はいはい転生n回目だよもう飽きたなこの流れ。
いやまあ3桁年も生まれて死んで生まれてを繰り返してりゃ飽きるのは当然なんだけども。
今回は久々に短いスパンでの転生で懐かしさすら感じる。スパスパ死にすぎだな、俺。
なんか日本にいる時の方が長生きできてないか? これ。もうずっと日本がいいんだが。
そういや日本で生まれたのが10年くらい前で、確かその前も大体10年くらい前。
その間に別の場所で生まれてたりもする。そこで数年くらいは生きれるから多くても2、3回しか転生しないはず、なんだが、今回はこの時点でもう6回くらい転生している。
1回目は生後3日で腹が痛くなって死亡。
2回目は群れの中に入ってだいたい8日間くらいで転んで足折れて死亡。
3回目は確か片目が見えなくて処分されて、4回目に育児放棄されてつけられた乳母との相性も悪くて衰弱死、だったか。
5回目と6回目はどっちも1年くらいは生きられたけどなんか病気になったみたいで安楽死させられたんだよなあ。
で、今回が7回目。
場所はおそらくアメリカ、かな?
牧場に星条旗らしきものがはためいてるし。
何より施設になんとなく見覚えがある。
何年前の何回目の転生かは忘れたが、似たような場所で生まれた記憶もあるんだよなあ。
そん時は謎に気性荒い馬と訓練中に衝突事故起こしてまとめてさよなら、になったんだっけ。
もう記憶が曖昧だけどそんな感じ。
7回目の正直、いや何百回とプラス7回目の正直で今度こそ長生きしたいもんだぜ。
そんなこと言ってるとフラグが── と思ったりもするが、実は今回、なんとなく長生きしそうな気がしている。
は? お前いつも同じこと言うんじゃん、って?
まあ確かにいつも「今度こそ!」って言ってるが今回はマジ。
と言うのも今回の俺、毛色がちょっと白っぽい。
完全な白じゃなくて茶灰色、って言うのか、生まれた時は茶色みが強かった気がするんだが、生後半年たった今は灰色に移行しつつある。
この毛色は前にもなった事があるのだ。
どういう原理かは知らないが、馬には年齢が上がるにつれ毛色が変わっていく個体がいるらしい。
それが今回の俺。
母馬も少しだけ濃い灰色の毛をしていたのでそこからの遺伝なのだろう。
実はこの色、生存戦略に役立つのでは? と思っている。
日本にいた頃、同じ厩舎の特にでかいレースを勝ってるわけでもないグレーの毛色をした馬が『誘導馬』として貰われていった事がある。
誘導馬というのは、レースに出走する馬をエスコートする、名前の通りの誘導担当を行う馬のこと。
見栄えの問題なのか、それとももっと別の練られた考えがあるのかわからないけど、毛色が明るいブラウンかグレーの馬が好まれるようだ。
しかも性格もおとなしいとなおよし、とのこと。
思い返せば海外で転々としていた時もレース場に似たような馬たちがいた気がする。
いやあまったくもって盲点だった。
その手があったか、と膝を叩いたよな。
まあ叩ける腕とか今は持ってないが。
そういうわけで、今まで種牡馬入りしての長生きを目指すことにした俺は方針を転換。
走れそうにない身体なら無理せず誘導馬ルートを模索することにした!
