クオリディア・コード:code/00『苦衷のパーソナルエリア』   作:逢庭一八

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第七話:千種明日葉の物語

そこは広い空間だった。

 

両開きの引戸を開いてみると、いぐさの香り。部屋いっぱいに畳が敷かれている。

不釣り合いに打ち付けられた頑強そうな鋼鉄の壁なんかいかにも耐衝撃用って感じ。

 

休憩所の一階入ってすぐに玄関ホール、奥に食事ができる大きめの空間と応接間のような部屋が二つ。あとは倉庫と手洗い場。各部屋に通じる白い廊下の真ん中にある階段から上がった先が、今いるここだ。

 

「ふうん……」

 

いいじゃん、暴れていいってわけだ。

 

あたしが土足のまま踏み込もうとすると、隣で天河舞姫がブーツを脱いでいる。

 

……ま、確かに綺麗な場所だからね。

汚したくはないけど……。

 

あたしも倣ってローファーを脱ぐと、さっきまで天河舞姫が掴んでいた手首をみる。

 

くっきりとした跡。

別に痛くはないけど。

 

あたしは改めて天河舞姫をみる。

 

白い。

小柄なチビ。

なんかムカつく。

 

それ以上の感想が出てこない。

どうみてもこんな万力のようなチカラがあるようには思えないんだけど、ね。

 

「――千種明日葉。準備はいいか」

 

凛堂サンがこっちにきた。

ちょうど距離をとって指し向かいに立つ天河舞姫の方をチラリとみてからあたしにそう言う。

 

「いつでもいいけど」

 

「そうか。ならばルールを説明しておくぞ」

 

つか、さ?

凛堂サンはなんなんだろ。

全然付き合い短いあたしからみても凛堂サンは天河舞姫を大事に想ってるのがわかる。

 

そこにさ?

大事に想ってるヒトに態度悪いヤツきたらフツームカつかない?

少なくともあたしなら絶対はったおしてる。

 

さっきも決闘の話きいてて顔色ひとつ変えない。

どういうヒトなんだか。

ま、別にどうでもいいか。

 

「――以上だが。なにか問題はあるか?」

 

「はえ? あ、え、あ――……」

 

ヤバ。

全然きいてなかったかも。

 

「? なんだ」

 

「あ――、うん、ま、いいっしょそれで」

 

あたしが視線を逸らすと、凛堂サンは「そうか」とだけいってあたしと天河舞姫のちょうど境界に立った。

 

あ――……ルールってなんだろ。

ヤバ、ちょっとタンマっていう?

 

「恐らく朝凪、夕浪の両管理官に見つかればタダでは済むまい。さっさと始めるぞ」

 

「あ――、あンさ、」

 

「はじめっ!!」

 

凛堂サンの澄んだ声が室内に響く。

綺麗な声。

や、つかあたしまだルールがまだよく――。

 

あれ。

天河舞姫が、消えた?

 

「あ、っぶな……!!」

 

考えている暇はなかった。

なぜか目の前で、腰を低くした天河舞姫が拳を振り抜いてきたのだ。

 

いやいや、おかしいでしょ?

さっきまであたしとかなり離れて差し向かいで――。

 

「てやああああああああっ」

 

「わっ、ちょ、なん……」

 

あたしは次々繰り出される天河舞姫の拳をなんとか捌いて転がるように逆位置についた。

 

「はあっ!」

 

「うぇっ……」

 

どすん、と衝撃。

反射的に両脚開いたあたしの間に落ちる天河舞姫の拳。

 

「ちょ、ちょ、ま」

「てりゃてりゃてりゃてりゃてりゃ――――!」

 

どすんドスンどしんと、プレス機のように畳を掘削していく天河舞姫にあたしはバランスを崩したまま転がって腰を跳ね上げた。

 

っし、なんとか立てた!

