解体命令なのです! ~電と提督と沖ノ鳥島鎮守府の物語~   作:鎌虚(Kamauro)

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第九話 お父さん……なのです?

 桂提督の1日お勉強会から、丸3日が経過していた。

 

 あんな事が起きても、背中から艤装が消えた事以外、何の変わることは無かった。

 

 雷は、予備艦隊である第五艦隊所属である為、朝の訓練以外に外に出かける用事はない。

 

 なので電と雷だけで、この3日間。ゆっくりと1日を過ごしていた。

 

 響と暁は、ウラジオストクから来た新しい艦娘のお世話と、様々な面倒臭い資料の整理に追われ、提督の側で頑張っているらしい。

 

 またいつもの日々に戻った気分だった。

 

 だが、これから大きな変化が起きることには変わりない。少なくとも、あと3週間で……。

 

 この3週間の間に何を整理するのか。電の中では、一つ決めていたことがあった。

 

 4日目の朝。提督が一番手の空いてそうな時間を狙って、電は執務室のドアをノックした。

 

 「て、提督……?」

 

 電がドアに向かって声をかけると「入れ」と一言。提督の声が聞こえた。

 

 「失礼します」と声をかけ、ドアノブに手をかけて入室した先で電の視界に入ったのは、執務室中に散らばる資料の山だった。

 

 「すまん、ちょっとした雪崩が起きてな。大事な物もあるから踏むなよ?」

 

 そういう割には資料を拾おうとせず、いつもの椅子に座って何かの資料を読んでいる提督がいた。

 

 電は資料を踏んでしまっても問題ないように、その場で靴を脱いで入室した。

 

 「で、何の用だ。こんな忙しい時に……。そこの取ってくれ」

 

 提督は電の足元にある資料を指差した。大湊鎮守府の記録資料のようだった。

 

 「五十鈴さんは大丈夫なのですか?」

 

 それを提督に渡しつつ、電は執務室を訪れた理由である、五十鈴に関する質問する

 

 電の責任で心に深い傷を負ったと五十鈴。電はその事がずっと気になっていたのだ。

 

 その質問に軽く顔を上げた提督は一言

 

 「もう大丈夫だ。電の心配することではない」

 

 「で、でも、一度だけでも会って謝らないと……いけないと……思うのです」

 

 電が懇願するように、声のトーンを落として提督を見るが、提督は資料から目を放そうとしない。

 

 「五十鈴だって今は忙しい。そういう事は後にしろ。用はそれだけか?」

 

 「いや……えっと……」

 

 しどろもどろになった電の様子を見るように、提督はチラリと資料から目を上げ、「何だ」と面倒臭そうに呟く。

 

 「あと……暁ちゃんと響ちゃんは……」

 

 「昨日も言っただろ、今は彼奴らも忙しい」

 

 「ですけど……」

 

 提督は一つ、溜息をついて資料を置き、電の事を凛とした目つきで見た。

 

 「別に鎮守府には戻れるんだ。その後でもいいだろう。ずっと会えなくなるわけじゃないんだ」

 

 「…………」

 

 「お前の気持ちは分かる。だが今はそれどころじゃないんだ。悪いな電……」

 

 「……はい」

 

 

◾︎◾︎◾︎

 

 

 大家の岡田さんに連れられて来たのは、家から離れたあるお洒落なカフェだった。少し電車に乗って、少しオシャレな都会のど真ん中にあるその店は、チョコレートの入ったパンが美味しくて、結構有名なチェーン店らしい。

 

 店は少々暗めだが、脇の大窓から入る昼の明かりがその暗さを補ってくれていた。

 

 「突然で悪いわね」

 

 大家の岡田さんが飲み物とパンを買って来てくれた。運良く焼き立てに巡り会えたようで、パンからは香ばしい香り、手をかざすと熱が伝わってくる。

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 電はパンを手に取る……あづっ⁉︎

 

 「あ、熱いから気をつけてね?」

 

 岡田さんは、言葉とは裏腹に電の様子を面白そうに見ていた。

 幸い、取り落としたパンは皿の上に落下していたのでなんとか無事だ。

 

 電は氷の入ったアイスティーのコップに指を押し付け、熱さで痛みを覚えた皮膚を冷やしていく。

 これが艦娘の「熱に弱い」という奴なのだろうか……。

 

 岡田さんは、電とは対照的に、黒い上品な服をなびかせながら、湯気の出るコーヒーを飲んでいた。

 

 とても優雅だった。

 暁が目指すレディというのは、こういう人の事なのだろうか……。

 

 「あの……?」

 

 「……ん?」

 

 気になることがあった電が岡田さんに声をかけると、カップに口をつけたままの彼女は上目遣いで電をみる。

 それがちょっとオチャメだなぁ……と思いながら電は言葉を続ける。

 

 「私に何か話したいことがあるの……ですよね?」

 

 わざわざ呼び出して家の外に連れ出して、何も話がないなんて事は無いはずだと電は考えていた。

 

 そんな考えとは裏腹に……。

 

 「あぁ、特に決めてはいないわ」

 

 「へっ⁉︎」

 

 「そもそも、決める必要ってあるのかしら? 可愛い入居者の方と、こうやってお茶をしたいと思っただけよ。それ以外にお呼びする理由は必要かしら?」

 

 「そ、そんな理由なのです⁉︎」

 

 「えぇ、そうよ。何か問題でも?」

 

 そう言い切って岡田さんは、オドオドしている電を見て面白そうに笑う。

 

 どうやらこの人はだいぶ自由なお方のようだ。

 さもそれが当たり前のような表情でそんな事を言うのだ。

 

 出会ってから一週間の関係なのに、妙に馴れ馴れしいのは気のせいだろうか?