幸い今回の身体はそこそこ強そうなので一応種牡馬になるルートは目指していこうと思うんだが。
まあ死に物狂いで走ったりはせずほどほどにやっていくことにする。
何百年も続いた転生に希望の光が見えたことで、俺はらしくもなくちょっと愛想良くしてしまった。
……これがダメだったんかなあ。
「ブルルッ……ぶるブヒーん……!」
細かく、でも劈くような嘶きがあたりに満ちる。
ここはどっかの道。……まあ大抵のものはどっかの道だが。
お世辞にも綺麗に舗装されている、とは言えないがまあまあ及第点な道の半ばで俺は空を見上げていた。
黄色みがかかったこの視界では綺麗かどうかもわからんし、晴れか曇りかもわからないが、少なくとも雨は降っていなかった。
ただ、気を抜けばすぐさま次の転生先へとぶっ飛びそうになる意識をなんとか留めつつ、俺は愚策を嘆く。
まさかまたしてもデビューできないとは……いやそれにしても仕方ねえんだけどな。
だって誰も思わないって ── 事故に遭うとか。
そう、俺は事故に遭っている。
……事故だよな? 集団処分するためのアレとかじゃない限り事故だ。
うん、運転手も居たしな、人間ごと処分とかメリットないし、単なる事故だなこれ、うん。
事の起こりは今朝まで遡るが、大丈夫、長い話じゃないし残念な話題でもない。
いや死ぬから残念か。残念な話だったわ謹んで訂正する。
で、その残念な話に繋がる前説みたいなもんで。
俺が事故に遭ったのは、馬としてはごく当たり前の『移動』中のことだ。
この移動の数時間前まで俺はたくさんの人間に囲まれていた。
別にレースで大勝利をキメたとかじゃない。
セレクションセール……俺の聞き間違いじゃなければそんな感じの名前で呼ばれていた、馬の売買会場にいた。
生まれてだいたい1年ぐらいしてからのことだったかな、多分。
他の馬たちと一緒に見せ物のように、いや実際見せ物なんだけど、競馬関係者と思わしき人らに囲まれてどんどんと値札がつけられていった。
俺についた値札がいくらだったかは知らん。値段なんてものより大事なモンがあるからな。
高額だからって老衰で死ねる保証ではないわけで。それよりようやくデビューまで漕ぎ着けそうで安心した。
何百回何千回と馬をやってデビューせずに生きながらえた実績がないもんで。
デビューしても老衰までいった試しもないんだけどな!!
それはまあ置いといて。
俺は俺と同じオーナーに買われたと思わしき馬たちと輸送トラックに詰められ、行き先は知らんがこれまでの経験で言うと生まれ牧場に戻る最中だった。
輸送トラックの中にいた馬たちはどいつもこいつもやかましかったが、その中でとりわけうるさい馬がいた。
ちょっとくたびれた感じの毛色と相貌をしたその馬は、他の馬と比べても走りそうにない雰囲気だった。
周りにいるのが毛色も鮮やかで艶のある馬たちだからなのか、いや、牧場にいた頃からくたびれた感じのやつではあったか。
その馬と俺には浅からぬ縁がある、と書くと大袈裟だけど、なんてことはない。
生まれた牧場で隣同士の部屋に住んでるだけの顔見知りだ。
乳離れが済んだ後の集団生活でも同じグループに振られ、何かと視界に入る存在だったわけだけど。
この馬、結構おかしい。
や、頭の話じゃなくて、俺の目を通した時の話な。
とんでもねえ失礼フレーズに聞こえたかもしれないけども。
先にも言ったけど、その馬はパッと見では走るのもやっとな見た目に見えた。
もっと口さがなく言うと馬体も顔も不恰好なやつで、おまけに常時バーサーカーモードと言わんばかりに性格がキツい。
そんなんだからスタッフからは煙たがられ、他の馬より雑に扱われているようにすら思えた。
過去に適当な扱いをされている馬も人もいくつも見てきたが、この馬に向けられるその無慈悲な扱いのなんとむごいことか。
……まるで助かる見込みがないからと、無感情にベッドに置き去りにされた幼い子供のようで、それが見ていられなかった。
そこまで嫌なら別のやつと変わればいいのに、と思わず嘶いてしまうくらいだ。
これが2、3回前の転生だったら俺には関係ないとスルーできたんだろうが、生憎、この時の俺は誘導馬ルートを発見して気が緩んでいたため、そいつがスタッフに不当に扱われている時や、病気になって悶えてた時についつい助けてしまった。
終わらない転生を繰り返してる俺に同情されること自体『可哀想』なのかもしれないし、俺が助けなくたってその馬には何の影響もないはずだ。
だってその馬は相手馬を見極める俺のウルトラスーパーデラックスすごすごアイによると大成することが決まっている。
馬体はすっげえ貧相だし、顔もすっごいやつれてるし、なんというか全体的に不幸そうではあるんだけど。
シンザンやタケホープ、シンボリルドルフらにも見たあのとんでもないオーラを放っていたんだから、俺が出した手なんか何の意味もなかったに違いない。
でもやりたかったし、やったって損はねえと思ったんだよな。
だってさあ良く考えてみろって。
気に入らねえからって見捨ててくるような奴の標的に自分がならない、なんて保証、どこにもないだろ?
