大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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大丈夫だ、1stシーズンに入ったから。
11.ビギニング・エンカウント~天使降臨編~


「なあ、グラハム。俺たちが鹵獲しようとしてた機体って、どんな姿をしてたか覚えてるか?」

 

「ああ、覚えているとも! あの機体とは運命的な出会いをしたからな!」

 

 

 クーゴの指摘に、グラハムは曇りなき笑みを浮かべて返答した。不敵な横顔は闘争心に燃えている。

 

 

「その機体の機体数と、特徴は?」

 

「近接戦闘を得意とした機体(タイプ)、射撃を特異とした機体(タイプ)、機動力に特化した機体(タイプ)、超攻撃と防御に特化した機体(タイプ)、攻防が一体化した機体(タイプ)の5体だ。……クーゴ、キミはボケたのか?」

 

「お前、失礼なことを言うんじゃないよ」

 

 

 MSに乗っていなかったら、グラハムの脳天に手刀の一発でも叩き込んでいるところだ。しかし、そんなツッコミをできる状態ではないので、言葉だけでとどめておく。

 ガーベラストレートでツッコめないわけではないが、ツッコミを入れると同時にフラッグが真っ二つになってしまうだろう。峰打ちでも中破は確実である。

 ため息をつき、クーゴは機体を見直してみる。機体の分類名は同じで、現在この場にいる機体数も5体ぴったりだ。でも、違う。明らかに何かがおかしい。

 

 天使を思わせるような翼が生えた青い機体、死神を思わせるような風貌の黒い機体、両手にカトラスのようなブレードを装備した灰色の機体、龍のように威風堂々とした緑の機体、超火力に特化した重装備の赤い機体。

 

 

(その違和感に目を凝らせ。その違和感を見逃すな)

 

 

 クーゴはぶつぶつ唱えながら、必死になって思い出そうとする。

 自分たちが追いかけていた機体は、どんな姿をしていた?

 

 翼は生えてない。

 死神ではない。

 カトラスのようなブレードもついてない。

 龍の名前なんてついてない。

 重装備の機体の色は赤ではない。

 

 確かに、自分たちが最初に目撃した機体は天使のようだった。でも、翼はなかった。あの機体は、ツインバスターライフルなんて装備していなかった。得意なのは殲滅戦ではなく、接近戦だったはずだ。

 

 いいや。そもそも、自分たちがいる場所はどこだ。レーダーやマップを頼りに場所を特定してみたが、『地上・スペースコロニー』としか表示されない。というより、自分たちは宇宙へ進出した覚えなどない。コロニーにフラッグを運び込んだ? そんなバカなこと、あってたまるか。

 クーゴやグラハムが悩むうちに、コロニーにいた応戦部隊が5機のMSに圧倒され、倒されていく。オーバーフラッグス部隊の面々は、指揮官と副隊長のやり取りを聞いて何か思うところがあったのだろう。それぞれ考えを巡らせる。ここはおかしい。いや、『この世界』がおかしいのだ。

 

 

「そうか。そういうことか!」

 

 

 何かに納得したように、グラハムが顔を上げた。不敵な笑みを浮かべていたはずの横顔には、溶岩のような激情が煮えたぎっている。

 

 

「何故だ。何故、今まで忘れていた!? 何故今まで気づけなかった!? 何故、何故、私は……っ!」

 

「た、隊長?」

「どうしたんですか!?」

「お、おいおい!? 一体なんだっていうんだ!?」

「落ち着いてくださいっす、隊長!」

 

 

 自分で自分自身を殺しかねない勢いで叫んだグラハムの様子に、慌てた様子で仲間たちが呼びかける。クーゴも、叫び散らすグラハムの気持ちが(わかりたくないのに)わかってしまった。

 あの5機は、自分たちが追いかけていた機体ではない。同名ではあるが、全くの別物だ。何故自分たちは、これらの機体を「自分たちが鹵獲しようとしていた機体」だと認識し、追いかけ続けていたのだろうか。

 

 

「……最悪の極みだな」

 

 

 通信機越しで、奴は力なく笑った。

 

 

「“愛しの君”を見間違えた挙句、全くの別人(べつもの)に対して現を抜かしていたとは。これでは示しがつかんよ」

 

「ボケてたのはお前の方だったな」

 

「悪かったからもう言わないでくれ」

 

 

 ボケたと言われて嬉しい奴はいない。仕返ししてもバチは当たらないだろう。

 クーゴはグラハムの傷に塩を塗りこめつつ、もう一度この場を確認してみる。

 

 5機の機体は、コロニー内で戦闘を繰り広げている。OZの部隊が彼らの迎撃に当たっているようだが、あっという間になぎ倒されていった。エースパイロットであるゼ□ス・マーキ□も押され気味であった。

 そこまで考えて気づく。OZとは何だ。ゼク□・マー□スとは誰だ。何故自分は、それを「知っている」ような思考回路でいたのだろう。これこそが、違和感の正体。クーゴは弾かれたように仲間たちを見た。

 彼らも違和感の正体を掴んだようで、険しい顔をして画面と戦場を見返していた。戦況は相変わらず、5機の機体が有利である。自分たちの部隊がどちらにつくかで、このパワーバランスはひっくり返るだろう。

 

 ただ。

 

 どちらに協力しても、面倒なことにしかならない。

 それだけは確実だった。

 

 

「でも、どうします? 上層部の言う機体は、どこからどう考えても『こいつら』ですぜ?」

 

