解体命令なのです! ~電と提督と沖ノ鳥島鎮守府の物語~   作:鎌虚(Kamauro)

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第十一話 桂提督の苦悩

満月の光が、執務室を照らしていた。

月の光は執務室を淡くてらし、机の書類を明るく照らしていた。

 

【大本営海軍部より通達】

 

露国の不正取引に関する情報提供に感謝する。

貴殿に対しては本件の情報提供協力に正当な報酬が支払われる。

また、露国の特殊複製艦の引き渡しを要請する。指定された期間内に大本営海軍部管轄横須賀鎮守府へ護送されたし。

なお、本国から露国に供与されていた駆逐艦 響、駆逐艦 暁計二隻に関してはこれに当たらない。

 

本件に関して一切の情報の漏洩を禁ずる。

仮に情報漏洩が確認された場合、それ相応の処分が下されることとなる。

 

引き続き、日本国南方海域の維持と安定に尽力せよ。

 

以上

 

 

ミントの味がなくなったガムを噛み続けながら、提督はこの通達書の意図を拾おうとしていた。

この奇妙な書類を受け取って以来、脳裏に浮かぶモヤモヤした感覚を一切拭うことができなかった。

 

ウラジオストクの提督の反応から見るに、あの鎮守府と深海棲艦との間に不正の取引があったことが事実とみて間違いがないだろう。

 

このカードは日本にとってもかなり外交的にかなり強いカードとなるはずだ。

十中八九、裏で取引が進んでいるのだろう。

 

その状況で、なぜ情報漏洩を恐れるのか。

 

確かに情報が漏洩すれば他国が介入してくる可能性を考える。そうなれば交渉はより複雑になりかねない。そう考えると確かに他国に情報が漏れることは避けたい事態だと考えられる。

 

また、意図的、偶発的に関わらずロシアの不祥事を公にすることは対ロシアの良好な関係を崩しかねない。それも理解できる。

 

しかし、”一切の情報の漏洩を禁ずる”の一言、これの意図が読み取れない。

 

情報開示の制限を設けるのであれば、”日本海域におけるロシア艦隊の活動、ウラジオストク鎮守府の裏取引”にのみ限定して情報を隠匿すればいいはずだ。

 

過去、沖ノ島海域を占拠していた深海棲艦勢力が生き残っているとするのならば、南方海域防衛の観点から考えても放置しておくわけにはいかないはずだ。

 

しかし、この書類の文言が意味することは、この”沖ノ島海域勢力の存在”に関しても隠匿する必要があるということだ。

 

この通知書で他鎮守府と連携し沖ノ島海域調査の要請がされると考えていたが、そのような指令は一切通達がされていない。

 

「この深海棲艦勢力が、沖ノ島外からきた艦隊だと本営は考えているのか……?」

 

いや、それも考えにくい。

 

深海棲艦は、なんらかしらの破壊行為、占領行為を実施しようとしない限り大きな移動をしない。あの深海棲艦たちが実施しようとしていたことは、ロシア艦隊の受け入れだ。沖ノ鳥島海域周辺に深海棲艦の根城がある可能性はかなり高い。

 

それは本営も把握している筈だが……。

 

味のしなくなったガムを吐き出し、開いているノートパソコンに再び手をおいた。

 

「提督?」

 

ノックされずに開いた扉から、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「金剛、ノックはどうした?」

 

「もう三時なのデース。提督は寝ないのですか?」

執務室の時計を見上げると、すでに時計は夜中の三時を過ぎてしまっていた。

 

「あぁ、ビスマルクたちを横須賀に戻す前に調べなきゃいけないことが沢山ありそうなんだ。ただ、難航しているようでな……。」

ため息をつき、再び机の上の資料に目を落とす

 

 

 

 

【尋問調書】

 

尋問対象:

 

ウラジオストク第1艦隊

旗艦:戦艦 ビスマルク

戦艦 アルハンゲリスク

ミサイル巡洋艦 ピョートル・ヴェリーキィ

軽巡洋艦 ムンマンスク

駆逐艦 レーベレヒト・マース

駆逐艦 マックス・シュルツ

 

尋問報告:

 

第五艦隊兵舎・調書室にて第二班の班員三名による一週間の尋問を実施。

・上記六名は我々の質問に一貫して黙秘あるいは輸送任務の存在を否認し続けている。

・上記六名は”積荷”の存在を否認

・沖ノ鳥島近海の輸送任務の詳細に関して黙秘

 

参考:

 

・戦艦ビズマルクは、積荷の内容に関する質問に黙秘をするも、反応を示す。また、ロシアへの送還が行われないことに関して動揺の色を示す。

(下記、尋問内容詳細を参照)