ここで助けてやった恩を感じて俺の番になった時に助けてくれるかもしれないし。
レースが被ったらお情けで1着を譲ってくれたりするかもしれない。希望は捨てたらいかんでしょ。
といった具合に打算含みつつ過ごして数ヶ月が経ち、俺とそいつは同じオーナーに買われることになったわけ。
まるでタケホープんときみたいだなあ、と思う。俺が後から追加されたパターンだけど同じオーナーだったからな。
タッちゃんはダービーまで連れてってくれたわけだがこの馬はどこまでいくんだろうか?
わからんけど、大成はするんだろうなあ。俺のすごすごアイはそうだと言ってるし。
この馬が活躍して金を稼いできてくれてる間は俺も無理せずマイペースに走っても許されそう、なんて思いながら輸送トラック内で揺れてたら
いい加減にデビューさせろ!
最後の実践経験が10年くらい前の日本になっちゃう……!!
「ブルルン……ッ!! ブルルーーんッ!!」
あーもう
大丈夫かっていや無理だから流石に。
即死してないだけすごいっていうかむしろ即死させてほしかったレベルだわ。
周りの馬は── まあ即死よな。
むしろなんで俺とお前がまだ生きてるのか不思議なくらいだぞ?
お前も全然無事って風貌じゃないしな。身体大丈夫? なんかガラス刺さってね?
俺は、って俺の方がやべーか。
意識半分くらい次の転生先に突っ込んでるようなもんだしな。
さっきまでの回想多分走馬灯だし。間違いねえや自覚したら一気に痛み来た。
これまで骨折とかで激痛数時間放置とかあるある体験だったけどもこれもキチーよ。
炙り焼きにされた時もまあまあキツかったけどあっちは煙吸いすぎたことで意識の方が先に飛んだからセーフ。
それにしてもこれ、俺、今どうなってるんだろ。
トラックの下敷きなのは確かなんだけど、奇跡的に前脚と頭部は潰されていない。
後脚の感覚がないからそっちが潰れてて、多分出血中、かも。下手したら腹か? 何かが刺さってるかもしれない。
じゃあそんな長くないな。出血多量で死ぬってところだろう。
仮に生き延びても傷口からの感染症とかで終わりそうだし。
死にすぎて自分の死にパターン考えられるようになった皮肉すぎる〜〜!
