解体命令なのです! ~電と提督と沖ノ鳥島鎮守府の物語~ 作:鎌虚(Kamauro)
[A4エリア 居住区 大浴場]
「ふぅ……」
セーラー服をぬぎ、木製の籠に綺麗に畳んで入れる。着ているものを全て脱ぎ、バスタオルを体に巻く。
ゴワゴワとした違和感を覚えた電は、体の右脇腹に手を伸ばした。
この感覚の正体は、体に固定されたガーゼだ。
養生テープを剥がし、大きなガーゼを外す。ガーゼの内側は、キャンパスに真っ赤なインクをぶちまけたように、血で染まっていた。
また脇腹に手を入れる。つるりとした肌の感触があり、カサブタも無く、ヒリヒリとした感覚もない。
「やっぱり、妖精さんの技術は凄いのです」
昨日、鎮守府海域での訓練中に、練習弾で脇腹をザックリ裂いてしまったのだ。
当たりどころが悪く、本来ならここまでのダメージは入らないが、砲弾の入射角度によってはこういう事もあり得るらしい。艦娘といえど、体が全く傷つかないわけではないようだ。
幸いにも、被害は脇腹だけだったので、数分ドックに篭り、妖精さんの治療を受けた。
ザックリ裂けてた傷口だが、次の日には跡すら残っていない。流石としか言葉が出ない。
タオルが落ちないようにしっかりと結び、ハンドタオルを手にとって浴場のドアを開く。
中に見える影が三つ。第一艦隊の浴場で影が三つと言われれば思い当たるメンバーは決まっている。
「ヘーイ!その影は、電なのデスネ!」
最初に金剛の元気な声が聞こえた。
「そういえば、電ちゃんも訓練だったわねぇ?♪」
その隣に、いつもと同じ温かみのある微笑みを浮かべる愛宕。
「あ、お疲れ様です」
赤城は頭を洗っている最中のようで、色々と泡に包まれている状態だった。
「みなさんお揃いなのですね~!」
とりあえず、金剛さんの隣に行くことにした。
足をゆっくり入れて、お湯加減を確かめ、身を浸らせる。
温かいお湯の温度がジワーッと体に染み込んでいく心地がたまらない。
泳ぐような動きで、電は金剛に近寄って行った。
「ケガは大丈夫なのデース?」
「はいなのです。もう跡も残ってないのです!」
そう言って、脇腹の部分が見えるように体を向ける。
「それなら良かったのデース! あの時は凄い辛そうにしてましたからネー!」
「痛みよりは、パニックのほうが大きかったのです。ちょっと大袈裟すぎたのです」
「まぁ、練習弾でああなるとは誰も思ってなかったわけだからね。しょうがないわよ♪」
「それにしても、ここまで綺麗に治るなんて、最近の妖精さんは凄いデスネー!」
金剛はそんな事を口にしながら電の、傷ついていたであろう部分を。脇腹を触る。
「うひゃっ! くすぐったいのです!」
「触ってるだけなのデース!」
電の反応を面白がった金剛は、両手を使って電にくすぐり攻撃を始める。
二人がじゃれあってる様子を愛宕はそばで笑いながら見ていた。
「お二人とも、仲がいいですね~」
髪を洗い終わった赤城がその様子を面白そうに笑いながら、戻ってくる。
「そうネー! 電とMeはbest friendネー!」
今度はギュッ電にと抱きついてきた金剛が電に頬擦りする。
「ん゛ぅぅ~!!」
びっくりというか、気恥ずかしさというか、キツく抱きしめられた苦しさで、電はなんとも言えない悲鳴をあげる。
「そうだ電! お背中洗いっこするのデース!」
そう言ってイキナリ抱きついていた腕を離し、ばっと立ち上がってシャワーが設置されている場所へ向かおうとする。金剛さんはいつもこんな感じでいつもハイテンション、ハイスピード、ハイテンポだ。多分、三高と呼ばれている人間はこんな人なんだろう。
シャワーに向かってしまった金剛の後を追おうとした電なのだが、湯船から出ようとしたその時、
