結界で守られた屋敷の玄関先で、月明かりに照らされた森を眺めていたリオとセトは、その声を聞いて周囲を見渡すがその姿を見つけることができない。
(どうなってる?声は聞こえたのに誰もいない。他の魔力反応もない)
「セト」
「グルゥ……」
セトは、リオの問いかけにただ横に首を振る。グリフォンの五感と魔力の感知能力でも声の主がどこにいるかわからない、と。
(セトもわからない、か。そもそも結界をどうやって抜けてきたんだ?)
森の凶悪な魔獣から屋敷を守っている結界は、その効果を発揮している。破壊されていれば、周囲を魔獣で囲まれているはずだからだ。
(つまり、この声の主は結界の効果を受けず、入ってきた、か。ゼパイル一門の作った結界を。どれだけの力があれば出来るんだ)
そうやって周囲を警戒するリオとセトを見て、その声の主は今の自分の状態を思い出した。
「あぁ、ごめんなさい。普段からこの状態だったし、人の前に出るのも随分と久しぶりだから。少し待ってね」
その言葉をきっかけに、リオ達の前に光の粒子が現れ、一つに集まり人の姿を形作っていき、一際強く輝く。光が消えてリオ達の前には、
「これなら、見えてるわね」
「なっ……」
「グルゥ……」
リオ達の前には、水色の長髪に、群青色の瞳、大きな双丘、170センチとスタイルのいいワンピース姿のリオと同年代ぐらいの神秘的でありながらどこか茶目っ気のある綺麗な女性が立っていた。
『……』
「……あら?」
突然、目の前に女性が現れたことの衝撃が強く思考が止まっていたため、反応が無かった。
「はあぁぁぁ!?」
「グルルルルルゥ!?」
止まっていたリオ達の時間が動き出すと、驚愕の声をあげ、それは、月明かりに包まれた静寂の森に響き渡るのだった。
それから数分後
「落ち着いたかしら?」
「あぁ」
「グルゥ」
リオ達は落ち着きを取り戻していた。
「まさか、あそこまで驚くなんて思わなかったわ」
「いや、光の粒子が集まって人になれば驚くぞ……」
「グルゥ」
リオの発言に、セトも頷き同意する。
「……まぁ、そうね」
と、女性も考えてから、同意する。
「……で、あなたは何者なんだ?」
「私? 私は、高位精霊よ」
リオの問いかけに、女性はそう答える。
「高位、精霊……」
「グルルゥ」
精霊。マナが霊的に昇華した高位の生命体。低位、中位、準高位、高位と四つの格に分けられ、長い年月を経て進化していく。
格が、高くなるにつれ自我が強くなり、数が少なくなるが、能力も上がる。高位精霊に至っては、竜種に匹敵する力を持つ。
「そんな精霊が、なんでこんなところに?」
「最初に言った通り、近くに強大な魔力を感じたからよ。そして、あなた達を見つけて、声を掛けた訳」
「なるほど……」
(ここの近くにいるってことは、相当強いな……)
「それにしても、この時代に魔獣術で生み出された魔獣を見るなんてね」
その言葉に、リオは驚愕する。
「………」
「………」
互いに向かい、視線を合わせて沈黙が流れる。やがて、
「……なんで、わかった?」
「簡単よ。昔に見たことがあるからよ。……私にも教えてくれる。何故、失われたはずの魔獣術を使えるのか」
「……わかった。だが、今から聞くことは、内緒にしてくれ。それが条件だ」
「いいわ。……そもそも、話す相手もいないしね」
それを聞いたリオは、自分に起きたことを教えていく。異世界の生まれで、事故で死に、魂の状態で、ゼパイルに会って魔獣術を継承したことを。
それを聞いた女性の精霊は、
「そういうことなのね」
「……信じるのか?」
「えぇ、もちろん。目を見れば嘘ついていないとわかるから」
「……そうか」
「……それにしても、数百年間ね」
「……? 何か問題があるのか」
「あるのよ……。ゼパイルと一門の生きた時代は、今から数千年も前なのよ」
「……え? 本当に?」
「えぇ、本当によ」
「そうか。……確かによく考えたら、ゼパイルは、魂の状態で何も無い世界に一人でいたんだから時間感覚がおかしくなっても不思議ではないか」
「……でしょうね。私達、精霊も長い時を生きるから、流れる時間に対しての感覚が人間とは違うから余り言えないけど」
「そういうものなのか。少なくとも今の自分にはわからないな」
静寂が流れる中、リオが精霊の女性に質問をする。
「それで、あなたはこれからどうするんだ?感じた強大な魔力の正体はわかったんだし」
「私?どうしようかしらね。……そういあなたはどうするの?」
「俺か? 俺は、ゼパイルと約束したことを果たすために、セト共に魔獣術の高みを目指すために、冒険者になるつもりだ」
