大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
真っ青な空が広がっている。
見ていると、とても気持ちがいい。
(空が、綺麗だ)
少年は大きく息を吐いて、澄み渡る空を見上げていた。吹き抜ける風は穏やかで、昼寝やピクニック等には最適な天気だ。
ふと気づく。ここに来るに至るまでの過程が、何一つ思い出せない。どうして自分はこんなところにいるのだろう。そもそも、ここはどこなのだろう。
少年は周囲を見渡した。真っ青な空の下には、大草原が広がっている。所々、大木がぽつぽつと佇んでいた。若葉と土の香りが鼻をくすぐる。遠くのほうには、赤や白、ピンクや黄色、紫や橙色の絨毯が見える。あそこは花畑なのだろうか? そう思ったとき、どこからか花の香りが漂ってきた。
誰か、自分以外の人間はいないだろうか。何度見回しても、誰もいない。そして何もない。風の音だけが優しく響いている。
青空の向うに、きらきらと星が輝いていた。白い雲がゆったりと流れていく。どこからか、水の流れる音がした。
(なんて綺麗な場所なんだろう)
草原を進みながら、少年は感嘆していた。行く当てはないため、花畑を目指すことにする。歩いて、歩いて、ようやく花畑にたどり着いた。
色とりどりの花が咲き誇る。空には虹の橋がかかっており、近くには大きな滝が流れていた。こういう所でピクニックとかできたら最高だろう。いい場所を見つけた。少年がそこまで考えて、満足したときだった。
緑色の光が、流れる星のような軌跡を青空に描いた。それはゆっくりと花畑に向かって降りてくる。銀色に輝くMSたちだ。MSは花畑の上にゆっくりと降り立つ。次の瞬間、MSに鮮やかな色の花が咲き乱れた。表面が美しい花々に覆われたのだろうか。
あんなMSを見たのは初めてだ。そもそも、MSに花が咲くなんて現象はあり得ない。少年はぼんやりとその光景を見上げていた。MSの変化が美しくて、幻想的で、目を離すことができなかったのだ。MSたちに続いて現れたのは、銀色に輝く艦である。
その艦もまた、MSたちと同じ現象が起きていた。花が咲き乱れる艦というのもまた、初めて見る光景だった。
彼らはしばしこの場に留まっていたけれど、ゆっくりと空へと動き始める。彼らは出発するのだろう、帰るべき場所へ。
彼らの姿を見送る。相変わらず、クーゴはぽつんと佇んでいた。相変わらず、周囲は人っ子1人いない。
「
名前を呼ばれた。少年――
花畑の中に、女性が佇んでいた。
腰まで伸びた緑の髪が風に揺れる。どこまでも澄み渡った紫の瞳。白いレースが編み込まれたハイネックノースリーブの上着と、水色から空色グラデーションのマキシスカートを穿いていた。目に眩しい、と、
よく目を凝らすと、他にもそこに誰かがいた。彼女の隣に佇む少女は、ストライプ柄の刺繍が施された純白のワンピースを着て、透かし柄のニットカーディガンを羽織っていた。黒い髪と赤銅色の瞳が目を引く。静かで穏やかな雰囲気を漂わせていた。
誰だろう。
光が眩しい。目を庇いながら、花畑の向うに視線を向ける。いつの間にか、人が増えていた。
空色の軍服を着た人々、白衣を着て眼鏡をかけ髪を束ねた男性、白髪の老紳士、仲が良さそうな青年たちと女性たち――たくさんの人が、花畑に佇んでいる。
その中でも目を惹いたのは、件の女性たちと、1人の男性であった。
太陽を思わせるような金色の髪と、翡翠を連想させるような翠緑の瞳。軍服を来た彼は、不適で力強い笑みを浮かべた。
「
「自分はここにいるぞ」と告げるかのように、彼の声は明るく響いた。
しかし、
だというのに、どうしてこの人たちは自分のことを知っているのだろう?
