クオリディア・コード:code/00『苦衷のパーソナルエリア』 作:逢庭一八
あれから数日。
「ん――――――………………」
その日の夜、あたしが端末の画面と睨めっこし始めてからどのくらいの時間が経っただろう。
端末に映ってるのは、この前新しく追加されたばかりの連絡先。
登録名、『おヒメちん』。
結局アレからおヒメちんとは話せてない。
なりゆきで連絡先交換したけど、向こうからかかってくる事もない。
当然か、忙しいんだ。
おヒメちんは普段ああだけどなんだかんだ全部仕事きっちりこなすタイプ。
あたしとは大違い。
「む――………」
あ―もう。
なんであたしが唸らなきゃいけないワケ。
でも、まあ、あれからおでこ、大丈夫かな、なんて思わなくもなかったり。
何回かかけようとはしたけど、なに話したらいいかわかんないし。
大体あんまし接点だってないし……。
「はあ…………」
ベッドに仰向けに倒れ込む。
いいかな。
おヒメちんだって気にしてないっしょ、どうせ。
あたしなんて多分山ほど登録されてる中の一人なんだろし?
ぶっちゃけ連絡先交換したのだって忘れてるっしょ?
端末の画面にうっすら反射して映る自分の顔がちょっとブサイク。や、角度が悪いだけだし……。
ぽいと枕の上に放り投げた端末が突然振動した。
「え。アレ、お兄ぃかな。……え、え、え!」
――『おヒメちん』。
ウソ。
え。え。どうしよ。
と、とる?
や、とらなきゃっしょ。
え、ムリ。
だってなんも考えてない。
身体を起こして困惑するあたしに、携帯端末は無言で振動を続ける。
どうしよ。
とりあえず気付かなかった振りして、あとでかけ直す?
そうしよっかな、今はちょっと無理だし……。
『――明日葉ちゃんって呼んでいいかなあ?』
おヒメちんの顔が浮かぶ。
きっと。
とらなかったら、おヒメちんってばめっちゃ、しょんぼりするんだろうな。
ああ、もう。
あたしは無意識に受信ボタンを押していた。
「も、もしもし……」
『あっ、明日葉ちゃん? 私! 天河舞姫ですっ』
「あ―、ね。うん。知ってるし」
『こんばんはっ』
「こ、こんばんは……」
なにこれ。
めっちゃ心臓うるさい。
勘弁しろし。
『元気? アレから会ってないけどそっちは大丈夫??』
「あ、うん。こっちは今んとこ敵きてないから」
『そっか! よかった――! 私にできる事あったらなんでもゆってね?』
「うん……」
会話ヤバ。
なに緊張してんのあたし。
もっとなんか言う事あんじゃん。
あたしってこんなだっけ?
ああやだもう。
ナニこれ最悪。
『明日葉ちゃん?』
「あ、うん。きいてる。なにおヒメちん?」
『えへへ。あのね、明日葉ちゃん。次のお休みいつかなあ。今度ね、ほたるちゃんとお出かけするんだけど。明日葉ちゃんも一緒にどうかなあって思って連絡してみました! なんかねなんかね、そっちの千葉ブランドの新作お菓子が出るんだってきいたの。すっご――く美味しいらしいんだよ――!』
「…………あ、え、と」
出かける。
誰と。
おヒメちんと。
あたしが?
いやいやいやいやいや無理っしょ。
無理ムリ、あらたまって会ったらなに話していいかわかんない。
だいたい、アレ。
ほたるんだってあたしがいたらヤダろうし。
邪魔したくないし……。
つい言葉に詰まって黙り込んでしまったあたしの沈黙を、おヒメちんは困ってるととったのかもしれない。
『あ、忙しいかなあ?』
「ん……まぁ、ちょっと」
『そっかあ……』
明らかに落ち込むような声。
変な罪悪感が生まれてくる。
え、っていうか何、おヒメちんそんなにあたしと出かけたいの?
「ほ、ほら。あたしまだ総長――……じゃないや、首席なってさ、あんまし、だから。やる事多いし」
ウソだ。
時間なら作れる。
そんな罪悪感から逃げたくて、つい余計な事まで言ってしまう。
「おヒメちんもさ、せっかくの休みならほたるんと二人でゆっくりしてきなよ」
なんて。
なんかほたるんが行くから行きたくないみたいじゃんあたし。
でもおヒメちんはそうはとらなかったみたい。
『ほたるちゃん、明日葉ちゃん行けないって。うん。うん……』
端末の向こうにほたるんもいるみたい。
『ほたるちゃんも残念だって』
え。
ウソっしょ。
絶対邪魔じゃんあたし。
一緒行っても明らか浮いてるの想像できるし……。
ああ、もうなんかはやく通話終わりたくなってきた。
「ま、時間できたらそのうち」
『うん、そっかあ! そだよね。ゴメンね、また今度誘ってもいい?』
「ん。行けたらいく」
『うんっ。楽しみにしてるね』
短い通話を終えて、あたしは息を吐いて再びベッドに倒れ込む。
これで良かった、はず。
別に一緒に遊びとか行きたくないし?
