大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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18.呉越同舟-きょうどうせんせん-

「あの一件は聞いたよ。大変だったらしいね」

 

 

 ビリーはクーゴたちを労いながら、コーヒーを淹れてくれた。グラハムのカップは、京都旅行で『エトワール』から貰った誕生日プレゼントのものである。彼はそれも大切に使っているようだった。

 湯気の漂うブラックコーヒーを一口。胃に少し重たい一撃が入ったような感覚に見舞われた。まだ終わりじゃない、気を抜くなと言われたような気分になる。クーゴもなんとなくそんな予感がしてならなかった。

 

 クーゴの直感は嫌な形で的中した。

 

 

「他のところも、施設が壊滅した直後、施設周辺に異形の生き物が現れたって話だよ」

 

 

 ビリーはそう言って、端末を操作する。提示されたデータ画像に映し出されたのは、人間の顔のようなものがたくさん浮かび上がったヒルのような生き物である。

 他にも、人の顔が複数合体したようなものや、ハエトリソウとラフレシアを足して大量の目玉を付けたようなものなどが浮かんでいる。先の研究所で見たものと同じだ。

 ふとクーゴは目を留めた。ナメクジを連想させるような体躯に、大きな顔が浮かぶ個体。その上には更に顔がついている。2つの顔立ちは、クーゴの記憶を揺さぶってきた。

 

 

「…………あれ、こいつらどこかで見たことあるな」

 

「奇遇だな。私もこれと同じものを見たことがある」

 

 

 写真を覗き込んだグラハムも、クーゴの言葉に同意する。ビリーも頷き、端末を操作した。

 虚憶(きょおく)のデータベースから、『世界最後の日』のOEとZの情報を引き出す。

 

 インベーダーと化したコーウェン&ステインガーが描かれた絵と、先程クーゴが目に留めた画像。完全に一致した。

 

 頭の中で「やっぱり」という単語が浮かぶ。ゲッター線と聞く度に感じた嫌な予感は、これと似たような事態が起こるのではないかという不安だったのだろう。

 昔、2人の研究者が人革連の方へ亡命したという話を聞いたことがある。確か、その人物の名前もコーウェンとスティンガーだったような気がしないでもない。

 その頃からだ。人革連のゲッター線研究が、3国の中で一番盛んになったのは。――しかし、クーゴの思考はそこで中断させられることになる。

 

 突如、けたたましい音と一緒に、放送が響き渡った。

 

 

『ユニオンのXXXに怪物が出現! 至急迎撃に当たれ!!』

 

 

 怪物。この単語を聞いて連想されたのは、先程データ画像で見た化け物どもだ。

 しかも、指定されたポイントはこの前活動を停止した研究所。そこから数百キロ先には主要都市がある。

 奴らがこのまま進軍したら。街中で大暴れしたら。甚大な被害が出ることは明らかだった。

 

 クーゴとグラハムは顔を見合わせ頷いた。ビリーも険しい顔を浮かべ、憂うような眼差しを向けてきた。

 言葉の代わりに不敵な笑みを浮かべることで、彼へ返答する。自分たちの笑みを見て安心したのだろう。

 

 

「2人とも! 必ず帰還して、元気な顔を見せること!」

 

「心得ているさ、カタギリ!」

 

「約束する! 行ってくる、ビリー!」

 

 

 ビリーは表情を緩めて頷いた。そのまま彼と別れ、慌ただしく格納庫へ向かう。パイロットスーツを着たままだったので、すぐに乗り込むことができた。

 

 ハワードとダリルがコックピットに乗り込む姿が見えた。クーゴはそれを確認した後、操縦桿を握り締める。格納庫のハッチが開いた。即座にグラハムが先陣を切る。

 それに続いて、クーゴたちも空へと飛び出す。今が緊急事態だなんて思えない程、澄み渡った青空。誰もが「平和だ」と信じて疑わないほど、長閑な晴天日和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた!」

 

 

 異形どもと戦うフラッグの群れを見つけたグラハムが、その中へと突っ込んでいく。グラハムスペシャルで形態を変えて、ライフルを撃ち放った。

 クーゴたちもそれに続いて、それぞれ武器を構えて飛び込んでいく。切って、撃って、弾き飛ばして、異形たちを屠っていった。

 

 いつぞやの虚憶(きょおく)やシュミレーターでも、似たような生き物が出てきたことがある。それを体験していたのが功を奏したのか、インベーダーの動きはある程度予測できた。

 

 

「この化け物が!」

 