 

「って、」

 

そこに、変なくぼみがあった。

ヒトのつま先を型どったような、歪なかくぼみだ。

 

「あ――……、そういう……」

 

あたしは瞬時に納得した。

天河舞姫は単純にダッシュであたしに間合いを詰めたのだと。

 

冗談じゃない。

 

踏みしめている畳は弾力こそあれど、到底脚力だけてへこませられるようなものじゃない。

さっきみたいなパンチならともかく、だ。

 

「てやあっ!」

 

「チョーシくれてんじゃ――ないっつの!」

 

なおを突撃して拳を突き出してくる天河舞姫に合わせて拳をいなし、手のひらの底で押し返すように打つ。

 

カウンター。

顎にまともに入った。

結構な勢いで畳を転がった天河舞姫は、

 

「また、消えっ……」

 

「でやああああああああ!」

 

畳を転がったと思った瞬間にその姿が消えれば誰だって焦ると思う。

でもさすがにあたしも目が慣れてきた。跳ねるように超高速であたしの後ろにまわった白いのが。

 

またも突き出された拳を挟むようにしてあたしは背負い投げ。

 

銃ばっかり使ってるから誤解されがちだけど、格闘訓練だってあたしに敵うやつはそういない。

今度はあたしの番。

 

一気に踏み込んで天河舞姫の腹を抱き込むようにして畳に転がし、跳ねようとした脚を払って後ろ側にまわり込み腕と首をホールドする。片羽絞め。

 

「あた、しの……勝ち……だ!」

 

「う、うぐ、うぎぎぎぎぎぎぎき……」

 

「ほら、はやくまいった、しろ……床叩きなよ……」

 

「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」

 

「なに、オトされたいワケ……?」

 

あたしには確信があった。

頸を片手に巻き込んで完全にキメてる。これは絶対はずれない。

 

でも天河舞姫は床を叩かなかった。

わざわざ片手は残してあげてるのに。

 

「なんなん、ムリだから……早くまいったしなってば……」

 

「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐ…………!」

 

審判をしている凛堂サンを仰ぎみる。

もういいから、こうなったら審判判断でもいいから止めなよと。

 

あたしはそういうつもりでみたのだ。

でも、凛堂サンは、

 

「…………………」

 

カウントさえとらない。

や、まあカウントはないルールだったのかもしんないけど……。

 

それにしたって表情ひとつ変えていない。

フツーもっと焦ったりとかしないもん?

 

あたしが勝ったら天河舞姫を都市からたたき出すって条件は事前に伝えているのに。

 

なんで、そんなに冷静に……。

 

「うぎぐぐぐぐぐ……………!」

 

そのとき、腕に異変を感じた。

 

あたしがキメてる腕を、天河舞姫は空いてる片方の手で掴んでいる。

それはさっきから変わらない。問題なのはその片手で、

 

「ちょ、マジ……!?」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……!」

 

あたしのホールドを引き剥がしてきた。

片腕をとってるあたしは天河舞姫の顎を突き出すようにしてもう片手で頸部を締めている。ここから抜け出る技もあるけど天河舞姫のはそうじゃない。

ただの、力任せだ。

 

「ぐががががががががかあ――――――っっ!」

 

弾かれたように視界が一回転して、あたしは引き剥がされたのだと悟った。

 

「すう――――――、はあ――――――、すう――――――、はあ――――――!」

 

「はっ、……はっ、…………!」

 

身体を起こしたあたしがみたのは四つん這いになって全身で呼吸しながらこっちをみる天河舞姫の姿。

そして、ビリビリとしびれる自分の手のひらをみてあたしは。

 

「ざ、けんなよ……」

 

ムカついた。

それこそ冗談じゃない。

 

片手で?

強引にあたしの絞め技を引き剥がして?

ぶん投げたって?

 

「……あっそ。ならもう今度はすぐオトすから」

 

あたしは天河舞姫が呼吸を整える前に間合いを詰めた。

あたしが甘かったんだ。

多分、心のどこかで油断があった。何もオトすほどの事もないかな、なんて。

直前であの子の怪力はよくわかってたはずなのに。

 

あたしはさっき掴まれていた手首をさすって、天河舞姫の左側からまわり込む。ちょうど四つん這いになってるならそのまま床に押しつけるつもりだった。

あたしに並行して横移動についてくる姿をみるまでは。

 

「は……!?」

「はあ――――――、はあ――――――!」

 

互いに腰を低くして横移動。でも動じたあたしは天河舞姫の速度についていけなかった。背後にまわられて、苦しまぎれに突き出した左手はきり返されて、え、つか、ウソっしょこれ……!

