大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
「貴方、『グラハムフィンガー』の人ですよね?」
少女を口説きにかかったグラハムに向けて、女性は何やら恐ろしい爆弾を投下してきた。
いつぞやの
しかし、流石に、一般人には広まっていない。広まっていたらいたで、軍の別方面が大惨事になる。フラッグの技術開発陣が過労死しかねない。
少女を口説いていたグラハムが振り返って首を傾げる。グラハムから解放された少女は、猫のように全身を逆立てて彼を睨みつけていた。
「ああ。確かに、私が『グラハムフィンガー』の人だが」
「貴女は、どうしてその技名を知っているんですか?」
生真面目な顔で回答をしたグラハムを遮るようにして、クーゴは女性に問いかけた。彼女の紫苑の瞳が、どこか無機質にこちらを見返している。
女性はぱちくり目を瞬かせ、蕾が花開くような笑みを浮かべた。神経を尖らせるクーゴとは完全に真逆で、自分がバカらしくなってくる。
グラハムを威嚇していた少女が女性の前に立った。相変わらず、けれど対象者をクーゴにかえて威嚇を続けている。
彼女は女性の護衛役としてここにいるのだろう。見た目は確かに可憐な少女であるが、戦場を駆けてきた兵士を思わせるような殺気が漂ってきた。アンバランスな対比である。
しかし次の瞬間、少女は再びグラハムから口説かれていた。切り替えの早さはグラハムのいいところだが、こんなときに発揮しなくていいはずだ。
世間には『努力の方向音痴』という言葉があるが、奴の場合は『方向性が方向音痴』と言えるだろう。グラハム自身が真面目にやっているから、尚更タチが悪かった。
「乙女座の私には、キミとの出会いにセンチメンタリズムを感じずにはいられない!」
「はぁ!? 貴様は何を言っているんだ!?」
「ところで、キミは何座かな? 先程も言った通り、私は乙女座なんだ」
「俺は、牡羊座だ!」
少女はほぼ反射的に返答した。意外と律儀なのかもしれない。可愛らしい外見とは裏腹に、彼女の1人称は「俺」である。より一層、彼女のアンバランスさが際立っているように思った。
会話のキャッチボール、もといドッジボールが成立したことが嬉しかったのだろう。グラハムはぱっと破顔し、更に少女へ話しかける。ドッチボールは終わらない。剛速球が飛び交っている。
グラハムが口を開けば、少女への熱烈な愛の言葉がぽんぽん飛び出してくる。こいつが女性を口説くときは、ひたすらひたむきにぶつかっていくタイプのようだ。思えば、グラハムは自分の感情をストレートに表現する節があった。
どうしてこうなってしまったのか。クーゴはがっくりと肩を落とした。
先程までは心強い援軍だと思っていた。でも、今となってはトラブルをまき散らす張本人になり下がってしまっている。グラハム本人は無自覚だ。本当にどうしてくれよう。
親戚関係以外で、これ程まで他人のフリをしたいを思ったことはない。こんなことになるなら、同行者を別な人間にすればよかった。
「陽気な人なんですね。『グラハムフィンガー』の人は」
「……あー、まあ、そうですね」
女性は楽しそうにくすくす笑っている。彼女にとってグラハムは“『グラハムフィンガー』の人”という認識らしい。
なんだか固有名詞みたいになってる、とクーゴが思ったときだ。女性はこてんと首を傾げて、言った。
「ところで、コラボ企画のお話をするんでしたよね? 『夜鷹』さん」
クーゴは弾かれたように振り返った。女性は無邪気な微笑を浮かべている。
再びクーゴは身構える。女性は相変わらず微笑んでいた。
すべてを見透かされてしまっているような感覚に、得体のしれない薄ら寒さが走る。
おまけに敵意は一切感じなかった。それが、余計に薄気味悪さを助長していた。
「貴女が、『エトワール』さん、ですか?」
「はい。オフでは初めましてですね」
女性――ハンドルネーム・『エトワール』は、ふわりと微笑んだ。薄緑の髪が風に吹かれ、さらりと揺れる。
どこからともなく、爽やかな香りが鼻をかすめる。初夏に咲く花を思わせるようなそれは、クーゴにとって心地よいものだった。