「ここからいなくなれ!」

 

 

 ハワードの銃撃を受けて怯んだ化け物へ、ダリルのプラズマソードによる一撃が入る。異形は断末魔の悲鳴を上げて消滅した。

 大量の体液が飛び散る。2人はそこで止まらず、すぐさま次の敵を討った。今度はダリルが敵に銃撃を浴びせ、ハワードがプラズマソードで薙ぎ払う。

 いいコンビネーションだ。こちらも負けてはいられない。クーゴは即座にグラハムの援護に入る。

 

 ガーベラストレートとタイガー・ピアスを鞘から引き抜き、グラハムの背後に迫った異形を叩き切る。

 次の瞬間、グラハムのライフルが唸った。振り返れば、体液をまき散らしながら爆散する異形の姿が視界の端を横切る。

 

 

「これで貸し借りなしだな、クーゴ」

 

「お互いにな、グラハム」

 

 

 軽口を叩きながら、化け物の掃討に勤しむ。奴らはどこから湧いているのか、全く見当がつかない。

 このままでは消耗戦になる。原因を突き止めなければ、力尽きるのは自分たちの方だ。

 

 

「隊長、怪物以外に反応が出ました!」

 

「この反応、ガンダムです! こちらに近づいているみたいですが……」

 

 

 ハワードとダリルからの通信が入る。レーダーを見れば、2つの反応が出ていた。

 

 視界の端を、緑の光が横切る。あの光は、ガンダムが現れた証拠だ。

 振り返った先にいたのは、白と青基調のガンダムと純白のガンダム。

 あの2機はどこへ武力介入するつもりなのだろう。

 

 そう思考を巡らせたとき、2機のガンダムは何の躊躇いもなく攻撃を仕掛けた。

 研究施設やユニオンフラッグおよび空母ではなく、蠢いていた異形たちに向かって。

 

 

「……もしかして、この化け物どもを紛争の原因とみなしたのか?」

 

 

 クーゴの問いに是と答えるかのように、天使と天女は化け物たちを殲滅していく。ユニオンフラッグや空母には目もくれない。体格の差が何倍もある異形を切り裂き、弾き飛ばし、撃ち抜き、屠っていった。

 天使と天女はユニオン軍と協力しているつもりはないらしい。ソレスタルビーイングのパイロットたちは、独自で作戦を遂行している様子だった。緑の粒子をばらまく様子は見られない。むしろ、ばらまかれたらユニオンが大変なことになる。

 ソレスタルビーイングなりの気遣いなのだろう。そこには素直に感謝すべきだ。クーゴは彼らを視界の端に捉えつつ、暴れまわる異形を駆逐していく。グラハムも同じらしく、時折フラッグの頭部が白と青基調のガンダムを向いていた。

 

 ガンダムの介入もあってか、異形退治はスムーズに進む。相変わらず、うじゃうじゃ湧いて出てくるところは変わりない。

 

 そのとき、レーダーがけたたましく鳴り響いた。先のガンダム鹵獲作戦で出てきたのと同じように、下からの突撃である。調査隊の面々とガンダムは全力で回避行動に移る。視界の脇で、逃げきれなかったフラッグが弾き飛ばされ爆発した様子が見えた。また、仲間が死んだのだ。怒りが湧き上がってくる。

 見上げた先にいたのは、いつぞやの虚憶(きょおく)で見たインベーダー化した人間――コーウェンとスティンガーとよく似た異形が姿を現した。奴らは笑いながら、ユニオンフラッグやガンダムたちに攻撃を仕掛けてきた。

 

 

『これが、我々の研究成果!』

『人類の、新たな進化の形!』

 

『とくと思い知れ! これが、究極の存在だ!!』

 

 

 異形の声が響く。

 

 奴らの発言で、ソレスタルビーイングが何故武力介入に至ったのか見当がついた。ガンダムたちのターゲットは『先日の一件で中断に追い込まれた研究成果を無駄にしたくなくて、ゲッター線を使って異形と化した』科学者たちだ。彼らが何を思ってどんな研究をしてきたのかなんて、その末路を一目見れば見当がつく。

 ソレスタルビーイングでなくても、各国および国連、マスメディア等々が怒り狂うレベルである。自分の研究成果を自分自身で実験するとは、研究者としてはどうなのだろうか。無事に帰れたら、是非ともビリーに訊ねてみたい。そのためにも生き残らなければ。

