大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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26.BOUNDARIES OF HUMAN

 S(スペリオル).D(ドミネーション)280年。

 木星の衛星にあるガニメデに、その育英都市は存在していた。

 都市名はアルタミラ。教育に関わる機関が集中する場所であった。

 

 

「次は貴方の番よ。準備して」

 

「はい」

 

 

 看護師の女性に促された“彼”は、検査室に足を踏み入れた。

 

 ICUとよく似た機器の上に横たわる。“彼”は頭に脳波測定用のヘルメットを被らされ、上半身には脈や心拍数などを計測するための電極パッドを付けられた。

 看護師や医師たちのアドバイスに従い、“彼”はゆっくり力を抜く。この試験にパスすれば、“彼”もまた、大人への仲間入りを果たすのだ。

 成人検査が終了すれば、同年代の友人たちと共に、割り振られた教育機関――宇宙上にあるエデュケーショナル・ステーションへと向かうことになる。

 

 “彼”は楽しみだった。これから自分に待っている未来が、輝かしいものであると信じて疑わなかった。

 青い瞳は、未来への希望と不安で揺れ動いている。その気持ちを抑えるようにして、“彼”は天井を見ていた。

 

 

『成人検査を始めます』

 

 

 機械のアナウンスが響く。

 そうして、機械は動き出した。

 

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間として、青い星(テラ)の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 聞こえてきた言葉に、“彼”は愕然とした。今までの記憶を消される――それが、成人検査の本当の目的。

 次の瞬間、頭の中を弄繰り回されるような感覚に襲われた。頭が割れてしまいそうになる。

 

 消えていく。

 

 友人たちと過ごした楽しい日々が。両親とともに笑いあった時間が。“彼”を構成するために必要な一切の記憶が、黒塗りにされては壊されていく。

 大切なものばかりだった。忘れたくないものばかりだった。その苦痛に悲鳴を上げながら、“彼”は力を振り絞る。

 

 

(嫌だ)

 

 

 友の顔も名前も忘れた。

 

 

(嫌だ)

 

 

 両親の顔も名前も、もう思い出せない。

 

 

(嫌だ)

 

 

 自分が暮らしてきた都市は、どんな場所だっただろうか。

 

 

(嫌だ!)

 

 

 自分の名前は、何だったのか。

 それを思い出すことすら、叶わない。

 

 

「な、何だ!?」

「確認しろ!」

 

 

 どこかで、機械の異常音が響く。どこかで、焦る看護師と医者の声が響く。

 

 

「きゃあああああ!」

 

 

 看護師の悲鳴が響いたのと同じタイミングで、成人検査用の機械が爆発した。状況が理解できず、“彼”は思わず目を見開く。

 いつの間にか、頭に装着されたヘルメットがなくなっていた。拘束がなくなったため、“彼”は体を起こす。周囲には機械の残骸が漂っていた。

 

 何が起きたのだろう。“彼”は己の手を見て息を飲んだ。

 自分の体が、青い光に包み込まれている。

 少し手を動かした瞬間、瓦礫の漂う速度と方向が変わった。

 

 

(僕がやったのか?)

 

 

 “彼”は目を疑った。慌てて鏡を見る。

 

 プラチナブロンドの髪からは色素が抜け、銀色になっている。

 青かった瞳は、いつの間にか真っ赤に変わっていた。

 

 視線を下に向けると、腰を抜かしてへたり込んでいた看護師と目が合う。

 

 

「止めて、殺さないで!」

 

 

 看護師は、自分の身を庇うようにして体を丸める。頭を抱え、ガタガタと震えていた。

 

 違う。

 そんなつもりじゃない。

 自分は何もしていない。

 

 “彼”の気持ちは、この場の誰にも届かなかった。

 

 

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 弁明する間もなく看護師の金切り声が響いた。それを皮切りに、屈強な男たちが部屋へとなだれ込む。彼らは皆、銃を持ち防弾ジョッキに身を包んでいた。

 男たちが“彼”に向かって銃を構える。彼らにも状況を伝えようとしたが、問答無用で引き金が引かれた。銃弾が“彼”めがけて撃ち放たれる!