『館内放送。第一艦隊の諸君はヒトナナサンマル(17:30)にブリーフィングルー
ムに集合するように。繰り返す……』
館内放送が流れた。
「もぉ~!シャワーくらい浴びせてくださいネー!」
文句を言いつつ金剛は乾いた台座に置いていたバスタオルを取り、体を拭く。
愛宕、赤城も同じように、すぐに身支度を始める。
こんな時間にブリーフィングルーム……。
いったい何が……
■■■
【17:30 第一艦隊 ブリーフィングルーム】
「つい先ほど、本営から緊急通達が入った」
電気が消されると、目の前の白いスクリーンに航空写真が映し出される。
映し出された写真には、大きな島。
その島は、敵の占領範囲内であることを示す赤色で染まりきっていた。
「つい先ほど、動きがあった。シドニー湾を拠点としている大規模泊地から艦隊が三つ出撃する様子が確認された。やつらをオーストラリア領海から出してはならない。
確認されている敵勢力は空母三、戦艦四、軽巡が六と駆逐が五といったところだ。漏れなくこれを叩いてもらう。戦績は問わない」
「封じ込め作戦という事ですか?」
腕を組んで話を聞いていた愛宕が声を発する。
「あぁ、そうだ。いつも通り、本作戦の目的は敵の殲滅ではない。足止めを食らわせて退却を促すというものだ。通常船舶の後方支援と、複数鎮守府からの増援も付く」
そう提督は言いながら、提督は日本の本土の数カ所と、グアム島を指示棒でバシバシと叩く。
封じ込め作戦。この言葉に違和感を持った電が手を挙げてこう言った。
「オーストラリアの奪還はできないのです?」
艦隊が動いたのならば、ある程度基地が手薄になるはず。それを叩くのが泊地攻略の定石だ。
だが、電の質問に提督は首を振る。
「残念だが、今は不可能だ。太平洋に奴らの泊地が点在している以上、作戦遂行中に増援を呼ばれる可能性が極めて高い。またここの泊地は規模が大きく、今の艦娘の個体数では戦力不足だ。奪還は不可能……というのが本営の考えだ」
「別の泊地への牽制ももちろん行われるのですか?」
すかさず赤城が手を挙げて発言した。
「もちろんだ。作戦遂行中は、別の鎮守府が太平洋の泊地へ奇襲攻撃をかける。小さな泊地がほとんどだ。あわよくば、一部奪還……なんてことも本営は視野に入れているらしいがな。とにかく、無理だけはするなよ?」
■■■
【沖ノ鳥島鎮守府沖・ニューカレドニア島近海 オーストラリア臨時政府領海まで300km】
こうして沖合まで出てみると、本当に地球が丸いのだと、何となく電は実感できた。青い海と空が電の周囲を丸く囲っていた。
ここは太平洋。
編成に変更はなく、いつも通りのメンバーで構成されている。旗艦金剛を筆頭に、電、
赤城、愛宕だ。敵の姿はまだなく、平和な海が地平線に見える範囲まで続いている。
「そろそろ見えてくると思うのですが……」
赤城が心配そうに呟いて、何も現れない水平線を見つめる。
「時間にlooseなのデスカネ?」
「あいや、そんなこともないみたいです」
電にも聞こえた。低く空気を振るわせる警笛が。
「ゼロロクヒトゴ。(06:15)アメリカ海軍との合流ね。時間ぴったしじゃないの」
愛宕が腕時計を確認しながら呟いた。
地平線の彼方から現れたのは、灰色に塗装された鋼のボディ。強大な砲塔を積む代わりに、大量のミサイルポットを積んだ、次世代のフリゲート艦だ。
「おっきい船なのですぅ~!」
電はそう呟きつつも、金剛、愛宕、赤城の三人に合わせてフリゲート艦の船員に敬礼をした。
なにかの準備をしているのだろうか、軍服を着た異国の戦闘員は、船の上でせわしなく動きまわっており、数人が気づいて敬礼を返した。