 

 そんなおかしな岡田さんを見ていた電は、「ふふっ」と顔をほころばせてしまった。

 

 最初見たときは、社交的でしっかりとしたお姉さんというイメージがあったが、今となってはちょっと不思議な人に思える。

 

 まるで、もう既に最初から互いが知り合いであったかのように、グッと距離を縮め、目線を合わせてくれる。

 

 彼女の性格なのか、それとも気配りなのか……それを確かめる術は電にはない。だが、彼女のそんな一面が電自身を安心させてくれていた。

 

 独り身で出てきた孤独、悲壮感。そんな物を打ち消してくれるのだ。

 

 少し肩の力が抜けた電を見た大家の岡田さんもまた、小さく肩を揺らして笑った。

 

 「改めまして……」

 

 岡田さんは一旦話に区切りをつけ、電に手を差し伸べた。

 

 「岡田(おかだ) 弘海(ひろみ)よ。大家だからと言って遠慮する必要はないわ。これから仲良くやっていきましょう」

 

 電は差し出された手を握った。綺麗な手だ。

 

 「えっと……岡田さん?」

 

 「ん〜……なんか硬いわね。岡田さんなんて呼ばずに、ヒロミお姉さんで良いわよ。敬称付けて呼ばれるのはなんか嫌だわ」

 

 どうやらこの人とは感性が合いそうだ。電は今の言葉でそう確信した。

 

 「それじゃぁ……ヒロミさん……なのです?」

 

 「ヒロミさん……。まぁ、ギリギリセーフね。それで良いわよ」

 

 いったい何が基準なんだろうか。

 

 「そうしたら、ヒロミさん!よろしくなのです!」

 

 「えぇ、よろしく。とりあえず、貴方のお父さんから事情は聞いているわ」

 

 「お父さん……なのです?」

 

 艦娘に父親と言える物は居ないはずだ。きっと提督の事なのだろう。

 

 「えぇ、そうよ。結論から言うと、私が貴方のお世話をする事になってるわ。勿論、基本的なことは自分でやってもらうけれどね?」

 

 「お世話と言いますと……」

 

 「主に、世の中の事とか、勉学の辺りとか。箱入り娘に育ててしまった事を悔やんでるって言ってたわ。まぁ、そう硬くならなくてもいいわよ。気軽にやっていきましょ?」

 

 「はいなのです!」

 

 ちゃんと提督は手を回してくれていたんだ!電は素直にそう感じた。

 

 「あとねぇ……」

 

 「ん?なんです?」

 

 話の区切りがついたと思って、パンに手を伸ばした電に向かって間髪入れずに岡田さんは言葉を続けた。

 

 「語尾に「なのです」を付ける癖。直しておいた方がいいわよ?」

 

 「ふぇっ⁉︎」

 

 外に出て早速、電のアイデンティティーに危機が迫っていた。

 

◾︎◾︎◾︎

 

 「お父さん……」

 

 家に帰る頃には、夕方近くなり、遠くの方で鴉の単調な鳴き声が聞こえる。

 

 曇りガラスの窓から、オレンジ色の夕日が顔を覗き、電気の付いていない部屋をオレンジ色に染め上げていた。

 

 岡田さんとは戸口で別れ、現在に至る。

 電は電気の付いていないテレビを前にして、ソファーに身を投げ出すように座り、ボーッと虚空を見つめていた。

 

 電は、先ほどの岡田さんとの話の途中から、あの一言がずっと頭の中に引っかかっていた。

 

 「お父さん……」

 一度、口に出してみる。

 

 艦娘に親は無い。勿論、母親、父親なんて物は知らない。

 

 逆に、親という物が居ないのが普通で、今まで意識したことも、考えたこともなかった。

 だからこそ、心の中に引っかかってしまう。

 

 吹雪型駆逐艦の24番艦 電。電は艦娘だ。

 

 艦娘は、艦娘だ。艦娘なのだが、それはただ単に「ヒトが兵器を背負ってるだけ」の代物だ。

 

 だったら、私は……何処で、誰の元で産まれたのだろうか。

 というより、そもそも艦娘って何なのだろうか。

 

 物心ついた時から、艤装を背負ってた。

 

 物心……というより、沖ノ鳥島鎮守府に着任する前の事はもう覚えてないので、今の鎮守府に着任してからと言うのが正しい。

 

 「お父さん……」

 

 もう一度口に出してみる。

 

 今の時点で、電が知っている男の人と言うのは提督以外に居ない。

 勿論、通りすがりの叔父ちゃんや、工廠などで力仕事をしているエンジニアの方々以外に……だ。

 

 お父さんと言うのは……一体どういう人なんだろう……。

 

 目を閉じて、心を落ち着かせる。

 

 瞳を閉じた闇の中に、提督の顔が頭の中にくっきりと浮かびあがってきた。

 優しい表情、だが厳しい表情で電を見据える提督の顔……。

 

 それを笑顔で見上げる電。

 

 「……司令官さん……はじめ……なのです!」

 純粋無垢な電が、期待と憧れの目で提督を見ていた。

 

 断片的ではあるが、目を瞑ると鎮守府に着任した時の記憶が……ふと蘇る。

 

 初期艦として、提督に選ばれ、ピカピカの艤装を背負って着任した僻地、南の果て。

 

 みんなと過ごした時間、そしてここまで歩んできた道のりの事……

 

 それは、私がまだ子供だった(戦いを知らない)頃だった

 

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