大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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37.一難去ったら

 

 

『メギドシステムは最終段階に到達しました。繰り返します……』

 

 

 アナウンスが聞こえる。時間はあまり残っていない。急がなければ。

 

 ソルジャー・ブルーは、ふらつきながらも制御室へとたどり着いた。道中の敵をなぎ倒してきたが、体が悲鳴を上げている。

 元より燃え尽きる寸前の命だ。おそらく、ブルーがナスカ崩壊の寸前に目を覚ましたのは、メギドを止めるために違いない。

 

 ブルーがよろよろとした足取りで、メギドシステム中枢へと歩みを進める。一歩、一歩、踏みしめるようにして、ブルーは中枢へと足を動かした。

 

 刹那、背中に焼け付くような衝撃が走った。ブルーは呻いて崩れ落ちる。一歩遅れて、銃声が響き渡る。背後から感じたのは凄まじい殺気。『ミュウ』に対する敵意だ。

 ブルーは膝をつきながらも振り返る。赤い軍服を着た鎮圧部隊が銃を構えていた。軋みを挙げる体を動かし、ブルーは反撃に転じた。強力なサイオン波を相手にぶつける!

 兵士たちは吹き飛ばされて倒れこんだ。それを確認したブルーは這うようにして体を起こし、よろめきながらも足を進めた。呼吸は荒く、体が動いてくれない。

 

 

(まだだ)

 

 

 体が軋む。戦おうとする心と対照的に、体がついていかない。

 苛立たしさが募る。

 

 

(まだ、倒れるわけには……!)

 

 

 そうだ、まだ倒れるわけにはいかない。自分には、まだやるべきことがある。

 ブルーは確信していた。これを成しえるために、自分は生きてきたのだと。

 果たさなければ。そして、繋げなければ。『同胞』たちの命と未来を、還るべき青い星(テラ)へと。

 

 

「やはり来たか、ソルジャー・ブルー!」

 

 

 聞き覚えのある男の声がした。声の方向へと振り返る。赤い軍服を身に纏った男が、ブルーへ向けて銃を構えていた。

 

 

「まったく驚きだな、ここまで生身でやって来るとは。まさしく化け物だ」

 

 

 口元がほんの少し吊り上がる。少しの敬意と、爆ぜるような侮蔑の感情。

 男の中に渦巻く感情に、ブルーは思わずたじろいた。男の顔から、薄く浮かんだ笑みが消える。

 

 

「だが、ここまでだ。残念だったな、メギドはもう止められない!」

 

(っ……!)

 

 

 ブルーは眦を釣り上げた。もし本当にそうだったとしても、諦めるつもりはない。ブルーとて、()()()メギドを止めようとは思っていないのだ。

 命と引き換えになら、ぎりぎり止められる。だが、それを成しえる前に死んでしまうわけにはいかないのだ。ふらつく体を叱咤する。何としてでも、止めなくては。

 次の瞬間、男の銃が唸った! 何発も何発も、体に銃弾を打ち込まれる。限界を訴えていた体は簡単に崩れ落ちた。それでもブルーは抵抗した。シールドを展開する。

 

 何発もの銃弾がシールドにめり込む。銃弾が撃ち込まれる衝撃すら、今のブルーには凶器になり得た。

 銃から薬きょうが引き抜かれる。リロード。補充された銃弾が、再びブルーに襲い掛かった!

 

 

「どうした!? 反撃してみせろ! ――亀のように蹲っているだけでは、メギドは止められんぞ!」

 

 

 男はそう言いながら、ブルーの元へと歩み寄る。その間、彼は何度も何度も引き金を引いた。何発もの銃弾を、ブルーに浴びせ続けた。

 

 そのすべてをシールドで防ぐ。崩れ落ちた体は言うことを聞いてくれない。

 でも、耐えなければ。今はまだ、耐えなければ。反撃のチャンスには、まだ早い。

 

 

『射撃準備完了。エネルギー圧力上昇。発射まで、カウント開始。10、9……』

 

 