「さて、作戦のおさらいをしましょう♪」
愛宕の合図で四人は集まり、提督から聞いた作戦内容を反芻した。
作戦内容は早速変更されていた。当初は戦闘に入ることを前提とした任務だったが、衛星で確認された深海棲艦の艦隊はすでに別鎮守府から出た艦隊と交戦し、撃破されていた。
これを受け、本営は敵艦隊との遭遇はもうないだろうと判断した。
出動していた艦娘達(太平洋地域へ牽制に行った艦隊を除く)は後方支援として出動していたアメリカ海軍の軍艦護衛の任務に就くことになった。
大きな軍艦をつれて、オーストラリア手前の海上補給基地まで行き、守りをさらに固めるらしい。複数のグループが同じように補給基地を目指しているようで、増員は電たちが引き連れている軍艦に限らないようだ。おそらく、20~30隻ほどだろうか。深海棲艦の目を避け、安全に基地までたどり着くためには集団行動は避けなければいけない。
妥当な判断だろうと電は思っていた。ただ、唯一の疑問は、通常船舶で海域を守ることが出来るのかということ。
ただそれだけだった。
今日の海は少し暖かい。
太陽が電たちの頭上を照らしていた。
遠く水平線をぼうっと眺めていると、なんだかあの光景が脳裏によぎってくる。 カプセルに入り、受けたバーチャルの訓練。索敵から殲滅まで孤独で行わなければいけない過酷な条件……現実に起きたとすればそれは最悪の状況だ。
電は周囲の状況を確認した。
護衛にあたる通常船舶は、フリゲート艦が五隻だ。たった五隻だが、もしもこの状況で会敵した場合はかなりの重荷になってしまうのは一目瞭然だ。
相手が深海棲艦であるということはそう言うことだ。どんなに火力のある軍艦でも、奴らの前ではただのノロマな鉄塊だ。
それなのに、普通の軍艦がいまだに実戦投入されていることには様々な理由がある。
特に主要な理由は、艦娘の個体数が深海棲の個体数と比べて明らかに劣っているからだ。
どういうわけか、艦娘の量産に関して技術的な問題が生じているようで艦娘の数を増やす事は難しいらしい。
この数の差を補うために、海軍の船を前線に出撃させる。
そういうわけで、重荷を背負いながら電たちは海を進んでいる。
陣形は軍艦を先頭に、軍艦と艦娘を交互に配置した単縦陣。仮に会敵した際に、艦娘が様々な方角からの攻撃に対応できるようになっている。
この陣形では艦娘が軍艦を護送すると言うよりは、軍艦が艦娘を護送しているように感じる。ただ、こうなるもの無理のない話だ。海軍にとって、長い間海の主力として戦ってきた自分たちが、どこの馬の骨ともわからない小娘に自分たちの艦が護衛されるなんてプライドに傷がつく話しだ。
ただ、どんなに見栄を張っても、海軍のミサイルが深海棲艦の装甲を貫くことはないのに、なんとも不思議だと電は首を傾げつつこの考えは心の中にしまっておいている。
相変わらず静かな海が続いていた。そんな海に電はふと、違和感を感じていた。
「あ~……金剛さん?」
「ん~?どうしたのデース?」
「これからは警備隊と合流してから基地に向かうのですよね?」
「予定ではそうなっているデース!」
「……たった今、予定の合流ポイントを通過したのです」
視界に警備船が入ることはなく、基地までの目印となる小さな島が複数視界に入ってきていた。
「総員、周囲を警戒してして下さい」
金剛さんの、いつになくまじめな声が無線から聞こえてくる。
それと同時に、確かな緊張感が感覚野を刺激する。
水面にふれる靴から海水の温度を感じ、開かれた目は遠くの島から首をもたげている木々の揺れを確認し、覚醒した聴覚は海中からの泡の音を聞き取り、嗅覚は塩の香りから感じられ……
泡の音?
