ガタゴト、ガタゴト。そんな音を立てながら8台の馬車はギルムから離れていく。
それぞれの馬車にはオーク討伐依頼に志願した冒険者たちが乗っており、御者台にはギルドから派遣された御者とモンスターや盗賊の襲撃に備えて一人の冒険者の姿がある。
そんな中、リオが乗っている馬車の御者台にいるのは御者だけだった。
「グリフォンの索敵能力を当てに出来るというのは嬉しい誤算だったな。テイムしているモンスターがいるとは聞いていたが、まさかグリフォンだったとは。グランに話を聞いた時は正気かどうか思わず耳を疑ったぞ。グランの目を見てそれが本気で言っていると分かったから、すぐに馬車を引く馬をウォーホースにしたが正解だったようだな」
「がははは、そうだろう。俺も待ち合わせで正門に行った時、少し離れた場所でリオがグリフォンを枕にしていたのを見て同じように思った」
「他の馬車に乗ってる面々はあまりセトを信用していないみたいだけど?」
リオは一応道中の警戒に関してはセトに任せておけばいいと言ったのだが、他の冒険者のパーティはそれを良しとしなかったのだ。ボッブスも自分たちの身の安全は自分たちで守りたいと言われるとそれ以上強硬に出ることもなかった。
「それはしょうがない。何しろお前がギルドに登録してからまだ数日だろう? 他のパーティの面々からしてみればエルクの様に実績を積み重ねていないだけに、はいそうですかとはいかないものだ」
「それに他の馬車の警戒要員が警戒しているのは、襲って来るだろう敵だけじゃなくてお前のグリフォンが一番大きいと思うぞ」
ボッブスの言葉に繋げるようにロドスが言う。そしてその言葉に頷くエルク。
「他の奴等にしてみればグリフォンに襲われるなんて悪夢以外の何ものでもないから、しょうがないさ。俺やミンはセトとそれなりに仲良く出来たから心配はしてないが……ロドス、お前はちょっと危ないかもな」
ニヤリ、とした笑みを浮かべながらロドスをからかうエルク。
だが、次の瞬間にはロドスの向かいに座っていたミンが持っていた杖を突き出してエルクの腹へと埋める。
「ぐっ! ミ、ミン……いくら狭い馬車で杖を振りかぶれないからといって、突きは無いだろうが……俺じゃなかったら怪我してるぞ」
「黙れ、馬鹿亭主。わざわざロドスを脅すような真似をするからだ」
「母さん……」
ミンの言葉に、嬉しそうに声を上げるロドス。
(なるほど。エルクがロドスをからかって、それに対してミンが制裁を加える、これがロドスのマザコンの原因のようだな。……というか、本当にミンの杖の扱いが様になってるな。この様子だと、エルクとロドスが何かやらかす度に、ミンが杖で制裁を加えるのが日常なんだろうな)
リオは内心で会議室でも思った事を考えながらその様子を眺めて、ミスティリングから串焼きを取り出し、熱々のそれを口に運ぶ。
鶏肉に近い食感を持つこの肉は、ポイズントードのモモ肉である。以前、リオがゴブリンの討伐依頼の時にも遭遇したことのある毒持ちの蛙だ。その足の肉を毒抜きして一度蒸し、特製のタレを付けて焼いたものがギルドに物資を取りに行く通り道の屋台で売られているのを発見し、興味本位で買ってミスティリングの中に保存しておいたのだ。ミスティリング内は時間の流れが止まっているので、熱々の串焼きは購入してから数時間が経っても熱々のままだった。
「うおっ、何かいい匂いがしてると思ったら……リオ、お前いいもの食ってるじゃないか」
杖の一撃による痛みもあっさりと癒えたのか、タレの匂いを嗅ぎ付けたエルクが羨ましそうに見つめてくる。
すでに中年になっているとは思えないほどに目を輝かせ、自分も食いたいという雰囲気を周囲へと振り撒く。
やがてその視線に耐えきれ無くなったリオは、もう一本ミスティリングからポイズントードの串焼きを取り出してエルクへと手渡すのだった。
「おう、悪いな……って、これまだ熱々じゃねぇか。どうなってんだ?」
