一党追放   作:藤咲晃

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二章 地下水路のスライム
あれから一ヶ月


 ユキナとレノが正式に一党を結成してから早くも一ヶ月が経過していた。

 彼らはアスガルを拠点に日々クエストに励むのだったが……。

 

 二匹の猫が互いに威嚇し合い爪に魔法を宿す。そして喧嘩を始める路地をユキナが通り過ぎる。

 目当ての場所まで一目散、他に一切目もくれず彼女は向かう。

 そうしてアスガル商業区の店を何軒も通り過ぎた彼女は、漸く目的の場所で足を止めた。

 

 ユキナは冒険者御用達の鍛治工房を訪れる。

 早速親方と弟子達に馴染みの客になった彼女に、

 

「今日はどんな要件だ? いつも修理ばかり頼んでねえでちったぁ防具か魔法道具でも買って行きやがれ」

 

 親方は無駄だと理解しつつも冗談を飛ばす。

 冗談だと理解しながらユキナは愛想の無い表情で要件を伝える。

 

「剣の修理をお願い」

 

 鞘から抜いた剣に親方と弟子も一様に顔を顰める。

 ユキナが常連となってから毎度の事だが、彼女の剣を三日ほど前に修理したばかりだと言うのに剣は刃毀れが酷くあと一振りで折れてしまいそうな程に消耗が激しかった。

 一体どんな戦い方で、一度にどれだけの魔物を斬っているのか。

 通常武器は使用者の魔力で刃を覆うことで肉や骨の両断時に刃の消耗を抑えるのだが、ユキナにはそれが出来ない。

 基礎戦闘に当たる魔力操作による武具の魔力強化。それができない以上、剣の消耗は激しいままだろう。

 魔力を扱えない彼女にわざわざ告げるのは酷だ。それこそ彼女本人が痛いほど理解してるのだから。

 剣の消耗と芯を観察した親方は、作業日程とそれらにかかる費用を告げる。

 

「コイツの修理には一週間必要だ。何せ芯まで損傷してやがる……そこで諸々の費用を合わせると銀貨四枚になるが?」

 

 ユキナは考える素振りも見せず金袋から銀貨を取り出す。

 いつも彼女は金額に対して値切ろうとはしない。愛想は悪いが金払いの良い客。それが親方と弟子が抱くユキナの印象だった。

 だから彼女がクエスト先で倒れないように、ほんの少しばかり融通してやっても罰は当たらないだろう。

 密かに親方はそんな事を計画し、丁度いい素材が有ったと凶悪な笑みを浮かべるのだった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 鍛冶工房に剣を預け、ギルドに到着したユキナは施設を一周見渡す。

 アダムとイブの像が置かれた一階、酒場と併用されたフロアでクエストを終えた冒険者一党が互いの冒険譚を肴に酒を呷る。

 どこも楽しげに語らう中、一人だけぽつんと離れた席で干し肉を食う少年に歩き出す。

 

「……レノ」

 

「おっ、帰って来たか。剣の方は如何だった?」

 

「一週間掛かる」

 

 親方に言われたことをそのまま告げると、レノは仕方ないと話しを切り出す。

 

「そうか。なら一週間は休暇にするか」

 

「……素手でも大丈夫だよ」

 

 そう言ってユキナは、空に素早い拳を三撃同時に駆り出す。

 剣が無ければ拳を使えば良い。

 

「……あー、俺の自信が砕かれそうだから休みな。それにここんところずっとクエスト漬けで俺も正直疲れてる」

 

「レノがそう言うなら」

 

「で、せっかくギルドに来たんだ。なんか食ってたら如何だ?」

 

「ん、お腹空いてないからいい」

 

 宿屋に帰っても特にやる事が無いため、ユキナはレノの向かいに座った。

 

「……他に誰か誘わないの?」

 

 何となく。本当に何も考えずに質問するとレノが呆れ気味にため息を吐く。

 何故そんなため息を吐くのか訳が分からず、ユキナは首を傾げる。

 

「ユキナは、他にも仲間が必要だと思うか?」

 

「ん。一つの一党は最大四人まで。多い方が楽しい」

 

「もしもの話だ。もしも一党の男が俺だけ、他が女だけだったら?」

 

「? 一党のリーダーはレノ。方針と運用は好きにやればいい」

 

 真顔で返された返事にレノは、テーブルに沈んだ。

 

「そこはもっとさぁ! 私だけを見て、とかなんか無いのかよ」

 

 この人は一体何を言ってるんだろう?

 ユキナはレノの言いたい事が何一つ理解できなかった。

 なにを言いたいのかも、どう返すのが正解なのかも分からない。

 ユキナが悩むとレノは気を取り直したのか顔を上げ、何処か恥ずかしげに視線を彷徨わせると。

 

「なあユキナって……好きな異性とか居るのか?」

 

 唐突に聴かれた質問に周囲が騒つく。

 

「野郎踏み込みやがった!」

 

「俺達も気にはなってたが、踏み込めなかった領域を!?」

 

「ユキナちゃんの好みのタイプ……気になるわね」

 

 騒つく周囲にユキナは小首を傾げながら、

 

「居ないよ」

 

 淡々と告げる。

 異性にも同性にも意中の人は居ない。元よりユキナは、自分の恋愛そのものに興味は愚か関心が無い。

 ましてやそんな資格など無い。

 その意味を含めて居ないと答えたが、何故かレノは嬉しそうだった。

 

「そうかぁそうかぁ!」

 

 そんな彼を他所にユキナの耳にとある話題が入る。

 

「聴いたか? 先月の話になるが、あの【竜の顎】がマザーウィルっつう化け物の肉片を回収したって話し」

 

「あぁ、聴いた。奴に挑んで生きて帰って来た者は居ない。文献の記録に名が遺された魔物を……よくもまあ無事に果たせたよな」

 

「何でも今回はたった三人だけで達成したとか」

 

「三人? あの一党は四人のフルメンバーって聞いていたが」

 

「詳しいことは知らねが……そういえば、最後の一人は欠陥持ちだって新聞に書かれてたか」

 

「あの新聞会社は特定の一党に所属するメンバーを悪辣に書き下ろすからなぁ」

 

 ユキナがかつて所属していた【竜の顎】の噂に彼女は、勢い良く席を立ち上がる。

 そして、

 

「その話、詳しく」

 

「おっ? 無関心そうだが流石に冒険者として気になるか?」

 

 笑う男性冒険者にユキナは、こくこくと頷いた。

 レノはそんな彼女に意外な一面を見たと驚きつつも、密かに【竜の顎】以上の冒険者に成り上がることを誓う。


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