「グルルルゥ」
そんな声を聞きながら目覚めて最初に感じたのは、妙に手触りの良い温かい毛並みだった。
「……んあ?」
目を擦りながら周囲を見回すと、まず目に入ってきたのはふさふさの毛並み。その毛並みを持った何かが、まるで守るかのように己の身体を枕にして寝かせていたのだ。
そのことに気が付き、目の前にある毛を撫でながら周囲を見回す。するとどこか心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた存在と目を合わせることになった。
『………………』
お互いが無言でそれぞれの顔をじっくりと見つめ合う。
目に映っているのは、黒く鋭いクチバシにつぶらな蒼い瞳だ。その蒼い瞳は、どこか心配そうにこちらの様子を確認している。
自分と同じ蒼い瞳だな、と何となく思った次の瞬間には目の前にある顔、すなわち猛禽類の顔がこちらの顔へと押しつけられていた。
「グルゥ」
まるで猫が甘えているかのようなその仕草に、思わず笑みを浮かべながら鳥の頭を撫でる。
するともっともっとと言うようにさらに頭を擦りつけてきた。そんな鳥の頭を撫でながら、ふとその全体を見渡して、手を止める。
「グルゥ?」
どうしたの?とでも言うように小首を傾げる鳥をそのままに、自分が寄り掛かっていた場所へと視線を向ける。するとそこにあったのは、予想していた鳥の羽毛ではなく、滑らかな手触りの、まるでシルクのような毛並みだった。猫科……というよりは、獅子の身体のように見える。ただし前足に関しては猛禽類のそれらしく鋭く尖っていた。獅子の身体に猛禽類……否、鷲の頭、前足、そして折りたたまれてはいるが、背からは翼も生えている。そんな幻獣の名前を知っていた。
「グリフォン」
「グルゥ」
正解、とでも言うように再び鷲の頭を擦りつけられる。そこまで呟き、ようやく自分が何故気を失っていたのかを思い出すことが出来た。
「そうか、俺は魔獣術の儀式をやって……」
グリフォンの存在に納得すると、改めて目の前にいる魔獣へと視線を向ける。躍動感に満ちている獅子の身体に、鋭くも愛らしい鷲の顔。折りたたんでいる翼を抜かした大きさは大体二メートルほどだろうか。自身の記憶にあるグリフォンと言えば、当然ゲームや小説に出てくるものだった。それらの知識では、グリフォンというのは非常に獰猛であり攻撃的となっている。しかし、目の前にいるグリフォンにそんな様子は一切無い。むしろ、仔猫がじゃれついてくるかのように顔を擦りつけてくるその様子を見て、獰猛云々というのはちょっと考えられなかった。
「あるいは魔獣術で生み出されたグリフォンだからか?」
「グルゥ」
そう呟いたとき、丁度タイミング良くグリフォンが喉の奥で鳴く。
「……もしかして俺の言葉を理解しているのか?」
「グルゥ」
当たり、とでも言うように再びグリフォンが鳴くのを見てゼパイルの知識を引き出す。
それによると魔獣術で生み出された魔獣の能力は、魔法陣に吸収された魔力量によって千差万別となっていた。つまり、自身の莫大な魔力を基に生み出された目の前のグリフォンは、それだけ高い能力……少なくとも人の言葉を理解する能力を持っているのだろう。
「なるほど、大体分かった。……まずは名前を付けるか」
目の前のグリフォンは何故か最初から懐いてはいるが、本来の魔獣術の手順で言えば魔獣を生み出した後、名前を付けて初めて魔獣の存在が確立されるのだ。
「グリフォン、空、嵐……セトっていうのはどうだ?」
セト。それはエジプト神話に登場する神の名前であり、嵐を司る神とされている。他にも荒々しさや戦争も司っており、偉大なる強さを象徴する神としても知られていることを説明する。
自分を守るかのように存在していた目の前のグリフォンを見て、連想された名前がそれだった。
「グルルルゥ」
名前の由来を聞いたグリフォンも嬉しげに喉を鳴らす。
「よし。今日からお前はセトだな。俺の名前は………」
懐いているセトの頭を撫でながら考える。そのまま前世の名前を使うのは違和感がある。また、ゼパイルの知識によればエルジィンというこの世界に前世の名前が合わないというのも理解している。
「……そうだな、これからはリオと名乗るか。よろしくな、セト。俺の名前はリオだ」
「グルルゥ」
そう告げてセトが返事をした瞬間、脳裏にスキル一覧なるものが浮かび上がった。
「これは、何だ?」
突然脳裏に表示されたその文章。リオの感覚で言えばゲームのステータス画面のようにも見える。……その割にはスキル一覧としか書かれておらず、攻撃力、防御力といったゲーム的にお馴染みのものは表示されていない。それ以前にそこに表示されている名前はセトであってリオでは無いのだ。
慌ててゼパイルの知識から情報を引き出す。
「……なるほどお前の仕業かタクム」
そう、魔獣術を作り出すにあたってタクムが手を出したのがこのスキル一覧だった。セトが魔石を捕食することにより、覚えたスキルを表示出来るようにしたのだ。さすが現代日本から転移してきた存在と言うべきだろう。
「いや、便利と言えば便利だからいいんだけどな」
せっかく異世界へと来た、あるいは生まれ変わったというのに、微妙に日本の残り香がする状況に苦笑を浮かべ、セトと共に立ち上がる。
「グルル」
と、そんなリオを見ていたセトが、今まで自分の陰となっていた場所からベルトのような物体を咥えてリオへと差し出す。
セトが咥えている物は、一体?