 

 

「うわあああああああ!」

 

 

 “彼”は慌てて身を守った。

 衝撃が発生し、弾き飛ばされ、床に叩き付けられる。

 “彼”はそのまま、意識を手放してしまった。

 

 

 

***

 

 

 

「僕は一体、何者なんだ?」

 

 

 “彼”は、額に手を当てた。

 

 

「何も……何も、思い出せない……!」

 

 

 自分が何者であるか、何一つ証明できるものがないのだ。

 出身地も、両親の顔や名前も、友達の顔や名前も、過ごした街の名前も、果てには己の名前すら憶えていない。

 縋る(しるべ)を求めるように、“彼”は研究員を見上げた。男は無感動な鉄仮面を崩さず、手元の資料に目を落とす。

 

 研究員は淡々と、“彼”に事実を告げた。

 

 

「お前はブルー・1(ワン)、突然変異種『ミュウ』のニュータイプだ」

 

 

 そうして“彼”は今までの過去を失い。

 『ブルー』として、新たなる生を受けたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

『お前の強力な破壊力を有するサイオン波は、とても興味深い』

 

 

 実験。

 実験。

 実験。

 

 毎日が実験ばかりだった。

 拷問のような実験ばかりだった。

 

 深層心理を隅々から探られ、頭の中を滅茶苦茶になるまで弄られ、心身ともにかなりの負荷をかけられた。

 

 

「銃弾をすべてテレキネシスで受け止めるなんて……サイオンの封じ込めは大丈夫なのか?」

「やはり、成人検査が引き金なのか……」

「はい。記憶操作時のシナプスの刺激が脳の構造を変化させ、サイオンを発動させるようです」

「テラズ・ナンバーによる記憶の消去に抵抗して、サイオンが顕在化したというのか?」

「だとすると、これからもブルーのような存在が増えるという可能性が大きいということだな」

「まだまだ増えるということか。厄介な話だ」

 

 

 実験。

 実験。

 実験。

 

 まるで家畜を扱うかのように、自分たちは牢屋に閉じ込められた。

 人間1人が横になる程度のスペースしかない個室。体は拘束され、自由はない。

 

 

「成人検査を元にしたサイオン検査の開発はどうなっている?」

「順調に進んでいます」

 

 

 実験。

 実験。

 実験。

 

 機械に繋がれた『ミュウ』が、悶え苦しみながら死んでいく。

 

 

「成人検査はもっと対象者の不意をついて、深層心理を徹底的に調べた方がいいんでしょうか」

 

 

 実験。

 実験。

 実験。

 

 機械の台座から転がり落ちて死を迎えた者がいた。

 ヘルメットを外し、のたうち回りながら死んでいった者がいた。

 

 人類たちの非道な実験によって、『ミュウ』たちは命を落としていった。

 

 

「なんて数だ……!」

「突然変異種『ミュウ』の発生は止められんのか……!?」

 

 

 実験。

 実験。

 実験。

 

 死体は袋詰めにされ、解剖および剥製に回された。

 死後も尚、『ミュウ』に安息は与えられなかった。

 

 悲痛な顔をした死体は、どんどん増えていった。

 

 

「ガニメデの養育都市アルタミラの検査の結果、『ミュウ』の殲滅は、グランドマザーの絶対命令だそうだ」

「当然だ。人の心を盗み見るような者は、認められるわけがない」

 

 

 実験。

 実験。

 実験。

 

 

「僕たちが一体、何をしたって言うんだ!?」

 

 

 ただ、『生きていた』だけではないか――。

 

 ブルーの叫びは無視された。

 悉く、尽く、ことごとく。

 

 

『人類統合軍は養育都市アルタミラに対して、惑星破壊兵器メギドシステムを敢行! 『ミュウ』の殲滅に成功する!』

 

 

 実験漬けだったある日、ブルーをはじめとした『ミュウ』たちは、育英都市アルタミラに閉じ込められた。

 人類が『ミュウ』たちを殲滅する作戦に出たことを知り、アルタミラおよびガニメデからの脱出を試みる。

 

 惑星破壊兵器メギドの使用により、アルタミラは炎に包まれる。惑星ガニメデ崩壊まで、もう時間がなかった。

 

 

「早く乗り込むんだ! 船に!」

 

 

 ブルーは同胞たちに呼びかけた。仲間たちが慌てて乗り込んでいく。崩壊は刻一刻迫り、ついに時間切れが訪れた。

 

