大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
人の進化の可能性、というものに賭けた人々は大勢いる。
その結果が化け物同然という末路なら、何とも言い難いと言うのが本音であった。
「対話不能の種……」
「あれもまた、進化の形なのね。……到底認められるものではないけど」
『彼女』たちは険しい表情を浮かべて、嘗て人であったはずの化け物を睨みつける。
あれは人間であったとしても、『彼女』の言うような対話は不可能だとクーゴは思う。ミューカ■と同レベルというか、■ューカスよりも話が通じなさそうだというか、文字通り酷すぎるのだ。人間の中にある「人間を超えたい」という欲望を具現化した果ての姿。『あの人』も最後にはこうなってしまうのだろうか。
コネクト・■ォース全体としても、クーゴ・ハガネという個人としても、コー□ェンとスティンガ□の姿を許容することはできない。それは、『あの人』のやり方を許容することと同義だからだ。奴らは同じインベ■ダーだけでなく、ミュ■カスをも取り込んでパワーアップしようと試みている。
これ以上何をする/何になるつもりなのだろう。肥大したエゴと欲望が花開いた/実を結んだ結果だというなら、今すぐそれを駆除および伐採する必要がある。クーゴは周囲に視線を向けた。全員が同じ気持ちのようで、即座に戦闘態勢を整える。先程の戦いで疲弊しながらも、闘志はまだ折れていない。
それが自分たち、コネクト・■ォース。
所属部隊や身分や立場を超えて集まった、人類を守る防衛隊だ。
「エゴを貫き通した挙句、文字通り『異形と化した』か……」
「どうした、グラハム」
厳しい顔をした彼の本名を呼べば、ミスター・■シドーがむっとしたように声を荒げた。
「だから、グラハム・エーカーは既に死んだと言った!」
「ああはいはい。で、■シドーは、言いたいことがあったんじゃないのか」
クーゴに言われた、ブ■ドーは何とも言えなさそうに目を伏せる。奴らの姿に思うところがあるかのように、暗い影が落ちていた。
連想したのは、ブシ■ーが迷走に迷走を重ねていたときの様子だ。そこで、クーゴは彼が何に思い悩んでいるのかに合点がいく。
「お前は、こいつらとは違う」
クーゴは強い口調で言った。驚いたように目を見張ったブシド■が、クーゴを見つめていた。
いつの間にか通信を開いていた『彼女』も、力強く頷く。クーゴの言葉に続くように彼女は復唱した。
「クーゴ・ハガネの言う通りだ。お前は、あいつらとは違う」
『彼女』は表情を緩めた。『彼女』のことをよく知る者なら、それが『彼女』が微笑んでいるとすぐに気づけるような表情。
「お前は、ちゃんと気づけたじゃないか。ちゃんと立ち止まれたじゃないか」
「少女……」
「そしてお前は、この道を――コ■クト・フォースを選んだ。……だから、お前はあいつらとは違う」
「……そうだな」
ブシド■の声が震えた。仮面越しからでもわかるくらい、感情が表に現れている。泣き笑いに近いような、どこか安堵した顔。
彼は少しの間目を閉じていたが、すぐにインベー■ーと化した□ーウェンとス□ィンガーを睨む。口元には不敵な笑み。
ああ、こいつはそうでなければ。クーゴも笑う。そんな自分たちの隣に、ゼクスやクワト□、ヒイ□や□ムロ、カミー□たちが並んだ。
先陣を切ったのは、ゲッ■ーやゲッター■ラゴンを駆る面々だ。彼らはイン■ーダーに深い因縁がある。ここで、全ての決着をつけるつもりのようだ。
コー□ェンとステ□ンガーを守るかのように、小型のインベー■ーが姿を現す。邪魔者の掃討は自分たちの得意分野だ。言葉にする代わりに、奴らに攻撃を仕掛けることでそれを示す。
戦いの火蓋は切られた。
世界最後の日。
笑うのは一体どちらなのか――それはまだ、誰もわからない。
◆
一定の人間が定期的に集まれるということは、本当にいいものだ。