「ミスティリングの機能だよ。この中は時間の流れが止まってるんだ。だから、収納した時に熱い物は熱く、冷たい物は冷たいままで取り出す事が出来る」
「へぇ……さすが世界でも稀少品と言われているだけの事はあるようだね」
リオの説明に感心したように頷くミン。そしてそれを見ていたロドスは当然機嫌が悪くなる。
「ふんっ。いくらマジックアイテムの質が良くても、本人の実力が低ければ意味は無いってのを今回のオーク討伐で教えてやるよ」
そんなこんなで、色々と不安の種を残しつつもオーク討伐隊は馬車を進めて行く。
「グルルゥ?」
「え? ちょっ、え?」
オーク討伐隊として進んでいる馬車の御者台の上で周囲を警戒していた一人の女戦士は突然横から聞こえてきた声に驚きの声を上げる。
もちろん、その声がどんな存在かは知っていたのだが、まさかこうも近くでいきなり接触するとは思わなかったためだ。
この馬車に乗っているのは、自分のパーティメンバーである『灼熱の風』の面々と御者としてギルドから派遣されてきた者だけであり、それ故にグリフォンという存在が唐突に現れた時には思わず困惑の声を上げる。
だが、セトの方はそんな態度は関係無いとばかりに円らな瞳を女戦士に向けてくる。まるで構って、あるいは遊んでとうったえるように。
「えっと……その、初めまして。私は『灼熱の風』を率いているミレイヌよ」
緊張のあまりか、何故かセトへと向かって自己紹介をする女戦士のミレイヌ。
そんなミレイヌに対し、よろしくとでも言いたげに喉を鳴らして答えるセト。
「……か、可愛い……」
セトの仕草がよほどミレイヌの琴線に触れたのだろう。数秒前にセトへと感じていた畏怖は、次の瞬間その円らな瞳の前に綺麗に消え去っていく。
そして円らな瞳に誘われたかのようにセトの頭にそっと手を伸ばし……
「え?」
だが次の瞬間、セトは身を翻してミレイヌの前から離れていく。
「あぁ……」
一瞬残念そうな表情をするミレイヌだったが、直ぐに何故セトが自分たちの前からいなくなったのかを理解する。何故なら、こちらへと向かって来るファングウルフの群れを見つけたのだから。
「ミレイヌ、どうしました!?」
外の異変を感じたのだろう。馬車の中からパーティメンバーの声が聞こえて来るが……ミレイヌはそれに答えずに、ファングウルフの群れを一匹で圧倒するセトへと視線を奪われていた。
「可愛いだけじゃなく……強いんだ……」
オーク討伐隊の馬車の一つ。その馬車の中には3人の冒険者パーティが乗っており、一人が御者台で周囲……というよりはセトを主に警戒していた。
「おい、どうするんだよ。アイテムボックスを盗むチャンスだった言うからこのやばい依頼にも参加したってのに。グリフォンをテイムしてるなんて聞いてねぇぞ!」
「ちょっと、アル。あんまりオタオタしないでよね、みっともない」
「スニィ、お前本当に事態が分かってるか? グリフォンだぞ、グリフォン! ランクAモンスターの大空の死神! ランクDの俺たちがどうにか出来る相手じゃねぇぞ」
「アルもスニィも黙りな。グリフォンをテイムしていると言ったって、何も四六時中あの新入りの側にいるって訳じゃ無いんだ。特に戦闘中や野営の時に上手くすれば……」
20代の男女の冒険者が騒ぎ、それを見ていた30代の女が落ち着かせる。
「けどよ、姐御。それだとオークの討伐が失敗するんじゃないか?」
「だからどうした?」
男の声にあっさりと返す女。
「だからって……だって、オークの討伐に失敗したらギルムは……」
「落ち着きな、アル。別に討伐が一回失敗したからと言っても、即ギルムがどうにかなる訳じゃないさ。それにいざとなったら国から援軍を送って貰う事だって出来る」
その場合は機会を窺っている貴族派にいいようにやられるだろうけどね、と内心で呟く。