「あなたたちは、誰? 俺を知っているの?」
金髪の男性が大仰に頷く。そうしてまた、
「キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!」
男性がそう告げた瞬間、青空に美しい光が輝いた。空には多くのMSが飛んでいる。緑の粒子を出して飛ぶ
見たことのないMSたちは、そのまま空へ――そうして、その向こう側にある
「行く! 俺、行くよ! 空へ!」
動けない
「だから、待ってて! 必ず空へ行くから!」
待ってて、と
――世界は、真っ白に染まった。
*
「行かなきゃ」
丁度、ベッドが置かれた壁際には大きな窓があった。四角い淵からは、窓枠通りに切り取られた京都の街並みが一望できる。
建物の後ろに広がる空へ向かって、
「――空へ」
仰ぎ見た空は、どこまでも澄み渡っていた。
◆
夢を見ていた。
最近寝不足だったから、と一人納得する。そのまま大きく背伸びして、あくびをした。
原因は忙しさではない。おそらく、この前の一件が原因で生じた悩み事だろう。
「大丈夫かい? ここ最近、元気がないみたいだったから」
差し出されたのは、チョコレートでコーティングされた上に砂糖をまぶしたドーナッツである。テカリ具合からして、含まれている脂肪分も相当なものだろう。
クーゴはゆっくり顔を上げた。声の主は、3食ドーナッツ生活が定着しつつあるビリー・カタギリである。そういえば、前よりも胴回りが大きくなったような気がしないでもない。
何センチ増か、本人に無断で目測してみよう。伊達に空軍所属、視力には自信があった。目をすぼめる。次の瞬間、ビリーが眉間にしわを寄せた。どうやら察されたらしい。
クーゴは諦めて、ドーナッツへと視線を戻す。
ドーナッツの包みは、油で色が変わっていた。
やっぱり脂肪分の塊である。これを主食にしていると、健康診断で引っかかりそうだ。
「ところでビリー。この前の健康診断、どうだった?」
「……キミは何を思って、そんな質問をするんだい」
至って健康だよ、と、ビリーは言った。言葉の響きは刺々しい怒りに満ちている。そこに触れるな、と、鳶色の瞳が訴えていた。
成程、健康診断の結果は黄色および赤信号だったらしい。予想通りだった。ビリーはクーゴを睨んだ後、グラハムへと向き直った。
「グラハムも、なんだか元気ないよね。何かあったのかい?」
「ああ……」
ビリーの問いかけに、グラハムはぼんやりと返事を返した。彼は既に
しかし、彼は端末を開いたっきり、何もしなかった。時折何かメッセージを送ろうとして、最終的には文面すべてを消してしまう。
そうして、グラハムは深々と息を吐くのだ。常に不敵な笑みを浮かべる男にしては、珍しい光景である。
「もしかして、件の子と喧嘩でもしたの?」
「…………」
ビリーが茶化すように笑う。グラハムは、返答どころか微動だにすらしなかった。もの鬱気に天井を仰ぎ、深々とため息をつく。
彼の様子から異常事態を察したビリーが、助けを求めるようにクーゴを見た。クーゴは黙ったまま肩をすくめる。
ビリーは愕然とした表情を浮かべた。余命宣告をされた患者の遺族みたいな顔だな、と、クーゴはぼんやり考える。
ポケットから端末を取り出し、『エトワール』へのメッセージ欄を開いたが、燻る気持ちを文章にする勇気はなかった。パンドラの箱に手をかけて、開けるか否かを躊躇っている状態だと言えよう。開けても開けなくても、そこには悲劇しかない。
最初はそんな気がする程度だったが、今はもう、確信に近い予感があった。どのみち破滅するとしたら、なるべく被害が少ない方を選びたい。それが人の性である。だが、現時点ではどちらが最良の選択なのかはわからない。
先の異形出現、およびソレスタルビーイングとの共闘。所属組織を超えた団結のおかげで、事態は無事に収集した。
けれど、クーゴは『視て』しまい、グラハムは(おそらくだが)『聞いて』しまった。ガンダムのパイロットに関するもの――および、パイロットの正体に関係するものを。
だから、察してしまった。あのガンダムを操るパイロットが『誰』であるかを。もっとも、グラハムの場合は「なんとなく」レベルなのだろうが。
(……『エトワール』)
追う者と、追われる者。
最初は
これからも続いてほしいと願うくらいに。それは、揺るぎない本音だ。偽りのない本心である。
でも、もし、彼女たちが『ソレスタルビーイングと関係を持っている』というならば――。
(クーゴ・ハガネはどうすればいい? どうすべきだ? ――いいや、『どうしたい』?)
