あなたは朽ちた老木を見下ろした。
青天井にその身を浮かばせ、かつて神々しさを放っていた生命樹は
今や見る影もない。その巨体を燃え上がらせ、幹には風穴を開けられ
枝葉は焼け焦げ落ち、死に体といった風貌を醸し出している。
周囲には焦熱地獄を思わせる 焼け焦げた 半身が消失した
心臓に枝が刺さった あるいは血みどろな魔女たちの死屍累々の姿と
どす黒い濃淡な霧が立ち込めているだけであった。
魔女達は生命樹の様子を知り、満足した、気抜けたような顔を見せると
一人 また一人と力尽きたように地に、否、海面に伏せ
―――ボチャン。
自身の役目は終わったのだと、天海へその身を預けるが如く
深く深く 身体を沈ませていく。
やがて海面上へ到達すると、魔女達を中心に六つ 大渦が発生した。
大渦は魔女達を呑みこみ、環状に激しく回転させた。
渦は錐揉み状に螺旋を描き 運動エネルギーをそのままに
全員 散り散りの方向へ放たれていく。
――― 一人は輝光の祝福降り頻る、ある聖山の頂へ
――― 一人は世界交易の中継地にて、レストランを営む兄妹の元へ
――― 一人はかつての軍事国家、歴史から消し去られた廃城へ
――― 一人は未だ大地を振動させ、噴煙漂う灼熱の焔山。そのふもとへ
――― 一人は氷雪降り止まぬ、凍てついた地のとある集落へ
――― 一人は闇夜に閉ざされた、秘匿されたかの地へ
現世の獄のような有様だった場所は
今や静寂のみが辺りを包んでいる...。
魔女達がその場を去った数刻の後、突如生命樹が輝き始めた。
全身を小刻みに揺らし、自身が纏う何かを振り払おうとしている。
───かつて若々しい枝葉が生えていた箇所から大量の輝き、ミトラがなみなみと溢れ出てくる。
青空に輝く星々の美しさにあなたは ほう、と息を吐いた。
海中に溢れたミトラはやがて、一本の光の奔流と化した。
───今や焦げ黒ずみ、やつれた髭根に
未だ輝きを失わぬ沢山の"奇跡"が生き残っていた。
迸る閃光は"奇跡"達とあなた諸共を暖かく包み込んでいく。
"光"と"奇跡"達は互いに絡み合い、縺れ、混ざり合いながら
やがて"子龍"を形作っていく。
儚き老木は自身のミトラを絞り出し終えると
己の最期を知り 小金色の粉となって海へ溶けゆく。
あなたは光の奔流の中、視界の端に誰かの後ろ姿を捉えた。
紅の衣。
焔雲を辺りに漂わせている。
鈴の音が鳴る。
獣の耳。
懐に携えたレイピア。
首筋に見える逆鱗。
あなたはその誰かに手を伸ばす。藻掻く。
"行かせてはいけない"
本能が警鐘を鳴らしている。
...?自分の身体が大きく、重く感じる。
あなたは水面に移る 自分の顔であろう部分を見て驚愕した。
───大きく裂けたような口内からは巨大な、鋭利な牙が見え
頭頂部には太く、捻れた 闘牛の如き角が生えていた
己の手足をじっと観察した。
あなたはまた、驚きのあまり硬直する。
───鋼鉄さえも斬り裂いてしまいそうな
人間の手足には不相応な剛爪が備わり
腕脚周りには強靭な鱗が張り付いていた。
ふと視点をずらし、水面に写る自身の背を捉えた。
───多彩な色を放つ、巨大な四翼が生えている...。
翼はあなたの思考に相反し、力強くはためかせ
あなたの身を軽々と浮かび上がらせていた。
あなたの背後から 沢山の 数え切れない程の量の子龍が
宙の飛び方を親鳥に教わる雛のように追従してくる。
奔流の先に 深淵の入口のような、ブラックホールか何かか。
全てを飲み込んで消し去りそうな"黒"があった。
あなたの意識は更に勢いづいた光の奔流にのまれ
奔流の先、暗澹たる領域へ近付いていく。
瞬間、あなたの意識は途絶えた。
プロローグなので短め