「おお……やっと……」
そんなことが聞こえてきて、ふと目を覚ます。周囲に見えるのは何も無い白い空間。それが延々とどこまでも続いているように見えた。
「ここはどこだ?」
確か自分は事故にあって死んだはず……と、普通なら取り乱す場面だが不思議と冷静に判断が出来ている。
「目が覚めたかね、我が後継者候補よ」
そう話し掛けられ、声のした方へと意識を向けると、その存在が目に入ってくる。
「光球?」
そう、それは直径三十センチほどの光球だった。それがまるで興奮しているかのように激しく明滅しながら声を発しているのだ。
「我が光球だとするのなら、汝もまた光球ということになるのだが。その辺は理解出来ているかね?」
その光球の言葉を聞き、初めて自分の身体も眼前にあるのと同様の光球であることに気が付く。確かに手足もなければ、当然視覚や聴覚といった感覚も無い。それなのに何故か見て、聞けるのだ。
「どうなっている?」
自分の現在の状況を理解しつつも、全く焦りといったものが湧き上がってこないままに呟く。その辺は大らかさゆえか。
「落ち着け、後継者候補よ。……いや、取り乱してはいないか。さすが我が後継者候補と呼ぶべきか」
「後継者、候補?」
「うむ。そのために汝の魂が消滅する寸前に我がこの場に隔離したのだ」
光球の話す魂の消滅という言葉に、事故直前の場面を思い浮かべる。確かにあの状況で助かる可能性は無いだろう。
「そうだな。確かに俺は死んだ……はずだ。じゃあここはいわゆる死後の世界って奴か?」
「否。ここは世界と世界の狭間にある一種の精神世界。我が後継者を捜して術を行使し、汝がそれに引っ掛かった」
抑揚の少ない声でそう告げる光球に、ピクリと反応する。
「それは、あれか? お前が因果律に干渉して、俺を殺したとかか?」
昨今のゲームや小説等にとってはお馴染みの展開ではある。……もっとも、それが自分の身に起きたのなら嬉しくはないが。
しかし、目の前の光球は再び明滅しながら声を発する。
「否。我が行使した術は、我の後継者となり得る資質を持つ者の魂が死に瀕したとき、死後の世界へ向かう前に一時だけこの精神世界へと誘う術である」
この光球の言っている内容が事実だとしたら、自分の死はこの光球には何の関係も無いらしい。……ただし、その話している内容が全て事実だとしたら、だが。さすがに初めて会ったばかりの見知らぬ光球の話を全面的に肯定は出来なかった。
とは言え、いつまでもこのままという訳にはいかないので話の先を促す。
「続けてくれ」
「うむ。先程も言ったが、我は自分の後継者たりえる存在を呼び出す術を行使した。その結果現れたのが汝となる。ゆえに後継者候補」
「さっきから気になってたんだが、何の後継者なんだ?」
「すでに消失寸前となっている魔術、魔獣術と呼ばれる魔術の後継者だ」
どこか悲しげに呟き、明滅する光球。
「我は汝を呼び出したとき、その記憶を大雑把にだが読み取らせて貰った。我の世界は汝の世界とは違い、魔術というものが存在する。その世界の中でも我は強大な魔力を持つ魔術師であった。そしてそれは我の一門も同様。その我の一門が生み出したのが魔獣術と呼ばれる魔術となる」
「生み出したのがお前の一門で、それがすでに消失寸前ってことは、かなりマイナーなんじゃないのか?」
「それは否定せん。そもそも魔獣術を使うための前提条件が、莫大な魔力を持っていることなので、どうしても才ある者が集まった我が一門の者以外には使いにくい魔術なのだ」
「膨大な魔力って……それは俺にもあるのか?」
その膨大な魔力が魔獣術とやらの前提条件である以上、その後継者と見なされた自分にもその魔力が無いと話にならないだろう。そう思って尋ねた質問だったが、光球の返答は予想を越えたものだった。
「ある。と言うか、世界でも最高峰の魔力を持つと言われたこのゼパイル・ゾンドよりも巨大な魔力を持っている。それこそ汝の世界では汝以上に強大な魔力は存在しないほどに。それほどの魔力を汝はその身に宿しているのだ。」
それから光球の語ったことは、一門についてだった。
魔術師のみの集団ではあったが、その戦力は一国を数時間で滅ぼすことができるとか。ある種の奥義とも言える存在が一門が生み出した魔獣術と呼ばれている魔術だった。しかし、一時代に天才と言われる魔術師が集まった影響か、下の世代には光球たちほどの才ある魔術師が現れることがなかったらしい。他にも、魔獣術を実行するときに魔術的な制約によりその効果を高めている関係上、一生に一度しか使えないというのも魔獣術が広まらなかった大きな理由だろう。