さっきから嘶きまくってうるさいあいつは、身体こそボロッボロで切り傷まみれのガラス刺さりまくりの擦り傷ありまくりって風体だけど、足は4本ともしっかり地面に突き刺さってるしなんとかなるんだろうな。
まあ俺の目から見て絶対大成する馬なんだからこんな道半ば、文字通りの道の半ばなんかで死んだりはしない。
運転手が生きてれば連絡があってすぐ駆けつけてくれるかもしれん……いやそれにしては運転手の声すら聞こえなかったしこれ、運転手自体になんかあったパターンかも。
だとしても輸送トラックがこの道を通ったってことは他の車も通る道なわけで。
仮に運転手が死んでても後続車が通報なり何なりしてくれるだろう。
そう願っとこう。うん。大丈夫だってお前は助かるよ。この痛みだっていつかお前は忘れて走り出せるって。
俺の目は確かなんだ、お前は俺と一緒に死ぬ馬じゃねえのは確かだ。
なんて。
俺にしては珍しく饒舌に、長く話してしまった。
話したっていうか一方的に言ってやっただけなんだけど。
ああ、馬となんてまともに話が通じるわけないからな。
こちとらもう数えきれないほど馬やってきてすり切りすぎてまともじゃないんで。
ただ願わくばこのらしくないお節介が善行としてカウントされて、次の転生先で長生きに繋がるといい。
そう最後の願い事をしつつ、俺は強烈睡魔に苛まれて目を閉じた。
と、ここまでが俺のデビューすらできない怒涛の転生パターンの最期だ。
今は8回目。
約10年ぶりの日本である。
いやあ、また日本に来るとは。
や、嬉しいんだけどな。俺の長生き記録はここでほぼ更新されているようなもんだし。
今度こそ長生きできるかもしれん! そうわくわくした俺は、生まれて数分で気づいた。
まず、今世の俺はそこそこに身体が強そうだった。
これは勝機きたな、と思わずほくそ笑む。
実際にトレーニング受けてレースに出るまではわからないが、これまでの経験で行くとユメシンパイスルナの時くらいは生きられそうだ。
それよりあとが勝負どころかな、と自分の身体をあれこれチェックしている時にそれは起こった。
起こったというか、見つけたというか、無かったというか。
何がって、息子だ、息子。
いや血を分けたあれではなく。
これまで何百、何千と繰り返した命の中で当然のようにぶら下がっていたあの分身体の棒と玉が、綺麗さっぱり無くなっていた。
あれ俺去勢されたんだっけ? いやいや生まれて数分だわ、と混乱することさらに十数分。
どうやら今回の俺はメスになったようだった。
あいええこんなの初めて── ではない。
実はこれまでにも数回ほどメスとして生まれたことがある。
けどレア中のレア。
ほぼ9割ほどオスとして生まれるのでメスになるのは極々稀、右手全部と左手の一部を埋めるくらいの回数しかなったことがない。
けど思い返してみれば、メスとして生まれると割と長生きできた。
日本で俺の長生き記録を更新するまでに輝いていた記録1位はメスだった時のものだし。
これは今度こそ長生きしろという『上』からのお達しなのかもなあ、と思いつつ、俺は牧場での幼少期を過ごした。
余談だが、部屋前に掲げられていた血統表プレートには、父・シリウスシンボリと刻まれていた。
……シリウスやっぱり種牡馬になったかあ!
俺の目に狂いはなかったな、と俺はほくそ笑んだ。
「ブルモモ……」
んなこと言ったってできねえもんはしょうがないでしょうが。
……ん? 誰と話してるかって、今年の春に厩舎へとやってきた若手だ。
俺が生まれてからすでに4回目の秋を迎えていた。
牧場にいたナウでヤングな少女に母馬共々世話になって数ヶ月した頃、俺は牧場長っぽい人の勧めで牧場見学に来てた若手経営者だとかいう男に買われた。
ところでこの牧場長っぽい人シリウスシンボリとシンボリルドルフのオーナーに似てない?
ちなみに買われた金額は知らん。どんな値段だったとしても長生きできる保証にはならないからな。
少女に可愛い可愛いと持て囃される生活から一転して、関西の栗東市というところにあるトレーニングセンターに移動した。
今回の俺の名前は『キミニホレタ』── ああうん言いたいことはわかる、わかるぞ?