 多くの『ミュウ』たちが取り残されている。助けを求めて叫んでいる。だが、もう無理だ。ブルーはリーダーとして決断し、ガニメデを脱出する。

 死にたくないと叫ぶ声が遠のいた。後ろ髪を引かれる想いで、それでもブルーたちは前へ進むことを選んだのだ。間一髪、星が崩壊する前に逃げ延びた。

 

 仲間たちと一緒に、ブルーは振り返る。惑星ガニメデが爆ぜる――星の命が終わる瞬間が、はっきりと確認できた。

 自身が生きているという事実を噛みしめる者、失われた命を悼む者、これからの不安に押し潰されそうな者。ほんの一握り、生き残った同胞たち。

 ざわめく彼らを安心させるように、ブルーは己を奮い立たせる。屹然とした眼差しは、不確かな未来を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 周囲に漂うのは沈黙だった。クーゴも、グラハムも、自分たち越しから本を覗き込んでいたハワードやダリルも、険しい表情を浮かべたまま口を真一文字に結んでいる。

 

 現在、クーゴとグラハムが読み進めている本は『Toward the Terra』の『ミュウ』篇・上巻だ。『ミュウ』の指導者であるブルーが、主人公の少年に己の過去を追体験させている場面である。ブルーが『ミュウ』として目覚め、指導者となるまでの過程が描かれていた。

 げに恐ろしきものは人間。その言葉を地でいくようなシーンが満載である。実験内容は拷問同然だし、『ミュウ』の死に様まで克明に描き出されている。目を逸らすなと言わんばかりに、鬼気迫った描写であった。まるで、実際にそのシーンを目撃したかのような。

 

 

「……なんか、凄いな。これ」

 

「そうだな」

 

 

 絞り出すようにして、クーゴは小さく呟いた。グラハムたちも頷く。

 異質なものは排除する。定められた決まりごとに盲目的に従う。

 人間の性が悪い方向に動いた話だと言えよう。

 

 異質なものと言えば、人間卒業への道を踏み出しているクーゴとグラハムである。

 

 通信回路を開いていないのに他人と相互意思疎通が図れたり、ガンダムの武力介入現場に介入(?)できてしまったりしている。共有者(コーヴァレンター)としての能力も相まって、更に異質さが極まっていた。

 運が良いのか悪いのか。今のところ、クーゴやグラハムの人権は確保されている。共有者(コーヴァレンター)虚憶(きょおく)に関する研究成果や人権保護活動が行われてきたというおかげもあるのかもしれない。

 

 

(いい時代に生まれたんだな、俺って)

 

 

 もし、生まれた時代が今と違かったら、クーゴが辿る運命にだって雲泥の差があったろう。

 今こうして、仲間たちと一緒に本を読むこともなかったかもしれない。

 

 ちらりと視線を向ければ、苛立たしげな表情のまま本を読み進めるグラハムの姿があった。ハワードとダリルも、横顔に憤りをにじませている。彼らは骨の髄まで軍人であり、人である。超えてはいけない一線については、しっかりと弁えていた。

 人類が『ミュウ』に行った実験という名の拷問も、非道な行いばかりだ。捕虜に対する行為だったとしても、許されることではない。人でありながら、もはや人を捨ててしまったかのような行為が平然と行われている。物語の中だといえど、許せそうになかった。

 誰1人として、その行為に疑問を持たない――なんて恐ろしい状況だろう。ストッパーがいないということが、最悪の極みまで行ってしまった。意志の統一を間違うと、『ミュウ』虐殺のような痛ましいことが起こってしまうのだ。「どう統一するか」も課題の一つに違いない。

 

 

「読み進めれば読み進めるほど、鬱になる話じゃなきゃいいんだが」

 

 

 クーゴの言葉に、グラハムも深々とため息をつく。

 

 

「犠牲者の屍が築かれていくことを、殆どの人間が知らない……。恐ろしいことなのか、幸せなことなのか」

 

「知らないでいるには無責任すぎるし、知ったら知ったで重すぎますぜ……」

 

「まったくですな」

 

 

 ハワードとダリルも頷いた。グラハムの、ページをめくる手が止まる。クーゴも同じ気持ちであった。

 しかし、期待に満ちた満面の笑みを浮かべたビリーの顔を思い出すと、本を閉じることはできない。

 『悪の組織』からの技術提供は必須だ。その協力を取り付ける条件を果たさないと、即座に契約が切られてしまう。

 

