体が重たい。
ちょっとやけ食いしすぎたかもしれない。
目が覚めて真っ先に考えたのはそれだった。
いやでも1日パクパクしただけでここまで体重増えるか普通……?
実は飼葉の中に肉か何かが仕込まれていたのではないかというレベルの体重の変化を感じる。
……なるほど、これだけ増えるならヒマラヤ山みゃ、間違えた、ヒラヤマさんが「勘弁してくれよストーム……もうこれ以上はあげられないよ……」って半泣きだったのも頷ける。
【悲報】プランタンストーム、どうやら太りやすい体質だったらしい。
というわけで走るぞ!!!!!
デビューの場所がなんだとか輸送期間がどうとかっていう話を最近ちょこちょこ聞くようになったので、あんまり増量した状態だとよろしくないと思われる。
まだデビューしてないから良いか、なんて理由でお肉にされたらたまったもんじゃない。
ヒラヤマさんか高川さん早く来てー!!
蹄でカンカン飼葉桶を叩く。
朝だよカンカンカン!!早くご飯食べて運動しなきゃ!
『……うるさいぞ』
『ご、ごめん……』
にゅっと隣から顔を見せたのはカナロアくん。
不機嫌そうに顔をしかめて一言苦情を言ったら、数秒しないうちにまたにゅっと自分の馬房に戻っていった。
それから数分後、眠たそうな顔をしたヒラヤマさんが登場。
「ストームきみね……なんかカンカン聞こえてきてたけど……」
カンカン聞こえるからといって私のせいにするのは早計でしてよヒラヤマさん。私の蹄が唸るよ。
「あーほらやっぱり!!結構音響くんだぞ……」
ぶつくさ文句を言うヒラヤマさんを横目に馬房の中をくるくる回る。
ご飯今日は少なめでよろしくね。ダイエットしなきゃいけないから。
「昨日あんなに食べてたからちょっと多めに持ってきたけど、今日はそんなに食べないのか……?」
お腹壊してるわけではなさそうだよなぁ、と言われながらささっと点検される。
「今日は君にとって大事な人が来るんだし、腕によりをかけて綺麗にしないとな」
私にとって大事な人?
一体誰のことだろうか。
いつもより丹念にブラッシングされた後、私はトレーニングへ進むのであった。
すっかり空も明るくなってきた頃。
プール愛好家の先輩についていきながらゲート練習をしていると、ヒラヤマさんが「あ」と声をこぼす。
視線の先には立ち止まっている人影が一つ。
「おはようございます、水橋さん」
「はい、おはようございます比良山さん。こちらがプランタンストーム号……でよろしいですよね?」
「そうですそうです!あのミホノブルボンの産駒なんですよ。ちょっとわがままだったりしますけど、先輩馬達とも仲良くやってるみたいで基本的には扱いやすい子です」
扱いやすい!?扱いやすいって言った!?
私そんな軽い女じゃないわ!
……冗談はさておき、この人はどなただろうか。
ミズハシさん?
たぶん漢字に直せば水橋さんだろうけど、綺麗な黒髪ボブの女の人だった。
すらっとした美人さんである。
誰?ヒラヤマさんの彼女?隅におけないね!
「ふふ、人懐っこい子ですね」
水橋さんはそう言うと、私と目線を合わせるように少しだけ姿勢を低くした。
「
……乗せてもらうことになった、というともしかしてジョッキーさん?
女性騎手は少ないってイメージだったけど、まさかあたることになるとは。
こちらこそよろしくお願いします、の意をこめて鼻先を擦り寄せると、水橋さんは優しく笑ってくれた。
その日以来、水橋さんはたびたび厩舎に顔を出しては私とコミュニケーションを取ろうとしたり、ブラッシングをしてくれたりと積極的に関わりに来てくれるようになった。
それから季節は巡り、馬として生を受けてから2度目となる冬が訪れる。
芳松牧場で過ごした冬に比べれば全然温かいけれど、それでも寒いものは寒い。
スミレやハルトは元気にしてるだろうか。
母上やネオさんはマイペースに生きたり牧草を食べ尽くしてミステリーサークルを作ったりしてるのだろうか。
ホームシックじゃないよ。ちょっとセンチメンタルな気分なだけだよ。
「ストーム、荷物届いてるよ」
荷物?
よいしょ、と体を起こすとヒラヤマさんが何やら大きめの箱を持ってそこに立っていた。
隣には高川さんも一緒。
「芳松牧場からだぞ」
!!
なんてタイムリーなんだろう、芳松牧場からの届け物だなんて!
段ボール箱の中から出てきたのは、
「あ、こら、ストーム落ち着け、落ち着けってば!」
雪のような真っ白の馬着!
忘れもしない、お気に入りの一点ものである。
早く着せてーとヘドバンしながら要求。
「同封されてた手紙に『ランお気に入りの馬着を入れておきます』って書かれてたけどここまで気に入ってたとはなぁ。元気がいいね、大変だろう比良山くん」
「大変ですけどやっぱり自分で選んだ仕事ですからね、楽しいですよ……あああちょっと待てって、あんまり動くと着せられないだろう」
その後、馬着を着て満足した私は外へ飛び出して全く雪が積もっていない景色にテンションを下げるのだった。転がれないじゃん。
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初めて出会った時。
掛け値なしに綺麗な馬だと思った。
突き抜けるように青い空の下、光を照り返し月色に輝く馬体はこれ以上無いほど眩しかった。
微風なんて優しいものじゃない、名前の通り嵐のような鮮烈な印象を刻まれたその日を、私は一生忘れないだろう。
比良山 翔ープランタンストームの男性厩務員。髪色が明るめなので初対面のストームからは軽薄そうな印象を持たれていました。
漢字表記は【比良山】ですがストームからは(漢字で言ったら【平山】あたりかな…)と思われています。