解体命令なのです! ~電と提督と沖ノ鳥島鎮守府の物語~   作:鎌虚(Kamauro)

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第11話の後の響


眠れられぬ少女のために

 

静寂の病室に、紙をめくる音が心地よく溶けていった。

 

紙の擦れる音は、なんとも心地が良い。静かに自分の心に向かい、書物の内容を咀嚼して行くと、新たな発見をすることが多々ある。

 

それは自らの心理的特性ないしは、この世の真理と思える法則であったりもする。

 

 

動くようになったばかりの左手でページの端をこすり、また紙をめくった。

 

 

眠れない夜は辛い。

 

しかし、いたずらに嘆いていないで、我々はそれを、日頃怠りがちな自己反省のための、静かな妨げになれない時間として活用しようではないか。

彼はそう言ったようだ。

 

 

またページをめくる。右の端から、文字を目で追い、考えを膨らませて行く。

 

 

その時、病室の扉が開いた音が聞こえた。

 

 

「やぁ、司令官。こんな夜遅くにどうしたんだい?」

 

 

読んでいる途中の本から目をあげると、司令官が病室の扉を閉め、入ってきた。

 

時刻は、すでに夜中の一時を回っていた。

 

「響、まだ起きて居たのか。ちょうど資料の整理が終わってな。自室に戻るついでに様子を見にきたってところだ。腕の具合はどうだ?」

 

「あぁ、一通り動くようにはなったよ。まだゆっくりしか動かせないけれどね」

 

そう言って、司令官に向けて左腕をあげ、握りこぶしを作ったり、手を広げたりしてみせた。先ほど巻き直された包帯のせいもあって、少し窮屈に感じた。

 

「それならよかった……。それより、なんでまだ起きてるんだ?」

 

「読みたい本があるのに、寝て時間を過ごすなんて勿体無いと思わないかい?」

 

そう言って、司令官に本の表紙を見せた。

 

「ほぅ……。眠れない夜にはぴったりの本かもなぁ……。そんな難しい本、読んでいて理解できるのか?」

 

「わかるところだけ、拾い読みしてるよ。正直、神だとか、聖書だとか、キリストだとか書いてるところは、全然理解できない。だけど、読んでいて、なんだか落ち着くんだ。司令官は読んだことあるのかい?」

 

「あぁ、学生時代に何回か読んだことがあるな……。難解な分、眠気を誘うにはぴったりの一冊だ。その点は便利だが、あまり好んで読もうとは思わないな」

 

「ふぅん。本当に、”眠れられぬ夜のために”書かれたってことなのかな」

 

「ははっ、少なくともその為だけに書かれてはいないだろうな」

 

司令官は軽く笑うと、私から本を受け取り、懐かしむように本をめくって中身を読んだ。

 

「眠るために読んでいたはずが、書いてある内容が、なぜか心に残って、逆に眠れられないなんてこともあったな……」

 

「あぁ。今まさにそんな感覚に浸ってた所だった……司令官が来る前はね」

 

「あ、もしかして、邪魔しちゃったのかな?」

 

私が軽く頷くと、司令官は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「そしたら、俺はもう戻ったほうが良いのかな?ごめんよ、読書の邪魔をしてしまって」

 

「いや、逆だよ。眠れられない夜だからこそ、語り合える友人が欲しいものだ。自分の解釈の中で思考を巡らせているだけでは、悶々とするだけだ。そうは思わないかい?」

 

司令官から返された本を受け取り、寝台におくと、司令官は「ほう……。」と一息つくと、何やら面白そうなことを発見したような子どものように目を輝かせ、私の寝ているベットに腰をかけた。

 

「響の考えを聞こうじゃないか。むしろ、響が日頃何を考えているのかを聞きたいな」

 

「私は大歓迎さ。ただ、こんな夜更かしをして、明日の執務は大丈夫なのかい?」

 

「報告書は金剛がまとめてくれるさ。俺が仕事しなくても、最低限のことはあいつがやってくれる」

 

「それ、司令官の存在意義がなくなってしまうのではないかい?」

 

「ははっ、それもそうかもな。俺は楽して給料も貰える。艦娘(おまえ)達は存在意義を失うことがなく生きながらえる。いいじゃないか」

 

「まさに、職務怠慢だね。横須賀に密告すればすぐに憲兵隊がすっ飛んで来そう」

 

「あんな利権集団、上陸される前に潰してやるさ。俺のやり方に文句を言わせるつもりはない。っと、話が逸れたな……。仕事の話は、こんな夜にする話じゃないぞ」

 