背筋が凍り付くような悪寒を感じた電が進行方向左側を確認したそのときだった。
薄く、泡沫に紛れて分かりにくかったが、真っ直ぐと遠くから伸びた白い雷跡が現れた。
「っ!? 前方左舷っ!金剛さん!」
耳をつんざく爆音とともに、先頭の軍艦が艦底から真っ二つに切り裂かれたのは電が声を上げたのとほぼ同時だった。
左側面中央部に直撃した一本の魚雷は、放出される熱によって海水を蒸発させながら艦底の一部を溶かして船体にもぐり込み火柱と爆煙をあげて船体を裁断した。バネを付けたおもちゃのように、切り裂かれた船体の前部が跳びはね、後方部は切り口を海面に沈み込ませて沈もうとしていた。
ソナーに敵影はない。進路を予測されて放たれた長距離からの魚雷攻撃だ。
後方では軍艦が右方面への回避運動を始めている。
その間をすり抜けていくかのように、白い雷跡が軍艦の間を抜けていった。
「偵察機からの敵艦の入電はまだ入っていません。ここより数十キロ先からの魚雷攻撃だと思われます」
赤城の声が爆音まじりに聞こえてきた。
「進路が相手に知られてたってこと!?」
せっぱ詰まったような愛宕の声もそれに被さるように耳に入る。
「ソナーに潜水艦の反応はないのです。ソナー圏外の何十キロもはなれた所から魚雷
を正確に当てるなんて、スポッター(観測手)がいないかぎり無理なのです!」
観測手。自ら言ったこの単語にふと、背筋に悪寒が走った。
「補給基地との連絡は取れているのです!?」
「10分前に交信をしました!」
赤城が間髪入れずに返事をした。
嫌な予感が的中しているかもしれない。もう時間の猶予はない。崩れ落ちた一隻の軍艦の乗員を救助しているようでは、敵の襲撃に備えることが出来ない。
「全速力で補給基地に向かうのデス! 軍艦の援護を……」
「ダメなのです! 今すぐこの海域から離脱するのです!」
旗艦である金剛の指示に被せるように、電は声を張り上げた。
「どうしてですか!? 基地まであともう少しです! ここは、既に到着している別働隊に応援を求めるべきです!」
赤城が偵察機に追加の指示を出しながら無線に声を送った。
「時間はないのです! いくら速度の遅い軍艦が相手でも、かなりの遠距離から魚雷を当てるのは困難なのです! この作戦が敵側に伝わってることを疑うべきなのです! 恐らく、敵の機動部隊がこちらに向かっているのです! ここで立ち止まってるヒマはないのです! 今すぐ軍艦を連れて引き返してください!状況を確認して、すぐ戻るのです!」
電はそこまで言うと、一列の編隊から脇へ飛び出て列の前方へと躍り出た。
金剛さんのせっぱ詰まった声が聞こえたが、無視した。
今の状況では、最悪の場合が考えられる。グズグズしていれば、残りの船舶に危険が及びかねない。
次の攻撃が来る前に先手を打たなければならなかった。
駆逐艦の機動性能を生かし、出せる限りの最高速度で進行方向の基地へと向かう。
あれぐらいの軍艦であれば3人で守れるはずだ。現状で一番警戒するべきなのは、私たちが向かっている先の基地が深海棲艦に占領されている可能性だ。
根拠となるのは、さっきの赤城さんが10分前に基地と交信を行ったことだ。
赤城さんの偵察機にも、電のソナーにも、敵影はおろか敵航空機さえ見られなかった。位置情報が漏れるとしたらこの時の通信がかなり怪しい。
気がついたときには包囲されているようでは既に手遅れだ。一刻も早く状況を確認しなければならない。
背負っている艤装から盾を取り外し、胸の前で構える。