前衛的かつ個性的でまるで現代アートかのようなすんばらしい馬名、すなわちクソだせえと言いたいんだよな。
同意です。めっっっっちゃダサい。
ダサすぎてびっくり。
ユメシンパイスルナと同じ路線とかびっくりだよもう。
父馬の名前がシリウスシンボリなんだからそこから連想して星の名前とか、さあ、色々あっただろ。
や、まあ、母馬の名前がキミノトップレディだからそっちを連想して、とかなのかもしれんけど……いや違うな、違うわ。
あの若手経営会者とかいうオーナー、明らかに俺の世話してた少女見てほっぺ赤くしてたからな。
キミニホレタって馬名じゃなくて普通に君に惚れたってことなのでは? 俺は訝しんだ。
と言った具合に自分の珍名っぷりに頭を抱えつつ、俺はユメシンパイスルナ以来のレースに挑み始めた。
結果は散々で、一桁順位に入ればよくやってる、というなかなか勝ち上がれない状態に陥っていた。
連続3回2着だった時は呪われてんのかと思ったよね。
勝てそうな雰囲気はあるし、道中で何度も「これはいける!」と自分でも思えるのに、なんというか最後に足が届かない。
疲れてしまう、のとは別にどうにも足がひっかかって進まないような感じで、最後は交わされて終わってしまう、というのが続いていた。
未勝利を脱したのは同期のナリタタイシンことなーたんがビッグレースで勝利を挙げてから約4ヶ月後、4歳未勝利戦の最終レースだったし。
俺よりあとから来た、今ちょうど話してる若手の方が先に8月の3歳新馬戦で勝ってるしな!!
おかしいよほんと……でもこいつ、俺のすごすごアイによると大成するんだよなあ。
なーたんを初めて見た時も「やべえこいつ大成するやつじゃん」って思ったが、この若手── ナリタブライアンことぶーたんはさらにオーラがある。
雰囲気で1番近いのはボーちゃん、シンボリルドルフだ。
ピリピリとした、触れたもの全部が切れそうな、そういう強さを感じる。
まあぶーたん自体は超神経質なビビりくんだったわけだが。
まさか自分の影に驚いて飛び跳ねるとは、この俺でも予想できなかったよね。
そのくせ日常生活ではどこか興奮気味で落ち着きないところもあるしよお……調教に付き合わされる俺の身にもなってくださいよ。
けどまあ、ぶーたんの調教相手もそうだけど、なーたんの並走相手もこれまで担当してきた俺は厩舎にいる馬内でそこそこの地位と目されているのか、ぶーたんからは格上とみなされている節がある。
なーたんはそんなことないんだけどな。むしろ俺に興味あるのか?
たまにちらっと横目で見られることはあっても互いに基本は無言だし。それがいいんだけどな。無駄に気を張らずに済んで。
このなーたんの並走相手やってたおかげで未勝利時代もそこそこ優遇されて助かってたし。
ぶーたんが俺に懐いてる風なのは、ひょっとしたら初対面のぶーたんにケツアタック喰らわせてぶっ飛ばしたのがでかいのかもしれない。
シリウスシンボリに食らわせて大人しくさせたことがあったので、初手興奮状態だったぶーたんに効くと思ってやっちゃったんだよなあ。
まあ実際に効いてくれたのか俺がいるとぶーたんも多少は落ち着くようになったので、これでよし。
ビッグレースを勝てなくても、厩舎内の他の馬の相手ができればそこそこ評価されるってのはユメシンパイスルナでも同じだったからな。
とはいえ過度には馴れ合わない方針は今も継続してる。
話しかけられればそれなりに答えるけど基本相槌しか打たんぞ、聞いてんのかぶーたん。
えっ、やっぱり意中の牝馬に声をかけたいどうしたらいいか?
まずはその興奮状態を治してからじゃね? いや、それより後は俺は知らんけど……マジでその童貞みたいな反応はやめた方がいいんじゃねえかな。
競走馬はみんな童貞って、そりゃそうだけどお前小鳥の囀りにもビビってちゃ話になんねえだろ。
気弱いオスはモテないって、なーたんそんなバッサリ言わなくても……つーかなーたんが色恋話に混ざるの初めてだな今度からなーたんが聞いてやれよ。
は? いやだ? 俺の仕事じゃない? そんなん俺の仕事でもねえわっ!!
童貞ムーヴが抜けきらないぶーたんが4歳になり三冠馬になったのを見届けて迎えた5歳の春。
俺は競走馬を引退することになった。
ビッグレースの勝利数は驚異のゼロ! 特別なタイトルも得られないまま引退するって、ほぼ処分に等しいんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど、この身がメスなのもあってか無事繁殖入りが決まった。
この人生で繁殖入りが決まったのは実際初では??