「交戦しますか?」

 

 

 ハワードとダリルが、グラハムに問いかけたときだった。

 

 

「!? な、何だぁ!? 巨大な機体が接近してきたぞ!」

 

 

 藪から棒に、ジョ□ュアが悲鳴に近い声を上げる。

 

 慌てて彼の視線の先を向けば、某光の巨人に出てくる敵役怪獣――大きな一つ目の怪獣。名前は思い出せない――を思わせるようなMSがこちらに突っ込んでくる。大きさは、自分たちの数倍はあるだろう。

 アプサラス、と、クーゴの口からその単語が零れた。何を意味するのかは分からない。しかし、あの巨大なMSを見たとき、クーゴの頭の中に浮かんだのはその言葉だった。もしかして、これがあの機体名の名前なのだろうか?

 

 5機の機体のパイロットたちも、OZのMSのパイロットたちも、□クス・□ーキスも、弾かれたように空を見た。ジオン軍の兵器だ、と誰かが叫んだ気がする。

 目玉の中心を思わせるような部分がギョロリと動いた。エネルギーがその一点に充填されていく。あれは砲口のようだ。

 あんなものを、真正面から喰らったら。末路を思い至る前に、体は反射的に動き出していた。

 

 

「っ、避けろ!」

 

 

 叫ぶなり、クーゴは操縦桿を目いっぱい動かした。弾かれたように、仲間たちが慌てて動き出す。

 しかし、放たれた砲撃は容赦なく仲間たちに襲い掛かった!

 

 

「う、うわあああああああーっ!」

 

 

 ハワードの。ダリルの。アキラの。□ョシュアの。

 同じ部隊に所属する仲間たちの通信が、悲鳴を残して断線する。

 

 次の瞬間、視界が真っ白に染まる。

 強い衝撃が機体を襲い、あちこちから爆発音がこだました。

 DENGERの文字が赤く点滅する。体中が軋んだような痛みに見舞われていた。

 

 

「……ワー……、……リル、……シュ……、ア……、……クーゴッ!!」

 

「っ……。グラ、ハム……?」

 

 

 雑音交じりの通信が届く。グラハムのものだ。仲間たちの名前を一心不乱に叫ぶ彼に、どうにか返事を返した。

 

 ノイズまみれのモニターが映し出したグラハムの姿は、文字通りボロ雑巾のようだった。ヘルメットはひび割れ、頭からは血を流している。吐血したような形跡もあった。

 クーゴもグラハムといい勝負である。勝っても負けても嬉しくなければ、そんなことで競う趣味もない。むしろ、地獄絵図の中でそんなことに興じる気分にもなれなかった。

 

 あちこちから黒い煙が立ち上っていた。木々はへし折れ、地面や機体等々、ありとあらゆるものが破壊し尽くされている。クーゴのフラッグも、グラハムのフラッグも、翼をへし折られた鳥のような状態であった。手足はちぎれ、推進力源からは黒煙が漂う。

 ノイズがまた聞こえる。グラハムとの通信とは違うものだ。偶然、他機の通信を拾ってしまったらしい。雑音の向こう側から聞こえたのは、男の笑い声である。辛うじて聞き取れたのは、『サハリ□家の悲願』という発言であった。

 ひとしきり高笑いをしていた男の通信が拾えなくなった。それとほぼ同じタイミングで、MSは再びエネルギーを充填していく。MSは気まぐれからか、別な方向を向いて砲撃を放った。白い光が何もかもを焼き尽くしていく。思わずクーゴは目を閉じた。

 

 激しい音と衝撃が伝わってきた。耳をつんざくような轟音、誰かの悲鳴、何かが壊れていく音、爆発音、頭をかち割らんばかりに響くノイズ。

 

 光が晴れたのを、瞼の裏越しから感じ取る。目を開き、クーゴは息をのんだ。通信越しから、グラハムの掠れた息が響く。

 0と1で創り上げられた空間に、自分たちは放り投げられていた。先程まではコロニーの地上面にいたはずなのに、どうして。

 

 周囲を見回す。いつの間にか、自分たちは取り囲まれていた。OZの連中や5機の機体とは違う、緑の量産機。

 

 

『さあ行けアプサラス、すべてを破壊しつくせ!』

 

 

 男の声がした。ぎょっとして顔を上げれば、大きな一つ目を思わせるようなMSが自分たちの頭上に降臨した。ご丁寧に、砲撃の照準は自分たちにぴったり合わさっている。エネルギーは既に充填されていた。

 体の痛みに耐えながらも操縦桿を握り締めたが、フラッグはうんともすんとも言わなかった。グラハムも、クーゴと同じような状況らしい。わけのわからぬまま、わけのわからぬ場所で死ねと言うのだろうか。

 

 

(何もわからぬまま、成す術もなく死ぬのはゴメンだ!)