『エトワール』は屈託のない笑みを浮かべ、クーゴに向けて手を伸ばした。触れ合う手のひらが、妙に汗ばんでいるように思えたのは気のせいだろうか。
ハンカチでしっかり拭いていればよかったと後悔したが、もう遅い。握手が終わり、互いの手が離れる。どこからどう見てもぎこちない動きだ。
何か言わなければ。クーゴはそう思ったのだが、喉につかえてしまったかのように言葉が出てこない。どうやら『エトワール』も同じらしく、困ったように苦笑する。
「私、目が見えないんですよ。だから、あの子に補助を頼んだんですけど……」
「え……」
クーゴは驚いて息をのんだ。目が見えないと自称するのに、『エトワール』の紫苑の瞳は、まっすぐにクーゴを見つめている。
声で場所を特定しているのだろうか。首を傾げたクーゴを見て、『エトワール』はふわりと笑った。
「でも、わかるんです。貴方がどんな顔をしてるかも、どんな服を着ているのかも、全部わかります」
黒髪黒目の東洋人。紺色のニットカーディガンを着て、インナーは薄緑と白のギンガムチェックのシャツ。
グレーのストレートジーンズを穿き、黒と白のハイカットスニーカーを履いている……。
『エトワール』は、クーゴの姿や格好を的確に言い当てた。本当に目が見えないのかと疑いたくなるほど正確だ。
『エトワール』はじっとクーゴを見上げていたが、悲しそうに目を伏せた。
今にも泣き出してしまいそうだ。
「すみません、気持ち悪いですよね」
「いや、そんなことはない。……すごいな、と思って」
素直に感想を述べれば、『エトワール』はきょとんとクーゴを見返した。クーゴの言葉の意味を考えているようだ。
そのすべてを理解し、彼女は安堵したように微笑んだ。春の陽気を思わせるような笑みに、クーゴもつられて微笑を浮かべる。
後ろから、少女とグラハムのやり取りが聞こえた。声は鮮明なのに、何を言っているのか全然理解できない。
風が吹いている。とても心地よい。空は快晴で、人々の行きかう声が賑やかに響いてきた。今日もこの街は今日も平和だ。
自分は一体何を考えているのだろう。そう考えて、これは逃避だったと悟る。明らかに、自分の思考内容が無駄だからだ。
「ええと……」
しどろもどろ。クーゴは現在、この単語がよく似合うような醜態をさらしている。こんなことなら、女性の対応について勉強しておくのだった。
頼みの綱になる(?)はずだったグラハムは、少女を口説くので忙しい。いや、頼んだとしても、女性のあしらい方に特化しているタイプだから、アテにならなかった可能性もある。
『エトワール』は苦笑しながら肩をすくめた後、クーゴと同じようにしどろもどろになりながらも、言った。
「こんなところじゃなんですし、移動しませんか?」
「あ、ああ」
差し伸べられた救いの手に、クーゴは頷いた。確かに、こんな場所で立ち話をし続けるわけにはいかない。
『エトワール』と『夜鷹』は、歌い手同士でコラボをするためにここに来たのだ。野外で録音などできるはずはない。遮音性の高い場所に行く必要がある。
それに、クーゴは“『エトワール』と接触し、情報を引き出す”という目的もあった。
状況は劣勢だ。先程のグラハムがバカ正直に本名を名乗ったせいで、『エトワール』に奴の情報が漏れてしまっている。
「情報を相手に渡さぬようにしつつ、相手からなるべく多く情報を引き出す」必要があったというのに。
潔すぎるのも問題だと思う。そこがグラハムの魅力であり、部下たちが惹かれる理由でもあるのだが。
こういう奴だからこそ、クーゴも彼を憎めない。
たとえ、今まで/これからも散々振り回され、苦労を掛けられようとも。
「せっかくだし、少し話をしないか?」
「断る!」
連れであるグラハムの方へと向き直る。相変わらず、奴は少女を口説いていた。
いいや、口説く段階を超えて、デートを始めようとしている。
彼がここに来た理由は一体なんだったんだっけ。クーゴは遠い目をしつつ、2人の方へ歩み寄った。
「こーら。お前、何しに来たんだ」
大きな息子を持った気分だ。少女の手を引いてどこかへ行こうとするグラハムを彼女をひっぺがしながら、クーゴは苦笑した。