 

・軽巡洋艦 ムンマンスクは積荷の内容に関する質問に黙秘をするも、反応を示す

(下記、尋問内容詳細を参照)

 

・駆逐艦 レーベレヒト・マース及び駆逐艦 マックス・シュルツ両二名は長距離遠征任務と主張。(当初のウラジオストク鎮守府側の主張と一致)

(下記、尋問内容詳細を参照)

 

・ミサイル巡洋艦 ピョートル・ヴェリーキィは艦隊の護衛任務と主張。遠征先に関しては認知していないと主張。

(下記、尋問内容詳細を参照)

 

尋問内容詳細:

 

〜(尋問の会話内容が詳細に記されている)〜

 

参考:

 

本件における調査は継続して行われる。

尋問内容を精査し、ウラジオストク所属各艦娘に対し尋問を継続する

 

以上

 

 

 

(これより非公式)参考:

 

同様の調査方法による状況の進展は今度見込まれないと考えられる。

横須賀送還前に情報を取得するには”尋問方法を変える”必要があると考えらる。

 

以上

 

第五艦隊第二班 旗艦 天龍型 2番艦 軽巡洋艦 龍田

 

 

 

 

分厚い調書の表紙を金剛に見せ、再びUSBが刺さったパソコンに目を落とす。画面には尋問用に使用される取調室が映し出され、龍田とビズマルクが一対一で会話をしている動画が映し出されている。

 

「……?これは?」

 

「これは尋問の調書だ。それと、尋問を記録したデータもある」

 

動画の長さを示すシークバーの右端には12:53:33と表示されており、こうしたファイルが十数箇と並んでいる。

 

「全部見ていたのですか?」

 

「あぁ、一週間全部な。」

執務机はノートパソコンの排熱風ですっかり暑くなっていた。

 

「どうして提督が調べているのデスか?ウラジオストクの調査は本営がやることなのでは……」

 

「自分たちの身は自分で守る。本営が沖ノ島海域にメスを入れる気がないのなら、俺たちがなんとかしなきゃいけない。国同士のことはお上さんが解決すべきだが、南方、沖ノ鳥島近海の問題は俺たちで解決するしかないんだよ。あいつらがここで何をしようとしていたのか、沖ノ鳥島海域に深海棲艦が存在するのか、これから何を起こそうとしていたのか……」

 

金剛に自身の考えを話しながら、再びマウスを握った。

 

確かに、龍田の進言通り、このままだと横須賀に送るまでに情報を引き出せそうにない。

 

できれば、”傷をつけずに”横須賀へ送ってやりたい。そうは思うが、この様子だとこいつらが何かを知っていることは事実のように思える。揺さぶりに弱いところを考えみるに、この手の訓練を受けてきていない娘達のようだ。少し痛い思いをさせれば何かを吐き出してもおかしくなさそうだが、あまり気が進まない。

 

深海棲艦の協力者との疑いがかかっているが、この娘たちは所詮ウラジオストクの”消耗品”にすぎない。よってこの娘たちに罪はない。

 

だが、ここで選択を誤り、火を見るのは俺たちの方かもしれない。横須賀からの応援がない限り、勢力規模不明の深海棲艦にどう太刀打ちしていけばいいのだろうか。

 

心を鬼にして、強引にでも情報を引き出すべきか否か……。

 

パソコンの画面を食い入るように見つめ、取調室の映像をじっと見つめる。

 

その時、突然目の前が真っ暗になった。目元が、人肌でじわっと暖かくなり、長時間パソコンを見続けていた瞳に安らぎを与える。

 

「金剛、目を塞がれると作業ができないのだが」

いつの間にか背後に回った金剛が、背後から目を優しく塞ぎにきていた。

 

「無理のしすぎは良くないですよ提督……。休息も大事な仕事なのデース。寝て起きれば、いいアイディアも浮かんでくるネー!!」

 

疲れた体に鞭打って仕事をしていた体にこれは応えた。押さえ込んでいた疲労が肩を重く潰しにかかっていることを認識し、肩から腰にかけて痛みが走った。

 

ダムが決壊したという例えが、この感覚を正確に表現してくれるだろう。

 

じんわりと感じる、心地よい人肌の暖かさに瞳を包まれ、そのまま私は気を失うように眠った。

 

 

■■

気付いた時には、見覚えのある天井を見上げていた。

 

覚えのある香り、風景、しばらく回らない思考を整理し、辺りを見回した。

 

