巡光   作:イルセニア

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玉子焼きはマヨネーズとチーズを加えて作ると美味いですよ。
お母さんが言ってました。


第1話 本

汝…羽衣をはためかせ 静かにその ...去る かの魔"... ... "は ... ...

〜 ... ... よりも遥かに ... な ... "生命樹"に.....語...掛け.............」

 

七限目終了のチャイムが鳴り響いた。かの特進科サマのエリートチャイムだ。室内の暖房が共鳴するかのように唸る。図書館の静けさも相まって、双方やけに騒がしく聞こえる。男子学徒は椅子にもたれかかり、額に被せた小説の一節を読み上げている。非常に眠たげで気だるげそうに。そのうち椅子から崩れ落ちると、床に突っ伏して2度寝を敢行した。天窓から朗らかな陽光が射し込み、男子学徒を包み込む。

...暖かい。

世界が暗転する。

 

「...」

 

「zzz...」

 

「はぁ...っもぉ〜.....なんで寝るかな...」

 

「グォッ...」

 

「お!き!ろぉぉぉぉぉッ!!!フンッ!」

「あだゃぁぁぁあ!!!」

 

図書室中に鈍く重い殴打音に、悲痛な叫び声。

ばさ、ばさ。机上に重ねた本が 衝撃により床に崩れる。

 

声の主である男子学徒───辰帋 信 (たつがみ まこと)は

後頭部と鼻先を痛そうにさすり涙を流している。

やがてフラフラと身体を揺らしながら机に伏してしまう。

 

一方、自身の掌をハンカチで拭いながら溜め息をつくのは

小柄な女子学徒───古賀 美咲(こが みさき)である。

 

「なぁ〜...にも暴力に走らなくてもさぁ〜〜〜...いちちち...」

「あんたが聞きたいって言ったんでしょうが!ほら、セーター伸びるよ」

 

はぁっ、とまた溜め息をつく美咲は、その小さい背を更に屈めて

床に落ちた本を回収し始める。拍子に埃が舞い、咳き込む。

 

さながら殻に籠った亀のように、学校指定のセーターに縮こまっていた信は、その細身の身体を伸ばした。身体の節々が痛い。変な体勢で寝ていたのが祟ってしまったか。

 

美咲が立ち上がると 目の前に、信が持つ深海のような蒼髪と、寝癖を見た。アホ毛のようにも見えるそれは彼に合わせてぴょこぴょこと跳ねており、それがとても可愛らしく思えて……。

 

「けほっけほっ」

「デコピンで人の頭ぶっ飛ぶかよ普通...怖ぇ痛ぇ...」

 

 

「……!ほ、ほらっ、これ!後は自分で読むことね」

 

美咲はいつの間にか寝癖を凝視していた。

照れ隠しか気恥しさか、美咲は辞書のようにぶ厚い本を叩き付けるかのように信に手渡した。

 

「いてっ、もー」

 

表紙には太いフォントで"第1章 生命樹"とだけ書かれている。

信は本をくたびれた鞄───小学生から使っているもの───に入れる。

 

「まこちゃんが本だなんて。よっと」

 

美咲がピンク色のリュックを背負う。ぶら下げた熊のぬいぐるみやらパンダのぬいぐるみやらが揺れる。可愛いもの好きの美咲は方々から愛らしいアイテムを買い集めては自身のリュックに結びつけている。

 

「いやぁ助かるよ。この本、使い慣れない言葉が沢山書いてあって読み解き辛いのなんのって。こんなに言語が被ってると、いちいち翻訳アプリ使うのも億劫でさ」

 

古賀美咲は信の幼なじみで同級生であると共に、彼らの通う高等学校、その生徒会を束ねる生徒会委員長だ。天性の現場指揮能力、年不相応に冴えきったレーザーの如き思考回路に、常にポジティブシンキングな明るい彼女が人望を集めるのは道理だった。

 

