春嵐   作:パズル飴

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デビューに向けて①

競走馬の朝は早い。

というか我ら馬に限らず、厩務員とか調教師とかのヒト側の朝もめちゃくちゃ早い。

 

まだ真っ暗でお外何も見えないよーと思いながら馬房の中をぐるぐる回ってると、見覚えのある茶髪が視界に入ってきた。

よかった、バターになる前に見つけてもらえた。

 

「おはよう、プランタンストーム」

 

おはようございますわ、ヒラヤマさん。

目覚めの紅茶を下さいまし。

……とかはさすがに言わないけど(そもそも私はヒトだった頃から紅茶は好きじゃない)、こちらからも挨拶を返す感覚で軽く頭を振っておいた。

お辞儀が出来る偉い子なんですよ私。ヘドバンにしか見えてないだろうけど。

ちなみにこの間もずっと馬房の中を回っていたのでヒラヤマさんは「ここに来てまさかの旋回癖持ちかな……いやでも……」と何やら唸っていた。ごめんね。

 

栗東トレセンの高川厩舎に来てからはや数日。

最初の2日くらいは車酔いがなんとなく残ってる感じであまり調子が出なかったものの、しっかり飼葉を食べて眠ったら拍子抜けするくらいあっさりと回復した。

それからは騎手が乗るための訓練をしたり、そうあん?ってやつをやったりしてまぁ順調に競走馬としてデビューするためのステップを踏んでいるわけです。

その過程で一つ分かったことがある。

それは、思っていた以上にヒトは重くて、実際のレースでも自分の鞍上を落とさないようにしながら出来るだけ早くゴールする必要がある、ということだ。

レースの時はもっと細々とした装備があるだろうから自分から振り落としたりでもしない限りは大丈夫だと思うけど、それにしたってかなり不安だった。

 

そんな私を見かねてか、厩舎にいる親切な他馬たちは「坂路調教はきつい」とか「プールは楽しい」みたいな情報を教えてもらえた。話を聞いてる感じだと意外と馬生はエンジョイできそうだったので一安心。

ところでヒラヤマさんってなんかヒマラヤさんみたいだよね。ヒマラヤマン。山男かな。

 

 

 

本日の主な日程はゲート練習。

高川厩舎の先輩馬についていってゲートを通過するのが最初らしい。

先導してくれる先輩馬は坂路のキツさを語ってくれたあの馬か、はたまたプールからなかなか上がってこられないあの馬か……と思いながら進んでいくとそこに居たのは見たことのない芦毛の馬。

落ち着いた様子で穏やかに立っていた。

 

『……?……!?』

 

どこかで会ったことあったかなぁ、と首を傾げているとこちらに向けられている視線が一瞬鋭くなり、思わず半歩、後ずさる。

心なしか鬣も逆立った。

 

「あれ、どうしたんだプランタンストーム?何か踏んだ?」

 

違うよヒラヤマさん。

なんで気付かないの、一瞬だけだったとしても、あんなのおかしいよ。

その一瞬、刺すような視線で肌に感じる気配がまるで変わったっていうのに。

 

「もしかして怯んでるんじゃないのか?」

 

「うーん……見た感じ他馬とは上手くやってそうだったんですけど、今日まで会ったこと無かったんでしょうか。でもなぁ……人見知りって感じしなかったけど」

 

そろりそろりと距離を取ろうとしたところで捕まって元の位置に戻された。

これはもう覚悟を決めてついていくしかなさそうだった。

 

「今日はよろしくお願いしますね、カレンチャン」

 

……えっカレンチャン!?

 

驚きのあまり3秒くらい意識が宇宙に飛んでたけれど、そういえば芦毛だし、厩舎のボス馬だったって話も聞いたことがある。

まさかこの頃からボスとしてのオーラが……?

 

恐る恐るカレンチャンさんに視線を向けると先程の鋭さはすっかり影を潜めており、今は高川さんに頭を撫でられて目を細めていた。

なんて恐ろしい甘え上手。

 

「ストーム、行くよ。ここ通れないとデビューできないぞ」

 

 

それは困る。

私の目標は競走馬として活躍してウマ娘になる事。

そのための努力を惜しまないと文字通り神に誓いはしたものの、努力したって結果が出なければ十中八九その約束は果たされない。

つべこべ言わずにやるしかないのだ。

 

 

 

ちなみにその後の練習は割とすんなりと進み、ゲートの中で立ち止まることやドアの開け閉めをクリア。

問題は私のスタートダッシュが異常に下手なことだった。

ゲートは薄暗く狭いためあまり長くいたいと思えるような場所ではなく、そこに入っている時間が長ければ長いほど集中力は削がれ、ストレスが少しずつ蓄積されていく。

しかしその不快感はゲートを早く出ればさっさと取り去ることが出来ることに気づいたため、そこから一刻も早く抜け出す事を意識すれば自ずと出遅れる時間は少なくなっていった。

 

ド下手スタートから始まり、最終的には高川さんから「今日のところは及第点だな」とのお言葉をいただき厩舎に帰った。

 

 

自分の馬房に向かう途中、カレンチャンさんをじっと見つめている馬を発見した。

こちらを一瞥した後にすいっと意識を切り替えたのか、特に絡まれることは無かったもののどことなく不安を煽られた。

 

 

本日の教訓。

郷に入っては郷に従え。




ゲート試験の前段階とかデビュー前の子達の併走とかの情報があんまり出てこなくて困る。
ウイポとかやれば少しは理解が深まるだろうか…
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