レジェンド ~精霊術師の軌跡~   作:ミヤシュン@

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第6話 旅立ち

 

 

 翌日。昨夜とは違い、屋敷の周囲には巨大な樹木が連なっているにもかかわらず、何故か朝の清々しい光が差し込んでいる。周囲の空気も朝ということもあって、非常に澄んでいた。もし森林浴をしたいという者がいたのなら、ここは絶好の場所だろう。……ここまで来られれば、だが。

 そんな屋敷から一歩を踏み出したリオとセトは周囲の様子を確認するように数分ほど進む。するとやがて屋敷に張られている薄い膜のような物が見てきた。

 

 「これが結界だな。ここから一歩でも出れば、魔獣たちの楽園だ。覚悟はいいな?」

 

 「グルルゥ」

 

 (ええ)

 

 セトは勇ましく鳴き、ティアは霊体化した状態でリオの体内から念話で答え、リオもまたここまではホルスターに入れていた双龍銃剣をいつでも使えるように両手で握りしめる。

 本来であればリオとしてはもう少しこの場で精霊術の訓練を行いたっかたのだ。だが、そう出来ない事情があった。何しろ十日分の食料は今朝の朝食ですでに底を突いてしまったのだから。十日分の食料をたった二食で食い尽くしてしまったのは、当然リオの隣で周囲を警戒しており、いつでもリオを庇えるように行動しているセトだった。

 本来なら森の中で自分が食べる分のパンを数個くらいは残しておきたかったリオだったのだが、空腹のために悲しそうな瞳でパンが欲しいと甘えてくるセトに負けてしまい、その結果最後のパンはすでにセトの胃袋の中だ。

 そのため、セトを含めた自分の食料を何とか工面する必要があり、リオとセトとティアは森の外へと出る決断をした。……ただ、精霊であるティアはリオの魔力があれば大丈夫だった、が。

 当初はこの付近にいる魔獣を倒して食料にするという考えもあったのだが、竜種すら存在しているこの森で戦闘に関して初心者でしかないリオとセトが生き残るのはどう考えても難しい。それにリオにも、もう少し豊かな生活をしたいという欲望もある。

 そのため、森を出て街へと向かい、ゼパイルの知識にあった冒険者ギルドへと登録することを決めたのだ。冒険者ギルドに登録すれは、魔獣を倒して魔石とセトの食料を入手出来、倒した魔獣から得た爪や皮といった素材を売ることでリオの生活費になり、さらには依頼という名目で追加報酬を貰える可能性もあるのだから。

 改めて決意を固めたリオは、セトと霊体化したティアと共に結果の外へと一歩を踏み出し……目の前の光景に唖然とする。

 結界を一歩外に出た途端に感じたのは、圧倒的な生き物たちの濃密な気配。そして、結界の周囲を取り巻くように覆っている木や草といった植物、それらは前世で見たことのあるのに比べたら、その殆どが初めて見る種類のものだった。

 さすがに数千年も放っておかれただけあって、道らしい道は無い。見上げるほどの大木が多数生えているので適当な間隔が開いており、歩くのにはそれほどの苦労はないのだが、それでも二メートルを超すセトにしてみれば多少の狭さは感じているらしく、ときどき苛立たしげに喉の奥で唸っている。

 

 「グルルゥ」

 

 翼を軽く動かしながら顔をリオへと擦りつけてくるセト。煩わしい地上ではなく遮る物の無い空を飛んで移動したいと態度で示している。

 

 「落ち着け。昨日も言ったと思うが、この森には竜種も住んでるんだ。空を飛んでいったらあっさりと朝食にされてしまうぞ」

 

 「グルゥ」

 

 リオの言葉にしょんぼりと肩を落とすセト。図体は大きいが、何しろ生後一日目なので忍耐というのがまだまだ足りなかった。

 

 

 

 

 結界を出てから三十分ほど。時間にすればそんなものだが、速度を上げるスレイプニルの靴を履いているリオと、グリフォンであるセトはかなりの速度で森の中を進んでいた。そんな中、赤い果実を目に留めて手を伸ばす。

 だが、次の瞬間……

 

 「グルルゥッ!」

 

 何かを警戒するように、セトが果実の生っている木の向こう側にある茂みへと向けて唸り声を上げる。

 リオはその唸り声に反応するようにしてそっと手を離して双龍銃剣を抜く。そのときの本人は全く気が付いていなかったが、リオの心に戦闘に対する過剰な恐怖心や躊躇いといったものは一切存在していなかった。

 やがて、がさがさと音を立てて茂みが揺れ、セトが警戒している相手が姿を現す。

 

 『…………』

 

 数秒、リオとセトは無言で目の前に現れた熊と見つめ合う。

 大きさは2メートル弱だが、縦に大きい分セトよりも大きく感じる。見るからにがっしりした身体付きをしており、同時にその毛には水を纏っていた。両方の手から30センチほどの鋭く長い爪が伸びており、禍々しさを感じさせる。頭の中では何で毛の上から水が落ちないんだろうか?と考えていたリオと、リオの考えを知り少し呆れていたティアだったが、沈黙を破ったのは当然の如く目の前にいる水熊(仮称)だった。