司令官は寝台に置いてあった私の本を取り上げると、買ったばかりのオモチャを眺める子こどものようにペラペラとめくり始めた。そんな、何も飾らない無邪気さを隠すことなく表に出す司令官に面白みを感じ、不意に笑いが込み上げてくる。

 

「ふふっ……。司令官って子どもみたいだよねぇ……」

 

「お前には言われたくないな。小さい図体でこんなもん読んで大人ぶろうとしてるところが特にな」

 

「否定はしないさ。ただ、面白い一説があれば、理解できない本でも読みたくなるものだろう?それに、艦娘は見た目で推し量れるものではない」

 

「それは……その通りだな。特にお前なんて、俺以上に長く生きてるのかって思うぐらい達観してるところあるよな……。見てて気味が悪くなる」

 

「ふふっ、どうだろうねぇ?」

 

「ま、俺より長く生きてるなんて事は無いだろうけどな。それより、ほら、本題に入るぞ、本題。こうやって無駄話ばっかしてたら、あっという間に朝になっちまうじゃないか」

 

こうして、真夜中の座談会が始まった。せっかくだからと、司令官は自室で保管していたウイスキーのボトルを病室に持ち込んできた。病棟とは似合わないブツを持ち込んできた司令官に対して苦笑いしかできなかったが、結局お互いにアルコールに頭を火照らせながら、何時間も語り合った。

 

長い間、日本の地を離れ、ロシアで任務をこなしていたこともあり、ここまで司令官と話をすることが、とても久しぶりに感じた。

 

読んでいた本の話、複数箇所の解釈と批評。話題は本の話から身の上話へと移ってゆき、司令官の過去の話、今の考え、半分の自分語り、私もそれに近いことを司令官に話していた。

 

 

気付いた時には、司令官は力尽き、病棟のベットに突っ伏して眠り込んでいた。

 

結局私は、眠ることは出来ず、静かになった司令官の寝顔を時々眺めながら、読んでいる途中の本に目を落とし、ページをめくっていた。気がつくと窓の外から陽の光が差し込み始め、読書灯の光をかき消すように陽の光がページをてらした。

 

文章が途切れ、最後のページを指で挟んで擦り、これが本当に最後なのかを確認すると、本を閉じ、また司令官を見た。

 

無防備に寝顔をさらけ出し、遊び疲れた子どものように眠り込んでいた。

 

ここにあってはいけない筈の、ウイスキーの空ビンは病室の床に転がり、日の光を反射して輝いていた。

 

本を閉じ、周囲を観察することによって自分の世界から抜け出したと同時に、強い疲労感と眠気に襲われる。私は、大きなベットに体を預け、瞳を閉じる。

 

ふと、頭の中で渦巻いている疑問を、聞いてるはずのない司令官にぶつけた。

 

「ねぇ司令官。神が人間を創ったというのなら、艦娘は誰が創ったんだい?私達は、何のために生まれ、何を求めて生きていけばいいんだい?」

 

艦娘は、戦うために作られた。本来、戦い以外に身を投じる選択肢は艦娘にために設けられていない。

 

しかし、残酷なことに、艦娘には理性も感情も実装されていて、戦い以外の選択肢がこの世界に存在している事を知っている。また、戦い以外の生き方が、艦娘に許されていないことも知っている。

 

もちろん、今は深海棲艦と戦っている。では、深海棲艦に勝った後、私達は何と戦うことになるのだろうか?戦い以外の選択肢が与えられて居ない私たちに生きる資格は与えられるのだろうか?

 

……もう眠い。思考の堂々巡りをしていても、私個人が考えても、この問題は解決しない。

今は、死んだように、この惰眠を貪り尽くすことに専念しよう。このひと時は、自分の現実と戦うことを止めよう。

いつのまにか、私は考えることをやめ、深く眠りの海へと沈んでいった。

 

 

 

昼の明かりで目を覚ますと、既に司令官の姿は無かった。

司令官が読んで居た本は綺麗に整えられ、寝台に並べられて居た。

本の傍には軽食が用意されており、私はそれを手に取って食べた。

 

今日も、生きるために。

 




三大幸福論の執筆者の一人であるカール・ヒルティの“眠れられぬ夜のために“。岩波文庫に書かれた文言を少々引用させていただいております。
(三大幸福論はヒルティ、アラン、ラッセルの三人)
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