 クーゴは深呼吸し、ページをめくった。物語の時間がゆったりと流れていく。

 止まっていて欲しいと思う程平和な光景は、逃れようのない悲劇へ向かって動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 引き金を引くか否か。

 

 2つの人格を宿す青年の葛藤を示すかのように、キュリオスは動かなかった。

 攻撃準備は万全であるが、パイロット自身に攻撃意志がない状態下にある。

 

 しかし。主人格を司る青年は、攻撃性の高い副人格の言葉に追い込まれつつあった。引き金が引かれるのも時間の問題だろう。

 撃ちたくない、と声がする。嫌なことすべて俺に押し付けやがって、と声がする。子どもたちを保護すべきだ、と声がする。どうやって育てる、と声がする。

 矛盾する2人は、嫌と言う程『世界の悪意』を知っていた。改造人間にまともな人生など保障されないし、生きている限り兵器として戦わされ続ける。

 

 己自身がその良い例だ、と、副人格の男が高笑いした。主人格の青年が、今にも泣きそうな顔を浮かべる。

 

 

『撃ちたくない……』

『引き金くらい、感情で引け!』

 

 

 弱々しい声。

 苛烈な笑い声。

 

 

『撃ちたくない……!』

『どうしたアレルヤァ!? 逃げるのかぁ!?』

 

 

 引き金にかけられた指が、動く。

 

 

『アレルヤァァァァァァァァァァッ!!』

『撃ちたくないんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

 1発、2発、3発、4発――計十数発のミサイルが放たれた! 静止している施設を消し飛ばすことくらい簡単だろう。

 しかし、その予想は簡単に裏切られた。全てのミサイルが、目標に到達する直前に爆発したからである。

 驚く2人の声に答えるように、爆炎の向う側から犯人が現れた。機影は2機。どちらも、彼らは初めて見る機体だった。

 

 片や、日本刀を思わせるようなブレードを構えた、灰色基調の機体――エグザート。

 片や、絢爛豪華な出で立ちをした、緑基調の機体――アヴァターラ。

 

 コロニー内での戦闘は条約で禁止されている。しかし、この場での2機は、ガンダムマイスターおよびソレスタルビーイングに敵対する者扱いになっているだろう。キュリオスのパイロットから「倒さねばならない相手」と認識されたことは確実だ。

 

 

『傭兵に依頼を出しておいて正解だったな』

『あのMSなら、ガンダムと互角に戦えそうだ』

『別部隊も合流してくれるらしい』

 

 

 件の施設から声がした。研究員たちの話し声だ。やはり、正規軍がガンダム討伐に向かって警備が手薄になることを踏んでいたのだろう。

 そのために雇われたのが、傭兵たち――エグザードとアヴァターラのパイロットだ。しかしこの傭兵たちは、依頼主を守るつもりなどない。

 

 彼らが守ろうとしているのは『別のもの』だ。その為に、キュリオスの前に立ちはだかっている。

 

 

『邪魔をすると言うならば……!』

 

 

 キュリオスが動いた。エグザートとアヴァターラを突破するつもりのようだ。それを察知し、エグザートとアヴァターラも迎撃を開始する。

 得意分野の機動性を活かして、キュリオスは2機に攻撃を仕掛けた。高速機動からの射撃攻撃。弾丸の雨あられが、エグザートとアヴァターラに襲い掛かる!

 やはり高軌道戦闘専門の可変機型ガンダムだ。攻撃を躱しきれずに、エグザートとアヴァターラは被弾してしまう。だが、防御は間に合ったようだ。

 

 

『どんな攻撃でも、芯を外せばこんなものだ』

 

『まだまだね』

 

 

 煙が晴れた先には、平気の平左で佇む2機の姿があった。今度は彼らの反撃である。

 

 アヴァターラに装備されていたシールド兼ウイングスタビライザーが展開し、誘導兵器としての攻撃を開始した。高機動戦闘を得意とする相手に対して『数撃ちゃ当たる』戦法は効果が薄い。しかし、誘導兵器による広範囲攻撃は、あくまでも『動きを封じる』ためのものだ。

 降り注ぐ光の間を縫うように、キュリオスは攻撃を躱していく。そこまでは予測済みだった。予め誘導兵器の死角に移動していたエグザートが、弾幕を躱すキュリオス目がけて急降下。日本刀を模したブレードを、キュリオス目がけて振り下ろした!

