解体命令なのです! ~電と提督と沖ノ鳥島鎮守府の物語~ 作:鎌虚(Kamauro)
「あのっ、提督? ってことは、なんかSF小説みたいに私が作られたってことで良いんですか?」
電の頭の中には、図書館で読んだSF小説のようにガラスの水槽の中でコポコポと造形されて行く自分の姿を想像していた。
「いんや、お前自身は造られたわけでは無い」
「......ん? どゆこと......なのです?」
「お前......そんなオーバーテクノロジがこの世にあるわけ無いだろ。艦娘の製造は、これを作るだけだ」
どう言って提督は電が背負っていた艤装に手を触れる。
「ということは、機械なのは結局その艤装だけなんですか?」
「まぁ、そういうことだ」
「そうなのですか……」
一体どうやって鉄と燃料とボーキサイトで私達を作っているのか、
昔から疑問だったのだが、それなら納得だ。
「で? 他に質問は?」
提督が資料をファイルに詰め込みつつ、電を見る
「あ、いえ、特にないのです!」
「……そうか……とりあえず、お前に伝えなきゃいけない事は、これで以上だ」
「ふぇっ!? ちょっと待つのです提督!まだ、1日目なのです!」
鎮守府の外へと出るためのお勉強会が始まったと思ったその日に、終了してしまった。
どうしてなのか、と電が焦っていると。
「電。俺は教師じゃない。お前が、外に出て変なヘマしないように注意できればそれでいいんだ。それに、1日2日で教え切れるほど世界は狭くない。本当に教え込む事になるんだったら、15年以上もかかるぞ」
「とは言っても……」
「それに、事前情報がゼロってわけでもないだろ? ここの図書館にお前がよく足を運んでるの見るぞ」
この鎮守府には図書館がある。
雑誌や、小説、専門書などと多彩な種類の本が並べられている。
数百冊あるが、全部提督のコレクションというからには驚きだ。
勿論、これも噂の類の一つなのだが……
「提督知ってたんですか……」
「まぁそりゃ、鎮守府の提督やるからには艦娘の事だってあらかた把握しておかなきゃならんからな……とりあえず、情報は現地調達。いつもの任務と同じだと思ってくれていい」
「現地調達って……別に任務でもないのに……」
「大袈裟だと思うか?」
提督が少し声を張って言った。
「俺は、意味もなくお前を解体したりしない。ちゃんと考えて欲しい……」
そうは言われても……と電はうつむき気味にボソボソと呟く。
「さて、お前が下手に外で喰われることのないよう、最後に身につけるのは……これだ」
そういって提督は、ファイルから紙を一枚取り出した。
「なんです?」
「今日から、これがお前自身だ。内容を確認してくれ」
電が提督から紙を受け取り読んでみると、そこには電の知らない人の氏名、年齢、住所、家系などが事細かに書かれていた。
「えっと、この方は?」
「それがお前だ」
しばらくの沈黙……
「えっと……提督? これは一体どういう……?」
「それは、お前が外で生活する為の、個人情報だ」
提督は少しゆっくり、そして大きな声で電に言った。
「個人情報? 何でこんなのが必要なのですか?」
「そりゃ当たり前だろ。外の世界で人間一人握り潰せるような化け物が隣に居たら嫌だろ。だから、お前が艦娘だってバレないように、こうやって人間っぽい身分を作るんだよ」
「ば、化け物って……」
先ほどもサラッと言われていたが、改めて言われると少し傷つく。
だが、提督は続ける。
「お前らに自覚はないと思うが、艦娘を知ってる関係者からしてみればみんな同じ感覚だ。現に、俺より背が低い駆逐艦でさえ1tのコンテナを運び、素手でさえ凄まじいってのに、強化装甲に大穴開ける威力持った武器背負ってるんだ」
電はその言葉にハッとした。
そんな事、今まで考えたことなかった……。
「だからな、俺たち提督ってのは嫌われ仕事なんだよ。お前達艦娘にいつ殺されてもおかしくないって立場だからな。あの日のようにな」
