解体命令なのです! ~電と提督と沖ノ鳥島鎮守府の物語~ 作:鎌虚(Kamauro)
沖ノ鳥島鎮守府に着任したのは、今から四年前。
2018年3月26日、春の足音がはっきりと聞こえてくる時期だった。
提督と私が初めて会ったのは、大本営主催の初期艦選考会だった。
選考会が行われるのは、横須賀鎮守府。大本営直属の大鎮守府だ。
本営の職員だろうか、白い軍服を着た青年に連れて行ってもらった場所は、天井の高い、巨大なホールだ。
造りは至って簡単で、地面は一面コンクリート。大きな鉄の骨のような梁が枝のように天井を覆っている。大きな照明が何十個と天井から鎖か何か吊り下げられており、端っこから端っこまで走っても直ぐには辿り着かないだろう。
初期艦選考会とは、新規着任する提督に新しい艦娘を一人選ばせる……というもので、新米提督にとってはここで選ぶ艦娘が初めてのパートナーとなる。
だが、この選考会。新米提督への艦娘のプレゼント……という目的だけではなく、各鎮守府の戦力の偏りを防ぐ側面もある。
戦線から離れているが、多数の戦艦を保有している鎮守府には、大本営から通達が入り、一部艦娘の解体要請が出される。
解体、及び改装などで艤装を消費した艦娘は、戦闘能力は失っても練度や経験値はそのまま残る。
資材を使って新たな艤装を用意する必要はあるものの、即戦力となり、人材の需要が高まる昨今では、このシステムが人気になっているらしい。
なので、この広いホールには戦艦から駆逐艦まで、選り取り見取りの艦娘が集められ、各鎮守府の提督がここにあつまり、人員のスカウトにかかる。
艦娘たちは、自分達をアピールする為、艤装を背負って品定めをする提督達に主張をしていく。
その時の私は、少し場の空気に抑え込まれてしまったのかもしれない。
選考会が初めてだという雰囲気の艦娘は数少なく、その場に集まった提督たちは、電の事なんて見向きもせずに各々他の艦娘を見に行く。
電のような練度の低い艦娘の場合は、練度の高い艦娘が出払った後が勝負となる。
電は、それを事前に聞かされていたので、先輩たちの動きを見ながら手法を盗もうと頑張っていた。
セーラー服を靡かせ、何も言うことができずにただ周りを見ているだけの電に一人の男が立ち寄った。
「…………」
電の事を見下ろし、余所見もしようとしない男。
「…………えっと」
電もその男を見上げ、ただ立ち竦んでいた。
その人も眼差しには、言葉では説明しきれない、何か強いモノを感じたのだ。それにも圧倒され、何かを言おうとしても、口をもごつかせるのが精一杯だ。
しばらくの沈黙の後、男が口を開いていった言葉はこうだった。
「お前……幾つだ?」
「ふぇっ⁉︎」
艦娘である身で年齢を聞かれることはまず無い筈なのに、この質疑は予想外だった。
どう答えれば良いのかわからない電は、おどおどとその提督を見上げるほかなかった。
白い軍服を身にまとった彼の姿は、その他の人間と大差ない。
だが、艦娘をみる目が、他の提督達と違っていた。
その目は冷たく、どこか可哀想な物をみる目というか……具体的に表現は出来ないが、そんな異様な雰囲気を電は感じた。
艦娘に語りかけ、笑顔で話しをしているような他の提督とは正反対だった。
「ふむ……。俺の鎮守府で戦えるか?」
「ふぇっ⁉︎」
性能も何も聞かれることなく、イキナリの誘いで電はビックリした。
「今、こっちの鎮守府では速力のある奴が居ないんだ。駆逐艦級ってことは、それなりに海でも走れるんだろ?」
「ですが……戦いは……」
電の一言に一瞬驚いたのか、男は言葉を詰まらせた。
「お前……艦娘だろ?なんで艦娘やってるんだよ」
「分からないのです」