大抵はそこまで辿り着けず終わるからな!!
年齢はユメシンパイスルナより下だから年数自体は伸びてないけど、大事なのは引退後も過ごせるってとこだから。
それに勝負はむしろこっから。
俺の母馬は結構な高齢で俺を産んでるんだよなあ。
まずはそれを越さないと大往生したとは流石に言えないだろ。
それになんと言っても繁殖馬なので繁殖のための行為が待ってる。
……できっかな。や、できるできないじゃなくてやらなきゃダメか。
これも生き残るためと思えば多少は、ね?
5歳になって次のレースも決まってるぶーたんの調教パートナーを務めたのが最後の仕事。
用意してもらった輸送トラックに乗り込む寸前、情けないことに好きなメスに告白の一つもできてない童貞ぶーたんに励ましの言葉を残し、俺は生まれ故郷へと戻っていった。
せめて俺の告白が成功するまではいてくれ、とかなんとか言ってたが、ビッグレースをいくつも制した馬なら告白くらいできらァ!
あばよ、手のかかる後輩よ、俺は北の大地で長生きするぜ。
そうして意気揚々としていた俺は知らなかったんだよなあ。
繁殖相手がボーちゃんとか、さあ。
気まずすぎるだろ、こいつ俺が悶え苦しんで死んだのを目の当たりにしてるからな。
まあ馬だし記憶に残ってない可能性あるだろうが、年下にみっともない姿を見せたという事実が俺に刺さる。
なんとか心を無にしてやり過ごしたのに受胎しなかったし本当……相手チェンジで。
そのまま1年はのんびりとただの馬のとして平穏に過ごしたが、引退して2年目は周りの気合いがなんか違った。
まあ馬養うのってただじゃねえししゃーないよな。今度こそ受胎できるようにしたいわ。発情してないけど。
本当に申し訳ないけど馬相手に発情できないんだ……周りの雰囲気になんとかペース合わせるだけで精一杯。
でも発情を示す兆候は身体に出てるようなのでセーフだと思おう。
さてさて今年の相手は、え? なーたん種牡馬入り?
おいおい休養後は現役復帰じゃなかったんか、と俺が戸惑ってるうちになーたんとも繁殖して今度は受胎していた。
なーたんあいつ、ちゃんとオスだったんだな……色恋に興味ないから淡白かと思ってたのに……。
俺は俺の腹の中で順調に育つそれを眺めながら、ああ、今度こそ長生きできるんだなあ、となんとなしに思っていた。
いや、思おうとするあまり、油断していた。
こんなとんとん拍子で長生きの道がひらけていたなら、俺はこんな何百年も囚われてはいないというのに。
あまりにも順調に、何もかもが障害なく進んでいった時間と、その時間が育んだ慢心が俺の足元に広がった── とシリアスぶるのはここまで。
まあ何が起きたかって要するに、ものスッッッッッッゴイ、腹痛だ。
「頑張れっキーちゃんッ! 頑張れっ!!」
む、無茶言うな!!
こんな腹痛我慢できるかってんだよなあ!!
アイタタタタァッ!!!!
痛い痛い捻れる、何がどうなってるかわからんけど身体の中が、なんかねじれちゃダメそうなところが捻れるッ!!
うおおお頼むもう楽にしてくれないかッてアァッやべえ腹の中に1頭いるんだったなちくしょう!!
これこのまま分離とか無理そう? あっ無理? すべがない感じ?
じゃあダメじゃん、無理じゃん、うわあごめんなこのまま連れてくわ!!
「キーちゃん!!」
来世でまたよろしく!!
……なんて、そんならしくもないことまで叫んでしまった。
イレギュラーだらけだった気がするな、今回は。
そうして身体の中で何かが弾ける音を聞きながら、俺は、激痛とともに意識を飛ばした。