 

 間一髪、キュリオスはビームサーベルでブレードを受け止める! バチバチと火花が散った。

 数回ほど切り結びを繰り返した後、キュリオスとエグザートは、互いの一撃により弾き飛ばされる。

 距離を取りながら体制を整えた3機は、再びぶつかり合いを開始した。

 

 動いたのはガンダムと傭兵部隊だけではない。遅れてやって来たティエレン部隊が近づいてくる。

 

 流石のガンダムも分が悪いだろう。

 ……なんて、人革の研究者たちは楽観視していたに違いない。

 

 

『――さてと。仕事といきますか』

 

 

 だが、そうは問屋が下ろさない。

 次の瞬間、ティエレンたちの斜め上から、ビームの雨あられが襲い掛かった!

 何が起こったかわからずに、ティエレンたちは次々と撃ち落とされていく。

 

 攻撃の主は、オルフェスとライラスである。2機はそのまま、ティエレンたちの掃討を開始した。

 

 コロニー内部のあちこちで、戦いの火花が激しく散っていた。

 しかし、火花が散っていた場所は施設の外だけではない。施設の内部でも戦いは起こっている。

 

 警報音が耳をかすめる。足音が響く。研究員たちの悲鳴も聞こえた。

 

 

『ない、ない! データがない!!』

『被検体の連中が、ごっそりいなくなった! 脱走か!?』

 

 

 その異変は、少し違う形で、キュリオスのパイロットにも届いた様子だった。

 

 

『声が、止んだ……!?』

『あり得ねぇ……。同類の気配が全部消えやがった!』

 

 

 その知らせを待っていたというかのように、アヴァターラとエグザートがくるりと向きを変えた。彼らが獲物と定めたのは、オルフェスとライラスに食らいつこうとするティエレンたちである。

 エグザートがライフルの精密射撃、アヴァターラが可変型の槍による接近戦闘で、ティエレンたちを文字通り一掃した。外の連中が全滅するのを待っていたように、施設付近からMSたちと輸送船が飛び出してくる。

 

 ラッシュバード、ストレイバード、ライオット・バトラー、ライオット・アーチャー、ドラウパが、輸送船を守るようにして姿を現した。

 キュリオスのパイロットは驚いたように息を飲んだ。彼らの同類は、全員あの輸送船に乗り込んでいる。それを感じ取ったためだ。

 これで、超兵機関を守る砦はなくなった。キュリオスのパイロット――特に、主人格を司る青年が躊躇する理由もなくなった。

 

 

『撃てよ』

 

 

 オルフェスのパイロットが、キュリオスのパイロットに促した。

 

 

『決着の邪魔をする程、俺たちは無粋じゃないんでな』

 

『私たちの目的は達成しました。後はここを消し飛ばすだけですが、そこまでする必要もなくなりましたので。……貴方がやってくださるんでしょう?』

 

 

 オルフェスのパイロットの言葉を引き継いだライラスのパイロットは、どこか悪戯っぽく告げる。

 キュリオスのパイロットはしばし黙っていた。キュリオス自身にも、動く様子が見当たらない。

 

 

『どうかしたのか?』

 

 

 エグザートの男性パイロットが首を傾げる。

 

 そんな面々の促す声など、キュリオスのパイロットには届いていなかった。

 彼らは彼らの方で、別の問題が発生していたためである。

 

 

『おい、まだ躊躇うってわけじゃねえだろうな!?』

『……ハレルヤ』

『あァん?』

『ミサイル』

『ミサイルがなんだって』

『さっき、全弾撃ち尽くしたんだけど』

 

『――はぁ!?』

 

 

 主人格を司る青年の言葉に、副人格の青年が絶句した。彼らのやり取りを見守っていたMSのパイロットたちも、予想外の事態に目を点にする。

 なんてことはない、弾切れだ。施設1つを消し飛ばすために必要な武装こそ、先程、エグザートとアヴァターラが無力化させたミサイルだったのである。

 追いつめられた状態だったため、何も考えずに全弾撃ち尽くしてしまったのだろう。一応他にも武装はあるが、超兵機関を壊滅させる程の火力はない。

 