あの日……そうだ。提督に砲塔を向けたあの日……。
「まぁ、電がそう気にする事はない。そんな事はまずないし、お前は優しい」
「そ、そうなのです?」
「あぁ、そうだ。まぁ、前線に出る仕事ってのはいつも嫌われ仕事だからな。提督業が嫌われ業ってのにもそういう理由があるんだと思うけどな……」
ため息混じりにそう言った提督は、資料を納めたファイルを持って教室を出て行こうとした。
だが、電にはまだ一つ。重要な事を聞いていなかった。
「ま、待つのです!」
「ん?なんだ?」
「えっと……私はいつ外に……?」
電が弱々しい声で言うと、すっかり忘れてたとでも言うように提督は相打ちをうち……。
「お前の好きな時でいいぞ」
「ふぇっ⁉︎」
電は予想外だった回答に頓狂な声を上げることしか出来なかった。
「お前だって身の回りの整理とかあるだろ。3週間の猶予は与える。タイミングはお前で決めろ」
そう言い残し、提督は止める間もなく出て行ってしまった。
ただ、1人取り残された電は、提督の言った言葉を頭の中で一つ一つ……整理して……そして。
【プロフィール】
氏名:常盤 日向(ときわ ひなた)
年齢:26
性別:女
◼︎◼︎◼︎
夏の夜は日中と違い、悶々とした熱気を感じることはなくむしろ何処からか吹く風が肌に心地よかった。
しかし、眠らない街ということもあって夜になっても街中のネオンが消えることはなく、無機質で悶々とした光が電達を包み込んでいる。
結局あの後、 神通は那珂を。電は川内をおぶって事務所まで連れて行った。
神通は灰色の事務所の扉を持っている鍵で開け、オレンジ色のオフィスの横長ソファーに那珂を寝かせる。
電の神通と同じように、川内を寝かせ、その隣に座った。
「あの、事務所で本当にいいのですか?家とかそちらの方がいいのでは......」
電は気持ち良さそうに眠る那珂を見ながら神通に問いかけた。
「あぁ、大丈夫。私達、事務所で生活してるようなものだから」
「事務所に住んでるのですか?」
「うん。ここのプロデューサーの小松さんに、お部屋を貸してもらってるのよ。あそこのビルのオーナーも兼ねてるらしいから、事務所に泊まると言うより、お部屋を貸してもらってる......と言った方が近いわね。給料からお部屋代引かれてるし。でも、あの方のお陰で衣食住には困っていないわ」
さっきの女子会で那珂が散々罵倒していた、小松さんと呼ばれるプロデューサー。彼(彼女?)は三人の生活の要となっているようだ。
「なんだかお優しい方なんですね?」
「基本はそうですね。ただ、厳しい時は凄いですけど......」
「そうなのですか。親しく接していて、艦娘だとバレたりとかはしてないのですか?」
「そんな、普通に生活していればバレることなんてまず無いです。でも、数十年間一緒に生活していくとなれば話は別ですけど」
「そうですか.........」
神通と電の間で生まれたどんよりとした空気が、エントランスの静寂と共鳴してより一層深いものへと変貌させる。
電はある種の艦娘特有のコンプレックスに触れてしまったようだ。
常にストレスを抱え込む職種であり、更に晒されるとマズイ隠し事まで引きずっている彼女達にとってはあまり触れられたくない事なのだろうか。
「えっと、あの!今日は色々とありがとうございました!もう夜も遅いので、お暇させていただきます!」
「あ、じゃあ送るよ〜!」
電は秋葉原駅まで神通に送ってもらい、帰りがけに連絡先を交換しあった。また、コンサートのチケット(勿論、最前列)とCDといったおみあげも貰いウキウキとした気分で帰路に立っていた。
CDに握手券は入っていないが、数量限定サイン色紙の抽選券が付いている。無論、電にはあまり意味のない物だが、帰り際に手持ちの筆記用具で記入事項を書き込み、郵便受けに入れてみた。