 異形と化した科学者たちが咆哮を上げる。力任せの突撃だ。MSの方が小回りが利くとはいえ、あの巨体をまともに喰らったら生きていられないだろう。余波を喰らうだけでも爆損したフラッグがいたのだ。運が良くて戦闘不能、悪ければ死が待っている。嫌な汗がこめかみを伝った。

 

 

「違う」

 

 

 不意に、声が聞こえた。聞き覚えのある女性の声だった。

 強い否定を帯びた声色に、クーゴは驚き目を見張る。

 

 

「私たちは、こんな革新(シンカ)を認めない」

 

 

 怒りに満ちた女性の横顔が見えた気がした。簪で束ねられた緑の髪、紫苑の瞳。誰かに似ている。しかし、詳しい特徴を確認する間もなく、その光景は泡沫に消える。

 次の瞬間、異形に対してガンダムたちが攻撃を仕掛けた。遠距離からの射撃攻撃。的が大きいためにすべてが命中し、おびただしい量の体液が飛び散る。異形が呻き、体が傾く。

 ガンダムの攻撃が効いているのだ。しかし、異形は触手を展開する。クーゴたちは即座に操縦桿を動かし回避行動に移った。触手が捉えたのは、近くを徘徊していた別の個体だ。

 

 小さい個体が断末魔を残し、触手に取り込まれていく。その中には人の顔らしきものが浮かんでいたものもいて、彼らも断末魔の悲鳴と恨み言を残して取り込まれてしまった。

 巨体が蠢いた。先程ガンダムにつけられた傷が、みるみるうちに修復されてしまう。

 

 

「嘘だろう!? 仲間を取り込んで傷を治すなんて……」

 

「なんてこった……! いつぞやのシュミレーターに出てきたインベーダーそのものじゃないか!」

 

 

 ハワードとダリルが絶句する。だが、それだけでは終わらなかった。

 

 異形の足元から、新たな異形の個体が形成された。それらはグロテスクな花を咲かせツタを伸ばしながら、フラッグや戦艦に襲い掛かる。何という自給自足だ。言葉は画期的な希望に満ち溢れているというのに、目の前で繰り広げられる自給自足程認めたくないものはない。

 自分の尖兵を次から次と生み出し、自分が傷ついたら尖兵を取り込むことで自己回復。そんなことを延々と続けられたら、完全に消耗戦になる。エネルギーや人員その他諸々が限られている自分たちが不利だ。

 

 

「ソレスタルビーイングは奴を殲滅対象と認定。これにより、ミッションはプランD-4、セカンドフェイズに移行。作戦を遂行する」

 

「了解! ガンダムマイスターの威信と私のすべてに賭けて、やり遂げてみせる!」

 

 

 ガンダムのパイロットたちの声がした。セイロン島やタリビアで聞こえた声より、はっきりと聞こえる。中世的な声だと思っていた方は、まだ若い少女のものだった。こちらもどこかで聞き覚えのある声だ。はて、とクーゴが首を傾げる。

 その間に、2機のガンダムは異形に攻撃を仕掛けた。天女が機動力を活かして撹乱し、隙をついて回り込んだ天使が刃を振り下ろす。それは見事に異形の肉を割いた。間髪入れず、天女が体当たりを繰り出した。体制を崩した異形に、天使と天女が弾丸の雨あられをお見舞いする。

 息もつく間もない連続攻撃だ。確かにダメージは与えられている。だが、異形はすぐに触手を伸ばし、尖兵を取り込んでいく。それでも、2人は変わらず連携攻撃を仕掛けていった。やり慣れたコンバットパターンなのだろう。コンビネーションアタックの主導を握っているのは天女であった。

 

 しかし、何故だろう。嫌な予感がして堪らない。このまま放置してはいけないと、クーゴの頭の中で何かが警笛を鳴らしている。ほぼ直感に近いものに従い、クーゴは操縦桿を握り締めた。思いっきり動かす。

 フラッグが加速し、Gが体にかかってきた。それを振り払うようにして、更に速度を上げる。視界の端に、グラハムの機体が追随してきたのが見えた。どうやら彼も、何かを感じ取ったらしい。

 

 天使と天女の足元から、新しい尖兵が湧き上がってきた。大型の異形に意識を持っていかれていたのか、ほんのわずかにガンダムたちの反応が遅れる。網のように開いた触手が、天使と天女に襲い掛かる!