少女の目が訴えている。明らかに管理不行き届きだ、なんとかしろ、お前はこの男の保護者なんだろ? と。対して、グラハムは不満そうに口を曲げていた。
第三者から見たら、『180cmの金髪イケメンが駄々をこねる子どものような顔をして、生暖かい眼差しを向けてきた169cmの東洋人を見下ろす』光景など、さぞかしシュールだろう。
昔から親戚の子どもたちの子守をさせられてきたのだ。駄々っ子の相手には慣れている。
グラハムはぶすっとした顔でクーゴを見返す。
「クー……『夜鷹』。キミは、キミの故郷で有名な故事を知っているだろう?」
「馬に蹴られる趣味はないが、友人が犯罪者になるのを傍観する趣味もないぞ」
「失礼な。私は『まだ』何もしていない」
「おい」
問題発言である。しかも、奴の目は「そんな道理、私の無理で押し通す!」と盛大に宣言していた。
『エトワール』からの眼差しが痛い。彼女のバックにいる人物が“情報を自由自在に操れる”相手だということを考えると、このままではグラハムも“冤罪で職を辞す”危険性がある。
こいつから空を奪ってしまったら、おそらく何一つ残らないだろう。奴は軍人を天職だと思っている。グラハムと一緒に働くクーゴも、彼の才能を見るたびにそう思うのだ。すべてを奪われた男はどうなってしまうんだか。
そこまで考えたとき、歌が聞こえた。調査隊が結成されたとき、クーゴが一番最初に歌った歌だ。
声の主は女性。見れば、『エトワール』が歌っている。気を付けなければ喧騒にまぎれてしまいそうなくらい、小さな声だった。
どうして急に歌いだしたのだろう。クーゴが彼女に問いかける前に、
『会いたかった……! 会いたかったぞ、■■■■ゥゥゥ!!』
聞き覚えのある、男の声。見覚えのある、ユニオンのフラッグ。
『いたか、我が愛しの■■■■よ!』
フラッグは、白と青を基調とした機体に向かって突進する。この場には、他にも■■■■と銘打たれた機体が存在しているのにだ。
いいや。このフラッグのパイロットにとっては、本当の意味で『愛しの■■■■』と呼べるものは、この機体だけだった。
『どれだけの■■■■が現れようと、私の心を射止めたのはキミ……。美しき光と共に、我が眼前に降り立ったキミだ!!』
あまりにも単純明快な理由。しかし、パイロットにとっては、それこそがすべてである。
同名の機体にふらふらしたのは、愛しの■■■■と呼べるこの青い機体が、彼が駆ける戦場にいなかったからだ。
『彼、メロメロなんですよ』とは誰が言ったのか。聞き覚えのある声だったのに、それが誰なのか見当がつかない。
戦場は変わる。砂漠の中から、大気圏内へと。
異種生命体が牙を剥く。エゴまみれの人間に愛想を尽かし、彼らは侵攻を開始していた。遊撃部隊がそれを倒し、少年と少女の道を切り開こうとしている。
そこへ乱入したのはやはりフラッグだった。■■■■と対抗できるカスタマイズを受けた2機のフラッグが、遊撃部隊に攻撃を仕掛ける。
指揮官機の狙いはただ1機。パイロットである男が恋い焦がれた、『愛しの■■■■』だ。
そして、パイロットは盛大に宣言する。
彼が■■■■に焦がれた理由を。
ついに理解した、執着の答えを。
『この気持ち、まさしく愛だ!』
『愛……!?』
『愛ィ!?』
「愛ィ!?」
そんな言葉が飛び出してくるなんて、誰が予想できるか。超展開にも程がある。
味方からもこんな反応をされているというのに、フラッグのパイロットは本気らしい。言葉を続ける。
『だが愛を超越すれば、それは憎しみとなる! 行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように!』
おかしい。もうこの時点で何かがおかしい。何がおかしいのか説明できないが、はっきりとそう断言できた。
『彼』と同じタイプのフラッグを駆るパイロットは、愕然と『彼』の姿を眺めている。ついに恐れていた事態が起きた。
薄々感づいていたのに。『彼』の副官として傍にいたというのに。自分は、その姿を眺めていることしかできなかったのだ。
遊撃部隊とは一時休戦したはずなのに、『彼』は戦いをやめようとは思わなかった。そんな『彼』を心配して、自分はここまで来た。