「おいおい、おかしいだろ……」と男は、顔を顰めて電を見下ろす。
「戦いには勝ちたいけど、命は助けたい……でも、そんな事は出来ないのですから、私はあまり……戦いたくないのです。何かおかしいのですか?」
俯いてそう呟くと、男はすっかり黙り込んでしまった。
やってしまった……と電は直ぐに後悔の念に包まれた。
考え直してみればこの言葉は、せっかく差し伸べてもらった手を振り払うのに等しい。
どうしても、自分の気持ちが言葉として表に出てしまう癖がここで裏目に出てしまったのだ。
だが、何を思ったのかこの男は、ポンと電の頭に手を置き、撫でてきた。
見上げると、何故かとても深刻そうに……だが遠い目をした男がじっと電を見つめて撫でていた。
その男こそが、第四代沖ノ鳥島鎮守府提督に就任予定の桂 小五郎提督だった。
◼︎◼︎◼︎
「ぅわぁ〜! 大っきいのです!!」
鎮守府を目指して進むボートから身を乗り出した電は、海上にそびえ立つ巨大なプラントを目にしていた。
まだ距離が遠いが、その威圧させる程の存在感と重量感が電をワクワクさせていた。
沖ノ島海域前線海上要塞。通称、沖ノ鳥島鎮守府。日本の最南端に位置する鎮守府だ。
日本の南方防衛の要ということもあって、電もこの鎮守府の名前を聞いたことがあった。
「深海棲艦でも決して攻略不可能の不落城」と聞いて、妙に誇張された噂だなぁと思っていたのだが、鋼の骨組みと分厚い鉄板で築き上げられた巨大な要塞は、まさに不落城の異名にぴったりだった。
「おい、そんな身を乗り出して、海に落ちても知らないぞ」
提督がそんな電に後ろから声をかける。
「あんなおっきい建物見たことないのです!」
近づく度に、見上げる大きさになっていくその要塞に電は興奮を抑えきれなくなっていた。
ピョンピョン飛び跳ねている電を見た提督は、諦めて制止するのをやめた。
「南方防衛の要。不落の海上要塞って言われるけどよぉ……」
船がプラント周囲にそびえ立つ、鉄の砦の脇を通り過ぎる時に、無数の小銃や単装砲が随所に並べられているのが見えた。
その数は、チラリと見えた壁面だけでも約30門が発射口を覗かせている。
「通常兵器が効かないってのに、よくもまぁこんだけ数揃えて……。未だに弾幕張れば何とかなるって思う連中がいるもんだな」
提督がポツリと呟いた、そんなフレーズに電は少し違和感を覚えた。
まるで、他人の庭を覗き込んで不評を漏らすような口調だったからである。
「え? 司令官さんはこちらの鎮守府は初めてなのですか?」
「あぁ、今日着任するんだよ。こっちは初めてだ」
「こっちの鎮守府では速力のある奴が居ないんだ」という言葉を聞いた時から、現役提督さんの方だと思っていた電は頭の上にハテナを浮かべた
「新規着任ですのに、鎮守府に艦娘はいらっしゃるのですか?」
「あぁ。こういう重要拠点には常時艦娘が配備されているんだ。事前に情報は貰えるから、どんな奴らが居るかは一応わかる。ほら、もう着くぞ」
頭上にそびえ立つ巨大な城が太陽の光を遮り、電の乗っている船は薄い闇に包まれる。
鎮守府に到着するまでで、電が事細かに覚えていることはこれぐらいだ。
到着後は、金剛とその他の艦娘が出迎えてくれた。
この時提督は、金剛に連れられ何処かへ行ってしまい、二人が何を何処で話していたのか、今の電でも分からなかった。
◼︎◼︎◼︎
暁、雷、響との出会いは、鎮守府には入って1日と経たなかった。
「こっちなのデース!」
しばらく鎮守府内を金剛に案内されていた。
外から見ていた時も驚きなのだが、中に入ってからも驚きの連続だ。
まずは地上設備。工廠、居住スペース、大食堂、砲撃演習場などなどなど。
とにかく設備が豊富だった。そして、嫌になるほど広い。