 

 

「させるかぁ!」

 

 

 クーゴがガーベラストレートとタイガー・ピアスで触手の網を切り裂き、グラハムがライフルで触手を撃ち抜く。そのまま、2機のカスタムフラッグはガンダムの背中を守るようにして躍り出た。

 ガンダムのパイロットたちは、まさかクーゴとグラハムらが援護攻撃および援護射撃を繰り出すとは思っていなかったのだろう。息をのむ声が聞こえた。それはハワードたちも同じだったようで、彼らは焦った様子でクーゴとグラハムを呼んだ。

 

 いいのか、と。ハワードとダリルが心配そうな顔でこちらを見返している気がした。

 いいんだよ、と。彼らに対して、クーゴは満面の笑みで答える。

 

 始末書が待っているのは承知の上だ。何をすべきか、何をしなければならないのか、知っている。

 

 

「同じ敵を倒すために戦っている者同士だ。少なくとも“今”は、追う者と追われる者でもなければ敵同士でもない」

 

 

 クーゴはちらりとグラハムを見た。

 通信は開いていないけれど、彼が頷き微笑む姿がはっきりと『視える』。

 

 

「ガンダムのパイロットよ、聞こえるか?」

 

 

 グラハムが、ガンダムのパイロットたちに語り掛ける。

 

 

「ここは共闘した方が得策だと思うが、どうする?」

 

 

 パイロットたちの返答が来るまでの数秒間が、妙に長く感じた。永劫のような、一瞬のような、何とも言えぬ体感時間。

 実際の時間がどれ程のものかはわからない。けれど、幾何の沈黙の後で。

 

 

「――了解した。目標を駆逐する!」

 

「――ええ、お願い! 援護は任せるわ」

 

 

 2機のガンダムからの答えに、クーゴとグラハムは顔を見合わせ笑みを浮かべた。頷き合い、異形に向き直る。

 

 

『ナイスな展開じゃないか!』

 

 

 不意に、少年の声が響いた気がして空を見た。そこには誰もいない。けれど、彼の言葉通りの展開だ。場違いにも、燃え上がる感情の高ぶりは誤魔化せそうになかった。

 正義の味方になりたかった少年は、王道展開を好んでいた。今まで死闘を演じてきた敵が味方になったり、ピンチのときに味方が駆けつけてくれたり――例を挙げればキリがない。

 彼が大抵その言葉を発するとき、文字通りの光景が広がっていた。例えば、テロリスト呼ばわりされていた自分たちの汚名が晴れ、政府からバックアップを受けたとき等がそれにあたる。

 

 そして、その台詞が出てくるときは、彼が本当の意味で「正義の味方」となったときだ。

 示された絶望を打ち砕き、点と点を繋いで、希望までの線を引いた。未来までの線を描き出した。

 

 点を繋いで線を引く(ラインバレル)。滅びの過去(みらい)から、人類の未来(あした)を救うために降り立った機体(マキナ)

 

 正義の味方が起こした奇跡を、知っている。虚憶(きょおく)の中で、クーゴはそれを目にしてきた。

 機械仕掛けの神に、「人間であり続ける」ことを示した少年の名前は、何といったか。彼に寄り添っていた少女の名は、何といったか。

 彼に寄り添いたいと願った少女2人の修羅場(せんそう)は、どちらに軍配が上がったのか。どれもこれも謎だらけである。

 

 今は後にしよう。クーゴは思考回路を切り替える。

 自分たちに随伴するように、ハワードとダリルのフラッグがやって来た。

 

 

「これはこれで、心躍る……!」

 

 

 グラハムが不敵な笑みを浮かべる。他の面々も、顔を見合わせて頷いた。

 

 

「我が愛しの姫君よ、エスコートは任せてくれ!」

「ひ、姫君……!?」

 

「ウチのがああなのはご愛嬌だ。隊長やってるから、実力は信頼してやってくれ」

「ええ。重ね重ね、お願いします」

「え、何を?」

 

「まさか、こんな展開になるなんてな。こういう王道展開、嫌いじゃないですぜ!」

「ああ! むしろ望むところだ!」

 

 

 そうして、異形に攻撃を仕掛けるために飛び出していく。

 フラッグファイターズとガンダムマイスターによる、前代未聞の共闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノブレスは端末を眺める。アレハンドロたちと連絡を取るためのものではなく、『同胞』たちと連絡を取るためのものだ。

 いくつもの顔を持つノブレスにとって、分別は大事なことであった。足が出る危険性その他諸々の要素を考えた結果である。

 

 

(『ユニオン、AEU、人革連のゲッター線関連研究所の一部からインベーダーが出現』か)

 