 聞こえてくるアナウンスは、メギドの発射を告げるものだ。同時に、ブルーが反撃に出るためのカウントダウンでもある。

 

 

『7、6……』

 

「少佐! ここは危険です!」

 

 

 どこからか声がした。男を心配してやって来た部下のものだった。

 ブルーの視界に、男の脚が映る。もうそこまで接近していたらしい。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

 至近距離から一発、銃弾が撃ち込まれる。

 そのタイミングを、ブルーは待っていた。

 

 シールドに回していた分のサイオン能力を、攻撃だけに集中させる。

 

 そのとき、男が撃った銃弾が、シールドを通り抜けてブルーの左目へと突き刺さる!

 左目の視界が真っ赤に染まったのを合図に、ブルーは地面に手を叩きつけ、サイオン攻撃を放った!!

 

 

「――でぇぇぇぇぇえええええええええええええええええいッ!!」

 

「――キィィィィィィィィィィィス!」

 

 

 青い光が爆ぜる。青い光が足場に立つ男ごと崩壊させる寸前、刹那にも等しいタイミングで、男の部下が男を庇う方が先だった。

 男には逃げられてしまったが、それよりもメギドを止める方が先決だ。そのためにブルーはここにいるのだから。

 

 ブルーは後継者の名を呼んだ。彼には、自分が見出し、選んだために、辛い思いをさせてしまった。これからも、辛い思いをさせるのだろう。それでも、ブルーが希望を託せる相手は彼しかいない。ブルーが見出したいとし子――次代の指導者(ソルジャー)しかいないのだ。

 

 

(皆を、頼む……!)

 

 

 ブルーは命を燃やすように、サイオン能力を開放する。

 サイオンバースト。一際激しく輝いた青い光が、動力中枢部を破壊していく!!

 

 どこかで兵士の悲鳴が響いた。どこかで次代の指導者(ソルジャー)が、身を切られるように転移を叫んだ。間髪入れず、同胞たちの楽園がワープを果たす。

 アナウンスが聞こえる。動力部で爆発、メギドシステムはエネルギーの10%を照射したのみでシステムダウン、本体の爆発が拡大中。ブルーはさらに力を込めた。

 どこからか、嘆きの声が聞こえた。仲間や指導者(ソルジャー)を失ったと嘆き悲しむ、『ミュウ』たちの声だ。誰もが俯き、涙を流し、悲しみに暮れている。

 

 

(俯くな、仲間たち)

 

 

 悲しむことなんて何もない。

 どうか、前を向いて。希望はまだ、絶えていないのだから。

 

 祈るようにブルーは目を閉じた。瞼の裏に浮かんだのは、青い星(テラ)を抱く女神が見せてくれたヴィジョン。ブルーにとっての理想郷(らくえん)であり、還りたいと願った惑星(ばしょ)。そして――ただふたつの、未練。

 

 

(嗚呼……できることならば、この目で、青い星(テラ)を見たかった)

 

 

 それが叶わないのなら、せめて。

 

 

(……フィシス。キミの抱く青い星(テラ)を、もう一度――)

 

 

 こうするときから、分かっていたことだったけれど。

 それでも、もう一度見たかった。

 

 何もかもが遠くなっていく。青い光が一際激しく爆ぜたのを最後に、ブルーの世界は黒へと沈んだ。それが死だと理解していたが、ブルーは恐れることなくそれに身を委ねたのだった。

 

 

 

―――

 

 

 

 

(『俯くな、仲間たち』……か。ランディやスチュワートも、同じことを言うのかな)

 

 

 クーゴはそんなことを考えながら、本を閉じた。

 現在、オーバーフラッグス部隊は太平洋を移動中である。

 

 三国軍事演習の名を借りたガンダム鹵獲作戦は、MDの暴走という大事件と新たなガンダムの出現によって失敗に終わった。

 新たに出現したガンダムは4機。このタイミングで新型を投入してきたということは、ソレスタルビーイングはこの鹵獲作戦を察知していたということだろうか。

 いや、彼らが予測していたことは鹵獲作戦ではなく、MDの暴走だったのかもしれない。『連邦の白い悪魔』を駆っていた男の言葉を思い出し、クーゴは深々と息を吐いた。

 