 

「ちょ、冗談じゃ……」

 

「は、あ……………!」

 

こともあろうに。

片羽絞めだ。

さっきまであたしがしていたはずの技をそのままかけ直してきた。

 

ふざけてる。

ふざけンな。

あたしはすぐに身体を起こして反らしに入った。反り返って顎部に隙間を作って逃れる為だ。隙間に腕を入れれば少なくとも頸動脈は守れる。

 

「かっ、はあ……あ、あ………」

 

ウソ。

動かない。

まるで岩か何かのように動かない。

そんなわけないのに。

 

あの小さな、チビが、こんな真似。

早く、はやく、にげないと。

 

「あ………あ……………」

 

やば。

これほんとやば……。

 

あたし、まける?

まけるの?

いやだ。

まけたくなんかない。

まけたくなんか……。

 

あれ?

 

そもそもなんでたたかってるだっけ?

あたし、あたしは……なんで。

 

あたまのなかで、こえがする。

 

 

――明日葉。

 

 

おにぃ。

おにぃじゃん。

なんだ、そこにいるんじゃん。

はやく、はやくたすけてよ。

 

……おにぃ?

なんでそんなめをしてるの。

なんであたしをそんなめでみるの。

 

やだ。

やだよ。

おにいちゃん。

 

あたまのなかで、こえがひびく。

 

 

――やあやあ、かすみんはこないだぶりだねっ。

 

 

おにいちゃん。

 

 

――霞のヤツ、神奈川にいった時にえらい美少女と話し込んでたぞ。

 

 

おにいちゃん。

 

 

おにいちゃん。

 

 

あたし、から。

 

 

あたしから。

 

 

あたしから、おにいちゃんを、とらないで。

 

 

「――――ッ!」

 

 

 

 

短い、悲鳴のようなものが聞こえた。

 

両眼が、灼けついたように熱かった。

あたしの指には、いつの間にか銃が握られていて。

それを持ち上げたんだと思う。

 

そして、あたしの首を絞めていた女の額を。

 

撃ち抜いた。

 

 

 

 

「はあ―――――――――、はあ――――――――、」

 

あたしは全身で息をしていた。

 

あれ?

あたし……?

 

身体を起こそうとして、倒れる。

 

苦しい。

苦しい。

立てない。

 

なんで。

なにが。

なにが…………。

 

あたしはそれでもなんとか身をよじって、それから。

 

「あ……れ」

 

少し離れたところに。

白い、小さな女の子が、仰向けに倒れている。

そしてあたしの手には。

 

「あれ……」

 

撃った。

 

覚えている。

あたしは。

全身から込めた〈命気〉を駆使して、天河舞姫の額を撃ち抜いた。

 

いや――殺した。

 

「あたし……」

 

ちがう。

ちがう。

そこまでする気はなかった。

 

殺す気なんてなかった。

つか、ヒトを殺したことなんて、ないし。

 

あたしは手にした銃を落とそうとして。なぜか手に引っ付いたままの銃が急に怖くなって、必死に手を振った。

 

「千種明日葉!!」

 

そして、その声にビクリと身体が震えた。

 

そうだ、あの子には。

天河舞姫には。

大切に想うヒトがいる。

 

「……………貴様」

 

振り向くと。

凛堂サンの険しい表情。

 

ああ。

そうだよね、当たり前じゃん。

凛堂サンには怒る権利があるよ。

 

あたしだって逆の立場なら間違いなくそうする。

殺されたって文句言えない。

 

ううん、もういっそ殺して欲しいかも。

だって、そうじゃん?

 

あたし、お兄ちゃんの好きな人、撃っちゃった。

 

好きな人、ころしちゃった。

 

お兄ちゃんにきらわれる。

ぜったいきらわれる。

 

だったら、だったら、もういいや。

 

ここで、凛堂サンに殺してもらった方が――。

 

「――貴様の負けだ、千種明日葉」

 

「は…………?」

 

…………え?

 

「は、ではない。事前に説明しただろう。出力兵装の使用は禁止だと。決闘などと物騒な物言いはしても殺し合いではないのだからな」

 

「や、うん……つか、え? なに言ってるワケ……?」

 

「? 錯乱しているのか」

 

「いや、いやいや……だって、あたし天河舞姫を殺し――」

 

「ったたたた…………いたあ――――――――いぃ! いたい、いたいいたいいたあ――――い!」

 

がばりと。

身を起こして、ぴょんこぴょんことしゃがんだままおでこを抑えた姿勢で跳ねる天河舞姫。

 

「……………………は?」

 

「ううううういたぁ――い! たんこぶなっちゃってる? なっちゃってないかなあ? ほたるちゃん、ふ―して、ふ―っ!」

 

「う、うん。大丈夫、ヒメ? ふ――っ。ふ――っ」

 

「いたいよう。あ、でもちょっと良くなったかも! ほたるちゃん、もっと――!」

 

「ふ――――――っ、ふ――――――っ」

 

いや。

 

いやいや。

 

いやいやいやいやいやいや。

 

「え、なに……ちょ、どゆこと?」

 

もしかして空砲だった、とか?