今日は幼なじみの信に頼まれて、彼の言う本の翻訳を担当して、分からない部分を読み聞かせていた。思い返せば、なるほど確かに古文書か歴史書の類にも見える。

 

何せこの本には多種多様な言語が用いられている。

マルチリンガルな多言語話者の彼女か、高性能な翻訳機器でも無い限り、読み解くのは相当に難しそうだ。

 

「珍しいこともあるものだわ。夢の話、だっけ」

「ああ」

 

信は未だ痛む鼻先をさすりながら答える。

 

「ゴールデンおやすみタイム中に夢見たんだよ。

すんっごいでっかい大樹を 可憐な美女たちが囲っててさ」

「馬鹿馬鹿し...私に感謝のひとつも無いし...しかも信が寝ぼけてるから第1章の1部までしか翻訳してないのに……」

「あっ、それもごめんって!本当にありがと!」

「そもそもゴールデンおやすみタイムって、授業中よ授業中!授業中に寝ちゃダメでしょ!この前のテストもヤバかったんじゃないの!」

 

ぷんすか。リスの頬袋かと見間違うほどに 自分の頬を膨らめ叱咤する彼女の様は 言わずもがな愛らしい小動物である。

 

「ふふん!オール70点さッ!」「平凡〜〜〜」

「平凡が一番よっ!」「もっと頑張れば上位目指せるのに」

「だって、だるい!サボりは正義よ」「気構えだけは海軍大将よね、あんた」

 

「やっぱりさ〜...」「まことは...」

 

...そんな他愛もない会話は止まることを知らなかった。

 

キーン...コーン...カーン...コーン...

 

鐘の音と共に、ガララと音を出して図書室の戸が開く。

 

「あれっ、まだ居たんですか?そろそろ閉めますよ。

ほら、5時になっちゃうので。」

 

入ってきたのは図書委員の子だ。5時の鐘とともに防犯のため、彼女は図書室を施錠する決まりになっている。

艷めく黒髪をなびかせて委員の子は室内のカーテンを閉めていく。

 

「そーだ!やっばい!5時!?

塾!塾じゃん!あたし塾あるんだった!

じゃ!これにて失礼どろん!!!」

 

「古賀家の御令嬢様はお忙しいですなぁ」

「ばいばい!」

「おう!」

 

美咲は図書室の戸を勢いよく開けると そのまま去っていった。茶髪信は一抹の寂しさを覚えたが、引き止める気にはなれなかった。

彼女は多忙極まる身なのだ。由緒正しき家に生まれた彼女は

その家柄、強く逞しさ溢れる人間に成長しなければならない。生徒会や塾もその一環にあたる。

 

これ以上迷惑をかける訳にはいかないな、と独り言を呟く。

 

「ふぅ、俺もそろそろ帰るか。おーい君、この本一緒に探してくれてありがとね。助かったよ。じゃあねー」

 

信は鞄を背負い本を高く掲げる。

閉じたカーテンの隙間から、夕陽の光が

図書委員の黒髪に差し込んで、反射する。

 

「いえ、いえ」

 

「本のことならいつでも 任せてください」

 

 

 

 

 

「汚ぇ海」

信は1人、真緑に澱む海を見渡して悪態を吐いた。

海とは反対の方向を見た。工場群が機械油を垂れ流している。

信は思わずげんなりとした。

 

焔暦2215年。海に囲われた島国である日ノ国<ヒノクニ>

内では各地で内紛や暴力が渦巻いていた。

 

"地獄"。この国を一言で表すならば"地獄"が最も相応しい。

"天国"。この国を一言で表すならば"天国"が最も相応しい。

 

日ノ国の世は大まかに二つへ分類されている。

 

片方は貧民層、最低労働階級、カースト下位の者たちから成る

 

「暗ノ国<クラヤミのクニ>」

 

貧困によって餓え、かつての友の死体を貪る孤児達。

 