 

 ソレスタルビーイングはインベーダーを『戦乱を呼ぶ元凶』として殲滅対象に認定、武力介入を行っている。その際、各国のエースたちから共闘を持ちかけられたガンダムマイスターたちがそれに乗っかるという形で戦線を展開していた。

 AEUではパトリック・コーラサワー率いる部隊が、現在ヴァーチェとデュナメスらと共闘中。人革連ではセルゲイ・スミノルフとその部下の超兵1号ソーマ・ピーリス率いる部隊が、キュリオスと共闘中。ユニオンではグラハム・エーカーとクーゴ・ハガネらの率いる調査隊が、エクシアとスターゲイザーらと共闘中だ。

 『同胞』たちは宇宙圏に飛び立ち、機動エレベーター付近で暴れまわるインベーダーを駆逐している。ついでに、その様子も全国配信されるような細工だって施してあった。この一件が片付けば、我らが『同胞』のメディア関連部署に属するメンバー勢無双が始まるだろう。

 

 その1人は現在、人革連にある報道局の支社にいる。今頃、後輩と護衛対象らと一緒に現地の研究所に乗り込み、撮影しているに違いない。

 悪戯っぽく笑う青年は、世界の理不尽に挑む挑戦者。誰もが楽園と信じた箱の片隅に生じた綻びから、決して目を離さない。

 

 

(僕のミッションは、相変わらず『チーム・トリニティとの交流及び強化』『アレハンドロ・コーナーの監視』のままですか。のけ者にされているみたいで寂しいなぁ……)

 

 

 仮面の奥底では、寂しさにまみれた情けない顔をしているに違いない。いくら仮面をしていたとしても、その感情を完封できるとは限らないのだ。ノブレスは自身を叱咤しつつ、端末の情報を確認する。

 

 もう1つの顔である技術提供会社はてんやわんや状態だ。ソレスタルビーイングやユニオンのガンダム調査隊、アザディスタン等に提供する技術および武装の設計開発のために日夜奮闘していた。技術提供交渉役は各自担当場所へ、代表取締役はアザディスタンにいる。

 技術部の面々が「150mって、完全に嫌がらせだよなこれ!? 方向性がわからないぞ!」やら「データベースにあったパールネイルとパールファングの武装を参考にしてみました」やら、「ほら、アザディスタンの王女様いただろ。代表取締役曰く、『口説き落したい女性』のタイプにドンピシャなんだと」等と零していたか。

 

 ノブレスは深々と息を吐いた。「女性は愛でるべき存在である。夫は愛する存在である。夫以外の男は親友(ダチ)公である。但し例外有り」という彼女の言葉に、現在進行形で叩きのめされている例外カテゴリの男がいることを知らない。叩きのめされながらも尚、自分の想いと約束を果たすために戦っている男がいることを。

 傍から見ているこちらとしては、寂しいと思う。悲しいとも思う。でも、彼は苦笑しながら言うのだろう。「そういうことだから、仕方がない。それに、こんなことでへし折れるくらいなら、もう止めている」と。報われないことを承知して戦い続ける――それもまた、強さだ。担当部署は違えど、ノブレスは彼を尊敬する。

 ノブレスは元々グライフ博士の部署に所属していたため、彼らと行動を共にすることが多かった。しかし、アレハンドロの懐に潜り込むために志願してからは、彼らの日本行も相まって疎遠になりつつある。暇な時間を作れたら、彼らに電子メールを送ってみようか。トイレに立てこもる時間が長くなりそうだ。

 

 

「シャアむかつくシャアむかつくシャアむかつくシャアむかつく……!」

 

「あれを()った方が早い。ネーナは間違ってない。だが、だが……! 畜生、何度やってもこのジレンマを克服できねぇ……!」

 

「ネーナ、ミハエル。耐えろ、耐えるんだ……!」

 

 

 トリニティ三兄妹がカチカチ歯を鳴らす音が響く。彼らは現在、虚憶(きょおく)のデータから再現されたシュミレーターで特訓中だ。

 ミッションは護衛任務。ここまでなら、彼らが激しい苛立ちと葛藤を見せる必要はない。問題は、再現されているシチュエーションである。

 

 

『皆、落ち着け! いい加減にしたらどうなんだ!?』

 

 

 護衛対象のMSはササビー。地球寒冷化作戦のためにアクシズ落としを企てた、ジオン総帥が駆る機体である。

 

 

『世界が自分を中心にして動くと思うな! どれだけの女が貴方に泣かされたか!』

 