 休憩室はクーゴとグラハム以外、誰もいない。静かな空気が漂っている。

 

 

「暴走したMD部隊、1機も帰投していないんだっけ?」

 

「ああ。本部は『ガンダムの攻撃で全滅した』とみなしているようだ」

 

 

 クーゴの問いに、グラハムは険しい表情で答えた。その様子だと、グラハム本人は『MD部隊がガンダムによって全滅した』とは思っていないらしい。

 あんな大暴走を起こしたのだ。のこのこと帰投なんてできないだろう。PMCトラスト側も、知らぬ存ぜぬで通している。ただ、言い訳も苦しくなってきたようだ。

 

 『連邦の白い悪魔』を駆っていた男の言葉通り、MDの欠陥が発見されたというリークがなされたのである。内容も、男や一介のジャーナリストであるセキ・レイ・シロエが述べていた通り、『共有者(コーヴァレンター)虚記(きょおく)持ち、およびその人物と親交がある者たちを優先的且つ無差別に襲う』というものだった。ちなみに、すっぱ抜いたジャーナリストもセキ・レイ・シロエだった。

 

 

「何をどうすれば、そんな地雷ができあがるのだろうな」

 

「まったくだ。襲われた方にとっては、たまったもんじゃない」

 

 

 グラハムの呟きに、クーゴは腕を組んで頷いた。彼の眉間にも皺が寄っている。おそらくクーゴも似たような表情を浮かべているのだろう。

 今回の事件で、2人のフラッグファイターを失った。前から親交があった、“多元世界技術解析および実験チーム”の仲間たち。

 使わなくなった食器を眺める。軍人になるということは死と隣り合わせだ。友の死に直面するのは、これが1度や2度ではない。

 

 それでも、友が『いなくなる』痛みに慣れることはないのだろう。クーゴは襟元を握り締めながら目を伏せる。自分にできることは、彼らの死を悼むことだけ。

 

 謎は他にもある。投入されたMDは250機のはずなのに、何故か援軍として200機弱のMDが増援として現れ、戦場を荒らしていたのだ。残りはどこから湧いて出たのやら。

 砂漠に潜んでいたことはわかっている。誰が、何の目的で、タクマラカン砂漠に増援を潜ませていたのか。派遣したと思しきPMCトラストは、やはり知らぬ存ぜぬを通している。

 

 

(PMC、さっさと潰れちまえばいいのに)

 

 

 我ながら恐ろしいことを考えるな、と、クーゴは思った。

 

 今回の事故で、PMCはMD開発を凍結したという話をちらほら聞いている。企業としての即死は免れたが、今回の事故は致命傷であることは明らかであった。

 延命治療のために、壊死した部分を切除しようとしているようだ。それで済むかどうかは、会社の対応にかかっているだろう。むしろ済まなければいいのにと思うのは、私怨だろうか。

 

 そんな自分の思考回路を察したのか、グラハムは何も言わず紙コップを押し付けるようにして手渡してきた。中身はブラックコーヒー。クーゴはそれを受け取った。

 一切甘味のないコーヒーは、この世の厳しさを示すかのような苦みに満ちている。腹に重たい一撃が入ったような気がしたのは、気のせいではなさそうだった。

 グラハムも無言でコーヒーを呷る。表情はどこか陰りがあった。2人とも黙ったまま、椅子に座り込む。友の死を悼むように、グラハムが静かに目を閉じた。クーゴも黙祷を捧げる。

 

 

『副隊長の鍋が食べたい人、手を挙げてーっ!』

 

 

 オーバーフラッグス部隊集合時に、そう音頭を取ったランディ。

 

 

『おいしいんだけど、おいしいんだけど……』

 

 

 強制敵に決まったカレー味に対し、そう嘆いたスチュアート。

 

 これからガンダムと対峙するたびに、戦友(とも)は減っていくのだと思う。それでも、死を悼むことを止めることはできない。

 クーゴがそんなことを考えていたとき、休憩室の扉が開いた。ずかずかとした足取りで部屋へ踏み込んだのは、ジョシュアである。

 