そして天才科学者呼ばれる魔術師たちでも当然寿命は有限であり、一人、また一人と倒れその人数を次第に減らしていき、最後まで生き残ったのが目の前の光球だったが、それでも寿命には勝てない。自分たちの生み出した魔獣術がこのまま消え去るのは我慢出来ない。しかしこの世界には魔獣術を継げる者はいない。なら他の世界なら?という考えで、光球は己の命と魔力を全て使い生涯最後の術を行使した。そして世界と世界の狭間に精神世界を創造し、数百年近く魔獣術を継ぐ資質はある魂が世界から離れていくのを捜しており、それに引っ掛かったのが自分の魂だった。
「なるほど、大体の事情は分かった。……ちなみに、もしそれを断ったとしたらどうなる?」
「どうにもならん。汝はこのまま死後の世界へと旅立ち、新たな命として再び生を得るだろう」
「じゃあ、魔獣術を継ぐと言ったら?」
「その場合は我が汝の触媒となり、汝に新たなる肉体を授けよう」
光球の言葉を聞き、ピクリと動く。
「……ちょっと待て、色々聞き逃せない単語があるんだが。まずはお前が触媒になるっていうのは?」
「そのままの意味だ。我の知識を汝に渡すために必要な手順となる」
「それは、あれか? お前と俺が融合するという感じか?」
「否。我はあくまでも触媒に過ぎない。汝に必要最小限の知識を譲渡した後は、そのまま汝に吸収され消えていく。ただし、汝と我が一つになるということは変わらない。主体はあくまでも汝であるが、倫理観の類は我の世界で生きるのに適応して変化すると予想される」
少なくとも自分の人格はそのまま残ると聞き、思わず安堵の息を吐く。そして次の質問に移る。
「必要最小限の知識?」
「そうだ。魔術とは想像力に多大な影響を受ける。ゆえに我の知識の全てを汝に授けると、それは固定観念となり、汝の魔術に悪影響を及ぼすだろう」
「……なるほど、知識については理解した。それで新しい肉体というのは?」
「汝は汝の世界で己の肉体を失っている」
「まあ、それは確かに」
「ゆえに、我と我が一門が魔力と技術の粋を集めて創造した、新たなる肉体に汝の魂を定着させる」
「なるほど、それが新たな肉体か」
「また、汝が魔獣術を継いだ後に当然我は消滅する。ゆえに我と我が一門が残した幾つかの魔法道具は汝の物になる」
「世界最強の魔術師たちの遺産、か。至れり尽くせりだな。だが、新しい肉体となると魔力の話はどうなるんだ?」
「問題無い。魔力とは魂に備わっているものであり、肉体に備わっているものではない。ただし、注意せよ。汝が受け継ぐ魔獣術は、その存在を知れば多くの者が求めるだろう。我等の生み出した魔獣はかつて一国の軍隊すらも滅ぼすだけの力を発揮したのだから。権力を持つ者たちは敵対すれば身の破滅を、そうでなければ自らの陣営に引き込まんと手を打ってくるだろう。協力しないのならば……と命を狙われるのは目に見えている。ゆえに汝は魔獣術について出来るだけ隠さなくてはならん。その上で、汝に魔獣術で生み出された魔獣がどこまでも高みに昇って欲しい」
「魔獣術を隠さなければならないというのは理解出来たよ。それに、俺が持っているっていう強大な魔力はそのままってのも。けど、それならお前自身でその肉体を使って生き返るという手段は使えないのか?最初から俺が魔獣術を使うんじゃなくて、お前自身が育てた魔獣を高みへと導くとかすれば……」
「否。我が魂とその肉体は適合性の問題があり、なおかつ我の魂はすでに年老いて磨り減っている。そして何よりも、我の生み出した魔獣は国が連合を組んで討っており、すでに存在していない。ゆえに汝に我等が生み出した魔獣術の可能性を託すのだ。……これで汝に伝えるべき内容は全て伝えた。ゆえに問おう。我と我等が残せし魔術を継承するや否や?」
「このままここで断ったとしても、死後の世界とやらに行くだけなんだろうしな。その申し出を受けさせてもらう」
その言葉に光球が数回明滅する。
「感謝する。ではこれより始めよう」
「ああ。どうすればいいんだ?」
「難しくない。この空間にいる時点ですでに準備は整っている。後は我と汝が接触すれば、自動的に完了して汝が再構成される。同時に新たな肉体に汝の魂が定着して覚醒するだろう」
「分かった。……やってくれ」
「うむ。ではこれより開始する」
そう宣言すると、二つの光球は近づき……そのまま重なる。
「汝に感謝を。そして新たなる人生に幸多からんことを」
光球のその言葉と同時に、意識は闇に沈んでいった。
奥深い森にその建物は存在していた。周囲にあるのは天を突くかのような大樹ばかりであるにもかかわらず、何故かその建物には柔らかな日光が降り注いでいる。そんな建物の中は一切の人気が無く、生き物の気配も無い。だが、不思議なことに何故かその建物の床には埃は一切積もっておらず、清潔な状態が保たれていた。
そんな建物の中にある一室で、ある人物が目を覚ます。
「……ここは、一体?」