(どの曲を歌えば、どの
クーゴは端末を開き、まとめられた情報を確認していく。今まで歌った曲と、それに対応して浮かんだ
命名は“多元世界技術解析および実験チーム”の話し合いで決めていた。今回視た
『世界最後の日』という題名で差異があるパターンは、OE以外でZがある。OEではジオンの和平工作部隊オルトロス隊として活動後にコネクト・フォースという部隊と合流、および所属してインベーダーと戦ったが、Zでは独立部隊として承認されたZEXISの面々と合流し、協力してインベーダーと戦っていた。
類似の
例外はGgとGgOであり、こちらは多元世界云々とは毛色が違う。確か、『大きなシステムに異常が発生したため、それの修正を行うために、所属部隊および敵味方の枠を超えて結成された部隊が駆け抜ける』という内容の
「あいつら、何度見ても悍ましいな」
「流石に、あんな進化はゴメンですぜ……」
ダリルとハワードが苦い表情を浮かべた。
進化という単語には確かに浪漫がある。しかし、あのインベーダーに浪漫を感じるかと言われると、嫌悪しか感じない。何度見ても「どうしてこうなった」としか言えない存在だ。最後に2人の人間が文字通り融合してしまった姿は本当に酷かった。
インベーダーがゲッター線と深くかかわっていることは、
人革連は黒い噂の宝庫だと言われている。その噂の先鋒を行くのが、『超兵』と呼ばれる人間兵器らしい。詳しいことはわからないが、人体実験が必須であることは容易に想像がつく。もっとも、「『軍部』自体が黒い噂に塗れている」と言われたらお終いである。人のふり見てなんとやら、だ。
ユニオンやAEUでもゲッター線の研究は行われている。軍部だけでなく、民間企業レベルでも盛んであった。
そういう話を聞くたびに、クーゴはいつも薄ら寒さを感じていた。何か嫌な予感がしていた。口には出さなかったが。
(まあ、『インベーダーの誕生にゲッター線が関わってる』とくれば、なぁ)
人間であった頃の面影など感じさせない異形の姿。体に引っ張られるかのように、コーウェンとスティンガーらの言動からは、人間だった頃の名残は伺えなかった。インベーダーとして目覚めたときにはもう、彼らは人としての死を迎えていたのだろう。
彼らは自身の異変に気づいていたのだろうか。気づいていたとしたら、どうして立ち止まろうと思わなかったのだろう。科学者だったら、危険性を察知することだってできたはずなのに。――いや、科学者だからこそ、突き進んでしまったのだろうか。
「好奇心は猫をも殺す、って言うからね」
「それは、研究者としての意見か? ビリー」
クーゴの問いに、ビリーは苦笑した。
「うーん……。分野違いだし賛同はできないけど、未知のものに対する探究心や好奇心はわかるかな。成果が出れば、尚更ね」
成果が爆発的なものであればあるこそ、人はそれに惹かれていくものだ。新しい論文や技術、政治家の手腕、例を挙げればキリがない。
しかし、成果が爆発的であるということは劇薬に等しいとも言える。ハイリスク・ハイリターン。世界を文字通りひっくり返してしまうだろう。
そのとき、ビリーが「そういえば」と手を叩いた。
「ゲッター線の研究してた軍事施設や企業が、根こそぎソレスタルビーイングの攻撃対象になったらしいね」
「ああ、声明が上がってたな。今すぐ研究を放棄しろって、全メディアを通じて警告してた」
「それを受けた大半の企業や軍事施設が凍結したみたいだけど、一部はまだ稼働を続けてるみたいだよ」
捨てるに惜しい研究だし、と、ビリーは呟くように言った。
停止したふりをして稼働している所もありそうだ。
そこも漏れなく武力介入の対象にするつもりなのだろう。これでまた、世界の変革に拍車がかかる。
(ソレスタルビーイングも、劇薬と言えるよな)
