。転がってくる丸太だったらさっきから何回も壊してるのに。見た感じ材質が鉄? みたいな……なんか硬い。仮想〈アンノウン〉よりも。

 

あたしは身をよじって踵を滑らせると、ギリギリのステップで避ける。

すると、それを待っていたかのように横手からも同じトラップだ。

今度は撃たない、というか撃つだけ無駄っしょ。

手近な枝をひっつかむと体重を預けて跳躍して避ける。いや、避けたつもりが、

 

「あ」

 

枝がちぎれた。

あたしはバランスを崩して斜面に片膝をつく。

 

そこへ殺到する鋼鉄の丸太。

 

う―わ、数えるのもめんどくさいくらい転がってくる。

まるであたしがこう動くってわかってるみたいな誘導。

もうすぐ山頂だから?

罠をいっぱい置きましたって?

 

「ウッザいなあ……」

 

あたしの、邪魔をするな。

 

身体が熱を帯びた。

比喩とかじゃなくてマジなやつ。

あたしの〈命気〉が全身から溢れでる。

 

正面に一発、銃口を向けて放つ。

 

今にもあたしを巻き込まんとする鋼鉄の丸太はあたしのすぐ頭上まで迫って、その動きを止めた。

凍りついたように。

あたしのもつ〈世界〉は物質の運動操作。いつもならもっぱら熱運動を加速させて燃やしたり、逆に凍らせたりもする。でも今回は違う。あたしの放った銃弾で、丸い鉄柱は振動を停止――動きそのものを止めた。

 

あとは待つだけ。

その後ろから押し寄せる丸太については何もする必要なんてない。

あたしが止めた一本が中空で動きをとめているのだから、

 

「はい残念」

 

がつんごつんとそれに当たっては逸れ、跳ねては大きく軌道を変えてあたしには届く事がない。

結局目の前の一本を残して綺麗に退場。

その一本もあたしが〈世界〉を解除すると、生きる事を思い出したかのように斜面を転がっていった。

はいバイバイ。

 

ってかあんなん当たったら普通死ぬんじゃない? エグ。だれ、考えたの。お兄ぃとかくらったらフツーに潰れちゃうじゃん。

ま、そんなことにはなんないだろけどね。

 

 

「うおっ……! なんだお前……えらい早いな千種……え――と妹のほう」

 

山頂――遠くからじゃみえなかったけど旗の下には管理官の人がだらけた感じで座ってた。女の人のほうの管理官はいなかった。

 

「ドーモ」

 

あたしはすぐに周りを見回した。

いるのは男の管理官の人、それから――。

 

「…………いない」

 

誰もいない。

他に誰も。

あたしはほっとしたように息を吐いて笑った。

 

はっ、やっぱね。

なにが、あたしに勝ったらだ。

ま、あたしもさすがに息を切らしてるけど。

 

ってなんか必死な感じがするよね、キモいかも。恥ずかしいからさっさと呼吸整えよ。

つか暑いし。気持ちわる。シャワー浴びたいんだけど。

 

シャツの胸元を引っ張ってパタパタさせようして、お兄ぃの「はしたない」なんて幻聴が聞こえてきた。

お兄ぃそういえばだいじょぶかな?

 

「なんだなんだおい。しまったなあ、こんな事なら記録でもとっとくんだったか。たいしたもんだ、めちゃくちゃ速かったぞ。どのルートできた?」

 

「は? あ――……まっすぐデスケド」

 

つかちょっと今は話しかけるの勘弁してほしんですけど?

 

あたしは迷惑そうに言って顔をあげた。

 

山頂は思ったよりずっと広かった。

山頂の端にあたるここで、旗と一緒に陣取って見下ろすように座る管理官の人。で、その奥になんか白い建物があった。ご丁寧に休憩所と札がついてる。食事マークとか飲み物マークとか、トイレマークなんかもついてる。

 

や、誰もみないんじゃんこんなところにあっても……。

上についてる煙突みたいなアレはなんだろ。

 

「まっすぐってお前、無茶しやがるな。一番簡単そうにみえて一番障害配置多いんだぞ」

 

「や、全然たいした事ないんで。もういっていいです?」

 

あ―、喉きっつ。

なんか飲みたいし。

 

あたしが休憩所を、ゆび指してそういうと。

 

「お――いいぞ。全員揃うまで適当に休んどけ」

 

「ドーモ」

 

手をヒラヒラとさせてあたしは休憩所へ。

 

行こうとして。

 

「千種明日葉が二位と。つかヒメ坊とほぼ差がないな。ん――、こりゃ将来が楽しみだ。けっこうけっこう」

 

――なんて?