■■■■を駆る『彼女』たちが問う。もう終わったはずなのに、と。自分もそう考えていた。だが。
『まだ何も終わっていない! 私とキミとの関係は!』
『奴』はそう叫ぶなり、攻撃態勢に入る。
副官が『彼』の名前を呼んだが、『彼』はもう振り返らなかった。『愛しの■■■■』と『彼女』へ向かって突き進む。
それを間近で目にした少女が身を震わせている。文字通り「ドン引き」していた。少年が少女を励ます。
こちらも同じ気持ちなのだが、少女とは違って励ましてくれる相手などいない。『彼』を止められない、出来損ないの副官には相応しい末路だろう。
しかし、もう1機の乱入者が現れる。それに伴い、『彼』の進軍は止まった。
そちらは件の少女と少年の関係者のようだ。どうやら、異種生命体と世界滅亡の鍵は少女にあるらしい。
男の誘いを蹴り、男と戦う。愛する少女のために少年は決断した。
少年は少女を守り、少女は少年を信じる。若い2人が育む愛に、副官は胸を痛めた。
本当ならば。若者たちと形は違えども、『彼』もそんな風に『彼女』を想うはずだったのに。想っていたはずだったのに。
何を間違ってしまったのか、どうすればいいのかさえ、もうわからない。ハンプティ・ダンプティ。マザーグースの歌が頭を駆ける。
『彼はわかってるよ。愛を超越した憎しみの意味を』
『貴様もエゴに囚われた人間か……!』
噛みしめるように『彼』は言った。『彼女』は険しい表情で『彼』を見返す。
ならばどうする、と、『彼』は問うた。お前を討つ、と、『彼女』は答えた。
それでこそだ、と、『彼』は笑った。それは間違ってる、と、副官は言えなかった。
少年と少女が男と激突する。それとほぼ同じタイミングで、『彼』と『彼女』も戦いを始めた。
『貴様は歪んでいる!』
『そうしたのはキミだ! ■■■■という存在だ!』
その言葉に、『彼女』はひどく傷ついた顔をした。変わり果ててしまった『彼』の姿に、赤銅色の瞳が悲しげに揺れる。
いつもは(本人曰く)愛の力で『彼女』の変化に目ざとく気付いていたのに、『彼』はもう、彼女の感情など見ようともしなかった。
いいや、違う。変わってしまった『彼』にはもう気づけないのだ。『彼女』を見ているが故に、『彼女』の心に気づけなくなっている。
『彼』の頭の中にあるのは、『彼女』を倒すという決意と意志。
もう、それだけだ。それだけが、『彼』をこの
だから自分は戦うのだ、と、『彼』は叫んだ。お前も世界の一部だろうに、と、『彼女』は問う。
ならばそれは世界の意志だ、と、『彼』は返した。違う、と、『彼女』は『男』の歪みを断じる。
その歪みを『自分』が断ち切る、と、『彼女』は宣言した。よく言った、と、『彼』は笑った。
こんなの間違ってる、と、副官は呟いた。その言葉は、2人のどちらにも届かなかった。
『……なんでだよ』
「……なんでだよ」
やりきれなくて、副官が呟く。クーゴも彼と同じだった。
クーゴの脳裏に、副官の想いがフラッシュバックした。『彼』と『彼女』の恋愛ごとに巻き込まれ、なし崩し的に仲人的な役回りをする羽目になり、走り回っていた日々。
思えば、このときが一番楽しい時間だった。幸せな時間だった。平和の象徴、そのものの光景だった。なのに、どうして、こんな末路が待っているのか。
『俺は、認めないぞ』
副官は操縦桿を握り締める。視線の先では、『彼』と『彼女』が戦っていた。
『こんなの、絶対に認めない……!』
フラッグが赤い粒子をまき散らした。友人がチューンナップしてくれた、特別性のフラッグだ。
これが搭載されているからこそ、自分や『彼』のフラッグは■■■■と対等に戦える。この推進性があれば、2人の間に割り込むことも可能だ。
止めなければ。『友人』が間違った道を突き進もうとしているのを、黙って見ていることなんてできない。
やめろ、と、副官は言った。この場で戦う遊撃隊たちや2人には聞こえなかった。
やめろ、と、副官が言った。異種生命体と戦っていた純白の■■■■がこちらを向いたが、2人は戦いを続けていた。
やめろ、と、副官が言った。操縦桿を握り締め、文字通り2人の元へと突撃する!