クーゴはひっそり、そんなことを考えた。彼らの武力介入によって、確かに世界は変わり始めてる。「歪みを修正するために戦う」と彼らは言うけれど、彼らの行動理念こそ大きな
彼らの理念が、彼らを破滅に追い込む要因になりそうな気がする。しかも、その破滅は『世界ごと巻き込んだ規模のものになる』可能性が高い。もし、ソレスタルビーイングが『己の理念で首を絞められる』日が来るとしたら――。
そもそもブリタニア帝国とは何か。……そういえば、Zに分類された多元世界では、クーゴたちが所属していた部隊は『ブリタニア・ユニオン』と称されていたはずだ。
端末を操作してブリタニアの情報を確認しようとしたとき、通信が入った。ソレスタルビーイングがまた動き出したらしい。彼らは数か所に分かれて進軍しているという。
進軍ルートを考慮すると、そこはゲッター線を研究していると噂されている研究機関に行きつく。
「やっぱり、そうほいほいと凍結できなかったんだな」
ハワードが苦笑した。おそらく、該当場所はゲッター線の研究を放棄しなかった研究機関なのだろう。ソレスタルビーイングはそれを目ざとく見つけたのだ。どんな情報網を所持しているのか、本当に気になるところである。
出動要請が出る。ユニオン内にも、放棄を拒んだ施設があったらしい。クーゴたちは着替えるため、部屋を片付けて慌ただしく飛び出した。パイロットスーツに着替え、即座に自分の愛機に乗り込む。出撃準備は万全だ。カタパルトが開く。
そうして、ガンダム調査隊は空へ飛び出した。カスタムフラッグ2機とユニオンフラッグが空を翔る。仲間たちからの通信が入った。
「こんなに早く、リターンマッチのチャンスがくるとは思いませんでしたよ!」
「隊長! 副隊長! 今度こそ、ガンダムにリベンジです!」
「そうだな。我々は本当に運がいい。幸運の女神が微笑んでくれている」
ハワードとダリルの言葉に、グラハムは感慨深そうに頷いた。彼の声も、表情も、お目当てのガンダムに会えるかもしれないという期待に満ち溢れている。
……果たして、笑ったのは本当に「幸運の女神」なのだろうか。クーゴからしてみれば、「貧乏神」と「死神」が不気味な笑みを浮かべているようにしか思えない。
しかし、楽しそうに語るグラハムたちの様子を見ると、口に出すことは憚られた。こういうところが、『貧乏くじ同盟』の歌詞に「わかるわかる」と言ってしまう所以であろう。
元日本人は辛いよ。
そして副官は辛いよ。
だったら辞めりゃあいいじゃん、なんて声が聞こえてきそうだが、それは反対である。この場所を失うのだけはもっと嫌だ。
「副隊長?」と、心配そうな通信が入る。クーゴは苦笑しながら「なんでもない」と返した。
もうすぐガンダムの襲撃地点。気を引き締めるように、と告げて、クーゴは操縦桿を動かした。
既に施設は襲撃を受けた後らしく、遠くから黒煙が漂う。仕事を終えたとでも言うかのように、2機のガンダムが空を飛ぶ。
白とオレンジ基調の可変機型ガンダムと、白と緑基調のスナイパー型ガンダムだ。今回は、グラハムの追いかける天使――白と青基調のガンダムはここに来ていないらしい。
グラハムは落胆したように息を吐いた。が、曇った表情はすぐに不敵な笑みへ変わる。機体が違っても、敵がガンダムであることに喜びを感じているかのようだ。
「たとえこの場にキミがいなくとも。仲間を
グラハムの言葉に、クーゴは頭を抱えたくなった。ポジティブシンキングにも程がある。
しかし、グラハムはガンダムという存在そのものに恋をしているらしい。大本命が白と青基調のガンダムだとするなら、その他は「賞賛と好意に値する」存在ということか。
そう考えると、『グラハム・エーカーがハーレムを作ろうとしている』という疑惑が湧き上がってきそうだ。クーゴには弁明の余地がない。弁明できる人間がいるならヘッドハンティングしたいくらいだ。
『任務完了。今回、スターダスト・トレイマーは出てこなかったみたいだね』