この鎮守府を端から端まで踏破するのに何時間かかるのか分からないほどだ。だから、この鎮守府では艦隊が「エリア別」で割り振られている。
南方A1〜A4エリアが第一艦隊。東方B1〜B4エリアが第二艦隊。西方C1〜C4エリアが第三艦隊。北方D1〜D4が第四艦隊だ。
これらのエリアは居住区域を囲むように配置されており、居住区はE〜Zまでのコードが振られ、細分化されている。
また、深海棲艦の上陸も想定し、各エリア毎に防衛設備が整えられ……
既に、鎮守府というよりは「城」に近い物を感じた。
電が金剛と歩いているのは、その中の第三艦隊。エリアC3の入渠施設が点在するエリアだ。バス停留所の脇を歩いて歩く二人は、まっすぐと中心部の居住区へと向かっていた。
暫定的に、第三艦隊への配属が決定していた電にとって、居住区とこのエリアCの行き来が鎮守府生活の基本になる金剛さんが言ってた。しっかりと道を覚えておこう。
電の住む居住区は居住区中心付近の宿舎だ。近くには食堂もあって、ご飯には困らない場所だ。
金剛からもらった「006号室」の鍵を握って電は宿舎の廊下を歩き、自分の部屋を見つけた。
鍵を差し込んで回すと、担い手応えと共に「カチャリ」と錠の開く音が聞こえた。
銀色のノブに手をかけ、そっと扉を開けて中を覗く。
電気はつけられておらず、少し涼しげな空気が充満している。
玄関で靴をキチンと揃えて上がり、部屋に入った。
部屋はとても整頓され、質素なものだった。
木の衣装ダンス、ドレッサー、机がそれぞれ四つ置いてあった。
それを尻目に、電は荷物を床に置き、黄色のソファーにゆっくりと腰を下ろして、背もたれに身をまかせる。
「…………ん? 四つ?」
ドレッサーが何故か四つもある事に違和感を覚えたその時。
電の肩をがっしり掴むように、背後から手が伸びてきた。
「捕まえたぁ!」
「ひゅぃやぁっ⁉︎」
見知らぬ声がちょうど電の背後から聞こえた。
反射的に電が振り向くと、電とよく似たセーラー服を身にまとい、電となんら変わりのない髪の色をした女の子がニコニコと笑っていた。
「び、ビックリしたのです!」
誰かが居る気配を感じることのできなかった電に取っては肝が冷えるような思いだったのだ。
「えへへ〜♪ 大成功ね!」
少女は肩を揺らし、クスクスと笑っている。
そんな彼女を見ていると電は少し不思議な気分になった。
本日初対面であり、赤の他人なのだが、どこか親近感というか、ずっと前から知り合いだったような。自己矛盾しているが、実際にそう感じてしまう。
「え、えっとぉ〜……貴方は?」
「私は暁型三番艦、雷よ!今日、新しい子が来るって聞いてたんだけど、貴方で間違いないのよね?」
「はいなのです!暁型四番艦の電なのです!って、同型艦なのです?」
「お〜!そうね!同じ暁型同士、よろしくね!」
同型艦とは、同じ型を持つ艦娘同士のことを言う。
同型艦の艦娘は、それぞれ類似点が多く基本性能も限りなく近いものがあるのだ。それ故、互いに姉妹のような関係を持ち、親密に過ごす艦娘が多い。
「ところで、雷ちゃん? ドレッサーが四つあるのですけれど……」
「察しがいいわね!この部屋にはあと二人居るわよ。今は司令官のところに行ってるけれど、もうすぐ帰ってくると思うわ!」
そう雷が言い終わるか、終わらないかのところで、玄関を開ける音がはっきりと聞こえた。
「ほら暁、また玄関で躓かないように気をつけて」
「分かってるわよ!先に艤装を降ろせば問題なぁっ⁉へぶっ‼」
ズデンと大きな音が聞こえた。
「噂をすればなんとやら、ね。帰ってきたみたいよ!」
雷は、電の手を引き玄関の方へと小走りで連れて行く。