集団行動とか苦手だし。
あ、デコの怪我どうなのか聞くの忘れた。
ま、いいや。
もうどうでもいい。知らないし。
あたしが端末を放り投げると、ちょうどお兄が部屋に入ってきた。
「ちょ、お兄ぃノックは!」
制服のまま寝転がってたあたしは慌てて体を起こしてスカートを直す。
なんなんいきなり。
「明日葉ちゃん、大丈夫……?」
てっきりまた制服に皺が、とか言い出してくるかと思ったけどお兄ぃはそんな事いってくる。
っていうか大丈夫ってなにが。
意味わかんない。
こういうとこマジお兄ぃ。
「意味わかんないんだけど」
「いや、だからね? ひとりごと。なんか悩み事あるならお兄ちゃん聞くからね?」
ひとりごと?
何言ってんのお兄ぃ、バカじゃん……と思ったけど、そっか。さっきのおヒメちんとの通話がお兄ぃからしたらひとりごとに聞こえたのか。
確かに部屋からブツブツひとりごと聞こえたらキモいよね。お兄がたまにやってるからよくわかるし。
「いやひとりごとじゃないし。話してたから」
「そこには誰もいないんだよなぁ……やだウチの妹にイマジナリ―フレンドができた件。家庭崩壊の危機よ!」
「端末で! つか、なに盗み聞きしてんのお兄ぃ、キモいんだけど」
あたしが怒鳴るとお兄は急に真面目な顔でベッドに近寄ってくる。
「明日葉」
目の前にしゃがみこむと、低い声であたしの両肩を手を置いてきて。
は、は?
なななななにこれ。
「は、はい」
「お兄ちゃんね、ウソは良くないと思う」
「うん…………は?」
「明日葉に通話する相手がいないのはオレがよ――くわかって……」
「ッ……ウッザ、なんなんお兄ぃホントウザいしキモいし!」
バッと離れるとあたしはお兄ぃを睨みつける。
つか触る必要あった今?
なんか部屋暑い気がするし。
窓開けたい。
あたしがなんとなくスカートの丈直してると、お兄ぃはこっちを見たままで口を開く。
「じゃ、誰?」
「は?」
「誰と話してたの」
「言う必要なくない?」
「いやいやあるでしょ。家庭崩壊の危機よ!」
またさっきと同じテンションで泣き真似するお兄ぃ。
外じゃ絶対そんなキャラじゃないじゃん、ウッザ。
それでもお兄ぃはどうやら聞くまで出ていく気がないらしい。
しかたなくあたしは口にしようとする。
「なんなんマジ。決まってんじゃん、だから――、と……」
「と?」
しようとして、詰まった。
不意に、おヒメちんの顔が浮かぶ。
いつ思い浮かべてもおヒメちんは、笑顔。
そんな顔して言われると。
ま、そりゃ反論できないよね。
「……『友達』、と……」
「イマジナリ―?」
「しつこい。出てって」
「あ、はい」
お兄ぃを追い出して部屋のドアを閉めたあたしは放ってた端末の画面を見る。
通話し終えたままの画面。
直前までかけようと思って表示したままの『おヒメちん』の画面。
+
友達ってなんだろ。
話相手?
仲間?
あたしにとっては多分、そのどれでもなくって。
「……――あ、おヒメちん? あんさ、さっきの話。そ、出かけるってやつ。アレさ、いける。ん。っていうか、行くから。や、わ―いって、声おっきいし。……おヒメちんさ、その、デコ。だいじょぶ? ッ~~……だから、その、あたしが、撃っちゃったとこ。ん。そ? ………うん。うん。おヒメちん。あのさ。その……………ゴメン」
ただ対等な相手。
お互いにゆずれない大切な物があって、その為に戦ってる。
〈アンノウン〉なんて変な奴らが攻めてくるような世の中で、あたしの中のどうでもいい世界が、少しだけ。
ほんの少しだけ、狭くなった気がした。
了