『余計な邪魔が入らなかったんだ。いいことじゃないか。……いや、スターダスト・トレイマーより厄介なのが来たぞ!』
声がした。若い男の声が、2人。ガンダムのパイロットだ、と、クーゴはすぐに合点が言った。通信は開いていないはずなのに、どうして声が聞こえるのだろう。
認めたくないのだが、やはり、クーゴにはニュータイプの“ケ”があるのだろうか。人間卒業までのカウントダウンが聞こえた気がして、首を振ってそれを振り払った。
しかも彼らの声、どこかで聞いたことがある。確か――ブリタニア・ユニオンとAEU特務隊OZの合同作戦で、自分たちは初めて、ソレスタルビーイングの全ガンダムと対峙した。
そうだ、
彼らとは、そこで初めて対峙した。
現実では、この場所で初めて対峙した。
口をついて歌が零れる。旋律が響く。次の瞬間、クーゴの世界は一変した。
◇
『あのフラッグは危険だ、下がって!』
白と青基調のガンダムを庇うようにして、白とオレンジ基調のガンダムが飛び出した。
若い男の声。パイロットの判断は間違いではない。クーゴ自身も、グラハムが危険だということは十二分に察していた。
だからといって、クーゴがグラハムを『何とかできる』かと言われたらNoだ。安全装置のくせにと言われても困る。
車のブレーキだって、元から車のスピードが出ていたときはうまく作動しないだろう。それと同じなのだ。
誰に言われたわけでもなく、クーゴは心の中で言い訳した。
周囲の攻撃を躱しながら、グラハムの援護に集中する。
「可変型が……! だが、空中の機動性ならば、このフラッグでも!」
『速い……! それにこの独特の動き……かなりの腕のパイロットだ!』
「このフラッグは私が育てた機体だ……! 相手がガンダムだろうと、やってみせるさ!」
グラハムのフラッグが、可変機タイプのガンダムに狙いを定める。
ユニオン軍の“空の貴公子”という2つ名は伊達ではない。相変わらずの速さを披露し、相手を翻弄した。
いや、翻弄しているというよりは、速く追い抜いて意中の相手――白と青基調のガンダムと戦いたくて仕方がないのだ。
あの可変機も、スナイパータイプも、超火力集中型の重装備タイプも、攻防一体型も、確かに奴にとっては「賞賛と好意に値」する。
しかし、グラハム・エーカーという男が『愛してやまない』のは、可変型に庇われたガンダムであった。AEUの軍事演習場に降り立った、白と青基調のガンダムだった。
空を飛び回るグラハムのフラッグ。奴から繰り出される攻撃と回避も容赦なくなってきている。グラハムにとってあの可変型タイプは、いつの間にやら「賞賛と好意」から「人の恋路を邪魔する奴」という存在になってきたらしい。
「キミのような奴は有名な故事に乗っ取り、馬に蹴られるものと心得てほしいな! 彼女をエスコートするのは、この私だっ!!」
『何言ってるんだこのパイロット!? って、あれ!? 通信回路は開いてないはずなのに、どうして声が聞こえるんだ……!?』
『言ってることもやってることもアレだが、それ以上にこのパイロットはヤベェぞ! 文字通りイロイロとな!』
クーゴの“ケ”がおかしくなければ、何やら可変型ガンダムのパイロットたちも恐怖体験をしているようだ。しかも会話が成立している。ついでに、グラハムはクーゴの援護も必要なさそうだ。
だが、白と青基調のガンダムを守ろうとする機体は他にもいた。少し下に待機していた白と緑基調のガンダムが、銃口をフラッグに向けたのだ。クーゴは慌ててグラハムの名を呼ぶが、奴はわかっていたようだった。
「スナイパー型のガンダムか! 私の変幻自在、天衣無縫の動きを追いきれるかな!?」
「それ、自分で言うような台詞じゃないぞ」
「細かいことはいいのだよ、クーゴ!」
スナイパー型のパイロットを挑発し、間髪入れず、グラハムのフラッグが飛行形態を取る。グラハム・スペシャルの逆バージョンだ。