『思い出というものは、遠くなるから宝になるそうだよ、シャア。これ以上、私の思い出を汚さないでもらおう!』

 

『大佐の嘘つき! この戦いが終わったら、ナナイもララァも忘れるって言ったじゃない!』

 

 

 それを追うのは、護衛対象と恋愛関係(?)にあった女たちが駆るMS――パラス・アテネ、キュベレイ、ヤクト・ドーガ。

 痴情のもつれによる怒りで能力が底上げされた3機は、困り果てているササビーを文字通り『フルボッコ』にしている。

 

 一応、そんな護衛対象にも味方が1機いた。1機、いたのであるが。

 

 

『ナナイ、見ていないで止めてくれ。援護を』

 

『ふふふ。……大佐、たまには痛い思いでも如何ですか?』

 

『待て。何故こちらに銃口を向けるんだ!?』

 

 

 開始早々これである。速すぎる裏切り宣言だ。

 

 それもそうだろう。レウルーラに搭乗するこのパイロットもまた、護衛対象者と恋愛関係だった女性である。

 1対4。女性陣からは、彼の恋愛歴に関する酷い話が飛び交う。何股かけただの、棄てられただの、八方美人な口約束だの。

 聞いているだけで怒りが湧き上がる内容だ。彼女たちと一緒にあの護衛対象を粛清する任務はないのかと考えたくなる。

 

 

「いつ見ても、いつやっても、これは酷いな」

 

 

 ノブレスはぽつりと呟いた。刑事ドラマや推理小説等で見かける「最悪な被害者」と「可哀想な加害者」の縮図そのものだ。むしろ、前者は「なぜ今まで殺されなかった」、後者は「よく今まで耐えてきた」と言いたくなるような状況である。

 友人と一緒にこのシュミレーションを初めてやったとき、あまりの展開に、即座にシュミレーターの電源を落としてしまった。顔を真っ青にした友人が「これはどうすべきなんだろう」と、か細い声で言いながら目を潤ませた姿は今でも鮮明に残っている。

 

 話は変わるが、トリニティ兄妹の弱点は『己にとって都合が悪い方向に戦局が傾くと、連携や攻撃等に乱れが出る』ことだ。いかなる状態下であっても、どんな状況に追いやられても、自分たちの成すべき任務(こと)を成し遂げようとする強い意志と諦めない粘り強さ、および集中力が必要となる。

 アレハンドロから言われた期限まで、もう時間がない。トリニティ兄妹のスローネシリーズにつける武装にも取り掛からなければ。いざというとき、彼らが奴らに使いつぶされてしまうことのないように。奴らの派閥に悟られないようにするというのは中々骨が折れる。

 ノブレスは武装を考えつつ、彼らのシュミレーターによる戦果を見つめていた。初めてこれをやったとき、開始早々ネーナが護衛対象を打ち殺すという形でミッションを終えたことを思い出す。それに比べれば、護衛対象を守り抜きながらパラス・アテネとキュベレイを撃退したのは成長だと思う。

 

 相変わらず感情をあらわにしているが、彼らはきちんとミッションをこなしている。ヤクト・ドーガとレウルーラが堕ち、画面全体にはミッション成功の文字が浮かんだ。

 

 

「よし、終わった!」

 

「な、長かった……」

 

「うむ。ミッション成功だ」

 

 

 3人はそれぞれ反応が違うけれど、ミッションがひと段落したことに安堵していた。

 ノブレスは3人へ惜しみなく拍手を贈る。

 

 

「おめでとう、3人とも」

 

 

 それを聞いたヨハンは微笑を浮かべ、ミハエルは照れたようにはにかみ、ネーナは頬を薔薇色に染めた。ミッション完了までの時間も最短記録更新だ。本当に、よく頑張ってくれたと思う。

 

 今日の晩御飯は外食にしよう。そこで、3人の活躍を祝ってあげよう。ノブレスは頭の中で、そのプランを考えながら脳量子派および能力を使って友人にコンタクトを取る。

 この近辺にあるおいしい料理店のリサーチと、彼の味覚を“借りる”ためだ。自分だけ食べ物を食べないというのは、周囲から不信感を持たれるかもしれない。

 元々、味覚障害で何を食べても味がしないのだ。そのため、ノブレスにとって食事は苦行でしかない。友人はニヤニヤしていたが、最終的には快く味覚を“貸して”くれた。

 

 

「今日はお祝いだな。おいしい店に行こうか」

 