 

 

 クーゴは心の中で叫ぶ。それもまた、無駄なあがきになりそうだった。

 

 白い光が自分たちに降り注ぐ――ことはなく。

 何の前触れもなく巨体が弾き飛ばされ、その衝撃で、白い光は明後日の方向へと飛んでいった。

 

 

「――!?」

 

 

 息を飲む。青緑色の光を纏った白が、深緑色の巨人に強烈な体当たりを見舞ったのだ。あれこそが白い機体の攻撃であり、白い機体の防御でもある。

 まるで天女を思わせるような機体だ。そこまで見て、クーゴの口元が緩む。あの白い機体は、クーゴたちが鹵獲しようとした機体と同じものだ。デザインは若干変化してしまったものの、輪を背負ったような白い機体には見覚えがあった。

 次の瞬間、美しい紫の光を纏った巨大な刃が、巨大MSを一刀両断した。耳をつんざくような男の悲鳴がガンガン響いてくる。通信は開いていないはずなのに、やけにはっきりと聞き取れた。爆発音と共に断末魔は途切れ、沈黙が残った。

 

 0と1で組み上げられた空間は、緑青に輝く幻想的な光に包まれている。青と白を基調にした機体が、光の中心に降臨した。

 背中から推進源が煌めきを放つ。2つの0が並んだような形の軌跡に、クーゴはかすれた戸息を漏らした。隣にいるグラハムもまた、じっとその機体を見上げている。

 

 例えるなら、それは『天使の降臨』。

 

 天使と天女が大地に降り立つ。翼の折れた戦士を労わり、迎え入れようとするかのように。

 けたたましいノイズを響かせながら、通信のモニターが起動する。

 

 

「そこのユニオンフラッグ、無事か!?」

「大丈夫ですか!?」

 

 

 2人の女性が、自分たちの生存を確認する通信を入れてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が眩しい。クーゴは思わず目をすぼませた。足を止めている間に、先導するグラハムの背中は遠くなっていく。

 クーゴはのろのろと首を動かした後、体を引きずるようにして彼の背中に続いた。軍事演習上の観客席は、AEUの新型兵器を見に来た人々でごったがえしている。

 その中に、見知った後ろ姿を見つけた。茶髪の髪をポニーテールに結び、白衣を身にまとった技術者。紛れもないビリー・カタギリの後ろ姿だった。

 

 

「MSイナクト。AEU初の太陽エネルギー対応型か」

 

 

 派手に飛び回るAEUイナクトを見上げて、ビリーは呟いていた。そこへ、グラハムは迷うことなく歩み寄る。

 

 

「AEUは起動エレベーターの開発で後れを取っているからな。せめてMSだけでも、どうにかしたいのだろう」

 

 

 グラハムはそう言って、イナクトを見上げた。不敵な笑みを浮かべる相方の背中を追いかけながら、クーゴはよろよろと足を進める。

 4徹の体に階段はきつい。足元がおぼつかないし、頭の中に痛みが反響していた。正直、もう横になって寝たい。

 

 

「いいのかい? MSWADのエースコンビがこんな場所で油を売ってて」

 

「よくはない」

 

「いいと思っている奴の神経が知れない」

 

 

 じゃれあいのような会話をし始めたビリーとグラハムの言葉を切って捨てながら、クーゴは虚ろな目で空を見上げた。イナクトは自由自在に空を翔けぬけ、次々と標的を屠っていく。フラッグと同等の機動性だが、『イナクトがフラッグの脅威となりえるか』と問われれば返答に窮するだろう。

 どうしてクーゴがこんな場所にいるかというと、「AEUイナクトのお披露目会を見にいく。乙女座の勘が、ここにいけば運命に会えると叫んでいる(要約)」と言い出したグラハムのフォローに走り回った挙句、4徹でふらふら状態にもかかわらず「山羊座のキミにも、運命の出会いが(以下省略)」と引きずり出されたためだ。

 空が青い。こういう状態の空を蒼穹と呼ぶ。そういえば、蒼穹作戦という戦いに参加したことがあった。空を取り戻し、明日を手にするための戦い。竜宮島の子どもたちとファフ■ーは、『あれ』からどうなったのだろう。そこまで考えて気づいた。蒼穹作戦、竜宮島、ファ■ナーとは何だ? そもそもクーゴは何を言っているのだろう。

 

 

「ねえグラハム。キミはクーゴに何をしたの」

「今回、このお披露目会に参加するために、色々と手を回してもらった」

「あれは完全に振り切れた目をしてるよ!? 死んだ魚の目だ! ……彼に何させたの?」

「……徹夜」

「何徹させたの?」

「4徹」

「ダメだよ!! 徹夜とアルコールが絡んだクーゴは『仕事以外は危険物』だって何度経験すればわかるんだい!?」

「本当に、申し訳なかったと思っている」

「あーもう、どうしてこうなるまで放っておいたんだ!?」

「……返す言葉もない」

 

 

 ビリーとグラハムが、2人並んでひそひそ何かを話し合っていた。果てしなくどうでもいい。

 クーゴは2人から目を逸らし、ぼんやりと空を見上げた。相変わらず目に染みる青さだ。

 

 

「しかし、AEUは豪気だよ。人革の10周年記念式典に、新型の発表をぶつけてくるんだから」

 

 

 クーゴが黙ったのをいいことに、ビリーがイナクトを見上げながら呟いた。

 こういうのは、国同士の思惑や威信等々が深く絡みついている。

 現在の自分の頭では、詳しく考えることはできない。ただ、漠然と、「どいつもこいつも面倒だ」ということだけは察していた。

 

 グラハムはイナクトへ鋭い眼差しを向けたまま、ビリーに問いかける。

 

 

「どう見る? あの機体を」

 

「どうもこうも、ウチのフラッグの猿真似だよ。ブラストのときもそうだったけど、独創的なのはデザインだけだね」

 

『そこ、聞こえてるぞ!』

 

 