問いかける。己自身に、何度も。『すべきこと』と『したいこと』は完全に相反しており、クーゴは板挟み状態にある。
軍人か、それともクーゴという1人の人間か、判断が下せずにいた。どちらにしろ、後悔や遺恨が残ることなど明白だった。
そういえば、似たような事態に直面した女性がいた。アルティメット・クロスに属する青年を暗殺しようとして、彼の仲間である別の青年に恋をした女性が。今まで心を殺して生きてきたくのいちは、最後は己の想いに順じたのである。
バイストン・ウェルから戻ってきた自分たちにそう話してくれた青年の名前は、なんといったか。彼の隣に寄り添い、幸せそうに微笑んでいた女性の名前は、なんといったか。女性と出会う以前の青年が女湯を覗こうとしたことは、彼女にバレただろうか。
定期的に行っていた生存報告でその話をしたら、「これぞ、まさしく愛!」と叫んでいた。どういうわけか、危うく奴の惚気話を聞かされそうになったため、逃げるようにして「夏祭りの話し合いがあるから」と端末を切ったことを思い出す。
彼は、彼女と月へ行けたのか。そんなことが、酷く気になった。
『ラジオネーム・『となりのレイフ』さんのリクエスト、テオ・マイヤーの『孤独との決別』。どうぞお聴きください』
近くに置いてあったラジオから、音楽が流れ始める。
この歌は、孤独な天才が仲間たちを利用して目的達成をしようと奮闘していたら、いつの間にか仲間たちのことを心の底から信頼するようになり、後に彼の素性を知った仲間たちに受け入れられるまでの過程が綴られた曲である。
説明だけ聞くとシリアスで重苦しいと思われがちだが、『自分の素性を隠すために奇行に走ったら、仲間たちから「おかしな人」「ストレスに悩む人」等とレッテルを張られ、後に一部の面々からそれ関連でとても心配されたので罪悪感に打ちのめされた』等、コミカルなネタも含まれている。
最後は『自分を受け入れ信じてくれた、最高の仲間たちへの感謝』で締めくくられていた。「仲間の大切さ」と「どんな状況下にあっても、自分を信じてくれる人がいる」ということを教えてくれる歌として人気がある。この曲を聞くと、人間卒業間近の自分を仲間と言ってくれる面々の顔が浮かぶ。
(俺、幸せだよな)
クーゴは心の中でそう呟いた。曲に聞き入るようにして、静かに目を閉じる。
『□□と戦ってきた日々のすべてが嘘だったなんて、俺は認めない!』
不意に、頭の中に声が響く。
気づいたら、クーゴは『孤独への決別』のフレーズを口ずさんでいた。
――世界が、一変する。
◇
ZEXISの戦術指揮官。常に冷静沈着であるが、予想外および突飛なハプニングにめっぽう弱い一面有り。嘘を人一倍嫌う節がある。妹を持つ兄や大切な人を守ろうとしている人々に対して、言葉とは裏腹に優しい態度を見せる――それが、クーゴが知る「ゼロ」である。
アッシュフォード学園に通う学生。聡明な人物であるのだが、ストレスがたまると奇行に走るらしい(□□□談)。妹や友人たちのことを大切に想っており、特に妹に対しては並々ならぬ愛情を注いでいる――それが、クーゴの知る「ルルーシュ・ランペルージ」である。
対して、ブリタニア皇族の「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」のことは、殆ど知らない。それ故に、『ゼロ、ルルーシュ・ランペルージ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが
(点を結んで線を引くと飛べるんだよな。ラインバレル、だっけ?)