廃棄油の詰まったタンクを"飲水"として奪い合う大人達。

 

終わらぬ戦に心昂らせ、大笑いしながら

全て関係なく切り裂く者。

 

終わらぬ戦に疲れ果て、ただ泣き叫んで無意味に死んでいく者。

 

片方は富裕層、日ノ国の重要人物などから成るグループ

 

「輝ノ国<カガヤキのクニ>」

 

何一つ不自由なく、只管に肥える子供達。

高価な装飾を身に纏い、毎夜舞踏会を開く豪商達。

戦争特需によって懐を潤し

更に更にと銃火器を売る商人達。

そんな戦乱の世を高みから眺め

争う者たちをつまみに酒を飲み、嘲笑う者達。

 

暗ノ国、輝ノ国の住民を問わず、彼らは明日を見ず、彼らの表情は歪み、彼らの手は血に濡れている。実にふざけた世界。

 

 

 

 

そんな乱世に辰帋 信は何不自由なく這い出た。

辰帋家99代目の母、辰帋 心 と 父、 辰帋 神二の間に生まれた。

唯一の男児。そして唯一の辰帋本家の後継者として。

 

この男の人生を語る上で特筆される三言

"単純さ" "怠惰" "気楽"

が、信という男を形作るのに十分な要素であった。

持ち合わせた単純さで、過去現在1度も不幸を感じることなく

もっとも怠惰らしく異性に全てを捧げて

気楽な彼はこの地獄のような世界を楽観視していた。

全ては己に関係がないとでも言うような振る舞いで。

 

彼は成長していく度に 世に疑問を持つようになる。

輝ノ国出身である信だが 父方の実家は暗ノ街にある。

輝ノ国 暗ノ国 生まれながらその両面を見てきた彼にとって。

また、恵まれた彼にとって格差とは謎そのものであり、理解し難い事実であった。なぜ皆平等に豊かでないのか?

 

幼少期から弄れた考え方しか出来ない彼はいつしか

何も考えず、ひたすら己の恵まれた環境に甘んずることにした。

 

 

 

 

 

鞄に付けた龍のキーホルダーが振動で震える。

信は夢で見た大樹を思い浮かべながら帰路についていた。

 

「(あんなお告げみたいな夢見ちゃあ、ちょっとは本気にするってもんよな。それにしても、えらい美人づくしだったなぁ~…よりどりみどりのお姉さん方…へへ…)」

 

自転車がギシっ ギシっ と軋む。大枚を叩いて自腹購入した最新式電動アシスト自転車。三年も使い潰し、ロクにメンテナンスもしていない車体は悲鳴をあげ続ける。

 

「(くぁ~っ……昨夜はさみくてよく眠れないな……夢、いやお告げも毎晩のように聞こえてくるしさ…)」

 

両腕を中空に伸ばし大きく欠伸をする。口から吐いた熱がふわふわと空中に漂うと、向かい風によって後方に流されていく。すっかり冬だ。信は季節の変わり目を感じていた。

 

道すがら、ふと視界の端に顔馴染みを捉えた。

掲示板に貼られたポスターを熱心に見つめる彼女...いや彼に

向かって手を振る。

 

「お~い、ゆーりやーい」

「ん~?」

 

片手で運転しながらブレーキをかけ、その華奢な身体の横に停車させる。

 

「あっ のぶくん。さっきぶりだね」

 

はにかみ手を振り返す―――翠宮 悠里(すいみや ゆうり)は

信の一年年下の後輩にあたる女性……いや男性……である。

 

「のぶくんじゃね~よ。まことだよ!マ、コ、ト!」

 

ふふっ、とまたはにかむ翠宮。右耳のたぶ付けている星に象られた煌びやかなピアスが揺らぐ。悠里は星状硝子体症と呼ばれる持病を持っている。目に青々と灯る光芒のような線があるのだ。幼女アニメさながら、まるで夜空に瞬く星々をその目に宿したようにも見えた。