本日二度目の玄関。そこには二人の艦娘が居た。
一人は艤装を背負ったまま前のめりに倒れこみ、もう一人は倒れこんだ娘を冷めた目で見ながら艤装を下ろしているところだった。
「手、貸そうか?」
白い髪の娘が艤装を下ろし終えて聞いた。
「そ、その必要はないわ!一人で起き上がれるわよこんぐらい!」
艤装の重さに押し潰されそうになっている青い髪の娘はその場でジタバタとするばかりで一向に立ち上がる気配はなかった。
「あ、雷。ただいま」
立っている方の髪の白い少女が、倒れた娘を引っ張り起こそうとしながら、雷に気づいてボソリと言った。
「響、暁、おかえり〜!あと暁!ちゃんと艤装下ろしてから靴脱がないとダメじゃない!」
どうやら、倒れている青い髪の少女が暁で、白い髪の少女が響のようだ。
「いや、艤装を下ろそうとして躓いたんだよ」
「む”ぅ〜!おもぃぃ〜!!」
倒れこんだままの暁を起き上がらせる為に雷も加勢していた。
電も加勢したところで、やっと起き上がることが出来たのであった。
◾︎◾︎◾︎
ふと、瞳を開けると、再び電の部屋が視界に飛び込んできた。
さっきまでオレンジ色の光を発していた太陽は姿を消し、辺りはすっかり暗くなっていた。
電は、まだ部屋の電気を付けていなかったことを思い出し、電気をつけた。
白いLED電灯が温もりのない光を電に浴びせる。
あの時、配属先は違っても、みんなで住んでいたあの頃は、とても温かくて、楽しかった。
それぞれの配属は、電が第三艦隊。暁、響、雷が第五艦隊に配属されていたはずだ。
第五艦隊……。あの艦隊には心に残る思い出があった。
第五艦隊は、ただの予備艦隊。そこに配属される三人。私だけな、ぜか遠征に出ることのできるあの状況に少し戸惑いを感じていた。
あの三人の方が私よりも実力が上だったのになんでだろう……。
そん疑問ばかりが今も頭の中で渦巻いている。
それにそもそも、鎮守府一つにつき艦隊は四つまでしか作れないという事が鎮守府のルールの筈なのに、そのルールを犯して五つ目の艦隊があの鎮守府にはあった。
一度、司令官にその事を聞いた事があったのだが、「あくまで予備艦隊であって、アレは艦隊じゃない」と返事を貰った事を覚えている。
……よくよく考えてみれば、あの鎮守府はおかしな事が多い。
迷路のように道が入り組んでいる鎮守府。艦隊が五つもある鎮守府。そうだ、あと第一艦隊も奇妙だった。
それに気がついたのは、電が第一艦隊に配属された時。
もちろん、その時も雷達は第五艦隊に配属されたままだった……。
◾︎◾︎◾︎
「ふぇっ⁉︎ 第一艦隊なのですか⁉︎」
鎮守府に来てから約六ヶ月。執務室に呼び出された電は、提督の予想外の言葉に驚きを隠せず声を上げてしまった。
「あぁそうだ。お前も鎮守府に慣れただろうし、速力のある艦が第一に欲しい」
この鎮守府の、第一艦隊の立ち位置。それは"エース"だ。
「で、でも、そんな私はまだレベルも高くないのですし……」
「いや違う。レベルが低いだからこそだ」
「どういうことなのです?」
「言ってしまえば、『レベリング』って奴だ。お前の事は第一艦隊のメンバーが守ってくれる。難易度の高い海域を航行する事になるが、直ぐに慣れるだろう」
「はぁ……」
電の曖昧な返事と同時に、書類に判子が押された。
「どんな人がいらっしゃるのですか?」
「あぁ……まぁ、実際会ってみるのが良いだろう。艦種は、戦艦一名、重巡一名、空母一名だ」
「そうなのですか……んっ⁉︎」
電は妙な事を聞き流してしまっていた事に気がついた。
「待つのです! 戦艦一名、重巡一名、空母一名……なのですよね?」
「あぁ。それが?」
「三人だけなのです⁉︎」