反応があったらすぐに引き返さないと。そう身構えたその時だった。
ソナーに、敵影が3つ。
進行方向、まっすぐ前方から向かってきていた。
「っ!?」
予想が的中してしまったのかもしれない。速度からして護衛を付けていると考えていい。
すぐに引き返して伝えないと。
一気に減速し、方向を反転させた次の瞬間。
左脇腹に装備されていた盾が内側から破裂したようにはじけ飛んだ。
「はぐっ!?」
吹き飛んだ鋭い破片が脇腹を直撃する。耳障りな金属音と共に腹に鈍い衝撃を与えた金属片は、電の体に弾かれ水しぶきをあげて海面に沈んだ。
軽い打撲で少し痛んだ箇所を手でさすりながら方角を確認する。
9時の方向、レーダー圏外からの砲撃だった。艤装の損害を気にしている余裕はない。敵艦隊がこちらへ向かっている。急いで戻る以外選択肢はない。
動きを止めずに砲撃の方角を確認すると、小さな島と岩場が点在しいている。
訓練の時に見たあの海を、一瞬連想してしまった。あそこには訓練通り戦艦が居るのだろうか。
今回は訓練通りになってほしくない、と心の底から神に祈った。
衝撃と共に、右肩に装備されている主砲が火を噴き、薬莢を飛ばして水しぶきをたてる。
手応えはない。相手は距離のある岩場に身を隠し居ている。砲弾が岩場まで届かず、手前で高い水しぶきをあげた。
角度を調整してまた砲撃をしようとしたが、相手も電の勝手を許さないようだった。
ちょうど電の目と鼻の先をかすり抜け、左手に大きな水柱が立つ。破裂した砲弾の破片を防ぐように、盾を構え払う。
まだ艦隊は見えない。水しぶきをくぐり、蛇行を続けながら焦りを感じるようになった。
次の瞬間、横からの強い衝撃が電を襲った。
「はぐっ!?」
直撃した。砲弾が背中の艤装に大きな穴を開ける。海面に倒れ込んで仕舞わないよう重心を前に倒し、牽制に砲撃をくりかえす。なにか糸が切れたような心地と共に、敵艦の位置がはっきりと感じられなくなってしまった。索敵系統の装置にダメージが入ってしまったのかもしれない。
最後に感じ取った位置から、敵の位置の検討はつくが増援を呼ばれてしまっても今の電にそれを気づく術はない。
先の見えない不安と、ガガガと奇妙な機械音をあげるこの兵器に恐怖を覚えた。
これ以上、背中の艤装を酷使するわけにはいかない。電は両脇に装備されている魚雷射出装置が音を立てて魚雷の発射態勢にはいった。魚雷を正確な方向に発射するためには、標的の方向に。体を向けなくてはならない。この瞬間が電にとっては賭けだった。動きが鈍くなれば敵の砲弾に当たってしまうかもしれない。電は砲弾が止む一瞬の機会を伺っていた。焦らないように、何度も自分に言い聞かせ、何度も蛇行を繰り返していた。
ただ、その試みも不要な物となってしまう。
突如、連続される破裂音と共に、大きな爆発音と熱を電は頬に感じた。
爆発は電の近くではなく、右舷方向はるか彼方の地点だ。
ちょうど電をねらい打ちにしていた深海棲艦の潜む岩場が、真っ赤な炎に包まれている。
「もぉ!単騎で行動しちゃだめじゃない!」
愛宕が状況をすぐに飲み込めなていない電に近づき、声をかけた。
愛宕の艤装に設置されている砲身は、熱で先端が赤くなり硝煙が上がっていた。
「愛宕さん!敵潜水艦が三体!護衛もいるのです!」
ちょうど電が現状を愛宕に伝えた時、煙の上がる岩場から敵巡洋艦と駆逐艦が合わせて六体躍り出てくる様子が目に入った。
潜水艦の追っても、もうじき到着するはずだ。二人だけではさばききれない。
「全部吹き飛ばしてやるネー!」
