一党追放   作:藤咲晃

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最終話 ユキナが選んだ答え

 背後を振り向くと、そこにはアスガル伯爵が率いた騎士団の姿だった。

 なぜ彼らが此処に? 疑問を浮かべるユキナに騎士団が剣を引き抜く。

 アスガル伯爵は鋭い眼差しをユキナに向け、

 

「エデンの暗躍を聞き付け、駆け付けてみれば。これは……何故そのような者と話している?」

 

 疑問にレノが庇うようにユキナの前に出る。

 そしてアダムはいつでも魔法を放てるように魔力を込めていた。

 そんな彼にユキナは静止の手を向け、

 

「待って。アダムもエデンの被害者」

 

 ユキナの訴えにアスガル伯爵は何かに納得したように瞳を伏せ、彼女との約束を口にする。

 

「……なるほど。しかしわたしは貴女との密約を果たさなければならなくなりそうだ」

 

 アスガル伯爵の言葉にユキナはアダムの隣まで退がる。

 あの日、パーティー終了間際に彼と交わした密約。

 

『もしもエデンが領民に多大な犠牲を出す……ううん、そうなる前に私を追放して』

 

 エデンの残党が自分を狙っている事は重々理解していた。

 このままアスガルに留まれば、いずれ彼らは取り返しの付かない事態に及ぶ。

 冒険者としての立場で各地を放浪する形でエデンの残党をユキナに集中させる考えも有ったが、それではレノが犠牲になってしまう。

 アスガル領もレノも護りたい。二つを満たす条件は自分が居なくなれば済むことだった。

 だからこそユキナは誰にも相談せず一人で悩み、考え抜いた末にアスガル伯爵に追放して欲しいと申し込んだ。

 その時、彼は悩み葛藤しながら領民と個人を選んで密約を承諾した。

 ユキナは願いを聞き入れてくれたアスガル伯爵に涼やかな瞳を向け頷く。

 

「ラウム・アスガルの名においてユキナ・テュラリアをアスガル領から追放処分とする!」

 

「ちょっと待てよ! 何でユキナを追放するんだよ!」

 

「ファルス村に突如流行した病。捕縛したエデンの残党が全て自供したよ。彼女一人を手中に収める為に悪魔と契約し、病を拡めたとね」

 

「ごめんねレノ。こんな形でお別れになって」

 

 アダムは魔力を引っ込め静観すると騎士も剣を納めた。

 

「……まさかユキナの意志だって言うのかよ?」

 

 納得いかず眼に涙を浮かべたレノに、ユキナは小さく頷く。

 そしてアスガル伯爵はそんな彼の肩に手を置き、

 

「いずれ領地を得る腹積りなら選択に迫られる時が来る。彼女一人を犠牲にするか領民を護るかどうかの」

 

「エデンの残党は全員捕縛したのか?」

 

「したとも。そちらの若者が残党の居場所まで騎士団を誘導してくれたおかげでね。……わたしとしても温情として見逃してやりたい所だが、エデンはあまりにも多くの者を奪った」

 

「うん。ある意味で私も残党だから」

 

 ユキナはずっと悩んでいた。テュラリア家に保護された自分はもうエデンとは関係ないのかと。

 それでも時折り突き付けられるのだ。エデンの道具として白い死神として暗殺して来た事実を。

 無関心では居られない、目を背けられない事実を前にユキナは先日答えを出した。

 正に答えを出したきっかけは、【竜の顎】からの追放だった。

 もう自分は不要な存在。なら責めて誰にも迷惑をかけずに残された罪を贖罪しなければならない。

 それは目的でも夢でも無い。義務だからだ。

 義務で動く自分と夢の為に動くレノとの大きな違い。

 彼にとって自分はいずれ不要になる足枷になり得る存在だ。

 ならいっそのこと全てを片付ける為にも、もう大好きな人々から追放され無いように。

 もう自分が原因で誰も犠牲にしないために導き出した結論を彼女は実行に移す。

 

 そしてユキナは、これまでの冒険の事を思い返して。

 

「レノ、楽しかったよ」

 

 レノに微笑んだ。

 

「ダメだ! 行くな! 行かないでくれ!」

 