この女の名前はセリル。ランクCの冒険者である。現在は同じ馬車に乗っているアルとスニィ、御者台にいるムルガスという男の4人で『夜闇の星』というパーティを組んでいた。普段ならこの4人はオークの、しかも希少種や上位種の存在が確実視されているような討伐依頼を受けるような者たちではない。では何故その依頼を受けたのか。それはリオの持っているアイテムボックスを何とかして奪おうと狙っていたからだ。
世界を見回しても稀少なアイテムボックス。もしそれを上手く手に入れられたら一体どれ程の金になるだろう。それを思うだけでセリルの背筋に甘い痺れが走るのだ。
(そしてその金であたしはこんな危険な辺境を出て行く。王都で面白おかしく暮らすんだ)
セリルは既に30代で、冒険者と言う仕事をそう長くは続けていられないだろう。それに一流と言われているランクBに上がるのは既に無理だと諦めてもいる。自分はランクCがせいぜいの器なのだと。
そしてそんな時に突然現れた10代後半の新人。それがアイテムボックスを持っていると聞いた時、直ぐにセリルの腹は決まった。何としてもそのアイテムボックスを奪うのだ。否、それは本来自分の物でなければならないのだ。何故なら自分はこんなに苦労しているのだから、と。
そう思い込んだセリルは、パーティメンバーと言うよりは部下である3人に命令してリオの行動を探った。そして、丁度タイミング良く起きたオーク討伐の緊急依頼にリオが参加すると聞き、自分たちも参加を決めたのだった。
「けどさ、姐御。あのリオって奴、『鷹の爪』を1人で倒す程の腕利きなんだろう? グリフォンのいない時を狙うって言っても……」
「少しは頭を使いな、アル。別にあたしたちは正面から正々堂々とあの新入りを倒さなきゃいけない訳じゃ無いんだ。眠ってる時に掠め取ったっていい。戦闘の時に後ろから不意打ちしてもいい。手段なんざいくらでもある」
意味ありげな笑みを浮かべるセリルだったが、それを見るアルは正直気が乗らない。
別にリオを庇っているのでは無く、アル自身はギルムにそれなりに愛着を持っているのだ。だからこそオークの討伐中にそれを邪魔するようなことはしたくない。
(それに、あいつはバルガスを呆気なく倒したんだ。戦闘能力だけならランクC間違い無しと言われたあのバルガスを)
アルはふと、御者台にいるムルガスならどうするだろうと考える。
ムルガスは基本的に小心者であり、だからこそグリフォンという存在に怯え、少しでも早くその行動を察知出来るようにと自ら御者台の見張りを買って出た。小心者故にグリフォンの様子がおかしいと察知したら、馬車の中へと声を掛けて自分はさっさと逃げるのだろうが。
「……あ」
そんな中、不意に今まで黙って二人のやり取りを聞いていたスニィが、どこか唖然とした声を漏らす。
「どうしたんだい、スニィ」
「姐御……その、グリフォンが……」
「グリフォンが?」
グリフォン、と言う単語が出ると流石に緊張を隠せずにセリルは先を促す。
「ファングウルフの群れを一匹で蹴散らしてる」
「っ!?」
スニィの言葉に、勢いよく座席から立ち上がって窓へと近寄るセリルとアル。
その視線の先では、確かに普通の狼よりも一回りほど大きく特徴的な牙を持つファングウルフの群れが、グリフォンに蹂躙されている所だった。
鉤爪の付いた前足を一振りすれば首が飛び、その特徴的な牙を剥き出しにして跳躍して襲い掛かってきた相手にはクチバシを突き出して逆にその頭を貫き、尾を食い千切ろうと後ろへ回り込もうとした相手は獅子の足で蹴り付けて胴体を粉砕する。
「ファングウルフの群れをああも簡単に……」
その戦い振りに呆然とした呟きを漏らすアル。
ファングウルフと言うのはランク的に言えばランクFのモンスターであり、決して一匹では強くない。だが、狼が魔物化した存在だけあって群れを成して狩りをする。ギルドに登録したばかりの冒険者は、ランクが低いから大した事が無いと思い込んで討伐に向かい、群れによる狩りで逆に相手の餌になるというようなことが毎年数回は起きているのだ。