これもまた、パイロットにかなりのGがかかる。相変わらず無茶苦茶だが、彼は文字通り『縦横無尽』に飛び回った。
グラハムの言葉と飛びっぷりに闘争心を刺激されたのか、ガンダムからは強い殺気がにじみ出ていた。
『この野郎、俺の狙いを甘く見るなよ!』
そう言うなり、白と緑基調のガンダムがライフルを構える。
しかし、その動きが止まった。理由は、別な人間からの指摘であった。
『貴方は一体、誰と話しているんだ』
『え? ――嘘だろおい。通信開いてないのに、声がしただと……!?』
あっちもこっちも怪現象が多発しているようだ。恐怖体験日和らしい。しかも、他人から指摘されなければ気づくことなどなかったというおまけつきだ。
ならば、『通信が開いていないのに、この場の通信内容のすべてを網羅してしまう』クーゴは一体何なのだろう。人間卒業目前なのだろうか。そんなつもりは微塵もないのに。
白と緑基調のガンダムが、次々とライフルを撃ち放つ。グラハムのフラッグはそれをスレスレで回避しながら、一端下がっていた白と青基調のガンダムめがけて突っ込んでいく。
それを白とオレンジ基調のガンダムが阻もうと割り込んだ。さらに、2機のガンダムは互いの持ち味――高速移動と射撃の連携により、グラハムの翔るフラッグを阻もうと試みる。
クーゴは即座に、グラハムとスナイパータイプの間に割り込んだ。そのままガーベラストレートとタイガー・ピアスを振るう。
放たれた砲撃を文字通り一刀両断。日本文化や日本刀はまだまだ現役、銃弾だって真っ二つにできる。
『何!? サムライ・ソードだと!?』
まさか、自分の攻撃が刀で真っ二つにされるだなんて思わなかったのだろう。
パイロットが驚愕の声を上げる。クーゴはニヤリと笑みを深めた。
「知っているか? スナイパー。……21世紀の初頭、どこぞの物好きが『
『は?』
「ルールは至ってシンプルだ。
パイロットは沈黙する。
ややあって、彼は『もちろん、銃だろ』と、自信満々に言いきった。成程、銃に対する信頼と愛着は強いらしい。
流石はスナイパー。この人物は、スナイパーとしての腕前だけでなく、他の部分――特に心構えだって優れているのだろう。
だが、クーゴだって負けちゃいない。友人が開発してくれた2振りの刀を信頼しているし、愛着だって持っている。
「残念。正解は――」
クーゴはそう言って、操縦桿を握り締めた。フラッグを一気に加速させる。不意打ちに近い突撃に、パイロットが慌てて銃の照準を合わせたのが見えた。
砲撃が放たれる。それを、2振りの刀で叩き切る。また攻撃が放たれる。刀で真っ二つに切り裂く。それを繰り返して6回。――距離が、迫る!
クーゴのフラッグは一気に肉薄した。
「日本刀だ!」
振り下ろした刃は、ガンダムを一刀両断することは叶わなかった。間一髪で、ガンダムがビームサーベルで受け止めたからである。
『俺に! 俺に、剣を使わせたな!』
スナイパー型のパイロットにとって、ビームサーベルに頼るというのは余程の屈辱だったらしい。激情をあらわにして咆哮する様子は、グラハムがガンダムを追いかけている様子とよく似ている。
日本武術諸々に心得があるクーゴにしてみれば、接近戦は十八番である。異種格闘技、大いに結構。親戚たちとやったことがあるが、それはそれで結構楽しかった。但し、今回は命がけだと言えた。
ぶつかり合う自分たちの元へ、可変型のガンダムとグラハムが援護に入った。見上げると、グラハムのお目当てはブリタニア帝国の兵士たちと戦っているらしい。ガンダム2機は、彼が白と青基調のガンダムへ突っ込むのを妨害しようとしているようだ。
クーゴはすぐにグラハムの援護に入る。相変わらず、グラハムは白と青基調のガンダムに対し、愛を叫び続けていた。
やり取りがおかしくなりはじめたのは、いつだったのか。
クーゴが気づいたときには、何もかもが遅かった。
