───厩舎の先輩曰く。
「ゲートにコツなどない、開く前に走り出すくらいの気持ちでいろ」と。
「どうしてもゲート練習が嫌なら諦めてさっさと終わらせろ」と。
「下手に駄々をこねると余計にゲートの中から出られなくなるぞ」と。
彼らは皆一様に、遠い目をして語るのだった。
先人(先馬?)たちのアドバイスを元にフライングスタートのつもりで挑み、あっさりと素晴らしいスタートを決められるようになった私を見よ!
見違えるようなスタートダッシュ。グレートだね。
「……君、本当にこの前結構危ない出方してたプランタンストームか?」
とはヒラヤマさんの言葉である。失敬な。
私はゲート難のままデビューして120億円とかを散らすつもりはないよ。そこまで人気出るかちょっと怪しいけど。
いや、人気出るか怪しいじゃなくて人気出さなきゃいけないんだよね。
さて、何日かゲート練習をして出遅れを回避できるようになった私は、歳の近い他馬たちと併走をすることが多くなった。
ある日は同じ高川厩舎の同期たちと。
ある日は隣の厩舎の先輩方と。
もちろんその逆も然りであり、同厩舎の先輩方と併せることもあれば近所の同級生たちと併せることもあった。
多くの場合併走はとても平和に終わり、私もヒトを乗せて走る事に慣れてきたのでトラブルが起こることはほとんどなかった。
そう、ほとんどなかった。
『カ、カレンチャン先輩おはようございます。今日の併せよろしくお願いします……』
『うん、よろしく』
挨拶を交わしたのは芦毛の先輩馬であるカレンチャン。
初めてのゲート練習があったあの日以来、特に衝突があったわけではないものの私は彼女に微妙な苦手意識を持っていた。
一瞬向けられただけで身もすくむような、そんな鋭い視線の持ち主に誰が懐くと思う?
ある程度交流して互いのことを理解した後ならともかく、例の一件以来あまり関わってこなかった怖い先輩である。
懐けるわけがない。
かと言って、ヒト時代から他人と接するのがお世辞にも上手いと言えなかった私から親しくなろうと適当な話を振った日には私の命は無いと思った方が良いだろう。
下手なことはできない。
悲しきかな、馬の社会も割と厳しい縦社会であった。
そしてこの先輩と接する上でもう一頭、注意すべき馬が居る。
いや、先輩と接する上というか彼女と接しているところを目撃されると少し厄介な馬と言った方が良いかもしれない。
それは先日のゲート練習後にカレンチャン先輩を見つめていた鹿毛の牡馬。
ロードカナロアくんである。
どうやら彼はカレンチャン先輩に憧憬の念を抱いているらしく、少しでも私と彼女の距離が近くなろうものならどことなく不機嫌そうなオーラを漂わせる。
『……』
『えっと……』
同期なのに特に共通の話題も無いため、我々の会話は全く弾まない。
過去に一度カレンチャン先輩の話を振ってみたら「お前が先輩の話をするな」とでも言いたげな顔をされたので、唯一の頼みの綱はとっくに切れている。
併走はちゃんとしてくれるのがありがたいんだけれど、隣でむすっと黙ったまま走られるというのはなんとなく居心地が悪かった。
他馬たちは天気とか自分が乗せているヒトの話、最近あった面白いことなんかを聞かせてくれたし、カレンチャン先輩も天気とか馬場状態とか……あまり深くはないもののそういった話をしながらの併走だったので、一言も発さない彼との併走は正直違和感がある。
『今日は晴れてて良い感じに軽い馬場だから走りやすいよね。サクサクしてて楽しいというか……カナロアくんは軽いのと重いのどっちの方が得意?』
『……』
『……えーと、この前先輩から聞いたんだけど、美浦のトレセンには森林道みたいなところがあるらしいよ』
『……』
我々の会話は終始こんな調子。
ちなみにこの後も話を続けたら『いい加減走ることに集中したらどうなんだ』とちょっとキレ気味に言われた。めちゃくちゃ正論だった。
併走から帰るときも、彼はカレンチャン先輩をガン見している。
向こうが気付いてるかどうかは知らないけれど、そんなこと関係なしに見つめていたいのだろう。
たぶん恋ってそういうことなんだよ。知らんけど。
カレンチャン先輩の方はカナロアくんの事を大して気にしていなさそうなので、カナロアくんがいない時に一度、彼のことをどう思っているのかそれとなく聞いてみたことがある。
『カレンチャン先輩、同じ厩舎のロードカナロアくん居るじゃないですか。彼について何か思うことってありますか?』
『ロードカナロア……?いや、特にないけど』
おっふ。
カナロアくんマジで眼中に無いっぽかった。
道は険しそうだが頑張ってほしいところである。
「ストーム、なんか今日飼葉食い良いな。良いことでもあったのか?」
どっちかといえば同期の恋路が大変そうなことにヤキモキした結果のやけ食いだよヒラヤマさん。
「こら、あんまり桶叩かないでよ、壊れたら危ないだろ……まさか、まだ食べるつもりなのか?」
これくらいなら壊れないから大丈夫だよー。
恋バナには食べ物がつきものでしょ。
おかわり!!カンカンカン!!!
何書いてるのか分からなくなってきましたね(五体投地)
ストームはカレンチャン先輩の鋭い眼光に怯えていますが先輩自身はちょっと試すくらいの気持ちだったんじゃないかなーと思いながら書いてます。