 

あたしは手から離れなかった銃を恐る恐る持ち上げて、部屋の壁に向かってトリガーを引く。

リィン、と澄んだ音と共に射出される命気クリスタル。そして、壁面に展開するあたしの〈世界〉。

 

「えぇ…………?」

 

弾は、入ってる。

 

じゃ、なにか?

あたしの無我夢中の弾をデコにくらって、「いたい」って?

 

…………いやいやいやいやいやいや。

 

なにそれ。

 

ありえないっしょ、なにそれ。

 

なに、それ…………。

 

「わっ明日葉ちゃん、どしたの大丈夫!?」

 

「千種明日葉……?」

 

「はえ…………?」

 

ポタリ、と。

畳に滴るひとしずく。

ひとつ。ふたつ。

 

「泣かないで! どっか痛いの? 私やりすぎちゃった……?」

 

――ああ、そうか。

あたし泣いてるのか。

 

ホッとしたから、気が抜けちゃったのかな?

カッコわる。

 

「いずれにせよ、勝負は勝負。ヒメの勝ちだ。おとなしくヒメの願いをきくのだな、千種明日葉」

 

「あっ、も――う! ダメだよ、ほたるちゃん今そんなことゆっちゃ――!」

 

「しかし、ヒメは千種明日葉と友達になりたいのだろう? どうしても」

 

「う……それは、そのう………、そうなんだけどさあ」

 

とも、だち?

なに言ってんの。

意味わかんない。

 

「ふ、ふふふふ……」

 

「あ、明日葉ちゃん……?」

 

「千種明日葉……?」

 

なにそれ。

 

あたしと、友達って。

なに、お兄ぃをくれとかそういうんじゃないワケ?

 

よりによってなんであたし?

 

「…………それが、アンタのお願いなワケ?」

 

あたしは天河舞姫をみる。

 

まっすぐな瞳。紅くて、宝石みたいで、くりくりした澄んだ眼。綺麗な目。

銃で頭を撃ち抜かれても、恨みひとつないような眼差し。

 

「あ、えと、え――――と、む――ん」

 

口をへの字にして、天河舞姫はおそるおそるといった具合に、

 

「えと。じゃあね? 『明日葉ちゃん』って、呼んでもいいかなあ?」

 

そんな事を、言った。

 

「ぷっ………………あは、あははははは……ウケる」

 

「え、ええ…………どして?」

 

あたしは、笑った。

や、笑うっしょ、こんなん。

 

「だってそんなん今日ずっと呼んでんじゃん」

 

「うぐっ…………」

 

ぎくりとしたように身体を強ばらせる天河舞姫。ちなみに凛堂サンはその間ずっと天河舞姫の額をふ―ふ―している。

 

「――お―――――い、ヒメ坊? 千種明日葉? 凛堂ほたる? 上か? なんかすげえ音したが」

 

そんな声が、階下から聞こえた。

 

「わっ、ぐとくさんだ! たいへん、みつかっちゃったら大変だあ!」

 

「ヒメ。ここは片付けておくから先に顔をみせておいで」

 

「う、うん。そだよね、勝手に使っちゃってゴメンなさいって謝るなら早めがいいもんね! いってくる!」

 

天河舞姫がまるでケガなんてなかったかのようにすっ飛んでいく。

 

……ホントに人間なのかな?

 

あたしは、すっかり脱力して、畳の上に仰向けに倒れた。

 

一方で、凛堂サンは外れた畳をせっせと直している。

 

「……あんさ」

 

「? どうした。もう泣き止んだのか」

 

「うっさい。ンなことよりも、おしえてよ」

 

「なにをだ」

 

「あの子。ホントどういう子なん。意味わかんないんだけど」

 

「ヒメは、この世界を救いたいんだそうだ。いつか世界を救う為に、今日も世界を救う。ヒメの口癖だ」

 

「は……………?」

 

世界を救う?

