メッセージを下さった方、本当にありがとうございました。
天高く馬肥ゆる秋。
猛吹雪の中生まれた時はあんなに小さかった馬体もここまで大きく……オーナー夫妻は平均より小さいって言ってた気がするけど、確実に成長はしてるから気にしないでおこう。むやみにストレスを溜めるのは健康に良くないからね。毎日飼葉をむしゃむしゃと食べて敷地内を走り回ること数ヶ月。
時々ばてて氷で冷やされたりしながらもなんとか夏を越えていよいよ秋、私が調教師さんのところへ行く日が近付いてきた。
「ランは向こうに行っても私たちのこと忘れないでね……」
忘れるわけないでしょ、の意を込めつつ尻尾を振って一鳴き。
そもそも別れの日が近くなってきたとはいえ別に明日明後日でここを旅立つ訳でもないのだけれど、天内兄妹の挙動がここ1ヶ月ほどおかしいのだ。
まずスミレが明らかに私にべったりになった。
母上とかネオさんのお世話はもちろんちゃんとしてるんだけど、私についてる時間がやたら長くなった気がする。
昼寝してて気付いたら背後に立たれてたり、どこから持ってきたのかデジカメで写真を撮影してたりする。
前者は本当に怖かったし蹴りそうになったので切実にやめていただきたい。
貴方のために言ってるのよ!とかいうセリフは大っ嫌いな私だがこればかりは本当にスミレの命に関わってくる話だから勘弁してください。
あと私には中央で走りまくってお金を稼いで芳松牧場に親孝行するという目標があるので、どうか平穏無事に向こうへ辿り着かせてほしい。
今は落ち着いていて、ブラッシングしながら私の鬣を編み込んでいるようだった。
そんなに悲しそうな声で私の名前を呼びながら三つ編みにするのやめてよー、今生の別れじゃないんだし。
明日も会えるのになんでそんな悲しそうにしてるの?
……なんて言葉が通じない私では聞けるはずもないのだけれど、思わず口を開けてしまった。あくびのふりをしてやり過ごした。
三つ編みを終えて満足そうに帰った彼女は5分後くらいにまた様子を見に来た。
一方兄のハルトは飼葉と寝藁を変えるときくらいしか顔を出さなかったのが、ちょこちょこ様子を見にくるようになった。
スミレみたいに露骨に寂しがったりはしないけど、ふとした瞬間に寂しそうな表情をしてることはある。
たまには素直にならないと彼女に振られるぞー。彼女いるのかは知らないけど。
あと飼葉の量が日に日に増えてる気がする。
これは多分調教師さんのところに行くのに向けて少しでも体重を増やしておこうってことなんだろうけど、それにしたってちょっと増やしすぎな気もするのだ。
ちなみに今日は前日比5倍くらいの飼葉が朝目の前に積まれた。
無理だって食べきれないよ!!
抗議の視線を向ければハッとしたように「あぁ、ごめんなラン……他の2頭の分もまとめて持ってきてたわ……」と。
それは普通にまずいと思うのでしっかり休んでほしい。疲れてるんだよきっと。
そんなこんなで残りの日々を過ごしいよいよ調教師さんのところへ向かう日になったのだけど、朝の挨拶に来た時点でスミレの目が真っ赤だったのはさすがに予想外だった。
もしかしたらお別れの時に泣くのかな……とは思ってたし心配もしてたけどこの時点で泣いてるとは思わなかった。
元気出してよ、絶対ここにリターン持ってくるから。
そしたらきっとこの牧場の設備も良くなってここに来る馬も増えて、忙しくなるから私のことなんて考えてる時間なくなっちゃうよ。
いや、それはそれで寂しいから嫌かもしれない……私のことは覚えててほしい。
「それでは、この馬は私どもで大切に預からせていただきますね」
「はい、どうかよろしくお願いします。
……ストーム、元気でな」
はい!プランタンストーム行ってきます!
「はは、最後まで元気なやつ。ほら、菫もちゃんとストームとお別れしてこい」
「……うん、ストーム元気でね。寂しくなったらいつでも帰ってきて良いからね!?」
「現役終えてないなら帰ってきたらダメだろ」
というわけで私は『プランタンストーム』という名を賜り馬運車に乗り込んだ。
プランタンは御察しの方も多いだろうが芳松牧場の冠名。
ちなみにプランタンとはフランス語で「春」という意味らしく、奥様が若い頃フランスに留学したことがあって決めたんだとかなんとか。
プランタンの語感がかわいいみたいな話をしてるのが聞こえた。
あんまり会ったことなかったけど奥様すごい人だったのね。
そしてストームは言うまでもなく「嵐」の意味を持つ。
ここはもう幼名からの引き継ぎみたいなものだよね。
そして今後私がお世話になるのは
なんでもオーナー夫妻の古い知り合いらしい。
写真を見る限り温厚そうなおじさまだったけれど、なんとなくこういう人はナチュラルに厳しいことを言いそうという偏見がある。
偏見というかヒト時代の経験則というか。
競走馬は経済動物らしいし、厳しい指導じゃないと生き残れないからその方が良いかもしれないけどね。
天内兄妹がなぜか私に数枚の写真を使いながら高川さんの紹介をしてくれたから顔は覚えた自信があるよ。
茶髪の人に連れられて私は意気揚々と馬運車に乗り込むのだった。
輝かしい未来へ向けて出発!
……情けないことだが、一つだけ言わせてほしい。
馬運車超酔う。
早く向こうに着いてください……。
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拙作を読んでくださりありがとうございます、これからもよろしくお願いします。