どうして今、そんなことを思い至ったのかは一切不明である。落ち着け、と、クーゴは己に言い聞かせた。
状況は最悪。周囲はゼロ排斥に向かって動き始めていた。自分たちを裏切った最低な人間として、彼をシュナイゼルに引き渡そうとしている。
ゼロを信じる人たちは、口数の少ないものが多い。シュナイゼルの策略に気づいている人たちは、怒りに満ちたZEXISメンバーとシュナイゼルに流されてしまい突破口を見いだせないでいる。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
ゼロは本当に、ZEXISを裏切っていたのだろうか。
このままシュナイゼルの策略に乗せられていいのだろうか。
一緒に戦ってきた日々も、結ばれた絆も、すべてが偽りだったのだろうか。
「待ちたまえ!」
「黙れ、□ジャー! お前に、騙されていた俺たちの気持ちがわかるのかよ!?」
「何故、騙されたと決めつける?」
ロ□ャーの制止を振り切るように、玉□が怒鳴る。しかし、彼の問いかけには言葉を詰まらせてしまった。
信頼していた仲間に裏切られたというショックで放り投げられてしまったが、彼の心は『まだゼロを信じたい』という願いを持っている。
それを指摘したら、彼は全力で否定するだろう。そうなればかえって逆効果だ。意地になって「何故裏切り者の味方をするんだ」と突っかかり、逆にシュナイゼルの策略通りに進んでしまう可能性が高い。
でも、ロジ□ーはそこを踏まえて、的確な問いかけを仲間たちに向ける。流石ネゴシエイター。「隠し事は多かったが、それらすべてが嘘だったと本当に言えるのか」――それを皮切りに、冷静なメンバーが次々と発現し、シュナイゼル優位の状況を崩しにかかった。
『互いの事情については最大限に尊重する』。それが、ZEXISのルールだ。このルールが成立しなかったら、クーゴは今、ZEXISにいない。元々自分はブリタニア・ユニオン軍のフラッグファイター、つまりは元敵陣営に所属していたのだ。友人を連れもどすために彼らの力を利用しようとして、ここにいる。
それでも彼らはクーゴを仲間だと認めてくれるし、クーゴも彼らを大切な仲間だと思っている。それは、揺るがない事実だ。
「■の騎士団にとっては、彼がブリタニア皇子だったこと自体が既に裏切りに等しい行為だったのかもしれない。でも、その皇子が兄を殺してまで祖国と戦った理由を知る必要があるわ」
「ゼロは正義ではない。だが、悪とも言えない。奴が平和の敵となったなら、俺が止めればいいだけの話だ」
「奴の過去は知ったことではない。だが、俺もお前たちもヤツに借りがあるはずだ」
「アイツを信じられないっていうお前らの気持ちもわかるけどよ。アイツを信じたいって気持ちがあるなら、まず話を聞いてみようぜ」
「アニキが言ってたよ。あいつは命がけの覚悟があるって。……俺はアイツが何のために戦っているか、本当のことを知りたい。あの覚悟がどこから生まれたのかを」
ス□ラギが、□イロが、キリ□が、クロ□が、シ□ンが、ゼロを擁護する発言をする。彼らは間違ったことを言っていない。だからこそ、黒の■士団の面々は困惑しているのだ。
シュナイゼルの眉がぴくりと震える。ZEXISから引き離そうという策略を邪魔する人間が現れるとは思っていなかったのだ。予想外の出来事に弱いのは、血筋なのかもしれない。
「なあ、黒の■騎団の皆。本当にこのまま、ゼロを引き渡していいのか?」
「シュナイゼル殿下。私、貴方のことも、貴方のやり方も大っ嫌い!」
クーゴの言葉と□□□の言葉が見事に被ってしまった。某お笑いよろしく「どうぞどうぞ」をしばらく繰り返したのち、クーゴが先陣を切ることになった。改めて、言葉を続ける。