鎮守府の主戦力、第一艦隊がたった三人しか居ないなど聞いた事が無かった。
「あぁ。まぁ、これで機能しているわけだし、いいんじゃないか?」
「機能してるのです⁉︎」
「安心しろ。経験値、艤装の能力、戦績と申し分のないメンバーだ」
「そんなの無茶苦茶なのですぅ!!」
第一艦隊には、艦娘が三人しかいない。
つまり、この鎮守府のトップ三が集まる場だ。
聞くによると、まだ残りの三人枠を誰にするか決まっていない……というわけではなく、長い間ずっと三人編成で成り立っているらしい。
少数人数で海域を抜け、時には隠密行動で背後に回り込み、敵艦隊を完膚なきまでに叩き潰していく三人組。
一体、どんな人達なのだろうと電は不安でしょうがなかった。
目の前には、高くそびえるうちっぱなしのコンクリートの建物
入り口には「第一艦隊待機棟」と刻まれた鉄製のプレートが壁にしっかりと埋め込まれていた。
緊張とただならぬ切迫感にゴクリと唾を飲み込む。
いざ、一歩歩み出そうとしたその時だった。
背後から両肩に手が置かれ、後頭部に「もにゅり」と暖かく柔らかい感触が電を大混乱に陥れた。
しばらくの間、頭の中で錯綜している様々な情報の整理するために体が硬直し、身動きが取れない。
電の頭に押し付けられているのが、大きな誰かの胸だろうと考えが至るまでにいくらか時間がかかった
「ひぃやぁぁぁっ⁉︎」
肩の手を振り払ってばっと前に飛んで、振り返る。
「あら〜♪ 可愛らしい娘ねぇ♪」
電の見る先には、青い服を身にまとった金髪ロングのお姉さん。
「な、な、なんなのですぅ⁉︎」
電の反応を見て面白そうに笑うお姉さんはゆっくりと距離を縮めて来る。
電が驚き、飛び退いたのは彼女の胸が大きすぎるからでもなく、突然肩を掴まれたからでもない。
これだけ背の高い人であるにもかかわらず、背後に立たれて一切の気配も感じられなかったからである。確かな戦慄が電の背筋を震わせ、毛を逆立たせた。
笑顔で近づく彼女の眼差しに優しさを感じるとともに、その深いところには歴戦の猛者とも言えるであろう、碧く冷たい炎のような物を感じた。
無警戒にその炎に近づいたモノは、それに飲み込まれ、たちまち黒い炭の塊となってしまうのだ。
第一艦隊二番艦、重巡洋艦 愛宕との出会いはこれが初めてだった。
■■■
「今、お茶持ってくるわね〜♪」
第一艦隊の控え室に案内された電は、赤い大きなソファーにちょこんと座り、カチコチに緊張していた。
英国風に内装が整えられた部屋は、全体的に明るく、コンクリート打ちっ放しの建物の中とは思えない物だった。
電が座っている赤いソファー、黄金色に輝く装飾を施されたドレッサー。丁寧に彫刻が施された、清潔感を演出するために白く塗られた衣装ダンス。
どれもこれも、高級感あふれる家具で、どこか貴族のプレイルームを彷彿させる作りだった。
唯一、ここが第一艦隊の控え室だと分からせてくれるものは、壁に掛けられた巨大な海域図。そして、ガラスケースに飾られた表彰状、勲章の数々だ。
また、第一艦隊の集合写真のようなものも飾られていた。
写真を見ると、4人の艦娘がそれぞれポーズで写り込んでいた。
この中で、2人は電にも見覚えがあった。
1人は、港で迎え入れてくれた金剛さん。秘書艦と言うだけあって、やはり第一艦隊所属なんだと心からそう思った。
そしてもちろん、その隣には愛宕さん。お淑やかな風貌で、写真を見る限りでは、その手腕を測ることはできないだろう。
だが、隣の"2人"にはまだ見覚えがなかった。
弓を持ち、穏やかな風貌の女性。隣も同じように弓を持ち、凛とした瞳でこちらを見つめる女性。空母の方だろうか……?
さらに、ふと、疑問に思った。
第一艦隊のメンバーって3人じゃ……?