「やったあ!」

「よっしゃあ!」

「ありがとうございます」

 

 

 彼らが笑う。その笑顔がこれからも続くか否かは、自分の手にかかっているのだ。ノブレスは決意を新たにする。

 トリニティ兄妹らと外へ出た。丁度いいタイミングで端末が鳴り響く。確認すると、インベーダーの鎮圧が完了したという情報だった。

 

 AEU、人革連、ユニオンのインベーダーも殲滅が終わったらしい。各部隊はソレスタルビーイングに借りができたようで、ガンダムたちの撤退を赦したという。どこもかしこも被害が出たようで、しばらくは失った戦力補充に充てられるだろう。

 ソレスタルビーイングも、この件で新型武装の開発が急ピッチで行われるに違いない。こちらの技術部にも話が舞い込んでくるだろう。そのための下準備も進んでいるし、サイオンタイプモデル03専用武装はすべて、自分たちの所属する技術開発提供会社が行っている。

 彼らにとって『同胞』たちは「利用すべき相手」であり「いずれは殲滅すべき相手」という認識だ。はてさて、ノブレスが監督するチームトリニティは、彼らにとってどんな認識になるのだろう。ノブレス個人としては仲良くしたいのだが、アレハンドロが何をしてくるかという不安もある。

 

 

「教官?」

 

「ああ、今行く」

 

 

 それはまた、おいおい考えるとしよう。ノブレスはそう割り切って、トリニティ兄妹の元へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 断末魔の声がした。

 

 フラッグファイターたちとガンダムマイスターの総攻撃。異形の巨体は腐り堕ちるようにして溶けていく。親玉が死んでもザコは好き勝手に動き回っていたが、新手を生み出す存在が息絶えたのだから、殲滅されるのも時間の問題であった。

 そのまま、自分たちは掃討に回る。異形どもが完全に殲滅、および鎮圧されたのは、空が茜色に染まった頃のことだった。異形の沈黙を確認した天使と天女は、緑の粒子をまき散らしながら空の向うへ消えていった。

 

 手は、出さない。自分たちと共に戦ってくれた者を背後から襲うなんて、そんな卑怯なマネなどできるはずがなかった。

 代わりに、天使と天女に向けて、クーゴは敬礼を送った。それに答えるかのように、緑の粒子が描いた軌跡が青く煌めく。

 粒子の軌跡すら見えなくなった後で、ユニオン軍は撤退を始める。グラハムらもそれに続くように空を飛んだ。

 

 

「今回は、ガンダムを手中にできなかった。だが、彼女たちと共闘したことで、それ相応の戦闘データを手に入れることができたという訳だ」

 

 

 ウィンドウ越しのグラハムは、満足げな微笑を浮かべて厳かに頷いた。

 が、それを聞いたクーゴやハワード、ダリルらが「え」と間抜けな声を出す。

 

 

「隊長。パイロットの性別、わかったんですか!?」

 

「ああ。声で見当がついた。あの機体のパイロットは、両名とも女性だ。……ただ……」

 

 

 グラハムはそこまで口に出して、言いよどむ。何かに引っ掛かりを感じている様子だった。

 ハワードに続いて、ダリルが促すように問いかける。グラハムは険しそうに眉を顰めながら、呟くように言った。

 

 

「……白と青のガンダム。あの機体のパイロットは……いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 

 予感はする。けれど確証はまだつかめていない。グラハムの翠緑は不安げに揺れていた。瞳の奥底に宿る影は、本能的に感じた不安が杞憂であってほしいという願いに満ちている。

 彼の表情を見た途端、クーゴは反射的に、戦いの最中に思い浮かんだ女性の姿のことを思い出した。緑の髪、紫苑の瞳。誰かに似ている。髪に何か、飾りがついていた。

 髪飾り? ……いや、簪。その簪は、どこかで見覚えがあった。11月11日、『彼女』の誕生日に贈った簪――銀細工の桜が煌めく。そこまで至って、クーゴは愕然と息をのんだ。

 

 まさか、そんな。

 そんなこと、ありえない。

 

 偶然だろう、とクーゴは必死に言い聞かす。しかし、一度吹き上がった疑念は止まってくれない。

 

 

(まさか、キミなのか? ――『エトワール』)

 

 

 開けてはいけない、パンドラの箱。開けてしまえば、二度とあの日々に戻ることは叶わない。血塗られた絶望が飛び出してくる。クーゴには強い確証があった。

 けれど、真実に目を逸らしていいのだろうか。知らないままだったら知らないままで、大きな悲劇に見舞われることは確かだ。どのみち、悲劇と絶望以外ない。

 