 ビリーが肩をすくめて笑った直後、イナクトのパイロットががなり立てた。コックピットが開き、緑の角ばったパイロットスーツに身を包んだ男が観客席を見返す。ピンポイントでビリーたちの方を向き、彼はまた怒鳴りつけた。

 今回、この最新MSに登場しているのはパトリック・コーラサワー。姓が炭酸飲料のようだ。いつぞやのMSファイトで優勝を治めて以来、彼はめきめきと頭角を現したらしい。触れこみは「模擬戦2000回無敗の男」だったか。真面目に計算して考えれば、確実に矛盾が発生する数字である。どこからどう見ても盛っていることは明らかだ。

 犯人は軍部か、本人か、それとも両方か。十中八九本人だろう。破■事変や■世の戦い、時の■獄やアルテ■メット・クロス加入時もそんな感じだった。人は彼を“不死身のコーラサワー”と称する。これでもかというくらいの帰還率を誇っていたからだ。

 

 そこまで考えて、クーゴは首を傾げた。変な用語が頭の中を飛び交っていたような気がしたからだ。もう何も思い出せない。

 コーラサワーの売り出し文句は“不死身”ではない。では、なぜ“不死身のコーラサワー”という言葉が浮かんだのだろう。

 

 

「集音性は高いようだな」

 

「みたいだね」

 

 

 グラハムは笑い、ビリーが苦笑する。クーゴは首を振った。

 

 

「違う。あれはパイロットだ。パイロットが色々と凄すぎるからだ」

 

「……ねえクーゴ。キミは一体、どこを見て、誰と話してるの?」

 

 

 ビリーのいるほうからではなく、クーゴが“ビリーがいる”と認識している場所の反対側から声がした。今日はいい天気である。空が真っ青だ。

 しばし空を眺めていたとき、少し離れた場所から会話が聞こえてきた。目をゆっくりと動かし、会話の主たちに視線を向ける。

 通路の手すりに身をかがめる壮年の男性の隣には、車椅子に乗った女性が並んでいる。2人の後ろには、茶髪の男性と金髪の女性が佇んでいた。

 

 

「ツインサテライトキャノンとツインバスターライフルを合体させて、『ツインサテライトバスターキャノン』作ってみたいなぁ」

「それを作るんだったら、デストロイを設計開発する方が早くて実用的だと思うが」

「バカね。浪漫が足りないじゃない。浪漫を追う人間だったら、サテキャとバスターは誰しもが憧れるわ!」

 

 

 車椅子に乗った女性は、壮年の男性を切って捨てた。会話内容を聞く限り、AEUイナクトなんて関係ないらしい。

 技術屋は皆、浪漫を追いかける生き物らしい。いや、全人類が浪漫を追って生きていると言えるのか?

 

 

「浪漫溢れすぎても困るぞ」

「そんなことないわよ。心躍らせるような熱い浪漫がなきゃ、人間は人間で居続けられないんだから。だから毛根も意地汚く残ってるのよ」

 

 

 車椅子の女性は吐き捨てるように言い放つ。壮年の男性は、目頭を覆って天を仰いだ。

 

 

「私の精神とHPは既にゼロだ。カウント不能な程オーバーキルされている」

「だから何? 遠まわしに言わず、さっさと言いなさい」

「…………お願いだから、やめろ。……やめてください……」

 

 

 今度は俯いて、涙声で懇願し始めた。茶髪の男性と金髪の女性が、入れ替わるように天を仰ぐ。

 クーゴも一緒になって空を見上げた。やはり、目に染みるほど空が青い。

 

 浪漫という単語でふと思い出したことがある。クーゴが虚憶(きょおく)やコーヴァレンター能力に目覚める以前は、星を見ることが好きだった。青空よりも星空に浪漫および魅力を感じていた。将来は宇宙飛行士になり、外宇宙探索に乗り出したいと考えていた。もれなく蒼海に鼻で笑われたが。

 日本の人工衛星の名前や役割を暗唱したり、星の名前を暗唱したり、星図を見たりしながら、宇宙へと思いを馳せたものだ。そちらの道に進んでいたら、どんな出会いと別れがあったのだろう。今となっては「IF」でしかない。時々ふと気になることはあるけれど、それ以上に、今この瞬間(とき)が充実している。

 我ながら珍しい思考回路だ。どうしてこんな方面に浸っているのだろう。寝不足の影響だろうか。もう寝たい。うとうととまどろんでいたら、向うから叱責が飛んできた。『そこ、寝るんじゃない!』――声のした方へ目を向ければ、角ばったパイロットスーツに身を包んだコーラサワーの姿が。今、無性に炭酸飲料が飲みたくなった。

 

 

(そうだ、炭酸飲料を買いに行こう)

 

 

 クーゴはのろのろと体を起こして立ち上がり、石のような足を引きずりながら歩き出したときだった。

 

 空の向う側から、MSがやって来る。

 イナクトのような角ばった機体ではなく、白と青基調の美しい機体。

 緑色の粒子がキラキラ輝き、デモンストレーションを終えたイナクトへと近づいていく。

 

 

「……なんだ? あの機体」

 

 

 炭酸飲料を買いに行こうとした体が止まる。雲一つない空の向う側に、クーゴの視線は釘付けだった。

 

 

(あれは、見覚えがある。……どこで?)