もちろん所詮ランクFはランクFであり、群れを成したとしてもランクEなのだ。ランクDやCの冒険者パーティである自分たちなら倒せないことはない。だが、自分たちでああも簡単に、圧倒的に、蹂躙としか呼べないような戦いを出来るだろうか。しかも馬車の中から見ている限り、グリフォンは全くの無傷に思える。
そんなグリフォンの姿を見てしまっては、アルの小心さを馬鹿にしていたスニィでさえ自分があの新人に手を出して失敗した時にどうなるのかが頭を過ぎる。
「姐御……」
セリルへと掛けられたスニィの声は多分に恐怖と怯えが含まれていた。
このままではまずい。リオからアイテムボックスを奪う前に心を折られかねない。そう判断したセリルは咄嗟に怒鳴りつける。
「2人共、ビビってんじゃないよ。さっきも言ったが、あたしたちの目的はあくまでもあの小僧からアイテムボックスを奪うことだ。あのグリフォンがいくら強いと言ったって、別に正面から戦いを挑む必要なんか無い。不意打ちなりなんなりしてアイテムボックスを奪ったら、さっさと逃げ出せばいいのさ」
当然、ギルムの運命が懸かっていると言ってもいいこの討伐依頼から逃げ出すのだから、実行した以上はこのままギルムに居続けると言う事は出来ないだろう。だが、セリルにしてみればアイテムボックスを奪ったらとっとと王都へと逃げ込み、お宝を売り払って悠々自適に暮らすつもりなのだ。もしかしたら冒険者ギルドのギルム支部を通じて賞金首として指名手配されるかもしれないが、腐っても自分はランクCであり、その辺の冒険者には負けない自信がある。それにアイテムボックスを売った金があれば強力な護衛を雇うなり、貴族に渡りを付けてギルドに圧力を掛ける事も可能だろう。
いくらギルドが国から独立している機関とは言っても、結局はその国の土地にあるというのは間違いが無いのだから、自分一人を指名手配するために貴族と揉める事はない、というのがセリルの予想だった。
改めて自分の目的と明るい未来を頭に描くと、グリフォンの虐殺とも言える場面を見て僅かに湧いていた恐怖心もいつの間にか払拭されている。
目の前で不安そうな顔をしているアルとスニィの肩を力強く叩きながら口を開く。
「ほら、大丈夫だって。まずは今夜の野営だね。上手く行けば、オークの集落に辿り着く前にアイテムボックスを奪って逃げ出すことが出来るかもしれないんだ。しっかりと機会を窺うようにしなよ」
そう告げるセリルの馬車から少し離れた場所では、セトが他のファングウルフよりも一回り大きい群れの長の肉を啄んでいるところだった。……因みに、魔石に関しては御者台で見張りをしている冒険者たちに見られてしまう可能性がある為、吸収はせずに肉だけを食べていた。
パチッパチッと焚き火の燃える音が周囲に響き、リオの休んでいるテントの中にもその音が聞こえてくる。
月明かりと焚き火の明かりのみが周囲を照らす光源となり、数人の冒険者たちがその焚き火の周りに集まって周囲を警戒していた。
現在は夜で、既に夕食も終わって見張り以外はパーティ毎に割り当てられたテントで休んでいる。
リオの休んでいるテントの中でも、『雷神の斧』の3人がいつでも敵襲に対応出来るよう武器を手元に置いて眠りについていた。
本来ならリオは1人で休みたかったのだが、ボッブスが一応念のためと言う事でテントも『雷神の斧』と一緒にするように命じたのだ。
(……来ない、か)
リオが1人で休みたかった理由。それはこのオークの討伐依頼を受けた時から視線を送ってくる相手、男女4人組のパーティである『夜闇の星』を自分を餌にして誘き出すつもりだったからだ。本来ならそんな面倒臭い真似をしたくはなかったのだが、オークと戦っている時に背後から攻撃される可能性を考えると早めにどうにかしたかった。だが、『雷神の斧』とリオたちのテントのすぐ側で眠っているセトには手を出せないと思ったのか、特に何が起きるでもなく夜は過ぎていく。