 

「隊長と副隊長が揃いも揃って、辛気臭いんだよ。士気が下がるだろうが」

 

 

 ジョシュアはずいっと何かが入った袋を突き出した。顔を上げて中身を確認すれば、こぶし大の大きさのチョコマフィンが2つ入っている。ふっくらしていておいしそうだ。

 

 

「何か食べとけよ。そうすれば気がまぎれるだろ」

 

 

 そう言い残し、ジョシュアは袋を押し付け、さっさと部屋の外へと出て行ってしまう。彼を呼び止める間もなかった。

 ……自分たちを励ましてくれたのだろうか。クーゴとグラハムは顔を見合わせた。とりあえず、彼の好意に甘えることにした。

 

 袋からマフィンを取り出し、そのまま一口。

 

 

(――――あ、これはダメだ)

 

 

 味を認識する間もなく、クーゴは反射的にそう直感した。

 ワンテンポ遅れて、口の中一杯に味が広がる。

 

 まずい。

 とにかくまずい。

 形容のしようがないほど、ただひたすらにまずい。

 

 甘いのか辛いのか苦いのか渋いのかなんて、そんなレベルで図れるようなチャチなものではない。生焼けか黒焦げかで図れるようなレベルでもない。問答無用でまずいのだ。未だかつてない味である。

 これはテロだ。マフィンの形をした殺傷兵器だ。姉からの嫌がらせで『大量のシュールストレミングをぶちまけられた部屋に閉じ込められた』ときのような状態に近い。死ぬ。自分はここで死ぬのだ。クーゴには確信があった。

 

 

「クーゴ!? おい、しっかりしろ!!」

 

 

 今まさにマフィンに口を付けようとしていたグラハムが、慌てた様子でクーゴを呼ぶ声が聞こえる。それを最後に、クーゴの意識は完全にブラックアウトしてしまったのだった。

 

 

 蛇足だが。

 

 ジョシュアの作ったマフィンを食べたオーバーフラッグスの隊員が全員医務室送りになるのは、クーゴが倒れた時間帯とほぼ同時刻の出来事であった。運よく被害を免れたのは、寸前のところでマフィンを口にしなかったグラハムのみだったという。

 更に、責任を感じたのかはわからないが、ジョシュアがおかゆを差し入れてくれた。しかし、そのおかゆは真っ黒で、ほのかにコーラとチョコレートの匂いがした。そのため、誰1人としておかゆに手を付けなかったことを記載しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方たちはどうして、ガンダムを所有しているの?」

 

「ヴェーダのデータバンクにも、あの機体がないのは何故だ?」

 

 

 チーム・プトレマイオスのスメラギとティエリアが、会談の口火を切るようにして問いかけてきた。

 来ると思っていたが、ここまで直球で来るとは思わなかった。単刀直入すぎるにも程がある。

 

 

「機密事項のため、答えられません。我々にも守秘義務があるんです」

 

「このことを話すと漏洩になってしまうんです。申し訳ない」

 

 

 はっきりと断ったヨハンをフォローするように、ノブレスは付け加えた。ミハエルが「残念」と言いながら、わざとらしく肩をすくめる。

 

 

「ミハエル、相手に喧嘩を売るような真似は慎め。ガンダムマイスター同士で争っても、何もならないぞ」

 

「う……すみません、教官」

 

「わかればいい」

 

 

 ノブレスが注意すれば、ミハエルはバツが悪そうに視線を逸らした。昔はことあるごとに突っかかり、ナイフを突きつけてきたなと思い返す。

 それと比べれば、素直に謝ってくれるようになったというのはいい進歩だろう。教え子の成長が嬉しくて、ノブレスはふっと表情を緩めた。

 不意に笑い声が聞こえた気がして、意識を声の主に向ける。イデアが生温かい眼差しでノブレスの表情を見ていた。まるで、弟の成長を喜ぶ姉のような眼差し。

 

 