 

 

 頭の奥底から浮かんだのは、アレと同じ機体の姿。緑の狙撃手や黒い死神、銀色の天秤等の機体の中で、一際鮮明だった2機のうちの、ひとつ。

 AEUのイナクトお披露目会。そうだ、この場にはもう1人いた。AEU、ひいてはOZの軍人で、特務大尉――ゼクス・マーキス。

 この件での出会いをきっかけに、自分たちは長い付き合いとなった。多元世界を共に駆け抜ける、大切な友人となったのだ。

 

 そこまで考えて、気づく。

 AEUにはOZなんてないし、特務大尉ゼクス・マーキスという人物もいない。

 

 では、『これ』の出どころは。思い当たるのは、1つしかない。

 

 

「そうか、虚憶(きょおく)……!」

 

 

 クーゴははっとして、ビリーとグラハムたちの方を向いた。2人とも、あのMSに釘付けである。

 特にグラハムは、舞い降りた乱入者を凝視していた。

 

 

「あの、光……」

 

 

 魅了されたかのように、どこか熱っぽい響きを宿したグラハムの声がする。

 

 不意に周囲がざわめきだした。イナクトのパイロット、コーラサワーを呼びかけるAEUのお偉いさんが頭を抱える。他の人々も通信しようとしていたが、この場には通信不良――もとい、電波不良が起きているらしい。

 AEUの軍人が慌てた様子で避難誘導を始める。どうやらあのMSは味方ではないらしい。一体全体、この場で何が起こっているのだろう。寝不足で鈍かった頭が、急激に回転し始める。乱入者は静かにイナクトと向き合う。その静けさは、どこかで『見た』ことがあった。

 コーワサワーは突然の乱入者を歓迎しているようだった。確かに、この乱入者を撃退すれば、イナクトと彼に箔がつく。しかし、しかしだ。どうしてか、嫌な予感しかしない。むしろ、コーラサワーが勝てた姿が思い浮かばない。撃墜される様子が何度も何度も頭の中にリフレインする。

 

 イナクトが、動く。

 土足で乱入した機体に向けて、格闘戦を仕掛けるために。

 

 ブレードを展開したとき、高周波が周囲に飛んだ。あのブレードは、高周波によって対象物を切り裂くものだ。

 だが。

 

 

「だめだ! 引け、パトリック!」

 

 

 それは、もはや反射であった。クーゴは観客席から大声で叫んでいた。

 通信不良で上司の声が届いていないのだから、一般観客の声がパイロットに届くはずもない。

 こんなこと、無意味な行動でしかなかったのに。

 

 

『――え? 誰だお前?』

 

 

 何とも間の抜けた返事が聞こえ、機体と腕が後ろへ下がる。

 パイロットスーツのヘルメット、およびイナクトのコックピットの窓越しから。

 

 目が、合った。

 

 次の瞬間、乱入者の機体の腕が変形し、ブレードが展開する! その刃は、高周波ブレードの柄の部分を、文字通り一刀両断した。

 刃が空を舞い、地面に突き刺さる。あと少しだけイナクトが前に踏み出していたら、イナクトの手首は真っ二つにされていただろう。

 しかし、これでもう、イナクトの接近戦用武装は失われた。残った武装は遠距離用のリニアライフルのみ。

 

 

「なんと!」

 

 

 グラハムが身を乗り出す。この場に沈黙が広がった。

 

 幾何かの沈黙の後、イナクトがリニアライフルを打ち放つ。だが、乱入者はそれを易々と躱し、イナクトの両腕を切り裂き、吹き飛ばし、叩きのめした。

 無様に倒れ伏すAEUの新型。誰もが愕然とした表情で、乱入者を見上げていた。お披露目会は散々な結果になったようだ。こんな醜態を晒したのだから、末代までの恥だろう。

 

 

「失礼!」

 

 

 グラハムはそう言うなり、前に座っていた男性から双眼鏡をひったくった。

 

 

「な、何を……」「『失礼』だと言った」

 

「言えばいいという問題じゃないだろう。ああ、連れが申し訳ありません」

 

 

 夢中で白い機体を見上げる彼を横目に、クーゴは男性に謝罪の言葉を述べる。謝られた男性はぽかんとしたあと、渋い顔をした。

 キミも苦労しているんだね、という眼差し。クーゴは曖昧に笑いながら、グラハムの方を向いたときだった。

 

 

「――ガン、ダム? あのMSの名前か?」

 

「ガン、ダム……?」

 

 

 双眼鏡越しから機体名を確認したグラハムが呟いた。それを受けて、ビリーが機体名を復唱する。

 

 クーゴも舞い降りた天使を見上げた。ガンダム。どこかで聞いたことのある言葉だ。何度も何度も聞いた言葉だ。とても身近な言葉だ。だが、いつ、どこでそれを。

 そうだ。自分の虚憶(きょおく)の中で何度も対峙し/共闘した、白い機体。あの機体の名前は、確かに『ガンダム』だった。靄が晴れたような心地になる。

 

 ガンダムはしばしボロ雑巾と化したイナクトを見つめていた。そこへ、別の機体が舞い降りてくる。大きな輪を背負い、青緑の光輪を身に纏った純白の機体だ。

 あれもガンダムだ、とクーゴが直感したのと、グラハムが「あれもガンダムか!?」と叫んだのはほぼ同時であった。

 先程の白と青のガンダムが「天使」ならば、今やって来たガンダムは、さしずめ「天女」と称するべきか。あの輪や光輪は、天女が身に纏う羽衣とよく似ている。

 