「私は彼女が好きだ! 彼女が、欲しいィィィィィィィ!!」
『お父さんは! お父さんは赦しません! こんなの絶対に認めないぃぃぃぃぃぃ!!』
『う、うわああああああああー! □□□□□□が、□□□□□□が壊れたぁぁぁぁぁ!!』
『ははははははははは! こりゃ酷ぇや! あっははははははははげほっごほっ』
『□、□□□□!? 大変だ、□□□□が呼吸困難に!』
なんだこれ。
◆
「私は彼女が好きだ! 彼女が、欲しいィィィィィィィ!!」
『お父さんは! お父さんは赦しません! こんなの絶対に認めないぃぃぃぃぃぃ!!』
『う、うわああああああああー! ロックオンが、ロックオンが壊れたぁぁぁぁぁ!!』
『ははははははははは! こりゃ酷ぇや! あっははははははははげほっごほっ』
『ハ、ハレルヤ!? 大変だ、ハレルヤが呼吸困難に!』
「……アレー? ドコカデミキキシタコトノアルジョウキョウダナー」
クーゴが思わず呟いた声は、抑揚のない棒読みであった。見覚え/聞き覚えがありすぎて、なんと言っていいのかさっぱりわからない。
ちなみに、ハワードとダリルにはこの混沌めいた会話は聞こえていない。全体の動きを読み取りながら、グラハムやクーゴの援護に奮戦している。彼らはきっと、こんな会話が繰り広げられていることなど夢にも思っていないだろう。このまま永遠に気づかないでいてほしいくらいだ。ささやかな願いだが、果たしてどうなることやら。
『通信が開いていないのに、この場の通信内容のすべてを網羅してしまう』クーゴにしてみれば、この状況は本当にカオスである。
今回の任務は『ガンダム鹵獲およびデータ収集』のはずなのに、『白と青基調のガンダムおよびそのパイロットをどうこうする』話になっているように感じるのは気のせいか。
実際、スナイパー型のパイロットとグラハムの会話は『娘を嫁に出したくない父親VS恋人との結婚を望む男』の縮図に見えなくもない。
そして被害を受ける第三者2名、可変型のパイロットたちとクーゴ。何も知らない幸運な第三者2人、ハワードとダリル。
「グラハムー、いろんな意味で戻ってこーい」
堪えきれなくなって、クーゴはグラハムに呼びかけた。
しかし返事は返ってこない。その代わりに、盛大なやり取りが聞こえてきた。
「何人たりとも、私の愛を阻むことはできない! 阻むものがあるなら、そんなもの、私の無茶で押し通す!」
『年の差その他諸々考えろ、この変態が!!』
「キミにそれを言える資格はないな! キミは私と同類と見た!」
『天地がひっくり返ったとて、お前さんとだけは一緒にされたくないね! こっちは頑張ってお兄さんやってるんだからな!』
「そうやって、キミは愛するものが他人にかっさらわれていくのを、手をこまねいて静観すると? そんなこと、私はお断りだ!」
「グラハァァァァァァム!!」
クーゴの声は、グラハムには届いていない様子だった。彼は今、スナイパータイプのパイロットと会話するので忙しい。追記として、スナイパータイプのパイロットとグラハムの通信回路は開いていないのだ。それでも会話のデッドボールが成り立っている。おまけに、2人とも、この事実に気づかず、自然に会話を行っているではないか。
戦いは激化していく。銃撃を受けて被弾しても、グラハムのフラッグはスナイパー型のガンダムへと向かった。
その一撃を「肘鉄ごときで引き下がる私ではないよ!」と言ってしまうあたり、もう色々とアレである。
随分とリーチの長い肘鉄だ。ガンダムの持つ銃の銃身で殴打されたなら、かろうじて肘鉄と言えそうだとクーゴは思うのだが。
『俺は人殺し、いつかは裁きを受ける身だ。幸福を手にする権利なんか存在しない。あんただってそうだろう? 軍人さん。――その覚悟は、とうにできてるんだよ!』
「ああそうだな! 敵を撃ち、部下や上官を死なせ、屍の山を築いていく……そんな人間がたどり着く場所くらい、私も心得ているさ! そしていずれは、私もそこに墜ちるのだと!」
