解体命令なのです! ~電と提督と沖ノ鳥島鎮守府の物語~ 作:鎌虚(Kamauro)
取り返しのつかないことをしてしまった......。と電は肩を落として廊下を歩み進めていた。
遠征の失敗といい、執務室の一悶着といい、もう最悪だ。
確かに提督に砲塔を向けた事は悪かった。
だけど、提督のあの言い草にも納得がいかなかった。
「身内……か」
電は呟いた。
私にとってあの二人は身内ではない。家族だ。それは雷も変わらない。
あの子達の存在が、今まで孤独だった私にとってはそれがどんなに暖かで安らぎをもたらす物だったのか。提督は理解していない。
電は何処か複雑な気持ちにもなった。
こんな状況に陥っても提督のことが嫌いになったわけではない。
もちろん、良い目で見ているわけでもないが......。
「あぁ~もぅ!余計なことは考えちゃダメなのです!」
電は自分の頬を両手でペシッと叩いた。
電はもっと能天気で明るい元気な子!
考えすぎは良くないのです!
まずは、落とした錨を探さなくちゃ......。
「えぇっと......。執務室の下は......」
電は壁にかかっている館内図を見上げて目を凝らしていた。
文字盤を見た時、確かに背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
提督の執務室の真下は食堂だ。
しかも、今は丁度お昼時。
艦娘とはいえど、無防備な状態で真上から錨なんて落とされた日にはひとたまりもない筈だ。
電は階段を転げるように駆け下り、食堂への道を走り抜けて行った。
8/15 12:15 舎営食堂
電は勢い任せに、食堂の重い扉を勢い良く開け放った。
どう説明してこの状況を切り抜ければいいのだろうか。
様々な言葉が頭の中をめまぐるしく動き回っていたが、食堂の風景は電の予想と違っていた。
食堂に人は一人も居なかった。
……いや、一人しか居なかった。
中央の席で赤城さんが焼き魚を御菜に丼のご飯をかきこんでいる
電の錨は赤城さんの丁度右側にあった木製の椅子を見るも無残に粉々にしていた。
心配なのは赤城さんだ。いや、あの様子なら大丈夫だけど......?
「赤城さん!大丈夫ですか?」
電はわざと大きな声を出して赤城さんに走り寄った。
一見すれば、何処か怪我しているようには見えない。
赤城さんは電に気づくと、口いっぱいの食べ物をモゴモゴさせている。
「ふぉっふぃふぉふぉふふぉふぇっふぉふぉふふぉ?」
「早く飲み込んで下さい」
こう見ると、食いしん坊でおバカなお姉さんに見える赤城さんだが、これでもこの鎮守府の上位2番の実力を誇る正規空母であるというのは驚きだ。実際に、共に戦地に赴いたことがあるが、彼女の航空部隊は比類を見せない程の高度な技術と戦力を有する。言うまでもないが、それは彼女の航空管制あってのものだ。
能ある鷹は爪を隠す……と言えばいいのか、天才と変人は紙一重と言えばいいのか……。
と、突然赤城さんは喉に手を当てて苦しそうにしている。
「ちょっ!? 赤城さん!? は、み、水!水!」
やはり後者のようだ。
電は赤城さんの口に水の入ったコップを押し付けた。
水が食道に詰まっていた食べ物を押し流してくれたようで、赤城さんは直ぐに息を吐いて少し咳き込んでいた。
「赤城さん!急いで食べるのは良くないのです!」
電の言葉に赤城さんは「えへへぇ~」と照れ笑い。
本当にこの人がTOP2なのだろうか......。
「ところで、赤城さん。本当に大丈夫ですか?」
赤城さんは電から貰った水を飲み干して言った。
「ん?もう苦しくはないよ~?」
「そっちでは無いのです。いや、そっちもですけど」
そう言って電はフローリングの床に深々と突き刺さっている錨を引き抜いた。
「あぁ、その錨ね。大丈夫よ。擦りもしなかったわ」
まぁ、あんだけ食べてりゃあそうですよね。
でも、怪我が無くて良かったのです!