 天使は天女を見上げた。2つの機体の佇まいは、厳かで神聖な雰囲気を漂わせている。けれど、あの機体の間に漂う雰囲気に、クーゴはどうも覚えがあった。

 それを手繰り寄せようとしていたとき、天女がじっと観客席を見つめていたのに気付く。しかも、どうやら、クーゴとグラハムに視線を向けているようだった。

 

 

(なんなんだ、一体)

 

 

 不意に、誰かが微笑んだような気配がした。クーゴは思わず天女を見上げる。

 機体越しに目が合った。それを確認するや否や、天女がゆっくりと腕を広げた。

 青白い光が舞い上がる。誰かに何かを呼びかけるような、そんなシグナルがこの場に発せられた。

 

 歌が聞こえる。/マントを羽織った2人の指導者が視える。

 歌が聞こえる。/宇宙を流浪する白い船が視える。

 歌が聞こえる。/安住の地となるはずだった赤い星が視える。

 歌が聞こえる。/赤黒く染まった死の星が視える。

 歌が聞こえる。/散り逝く者たちの姿が視える。

 

 歌が聞こえる。/自分が見知った、美しい青い星が視える。

 

 ――歌が止んだ。/もう何も、視えなくなった。

 

 

「……今のは、ヴィジョンの共有?」

 

「まさか、共有者(コーヴァレンター)か!?」

 

 

 クーゴが呟き、グラハムがはっとした表情で天女を見上げる。しかし、奴はすぐに天使へと視線を向けた。やはり、奴の視線を奪うのはあの天使なのだろう。

 天使と天女はしばし見つめ合っていたが、天使がゆっくりと空へ向かった。天女もまた、天使の後に続く。2機のガンダムは並びながら、空の向うへと飛んでいった。

 「また、あの光」とグラハムが呟く。「推進力もなしにどうして」と、ビリーが疑問を口にした。また、この場に沈黙が残る。

 

 ややあって、乱暴な音がした。無様に倒れ伏したイナクトの方からだ。コックピットから這い出してきたのはコーラサワーである。

 撃墜されたというのに、彼は撃墜以前と何も変わってはいない。自身も態度も、がなり立てている内容すらほぼ同じであった。

 

 

「成程。最新兵器イナクト、パイロットの安全性は確かなようだ」

 

「違う。あれはパイロットだ。パイロットが色々と凄すぎるからだ。賭けてもいい」

 

 

 グラハムの言葉を遮り、クーゴは強く断言した。クーゴの強気な発言に、グラハムは一瞬目を見張る。

 しかし、今はそんなことどうでもいい。

 

 

「それより、さっきの天女……後からやって来た方のガンダムが、何かシグナルを発したよな。あのとき、何か視たか?」

 

「ああ。マントを来た指導者、白い船、赤い星、死の星、散り逝く者たち、青い星!」

 

「ビンゴ! お前も俺と同じものを『視た』んだな、グラハム」

 

 

 クーゴとグラハムが頷き合っていたときだった。控えめに、ビリーがおそるおそる手を上げる。

 

 

「2人して盛り上がっているところ悪いんだけど、僕には何も『視え』なかったよ」

 

「え」

 

「おそらく、この場にいる人は、何も『視えて』いないんじゃないかな」

 

 

 「あのとき、虚空を見ていたのはキミたちだけだったし」と、ビリーは付け加えて周囲を見渡す。

 近くにいる人々の「こいつら何を言ってるの?」という視線が痛い。グラハムはこほんと咳ばらいし、逃げるように話題を変えた。

 

 

「しかし、あのMS。軍備増強路線をいくAEUへの牽制……いや、警告と取るべきか? ……だとしても、ここまでされてAEUが黙っているわけがない」

 

 

 グラハムの言うとおりである。軍事演習場からは、けたたましいサイレン音が鳴り響く。

 

 スクランブル。次々とイナクトやヘリオンが飛び出し、ガンダムたちの迎撃へ向かう。

 戦場は空。しかし、機体の性能差は歴然だ。歴然過ぎた。

 

 あっという間にイナクトやヘリオンが倒されていく。ある機体は腕を吹き飛ばされ、ある機体は動力源を潰され、ある機体は体当たりで弾き飛ばされ、ある機体はブレードで叩き切られた。機体の数は残り数機。だが、機動エレベーターの上空から何かが近づいてきた。

 新手のイナクトやヘリオンである。AEUは機動エレベーターのピラー内部に戦力を隠し持っていたのだろう。機動エレベーター内に戦力を有するのは条約違反だ。あの2機を倒せたとしても、国際非難は免れまい。悲しいがな、囲まれて(言論による)総攻撃の様子が容易に想像できた。

 しかしながら、ガンダムたちにとってはそんなこと関係なかったようだ。純白の天女が縦横無尽に飛び回り、イナクトやヘリオンを体当たりで弾き飛ばし、身に纏っていた光輪を打ち放ち、体勢が崩れた敵をビームガンで追い打ちする。その傍らで、白と青の天使がブレードで攻撃を弾きつつ、牽制射撃を繰り返しながら、敵を叩き切っていく。

 ナイスコンビネーション。所属不明なので敵なのか味方なのか不明であるが、天晴(あっぱれ)な戦術である。阿吽の呼吸と言うべきか。クーゴは素直に感心しながら、天使と天女による舞踏を見つめていた。そこへ華を添えるように、真下からの援護射撃。緑色のガンダムだ。