なお、本来ならリオもまた交代で見張りに付く予定だったのだが、これもまたボッブスの鶴の一声で免除になっていた。
「姐御、駄目だ。新入りのテントは『雷神の斧』の連中と一緒だし、近くにはあのグリフォンも張り付いてやがる。闇に乗じてってのは止めといた方がいい」
『夜闇の星』に宛がわれたテントの入口から、一番遠くにあるリオと『雷神の斧』のテントの様子を窺っていたムルガス。そのムルガスが周囲のテントで寝ているだろう者たちに聞こえないように小声でそう告げる。
普通なら焚き火の明かりがあるとは言っても見えない距離にあるリオたちのテントだが、『夜闇の星』の中でも斥候を担当しているムルガスは夜目が利く。そのお陰でリオの休んでいるテントの他にも、そのすぐ側で寝転がっているセトの様子も見えていた。
「ちっ、仕方ない。今夜の襲撃は見送った方が良さそうだね」
セリルはふて腐れたように吐き捨て、寝転がる。
「ったく、ボッブスの野郎があそこまでグリフォンを信頼するとは予想外だったね。他の奴等も奴等で、よくあんなモンスターを近くに置いておくのを承知するもんだ」
このオーク討伐隊の指揮を任されているボッブスだが、それはあくまでも戦闘における指揮官でしかない。オークの集落に辿り着くまでの旅路では絶対的な指揮官という訳ではないのだ。……少なくともセリルはそう思っていた。故にここで野営をすると決めた時、いくらテイムされているとは言ってもグリフォンの近くで眠りたくないと訴えたのだが……セトの五感がどれ程優れているのかを説明され、また同時にファングウルフの群れを一匹で蹂躙したその戦闘能力を見ていた他の冒険者パーティはセリルに同調しなかったのだ。
それは、喉を鳴らしてリオに甘えているセトの姿を見た冒険者たちが、少なくともこのグリフォンはリオと共に行動している限り、自分たちに危害を加えないだろうと判断したと言うのもあるし、同時にセトがテントの近くに居れば下手な見張りよりも鋭く敵の接近を感知してくれるという打算でもあった。もっとも、結局は念のためと言う事で交代しながら見張りをすることになったのだが。……そんなボッブスが説明をしている時に、セトちゃん可愛いし、と言い続けていた女冒険者がいたとか。
なお、見張りの時間に関してはボッブスの持っている砂時計が落ちきったら次のパーティに交代するという流れになっている。
それらの行動により、他の冒険者たちと違う行動を取った『夜闇の星』はボッブスやリオ、あるいは『雷神の斧』といった面々に違和感を持たれ、グリフォンの側にいるのが嫌なようなら……という理由でリオたちのテントから一番離れた位置に自分たちのテントを張る羽目になってしまったのだ。
「姐御、どうします?」
スニィの声がテントの中に響くが、セリルは目を閉じながら答える。
「グリフォンに『雷神の斧』が側にいるんじゃ手の出しようがない。今日の所は大人しく寝て身体を休めておきな。本番は明日の夜、オークの集落に夜襲を掛けた時だ。……今日の内にアイテムボックスを奪えていれば、今回の遠征で用意された物資も丸々貰えたんだけどね」
呟くセリルは、ここで野営をすると決めた夕方の時のことを思い出す。あの新入りの小僧の手に次から次へと野営に必要な物資が出て来るという光景は、アイテムボックスという存在の真価を十分に示していた。それは同時に、セリルの欲望もより強く揺さぶるものだった。
セリルは横になって目を閉じながら、数十日後には自分が王都で遊んで暮らしている想像を浮かべながら眠りに落ちていく。
その横で、アルが軽く眉をひそめていたのに気が付かないまま。
翌日、オーク討伐隊の面々は既にテントの類は全てをミスティリングへと収納し終わり、朝食もギルドが用意した乾パンや干し肉といったもので簡単にすませて出発の準備を行う。
……なお、セトには食事に関しては何処かに飛んで行き、獲物を自分で狩って食べていた。