「今まで一緒に戦ってきたじゃないか。一緒に苦楽を共にして、絆を築いてきたじゃないか。……本当に、それらすべては偽りだったのか?」
言葉を紡ぎながら、クーゴは思い出していた。後のソレスタルビーイングとガンダム調査隊およびオーバーフラッグス隊という、敵対関係にある4人の人間が、何も知らぬまま絆を築いた日々のことを。
そのとき、クーゴは『夜鷹』という歌い手だった。□□□は『エトワール』という歌い手だった。少女は『エトワール』の護衛役で、グラハムはクーゴの護衛役だった。後者2人は特に、敵同士でありながらも、想いを捨てることはなかった。
確かに、敵対する者同士で互いを想うのは死ぬより苦痛だった。それでも捨てなかったのは、お互いに想いあっていた心は嘘偽りではなかったからだ。心からの本心だったからだ。そしてそれが、互いに対する誓いであり、答えそのものだったからだ。
□□□と『彼女』が、はっとしたようにクーゴを見た。
クーゴはそのまま、言葉を続ける。
「俺だって、似たようなことで悩んだことがあったよ。俺はブリタニア・ユニオンのフラッグファイターで、彼女はソレスタルビーイングのガンダムマイスターだった」
一部の人間――特にソレスタルビーイングの面々は合点がいったらしい。「コンナトキニ、ノロケナイデモラエマスカー?」「□イル。キモチハワカルガ、スコシオサエテ」という、双子の会話(しかも棒読み)が聞こえた気がした。
「人のこと言えないくせに、『騙された』って勝手に憤って、勝手に怒って、勝手に憎んで、勝手に荒れたよ。……でも、どうしてこんなに憤ったのかな。どうしてこんなにも怒りを感じて、憎しみを感じて、荒れていたのか、自分でも全然わからなかった」
クーゴはそこで言葉を切る。大きく息を吸って、また言葉を続けた。
脳裏に浮かんだのは、グラハムの横顔。自信と決意に満ちた不敵な笑みだった。
今は、ミスター・□シドーとして修羅の道をひた走るために、彼自身が殺してしまったもの。
それを、クーゴは届けに行かねばならない。
「そうこうしてたら、友達がおかしくなっちゃってさ。そのせいで、逆に落ち着いて考えられるようになった」
クーゴの言葉で、クーゴの言う『友達』が誰なのか合点がいったらしい。
シュナイゼルが額を抑えて天を仰いだ。彼もまた、グラハム・エーカーの被害者である。
「簡単なことだったんだ。俺は、彼女を信じたかった。アイツは、『彼女』を心から愛していた。ただ、それだけだった」
『彼女』が息をのむ音がした。クーゴは、黒の騎士■メンバーたちに向き直る。
「なあ、黒の■騎団の皆。どうしてお前らは、ゼロに対して怒りを感じるんだ? どうして許せないって思うんだ? ……その根底にある想いは、何だ?」
「どうか、その感情の奥底にある想いから目を逸らさないでほしい」。クーゴはその言葉で締めくくり、■の騎士団の副官を見た。彼は困惑したように眉をひそめている。
クーゴはもう、伝えたいことは伝え終えた。あとは、彼らの判断に委ねる。ちらりと□□□に視線を向ければ、彼女は照れたように笑った後、屹然とした眼差しを仲間たちに向けた。
「ゼロは、確かにいろんなことを隠してたよ。でも、カ□ナさんに友達って言われてちょっと揺れ動いたり、レン□ンのエウレ□を助けたいって想いを認めてあげたり、キ□コさんの行動に怒ったり……。嘘だったら、私たちを騙していたなら、そんなことできないわ」
それに、と、彼女は言葉を続ける。