 責任を感じたエクザートとアヴァターラが顔を見合わせる。オルフェスが考え込むような仕草をし、ライオット・バトラーとアーチャー、ライラスとドラウパ、ラッシュバードとストレイバードが所在なさげに輸送船の傍に控えていた。機体の動きはパイロットの感情を反映させたような形になっている。

 この状況の彼らにアテレコするとするなら、『えー……』や『うわぁ……』、『これ、本当にどうするの?』や『何て間抜けな事態なんだろう』、『自分たちの持っている武装、貸してあげた方いいのかな』等々が相応しいだろう。非常に残念な光景であった。

 

 

 

*

 

 

 

『貸してあげなさい』

 

 

 状況を把握した女性は、淡々と指示を出した。

 

 

『むしろ、その武器を提供するレベルじゃないと、この残念さは払拭できないと思うの』

 

 

 MSたち全機が顔を見合わせた。誰の武器を貸すかで議論が起こっているらしい。その間、キュリオスは完全に放置状態である。

 最も、キュリオスのパイロットたちにとっては、MSたちを完全放置している状態だ。主人格と副人格が揉めている。

 

 議論の末、候補に挙げられたのは、エグザートのウェーバー・ガンとオルフェスのダスク・ライフルだ。あとはどっちを提供するかの話し合いになっている。

 

 輸送船とその護衛役たちは撤退済みだ。ティエレンたちは外にいるヴァーチェを何とかするのに忙しい。ついでに、奴らの目を欺く機能も完備していたため、気づかれることはなかった。

 最終的に、軍配はエグザートのウェーバー・ガンに挙がった。エグザートはキュリオスのパイロットに声をかけ、ウェーバー・ガンを手渡す。受け取ったキュリオスはしばし呆然としていたが、エグザートからの指示に従って、銃を操作した。

 精密射撃専用のモードから、砲撃用のモードに切り替える。カードリッジは装填済みだ。後は、施設に照準を向けて撃つだけ。躊躇う理由もなくなったキュリオスのパイロットは、迷うことなく引き金を引いた。

 

 細身の銃身に似合わぬ太さのレーザーが放たれた。その一撃は、寸分違わず施設を穿ち、破壊し、倒壊させる。

 これでもう、超兵機関は活動できなくなるだろう。キュリオスのパイロットは、己の過去に決着をつけたのだ。

 

 それを確認したMSたちは一斉に撤退を始める。キュリオスも、その姿をMSモードから飛行モードに変化させて飛び立っていった。もちろん、ウェーバー・ガンもお持ち帰りである。

 

 

「ミッション、コンプリート」

 

 

 女性は満足げにそう呟いた。

 

 

「どうかしたのですか?」

 

「いいえ、なんでもありませんよ。マリナ様」

 

 

 女性の呟きを聞き取ってしまったのか、マリナが小首を傾げる。

 それを取り繕った女性は、己の傷を隠すかのように微笑んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人類革命軍の施設が、ソレスタルビーイングの襲撃を受けたらしいぞ」

「スターダスト・トレイマーの機体も一緒だったって話だ」

 

「人革軍は、『超兵』っていう特殊な強化人間を作り出すための研究を進めてたんだってな」

「しかも、その被検体は無作為に拉致してきた子どもたちなんだろう?」

「主に身寄りのない孤児を狙って、被検体にしてたみたいだ」

「中には記憶を失って、自分の名前を思い出せなくなった子どももいたらしい」

「ひでえことしやがるな……」

 

「今朝のニュース、見た?」

「知ってる! セキ様無双でしょ? かっこよかったー!」

「『超兵』研究を進めていた人革連を批判してたもんね」

 

「エルガン・ローディック代表は、相変わらず怖いなぁ」

「人革連の代表者、肩身が狭そうだったよ」

 

 

 兵士たちの雑談が響く。先日行われた、ソレスタルビーイングの介入とスターダスト・トレイマーの行動についてだ。

 

 ソレスタルビーイングは人類革命連合のコロニーを襲撃し、超兵機関を壊滅させた。その際、施設が自衛のために雇っていた傭兵たちの中に、スターダスト・トレイマーに所属していた新たな機体が紛れ込んでいたらしい。

 彼らの裏切りと、元々潜んでいたスターダスト・トレイマーのMSたちの活躍によって、ティエレン部隊の大半は行動不能に陥れられた。無防備になった施設の破壊をソレスタルビーイングに任せ、彼らはそのまま撤退したという。