人生初めての抽選ハガキだが、果たして通るのだろうか......。
◼︎◼︎◼︎
電は飛び起きた。
帰りがけに購入したプラスチック製の目覚まし時計のスイッチを、机からはたき落とす勢いで押し飛ばし、ばっとベットから降りて手を伸ばす。
……しばらく、いつも感じる洋服の感触がない事に奇妙な違和感を感じつつ電は、まだ開ききっていない瞼をどうにかして開ける。
目の前の光景は、越してきてからまだ7日の新居。
白い壁紙、黒いフローリング、可愛らしい小物が並べられている机に、まだ薄暗い外がボンヤリと映る曇り窓。
状況を理解するのに時間がかかった電は、最終的に合点がいった。
「そうだ、私はここに越してきて……」
未だに鎮守府での生活習慣が抜けきっていなかった。
頭では分かっている。だが、5年間ずっと同じサイクルで行動をしていると、嫌でもその動きが体に染み付く。その結果が今の電の行動だった。
時計を見ると、現在4時20分。7時きっかりにセットされた目覚まし時計は、当然のように音を発していなかった。叩き落とした勢いで、プラスチックの時計にヒビが入り、ディスプレイのガラスも含め、中央で分裂するように深い亀裂が入っていた。
いつもなら、手を伸ばした先にはいつもの制服があるのだ。それを取り、肩に掛けて洗面所へ。顔を洗い、その場で羽織り、1日を始める。これがいつもの流れだった。
新しい場所で寝泊りをするようになっても、新天地に来たという感覚はあまり電の中にはなく、全てがまだいつも通り。そんな感覚が電の中にあったのだ。
まだ外は暗いのだが、もう眠くはないし、二度寝が出来る自信はない。
「朝食でも……作るのです」
気が付いた時には、朝食が机の上に並んであった。
本日の献立は簡素なもので、焼きトーストの上にスクランブルエッグを乗せたものだ。
外はだんだんと明るくなり、雀の声が耳に入る時刻となってきた。
朝のテレビ番組は、もちろんニュースのみ。
電はボーッと画面を見つめ、トーストを噛み締めていた。
「埼玉県から出馬の新人、伊沢 澄子議員が初当選を果たし……」
電には到底理解することのできない内容ばかりだった。
毎朝、ヒロミお姉さんから譲ってもらう新聞にも、今テレビに映っているようなことしか書かれていないようで、一面を見た電は直ぐに新聞をテーブルの隅に置いてしまった。
新聞の隅には、9月2日と印字されてあった。
ボーッとしながら、電は思考を巡らせる……
記憶が正しければ、今日で7日目となる。
勿論、鎮守府を出て……だ。
たった7日なのか……
引っ越して、入居して、川内型のみんなと会って……
それだけなのに、妙に長く感じていた。
何をすれば良いのか、一体何をすべきなのか。
電には、まだそれが全くもって検討がつかないのだ。
この解体の意味は一体なんなのだろう……。
正直言って、艦娘を鎮守府の外に出すなんて無駄だ。
いくら、沖ノ島海域が完全制圧されてるからと言って深海棲艦が鎮守府を襲わないとは限らない。
……でも、提督だってそれは分かってる筈だ。
なのになんで……。
『意味もなくお前を解体したりしない』
あの言葉が、ずっと頭の中で反響している。
一体、何故……。
……どれくらい時間が経ったのだろうか。
時間は目まぐるしく過ぎ去り、すっかりと辺りは明るくなり、太陽が空高く登っていった。
ボーッとテレビを見ていると、あまり聞きなれない機械音、インターホンと呼ばれる物が鳴る。どうやら誰か来たらしい。
電は玄関に向かう廊下を素足でペタペタと歩き、ドアにチェーンを掛けて扉を開ける。
「どちら様なのです?」
「あ、常盤さん?」
チェーンの向こうでは、この荘の大家。ヒロミお姉さんが開いた扉の隙間から電を覗いていた。
「あれっ、岡田さん?どうかしたのですか?」
何か入居に関して手違いがあったのだろうか?