「ルルーシュは、確かに変わった人だよ。残念な人だよ。ストレスが溜まると奇行に走っちゃったりするし、自分のあり方が迷子になって悩んじゃったりしてたけど、友達を守るためにテロリストに立ち向かったじゃない。あれ、絶対嘘じゃないわよ」
□□□の言葉に、一部の仲間たちが納得したように頷いた。拘束されているゼロが強いショックを受けている。どうしてだろう。
『同胞』の青年が斜め右上に視線を向けた。あれは、心の中で大爆笑しているときにするクセである。部下の3兄妹も、何とも言えなさそうに□□□を見ていた。
□□□はシュナイゼルに向き直る。紫苑の瞳には強い怒りが滲んでいた。対象者であるシュナイゼルを真ん中に捉えている。逃がすつもりはないらしい。
「すべてが貴方の思い通りに動くと思ったら、大間違いなんだから」
シュナイゼルは何度か瞬きを繰り返す。意味を理解していないというか、そんなことはあり得ないと信じて疑っていない様子だった。
□□□は、黒の■士団副司令に視線を向けた。突き抜けるような眼差しに、彼はごくりと生唾を飲み干す。
「……ま、最終的な判断を下すのは貴方ですよ、副司令。『貴方を信じた』ゼロに対する、正当な応えを期待します」
『同胞』の青年が静かな声で言った。やけに、『貴方を信じた』の部分を強調している。「間違った判断を下したらどうなるかわかってるよな?」と、琥珀色の瞳が語っていた。
彼の言葉を皮切りに、各艦の艦長たちが促す。「お前が隣で見てきた艦長がどんな男だったかを思い出しながら、考えながら、どうするかを決めろ。ZEXISはそれに従う」と。
副司令は俯く。表情には色濃い迷いと葛藤が浮かんでは混ざり合い、振り子のように揺れ動いている。幾何かの間をおいて、副司令は言葉を紡ぐ。
「俺は、ゼロを……」
瞳から、迷いが消えた。そこにあったのは、彼が出した答え。
ゼロへの怒りの感情の下に隠された、ゼロへの本当の想いだ。
彼を信じたいと、彼に信じてほしかったという、願いだった。
「ゼロを、信じたい」
黒■騎士団たちが、ざわめきながら副指令に詰め寄る。
「最初にゼロにリーダーを頼んだときから、俺はずっと彼を信じてきたんだ……!」
お前は騙されてる。あのとき見捨てられたじゃないか。
仲間たちの言葉に対して、副司令官は眦を釣り上げた。
それでも、と、彼は言葉を続ける。固まった決意を揺るがすものは、もう何も存在しない。
「ゼロと戦ってきた日々のすべてが嘘だったなんて、俺は認めない! バカだ、お人よしだ、風見鶏だと言いたければ言え! だが、俺は納得がいくまでゼロと話をする! それでもゼロが許せないなら、俺がこの手でゼロを倒す!!」
それが、最初に彼を信じた己の務めだ――副司令官は、はっきりとそう言いきった。反論者は誰もいない。むしろ、皆、凛とした眼差しでシュナイゼルを見返している。
クーゴもまた、微笑を浮かべながらシュナイゼルを睨み返した。ZEXISとルルーシュ/ゼロの、いいや、人の心を引き裂き踏みにじる戦術は、彼らの絆によって打ち砕かれたのだ。
シュナイゼルという男は、確実に勝てる戦いしかしない。ブリタニア・ユニオンに所属していた頃に何度か交流はあったが、それを地でいくような性格であった。
ZEXISの面々が『ゼロを信じる』とは思っていなかったようで、シュナイゼルの微笑がかすかに歪んだ。彼のプランでは、ZEXISがゼロを引き渡す予定だったのだろう。
□□□がえっへんと胸を張り、『同胞』の青年が満足げに頷く。シュナイゼルは苦虫を噛み潰したように眉間にしわを寄せる。それでも口元は笑っているのだから、鉄仮面っぷりは流石と言えよう。
命をかける意味を、彼は知らない。そんな事態に直面したこともない。心からの信頼と結びつきが起こす奇跡の意味も、おそらくは。
