春嵐   作:パズル飴

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灰空、閑散と

『もうすぐ俺も新馬戦を迎える。お前などすぐに追い越してやるから首を洗って待っていろ』

『うんうん待ってる待ってる、ちなみにどこで走るの?』

『小倉だ。欲を言えばカレン先輩と同じ阪神でデビューしたかったが……走れるなら問題無いさ。勝つのは俺だからな』

『すっごい自信たっぷりだねえ……あとカレンチャン先輩はデビュー戦ダートって言ってた気がするから、カナロアくんもダート走らないと厳密には同じ地に立ったことにならないんじゃない?』

『む、それはそうだが……まあ良い。とにかくあの方といつか肩を並べて走れるなら、俺はそれで良いんだ』

『なるほどね……やっぱりなんというか、一途だね』

『当然だろう』

『成就すると良いね。新馬戦絶対に勝つんだよ』

『ああ』

 

回想終了。

あくびをひとつかましてから空っぽの飼葉桶に意味も無く頭を突っ込んだ私、プランタンストームは現在非常に暇を持て余している。

暇があるのと無いのとを比べたらあった方が良いと長らく思って生きてきていたけれど、その認識を改めるべきかもしれない。

あまりにも長い退屈は気が狂いそうだった。

 

さて、その理由というのは普段仲良く(あくまで私の主観だが)お喋りしている同厩の馬たちがごっそり居なくなっているからである。

併走やゲート練習を共にしてきた同期たちや先輩が、軒並みレースに出ていってしまったので話し相手がいないのだ。

ちなみにお隣の馬房のカナロアくんも本日不在。

で、今日は記念すべき彼の新馬戦であるため冒頭の回想が出てくるというわけだ。

『これでようやく俺もカレン先輩と同じラインに立てる』と、どこか浮き足立った様子で出発していったので、健闘を祈ってその後ろ姿を見送った。きっと君は歴史に蹄跡を残す名馬になるよ。

 

しかし小倉……小倉か。

実はどこにあるのか詳しく知らなかったりする。餡子の名前の由来になった場所ではないんだよね。

なんとなく京都っぽいイメージを持っていたけれど、ヒト族たちの話を聞くにどうも違うらしい。九州の方のようだ。

 

早く走りたいなあ。

無意識のうちに出た小さい嘶きが、静かな厩舎の天井にぶつかってはね返る。

鈍色の空にちらつく雪が視界の端に入った。

 

 

 

「次走まで少し時間があるから、しっかり休んでトレーニングもしていこうか」

 

水橋さんがそう言ったのは、きれいな秋晴れの日だった。

夏に函館で走ったあと、ききょうステークスを勝利し、少し距離を伸ばして挑んだデイリー杯2歳ステークスもなんとか勝って一息ついた頃の話。

この二レースの間は二週間ほどしか開かなかったため疲れが残り、デイリー杯の方はあまり余裕のある勝ち方は出来なかった。たしかハナ差数センチとか、そのくらい。

マイル適正が全く無いということはなさそうなので、休養をとればもう少し走れるのではないか……というのが陣営の判断らしかった。

これまで走ってきたスパン的に、次走まで時間があるといってもせいぜい二ヶ月前後かと思い「まあのんびり過ごせば良いか〜」くらいにしか考えていなかった過去の自分に言っておきたい。

五ヶ月レースに出られないから覚悟を決めておけと。

五ヶ月。ごかげつ。ファイブマンス。一ヶ月30日として単純計算すると150日。

果たしてそんなに長い間出走しなくて大丈夫なのか? 大丈夫じゃない。大問題も大問題、死活問題であった。

早くレースをさせてくれと願い、ふとした時になぜ自分はレースジャンキーと化しているのかと我に帰る。そしてその後また走りたくて走りたくて仕方なくなる。

前走以降、三日に一度はこんな様子だった。

これが競走馬の本能にして宿命かと思うと、いやはや恐ろしいものである。

なんかもう中央で他馬とデッドヒートできるなら長距離だろうとダートだろうと走りきるくらいの気持ちだけど、それは出来ないのでレースへの気持ちは高まるだけだった。

右前脚に近い壁を軽く蹴る。もう一度、またもう一度と数分間壁を蹴り続けて嘆息。

 

ヒト族たちの会話から察するに次走はおそらくスプリングステークス。

残り三ヶ月、その間に貯えたこの熱をどれだけぶつけて勝負に挑めるかが鍵となるかもしれない。

……しかし、長いなぁ。

 

 

 

昼寝から目を覚ましたら誰かの気配があったので隣の馬房を覗くと、カナロアくんが居た。いつ帰ってきてたんだ彼は。それとも単に私が爆睡しすぎて気づかなかっただけ?

辺りを見回すと他にも何頭か、顔見知りの馬が帰厩していた。

 

『あ、おかえりカナロアくん。いつの間に帰ってたんだね、お疲れさま〜』

『貴様が間抜け面で寝てる間にとっくに帰厩している』

『間抜け面って……嘘でしょ……あ、それはどうでも良くて、新馬戦どうだった!?』

 

『当然1着だ。余裕も余裕、ぶっちぎりの勝利だった』

『ぶっちぎりの勝利!? やっぱりあんなに息巻いてただけあるなあ……カレンチャン先輩にももう報告してきたんだよね?』

『ああ。甘美なるお褒めの言葉を賜った』

 

なるほど、道理でご機嫌なんだな?

尻尾がゆらゆら揺れて、心なしかまとう雰囲気も普段より和らいでいる。

 

『それはめでたいねえ……良いな、私も早くレースで走りたい』

『なんだ、ずっと厩舎にいるなとは思っていたが走るのを禁止されたのか?』

『いやそんなことは無いよ!? 禁止された訳ではないんだけど、ないはずだけど、私たぶん次走三月頃なんだよね』

『ふむ、ずいぶん空くんだな。やはり何かやらかしたとしか思えないんだが、なんだ?』

『放馬?』『逆走?』『斜行?』『ゲート脱出?』『逸走?』

『全部違います!!! 私は普通に走ってただけなんですよ、信じてください!!』

 

カナロアくんの問いかけに、近くの馬房から顔を出してきた他の馬たちがたたみかけてくる。カナロアくんの隣、私の二つ隣の馬房にいるはずのカレンチャン先輩はこういう話にはあまり関わってこない。

この馬たちみんな過去にやらかした罪状だったりしないだろうな。もしそうだったらクセ強すぎるしたぶん違うと思うけど。

 

『だとするとなおさら走らされない理由が分からなくなってきたが』

『私が一番知りたいよ。確かに前走と前々走はスパン短くて全力のパフォーマンスを発揮できなかったと思うけどさ〜……三週間とか空ければ私いける気がするんだよね』

『マジ!? 三週間!?』『すげー、おれ正直一ヶ月くらい無いとやる気出ない』『あたしも大体それくらいでいける!』

 

 

「……なにやら今日は賑やかなご様子で。飯の時間だぞー、君ら」

 

声の方向にはヒラヤマさんが少し呆れた顔で飼葉を抱えて立っていた。




完全な余談 初期の頃は馬名『スプリングストーム』だったんですけど調べたら普通に実在したので現在の『プランタンストーム』に落ち着きました。
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