「ちょっと一緒に来てくれる?」
そんな心配を他所に、ヒロミお姉さんはにこやかに声を掛けてきた。
いったいどうしたのだろう……。
◼︎◼︎◼
「遠征海域に敵艦隊……か……」
月明かりが執務室を照らす夜。執務机には大量の資料と海図、その海図の上には色の付いたマグネットが置かれていた。
「沖ノ島の生き残りでも居るのか……?いや……沖ノ島は二代目が完全に攻略した筈だから……東部オリョールか?」
フィリピンの島々に青いマグネットが置かれた
「いや、だが……」
敵艦隊が来たのは北マリアナ諸島の方角だ。ちょうどフィリピンの反対側……。
しかも、別海域の深海棲艦が移動を始めるなんて聞いたことがない。
「沖ノ島の生き残りにしては、艦隊が大規模だな……」
沖ノ鳥島の脇、北マリアナ諸島に赤いマグネットが置かれた。
「結局、事の真相を知るのはあのヒゲデブだけかよ……」
沖ノ島勢力に生き残りが居るのか否かは元ウラジオストク鎮守府提督のあの男が知るのみだ。
ロシア本国も何か知ってておかしくはなさそうだが、聞いて教えてくれるわけがない。
「離れた国の問題ならまだいいんだが、御近所の話となるとな……」
東京湾に置かれている黄色いマグネットが月の光を反射して輝いていた。
提督はマグネットが3つ置かれた地図を眺め……考える。
静寂……だが、それを破るように執務室の扉が二度ノックされた。
「提督〜?」
金剛の声が、扉の前から聞こえた。
提督は反射的に海図を机の引き出しにしまい込み「空いてるぞ」と金剛に声をかけた。
執務室に入ってきた金剛は、茶封筒を執務机に置いて言った
「資料庫から持って来ました。2000年からこの付近で行われた交戦の記録資料デス」
「ありがとう金剛。今日はもう大丈夫だぞ」
提督は封筒から取り出した資料を片手に、軽く金剛をあしらうように言った。
だが、金剛は提督の側を離れようとしなかった
「提督?」
「なんだ?」
「あの事……調べるんですか?」
「あぁ、そうだ」
あっけなく応えた提督を見た金剛は、しばらく何かを言おうとしていたのか、そのまま黙り込んでしまった。
そんな金剛に提督は見向きもせず、貰った資料に目を通す。
「……第三艦隊はどうするのですか? 電さんが居なくなってから、旗艦不在で機能してないのデス」
「あぁ、旗艦は第四の暁でいいだろ。彼奴も十分経験を積んでる筈だし、問題ない」
「暁ちゃんですか?でもあの子は……」
電が消えてから塞ぎ込んでる。そんなこと百も承知だ。
「第三は機動力が命だ。機動性に長けた駆逐艦といったら、この鎮守府には暁しかいないだろ」
「それはそうですけど……ロシアから来た新しい娘とかはどうです?」
名案でしょと言わんばかりに金剛は提督に一つ提案をするが、
「あぁ、あれはダメだ。横須賀からの要請で、本土に送ることになってる」
「横須賀からデスカ?」
「もう、こっちに艦娘は不要だ……っていうのが本営の方針だ。それに、今の最前線は地中海だよ。多分、横須賀経由でヨーロッパの方にでも飛ばされるんだろうな……。ったく、ちょっとはおこぼれもらったっていいじゃないかよ……」
「でも、どうして横須賀がそんな事を……?」
金剛が独り言の様に呟くと、提督は溜め息をついて資料を手元に置く。
「あのなぁ、秘書艦だったら知っておいてくれないと困るぞ。日本の鎮守府を管理統括してるのは横須賀だ。艦娘が戦線に居ないなんて事態を避ける為に艦娘の数を調整してるんだ。資材の分配だってそこで行ってる。だから、艦娘が絡んでくる話には基本的に横須賀が関わるのが普通だ。
蛇足かもしれんが、横須賀の現提督は山本 忠一。俺と同じ学科卒業の知り合いだよ」
「知り合いなんですか⁉︎」
「知り合いっていっても、向こうが俺の事覚えてるとは限らんな……。何度か話したことがあるが、アタマがキレる奴だよ。今となっちゃあ大本営直属の大鎮守府提督だからなぁ……」
なにか懐かしむように提督は空虚を見上げて、呟いた。
「そうなのですか……」
「さて、金剛。これを暁に渡してきてくれ」
提督の手には、暁の異動に関して書かれた書類があった。
金剛はそれを受け取り、「わかったのデース!」と軽く会釈。
「あ、あとこの間のメシ代。給料から引いとくぞ」
「わかったn……へっ⁉︎」
こうしてツケはチャラになった。