『だったら!』
「だからこそだ!」
グラハムのフラッグが、一気にガンダムへと肉薄する! 間一髪、白と緑基調のガンダムはビームサーベルで攻撃を受け止めた。派手な火花が飛び散る。
スナイパータイプのパイロットの表情が『視えた』。
「だからこそ、好いた相手を――心から愛した
フラッグとガンダムが鍔迫り合いを演じる。『通信が開いていないのに、この場の通信内容のすべてを網羅してしまう』クーゴは、2人が真面目に戦っていることが痛いほど伝わってきた。
但し、本来の目的をすっかり忘れているという点から視ているせいか、ひたすら異常な光景としか認識できない。
そんな自分が悪いのか、場違いなことをやっている2人が悪いのか、いくら考えても判断が下せそうになかった。
可変型はなんとかして目的――戦場からの離脱を試みているが、ハワードやダリルたちが追いすがっているため叶わないでいる。もっとも、離脱できない要因の1つであるスナイパー型のガンダムは、グラハムと激しい戦闘を繰り広げていた。
事実上の硬直状態。打破する手が見つからないのは、自分たちガンダム調査隊やガンダムのパイロットたちも同じらしい。あと一手。それさえあれば、この戦況をひっくり返すことができるのに。鹵獲の可能性が目の前にある以上、諦めたくなかった。
しかし、クーゴの思考回路はレーダーの反応音によって中断させられた。自分たちの機体の背後に、すさまじいエネルギーが集まっている。思わずクーゴがフラッグごと振り返ったとき、大地をと轟かすような音が響き渡り、瓦礫と化していた施設の一部が崩れ始めた。
何か、いる。
途方もない大きさの“何か”が、ゆっくりと蠢いていた。
姿は確認できないが、廃墟の中には“何か”がいる。いてはいけない、“何か”が。
「――下から来るぞ、気を付けろ!」
『何っ!?』
「何だ!?」
「うおっ!?」
「なんと!?」
クーゴの警告に、スナイパー型のパイロット、ハワード、ダリル、グラハムが慌てて回避行動をとった。クーゴもそれに続く。緊急回避のため、体に凄まじいGがかかった。
次の瞬間、自分たちが先程いた場所に、得体のしれない異形が花開いていた。化け物と言ってもいい図体は、自分たちなど歯牙にもかけず、まっすぐ空へと突っ込んでいく。
クーゴの気のせいでなければ、笑い声が聞こえた。人の笑い声。しかも、1人ではない。複数人の笑い声。老若男女の声がする。辛うじて聞き取れたのは、『シンカ』という単語。
ヒルを思わせるようなフォルムに、人の顔がたくさん浮かんでいる。何かで見たような気が、しないでもない。
異形は猛スピードで、大気圏めがけて飛んでいく。むしろ、宇宙へと向かっているように思った。
どう考えてもフラッグの推進性では間に合わないし、大気圏突入も難しい。
『新しいミッション? ――よし、そうと決まれば!』
不意に、スナイパー型のパイロットの声がした。次の瞬間、2機のガンダムが離脱に入る。
「逃すか!」
「待て!」
「ハワード、ダリル! 深追いするな!」
追いかけようとした部下2人をグラハムが制止した。刹那、生き物のうめき声のような音がして、新たな異形が湧いて出た。ハエトリソウとラフレシアを足して、大量の目玉を付けたような姿のものが、十数体。
もし、2人がそのままガンダムを追いかけていたら、下から飛び出してきたアレの餌食になっていただろう。今はガンダムを捨て置き、この異形を何とかしなくては。異形どもが市街地にでも出てしまったら――考えるだけで恐ろしい。
仲間たちは通信越しに顔を見合わせ、頷いた。
そのまま、異形どもの討伐に奮闘する。リニアライフルで撃ち抜き、プラズマソードで真っ二つに叩き切り、連携を駆使してバケモノたちを屠っていった。
クーゴもガーベラストレートとタイガー・ピアスで異形を切り裂く。断末魔と血しぶきが飛び交う戦場。援軍はもう少し時間がかかるらしい。