 ユキナはレノの伸ばした手が腕を掴む前に……。

 

「さよなら」

 

 それだけ言い残したユキナは窓辺から飛び降り、白髪が風を受け舞う中、暗い森に姿を消して行った。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 あれから数週間。

 エデンの残党が壊滅したことが大々的に喧伝され、アスガル領の領民は領主の活躍振りに大手を奮って喜ぶ中。

 レノはギルドの酒場でそんな彼らを静かに見つめていた。

 町の住民はユキナが居なくなった事を気に掛けても居なかった。

 少なくとも彼女の行方を気に掛けていたのは鍛治工房の親方、ルイとゴリス支部長をはじめとしたギルド職員とアスガル伯爵のメイドぐらいだった。

 やるせない気持ちが溢れ、同時に心の消失感にレノは小さく。

 

「フラれちまったなぁ」

 

 あの後レノは暗い森の中を懸命に捜索した。

 ユキナが落下したと思われる地点を中心に何日も掛けて。

 けれど戦闘の痕跡は発見されたが彼女は見付からず、本当に追放を受け入れ自分の下を去ってしまったのだと理解した時には、森の中で大声を張り上げて泣いていた。

 

「……アダムの奴もいつの間にか居なくなってたな」

 

 少なくともユキナが飛び降りた時にはもうアダムの姿は無かった。

 二人は一緒に居るのだろうか? それとも共に死んでしまったのかは今となってはもう確かめようも無い。

 

「新米くん、いつまでも落ち込んでいたらダメですよ」

 

 ルイの呼び掛けにレノは顔を向けず、不貞腐れ気味に返す。

 

「別にいいだろ。少しは失恋で落ち込んでもよ」

 

「まあ、気持ちは分かりますとも。でもあの子が選んだ答えですから、それを受け容れるのもリーダーの務めですよ」

 

「理不尽だな。どいつもコイツも、ユキナに何の罪が有るってんだよ」

 

「……罪とは何か? 暗示と洗脳によって暗殺者にされたあの子を罪人だと咎める者は実はそう多くは有りません。有るのは同情と哀れみ。ですがあの子自身が自らを罪人と位置付けた」

 

「アイツが罪と認めるから罪人だって?」

 

「えぇ。ユキナちゃんはテュラリア家に引き取られた当初、殺して欲しいと懇願する程までに罪の意識に苛まれていたそうですよ」

 

「知らなかったよ。ユキナがそんなに思い詰めてたなんて」

 

「普段無表情で無関心ですからね。けど、だからこそ他者はあの子に対して感心も感謝も無い。寧ろ軽蔑感を強め責め立てる」

 

 吐き捨てるように言うルイに、レノはため息を吐く。

 

「……俺がやれる事は、やっぱ領主になってユキナのような魔力操作不全症が差別無く暮らせる環境造りだな。そしたら……ユキナも来るかもしれない」

 

「そうですね。あの子はアスガル領を追放処分にされたので、イーリス本土にも帰れない状況です。だから誰かが彼女の居場所を作ってあげないと、あの子はふらりと何処で倒れちゃうでしょう」

 

「そういえば、出会った時は行倒れてたな」

 

「偶に有るんですよ。食事を忘れちゃうことが」

 

 ルイの言葉にレノは確かに、と小さく笑った。

 そして彼は立ち上がり、

 

「とにかく今は行動するにも新しい仲間を探さなきゃな!」

 

「立ち直ると思って弄り……新人が明日到着予定ですよ」

 

 ルイが何食わぬ顔で訂正した言葉をレノは敢えて聞かなかったことにした。

 それが賢明な判断で、新人共々いつまでも彼女に弄り倒されるのは面白くないからだ。

 

「……そういえば、ユキナの兄貴は?」

 

「あぁ、アスベルなら今頃あちこち駆け回ってると思いますよ。彼のアホ毛はユキナちゃんセンサーなので」

 

「……なあ、テュラリア兄妹のアホ毛ってなんなの? 魔法じゃないんだよな?」

 

「魔法では有りませんね。まああの馬鹿は妹想いの力と宣ってますが……はぁ〜、いい加減結婚式も挙げたいところですが、今年中には無理そうですねぇ」

 

「なに? アンタ結婚すんのか」

 