英国風の調度品に女性らしいベットシーツ。どうやら金剛の自室で目を覚ましたようだった。

 

作動しない頭と体をベットに預け、昨日あったことを一つずつ思い出していく。執務室で気を失ったところまでは覚えている。そのあと金剛にここまで運ばれたのだろう。

 

脇を見ると、自分が使っている物とは別の枕がもう一つあった。触れてみると、先ほどまで誰かが使っていたのだろうか、ほんのりと暖かさが残っていた。

 

前にもこんな事があったような気がする……。

 

そんなことを感じながら、無思考に天井を眺める。不思議と、心が安らぎ落ち着いた気分になって行く。

 

「借りを作っちまったな……」

 

寝間着姿のまま、誰に言うまでもなくポツリと呟く。

 

鳳翔に頼んで金剛の好きなケーキを作ってもらうか。

 

そう考えたちょうどその時、金剛の自室の扉が音を立てて開いた。

 

「司令官?起きてるかい?」

 

金剛の声ではなかった。あぁ、起きてると声をかけながら体を起こして見ると、響が扉を開けて室内に入ってきた。

 

「金剛から聞いたよ。よく眠れたかい?」

 

「あぁ、おかげさまでな」

 

少し情けなくなり、頭を掻きながら言った。

 

「いくら忙しくても無理するものじゃないよ。執務は金剛が代わりにやってくれっているから、今はゆっくり休むといいさ」

 

扉を閉めた響は、私が横になるベットに近づき腰をかけた。

 

「ありがとう。様子を見にきてくれたのか?」

 

謝意の気持ちを伝え、背を向けて座る響の頭をポンポンと撫でる。

 

「そうだよ。それに、提案したい事があって来た」

 

「提案?」

 

「ウラジオストクの尋問の件、私に任せてくれないかい?」

 

予想していなかった提案に、撫でる手を止めた。

 

「響はウラジオストクに潜り込んでただろ?ビスマルク達とも行動をしてたんじゃないのか?それなのに響が尋問するのはおかしい話じゃないのか?」

 

ウラジオストクの動向をある程度把握するために、響と暁はビスマルク達と行動をしていた。沖ノ鳥島海域への遠征については二人とも計画事態は把握していたが、輸送内容や目的などの詳細を知らされていなかったためビスマルク達を尋問しないと詳細はわからない。

 

もちろん、ビスマルク達は響や暁が沖ノ鳥島側の艦娘だという事は知らない。スパイ紛いの諜報活動をしていることが周囲に把握されることは確実に避けておきたい。

 

「彼女達と関係があったからこそ、できる方法もある。詳細は教えられないけれど、私に任せてみないかい?」

 

「どうして俺が詳細を知っちゃいけないんだ?」

 

「それは、司令官が絶対に反対する内容だからだよ」

 

響の口から、何か覚悟を決めたような強い口調の言葉が出た。

 

「私も、第五艦隊……いや“第五予備艦隊”所属の艦娘。覚悟は決めていると、司令官にも言ったじゃないか」

私がここに所属して結成された第五艦隊。響は最初のメンバーだった。初期メンバーとしての誇りと覚悟を背中からも感じさせられる。

 

「……わかった。お前に任せよう……。ただし、無茶はするんじゃないぞ?」

 

響の頭から手を離すと、「分かっているよ」と響は頷いた。

 

「明日の朝にはビスマルクから聞き出した情報を報告書にするよ。だから、今日はゆっくり休んでいてね、司令官」

 

そう言って彼女は、ベットから立ち上がり、自室を後にして行った。

 

 

 

 

 

 

【尋問報告書】

 

尋問対象:

 

ウラジオストク鎮守府第一艦隊

旗艦:戦艦 ビスマルク

元ウラジオストク鎮守府第三艦隊

現沖ノ鳥島鎮守府第四艦隊

駆逐艦 響

 

尋問報告:

 

兵舎・第一独房にて、ビスマルクおよび響、計二名の尋問を実施。

尋問の結果、ビスマルクが隠匿していた情報を提供した。

 

要約:

 

・沖ノ鳥島海域近海の深海棲艦勢力に向けて積み荷を輸送していた事実を認める。

・積み荷は、ミサイル巡洋艦 ピョートル・ヴェリーキィである。最新式の艤装を搭載しており、艤装技術を深海棲艦に提供する事が目的であった。

・本作戦の詳細はピョートル・ヴェリーキィを除く5隻の艦娘にのみ伝えられており、ウラジオストク内でも極秘事項であった。

・沖ノ鳥島海域近海の深海棲艦勢力について、ビスマルクは詳細を把握していない。合流座標だけ伝えられていた。合流座標の詳細は下記にて記述する。

 