その差がここで出てきた。常に勝者としての道をひた走り、敗北という単語の意味を「無様なもの」としか認識しないシュナイゼル。トレーズは、「彼とは、本当の意味での『盟友』になることは不可能だ」と零していた。彼の中にあった蟠りの一片に触れた気がして、クーゴは1人納得する。
シュナイゼルはコーネリアを伴い、ZEXISたちに背を向けて撤退していく。「キミたちは、その選択に後悔することになるだろう」と言い残した言葉が、捨て台詞のように思えてならない。ふと流れ込んできた感情に気づく。ルルーシュ/ゼロの心は驚愕に満ちていた。兄が捨て台詞を言った、と。
彼にとってのシュナイゼルはどんな存在なのか、クーゴは知らない。けれど、ルルーシュ/ゼロの言葉通り、捨て台詞を言うような人間には思えなかった。ということは、シュナイゼルは大きなダメージを受けたということになる。もし、今後の戦いで、彼をやりこめる突破口があるとするなら――。
「積み重ねてきた絆、か」
ZEXISの面々にもみくちゃにされるゼロ/ルルーシュの背中を見つめながら、クーゴは小さく呟いた。
思い出すのは、ブリタニア・ユニオンのフラッグファイターズ。大切な仲間たちがいて、帰る場所があって。そのどれもが、失いたくなかったものだ。
彼らと積み重ねてきた絆は、まだ途切れていないだろうか。途切れていたとしても、結び直すことはできるだろうか。いや、直してやる。絶対に。決意を固めて、彼らの背に続いた。
◆
「よく言った、副司令官!」
感極まったクーゴとグラハムは勢いよく立ち上がり、ビリーは紙コップを握りつぶした。
「今までの日々がすべて嘘だったなんて、決して認めない。……そうだ、そうだよな」
クーゴは今までの出来事を思い出しながら、強く端末を握り締める。『エトワール』と過ごしてきた日々は、確かに楽しかった。彼女を騙して近づいた罪悪感もあったけど、「幸せな時間だ」と心から言えた。
『エトワール』の表情が浮かんでは消えていく。怒った顔、笑った顔、むくれた顔、はにかんだ笑み。紫の瞳は、いつだってクーゴを見つめていた。向けられた感情には嘘なんてなかった。確証を持って、そう言える。
彼女からの贈り物をポケットの中から引っ張り出す。翼が刻まれた、銀色の懐中時計。クーゴの誕生日を祝うために、彼女が真剣に選び、贈ってくれたものだ。
それと同じだ。クーゴが『エトワール』の誕生日に簪を贈ったのも、打算からではない。ただ純粋に、彼女に喜んでほしかったからだった。こんなにも単純なことを、どうして自分は忘れていたのだろう。括目するとはこういうことか。
グラハムも「それが、それこそが! 彼女を愛する私の務めだ!!」と、両手を強く握りしめながらうんうん頷いている。どうやら彼も、燻っていた心に決着をつけることができたらしい。いつもの不敵な笑みがそこにあった。
自分たちが復活したことに気づいたビリーも、安堵したように微笑みながらコーヒーをふき取る。そのまま、彼は新しいコーヒーを淹れていた。箱の中からドーナッツを取り出し、おいしそうに頬ばる。どことなく、幸せそうだ。
「今の
端末をいじりながらクーゴは問うた。
ビリーが顎に手を当てて考え込む。
「そうだね。ZEXISが出てきたということは、後ろにつくのはZだろうけど……」
「他にも、『黒の騎士団』という単語が多く出てきたような気がするな」
グラハムも頷いた。
「じゃあ、『黒の騎士団/Z』でいいな。これ」
安直だが、名前は決まった。止めていた手を動かし、
そのすべてが終わったのと、端末が鳴り響いたのはほぼ同時であった。内容を確認する。ソレスタルビーイングが介入すると思しき場所だ。