『――やめろって、言ってんだろうがァァァァァァァァァァァァァ!!』
「――やめろって、言ってんだろうがァァァァァァァァァァァァァ!!」
クーゴは大声でそう叫ぶと、そのまま2人の方へと突っ込んだ。突然の乱入者に、グラハムと少女がぽかんとクーゴを見返す。
会話のドッジボールは既に止まっていたらしい。だが、クーゴには息を荒くする理由もなければ、体にのしかかってくる疲労感の出所もわからなかった。
もしかしたら、先程見た
歪んだ笑みを浮かべた男が見えた。彼の顔は、どんな顔だったか。特徴がはっきりしてきた。金色の髪に、翠緑の瞳。あの姿には見覚えがあった。
目の前でこちらを見るグラハムの姿に、よく似ている。ぱちくりと目を瞬かせるグラハムと目があった。
彼が、あんな歪んだ笑みを浮かべる? そんな姿、クーゴには全然想像できない。
『想像しろ』
不意に、誰かの声が耳をかすめた。
『想像できないなら、そこにあるのは死だ』やら『俺も想像力が足りなかったか……』と、立ちはだかる敵兵が言ってきた気がする。
勿論、その組織のトップに立つ男も言っていた。『想像力を失った人類は、滅亡の運命から逃れられない』と。
『想像しろ』と常々語っていた男であったが、彼もまた、後に『俺も想像力が足りなかった』と苦笑することになる。
最も、“あの戦い”では、自分たちの想像力なんて軽く凌駕することばかり起こったのだが。
考えるだけで気が遠くなってきた。クーゴは大きくため息をつく。
「『夜鷹』さん」
ハンドルネームを呼ばれた。振り返れば、『エトワール』がじっとこちらを見上げている。
ああそうだ。自分たちは、場所を移動しようとしていたのだ。すっかり忘れていた。
『エトワール』が少女を呼んだ。彼女は頷き、『エトワール』の傍に控える。その立ち振る舞いは、まるで姫を守る騎士のようだ。
こちらもそれに倣い、グラハムの名を呼ぶ。彼はぼんやりと自分たちを見返していたが、ややあって、ぽんと手をたたいた。
悩み事に対する答えを見つけた子どものような顔。あれ、と、クーゴは思った。なにやら嫌な予感がする。
それは、見事に正解した。
「そうか、そういうことか」と笑いながら、グラハムは再び少女を見た。少女は反射的に身構える。
「この気持ち……これが、愛……!!」
あかん。
クーゴは反射的にグラハムの首根っこをひっつかんだ。これ以上、こいつに発言させてはいけない。
『エトワール』と少女が、困り果てた顔でクーゴたちを見返す。本当に申し訳なかった。
◆
月に一撃。
監視者という名の支配者どもに、鎮魂歌が贈られた。
「あれは……レクイエムか!?」
それを目視で確認し、クーゴは思わず声を上げた。前大戦で、ギ□バート・デュラン□ル議長が地球に向けて討とうとしていた衛星兵器である。
現在、レクイエムはオー■の所有する兵器となっている。ラク□や□ガリらの意向を考えると、二度と討たれることはないと思っていた。
他の仲間たちも驚きの声を上げる。特に、自分たちに戦いを挑んできた加■機関の面々に至っては、衝撃を隠しきれない。
驚く面々に、□神が真実を話し始める。長い時間をかけて練り上げた、彼とジ■ダの作戦を。
元仲間の□藤や■ルテ■■ット・クロスをだまし、裏切ったふりをしてまでも組み上げた作戦。すべては、人類を救うためのものだった。
加□が人類の敵になることで世界を救おうとしたのなら、石□は□藤の敵になることで加□と人類を救おうとしていたのだ。
「いやぁ~、上手くいって良かった良かった。これで連中は丸裸も同然!」
石□の笑い声が響いた。自分の作戦が成功したことに喜んでいるらしい。
日本には『敵を騙すにはまず味方から』という諺があるが、□神はそれを地でいく作戦を展開していた。
「主君を裏切ってまでも、主君の大義を成就させようとするとは……。あれぞ、真の忠義! 真のサムライスピリッツなのだな!」
「グラハム、ブシドー入ってる」
