大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
「会いたかった……! 会いたかったぞ、ガンダムゥゥゥ!!」
ユニオンのフラッグファイターの中で、一際異様なテンションを纏う人間が1人いる。オーバーフラッグス隊の隊長、グラハム・エーカーであった。
奴に名前を呼ばれたガンダムパイロットたちは、皆一様に険しい表情を浮かべる。特に、ソレスタルビーイングに所属する、白と青基調の機体を駆る少女――刹那が。
AEUのイナクトお披露目会で出会った当初から、奴はガンダムタイプの機体にご執心だった。クーゴや他の面々が、困った様子で顔を見合わせる程度には。
それ以前に、グラハムは刹那という少女に対して愛を叫んでいた。巻き込まれたクーゴが頭を抱え、ビリーが能天気に笑い飛ばしてしまう程度には。
一途といえば聞こえがいいが、その一途さがたいへんなことになっている。現状のカオスさを、より一層引き立てているように思えた。
理由は簡単。
この場にガンダムと名の付くものは、この場に『いくらでも』いたからだ。
ソレスタルビーイングが駆る機体もの、コロニーの面々が駆る機体もの、異世界からやって来たもの等、様々だ。グラハムはガンダムと名の付く機体なら、大喜びで突っ込んでしまうのだ。彼の歪んだ笑みが、見たくもないのに見えてしまう。
この多元世界には様々なロボットたちが集っている。自分たちが知らなかっただけで、世界にはガンダムと名の付く機体は沢山あった。ガンダムに執着を持っているグラハムには、色々と思うところがあるらしい。
しかし、「ガンダムがこんなにも! ああ、目移りしてしまうなぁ!!」なんて叫びながらも、グラハムはただ1人をロックオンしていた。
「私の邪魔をする者は故事にのっとり、馬に蹴られるものと思え! うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「た、隊長ー!?」
「自分で陣形乱してどうするんですかー!?」
「ちょ、マジかよおい!?」
フラッグファイターを束ねる隊長でありながら、自ら率先して突っ込んでいく。あまりの暴挙に、ハワードとダリルが茫然と口を開けていた。出鼻を挫かれたジョシュア等、他の部下たちも反応に困っているらしい。正直言って、クーゴからしてみればいつものことであった。
迷うことなく操縦桿を動かし、クーゴはグラハムののフォローへ向かう。その後ろ姿に我を取り戻したらしく、オーバーフラッグス部隊も動き出した。ガンダム――あるいはZEXISたちを包囲し、攻撃を繰り出していく。視界の端で、グラハムと刹那が対峙していた。
「いたか、我が愛しのガンダムよ!」
「なんであんたが俺の方に来るんだ……!」
嬉々としたグラハムとは対照的に、刹那は困惑する。他にもいっぱいいるんだからそっちへ行け、という声が『聞こえて』きそうだ。
「どれだけの“天使”が現れようと、私の心を射止めたのはキミ……。美しき光と共に、我が眼前に降り立ったキミだ!! あの日の甘美なときめきが今の私の胸にある……! そう……それこそが、私をこうも突き動かす!!」
「……何故俺は、こんな奴が好きなんだろう……!?」
愛を熱弁するグラハムと、顔を真っ赤にして頭を抱えたそうにしている刹那。オフ会で顔を合わせた2人のやり取りと、怖いくらいに一致している。「愛を語るには叫ぶ必要がある」を地で行くグラハムと、「愛は惜しむ程大切にすべきだ」を地で行く刹那のやり取りだ。
だが、今の2人は追う者と追われる者同士である。己の立場を忘れていない2人の心を表すように、フラッグとガンダムが激しくぶつかり合った。グラハムも刹那も、公私はきちんと分けるタイプであった。見ていて不安になるほど、すっぱりと割り切っていた。