なお、本尋問にて暁型 2番艦 駆逐艦 響が大破。第五船渠にて修理が実施されている。

 

損害状況:

 

ウラジオストク鎮守府第一艦隊

旗艦:戦艦 ビスマルク: 損害無し

 

元ウラジオストク鎮守府第三艦隊

現沖ノ鳥島鎮守府第四艦隊

駆逐艦 響: 左肩関節離断および複数部位損傷

 

尋問詳細:

〜(尋問の会話内容が詳細に記されている)〜

 

 

 

参考:

戦艦ビスマルクより新たな情報の提示がなされた。

内容の真偽を精査し、報告を執り行う。

沖ノ鳥島海域近海の動向に細心の注意を払い、敵勢力の把握をより綿密に実施する。

以上

 

(これより非公式)参考:

尋問の結果、ビスマルクより情報提供がなされた。本件についてその他の艦娘に対しても、ビスマルクからの情報を元に尋問を行う。内容をまとめ、本国本営横須賀鎮守府に報告書として提出できる形にまとめることを目指す。

 

メモ:

この尋問の企画は響ちゃんがしたの。言わなくても良いとは思うけれど、響ちゃんのお見舞いに行って欲しいわ。かなり頑張ってくれたのよ。色々と言いたいことはあるだろうけれど、今はちゃんと慰めて、しっかり褒めてあげて欲しいわ。

 

以上

 

第五艦隊第二班 旗艦 天龍型 2番艦 軽巡洋艦 龍田

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️

目を覚ますと、真っ白な天井が視界に入った。

 

長い悪夢を見ていた。暗く冷たい深海の感触が肌を撫でるような、寒気にする夢だった。

 

左頬を伝って汗が流れ落ちた。右手の甲でそれを拭い、左肩を撫でた。

 

感触がまだ無い。そこから下に指を這わせると、ゴツゴツとした包帯の感触がした。

 

感覚がまだ回復しない左腕が響の脇に横たわっていた。

 

「……やっぱり、なんとかなる物なんだなぁ」

 

昔、金剛が轟沈寸前の怪我を負って帰ってきたのを見た時、艦娘の治癒力にかなり驚かされた。整備班の娘達に確認を取ったところ、やはり艦娘の体は”沈まなければどうとでもなる“らしい。

 

あのウラジオストクの艦娘の中でビスマルクを選び、キツイ揺さぶりをかける。もちろん、本土に送還するため、拷問はかけられない。ならその寸前までならセーフだ。

 

ビスマルクには、私が沖ノ鳥島に所属だとは伝えていない。

 

あの場、自分の隣で同僚が拷問を受けている。これ以上大きい揺さぶりはないだろう。私は本土に帰還する必要がないから、どうなろうと問題ない。

 

記憶が曖昧であまり覚えていないが……私が意識を失いかけた時、ビスマルクが何かを言ってたような気がする……。

 

あの中で一番揺さぶりが弱そうなビスマルクを選んで正解だったみたいだ。

 

自分の選択が正しかったと確信すると、少しばかり笑いが込み上げた。

 

 

提督に褒められたりするのかな。

 

 

そんなことを考えながら、疲労で重くなった上半身を起こしてみた。

 

左腕に付けられた何本もの点滴の管が体の動きに合わせて揺れた。右手で、左手を持ち、軽く握ってみる。ほんの少し、痺れるような感触がし、なんとなく左手の指先に感触が戻ってきていた。これなら回復までは長い期間かからないかもしれない。まだ握りこぶしを作れない左手を触っていると、扉が開く音がした。

 

司令官だった。

 

個室の病室の扉を開き、司令官が中に入ってきた。

 

「やぁ、司令官。」

結果はどうだった?と口に出そうとした瞬間、右頬に鋭い痛みと衝撃が走った。

 

反動でベットに体を打ち付けられる。

 

平手で殴られたと気づくのにそこまで時間は要らなかった。

 

「なに勝手に馬鹿な真似してんだ!」

 

鋭い怒声が耳を貫いた。ベットに打ち付けられた左腕がほんの少しジンと痛んだ。

 

「自己犠牲でヒーローにでもなったつもりか!? 報告書を読んで、俺がどんな思いをするのか、想像できなかったのか!?」

 

「でも……情報は聞き出せたし……」

 

「もっと他に方法があっただろ!?第五艦隊のお前が、自分を粗末に扱ってどうする!?なんのために今まで教育してきたのか分かってないのか!?」

 

得意げになっていた気持ちは全部吹き飛び、罪悪感が心の内から込み上げてきた。

 