「そう言う電も、大丈夫なの?」
赤城は電に水差しを要求しながら言った。
電は水差しを赤城さんに差し出しながら「それはどういった意味でしょうか?」と言った。
「ここの丁度上の部屋って執務室でしょ?何かあったの?」
赤城さんは頭上を指差しながら言った。
「え?えっと......」
電は折りたたまれた書類を入れた右ポケットに触れながら動揺していた。
ここで赤城さんに相談してもどうにかなるわけではない。
でも、いざという時には頼りになる。それが赤城さんだ。
果たして赤城さんの言葉で提督が思い直してくれるのだろうか?いや、あの提督に限ってそんなことはない。
「大体想像はつくよ。昨日の件でしょ?遠征海域での戦闘騒ぎ」
電がどうしようかと狼狽えていると赤城さんが一言発した。
まぁ、あれだけの騒ぎになって気がつかない人はいないか。
「図星みたいだね。だから第三艦隊は演習に参加しなかった……と。まぁ、怪我人多数ならしょうがないか」
演習……。そうか、今日は各艦隊で合同演習が行われる日だ。
となると、食堂に人っ子一人居ないのにも頷ける。
今頃、他の艦娘は外で振舞われているカレーでも食べているのだろう。
そして、彼女がココで別のご飯を食べているのも予想できる。
それは「皆のご飯を食い潰さない為」と彼女なりの配慮なのだろう。
確かに、赤城さんならやりかねない。いったいこの人の胃袋はどうなって居るのだろうか……?
「赤城さんは参加したのですか?」
「いや、私は第一艦隊所属だから今日は用無しだよ。はっきり言って何もやることが無いと退屈だよ」
第一艦隊……。久しぶりに聞いた名前だ。
この鎮守府での主力部隊だ。
近年は大きな海戦が起こっていない為か、一切出撃すること無く鎮守府で待機している。
となると、今回の演習では第二、第四、第五艦隊の合同演習となるわけだ。
いや、第四艦隊は暁と響が抜けてから人数不足で演習にもらない筈だ。となれば第二、第五艦隊の二艦隊で演習をしているということか。
「まぁ、なんだ?私から言えることとしては……だね……」
赤城さんはゆっくりと立ち上がり、電に向き直って言った。
「あまり気にしすぎるのも良くないと思いますよ? 確かに被害は大きな物だと聞きましたが、こっちでもよくあった事じゃないですか。あの編成で大破2名はまだ良い方ですよ。ましてや、轟沈無しと。これは、貴方の指揮能力の高さを十分証明しています。皆もそれは承知の筈です。それに、敵の艦隊がこの鎮守府を発見してしまう可能性だって十分にありました。貴方はこの鎮守府を守ってくれた……と言っても過言ではありません。苦しい戦況の中で誰一人と沈めること無く帰還出来た事を誇りに思ってください」
赤城さんが私の身を思って言ってくれたのはわかる。だが、この言葉が電の心を深く抉った。
見舞いの花束を持ち、五十鈴の病室の前で途方に暮れる昨日の電の姿を見ても赤城さんは同じことを言うことができるのだろうか。
電はただ、「はいなのです」と答える他無かった。
「よぉし、それなら元気だすぅ!あ、カレーだけど、直ぐに行かないと電の分なくなっちゃうよ?」
赤城さんは笑顔で電の肩を軽く叩き、食堂の出口へと背中を押した。
錨も回収し、赤城さんにこれといった用事が無い電は食堂を出る他なかった。
電が、静かに食堂の扉を開き、出て行ったところで赤城が一言。
「電さん。変わったよなぁ......。もっと昔は無邪気で可愛かったのに......」
8/15 12:20 沖ノ鳥島鎮守府 屋外 噴水広場
カレーの振る舞いが終わり、午後の演習が始まる時間だ。遠くの方から微かに砲撃の爆音が聞こえてくる。
ここで生活したことのない一般人であれば、紛争地域の爆撃音を彷彿させるような爆音だが、私達にとってみれば当たり前の日常だ。
だが、いつもとは打って変わって人っ子一人いないこの噴水広場は私にとっての非日常だ。