 

足を止めた。

 

「…………は? ちょっと」

 

「お? どした千種明日葉……おととと、ちょっ、服を掴むな服を」

 

「なに? どゆこと? あたしが、二位?」

 

「ああ……? そうだ、お前が二着だ。少し前にヒメ坊がきてるからな。奥の休憩所に――あ、おい!」

 

なに?

なんて?

あたしが、二位?

最短で、全力できたのに?

 

あたしは扉を開けるのも億劫で力任せに休憩所の扉を押しやった。

しんとした室内、少しだけ薬臭いのは昔を思い出しそうになる。

誰もいない。

 

扉をみつけては開く。

 

狭い廊下、白い壁。

ぽつんとどんつきに置かれた灰皿台。

 

誰もいない。

 

ほら、やっぱり誰も――。

 

「――明日葉ちゃん?」

 

肩で息をしていたあたしは、その声で動きを止めた。

廊下の横手、階段から降りてくる小柄な姿。

 

「あっ……えっと、呼んじゃダメなんだった! えっとえっと」

 

息ひとつ切らしてない、はっきりとした語調。

 

白い白い肌には汗も浮かんでいない。

 

……なにそれ。

 

「私もね、今きたとこなんだ! なにがあるんだろうって見て回ってたの。ここすごいんだよ――上にね、おっきな道場、」

 

「うっさい」

 

「へ?」

 

「……なんなんマジ」

 

ムカつく。

その余裕そうな顔も。

 

「え、と。まだおこってる? ゴメンね、私なんでおこられちゃってるのか全然わかんなくて。悪いところあったら直すから、」

 

その、どこまでも良い子ちゃんみたいな態度も。

 

「だから――」

 

「――あたしさ。基本的に他人とかど―でもいいんだけど。そもそも期待とかしてないし。あたしはあたしでいいやって思って生きてきたワケ」

 

あたしは、ホルスターから銃を抜いた。

 

「でも、アンタは別。あたし、アンタみたいなのにナメられたままじゃガマンなんないんだよね」

 

「わ、私は……」

 

「してよ」

 

「え?」

 

「決闘。いいっしょ、さぞ強いんだろうから。アンタが勝ったらなんでも言うこときくからさ」

 

「けっとう、ってそんなの……」

 

「そんかし」

 

その代わりに条件をつきつけてやる。

 

「あたしが勝ったら、都市から消えて。行けるでしょ、アンタなら。内地にだってすぐ」

 

天河舞姫はずっと困惑したような顔。でもあたしは目を逸らさない。

 

そうだね、賢いよアンタは。

そういう態度されたらさ、大抵のヒトは言うことききたくなるんじゃん。アンタかわいいし。

あたしでさえちょっと心が痛むんだから。

 

でもね、マジムリだから。

アンタの事が、キライだから。

 

「……本気、なんだね?」

 

「当たり前っしょ」

 

「ヒメ!」

 

そこへ、凛堂サンが小走りにやってきた。

 

ちっ、また邪魔入った。

あたしは銃を下げてホルスターにしまうと、天河舞姫から離れた。

 

いや、離れようとした。

腕を掴まれるまでは。

 

「どこいくの」

 

「は?」

 

「するんでしょ、決闘」

 

「……急になに? 凛堂サンきたからってイきってんの? 別にいいけどね、あたしは。二人がかりだって負けないし……」

 

「――ほたるちゃん! 審判お願いしていい?」

 

あたしの言葉を遮ってきた事にイラつく。でもすぐにそんな事はどうでもよくなった。

 

「っ…………、…………ッ?」

 

はずれない。

はずれないのだ。

なに掴んでんのと振り払おうとした、天河舞姫の腕が。

 

 

《つづく》

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