魔石に関して疑問に思ったリオだったが、頭の中に例のアナウンスメッセージが流れなかったので、セトの朝食になったのは大型の獣か高いランクのモンスターではなかったのだろうと判断していた。
そして出発準備が整ったオーク討伐隊の前でボッブスが口を開く。
「いいか。昨日も言ったが、このまま進めば今日の昼過ぎにはオークの集落付近まで辿り着けるはずだ。その後は夜中までそれぞれが休憩して体力を回復しておいてくれ。特に昨夜見張りをした者たちは睡眠不足なんて事にはならないようにな。その後は夜中になったら奇襲を仕掛ける。知っての通り、オークは団体行動を取れるモンスターだ。恐らく見張りを立てているだろうから、まず見張りを倒す。その後は確実にオークを殲滅するため、集落を各パーティ単位で包囲してから攻撃を仕掛ける。討伐証明部位や素材の剥ぎ取りに関しては集落にいるオークたちを殲滅した後、明日の朝まで待ってくれ。質問は?」
「オークの希少種や上位種を倒した場合は占有権を貰えるんだな?」
「ああ、当然だ」
「オークが持っている武器や宝なんかを発見した場合は?」
「その場合は見つけた者が所有権を主張できる」
その後も細々とした質問に答えていくボッブス。
そのやり取りを聞きながら、リオは自分の精霊術について考えていた。
(俺の精霊術なら集落を纏めて攻撃することが出来る。それを言うか? ……いや、その場合は取り分で揉める原因になるか。なら他のパーティと一緒に襲撃した方が最終的には得になる……か?)
集落にいるオークたちを纏めて殲滅をして功績を独り占めにするか、他の冒険者パーティと共に襲撃に参加して功績は分け合いつつも魔石の入手を優先するか。どちらが得かを数秒だけ考え、リオは後者を選択するのだった。
もし前者を選択した場合は、確かに功績を独り占めに出来る。だが、それはつまり他の冒険者パーティから功績を挙げる場を奪うと言う事だ。それによって逆恨みされる可能性を考えると、魔石を手に入れられる分後者の方がいいだろう。それに功績を挙げる機会はオークの討伐以外にもあるだろうが、オークの希少種や上位種といった存在の魔石はこの場でしか手に入らない可能性もあるのだから。
「よし、他に質問は無いな?じゃあ昨日と同じく分かれて馬車に乗れ。出発するぞ」
ボッブスのその言葉を合図にそれぞれが昨日乗った馬車へと乗り込んでいく。
その際、他の冒険者たちの中でも数名がセトへと感謝の言葉を投げていたのがリオには印象的だった。夜はリオのテントの側で待機していたとはいえ、共に夜を過ごした事である程度の信頼感を得たのだろう。
「リオ君、私たちも馬車に乗るとしよう」
そんなセトと他の冒険者たちの様子を見守っていたリオへと、ミンが声を掛けてくる。
その後ろではエルクが口元に笑みを浮かべ、ロドスが不機嫌そうにリオへと視線を向けているという、『雷神の斧』の面々がいた。
「そうだな、向こうについての休憩時間は少しでも長い方がいいか」
呟き、セトの頭を軽く撫でてから馬車へと乗り込み、出発する。
馬車が動き出してからしばらく経ち、迷宮や剥ぎ取りに関しての注意点をエルクやミンから聞いていたリオだったが、不意にボッブスがその会話を中断させる。
「リオ、それにエルクたちも。気が付いていると思うが、この討伐隊にオークの討伐以外の目的を持ったパーティが参加しているらしい」
「ああ。『夜闇の星』とか言う連中だろう?」
エルクの断言した言葉にリオもまた頷く。
男女4人組の冒険者パーティである『夜闇の星』。特にリーダーの女から向けられる、欲望に濁った視線には当然リオも気が付いていた。
ギルドで討伐依頼の会議が終わった時から感じていた視線だが、実際に街を出発してからはその視線はより露骨なものになっていたのだから。
欲望にべっとりとした視線を感じた時、最初は自分の身体が目当てなのかとも思ったのだ。何しろ前世はともかく、ゼパイル一門が創りあげたこの肉体の顔はそれなりな整っていると言うのはリオ自身も理解していたからだ。