「ふぅん……」
そんなリオの迷いのない返答に、精霊の女性は考えに集中する。
答えを出した、精霊の女性はリオにある提案をする。
「……ねぇ、私と精霊契約を結ばない?」
「契約を? どうして?」
「私も魔獣術の高みを見てみたい、と思ったのと。なにより、あなたに興味が出たから。あとは、あなたの魔力がすごく美味しそうだからよ」
(……最後のが、一番の本音に聞こえるのは、俺の気のせいか? まあ、本人がいいならいいか)
「わかった。契約を結ぼう」
「ありがとう」
「……で、契約はどうやるんだ? 説明してくれるか」
「ええ。精霊契約は、精霊が自身の魂と気に入った人間の魂との間に霊的なパスを構築することで成立するの。契約者である人間には色々な恩恵があるんだけど、……あなたには、大きな効果がないわね」
「恩恵か……。どんな恩恵があるんだ?」
「まず、一つ目は、精霊術に関する才能が開花しやすくなるの。二つ目は、マナとの親和性が上がって精霊術の発動速度が速くなること。三つ目は、魔力量が少し上がるわ。あと、恩恵ではないけど、契約者同士でだけ、一キロ以内なら念話で会話できるわ」
「なるほどな。確かに、俺に意味があるのは、二つ目と最後の念話か。……で、俺は対価に何を出せばいいんだ?」
「対価、というか、私達、精霊は魔力を糧に生きているから契約のパスを通じて魔力を少量もらえればいいの」
「他には?」
「それと、私達精霊は普段は霊体化した状態で過ごしていて、今の様に実体化する分には、魔力の消費はほとんど無いんだけど、この状態で大規模な精霊術を使う場合は契約者から供給してもらわないと魔力切れが起きやすいのよ。あとは、霊体化した状態で契約の……宿主の体内にいることかしら。……精霊にとって、宿主の体内は落ち着くから」
「それだけなのか? ずいぶんと人間側に恩恵が多いな……。魔力を供給するのは俺は構わないが」
「それじゃあ、契約を結んでも?」
「一つ条件を出していいか?」
「何かしら?」
「あなたが、高位精霊で強いのは分かる。だけど、それに頼り切りは俺自身が嫌だから、俺から協力を頼むまでか、本当に命の危険があるまでは霊体化した状態で体内にいて欲しい」
「わかったわ」
「じゃあ、やってくれ」
「えぇ。……じゃ、始めるわ」
確認の言葉に、リオは頷く。リオと精霊の女性は、淡い光に包まれ契約が結ばれる。
外見ではわからないが、霊的な部分では確かに契約の繋がりを感じることができる。今ここに、精霊契約が結ばれた。
「はい、終わったわ」
「ああ。これからよろしく……って、そういえば自己紹介してなかったな」
「確かに、そうね」
「それじゃ、遅くなったけど、俺はリオ。こっちが相棒のセト」
「グルルゥ!!」
リオの紹介にセトが、よろしくと喉を鳴らす。
「えぇ。よろしくね。リオ、セト。……」
「……? どうした?」
「グルゥ?」
「私ね、名前ないのよ……」
「……えぇと」
「……グルゥ」
そんな精霊の女性の発言にリオとセトは、どうしようと困惑する。
「……そうね。リオ、あなたが名前をつけてくれる?」
「俺がか……」
「えぇ。お願い……」
「……わかった」
名前をつけて、と言われてリオは考える。彼女にふさわしい名前を。そんなリオの目を引いたのは、水色の長髪と群青色の瞳の二つだった。リオの口から自然とその名は、囁かれた。
「……ティア」
「ティア……」
「ああ……。雫っていう意味の名だ。水色の髪や群青色の瞳を見て連想した」
「……ティア。ありがとう、リオ、素敵な名前を」
「ああ」
「改めて、私はティア。これからよろしくね、リオ、セト」
「よろしく」
「グルゥ!」
「……さてと、軽く外を見るだけのつもりが、随分と長くなったな。屋敷に入って食事にするか」
「グルルゥ!!」
リオの言葉を聞いて、セトが、腹が減った、と喉を鳴らす。
「あら。食事まだだたの?」
「ああ。儀式の後少し気を失ってたし、ゼパイルの遺産の確認とかしてたから」
「間が悪かったかしら……」
「気にしなくていいよ。会うのが、早くなるか、遅くなるかの違いしかないし」
「グルルゥ」
と、セトも同意するように喉を鳴らす。
「そう……。ありがとう」
「さあ、中に入るぞ」
そう言い、リオ達は屋敷に入って、食堂へ向かう。
その後、食堂の厨房に残っていた味も素っ気もない黒パンを水でふやかして腹の中に入れ、最後の晩餐と呼ぶには寂しい夕食を終えた後は疲れもあって、寝室で異世界エルジィン最初の夜を過ごすのだった。