春、到来。
冬籠りを終えた私は今年もまた馬着とのお別れを果たし、まだ少しだけ冷える空を見上げていた。
馬の身に転生してから見える世界は、人間だった頃と比べると色がやや鈍くて霞んでいるように見える。
それでも退屈を感じないのは、きっと美味しい飼葉と厩舎の仲間達のおかげだと思う。
ずっと下ばかり向いて歩いて、食べ物を胃にもそもそ詰め込むだけだったあの日々には二度と戻るものか……と決意を密かに固める私なのであった。
決意新たに敷地を移動すると、そこには既に見覚えのある鹿毛の馬が一頭。
『あ、おはようカナロアくん。今日の併走相手は君なのかな』
『あぁそうだ、俺だ。何か文句でもあるのか』
『別に何も無いけど……』
本日のメニューは
・飼葉食いタイムアタック
・スタート練習
・なんだかご機嫌斜めなロードカナロアくんと併走
の3本立てとなっています。最初のは私が勝手にやってるだけだけど。スタート練習はもう終わってるから残るは併走のみ。
『おい』
『……』
『聞いているのか、お前だ』
『アッ私!?私に話しかけてたの!?』
呆れた目を向けて当然だ、と言いたげに鼻を鳴らすカナロアくん。
『先輩に俺はこんな口の聞き方しないし他の奴らも居ないんだからお前に決まっているだろう』
『それもそっか……で、本題は何?』
カナロアくん、見ての通り馬相手にはかなり無愛想な口調なので、用事がないときに話しかけるってことは基本的にしない(ヒト相手には結構優しいんだけどね)。
しかも今は併走中だ。
そうなると、きっと何かすごい気づきとかがあったのかもしれない。
さぁ、聞かせてくれたまえカナロアくん!!
一体どんなすごい話が……
『カレン先輩が冬の間にデビューを終えたのはお前も知っているよな。いや知っていなきゃおかしい』
『え、あ、うん。この前ご本人から聞いたよ』
『なッ、先輩から直接聞いただと!?』
怖いなこの子!?彼がこんな風に取り乱しているところは初めて見た。
鬼気迫る勢いで投げられた問いかけに必死で首を縦に振る。
普段あんなにつっけんどんでこちらの話にあまり答えないカナロアくんをここまでするなんて……カレンチャン先輩、やはり魔性の馬である。
『……まあ良い。それでだな、先輩は一番最初のレースで惜しくも2着に敗れたそうなんだ。だがしかし、次のレースでは人気に応えて1着で勝っているのが流石だと、お前もそう思うだろう?』
『それはそう』
『俺としては正直あの方を下したやつが居るという事に納得がいかないのだが、世界は広い……と、そういう事なんだろう。今からでも走り出してそいつを負かしたいくらいなのだが、』
『待って待って、カナロアくんストップ』
『なんだ』
『ちょっと今日どうしちゃったの?普段はここまで喋らないし……』
『カレン先輩の事を語るならこの程度の言葉は塵みたいなものだ。続きを話すが、』
『本当にちょっと待って』
カナロアくん大爆発じゃん……何ヶ月か一緒に練習してきたけど、こんなに楽しそうに喋るのは初めて見たよ。
「あれ、今日はロードカナロア号がなんか……あれですね、すごく元気な感じですね」
「そうですね。ふふ、仲良くなれたみたいで何よりです」
「二頭とも元気そうですし少しペース上げてみましょうか」
違う!違うんだよ!!
カナロアくんはカレンチャン先輩の事を語るのがめちゃくちゃ楽しいだけであって、語れるなら誰でも良さそうだし多分まだそこまで仲良くなってな
『聞いているのか、プランタンストーム』
『うんうん聞いてる!聞いてるよ!なんだっけ!?』
『先輩の走りがデビューを終えてからまた一段と素晴らしいものになったがなぜお前はそれに気付いていないんだという話をしていた』
『あぁ、そんな話してたね君……教えてくれてありがとう。でもあの、ちょっと待って、まだカナロア君の新イメージが私の中で定着してないから少し落ち着いて』
『俺は最初からずっと落ち着いている。お前の方が焦り過ぎだ』
カナロアくん、カレンチャン先輩の強火オタクが過ぎる。
同期のトーク力が大爆発してる。
「そういえば、プランタンストーム号はいつ頃新馬戦への出走を予定しているんですか?」
「夏になったら函館で走らせると高川さんが仰ってました。去年の話を伺ったところ、6月後半から7月前半くらいまでが一番しんどそうだったので……ストームは輸送が苦手ですし、避暑も兼ねて7月の中旬頃に向こうに移動するつもりです」
ほう、夏の函館か。
私がカナロアくんのカレンチャン先輩讃歌に翻弄されている間、ヒト2人──片方は水橋さん、もう片方は知らないヒト──は私のデビューについて話していた。
なんだかタイムリーな話題である。
『カナロアくん聞こえた? 私たちの上に乗ってるヒトの話』
『一応聞こえてはいる。俺はまだデビューの話を聞いていないが、どうやらお前の方が先に外で走れるようになるらしいな』
ちょうど一息ついたところでカナロアくんに話を振ると、少し不満げな返答が返ってきた。
『そのようだよ。一足お先に中央の景色を見てくるね。まだ結構先の話だけど……』
『良いか、プランタンストーム。俺たちはカレン先輩の在籍する厩舎の一員として、下手な走りをするわけにはいかない。それは当然お前にも分かっているな?』
『分かってる分かってる、怖いから凄まないで』
結局その日のカナロアくんは、ご機嫌なのか不機嫌なのか分からないまま併走を終えた。
「ストーム今日は飼葉食いが悪いな……。少しペース上げたって水橋さんから聞いたし、疲れてるのか?」
疲れてるといえば疲れてるかな……。
あと何ヶ月かすれば走りに行ける、という事実は私の関心を強く惹くものだったけれど、今日はそれ以上にカナロアくんのマシンガントークに振り回された感じが強かった。
ペースが上がったのはさして堪えてないんだ、芳松牧場にいた頃から毎日駆け回ってたからね。
ヒラヤマさんが去っていって数分。
さてそろそろ寝るかと横たわろうとした時、隣から出てきたのは今日1日でずいぶんと印象が変わった友人(友馬?)の顔。
『今日のカレン先輩を見たか。相変わらず美しかったな』
『そうだね、良い芦毛だよねカレンチャン先輩。ところでカナロアくん、もしかしてまだ話のネタが控えてる感じでいらっしゃりますか?』
『当然だ』
もう勘弁してくれ!!!
あけましておめでとうございます(時差)
手直しとかはやってたんですけど新しい話の投稿をするのは一ヶ月以上振りとなっていて大変申し訳ないです。
そろそろストームを走らせたいですね。次回くらいから走ります。多分、きっと、メイビー。