「お待たせ〜♪」
ここまで思考を巡らせたところで、愛宕さんが冷たい麦茶を運んで来てくれた。
「あ、ありがとうなのです!」
愛宕に飲み物を渡された電は、ふと写真の事を頭から振り払った。
艦娘の有無について、深く詮索することはメンバーとの関係を悪くしかねない。
その人物が過去に轟沈した艦娘だった場合、無為に古傷を掘り返してしまいかねない。そんなことを無意識的に考えた電は、その事を考える事をやめて、愛宕から貰った麦茶に口付けた。
「他の方はまだいらしていないのですか?」
「そうねぇ。金剛ちゃんは秘書艦業務。赤城ちゃんはお昼に行ってるわねぇ」
「赤城さんなのです?」
「あら、電ちゃんはまだ会ったことなかったかしら? 凄いわよ〜あの子」
「何が凄いのです?」
「ん〜、弓の腕も凄いのだけれど、何と言っても食べっぷりね!」
「食べっぷりなのです?」
「そうよ〜。見てみる?」
「は、はいなのです!」
どういうことなのか電にはさっぱりわからなかったが、第一艦隊のメンバーと早く馴染む為にもと、愛宕さんに連れられ、その食べっぷりと言う物を見に行くことにした。
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第一艦隊の食堂。食堂は居住区にも存在するが、各エリアの中心部にも存在する。いったいこの鎮守府には何人のシェフがいるのか電もまだ数えたことがない。
第一艦隊の食堂は、第三艦隊のものと変わりなかった。
ただし、使用する艦娘はたった三人なので、使用する人数の割に広すぎる食堂だ。
そんな食堂でひときわ目立つものがあった。
それは、まさしく茶色い山。
愛宕に連れられ、その山に近づいた時。それが山盛りライスに盛られたカレールーだと分かった時には驚きを隠せなかった。
「赤城さ~ん?」
「ん?」
愛宕が赤城の名を呼ぶと、口をもごもごさせている女性がカレー山の影から顔をのぞかせた。
「今日から第一艦隊に配属された電ちゃんよ~」
「よ、よろしくなのです!」
この人からは愛宕のような独特のオーラを感じ取ることは出来なかった。
ただ、こんなにおいしそうに、しかも大量に、カレーライスを食べている彼女も第一艦隊の一員。何かしら武器を隠し持っているのだろうと電はこの時少し警戒していた。
「電~?ん~、駆逐艦かな?」
「そうなのです!暁方の四番艦なのです!」
「そっか~。まぁ、これからよろしくね~」
すごく物腰の柔らかい人だなと感じた電は、今までの警戒が無駄だったことに気づかされることとなった。第一艦隊のメンバーだからといって、全員が電を威圧させるようなオーラを持っていないということに少しばかり胸をなでおろした。
恐い人の一人や二人いるだろうと覚悟していた電だが、大分安心した。
「あー! 皆さん、こちらに集まっていたのデスネー!」
抑揚のある明るい声。金剛が食堂に入ってきたのはちょうどその時だった。
「あ、金剛さん。もう秘書艦業務は?」
「Yes! 提督が早めに切り上げてくれたのデース!」
赤城と明るく受け答えをする金剛の手は、炭のような汚れで黒ずんでいた。
「ふふ♪ 作戦通りね」
「どういう事なのです?」
愛宕が呟いた言葉に、電が反応したところで、「パン」と大きな音が食堂に鳴り響いた。
その音が、金剛達三人が鳴らしたクラッカーの音だと気付くのにそう時間はかからなかった。
「今からここでnew faceの歓迎会を始めるのデース!」
広すぎる食堂。パーティーにしてはささやかな会だったが、電にはとても大切な第一艦隊の思い出となった。
◼︎◼︎◼︎
[第一艦隊配属から二ヶ月後……]
確かな緊張感が、背筋をゆっくりと冷やしていく。
エンジン音を立てないように、息を潜め、両手に持つ予備砲塔をしっかりと握りしめる。
おおよそ、駆逐二、軽巡二、空母一、戦艦一といったところだろうか。
電の視線の先に、複縦陣で航行する敵艦隊が見えた。
目論見通り、まだ見つかっていない。
偵察機から身を隠すために岩陰にいた電は、隙を見計らい、水を蹴って一気に外へ駆け出す。
ガッチン、と大きな音を立てた魚雷発射管が、軽い衝撃音と共に四発の魚雷を発射。