「そういえば言ってませんね。実は私にとってユキナちゃんは将来の義妹なんですよ」

 

 あっさりと告げられた事実にレノは倒れそうになった。

 まさかルイが正式な方法でユキナと家族になる日が遠からず有るというのが、なんとも言えない現実だった。

 

「……もう十分不貞腐れた。明日からのクエストに向けてちょっくら鍛錬に行って来るわ」

 

「それが良いでしょう。なんなら騎士団の訓練に参加する事をおすすめしますよ。気付いて無いとは思いますが、ユキナちゃんの剣術も騎士剣術の応用ですから」

 

 ルイの助言に礼を告げ、心機一転。新しい気持ちでレノは騎士団の訓練に参加した。

 そして彼は想像を絶する厳しい訓練に血反吐を吐きながら臨むのだった。

 ユキナと再会を夢見ながら。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 何処の山小屋。その裏手に広がる花畑にユキナは倒れていた。

 流れる雲を見上げ、夏の日照りを手で遮りながら呟く。

 

「あの雲みたいに流れたい」

 

「君はまたそんな事を。それよりも朝食ができたよ」

 

 花を踏まないように注意を払いながら近付く人物の名を、ユキナが呼ぶ。

 

「……アダム」

 

 あの日、アダムと会話しアスガル伯爵に追放を告げられた日。

 森に飛び降りたユキナの前にアダムが現れ、しばし刃を交え現在に至る。

 

「傷の具合はもういいの?」

 

「おかげさまでね。……というか君だよね? 僕を半殺しに追い込んだのは」

 

「……まだアダムのこと、全部信用できなかったから」

 

 義母に言われた剣を交えば通じる。

 それを実行し、アダムの魔法に全力で警戒しながらユキナは彼と戦った。

 そしてアダムは真実しか語っていなかったと理解した頃には、放った拳が彼の鳩尾を撃ち深い崖に落としていた。

 申し訳なく感じたユキナは、アダムに肩を貸しながら一眼を避けながら東へ東へと進み、アスガル領から遥東に離れたこの山脈に山小屋を建て彼と生活するに至る。

 

「そう思われても仕方ないか。何せいきなり言われても理解も追いつかないだろうし……本当はもう少し時間をかけたいところだったけど」

 

 ユキナも未だアダムの話を全て理解した訳ではない。

 

「……【アダムの種子】と【イヴの種子】。私が私じゃ無くなるの?」

 

「君は君だよ。何せ君は【ユキナ】という個を確立させた状態で種子を植え付けられたからね。実際には影響は殆ど無い、強いてあげるなら空の【楽園】が無意識に見上げちゃうことかな。あと恐らく後遺症だとは思うけど、感情が抑制されてることくらいか」

 

「……ちょっと安心」

 

 ユキナは身体を起こすと、アダムは眠そうに欠伸を掻く。

 彼は夜遅くまで魔法の研究に明け暮れていた。

 人の為になる魔法の開発。その一つとしてより効率的な魔障壁の研究をしていた。

 そして朝食まで作った。ユキナは正座しては膝を叩く。

 

「良いのかい?」

 

「ん」

 

 たった一言だけ返すとアダムが膝に頭を乗せ、

 

「……君のお友達に殴られそうだなぁ」

 

「レノはそんなことしないと思う」

 

「そうかな? 君はもう少し他者の感情を理解すべきだよ」

 

 それだけ言うとアダムは静かな寝息を立て眠りに付いた。

 ユキナはそっと彼の金髪に手を置き、

 

「おやすみ」

 

 風に花弁が舞う中、耳元で囁くのだった。

 

 それから数年後。

 【楽園】の破片が落下するという事件が起きたが、それは誰かの手によって止められ人類と魔物が再び絶滅の危機に晒される最悪の事態は阻止された。

 誰も世界を救った英雄の正体も知らずに平和を謳歌する中、レノ・リーシュが【竜の顎】に次ぐ冒険者として名を轟かせ、彼は貴族に成り上がるという夢を果たす。

 そして差別の無い領地がレノの手に作られた頃。新たな町リーシュには白い髪にアホ毛を揺らす少女と金髪碧眼の少年の姿も有ったという。

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