間違ってはいないけど、TPO的に脱線しかけたグラハムを制す。
ピンポイントで痛いところをぶち抜かれた彼は閉口した。何かを察した『彼女』が、ひっそりと通信でフォローを入れる。
ただ、フォローがうまく機能しなかったらしい。ますますグラハムがしょげてしまっていた。
閑話休題。
「だからあのとき、ちゃんと言ったじゃないですか。『安心して待っててください』、ってね……」
通信越しから響く、石□の声。悪戯っぽく笑う顔が見えてしまい、クーゴは苦笑した。
茶目っ気たっぷりな男でドッキリが好きそうな人だと思っていたけれど、流石にここまでとは予想外だ。
彼らから言わせてもらえば、クーゴもまた『想像力が足りなかった』ということだろう。
常日頃から『想像力』を語っていた加□にしてみれば、これ程までに(いい意味で)皮肉な現状はない。感極まった声で、彼は旧友の名を呼んだ。
□藤の腹心へ戻った石□は、彼へ注意を促した。鎮魂歌を1曲贈ったところで、ヒ■マキナは殲滅できるほど甘くない。
2回目の正直。転送フィールドが展開し、ヒトマキ■が姿を現す。
「な、なんだよ、あれは……!?」
ロ□クオンが、奴を見て情けない声を上げた。
「め、めっちゃデカイ赤ちゃんやん!」
□ズナが口元をわななかせる。
「どっちかというと、『赤さん』表記の方が相応しそうなナリだな……」
「ああ、まさに外道な方の……」
クーゴがぼやき、□□□も同意した。『赤さん』とは、満面の笑みを浮かべた赤ちゃんが「まさに外道」な発言をしている画像を指す。
その答えに「正解!」と宣言するかのように、■トマキナが咆哮した。すさまじいエネルギーが吹き荒れる。
次の瞬間、□ンが率いていた部隊が吹き飛んだ。次々に彼らの断末魔が響き渡る。ジ□の悲痛な叫びが響いた。
なんて破壊力だ。おまけに見た目が赤ん坊のため、人間である自分たちにはとてもやりにくい。それが月に陣取るヒトマ■ナたちの狙いなのだろう。
案の定、仲間たちは躊躇っているようだった。アルテ■メット・クロスの面々を鼓舞するように、JUDAに抑留されていた□ャックとレ□ナーが激励を飛ばした。
戦場に現れた彼らの姿に、マ□キが驚きの声を上げる。2人は面々に、□神の真実を告げる。「自分たちの敵は同じだ」と。
□サキのところに、個人回線で通信が入る。
石□曰く、「預けていたものを返してもらう」とのことらしい。
「僕に……預けていたモノ……?」
マ□キが首を傾げた。次の瞬間、戦場に新たな戦士が降り立つ。
「俺は■藤機関、私設部隊一番隊隊長……石□ □生! ――参る……!」
彼の駆る機体は、■トマキナの群れへと突っ込んでいく。文字通りの獅子奮迅。次々とヒトマ■ナをなぎ倒していった。
仲間たちが茫然としている。それもそうか、石□が突然、加■機関の隊長だと名乗ったのだ。
■藤機関は、■ルティメット・クロスの敵である。□神は自分たちの敵になったのか、と、彼らはオロオロしているようだ。
そんなことはない、と。
クーゴが叫ぶよりも先に、仲間たちを一喝した者がいた。
「なに言ってるんだよ! 俺たちの本当の敵は、目の前にいるじゃないか!」
浩□の言葉に、仲間たちはハッとした様子で彼を見た。そして、強い決意を宿した眼差しでヒ■マキナを睨みつける。
□藤は動かない。自分がしてきたことの間違いや、彼の恩師の言葉の意味を突きつけられて悩んでいるのだろうか。□一は□藤を叱咤する。
本当に倒すべき敵を見出した加□は、ア■ティメット・クロスの面々を見て頷いた。強い意志を秘めた視線は、寸分の狂いもなくヒ■マキナを射抜いていた。
「加■機関、全隊員に次ぐ! これより我々は、全力でアルティメッ■・クロスを援護する!」
王道展開とはこのことを言うのだろう。仲間たちが驚きと喜びに沸く中、クーゴは場違いなことを考えている自覚はあった。
「ナイスな展開じゃないか!」と浩□が笑った。正義の味方に憧れる彼らしい台詞である。その若々しさと熱い思いが、運命を切り開くのだろう。