 

 「ガアアアアァァァァァァッッ!」

 

 周囲一帯へと響き渡るような雄叫びを上げながら、四つん這いになってリオとセトへと襲い掛かる。

 

 「ちぃっ、やるぞ、セト!」

 

 「グルゥッ!」

 

 了解、とばかりに鋭い声を上げたセトは、双龍銃剣を構え、魔力を流して刀身の形状を、大剣へと変えたリオと共に水熊を迎え撃つべく進み出た。

 

 「ガアアアッ!」

 

 獲物が逃げずに自分へと向かって来たと認識した水熊は、十センチはあろうかという牙を剥き出しにしながら鋭い爪をセトへと振り下ろす。

 セトはその一撃を横に跳んで回避。跳んだ先に生えていた木を蹴り、三角跳びの要領で攻撃を外した水熊の胴体へと前足の鉤爪を叩き付ける。

 セトが足場にしたためにメキメキと音を立てて折れた木をチラリと確認したリオは、セトの膂力に苦笑を浮かべながら刃を突き出す形で双龍銃剣を構える。この森の中では自由に振れるような場所が少ないため、突きを主体にするらしい。

 

 「ガァッ!」

 

 セトの鉤爪により切り裂かれるような一撃を受けた水熊は、苦悶の声を上げつつもセト目掛けて再度その爪を振り下ろす。

 セトはその攻撃を後方へと跳躍して回避。攻撃を外した水熊はバランスを崩しよろめき……その隙を突き、リオが双龍銃剣の神焔を水熊の脇腹へと突き出す!

 ドスッという鈍い音を立てながら、水熊の纏っている水や毛を無視するかのように脇腹を貫通する刃。

 

 「ガアアァァッッ!」

 

 グニュリとした肉の感触に軽く眉をひそめながらも、水熊がその右の爪を振り上げているのを見たリオは神焔を力任せに抜き、豪腕の一撃が振り下ろされる前に距離を取る。

 神焔を抜いた瞬間、僅かに水熊の血がこぼれ落ちるが、水熊はそんなのは気にしないとばかりに凶悪な爪を振り下ろす。

 

 「ガアアアァァッ!」

 

 目の前の小さな生物如きに傷を付けられた驚きと苛立ちに吠えた水熊だったが、その傷は決して小さいものでは無かった。ただし、魔獣の生命力を考えた場合は致命傷というほどでも無い傷だ。

 そんな水熊を観察しつつ、リオは自分の身体能力と双龍銃剣の性能に内心驚きを隠せなかった。何しろ、前世では戦闘など経験したことなかったにも関わらずその突きは、水熊の肉体を貫くほどの威力があったのだから。

 新たに得た肉体の身体能力の高さに驚きつつも、決して油断はせずに水熊の様子を確認する。

 

 「……何?」

 

 だが、今度はリオが驚く番だった。何と神焔で貫通された脇腹が纏っていた水で覆われたかと思うと、見て分かるほどの速度で再生しているのだ。リオが驚きで固まっている十秒程度で水熊の脇腹の傷から流れていた血は止まり、傷そのものも綺麗に消え去ってしまう。

 

 「つまり回復させる暇も与えずに一撃で仕留めるしかないのか」

 

 チラリと双龍銃剣に視線を向け、ふと気が付く。

 

(しまった。魔力を流せば双龍銃剣の威力が上がるのを忘れてたな。さすがに初戦闘で緊張……緊張?)

 

 そこまで考え、ようやく自分の緊張度合い気が付いた。緊張はしているが、緊張のあまり身体が動かないといったことがなかったのだ。

 

 (それに関しては今はどうでもいい。それよりも現状の手持ちの札で使えるのは、双龍銃剣と炎系統以外の精霊術だけど、外した時の音で他の魔獣が集まるのはどう考えてもまずい)

 

 リオが頭の中で考えている間にも、セト、水熊、リオの一人と二匹は迂闊に動けずに膠着状態となっていた。

 水熊にしてみればセトに攻撃すればリオにその隙を突かれ、逆にリオに攻撃してもセトにその隙を突かれる。

 セトとリオにしてみれば、脇腹を貫通するほどの一撃を十秒程度で完全回復されてしまうのだから、無駄に攻撃しても意味は無いように感じている。

 水熊とセトが相手を威圧するようにお互いを牽制している中で、少し離れた場所でリオは頭を働かせていた。

 

 (どうする、双龍銃剣に魔力を通して振り切るか、……いや、やはり精霊術を……。よし!)

 

 内心の考えを一瞬で決めたリオは、水熊と睨み合っているセトへと声を掛ける。

 

 「セト、もう一度水熊の体勢を崩してくれ!」

 

 「グルゥッ!」

 

 任せろとばかりに高く鳴いたセトは、敵の意識を自分に向けさせるために水熊の周囲を歩き回る。

 

 「ガアアァァ」

 

 水熊もさすがにその様子を捨て置けなかったのか、次第にリオから意識を逸らしてセトへと集中していく。

 そんな時間が数分ほど続き、膠着した状態に我慢出来なくなったのか、唐突に水熊が高く吠える。

 

 「ガアアアアアアアッッッッ!」

 

 その雄叫びと同時に水熊の毛を覆っていた水が浮かび上がり、目の前で三個の小さな水球へと変化し、次の瞬間にはその水球がセトへと向かって撃ち出される。

 

 (ここだ!)