『ノブレスくんも変わったねぇ。昔は笑ったりなんてしなかったし、教官なんて呼ばれるようなガラじゃなかったのに』

 

 

 いい変化だと、彼女の瞳が語っている。ちょっとだけ照れくさい。

 彼女の方が自分より年上なのだ。何年経とうが、年の功とその他諸々で頭が上がりそうになかった。

 

 スメラギとティエリアの質問を皮切りに、次々と自分たちに疑問がぶつけられた。

 

 

「お前さんたちは、GNドライヴ……太陽炉をどこで調達したんだ?」

 

「それも答えられません。機密事項に抵触してしまいます」

 

 

 ロックオンの問いかけに、ヨハンは静かに首を振る。ミハエルは何かを言おうとしたが、自分たちに言われたことを思い出したように踏みとどまった。

 ティエリアが険しい顔をしてノブレスたちを睨んできた。何故ここに来たのかという彼の問いに、ノブレスはあるがままを答える。

 

 

ファースト・チーム(貴方がた)と話がしたくてここに来ました」

 

「ならば何故、こちらの質問に答えようとしないんだ!?」

 

「守秘義務です。貴方にだって、答えられない質問があるでしょう? 例えば――」

 

 

 彼の秘密に対し、土足で踏み込むのは悪いと思っている。しかし、ここは自分が憎まれ役を買って出なければ、延々と質問事項に晒される羽目になるだろう。

 チーム・トリニティ――否、ノブレス・アム個人としての目的を果たすためには、質問に時間を取られているわけにはいかないのだ。

 

 

「ティエリア・アーデ。“ヴェーダに直接アクセスできる貴方は、一体『何者』ですか?”という問いに、自らも納得できる答えが出せますか?」

 

「!?」

 

 

 空気が凍り付く。

 

 ただならぬ空気を察したロックオンが、眦を吊り上げてノブレスとティエリアの前に割って入った。次は彼の地雷を踏みぬかねばならないのだろうか。

 ティエリアはロックオンを制止し、苛立たしげに首を振った。気分を害したと言い残し、彼は部屋を退出する。その直前、彼はヴェーダにレポート提出を求めた。

 ヴェーダの穴を知っているノブレスにしてみれば、それもまた面々の首を絞める自滅行為にしかならない。逆効果だったか、と、ノブレスは苦い表情を浮かべた。

 

 

「彼には後から、僕自身が直接謝罪をさせてほしいのですが」

 

「ティエリアは気難しいからね。一応、私でよければ後で部屋に案内するけど」

 

「宜しくお願いします」

 

 

 イデアが苦笑する。彼女の顔つきからして、イデアとティエリアの相性はあまりよくないらしい。不意に、何かを察知したリジェネが渋い顔をして端末をいじっている光景が『視えた』。漂う思念から察するに、今の出来事を『視た』らしい。

 端末にはお怒りメールが殺到しているはずだ。彼の同胞を苛めた罰として、あちらにも謝罪をしなくてはならないだろう。テオ・マイヤーの新曲発表とサイン入り新曲CDとゲリラライブ告知および決行の日取りを独自で流すのと最前列の予約で赦してもらえるだろうか。

 

 

「あーあ。今のが女の子なら、放っておかないんだけどなぁ」

 

「ミハエル、やめないか」

 

「う。2人とも綺麗にハモって……」

 

 

 綺麗に重なったヨハンとノブレスの叱責に、ミハエルは居心地が悪そうに視線を逸らす。反省の色がない。

 

 

「ミハエル」

 

「ぐ。……す、すみませんでした」

 

 

 もう一度ノブレスとヨハンが叱責すれば、ミハエルは申し訳なさそうに頭を下げた。

 その横で、ネーナがそわそわし始める。つまらないけど、そう口に出してはいけない――彼女の思念に触れてみた。

 

 

『口に出したら、教官に嫌われるかもしれないし……』

 

 