 脳裏に浮かんだのは、はにかむように笑う『エトワール』の姿。腰まである緑の髪を簪でハーフトップにまとめ、目の覚めるような空色のカーディガンと白地に黒い蝶が舞うように描かれたワンピースを着た姿を思い出す。先日のオフ会で見た彼女だった。

 彼女は目が見えないと言っていた。でも、彼女はそれでも、クーゴの格好を言い当てた。普通の人と変わらない生活を送っていた。普通なら視えないものまで察知していた節があった。ならば、それを買われてパイロットになっていたとしてもおかしくない。

 いや、でも。だって、そんな。頭の中にぐるぐると、そんな言葉が渦を巻く。その度に、『エトワール』の表情が浮かんでは消えていった。怒った顔、笑った顔、むくれた顔、はにかんだ笑み。そこまで考えて、ふと、クーゴは気づいた。自分にとって『エトワール』は、かけがえのない存在となっていたらしい。

 

 クーゴもまた、グラハムを憂いていられる状態ではなかったのだ。恋愛面で暴走気味な彼に苦言を呈していたクーゴがこの体たらくでは。

 

 

「でも隊長。隊長の通信、繋がってなかったと思いますよ? 隊長の機体がガンダムたちを見て、その直後に2機が頷くような仕草をして、そこから協力体制になったんです」

 

「通信が繋がったのはそれ以降ですね。連携のためでしょうけど、ガンダム側からの通信は声に加工がされていたようで……性別まで判別することは不可能でした」

 

 

 ハワードとダリルの言葉によって、クーゴの思考回路に急ブレーキがかかった。

 方向転換、のち、急発進および急加速、フル回転。――結論は、ひとつ。

 

 

 

「なあ、グラハム」

 

「クーゴ。人間卒業間近なのは、キミだけではないらしいぞ」

 

 

 クーゴが言葉を紡ぐ前に、グラハムが爽やかな笑顔で言い放つほうが早かった。

 そこには先程浮かんでいたような影はない。むしろ眩すぎて気が遠くなるレベルだ。

 己の人間卒業カウントダウンも問題であるが、友人の人間卒業間近もまた問題である。

 

 確かに自分たちは一緒に行動していた。互いが互いに影響を与え、受けて、今日までやってきた。虚憶(きょおく)持ちになってしまったのも、ニュータイプの“ケ”が出たのも一緒だとは、何者かによる作為を感じずにはいられない。

 奴は朗らかに笑いながら「まるで運命のようだ」と言うけれど、流石にそんな言葉で片付けていい問題だとは思えない。自分の行く末だけでもヒイヒイ言っているのに、友人の行く末という新しい憂いが追加されるとは。もう、問題しかないではないか。

 

 己も、友人も、世界も。何もかもが問題だらけだ。明日の方向性すら見失ってしまいそうになる。

 

 

「副隊長、大丈夫ですよ。我々もサポートしますから」

 

「役として不足かもしれませんが、お手伝いさせてください」

 

 

 ダリルとハワードからの通信が入る。力強く微笑む部下たちの姿に、不覚にも涙腺が緩んだ。

 今は泣くべきときではないので、どうにか踏みとどまる。

 

 大丈夫だ。たとえ世界や己の行く末が、一寸先がブラックホール並みの状態だったとしても、クーゴは1人ではない。グラハムもいるし、ハワードやダリルもいる。ユニオン基地に戻ればビリーだっているのだ。大切な仲間たちが傍にいてくれる。何を憂う必要があろうか。

 クーゴは微笑み、操縦桿を握り締める。それを察したかのように、グラハムのフラッグが速度を上げた。自分たちも彼に続く。茜色の空を引き裂くようにして、ガンダム調査隊のフラッグが突き抜けていく。帰るべき場所に向かう4機のフラッグを迎えたのは、基地の明りだった。

 下を見れば、ビリーとエイフマンの姿が見えた。自分たちの出迎えのために、外で待っていたらしい。ビリーが年甲斐もなく大きく手を振ってアピールし、エイフマンはじっとこちらを見上げていた。それに応えるように、自分たちも隊列を組む。ビリーは更に手を大きく振った。通じ合ったようだ。

 

 帰ろう。大切な人たちが待つ場所へ。

 

 クーゴはふっと微笑む。

 今はただ、この場所に帰ることができた事実を、噛みしめていたかった。

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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