少し前までのあたしならきっと、笑い飛ばしていたと思う。

なにいってんの、バカじゃんって。

 

でも、今はそんな気になれなかった。

あたしがなんとなく黙っていると、凛堂サンが言葉を続けた。

 

「お前の求める答えかどうかはわからないが。ヒメは、今日という日をずっと楽しみにしていたんだ」

 

「ふ――ん……ちなみになんで?」

 

お兄ぃに会えるからとか言わないよね。

 

「お前に会えるからだ」

 

「は、はあ?」

 

あたしは思わず身を起こした。

 

だから、なんであたし?

お兄ぃじゃなくて?

 

だって、お兄ぃと仲のいい美少女って……。

 

「少し前のことになるがな。ヒメはお前の噂をきいてすぐ、一度千葉に行っている。そして、その戦いぶりを実際に目の当たりにした」

 

いやいや、全然知らないんですけど……。

 

「その日からはずっとお前の話ばかりだ。正直、私が嫉妬してしまうほどにな」

 

「いやいやいやいや……」

 

え、何コレ。

顔あっつ。

 

もしかしてアレ?

凛堂サンてばうまいことあたしと天河舞姫を仲良くさせようとしてない?

 

「や。いやいや……ウソっしょ?」

 

「私はヒメのことでウソはつかん」

 

「……あ―ね」

 

それはなんとなくわかるけどさ。

 

「つか、変じゃん。あたしの話とか……」

 

なにするん?

かわいいとか?

 

や、まあね?

そりゃ、ちょっとは自覚あるけど……。

 

「すごく強い子なんだ、と」

 

「つよ……は?」

 

「すごくすごく強い子なんだと。それはそれはとても嬉しそうに言うんだ、お前の話を」

 

「意味わかんないんだけど」

 

イヤミだとしたらサイアク。

アンタの方がよっぽどバケモンみたいだったけど……。

 

「そのままだ。自分に比肩するほどの強さをもっているお前が現れた。それがヒメにはなにより嬉しかったんだ」

 

「……やっぱ意味わかんないんだけど。なに、あたしにその、世界を救うのを手伝えって―の?」

 

「…………いや。おそらくは違う。これで、安心できると。ヒメは笑ったんだ」

 

「安心……?」

 

なにそれ。

引退でもする気?

 

「これでいつ自分が倒れても大丈夫だとな」

 

「………………は?」

 

凛堂サンは、片付けを終えたのかこちらにやってきて。

あたしと向かい合って腰を下ろす。綺麗な正座。

あたしもなんとなくスカートをなおすように座り直す。

 

「ヒメは世界を救う為に戦っている。それはウソではない。だが同時に、自分に万が一が訪れることをいつも危惧していた」

 

「………………」

 

「それがはたして〈アンノウン〉によるものなのか、あるいは人的な……暗殺であるのか。それは誰にもわからない。だが、私たちの戦いに、死の可能性は常についてまわっているのは間違いない。ヒメはそれをいつも心配していた。自分がいなくなって、皆が危険にさらされる事をひどく怖がっていたんだ」

 

暗殺、というあたりで凛堂サンの表情に少し陰りがみえた。気のせいかな。

 

「だがその心配も、もうなくなった」

 

「なんで?」

 

「千種明日葉、お前に出会えたからだ」

 

「え……?」

 

「たとえ自分が犠牲になったとしても。志し半ばで倒れたとしても。三都市には――あとにはお前がいてくれる。それがわかったから、ヒメは安心したんだ」

 

「あた、しは…………」

 

なにそれ。

そんな勝手な話ある?

勝手な期待じゃん?

 

なに、自分がいなくなってもって。

あとよろしくって?

あたしに押し付ける気なワケ?

 

「無論、そんな事にはさせん。私がいる以上な」

 

目を閉じて薄く笑う凛堂サンは、なんていうか、綺麗だった。

だからああ、そうかと思った。

 

凛堂サンがどういう人なのかも今日一日気になってはいたけれど。

なんの事はなかった。

 

ただ、心底信頼しているんだ。

天河舞姫のする事を。

なす事を。

だから動じない。なにが起ころうとどんな事になろうともあの子と共に在ると、凛堂サンはもう決めているんだ。

 

そして。

天河舞姫もまた、なにがなんでも世界を救うと決めているんだろう。

 

ただ、それだけの事。

その為に、できる事はなんでもしようとしている。

ただ、それだけ。

 