 はて、とノブレスは首を傾げた。以前のネーナは『怒られるのが怖いし、説教が長いし、メンドクサイ』と思念で言っていたのに、どういう心境の変化だろう。

 イデアが冷めたような乾ききった笑みを浮かべ、落胆したように視線を逸らした。ノブレスくんは女心に疎いんだねー、と、そんな思念が伝わってくる。

 『ネーナちゃん可哀想だなー。前途多難だなー』とイデアは言うが、ネーナは一体何と戦おうとしているのだろう。力になってやりたいとは思うが、なかなか話してくれない。

 

 もしかして、恋愛関係なのだろうか。だとしたら、ノブレスは何の役にも立たないことは明白である。

 成程。だから彼女はノブレスに頼ろうとしないのか。煤けた気持ちになり、ノブレスはちょっとだけ気が遠くなった。

 

 

「これだけは聞かせて頂戴。貴方たちはあのガンダムで、何をしようとしているの?」

 

 

 スメラギの言葉に、ノブレスは一気に現実へと引きもどされる。ヨハンは当たり前のことを答えるように、堂々と胸を張った。

 

 

「もちろん、戦争根絶です」

 

「本当に?」

 

「貴女たちがそうであるように、私たちもまた、ガンダムマイスターなのです」

 

 

 ヨハンの言葉を聞いたロックオンが、「俺たちと組むのか?」と問いかけてくる。

 ノブレスは静かに首を振った。組むというのは正確ではない、と前置きする。

 

 

「我々は、貴女がたとは行動を共にしません。ですが、同じ目的達成のため、別方面から動きます。貴女方ファースト・チームが本丸なら、我々セカンド・チームはいわば遊撃部隊。貴女方ではカバーできない部分を、我々が補います。貴女方は今までと変わらず、介入を行ってください」

 

「……貴方たちを推挙した人間が、何を考えているのかわかった気がするわ」

 

 

 スメラギが肩をすくめた。成程ね、と、アレルヤが渋い顔をする。

 ノブレスも心の中で2人に同調した。今頃、アレハンドロは何をしている頃だろうか。

 奴をどれだけ欺くことができるか。すべてはそこにかかっている。ノブレスは心の中でため息をついた。

 

 どこか鬱々とした空気が漂う。スメラギは静かに目を伏せた。

 

 

「ということは、私たちはお払い箱?」

 

「そんなことはない! 貴女方は、イオリア・シュヘンベルクが望んだ『希望』そのものだ!」

 

 

 反射的に、ノブレスは声を荒げていた。途端にチーム・プトレマイオスの面々が大きく目を見開く。トリニティ兄妹も、驚いたように目を瞬かせた。

 すべてを知っているであろうイデアも同じ気持ちで、彼らと同じ場所にいる。そのことを確認するようにイデアの思念に心を向ければ、彼女は真顔で頷き返す。

 

 いつの間にか熱くなってしまったらしい。他にも言いたいことや出かかった言葉を飲み込むように、ノブレスは小さく咳ばらいした。

 

 

「『ヴェーダに存在しない我々が、イオリア・シュヘンベルクの計画に必要な存在かどうか疑問が残る』という貴女方の憂いは尤もです。ですが、その答えは、我々の行動を見て判断して頂きたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、イデアはノブレスを連れてティエリアの部屋を訪れている。先程の発言をティエリアに謝罪しておきたいというノブレスを取り持つためだ。途中でノブレスを探していたネーナも合流していた。

 

 イデアはティエリアが苦手である。ヴェーダの申し子を地で行く彼は、感情で行動を優先しがちなイデアのことをあまり好ましく思っていない。刺々しい感情を向けられると、こちらもやりにくくなってしまうのだ。

 最近の彼は人間味が増してきたと思う。いずれは自分自身の意志で立ち上がり、自分自身の力で決断し、歩いていってほしいものだ。こことは違う場所に存在していた『機械の申し子』が、最期に「自らの意志で立ち上がる」ことを選んだように。

 

 

「ここがティエリアの部屋だけど……ここには居ないみたいね」

 

 

 イデアはきょろきょろ周囲を見回してみる。相変わらず、必要最低限のものしか置かれていない。

 というより、マイスターは皆、インテリア類には殆どこだわっていない様子だった。

 「イデアとクリスティナが暢気すぎる」とは、フェルト・グレイスやティエリア・アーデの談である。

 