 

 

「何をしているんだ。早く非難しなさい」

 

 

 不意に聞こえた声に振り返れば、壮年の男性がいた。先程、車椅子の女性に言論でボコボコにされていた人物である。

 彼の顔を見たビリーが、あっと声を上げた。

 

 

「エルガン・ローディック代表!?」

 

 

 彼の言葉を引き金に、AEUの要人たちは顔面蒼白になった。

 

 エルガン・ローディックは、国連平和維持理事会の代表だ。実権は大きくないものの、コネクションの広さと情報力が群を抜いているため、「影の指揮者」と呼ばれる人物である。彼のカリスマ性は各国の代表が称賛するほどであった。

 国連に所属する人間に条約違反の現場を見られたのだ。もはや言い逃れはできまい。エルガンはAEUの要人たちに鋭い眼差しを向けた。AEUが国際的視点から総攻撃の憂き目にあい、厳しく糾弾されることは確定事項である。

 なんだかAEUの人々が可哀想だ。クーゴが同情の眼差しを彼らに向けたとき、エルガンがこちらを見ていたことに気づいた。目が合う。物腰穏やかで聡明な瞳の奥底に、恐ろしいほどまでもの激情が揺れている。その目がゆっくりと細められた。

 

 いつだろう。何かを託すような眼差しを、彼から向けられたことがあったはずだ。それを受け取った者の中に、自分もいたはずだ。

 くろのえいち。未来への災厄に立ち向かう力を。そのために集められ結成された、世界の守護者たち。彼の言葉を受け継いで生まれた、青の名を冠した遊撃隊。

 

 

『私は……君達と、未来……を、……信じて、いる……』

 

 

 満足げに笑った男が息絶える。長い戦いを終えた彼は、どこか安堵の表情を浮かべていた。

 孤軍奮闘し続けた彼は、どんな気持ちだったんだろう。□□□から聞いた、彼の『駒と思ったことは一度もない』という発言は、嘘ではなかったのだ。

 その想い、そして意志は受け継がれ、新たなる仲間たちと共に、新たなる戦いの幕が開く。■の牢獄を破壊するための、長い戦いが。

 

 

「…………あの、どこかでお会いしませんでしたっけ?」

 

 

 クーゴの問いに、エルガンは首を振った。

 

 

「いや、ないな。人違いだろう。…………キミこそ、私とどこかで会わなかったか?」

 

「今、ご自身で否定したばかりですよね!?」

 

 

 質問を文字通り打ち返され、クーゴは思わずツッコミを入れる。

 エルガンは考え込むように手を顎に当て、首をひねる。そして、すぐに合点が言ったように手を叩いた。

 

 

「私の虚憶(きょおく)に、キミとよく似た人物がいたんだ。そのせいだろうな」

 

 

 彼もまた、虚憶(きょおく)持ちだというのか。意外な共通点に面食らっていたとき、向うから誰かが彼を呼んだらしい。「ジイさん」という親しそうな響きを宿した男性の声と、「代表」という凛とした女性の声と、「エルガン」というやや棘のある女性の声。

 エルガンは短く返事をした後、こちらに軽く会釈した。そのまま、避難誘導に従って去っていく。自分たちも行かなくては。クーゴたちも避難誘導に従い、AEUの軍事演習場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえティエリア。ちょっとヴェーダで『天女』を検索してほしいんだけど」

 

 

 イデアの唐突な申し出に、端末越しのティエリアはむっと眉をひそめた。

 

 

『キミはヴェーダを何だと思っているんだ』

 

「大きなコンピューター。だから、情報もいっぱい入っているんじゃないかなって」

 

 

 「仮面泥棒の居場所を探すのに使われるのと、目が見えない人の情報検索に使われるのと。どっちがヴェーダにとって嬉しいかな」なんて言えば、ますますティエリアがげんなりしてしまった。ある種の“究極の二択”だからだろう。

 目が見えない、と強調すれば、ティエリアはため息をついた。同時に、何かに気づいたように顔を上げる。しばしの沈黙ののち、彼は渋々情報検索を始めた。どんな理不尽で意味不明であろうとも、生みの親の言うことには逆らえないらしい。

 

 

『検索結果を端末に送信した。あとは、端末の読み上げソフトを使うといい』

 

「ありがとうティエリア!」

 

 

 彼に感謝の言葉を告げて通信を切り、イデアはスキップしながら刹那とロックオンの元へと戻った。ロックオンがあきれた表情でこっちを見ている。

 世界に喧嘩を売ったのに、と言いたげだ。「わかってるよ」と言えば、彼はぞっとしたように息をのんだ。まだ言葉にしていないのに、どうしてわかったんだ、と。

 「わかってるよ」と付け加えれば、ロックオンは余計に何とも言い難そうにしていた。刹那はイデアに背を向けたまま、何も語らない。

 

 イデアは岩に座り、早速端末に送られてきた情報を聞き取る。

 

 天女とは、天に住むとされる女性のことを指しており、特に、天の支配者に仕えているとされる女官の総称でもある。彼女たちは羽衣と呼ばれる特別な衣服を持っており、それを使って空を飛ぶとされた。地上へは水浴びなどの用事のために訪れるのみで、普段は天で暮らしているという。中には大事な羽衣を無くしてしまった――正確には奪われてしまったため、空に帰れなくなり、地上の男性と婚姻する話なども伝えられている。

