それでも風は吹く   作:SunGenuin(佐藤)

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【大百科】ライブアゲイン(競走馬)

ライブアゲイン(競走馬)


出典:フリー大百科事典『ニヨペディア(Niyopedia)』

 

注意:この記事は「旧馬齢表記」が採用されており、国際的な表記表や2001年以降の日本国名の表記とは異なっています。詳しくは馬齢#日本における馬齢表記を参照してください。

 

注意:この記事のほとんどまたはすべてが唯一の出典にのみ基づいています。他の出典の追加も行い、記事の正確性、中立性、信頼性の向上にご協力ください。

 

ライブアゲイン(1970年1月6日 - 1974年11月11日)は、日本の競走馬。

     

ライブアゲイン

品種サラブレッド

性別

毛色鹿毛

誕生1970年1月6日

死没1974年11月11日

フォルティノ

小梅

母の父プリメロ

生国日本(北海道浦河町)

生産者麻井牧場

馬主藤近丈子

調教師稲羽幸雄(東京)

厩務員荻野武雄

競走成績

生涯成績10戦3勝

獲得賞金1,120万円

勝ち鞍

4歳以上(1974年5月19日):580万

4歳以上200万下(1973年11月11日):280万

4歳未勝利戦(1973年8月18日):100万

 

ライブアゲイン

品種サラブレッド

性別

毛色鹿毛

誕生1970年1月6日

死没1974年11月11日

フォルティノ

小梅

母の父プリメロ

生国日本(北海道浦河町)

生産者麻井牧場

馬主藤近丈子

調教師稲羽幸雄(東京)

厩務員荻野武雄

競走成績

生涯成績10戦3勝

獲得賞金1,120万円

勝ち鞍

4歳以上(1974年5月19日):580万

4歳以上200万下(1973年11月11日):280万

4歳未勝利戦(1973年8月18日):100万

 

 

概要


フォルティノ来日後の初年度産駒。

母・小梅はクレイグダーロツチ牝系であり、母の父・プリメロ、母母の父・月友。

早期に繁殖入りする母系のため当時の活躍牝馬は乏しいが、父・フォルティノは海外にカロ、ピジェットらを輩出している。

またのちにクレイグダーロツチ牝系からはスターロツチが出現し、その子孫にはサクラユタカオー、サクラスターオー、ハードバージ、ウイニングチケット等の活躍馬が並ぶ。

父系もカロが種牡馬として大当たりしたほか、ライブアゲインの死後に生まれたシービークロスからは天皇賞馬・タマモクロスが生まれる等、血統的には良血の部類である。

 

1970年に麻井牧場で生産。

生後3か月で牧場が閉鎖したため、後に谷畑牧場に所属を移している。

馬名の由来は『再生』

 

1973年のダービー馬・タケホープの僚馬であり、瓜二つの見た目をしていたとされる。

性格的に非常に物静かで従順。

生まれつきの虚弱体質が目立ち、重賞レースへの出走経験はないものの3~4歳(現・2~3歳)時は掲示板を外さない等、安定したレースぶりを見せた。

 

1974年11月11日、短期放牧先の千葉の牧場にて火災に巻き込まれて死亡。

墓は谷畑牧場に建てられた。

 

生涯


1970年1月6日誕生。

同年3月に生産牧場が閉鎖された後、近隣の牧場で一時的に飼育される。

1971年に谷畑牧場に移動後、1972年に東京競馬場の稲羽幸雄厩舎に入厩。

 

同年夏の新馬戦を目指して調教されるも、熱発やソエなどにより延期を重ね、デビューできたのは12月。

鞍上にはタケホープの主戦騎手でもある嶋原ジョッキーが騎乗した。以降のレースでも嶋原ジョッキーが主戦を務めている。

この時のレースでは、競走中に落鉄した影響で4着に敗れ、その後蹄の負傷が判明したため療養に出される。

2戦目は年明け4歳未勝利戦。ここからダートレースに出されるようになるも、惜しい競馬が続く。

合間に怪我による短期療養をはさみながら、初勝利を挙げたのは8月18日開催の4歳未勝利戦だった。

その後、東京競馬場で夏を越し、11月の4歳以上レースで2勝目を挙げる。

1973年は7戦2勝で終えた。

 

1974年は2月の5歳以上500万下から始動。

ここで初めて掲示板を外す。

レース後に肺炎の症状がみられたため、療養のため三田の畜産診療センターへ移動。

4月末に帰厩すると、5月の4歳以上500万下で3勝目を挙げる。

同年3戦目として8月の函館に出されるも、5月の疲れが抜けきらなかったのか最下位。

嶋原ジョッキーの提案により放牧に出される。

 

4歳時よりも回復の速度が落ちていることから、陣営は年末での引退を決定。

引退後は種牡馬入りすることも決まる。

 

10月末に北海道から千葉の牧場に移動。

同牧場で2週間ほど調整を受けたのち、11月11日に東京競馬場に帰厩する予定だった。

 

11月11日、13時27分に千葉の牧場で火災が発生し、それに巻き込まれる形で死亡。

遺骨は谷畑牧場に運ばれ、同牧場に墓が建てられている。

 

競走成績


3歳新馬戦東京1200m1972年12月23日4着

4歳未勝利東京1400m1973年2月4日4着

4歳未勝利東京1400m1973年4月22日5着

4歳未勝利東京1400m1973年5月12日3着

4歳未勝利札幌1800m1973年8月18日1着

4歳以上200万下京都1900m1973年11月11日1着

4歳以上400万下京都1900m1973年11月25日3着

5歳以上500万下東京1400m1974年2月2日6着

4歳以上東京1800m1974年5月19日1着

4歳以上函館1700m1974年8月18日8着

 

エピソード


・誕生時、母馬に蹴られそうになった

・生後3か月で生産牧場が閉鎖し、その後2回牧場を移動した

・タケホープと瓜二つのため、見分けるために前髪を赤い紐で結っていた

 →ハイセイコーの過激なファンからタケホープに間違われて罵声を浴びせられたことがある

・小食で、飼い葉を完食したのはたった2回

 →たびたびタケホープの飼い葉桶に自分の飼い葉を移し、量を誤魔化していた

・生涯で1度も鳴いたことがないといわれている

・他馬に興味がない

 →自ら近寄ったことがあるのは、谷畑牧場に種牡馬として繋養されていたシンザンのみ(1度きり)

 

 

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