そう考えていたその時、金剛の威勢の良い声が響いた。
戦艦を護衛していた3人のうち、2人が今ここにいる。
「まって!?艦隊の護衛は!?」
電の声は、金剛が放つ砲撃の爆音で遮られた。
砲撃の衝撃に一瞬縮んだ主砲の脇から赤く熱せられた薬莢が跳ね跳び、海面に触れるとジュッと音を立てて沈む。
四基の主砲から放たれた八発の砲弾は高速で弧を描き、速度を上げる三体の敵駆逐艦を潰して吹き飛ばし、爆炎を上げる。
断続的に放たれる砲撃に身を竦ませていると、頭上を無数の雷撃機がけたたましい爆音を響かせ腹に抱えていた魚雷を界面に落としていく。
水を得た魚達は敵潜水艦の放つ微弱な熱を探知し、爆破して水しぶきを海面に放つ。
「全部赤城さんが引き受けてくれてるの。電を連れて戻る為に三分間だけよ。でもこれじゃあ少し時間かかりそうねぇ。そ・・まで・・・五・・・」
まだなにか愛宕は言葉を続けているようだったが、金剛が放つ砲撃の爆音と、空を飛び交う飛翔体の轟音でとぎれとぎれにしか聞こえなくなっていた。
空に白い線を描き、衝撃波で空気を震わせながらミサイルが遠くに見える敵艦隊に飛び込む。
度重なる爆風と衝撃波に海が荒れ、爆煙で敵艦隊が目視できなくなる。
「今のうちに陣形を整えるのデス! あんなの砲撃の邪魔にしかならないネ!」
金剛の合図と共に、陣形を組み、水を蹴って爆煙と水柱から距離を取る。それに合わせるように、深海棲艦の熱弾が飛来し、今まで電達がいた海面をえぐっていった。
電が振り向いたちょうどその時、遅れて飛来した対艦ミサイルが軽巡洋艦へ級の顔面に直撃した。ミサイルは爆破を起こさず、ル級はそれを倒れることなく受け止め、その残骸を海面に投げ捨てた。
それに間髪入れず、ヘ級に金剛の砲弾が直撃する。
「ってぇ!」
戦艦、重巡洋艦の艤装は、駆逐艦のソレとは比べ物にならないくらい重く、扱い難い。しかし、金剛と愛宕の砲撃を目の前にすると、そんな過去の体験は霞んでしまう。観測機を飛ばす必要はない。二人の放つ砲弾は正確に三体軽巡洋艦の装甲を貫き、それを屠った。
ル級の”残骸”は、砲弾の熱に反応して溶け、弾倉に残っていた弾薬に引火して爆発を起こした。
「さっさと引くわよ!増援が来たら護衛艦が持たないわ」
赤城の航空機が天を舞い、陣形を組んで索敵を開始する。金剛を先頭に、本来の目的地を背にして電たちは水をけって進み始める。
しかし、それを邪魔するかのように水柱が行く手に上がった。
水しぶきを被った電は、水滴に目を潰されないよう身をかがめて主砲に砲弾を装填。周囲を見渡した。
この時の体験は、どれだけ時が経っても忘れることなどできない。
海底の底から鼓膜を震わせる低い鳴き声だった。
海が、波が大きく揺れる。
「なに……。あれ……」
金属をひっかくような奇怪音。
再び低い鳴き声が聞こえ、
島が、動き始めた。
長距離からの魚雷攻撃も、敵艦の姿が見えない砲撃も、コイツからのモノだった。それは、言葉通り、島だった。正確には島ではない。”鯨”という呼び名がこれには合いそうだ。擬態のため、背中に生やしている木々を揺らし、側面装甲を覆い隠すかのように張り付いている”岩場”が口を開け、無数の砲塔が姿を現した。それに続き、先ほどと同じように”無数の岩場”から敵艦が姿を現す。
深海棲艦は全滅したのではない。コイツの中に身を隠していただけだ。
この時、金剛が姿を消した。ヤツの主砲に吹き飛ばされているのだと気づくまでに数秒遅れが生じた。
「金剛さん!!」
愛宕の叫び声で意識が覚醒した。