 もっとも、その話では、『羽衣を見つけたために空へ帰ったが、愛する人のことを忘れられなかったので、彼を天へと連れて行った。しかし、天女の両親が悪知恵を働かせたため、2人の間に大きな川ができて分断されてしまう。川の水が引く月の7日なら会えると天女が伝えたが、男はそれを“7月7日なら会える”と聞き間違えたため、7月7日にやってきた。そのためこの夫婦は、年に1度だけの逢瀬を重ねている』という結末を迎えるのだ。

 

 他にも、天女と呼べるような存在とそれに関わるような民話および人物は多々いる。弁財天や吉祥天、先程の話で挙げた話に出てくる織姫などが挙げられた。一般的な比喩表現としては、優しさと美しさを兼ね備えた女性を「天女」と称することがあるという。

 スターゲイザーが天女と呼ばれたのは、背中の輪や身に纏った光輪が羽衣を纏っているように見えたのだろう。他の連中がスターゲイザーを「輪っか付き」と酷い呼称を付ける中で、『夜鷹』――クーゴ・ハガネだけが「天女」という素敵な呼称を付けてくれる。

 それはとても嬉しいことだ。イデアは端末を抱きしめるように手で包んだ。端末に結んだ金のハートが揺れた。優しい鈴の音色に耳を傾ける。この音色を聞くたびに、心が弾むのだ。

 

 

「さて、頑張らなきゃ。ね、2人とも?」

 

「……ああ」「そうだな」

 

 

 刹那とロックオンに声をかけ、イデアは自分の機体を見上げた。

 3機のガンダム――スターゲイザー、エクシア、デュナメスが、夜闇の中で静かに佇んでいる。

 

 賽は投げられた。世界は、ここから変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろを振り返ってはいけない。

 グラハムとビリーの、暗黙の了解である。

 

 バックミラーを見れば、鏡越しからゾンビとご対面だ。だから、極力視線を向けないようにする。

 

 ラジオから繰り返し流れるのは、ソレスタルビーイングという集団の声明文。戦争根絶のために武力介入を行うという彼らは、存在自体が矛盾している。なかなかエキセントリックな集団ではないか。もしかしたら、件の少女も、この話題を目に/耳にしているのかもしれない。

 運転を終えたら少女にメールを送ろう、と、グラハムは考えた。また1つ、『彼女』と何かを共有できる。なんて素晴らしいことなのだろう。グラハムは上機嫌でハンドルを切った。ゾンビがバックミラーを横切ったのは気のせいだと思う。

 『あのガンダムを見たとき、無性にキミに会いたくなった』とメールを送ったら、どんな返事が返ってくるのだろうか。グラハムはちらりと懐に視線を向けた。彼女がくれた蒼の扇子が目に入った。頬が緩む。

 

 

(次に会えるのは、いつだろうな)

 

 

 そう考えたグラハムは、つい、見てしまった。バックミラーに映る、ゾンビを。

 

 クーゴ・ハガネ。徹夜明け5日目を迎えそうな状態の彼は、虚ろな目でこちらを見ていた。がくん、と車体が揺れるたび、恨めし気な表情を浮かべる。

 眠い、寝たい、眠れない、寝たい、眠れない、車が揺れる、揺らさないで、眠い、寝たい。鏡越しからの眼差しが訴えている。とんだジャパニーズホラーだ。

 しかし、舗装されていない道路をジープで走るのだから車体は揺れる。当然、クーゴは眠れない。なんて悪循環なのだろう。早く休んでもらわないと大変なことになる。

 

 「ああああああ」なんて唸り始めたらアウトだ。どこぞの呪いそのものと化してしまう。

 夏場は(別の意味で)重宝するけれど、やっぱり怖いものは怖い。

 

 

「グラハム、早く目的地につかないかな。怖いんだよ。本当に怖いんだよ。今にも唸りだしそうで!」

「心得た! ただし、安全運転のため、法定速度を遵守する!」

 

 

 グラハムは小声で宣言し、ハンドルを握り締めた。徹夜明けだが仕事モード(カタギリ命名)が切れたクーゴは、元の徹夜明け状態もといゾンビに戻ってしまう。

 避難誘導が終わり、車内での話し合いが終わった後、彼はあっという間にゾンビへと戻ってしまった。それ以後ずっとこのままである。

 早く目的地へ向かい、クーゴに睡眠を取ってもらわねば。こんな恐怖体験、二度としたくない(不可抗力で、何度も体験する羽目になっているが)。

 

 次の瞬間。

 

 

「あああああああああああああああああああ」

 

「う、うわああああああああああああああああー!! 唸り出したー!」

「うおあああああああああ!? カタギリ、危ないぞ!」

 

 

 恐れていた事態に発展し、真っ青になったビリーが運転席へと手を伸ばした。グラハムも慌ててハンドルを切る。

 ゾンビが斜め右に倒れたと思った刹那、左の扉にぶつかって、なぜか運転席の方へやって来た。怖い。本当に怖い。

 

 

「わあああ! グラハム、前、前ー!」

「ぬおおお!?」

 

「あああああああああああああああああああー……」

 

「うわああああああああああああああああああこっち来たー!!」

「だから、危ないと――おおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

 迷走するジープが、悪路でがたがたと揺れていた。目的地は、未だ見えず。

 

 帰還まで、しばらくかかりそうだった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参照および参考】
『Wikipedia』より、『天女』
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