一党追放   作:藤咲晃

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一章 クエストの先へ
行倒れ


 空腹とは時に人から活力を奪い、やる気を削ぎ落とす。

 冷たい石畳の路地でユキナは力無く倒れていた。

 

「……お腹、空いた」

 

 【竜の顎(りゅうのあぎと)】を解雇されてから一月。

 ユキナは冒険者として再出発する道を選んだのだが、そこで彼女は様々な問題に直面した。

 一つ:クエストは誰かと一党を組まないと請けれないこと。

 二つ:誰かと一党を組んだが、欠陥品のためすぐに解雇されること。

 三つ:ギルドが下す総合評価がF-判定だったこと。

 四つ:ユキナ自身があらゆることに無関心かつ頓着が無い。

 結果、ユキナは一ヶ月間正式に一党を組めず、食事も疎かにしていたため力尽きて今に至る。

 幸い【竜の顎】所属時に貯めたクエスト報酬と渡された前金が有ったため宿と当面の生活に困ることは無い。問題なのは身体が動かせないことに有った。

 

「どうしよう」

 

 空腹で動けず困るユキナは空を見上げた。

 広がる青空と流れる雲。

 港から風が運ぶ潮の香り。

 そして相変わらず砕けた天体──【楽園】が空に寂しげに浮かぶ。

 いつか自分も雲や海のように流れたい。そんな事を考えていると。

 

「行倒れ、か?」

 

 若い男の声がユキナの背後から聴こえる。

 

「お腹空いた」

 

「行倒れだな。ならお兄さんが奢ってあげよう。あー、動けるか?」

 

「無理」

 

 淡々と答えるユキナに男のため息が聴こえる。

 やがて男はユキナを軽々と持ち上げ、お互いに眼が合う。

 そこで初めて互いの顔を知る。

 

「……これは」

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

 夜のような黒髪に金色の瞳をした男は、いい拾い物をしたと若干口元を吊り上げ、ユキナを担いだまま冒険者ギルドに向かった。

 

 立ち去った男に通り掛かりの住人達は、

 

「通報しておくか」

 

「大丈夫、もう守衛に通報したから」

 

「良い判断ね。ギルドの方にも連絡しておくわ」

 

 それぞれ動き出し、程なくして通報を受けた守衛が駆け付けるのだった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 テーブルに運ばれたラザニアをユキナは、フォークで取り一心不乱に食べていた。

 ホワイトソースとチーズの濃厚な味わい、オーブンで焼かれたパスタのやや硬めの食感がユキナの空腹を満たしていく。

 男から見たユキナは、小柄でウサギを彷彿とさせる白い髪と瞳の色。目鼻が整いあどけない顔立ちにかわいらしい少女の印象を受けた。

 しかし男が気になるのは揺れ動くアホ毛だ。しかも無表情のユキナに対して男は困惑を隠せず、

 

「う、美味いか?」

 

「美味しいよ」

 

 ならもっと表情豊かにリアクションが有っても良い筈だと男は内心で思う。

 しかし、世の中には様々な事情や生まれ付き感情表現が上手くできない者も居る。だから目の前の少女もその類いなのだろう。

 自己完結した男は、しっかりと食べたユキナの量に口元を吊り上げながら話を切り出す。

 

「俺はレノ・リーシュ。アンタは?」

 

 レノにユキナは口に含んでいたラザニアを飲み込み、淡々と答えた。

 

「……ユキナ・テュラリア」

 

「テュラリア? どっかで聴いたような?」

 

 何処かで聴き覚えの有る家名にレノは記憶を探ったが、すぐに思い出せない事から大した情報じゃないのだと捨て置く。

 いま優先すべきは彼女に対する印象だ。

 

「……ふむふむ。クール系美少女ってところか」

 

 彼が言っていることを理解できなかったユキナは小首を傾げた。同時にレノは見た、ユキナのアホ毛が連動するようにハテナを形作っていることに。

 

(アホ毛が感情に連動してるとでも言うのか!? いや、きっと感情表現が苦手だから魔法で操ってるに違いない)

 

「それで一つ確認したい。ユキナは冒険者なのか?」

 

 ユキナは空になった皿にフォークを置いてから。

 

「うん」

 

 頷き応えた。

 

「そうかあ! そうかあ! 実は俺さあ、冒険者になったばかりでまだ誰とも組めて無くて困ってるんだけどさぁ」

 

「良いよ」

 

「そこで食った分はきっちり……いまなんて?」

 

 奢った分は色を乗せて働く形で返してもらう。ついでに一党を組んで彼女とお近付きになりたいという思考のもと、レノは交渉を切り出したのだが、予想しなかった返答に思わずユキナに聞き返す。

 

「組んでも良いよ」

 

 赤い瞳ながら涼やかな眼差しで答えるユキナに、レノは頭を掻いた。

 ユキナにとってレノは食事を奢ってくれた人。

 それ以上の興味は無いが誘われたため応じたに過ぎない。

 一緒にクエストに行って一党の成立できればそれに越したことはないからだ。

 

「それじゃあ早速申請しに……」

 

 レノが言い終える前に守衛が彼の肩を掴み、

 

「アスガル守衛隊だ。署で話しを聴かせてもらおうか?」

 

 笑っている守衛にユキナは小首を傾げ、レノの顔が青ざめる。

 

「悪いことしたの?」

 

「ち、違うんだ! 俺は決して何もしてないぞ!」

 

 何が起こっているのか分からず問うユキナに弁明するレノ。

 そんな様子を静かに見守る他冒険者一党とギルド職員。

 彼らは互いに眼で合図を出し合い、同時に頷く。

 面倒に巻き込まれたくない。傍観に徹しよう。それが彼らの導き出した解答だった。

 

「何が違うと言うんだ? 言っておくけどな、お前さんが怪しげな笑みを浮かべてお嬢ちゃんを担いでる目撃証言だって得てる」

 

「!? 待ってくれ。本当に待ってくれ! 行倒れの子が居て流石に無視もできず、持ち上げたら可愛い女の子だった。だから思わず役得に感じてにやけただけで……決してやましい気持ちなどこれっぽっちも、ちょっとしか無い!」

 

 レノの弁明に守衛はため息を吐く。

 

「やましい気持ち、少しは有るんじゃねえか。……まあお嬢ちゃんがこいつに何もされていないって言うなら此処は見逃すけど?」

 

 守衛は黙って静観していたユキナに視線を向けた。

 助けを乞うように手を合わせるレノにユキナは……。

 

「……ご飯奢って貰った」

 

「何か交渉されたりとか、脅されたりとかは?」

 

「? 一党に誘われて承諾した」

 

 ユキナの証言に守衛は納得した様子を見せ、レノの肩を放した。

 

「話しは分かった。住人の勘違いだったってことで話しはこれで終わりだな」

 

「お、おう。分かれば良いんだよ」

 

「お嬢ちゃん、何か有ればすぐにアスガル警備署を尋ねるんだぞ?」

 

 守衛の言葉にユキナは頷き、彼は満足気な笑みを浮かべながらギルドから立ち去った。

 

「はぁ〜。とんだ災難だった、まさか冒険者になって早々守衛の世話になりかけるなんて」

 

 しかし落ち込んでばかりもいられない、とレノはすぐに立ち直る。

 これから美少女と明るい冒険者生活が待っている。そう考えただけで彼の胸は心躍り、足取りも軽やかなものだった。

 

「じゃあ早速申請しに行こうぜ!」

 

 笑顔で告げるレノにユキナは淡々と頷き返すだけだった。

 

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