加■機関の面々が戦術フォーメーションを組む。動いたのは、彼らだけではなかった。その場に居合わせていたジ□とア□ルもまた、ヒト■キナ掃討のために手を貸してくれるらしい。
この場にいる誰もが、戦うべき敵を見つけ出した。
しかも、その敵は同じ相手。協力しない手はない。
「みんな、行くぞぉぉぉぉっ!」
アニ□スの号令に従い、アルティメット・クロ■の面々が飛び出していく。
『彼女』の後に続いてグラハムが空を翔る。ならば自分は、と、クーゴは振り返った。純白の機体越しに、彼女と顔を合わせて頷く。
飛び出したクーゴのMSに続き、白い機体も空を駆る。システムを起動した彼女の機体の周囲に、美しい光輪が出現した。
大丈夫。もう、自分たちは視線を外すことはない。□藤も石□も、アニ□スとジ□も、確かに同じ場所を見ていた。
操縦桿を握る手に力を込める。グラハムと『彼女』の連携の間を縫うようにして、クーゴも彼女と共に戦場を駆けた。
狙うは人類を監視するヒト■キナたち。これ以上、奴らの好き勝手にさせてたまるものか。
「さぁて、奏でてやろうヒト■キナ! お前たちへの
「そして、私たちの勝利をもって、明日への凱歌を歌いましょう!」
「いいなそれ! 約束だ」
「はい! 『夜鷹』と『エトワール』のコラボです。張り切っちゃいます」
クーゴと彼女は笑い合い、ヒトマキ■へ攻撃を仕掛けていった。
◇
「……その結果が、これなのかい?」
「そんな目で俺を見ないでくれ、ビリー」
何とも言い難そうにしているビリーに、クーゴはこめかみを抑えて息を吐いた。
「キミとの逢引が無理なら、恋文を贈らせてもらおう! この想い、メールに乗ってキミに届け!」
グラハムはそう言って、端末のボタンを押した。ピロリン、と、送信を告げる音が響き渡る。
相変わらず大仰なリアクションだ。恋は盲目と言うが、奴の場合は所構わず迷惑をかける方向に走るようだ。
数時間に1回、最低でも1日10通近いメールを送っているらしい。稀に返信が来るようで、その度に大喜びではしゃぐ。
クーゴはため息をついた。この1週間で、何度ため息をついたのか思い出せない。
グラハムの声をなるべく遮断しビリーの声を聞きとるため、クーゴは片耳にのみイヤホンをしている。BGMは、『エトワール』と『夜鷹』がコラボした歌だ。
「『俺も想像力が足りなかった』か」
この歌から拾える
認めよう。この事態を想像できなかったクーゴには、想像力が足りなかった。グラハム・エーカーは、常に予想の斜め上をかっ飛んでいく男だと知っていたはずなのに。
しつこくてあきらめの悪い男だと、長年の付き合いで熟知していたはずだった。自分はまだ、彼のことを知っているようで知らなかったらしい。
「“『エトワール』と一緒に歌を歌った場合、映像媒体からでも
ビリーは苦笑した。クーゴも肩をすくめる。
「そして、何人が“身に覚えのない犯罪容疑”で職を辞す羽目になるんだろうな」
「辞職者多数で壊滅する軍なんて前代未聞だよ」
『エトワール』、あるいは彼女についている後ろ盾がやりそうな気がする。上層部もそのことを懸念していた。
最近、やっとこさ軍のイメージを回復してきたところなのだ。同じことをして、またダメージを喰らうなんて御免こうむる。
クーゴが上層部の人間だったとしても、同じ決断を下すだろう。悩みに悩みぬいてのことだろうが。
彼女のおかげで、
端末へと目を落とす。『エトワール』が送ってきたメッセージが表示されていた。『先日は楽しかったです。またコラボしましょう』というものだ。
次はどんな曲を一緒に歌おうか。自然と浮足立ってくる。
ふと顔を上げれば、グラハムとビリーが生暖かい眼差しを向けていた。まるで、保護者が息子の様子を見守っているかのようだ。
ビリーがクーゴにそんな眼差しを向けるなら理解できる。だが、自分より年下で「年齢+歳児」という言葉が似合うグラハムに、そんな眼差しを向けられるのは納得できない。