 

二年男子学徒の間では、彼の美眼に見惚れると同時に はにかむ これまた美顔にときめき"恋"の被害者が後を絶たない。

 

「あっは、また間違えちゃった〜ごめんごめん」

べっと舌先を出し、目元に指でピースを作る悠里。

 

「何見てたの?ポスター?」

「うん、吹奏楽部のコンサート、ほら」

 

見ると、信と悠里が通う高校の吹奏楽部による

市民会館コンサートが行われるというお触れだった。

 

ああ、と信は頷いた。

母子家庭のため悠里自身は部活に入らず、母が営む服飾店にて業務の手伝いを行っている。

音楽や楽器の扱いは幼少から慣れていて、心得があると言うことを聞いていた。

 

このポスターを眺めていたのも、心に潜む

所謂"音楽厨"の部分が触れてしまったんだろうなと考える。

思考の折、視界外から音楽厨の顔が生えてくる。

 

「それでまーくん、どうしたの?いつもなら最短最速で帰宅しちゃうまーくんが やげん終わったあとに帰るなんて珍しいね?」

 

やげんとは、信達が通う教治高等学校 その中で使われる略称、いわゆる8限目 である。教治学生の間では言葉を端折った表現がよく好まれる。

 

とりあえず、一緒に帰るか?と信が尋ねると

うん!という元気な声が帰ってくる。

悠里は背が小さく、伴って歩幅も小さい。

信はいつも通りに 悠里に歩幅を合わせる。

2人の背を、冬風が優しく包む。

 

「おう、この本読んでたらちょっとな」

時間がかかっちまって と続け表紙を一枚開き見せる。

 

ぽかんと頭上に疑問符を浮かべた悠里が言う。

 

「……本?えっ、嘘、本!?」

 

あのまーくんが!?と悠里は続けた。

その顔には驚愕とも悲哀とも取れる表情を浮かべていた。

 

「そんな驚かなくてもさぁ」

「だって……まーくんが本?うえぇ?イメージに合わないよ!」

「何がイメージじゃ!俺だって本ぐらい読むさ!」

 

輝ノ街の住民である彼らは、幼馴染同士であった。

実家も隣同士と近く、親友と呼べるに相応しい組み合わせ。

 

信は本を1度たたみ、悠里に手渡した。

 

「"第1章 生命樹"……?」

 

「フシギだろ、それ。俺の夢の中に全く同じ内容が書いてあってさ。読み進めてく内に夢中になっちゃって」

 

「へー」

 

興味があるのか無いのか。どちらとも取れない返答が聞こえる。

 

「で」

 

悠里が続けて言う。特に何も含みを持たず、本人自身も

何気なく気が付いたから。という体のように。

 

「そんな本どこから見つけたの……?貰ったりでもしたの?」

 

 

 

信は緩慢に歩みを遅めて、遂にはその場に止まった。

 

 

「あっ、わかった。あの子でしょ。図書委員の黒髪の美人な子。まーくんのことだから、口説いたりして探させたんでしょ?」

 

知らない。

 

悠里は止まった信に気付かずに

本を持ってスタスタと歩いていく。

 

知らない。信の知る限り図書委員に黒髪の女性はいない。

 

確か図書委員の子は 外人である親から遺伝した白髪の子。

それも1人だけのはずだ。記憶のどこを探しても図書委員で尚且つ黒髪の子は居ない。居ないのだ。

 

ドクン、ドクン、ドクン。自分の鼓動が大きく唸る。

 

信の脳内が突如としてグルグルと思考を始めた。

授業中。記憶。教室。チャイム。本。図書館。本。本。

 

「でも図書室にこんな本あったっけ?

……うわっなにこれ!第1章1部のところから全部白紙だよ!?」

 

 

 

 

 

俺は いつどこで この本を手に入れたんだ?

あの子は 誰?




誰だよ
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