「ご……ごめんなさい……」

 

鋭い剣幕で、でも悲しそうな表情を浮かべている司令官に思わず言葉が出た。

 

思わず、涙が左頬を伝った。右手で頬を擦ると、また涙が零れ落ちた。司令官の前で泣きたくない。

 

反射的に右腕で両目を塞いだ。何故だかわからないが、涙が止まらなかった。

 

司令官の前では強くありたい。泣きたくなんかなかった。

 

罪悪感と、自分の選択に対する反省、自分の選択で行われた尋問の恐怖が全部込み上げて抑え込むことができなくなった。

 

強くなりたいのに、まだ自分は弱かった。そんな実感が感情の制御を不能にさせる。

 

「ごめんなさい……司令官……」

 

もう一度謝った。思わず謝ってしまった。右手で押さえきれない涙が、ポロポロと頬を伝い、ベットに落ちていた。

 

「……もういい」

 

司令官が呟くのが聞こえた。

 

ベットが揺れると、温かい感触に包まれた。

 

涙が司令官の制服を濡らし、体を抱きしめられていた。

 

寒くなった心が、温められていくような、心地よさを感じる。

 

動く右腕を司令官の背中に回し、制御が効かなくなった感情を司令官の胸にぶつけて泣いた。

 

「……よくやった。全部吐き出せ……」

 

司令官の腕が、きつく私を抱きしめた。

 

 

 

そのあと泣き疲れて寝てしまい、自分がどれほど泣いていたのか、あまり覚えていない。

外はすっかり暗くなり、ベットの脇には司令官が残していった花が月の光を反射して輝いていた。

私は左腕をあげ、病室の窓から見える、高く上がった月を左手で強く握りしめた。

 

 

◼️◼️◼️

 

「響には、しばらく休息を与えるつもりだ。流石に、頑張りすぎだ」

 

書類に判子を押しながら、金剛に言った。

 

金剛も響を心配しているようだった。

 

「当たり前デース!もしもこれ以上提督がムリをさせようとしてたら私が止めにかかってるのデース!」

 

「ただ……響のことだ。また無茶なことをするかもしれない……。金剛も気にしてやっておいてくれ」

 

もちろんデース!と返事をする金剛の声を聞きながら、書類に再び目を落とした。

 

やはり、沖ノ鳥島海域にまだ深海棲艦は居る。ヒントとなる座標も掴んだ。

 

ただ、勢力の規模が分からない。

 

今は例の超弩級戦艦の存在も考えなくてはならない。安易に艦隊を送れば、過去の第一艦隊の損害程度では済まされないだろう。

 

この報告を本土に送り、南方海域の警護強化と艦隊の派遣を要請しなければいけない。

 

……ただ、何か引っかかる。輸送内容が艦娘……わざわざなぜ艦娘なんかを運ばせてたのだろうか。どこかの船団を襲う方が彼らにとっても手間がかからないのではないだろうか……。

 

疑問は深まるばかりだが、本営に提出する書類を作成しなければ話は始まらない。

これで南方海域の戦力は増強されることとなるだろう。

 

執務室に掲げられている海図に目を向けて、尋問で明らかになった海域の座標に、赤くマーカーでバツ印をつけた。

 

 

 

ここが、最初の手がかりだ。

 

 

 

◼️◼️◼️

 

サンダルを履き、アパートのベランダに立つと夜風が心地よく頬を撫でた。悪夢のような夢を見て火照った体には心地の良い涼しさだった。

 

長袖の寝間着のまま、夜の月を見上げる。綿津見荘から見える満月はとても綺麗だ。提督も、この月を見ているのかな?電はそんなことをぼんやりと考えながら空を見上げていた。

 

「大袈裟だと思うか?」

 

提督の声が聞こえた気がした。

 

「俺は、意味もなくお前を解体したりしない。ちゃんと考えて欲しい……」

 

解体後に言われた言葉が、今でも頭の中を反芻している。

 

どうして、私はここで生活しているのだろう。電がここで生きている理由は何なのでしょうか?

 

まだ……考えても分からないのです。

 

難しいことを考えていると、小さな欠伸が出た。

 

夜風は電の思考を整えさせてはくれず、健全な睡魔が電を眠りの衝動へと導いた。

 

「また明日考えるのです。今考えても何も思い浮かばないのです」

 

なんとなく焦っていると感じた自分に聞かせるように独り言を言い、サンダルを脱いで部屋に入る。

 

 

 

ベランダの扉を閉めると、辺りは再び静寂に包まれた。

 

 

 

 

第1章 完

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