しかも奴は、つい数分前まで絶叫しながらメールを送っていた男なのだ。なんだか自分が負けたような気がする。クーゴがむっとしたとき、端末が鳴り響いた。
差出人は『エトワール』。途端に、ビリーとグラハムが端末を覗き込んできた。
今度のオフ会に関する相談内容である。どうやら、次のオフ会にも、グラハムが想いを寄せる少女が同行する予定だそうだ。
「おお……!」
グラハムが目を輝かせた。
「運命の女神は、私に味方してくれるようだ! クーゴ、次のコラボは!? オフ会はいつだ!?」
「お前……」
クーゴはげんなりと顔をしかませた。またため息が出る。
やれやれ、と、ビリーも肩をすくめた。本当にしょうがない。
「グラハムは、運命の女神さまに愛されているんだねぇ」
「俺は貧乏神に好かれてるみたいだけどな。とんだとばっちりだよ」
端末に向き直ってメールを打つグラハムの背中を見つめて、クーゴとビリーは苦笑した。
おそらく、件の少女にメッセージを送るんだろう。彼女も大変だ。こんな変人に好かれてしまうだなんて。
その一端を担ってしまったことに罪悪感を抱えつつも、クーゴにはどうしようもなかった。
◆
このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。
「しかし、AEUは豪気だよ。人革の10周年記念式典に、新型の発表をぶつけてくるんだから」
「……なんだ? あの機体」
(あれは、見覚えがある。……どこで?)
「そうか、
「失礼!」
「な、何を……」「『失礼』だと言った」
「言えばいいという問題じゃないだろう。ああ、連れが申し訳ありません」
「――ガン、ダム? あのMSの名前か?」
『はじまり』の日が、刻々と近づいてきていることを。
「キミの親戚が取り扱うキモノはすごいな! どうだ、似合うか?」
「ああ。意外と派手な色が似合うんだな、お前って」
「意外とは何だ、失礼な」
「この陣羽織なんかいいんじゃないか?」
「うむ、気に入った! 購入だ!」
(…………でも、この陣羽織、どっかで見たことあるなぁ)
「キミの親戚の店で売っていた、この仮面に惹かれてな。つい衝動買いしてしまったよ!」
「へぇ。顎まで隠すタイプと目元だけのタイプ、2種類か」
「どちらも精巧な出来だ。惚れ惚れするな……」
(…………あの仮面、どこかで見たことあるんだよなぁ)
何かのフラグが着々と立っていることを。
「マクロスシリーズは神。歌で人の心をつなげて銀河を救うんだもの。異論は認めない」
「だからキミたちは、こんな方向に進化したんだな」
「来るべき対話のために、人を革新させようとする貴方と似たようなものでしょ?」
「ははははは。そんなぶっ飛んだ考えを持つキミが好きだよ」
「奇遇ね。私もそんな貴方が大好きよ、イオリア」
「よし。じゃあ、今日も愛を育むことにしようか」
「オーライ! 出撃準備に取り掛かる!」
「…………お願いだから、騒音対策をきちんとしてほしいんだけど」
「諦めろリボンズ。あの2人、既に自分たちの世界に入ってるぞ」
「キミもそのつもりでいるんだろう? レイ。キミの妻が部屋でスタンバイしてるのを見かけたよ」
「何を当たり前のことを言っているんだ。当然だろう。じゃあ、妻が待ってるから、これで。――E.A.レイ、いきまーす!」
「…………これが、『リア充爆ぜろ』という感情か」
「腹が立ったから、とりあえず明日は嫌がらせに赤飯を炊こう。そして、『目指せ、実子で野球チーム結成』『あと■人』って垂れ幕垂らしてやるんだ」
「あのバカップル夫婦2組は、どんな顔をするのかな? 想像するだけで楽しみだよ。……ふふ、フハハハハハ!」
遠い日に、こんなやり取りがあったことを。
「『またどこかで出会ったとき、彼女に胸を張れるような人間になる』のが、目標かな」
「『またどこかで出会ったとき、彼に胸を張れるような人間になる』よう、努力を続けるつもりでいます」
『
クーゴ・ハガネの災難は、ここから始まる。