 ちなみに、超兵機関の情報をスッパ抜いたのは、国連代表のエルガン・ローディックとジャーナリストのセキ・レイ・シロエであった。勿論、議会とお茶の間は大紛叫。人類革命連合は、国内外から叩かれている状態だ。

 

 

「事実も小説並みにえげつなかった、って所か」

 

 

 『Toward the Terra』の『ミュウ』篇・上巻を閉じて、クーゴは深々とため息をついた。

 超兵機関と『ミュウ』に対する実験の方向性は違うものの、根っこにある源流はよく似ている。

 

 人を人とは思わない所業。人が人に対して行ってはならない、最後の一線。それを踏み越えた先にある末路を見た。

 

 不意に、『己の感情を制御しきれないため、人間は自滅の道を歩んでいる』と言った人物がいたことを思い出す。言葉はうろ覚えだし、その人物がそう言った理由は別の場所にあったのだけれど、今ならその理由が分かるような気がした。

 異質なものに対する恐怖、安寧を求めるが故の外敵排除、自分たちだけが安全且つ幸福であればいいという身勝手なエゴ。『人の心』は人を殺し、挙句の果てには世界すらも破滅へ導いてしまう――それは、紛れもない事実だ。

 でも、クーゴは知っている。人や世界を救うことができるのも、紛れもない『人の心』だ。虚憶(きょおく)における「大特異点を押し出す」がいい例だ。時の牢獄で過ごす永遠(エタニティ・フラット)を受け入れず、未来を生きたいと願った人々の祈りが起こした奇跡。

 

 戦場で戦う人々を信じる人々、戦う家族を応援する人々、友や家族の無事を願う人々、明日が欲しいと切望する人々。

 彼らの心が、『人の心の光』を見せてくれた。人類はまだ捨てたものではないと、信じさせてくれた。希望を見せてくれたのだ。

 

 

(俺がここまで性善説押しなのも、そういう虚憶(きょおく)に触れてきたからなんだよなぁ)

 

 

 そう考えて、クーゴはふと思い至る。もしかしたら、この世のどこかには、全く逆の虚憶(きょおく)を有する人々もいるのかもしれない。

 『人の心』に絶望し、人類そのものに絶望し、世界を壊そうとした男がいた。いや、実際は『人の心』を信じたくてやったことではあるが、確かにそう思って動いていた者がいた。

 シャア・アズナブル。ジオン公国の総帥として、Z-BULEを敵に回して戦った男。Z-BULEを信じたが故に、彼らとの交流で『人の心』の可能性に触れたがために、孤独の戦いを繰り広げた男。

 

 彼の影武者曰く、『私の知っているシャア・アズナブルと違う(超要約)』らしい。

 本来なら、彼は『世界と人間に絶望し、小惑星を地球に落とそうとする』はずだったという。

 

 どこで可能性が分岐したかなんて知らない。けれど、確実に言えることは、『シャア・アズナブルにはZ-BULEという、信頼できる仲間たちがいた』ことだ。

 

 

『国連が正式に、アザディスタンへの援助を決定しました。内容は主に停戦支援で……』

 

 

 ふと聞こえてきたアナウンサーの声に、クーゴはテレビの方へと視線を向けた。

 テレビ画面に映し出されたのは、黒煙が上がるアザディスタンの首都である。

 

 そういえば、ユニオンの政治家や上層部がアザディスタンの改革派に支援を打診しているという話を聞いた。どう考えても、作為しかない。

 ユニオンの目的は支援ではない。紛争が続くアザディスタンなら、ソレスタルビーイングおよびガンダムが姿を現すだろうと考えている。

 人革連やAEUに後れを取っている現状を打破するために、何としてでもアザディスタンの援助を勝ち取りたい。もし、派兵が決まれば。

 

 それが意味するものは――ガンダム調査隊の、アザディスタンへの出兵だ。

 

 

(グラハム辺りは、闘志で満ち溢れてるんだろうなぁ)

 

 

 ガンダムと刹那に恋をする彼のことだ。派兵が決まれば、その事実を素直に喜ぶことは間違いないだろう。裏の作為に関するコメントは控えそうだが。

 ハワードやダリル、ビリーあたりも、上の考えに対して思うところがあっても、勘ぐるような真似をしないタイプだ。後者はやや軍人失格な部分もあるが。

 そこまで考えて、クーゴは首を傾げた。どうしてクーゴは今、『ビリーは軍人に向いていない』と思ったのだろう。漏洩という単語が頭にこびりついて離れない。

 