 

 水熊とセトの様子に、ここが勝負の分かれ目と判断したリオは、意識を集中して魔力を練り上げ、イメージを固めて勝負をつける準備をする。

 空を裂くかのように水熊から放たれた水球、その数三つ。それを確認したセトは、木々の間を縫うようにして水熊との距離を縮めていく。

 

 「グルゥッ!」

 

 セトが盾とした木に水球の一つが命中して幹を抉る。

 

 「グルルゥッ!」

 

 セトの頭を抉らんとした水球を一瞬で動きを止め、地に伏せて回避。頭上を通り過ぎていった水球は、背後にある木へとぶつかって木の幹と共に水を周囲へと散らす。

 

 「グルルルルルルルゥッ!」

 

 地に伏せた状態から、全身のバネを活かして前に突進。水熊目掛けて急速に距離を詰める。

 その様子は、最後の水球が自分に命中するよりも前に水熊へ一撃を加えようとしている。

 

 「ガアァァッ!」

 

 ……ように、水熊には見えていた。そのために勝利の雄叫びを上げる水熊。しかし。

 空中で進路を変更し、セトの胴体目掛けて直上から襲い掛かってきた水球。その一撃はセトの身体に命中する直前、まるで何かに遮られたかのように唐突に砕け散った。

 

 「ガァッ!?」

 

 何が起きたか分からない水熊。それも当然だろう。魔獣である水熊にはセトの着けている腕輪の一つ、『風操りの腕輪』には十時間に一度だけという限定ではあるが、飛び道具や攻撃魔術を防ぐ効果があるとは知らない。よって。

 

 「グルルルルルゥッ!」

 

 水熊の懐に潜りこんだセトは、雄叫びを上げながら右前足で目の前にある水熊の足を掬い上げる。

 

 「ガアアァッ!?」

 

 文字通りに足下を掬われ、その場に転倒する水熊。それはセトが着けているもう一つの腕輪である『剛力の腕輪』によって増した膂力によるものだった。

 セトを信じ、成り行きを見守っていたリオは水熊が倒れた瞬間に魔力の練り上げ、イメージを固めながら転んだ水熊へと向かって走り出す。

 練り上げられた魔力にイメージを乗せ、マナに伝えることで、世界が書き換えられる。その結果精霊術が発動し、右手に握る神焔の刀身に雷の精霊術が集まり……。倒れた水熊の首目掛けて、振り下ろす。

 

 「迅雷、一閃!!」

 

 「ガァッ!?」

 

 リオの力強い声と一緒に振り下ろされた斬撃は水熊の首を切断し、地面にも、大きな斬痕を作り出した。

 

 「何とか、なった……か」

 

 「グルゥ」

 

 命を失い地面に横たわっている水熊の死体の隣で、リオもまた地面に座り込みながら思わず呟く。

 

 「セトもよくやってくれた。お前がいなかったらこいつにここまで綺麗には勝てなかっただろうな」

 

 「グルルルゥ」

 

 セトの頭をコリコリと掻いてやりながら褒めるリオ。セトもまた頭を掻かれるのが気持ちいいのか、猫のように喉を鳴らしながら上機嫌で頭を擦りつけてくる。

 そんな状態が数分。気を取り直したリオが立ち上がる。

 

 「この魔獣の死体をどうにかするにしても、取りあえずは場所を移動しないとな。恐らくすぐに別の魔獣が来るのは間違いないだろうし」

 

 周囲は水熊とリオたちとの戦いによる影響で木々が折れていたり、地面が削れていたりする。また、水熊が流した血の臭いや、雷で焼かれたことによる肉を焼く匂いも少したが漂っていた。

 

 「で、問題はこの水熊をどうやって持っていくかだが……ん?」

 

 悩んでいたリオの目に入ってきたのは、右手に装備されているミスティリング。ゼパイルの知識によると生き物を入れることは出来無いとあったが、水熊はすでに死んでいるのだから問題は無いように思える。

 

 「収納」

 

 水熊の死体に触りながら呟くと、次の瞬間には水熊の死体は跡形もなく消えていた。念のために脳裏にリストを展開すると、きちんとウォーターベアの死体と表示されていたので収納は完全に成功したのだろう。

 

 「なるほど、生き物は無理でも死体なら収納可能なのか」

 

 感心したように右手に嵌まっているミスティリングを眺めていると、再びセトがリオへと頭を擦りつけてくる。

 

 「グルゥ」

 

 早く行こう、とでも言うように再び顔を擦りつけてくるセトの背を撫で、その場を後にするのだった。……もちろん、切断した水熊の頭部をミスティリングに収納してから。

 

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