モラリア共和国。23年前に建国された、ヨーロッパ沿岸部にある小国だ。人口は18万人と少ないものの、300万を超える外国人労働者が国内に在住している。約4000社近くある民間会社の2割が、PMCと呼ばれる「傭兵の派遣、兵士の育成、兵器輸送および開発、軍隊維持」をビジネスで請け負う民間軍事会社と関係があるという。
PMCはいわば戦争屋。世界に争いが起きるからこそ、彼らの商売は成り立つのだ。恒久平和を目指して武力介入を行うソレスタルビーイングとは、真っ向から対立すると言えよう。そういえば一時期、どこぞのコメンテーターが『PMCと悪の組織は親戚のようなものではないのか』と発言して、ジャーナリストに言論でボコボコにされていたのを見たことがある。
確か、
閑話休題。
モラリアは、誘致してきた軍事会社によって発展してきた国だ。今までソレスタルビーイングの介入対象にならなかったことが不思議なくらいである。
まあ、戦争を生業として栄えてきた国なのだから、戦争が縮小すればそれに比例して仕事は減るだろう。ソレスタルビーイングはそれを狙っていたに違いない。
「でも、ソレスタルビーイングの意図した通りにはならなかった……」
「それで、本格的に介入することにしたってことか」
クーゴの推論に、ビリーが納得したように頷いた。
「モラリアは、ソレスタルビーイングと事を構えるつもりのようだな」
グラハムはコーヒーの入った紙コップを、機械から受け取りながら言った。
クーゴは彼から手渡されたコーヒーを受け取る。ビリーも、のんびりと笑いながら説明した。
「AEUが後ろ盾になったんだよ。太陽光システムを完成させてコロニー開発に乗り出すためには、民間軍事会社の人材と技術が不可欠だからね」
モラリアとしても、傾いた経済を立て直したいのだろう。たとえ自国が戦場になっても、AEUの援助が必要不可欠なのだ。
ビリーの補足を聞いているのかいないのか、グラハムはフラッグが格納されている場所を見つめていた。しかし、次に続いたビリーの言葉に、グラハムは振り返る。
「それに、あわよくば、手に入れようと考えているんじゃないかな? ――ガンダムを」
悪戯っぽく笑ったビリーの様子を見て、グラハムは仏頂面のまま目を閉じた。小さく息を吐く。
そして、グラハムはフラッグへと視線を戻した。横顔に浮かんだのは、口惜しさが滲んだ微笑。
「なら、今回は譲るしかないようだな。『AEUのエース』とやらに」
「パトリック・コーラサワーな。……可哀想だから、『とやら』は取ってやれって」
談笑しながら、クーゴたちは席に着く。
その合間に、クーゴは端末を開いた。『エトワール』に欄を合わせる。メッセージ欄を開いたが、やはり、うまく纏まらない。だけれど、伝えたいことがある。
この蟠りの決着をつける決戦場は、次のオフ会だ。悩みに悩んだ後、クーゴが自分自身で決めたことだ。文面を打ち込み、推敲し、消してを何度も繰り返す。
『俺は、キミと過ごした日々のすべてが嘘だったなんて認めない。何があっても、キミを信じている』――最後の文面に付け加えて、クーゴは送信ボタンを押した。
これでもう、戻れない。鍵は解除された。パンドラの箱は開かれる。心なしか、クーゴの手は小刻みに震えていた。
そこから飛び出してくる災厄に、自分は立ち向かえるだろうか。友人たちを巻き込んでしまうかもしれない。
『箱の最後には、希望が残ったんだ』
誰かの言葉が脳裏をよぎる。
その言葉通りになればいいのに。
クーゴは祈るように息を吐いた。持ったままだった紙コップに入ったコーヒーに口をつける。もうすでに、ぬるくなっていた。
クーゴ・ハガネの災難は続く。