 

「あと、他に彼が行きそうな場所は?」

 

「ヴェーダのターミナルユニットくらいかな」『……そこにも居ないみたいだけど』

 

「そうか」『一体どこ行っちゃったんでしょうねー』

 

 

 イデアはノブレスとのほほんとした会話を繰り広げている。残念ながら、ノブレスは自分の背後でネーナがふくれっ面していることに気づいていない。

 彼女の憂いと嫉妬と焦りもわかる気がした。いくら相手が「意中の相手が他にいる」と言っても、自分がロックオンしている相手と親しいとなれば不安にもなる。

 

 イデアはちらりとネーナに視線を送った。頑張ってアピールしてごらん、と、目で合図を送る。ネーナは目を丸くした後、意を決したように床を蹴って飛び出した。

 

 

「教官っ! ヴァーチェのパイロットを探すついででいいから、私と一緒に船の中を散策しない? 許可は貰ってるし、いいでしょ?」

 

 

 ノブレスの腕を掴んだネーナが、あざとい上目遣いのアングルで彼に迫る。ノブレスは目をぱちくりさせた後、それならばと言うようにして頷いた。

 「やった!」と弾むように笑い、ネーナはノブレスの腕に寄り掛かった。彼女の精一杯のアピールだ。しかし、ノブレスは全く意識していない。普通に歩いている。

 ちょっと待ってよチャンスだよ――口から出かかった言葉を飲み込み、イデアはがっくりと肩を落とす。恋人やら結婚やらに色々思う人間がそれでいいのか。

 

 2人はそのまま廊下の向うへと消えていく。やきもきしたイデアは、ひっそりと2人の後を追いかけることにした。

 壁に体をもたれかからせ、目を閉じる。体を脱ぎ捨て思念だけになったイデアは、ノブレスとネーナの気配を追いかけた。

 

 彼らはティエリアを探しつつ、プトレマイオスを散策している。ノブレスは力を使って彼の思念を追いかけているが、地雷を踏んでしまったためか、ティエリアの思念はノブレスをシャットアウトしてしまっているようだった。

 

 

(私に対しても心を頑なにする強敵だからなぁ。多分、しばらくは見つけられないんじゃないかなー。というか、ノブレスくんは女の子のアピールを平然と流しちゃうから、なかなかうまくいかないんじゃないかなー。ネーナちゃん可哀想に)

 

 

 イデアは、恋する少女の幸先の悪さを憂う。何とかして、難攻不落の彼を落とす方法を探さなくてはならないだろう。

 そんなことを考えていたときだった。ネーナとノブレスが差し掛かった場所は、ヴェーダのターミナルユニットだ。

 

 

「教官。あっち行ってみよう」

 

「ネーナ、変な場所へ行くんじゃない」

 

「いいからいいから! 行こうよ教官」

 

 

 ネーナは扉に背を向けたまま、ノブレスの腕を引っ張った。次の瞬間、ターミナルユニットへの扉が何もしていないのに開いた。脳量子派をつかえる人間しか開けられない扉を、ネーナは開いてしまったのである。

 

 

(あの子、脳量子派が使えるんだ……)

 

 

 イデアは2人の背中を追いかける。初めて入ったヴェーダのターミナルユニットは、不気味な赤い光で満たされていた。

 

 後ろの扉が勝手に開いたことを察知したネーナであるが、勢いよくノブレスを引っ張ったためか体勢を崩してしまう。背中から穴に突っ込むような形で、彼女はノブレスを引っ張ったまま落っこちてしまった。

 高い悲鳴が響く。しかし、寸でのところでノブレスは姿勢を反転させた。ネーナを抱きしめるような体制になったノブレスは、自分が背中から落下するようにして体を反転させる。鈍い音とくぐもった悲鳴が聞こえた。

 

 

「いてて……」

 

「きょ、教官!?」

 

『うわお! 騎乗位!!』

 

 