火花を散らし合う両機を視界の端に捉えつつ、自分も対峙すべき相手の元へ向かう。彼女が駆る機体は、すぐに見つかった。純白のガンダム、スターゲイザー。イデア・クピディターズが駆る機体である。
クーゴのフラッグは、鞘からガーベラストレートとタイガー・ピアスを引き抜き、構えた。次の瞬間、スターゲイザーの周辺に青い燐光が舞った気がする。感じ取った違和感に、クーゴは思わず眉をひそめた。
もう一度確認する。純白の機体には何も起こっていない。では、先程の青は何だったのか。見間違い? ――いや、今はそんなことよりも、戦いに集中するのが先決だ。クーゴは即座に操縦桿を動かした。イデアもこちらの気持ちを察したのか、微笑んでくれたような気がした。
「本気で行くぞ!」
「迎撃します!」
こちらの戦いも、火蓋が切って落とされた。
*
――そして、フラッグは次々と撤退していく。
クーゴとイデアは、お互い満身創痍に等しかった。あと一撃で勝負が決まるだろう。
そのとき、視界の端で何かが爆ぜる音が響く。見れば、グラハムと刹那の決着がついたらしい。
グラハムのフラッグが悲鳴を上げている。軍配は刹那とガンダムに挙がった。
「それでこそ、私が命を懸けて恋い焦がれるだけの相手だ!」
グラハムは相変わらずの様子だった。むしろ、更にノリノリになっている気がする。
その様子に、クーゴは萎むように息を吐いた。脱力して肩を落とす。
「現在進行形で、墜とされかけている側が言う台詞ではないだろう」
「む。キミは無粋だな。今いいところなのに」
「どこがだ。愛の言葉はいいから、撤退するぞ」
「相変わらずひどいぞ」
自分たちが撃墜寸前だというのに、こうもまあ、能天気な会話をしていられるものだ。当事者でありながらも、クーゴは他人事のように考えていた。
スターゲイザーから離れる。イデアは戦場におけるマナーを守っているようで、撤退する相手への追い打ちはしなかった。彼女だけではなく、ZEXIS全体に言えることである。
ハワードを退けた
世間は彼らを目の敵にしているけれど、本当に彼らは“世界を混沌に導く存在”なのだろうか。彼らを倒せば、本当に世界は平和になるのだろうか。誰かの悪意が、ZEXISを貶めていると言った方が正しいような気がしてきた。
相手の器の、なんとまあでっかいことか。
クーゴは肩をすくめた。そうして、相棒に撤退を促す。
グラハムは相変わらず刹那のガンダムを名残惜しそうに眺めている。
ややあって、グラハムのフラッグも引き上げの態勢に入る。が、去り際に刹那を見た。
2人が対面しているような錯覚に駆られていたとき、何を思ったのか、グラハムはZEXISに大音量で通信を送る。
「また会おう! それまで誰の手にも落ちるなよ、我が愛しの君“たち”よ!」
言い残し、グラハムのフラッグが撤退した。クーゴとクーゴが翔るフラッグの動きが止まる。
いつの間にか、撤退を促していた自分とグラハムの立場が入れ替わっていた。
お前、一途じゃなかったの? と、喉の奥からこぼれ出てしまいそうになるのを堪える。間髪入れず、グラハムは付け加えた。通信先は全体ではなく、ただ1人――刹那・F・セイエイへ。
「――次こそは、キミを釘付けにしてみせるさ。他の誰でもない私がな」
グラハムは、視界の端にちらつく蜘蛛のような赤いMSを睨みつけながらそう言った。PMCトラストのアリー・アル・サーシェスが操縦する機体。確か、アグリッサとか言っていたか。
奴は、小学生の社長がパイロットを務める機体と鍔競り合いを繰り広げている。他の機体を倒した民間の地球防衛ロボも加わった。グラハムは通信越しに彼女を促す。サーシェスと刹那の間にある“何か”を察したかのように。