それに軽く遅れる形で電は、相手の編隊に突撃していった。
爆発。大きな水しぶきが上がり、後方の駆逐艦二隻轟沈。艦底に大穴を開けられた駆逐艦は電に砲塔を向ける暇もなく、海底に沈んでいった。
後方の爆発に前方の残り四隻も反応する。だが遅い。
電は相手が動揺している隙に、敵編隊の横を一気に駆け抜け、水飛沫を上げながら戦艦タ級の射程範囲外に出る。
背を向けた電に降りかかるのは、機銃、砲弾の嵐。
背中に背負った盾で機銃の弾丸を防ぎ、砲弾はすんでのところで回避する。不規則な蛇行を繰り返す。時折大きな水柱が電の脇で大きく上がる。
そして、後方から虫の羽音ような奇怪音が迫る
砲撃の勢いが少し落ちたところで、一気に振り向き、腕を伸ばし、肩の艤装を操作して、両方の砲門を上空に向ける。
空母ヲ級の艦載機の群れに砲塔を向け、砲撃。手元の機銃を掃射。
予備砲塔の弾薬が切れたところで、追っ手の艦載機を全て撃ち落とした。
機銃を数発受けたが、特に問題がある被害ではない。
もちろん艦載機を撃ち落としても休みはない。
まだ動ける軽巡洋ヘ級艦二隻との反航戦。だが、この二匹に構ってる暇はない。
二匹の砲弾をすんでのところで交わし、魚雷を放って動きを制限しつつ、主砲を叩き込む。
一匹が魚雷に引っかかって爆発を起こした。だが、もう一匹が魚雷と砲弾を交わして接近してくる。
「邪魔ッ!」
背中の艤装、吊るされた錨に手を伸ばし、すれ違いざまに全身の力を込めて叩き込む。
ハ級の弱点。装甲のない人間のような部位に。
柔らかい感触とめり込むような手応えの後、ハ級は衝撃で吹き飛ぶ。
その先に見えるヲ級。新しく攻撃機を飛ばしている真っ最中だ。
深海棲艦の空母は構造上、艦載機を飛ばしている最中に急な回避行動を取ることができない。護衛艦もほぼ居なくなった今、あの空母は丸腰状態だ。
これをずっと狙っていた電は、装填していた魚雷全てを空母に叩き込む。
艦載機の発艦を止め、回避行動を取ろうとしたヲ級だが、反応が遅れ魚雷に引っかかる。
大きな爆発を起こし、完全に大破し、沈む。ちょうどそれと同時に、司令塔を失ったヲ級の艦載機は、コントロールを失い、操り糸が切れたかのように次々と海面に激突して沈んだ。
確かな手応えと共に、堕ちていく艦載機を見た電は、確かな不安と共に周囲を見回す。
さっきまで居た戦艦の姿が見えない。空母の援護をするために出てきてもおかしくないのに、奇妙だ。
そう感じた刹那。背中に鈍痛と衝撃
「くッ⁉」
威力のある砲弾ではなかった。振り返ると、手負いの軽巡洋艦。
取り残したかと思い、主砲を向ける。
だが、背筋を走る悪寒。
砲撃をすぐに取りやめ、飛び退くように回避行動を取る。
刹那、先ほどまで居た場所に大きな水柱。戦艦の砲撃だということは目に見えてる。
生き残りの軽巡洋艦を囮に使っていたようだ。危なかった。
電は手負いの軽巡にトドメを刺し、直ぐにその場を離れる。
また大きな水柱があがる。
遠距離からこちらを狙った砲撃。距離を稼いで、私が近づいたところでトドメをさすつもりだろうか。
背中に背負っていた盾を手に取り、状態を確認する。
先ほどの軽巡洋艦の砲撃を受けたものの、使用するにあたって特に支障はないようだ。
飛翔してくる砲弾に当たらないよう、電は砲弾が飛んで来る方向へ足を進める。
戦艦ル級を発見するのにそう時間はかからなかった。
ル級は岩場に身を隠し、遠方から電を狙って砲撃をしていた。
そこそこ距離がある。この距離が電にとって危険な距離だった。
ひ弱な駆逐艦は、戦艦の砲撃が直撃した場合、無事ではいられない。
盾をしっかりと構え、水を蹴る。
三発。相手の砲撃を許すのは、最低三発が限界だ。それ以上相手に自由に動かれてはならない。そして、一回の接触で相手に与えられる砲弾も三発。 それ以上の肉薄戦は非常に危険だ。
盾を構えた電が戦艦に接近する。
一発目。戦艦が砲塔を構えた様子を確認した電は、とっさに回避行動をとる。
左方向へ急カーブした電の右側に水柱が上がる。