 思考回路を切り替えようと、クーゴは再びテレビを見上げる。

 映し出されたのは、新曲を発表したテオ・マイヤーの映像だった。

 

 

『タイトルは『Terra -還るべき青き惑星(ほし)-』です。只今公開されている映画、『Toward the Terra』の『ミュウ』編におけるテーマソングで……』

 

 

 クーゴは端末へと視線を戻し、アザディスタンの一件を調べる。相変わらずテロが起き、人が死んでいく――それの繰り返しであった。

 

 民間企業『悪の組織』から技術提供および開発援助を受けることが決まったアザディスタンであるが、事態は中々好転しない。試行錯誤を繰り返している真っ最中である。代表取締役がアザディスタンに滞在中だとか、技術支援が得られたのは代表取締役が女王に感銘を受けただとかいう話も聞いた。

 あの国を治める女王も、『援助を勝ち取るのと引き換えに、変な条件を出されてた』のだろうか。何やら、簡単なようで難しい条件を、意味不明なようで重大な意味を持つ条件を科せられてしまったような気がしてならない。おそらくは、クーゴとグラハムも、似たような条件を背負わされたのかもしれない。

 クーゴは『Toward the Terra』の『ミュウ』篇・上巻の表紙に視線を向ける。青い星、宇宙に浮かぶ白い船、銀の髪に真っ赤な瞳を持つ青年、盲目の占い師、金髪碧眼の少年が描かれていた。長い旅と戦いの始まりを思わせるような、美しくもどこか悲しみに満ちた横顔を見せる人物たち。

 

 何の変哲もないSF小説だ。しかし、クーゴの中にある何かが、『これは創作(つくりもの)じゃない』と叫んでいる。

 その叫びは日に日に大きくなっていく。理由はよくわからないけれど、どうしてか、そんな感じがしてならない。

 

 そんなことを考えていたとき、端末が鳴り響いた。メッセージの主は『エトワール』、もといイデアであった。

 

 

「久々のメッセージだな」

 

 

 クーゴは呟いて、端末を開く。

 内容は、とりとめのない雑談だった。

 

 にもかかわらず、クーゴの頬が緩む。オフ会があるわけでもなければ、交友を深めるような催しがあるわけでもない。本当にささやかなことだった。

 最近の話題と銘打たれたそこには、ソレスタルビーイングに関する話は一切なかった。同じように、クーゴもユニオン軍に関する話は一切していない。

 それが、クーゴとイデアにとっての暗黙の了解だった。ユニオン軍所属の軍人とソレスタルビーイングのパイロット――そんなしがらみは、どこにもない。

 

 

「……そうだな。今回は、『Toward the Terra』の話にするか」

 

 

 『悪の組織』からの技術支援を得るために課された条件で読み始めた小説であったが、クーゴには酷く惹かれるものがあった。

 今はまだ『ミュウ』編の上巻しか読んでいないが、もうしばらくしたら読み終わりそうだ。次は、『ミュウ』編・上巻と同時系列である人類編・上巻を読むつもりでいる。

 

 『ミュウ』編・上巻並みに、陰惨な運命が待ち受けていそうな気がしてならない。確実だと胸を張って言える。

 

 悲劇性を助長しているのは、登場人物たちの人となりやバックグラウンドが丁寧に描かれているためだ。彼らのふとした表情やエピソードが、読み手に愛着を抱かせる。読み手が登場人物に愛着を持ったタイミング狙ったかのように、その人物が死んでしまうのだ。逆パターンもあり、登場人物の死後からその人物にまつわる話が出てくることもあった。

 

 

(誰も犠牲になってほしくないと願うことは、間違いなのだろうか)

 

 

 クーゴはひっそり、そんなことを考える。

 

 それぞれの生き様。燃え尽きる流星のように輝く命たち。生きるとはどういうことなのか。何のために生きて、何のために戦うのか。その理由を問われている気がして、クーゴは顎に手を当てる。

 答えはまだ見つかっていない。しかしそれでも、失いたくないと願うものはある。果てなき青い空を、仲間たちと一緒に飛んでいたい――言葉にすると、あまりにも簡単なことだった。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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