だから、あたしに近づいた。

あたしの事を知ろうとした。

 

それが打算なのか、親愛からなのか。

さすがのあたしだってここまであの子をみていればわかる。

 

あたしと会えて嬉しかったって。

そんなん言われたの初めてかも。

 

なにがお兄ぃと仲良くしたがってる、だ。

 

……あたし、バカじゃん。

 

ホント、バカ。

 

 

「いつか世界を、救う為に――ね。…………あんさ?」

 

「なんだ?」

 

「いつかっていつなん?」

 

「…………さあな、本人にきいたらどうだ」

 

「へ?」

 

「わあ――――ほたるちゃん、明日葉ちゃん、たたたたいへん! ぐとくさんってばなんかすごい形相になっちゃってこっちにくるって! なんでだろ、私ちゃんと明日葉ちゃんと決闘しちゃってゴメンなさいってゆったのにい!」

 

あたしがマヌケな声を出した瞬間、そんな事をわめきながら部屋に飛び込んでくる天河舞姫。

 

「ぷ…………」

 

これが、天河舞姫。

これとあたしは張り合おうとしてたワケだ。

マジうける。

 

「あはははは……!」

 

あたし、本当バカじゃん。

バカみたい。

こんなのと張り合ってたとか、ホントバカ。

 

「あ、明日葉ちゃん……?」

 

「千種明日葉……?」

 

 

「――……あたしの、負けだよ。『おヒメちん』。『ほたるん』」

 

 

「おひめちん」

 

「ほたるん……?」

 

 

あたしは笑っていた。

 

おヒメちんとほたるんが、お互いを指さして首を傾げてる横で、あたしは一人でケトケトと笑い続けていた。

 

もしかしたら、こんな笑ったの初めてかも。

 

 

 

 

あとの事を少しだけ話そっか。

 

ぶっちゃけあたしたちは管理官の人にめっちゃ怒られた。

 

あたしとおヒメちん、ほたるんも。

 

ふてくされたあたし。

しょんぼりなおヒメちん。

動じてないほたるん。

 

なにこの組み合わせ。ウケる。

 

で、怒られてる端々であたしとおヒメちんがたまに視線を交わして笑っていると、管理官の人は「なんだおまえら……」と、ぶつぶつ呟いて呆れた様子で解放してくれた。

 

階下に降りた時、ちょうどあたしがおヒメちんに引っ張られる形で手を繋いでいたのをみたお兄ぃの顔とか超ウケるの。

パシャっときたかったな。

 

第三ステージ、『脱出』だっけ。

最終的な順位は、こう。

 

一位、おヒメちん。

二位、あたし。

三位、ほたるん。

四位がなんとお兄ぃ。

すっごい疲れた様子だったから〈世界〉を使ったのかも。あたしのいないとこで無茶しないでほしい。

そして五位が二人。

東京の人、鷹匠サン。

 

なんか森に入ってすぐに鷹匠サンが気絶しちゃったらしくて、東京の人はずっと背負って登ってきたんだって。

 

お兄ぃはからかってたけど、東京の人も東京の人で「飛翔を禁じられさえしなければこんな訓練など東京の圧勝だ」とかなんとか言ってた。

 

その後に迎えなのかな、部屋に飛び込んできた金髪のすっごいかわいい感じの子が盛大にすっこけたのを拾って、東京の人は帰っていった。

どんな子なのかは全然わかんなかったけど、珍しいよね。

そりゃただの金髪とかなら千葉にもいるけどさ、あれはなんか天然な感じ。

さすが東京。なのかな。

知らないけど。

こっちをみて多分、挨拶とかしてくれようとしてたんだと思うけど、口を開く前に東京の人にズルズル引きずられてっちゃった。

 

それから、神奈川からも迎えの人? たちがきてて。そのうちの一人とお兄ぃがなんか「こないだはどうも」みたいな挨拶してたけど、あたしはおヒメちんと話してたからよくわかんない。

戻ってきたお兄ぃの顔がだらしない感じだったからちょっと蹴ったけどね。

 

それから。

 

なんか、ほたるんといっぱいしゃべった。

 

おヒメちんとは帰りの駅まで一緒に歩いて。

ギリギリまでいろんな話をして。

 

おヒメちんてばあたしが見えなくなるまでホームで手とか振っちゃったりして。

 

それから。

それから――。

 

 

《つづく》

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