立て続けに二発目。 距離が近づいてきた。大きな動きで回避を行える距離ではないため、盾を構えながら体を捻り回避。 揺れた碇に砲弾がかすり金属音を上げる。
三発目。無造作に砲塔を向けて相手を狙える距離。ぐっと力を込めて盾を握る。
ギャリッ、と耳障りな金切音と共に盾が吹き飛ぶ。戦艦の熱弾に、盾の金属が溶けか かり、大きく形を変えた鉄くずは海に沈んでいく。破片などのダメージはない。
いける。
電の艤装に乗っている砲塔が戦艦を捉える。
一発目。戦艦ル級装甲に当たり、弾かれる。
二発目。本体直撃。だが大きなダメージが入らない。
三発目。ル級は身を屈めて回避する。
高速になった意識の中、確かな戦慄が電を駆り立てる。
マズイ、ここから離脱する事も、このまま接近戦に持ち込む事も危険が伴う。
ル級が砲塔を向ける。一瞬であるはずなのに、何倍も長い時間のように感じられた。
考えろ。頭の中の自分が必死に警報を鳴らす。
だが、体が、先に、動いていた。
まっすぐ伸びた右腕が、装甲の間を抜け、ル級の頬に、めり込んでいた。
ダメージよりも、不意を突かれたル級に、一瞬の隙が出来る。
考えるよりも先に体が動いた。ダメージをあたえることよりも、不意を突く為に。
砲撃。標準はしっかりとタ級の顔面を捉えている。
ダメージは入らずとも、タ級は怯み、一歩後ろに下がる。
踏み込み、飛びつく。
よろめいたタ級が海面に倒れこむ。
馬乗りになった電が、タ級の、装甲のない部位に、砲撃、砲撃、砲撃。
熱を帯びた薬莢が飛び、タ級の装甲に穴を開け、青い液体が海面に漏れる。そこに砲撃。
抵抗するタ級は、電を振り払おうと、装甲の付いた腕で振り払おうとする。
電はそれを押さえ込み、砲撃を加える。
だが、電もそれを完全に抑え切れるわけではない。
電の束縛から離れたタ級の右腕。
鼓膜をさかんばかりの砲撃音。ガツンと右腕に衝撃が走る。
右肩の先から感覚がなくなったが、気にしてる場合ではない。
ばっと、後ろに飛び退き、距離を取る。
起き上がる前に魚雷でトドメを刺す。
魚雷の発射装置をフル回転させ、タ級に照準を合わせ、放つ。
だがそれも、タ級が主砲を放つのと同時だった。
《暗転》
[Result]
《Lv89 駆逐艦:電》 轟沈
《Enemy》
戦艦ル級 No.20010708 轟沈
空母ヲ級 No.20000618 轟沈
軽巡洋艦ハ級 No.19970930 大破
軽巡洋艦ハ級 No.20030814 轟沈
駆逐艦イ級 No.20140103 轟沈
駆逐艦イ級 No.20201109 轟沈
「電、お疲れ様」
真っ暗な密室に光が差し込んできた。
その眩しさに目を細めた電は、凝り固まった体をゆっくり伸ばして、起き上がる。
「……やっぱりこれ、ちょっと疲れるのです」
電は、鉄製のカプセルから這い出るように出て、苦い物を口に入れたような、苦々しい表情を浮かべる。そこにいる提督に向けて。
「実戦に近い状況で訓練するにはそれが一番いいんだぞ。最新設備だ」
「……科学の力って凄いのですね」
鉄製のカプセルを、電は見下ろして言う。
白い塗装と青い塗装が如何にも近未来風を装うカプセル。
表面には、会社名なのか、「
数年前に技術が確立され、今では軍事訓練などで多く使われるようになった”仮想空間”を用いた訓練だ。科学的な話はよくわからないのだが、視覚以外の五感もしっかりと状況に応じて再現するらしい。
「それにしても、訓練になると動きが粗末になってないか?危ない橋を渡り過ぎてるぞ」
「一人でやってるからしょうがないのです。同じ環境を複数人でできれば、リスクの低い動きができるのですけれど、まだそれは出来ないのですよね?」
「あぁ。まだ複数人での訓練は技術的問題で無理だ」
「そういう事なのです。訓練の時は、訓練の時なりの、艦隊で行動する時は、それなりの動き方があるのです。流石に、実戦で海域に一人取り残されたら撤退するのです」
提督は少し考えるように黙り、上の空に「そうか」とただ一言口にした。
「少しお風呂入るのです」
「あぁ、行ってこい。後で訓練のレポート書いて、提出してくれ」
そう声をかける提督を背にして、電はまっすぐ大浴場へと向かっていった。