だが、『夜闇の星』のリーダーであるセリルの視線が向かうのは顔や身体ではなく、決まってミスティリングの嵌まっている右腕だった。
「そうか、やはり気づいていたか。どうやら奴等の狙いはそのアイテムボックスで間違いないらしい」
「あそこまで露骨に俺の右腕に視線を向けられれば、流石に気が付くよ」
リオが本当に普通のランクG冒険者であったのなら確かにランクC冒険者であるセリルの視線には気が付かない可能性もあっただろう。だが、幸か不幸かリオは並のランクG冒険者では無かった。
「……成る程。たまに妙な視線を感じると思ったら、お前のアイテムボックス狙いだったのか。ふん、分不相応な物を持っているからだ。大体、何で新人のお前がそんなに稀少なマジックアイテムを持ってるんだ?」
リオの腕に嵌まっている腕輪を見ながら呟くロドス。流石に『雷神の斧』のメンバーだけあって、あの欲望に濁った視線には気が付いていたらしい。
「俺は元々どことも知れない山奥で精霊術の師匠と一緒に暮らしていたんだよ。で、その修行も一通り終わった所で、後は自分で好きに研鑽をしろと言われて魔の森にセトと一緒に転移させられたんだが、その際に幾つかのマジックアイテムを餞別として譲り受けている。それがこのミスティリングであり、俺のメイン武器でもある双龍銃剣であり、他にもまあ、色々とな」
ギルムに入る時、ランガにした説明を思い出しつつロドスへと告げる。
「……魔の森、だと? お前、あそこに転移させられたのか?」
「ああ。転移させられて最初に出くわしたのがウォーターベアだった時は流石に驚いたな」
「ウォーターベア……」
唖然とした表情でリオを見るロドス。その視線には、つい数分前まであった侮りの色は幾分か薄くなっていた。
「まあ、魔の森云々ってのは置いといてだ。リオ、『夜闇の星』には気をつけろよ。奴等は恐らくお前を不意打ちか何かで襲ってそのアイテムボックスを奪うつもりだからな」
エルクの言葉に頷くリオ。
「分かっている。昨日野営の前にテントの近くにセトがいるのは嫌だって言ったのも、恐らく俺が寝ている隙に……とでも思ったんだろう。まあ、結局その提案は他のパーティに却下されたけど。それにもし仮にセトをテントの側から離したとしても、俺はお前たち『雷神の斧』と一緒のテントだったんだから、結局はどうしようも無かったと思うし」
「けど、そのアイテムボックス……いや、ミスティリングはリオ君しか使えないんだろう? それなら『夜闇の星』がもしそれを奪ったとしても、意味が無いんじゃないのかい?」
ミンが、ギルドの会議室でミスティリングを見せて貰った時に教えて貰った話を思い出して尋ねるが、リオは無言で肩を竦める。
「稀少品中の稀少品だから、詳しい性能や特徴を知らなくてもおかしくはないさ。俺も、ミスティリング以外のアイテムボックスの事は知らないし」
「とにかく『夜闇の星』については、『雷神の斧』にしろ、リオにしろ気をつけておくように。……いっそのこと、集落に夜襲を仕掛ける時も『雷神の斧』と行動を共にするか?」
ボックスの言葉に数秒考え、首を左右に振る。
「いや、ただでさえ人数が多いとは言えないんだ。態々オークを逃がす穴を広げる必要は無いさ」
そう返事をしたリオだが、その本心は『雷神の斧』と行動を共にした場合、入手出来る魔石の数が少なくなるというのが大きな理由だった。
「そうか? まあ、お前にはグリフォンがいるんだから大丈夫だとは思うが……くれぐれも油断はしないようにな。一応俺も『夜闇の星』には注意しておくが」
確かに緊急依頼と言う事で人数が少ないのは事実なのだ。その為、ボッブスは苦虫を噛み潰したかのような表情でリオの意見を認める。
そうして、オーク討伐隊は昼前には集落の近くへと到着する。
【セト】
・水球 Lv.1 ・ファイアブレス Lv.1
・アジットブレス Lv.1
【双龍銃剣】
・腐食 Lv.1