次の瞬間、背後から空を切り割くかのような音が響いた。振り返る。赤紫の残光が、空の中に溶けていく。砲撃だ。その主がスナイパー型のガンダムだと直感する。
直後、2発目が放たれた。
大気圏をぶち抜いて、宇宙まで届く一撃だ。
「大気圏越しのスナイピング!?」
「本当になんでもありか、ガンダム……!」
クーゴとグラハムが戦慄する。ハワードとダリルも、ごくりと生唾を飲み干した。
直後、通信が入る。異形が現れたという知らせを受けたユニオン軍が、こちらに援軍としてやって来たらしい。
そのまま合流し、異形の掃討を行う。異形が沈黙したのは、それから暫く経過した後だった。
◇
作戦終了後のブリーフィングで。
「ロックオン。貴方、誰と会話してたの?」
「――え」
通信越しからスメラギの指摘を受けたロックオンが、表情を凍らせた。
しかし、ここからが、彼の恐怖体験の本番である。
「通信記録には、誰かと会話したような音声は一切記録されていません。全部、ロックオンの声だけです」
クリスティナがデータを分析する。ロックオンの表情がますます青くなった。イデアは素知らぬふりをする。
「そんなことないぞ! 確かに俺は、あのフラッグのパイロットたちと会話を――」
往生際悪く食いついたロックオンに対して、仲間たちはデータを示した。1人で叫び散らすロックオンの声だけが、淡々と再生されていく。
ロックオン・ストラトス25歳。彼は今、得体の知れぬ悪寒に体を震わせて、こめかみから大量の汗を流している。似たような経験をした刹那以外、彼の話を信じる者はいないだろう。
イデアはそれが真実であると知っているけれど、敢えて知らないふりをした。刹那は空耳および直感だと思っているため黙っている。後でフォローが入るだろうか。どちらにしろ、この事実はまだ公にすべきではない。
「ロックオン、疲れてる?」
「大丈夫だよ。心配するなって!」
フェルトは憂いに満ちた瞳を向ける。普段から表情は薄いけれど、今はロックオンを心配する気持ちが色濃く表れている。
これ以上フェルトの表情を曇らせたくなかったようで、彼は必死になって弁明する。心配してくれたことに対する感謝の念が通じたのか、フェルトは表情を緩めた。
そのままお開きになり、仲間たちは次々と通信を切る。イデアはロックオンに通信を入れた。まさか、ブリーフィング終了直後に通信が来るとは思っていなかったのだろう。ロックオンが驚いた顔で「どうした?」と首を傾げた。
「今のロックオンにぴったりの曲があるの。聴く?」
「今のお前には悪意しか感じないから、やめておく」
「ごめんなさい、もう手遅れ」
それだけ言い残し、イデアは即座に通信を切った。今頃、彼は流れてきた曲を聴いて身につまされている頃だろう。イデアはちらりと端末画面に目をやる。ロックオンに送信した曲は、テオ・マイヤーの『貧乏くじ同盟』だ。
ロックオンの同胞とも言える男たちの背中が『視える』。その中に無理やり組み込まれかけた者もいるし、新規加入を果たしてしまい落ち込む者の姿も『視えた』。貧乏くじと言いながらも、彼らの表情は笑顔で満ちている。苦笑に近い表情だけれど。
イデアは端末を閉じる。次のミッションまで時間はあるが、オフ会をできる時間は確保できないだろう。そんな予感がした。ゲッター線の研究施設は潰せたが、突然現れた異形の存在を見過ごすことはできない。あれもまた、争いの火種になる。
稼働し続けた研究所でもアレなのだ。停止した場所であっても、アレが飛び出してくる危険性はありえる。
『同胞』たちも動き出すだろう。まずは政治的な部分から、次は企業として、最後は――遊撃部隊として。
世界はまだ、迷走の途上。
「この1件では、片付かない」
イデアはぽつりと呟いて、空を見上げる。今日は曇りのためか、星も月も見えなかった。
クーゴ・ハガネの災難は続く。