この噴水広場は艦娘達の憩いの場であり、鎮守府の中心。各建物へと続く道が広間を囲むように伸びている。
それゆえ、この広場には看板が多い。しかも、その大半が私の身の丈にあっていない。
電は、牛乳を飲んでも伸びないその背丈を、爪先立ちという手法でどうにか補い、看板を見上げていた。
看板に書かれている文字は「病棟」の二文字。
電は、進行方向を確認するかのように道を指差し、小さく頷いていた。
この鎮守府で約5年、生活している電だが、未だに方向感覚を狂わせるこの広間に慣れ切っていない。
それは、他の艦娘も同じようだ。
この広場から見る鎮守府は、規律正しく外観を統一されて建築された建物故に、どの方角も全く同じ景色だ。噴水にも目立った装飾もなく、目印になる物は皆無だ。さらに、円形に広がるこの場所は「自分が一体どの方角を向いているのか」さえよくわからなくなってくる。
その為、この広場には「噴水広場」という名称とは別に「逡巡の広場」とも呼ばれている。
道に迷った艦娘が看板を見ながら進む道を慎重に確認している様が度々うかがえる事からそう呼ばれているらしい。
何度か提督にこの広場の改善を要求した艦娘が居たらしいが、ことごとく断られたようだ。
提督は迷路とか........好きなのかな?
よし、方向はわかった。あとは向かうだけだ。
そうして電が病棟に向かおうとしたその時だった。
ふと右側を見ると、見たことのない"長身の"女性が看板を見ていた。
先ほど見かけなかったのを考えると、向こうの道から来たのだろうか。あの道が何処に繋がっているのかが分からない為、その人が何処から来たのか分からない。
本来なら、別に気にすることは無いことだ。だが、電は妙な違和感に襲われた。
見たことない人の筈だ。だが、確かに何処かで見覚えのある。
そんな気持ち悪い感覚だ。
服装は、ビシッと整えられた黒いスーツに、赤いハイヒール。
赤縁の眼鏡をかけている。身長はかなり高く、180はあるのだろうか?右手は眼鏡に添えられ、左手には黒い皮の鞄。キャリアウーマンという言葉がしっくりくる趣きだ。
そして、かなり長髪なのも電の目に止まった。明るいブラウン色の髪は、腰のあたりまで伸びている。遠目だが、しっかりと手入れされているようで、風で綺麗になびいている。
まるで金剛さんの様な髪だ……。
……金剛さん?
その瞬間、電に電流が走った。まるで、抜けていたピースが埋まった様な感覚。
その女性は看板から目を離し、決めた道を歩いて行った。
その後ろ姿を見て電は確信していた。
あれは金剛さんだ。
鎮守府内で艤装を外す。これは別に変わったことではない。
ただ金剛さんは、頭の飾りを外し、服を着替え、少なくとも私達の前でかけたことのない眼鏡を装備して凛としていた。
電は追うべきか、追わないべきか、迷うことはなかった。
関わってはいけない。
そう電は確信していた。
底知れぬ恐怖を感じたという訳ではなく、金剛さんの用事の邪魔をしてはいけない、という考えから導き出された結果だ。
私が関わる必要無い。
そうして電は、再び向き直って定めた道を歩んでいった。
今のことは、忘れようと電は決め込んだ。
8/15 12:40 沖ノ鳥島鎮守府 病棟3F
電は昨日と同じ病室の前に立った。病室のネームプレートには「五十鈴」の文字がはっきり刻まれてあった。
五十鈴さんは……果たして許してくれるのだろうか……?
あの戦闘に私情が混じっていたことは紛れもない事実だ。
赤城さんの言葉が脳裏をよぎる。
私が……鎮守府を守った……?
誰一人と……沈めることなく?
私は五十鈴さんに一生癒えることのない傷を負わせてしまったのかもしれない。
それを天秤にかけても……釣り合う筈が無い。
一体どんな言葉を五十鈴さんにかけてあげればいいのか……。
電はずっと苦悩していた。昨日も、そして今日も……。