敵、敵戦艦一体、空母が二体、駆逐艦が三体。そして、おそらく深海棲艦の巨大母艦、一体。
この巨大母艦を除けば、あの訓練に極めて近い敵編成。
さばける。
根拠のない確信が電の思考回路を支配した。手負いの金剛を愛宕が戦闘区域圏外に連れ出すまでの時間稼ぎは十分にできる。
”訓練通り”にやればいいんだ。こんな楽なことはない。
電は、水をけった。
だが、訓練通りに上手くいったのはここまでだった。愛宕がすんでのところで電の襟首をつかんだ。
「だめ!」
たった二文字。愛宕の叫びとともに、爆音が鼓膜をつんざいた。背中に一瞬熱い感触を感じると同時に目の前の戦艦二体が爆炎を上げ、一瞬ひるんだ。
愛宕が電を抑え込みながら戦艦二体に砲撃を加えた。
電に砲弾が当たらないよう、愛宕が使用した砲門は二門。戦艦に決定打を与えることはできなかったが、一瞬だけ、時間を稼ぐことはできた。
この一瞬が電たちの運命を変えることになった。
一瞬ひるんだ戦艦が、今度は体を震わせ後方に吹き飛んだ。それと同時に航空機の独特な飛行音と、何かを引き裂いたような騒音があたりを響かせた。
何十機もの戦闘機、爆撃機が電たちの頭上をかすめ飛び、敵艦に機関砲を浴びせていった。艦娘の使う砲弾よりも何十倍も大きな兵器の弾丸は、敵艦を吹き飛ばす分には十分な威力がある。しかし、撃破することはできない。
だが、時間稼ぎとしては十分だった。
放心状態の電と、手負いの金剛をひっつかみ、愛宕が前線から退いた時には、太陽が水平線に近づくころだった。
護衛目標のアメリカ軍艦、そして赤城と合流した時になってようやく電は気が付いた。
意識を失い、愛宕に肩を預けていた金剛の背中からは艤装が消えていた。その代わりに、骨と皮膚がむき出しになった背中からは真っ赤な鮮血が滴り落ち、今まで通ってきた海路を赤く染めていた。
【報告書】
第一艦隊:全艦帰還
【旗艦】金剛:大破 詳細:艤装喪失、生体接続部大破、開放骨折、重度の精神障害
愛宕:中破 詳細:戦闘能力消失、機関部損傷
電:中破 詳細:電波探針儀損傷、魚雷発射管損傷、軽度の精神障害
赤城:損害なし 詳細:重度の精神障害
爆撃機および戦闘機帰還数:六百六十機中四機
偵察機より敵の新型兵器の情報有り
【第一艦隊戦線離脱より二十分後:日本本土】
・十八時五十二分 内閣府深海生命体対策本部より緊急招集
・十九時十三分 林田内閣総理大臣より、コード666の発動が命令される。
・十九時十五分 国防軍久米島基地より待機中の高速大型爆撃機および護衛機がスクランブル発進
・十九時四十分六秒 爆撃機、目標補足。
・二十時十五分十七秒 史上初、実戦投入された水素爆弾の爆発が観測される。
・二十三時二一分 敵艦隊沈黙を確認。超弩級母艦ア級、暫定通称トロイの残骸が横須賀鎮守府所属第三艦隊により回収される。
■■■
あの日以来、金剛さんは艤装を背負わなくなった。赤城さんは航空機を飛ばさなくなった。唯一、第一艦隊に愛宕さんが残ったのですが、もうこれでは第一艦隊は機能しなくなってしまった。
私が第三艦隊に異動になったのもこの後だった。
倦怠感にさいなまれ、瞳を開くとすでに窓の外が暗闇に包まれていた。過去の記憶と現在の記憶が混在し、一瞬自分自身がどこにいるのかを電は理解できずにいた。
ここは戦場ではない。敵のいない本土のアパートの一室。
額から噴き出ていた冷や汗をぬぐい、掛け時計を見る。
既に夜中の二時を回っていた時計の長針が軋み、秒針が静かに時を刻んでいた。
カチ
カチ
カチ
カチ