 あまりの展開にガッツポーズしたイデアは悪くないはずだ。偶然が生み出した、運命的な体制である。ネーナがノブレスを押し倒したような形だ。

 自分の体勢を真っ先に理解したのはネーナであった。このまま責めるべきか恥じらうべきか、駆け引きの瀬戸際に立たされているようだった。

 対して、ノブレスはきょとんとしたまんまである。そこは意識しなきゃ、と、イデアは嘆きたくなった。彼は本当に春を求めているのだろうか。

 

 ネーナは動かない。考えているのだ。どうアクションすれば、この状態から、目の前にいる朴念仁に『女』としての自分を意識させることができるのかを。

 彼女の心と脳量子派に呼応するかのように、ヴェーダが計測を始める。どうすればいいのか、全力で計算を始めた。ややあって、答えがはじき出される。

 

 この場では無理(要約)。

 

 出てきたデータに、ネーナは目を剥いた。

 再びヴェーダが計測を始める。結果が出た。

 

 この場では無理(要約)。

 

 

「ふ……」

 

 

 ネーナの肩が戦慄く。

 

 

「ふざけんじゃないわよ、ポンコツゥゥゥゥ!!」

 

「ちょ、なっ……!? え、ネーナ!?」

 

 

 大泣きした。全力で大泣きした。ヴェーダがはじき出した返答が、余程ショックだったらしい。

 意識もしていなければその意味を知らないノブレスが、目を瞬かせつつ右往左往している。

 

 ネーナの叫び声に気づいたのか、ネーナがヴェーダをポンコツ呼ばわりしたことを察知したのか、ティエリアがすっ飛んでくる気配を感じ取る。ヴェーダのターミナルユニットが開いていることに気づいた彼は、血相を変えて部屋に突入した。そうして、ノブレスとネーナの体勢を目撃する。

 

 

「!?!?!!?」

 

 

 大パニック。その言葉がよく似合うような形相だ。

 珍しい表情だ、なんて笑う間もなく、ティエリアは盛大に怒鳴り散らす。

 

 

「貴様らは一体、ここで何をしているんだっ!?」

 

「ヴァーチェのパイロットか、丁度良かった。先程の発言を謝罪したくて探し回っていたんだ。先程はすまなかった」

 

「いや、そうではなくて! 貴様ら、どうやってここへ入った!? そしてここで何をしている!? ふしだらだ! 破廉恥だ! それから、ヴェーダをポンコツ呼ばわりしたのを訂正しろ!!」

 

 

 そんなに一気に言わなくてもいいじゃないか、ヒトだもの――イデアはひっそりとそんなことを考えた。勿論、口に出しはしない。

 次の瞬間、画面いっぱいに少女の姿が映し出された。ウェーブのかかった茶色のショートヘアに、緑のヘアバンドをした少女である。

 イアンの娘――ミレイナ・ヴァスディを成長させれば、丁度あんな感じだ。画面に映し出された彼女そっくりの少女が、盛大に叫ぶ。

 

 

『私はどんなアーデさんも大好きですぅ!』

 

「う、うわああああああああああああああ!!?」

「うわぁぁん! なんでこの眼鏡には恋愛イベントが用意されてるのよー!!」

『おおお!? これは、根掘り葉掘りすると楽しい予感っ!』

 

 

 ティエリアが頭を抱えてうろたえ、ネーナが更に大泣きし、ノブレスが食いつく。なんてカオスな光景だろう。

 

 ノブレス・アムの春は遠く、ネーナ・トリニティの恋路は茨。ティエリア・アーデはまだ未定だ。早く数年経過すればいいのに。

 それぞれの恋愛戦線、介入の余地がありそうだ。イデアはにんまりと笑い、即座に自分の体に戻る。

 

 少し離れたフロアから、ネーナとティエリアの声とノブレスの思念が響いていた。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。




【参考および参照】
『鬼女速』より、『父さんは今日も母さんのコーラ米に耐えるとするよ』
『育ママ速報』より、『【メシマズ】マズメシ嫁はなんで甘党なんだろうな。』
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