グラハムの指摘に驚いた刹那が息を飲んだ様子が『視えた』。ややあって、刹那の翔るガンダムが、アグリッサへと向かった。民間のロボが引き、入れ替わるように刹那がサーシェスと対峙する。こちらを見送っていたイデアが、名残惜しそうに刹那の援護へと向かった。
物珍しい光景に、「ああ、こいつも大人だったんだよなぁ」なんて、失礼なことを考えた。
普段がアレなので子どもっぽく思われるが、グラハムは今年で27歳。アラサーと呼ばれる年齢である。
「どうした、撤退しないのか?」
「あ、ああ」
気づけば、通信回線にグラハムの顔が映し出されていた。滅多にない程神妙な顔つきに、クーゴは面食らう。
グラハムとは長い間、相棒や親友という関係を築いてきた。彼のことは熟知していると思っていたが、どうやら自分もまだまだだったらしい。
クーゴは苦笑し「なんでもない」と告げた。激化する戦場に、自分たちの居場所は無いに等しい。再びその権利を得るためにも、生きて帰投しなくては。
そう思った次の瞬間、
『――見つけた! おれたちの獲物だっ!!』
子どもの声。間髪入れずに背中を駆けた悪寒に従い、クーゴは慌てて操縦桿を動かす。先程まで無茶をやらかしていたフラッグが、さらなる無茶に悲鳴を上げる。それでも機体はクーゴに応えてくれた。
目の前の砂漠が爆発した。あと一歩フラッグの反応が遅かったら、クーゴのフラッグは砂塵もろとも吹き飛ばされていただろう。何事かと振り返れば、赤い粒子をまき散らす4機の機体が姿を現した。
奴らは撤退するユニオンフラッグ――特に、クーゴが所属する『オーバーフラッグス部隊』を優先的に狙っている。クーゴやグラハムも、もれなくその対象にされた。戦場を蹂躙する新手に、三大国家もZEXISも振り回され始める。
しかも、新手は更に新手を呼ぶ。実戦配備されていたMDたちが、襲撃者に呼応するかのように反旗を翻したのだ。
三大国家の軍もZEXISも関係ない。予想の斜め上を行く大混戦である。
視界の端で、ランディのフラッグが消し飛ばされたのが見えた。スチュアートのフラッグが串刺しにされて爆散する。2機とも、満身創痍で帰投しようとしていた最中だった。
(っ、こいつら!!)
クーゴは歯噛みする。大切な仲間を奪われて、黙っていられるはずがない。もうちょっとだけ無茶できるかとフラッグに問えば、軋んだような音がした。
了承。グラハムを見れば、相棒共々やる気のようだ。互いの好敵手とのリベンジマッチを成しえるためにも、今回は絶対に逃げ延びねばならないだろう。
撤退する友軍を守りつつ、自分たちの前に立ちはだかる新型を撃破する。戦いで一番難しいといわれる、殿戦。
できるか、ではない。やるのだ。やらねば、自分たちに明日は来ない。クーゴはちらりとグラハムを『視』返した。
カメラアイ越しから顔を見合わせ、頷く。そうして、2機のフラッグは新型と対峙した。
◆
「――あれ?」
クーゴは目を瞬かせた。
イヤホンから流れていた音楽は、クーゴの十八番である“はじまり”の歌だ。“多元世界技術解析および実験チーム”が結成されたとき、あるいはクーゴが歌い手の『夜鷹』として動画サイトにUPしたときに最初に歌った曲である。
この曲から『視える』
(三大国家によるガンダム鹵獲作戦前は、俺とグラハムがイデアや刹那と顔見知りだったり、新型が湧いて出たりした場面はなかったはずなのに)
これは一体どういうことだろう。クーゴは首をひねったが、専門外である自分では何も思い当たる節が見当たらない。
今、クーゴができることは、この
外の景色は快晴。悪意渦巻く世界とは打って変わって、のんびりとした天気である。今日は絶好のリハビリ日和だろう。ハワードが頑張っている姿が『視えた』。
そこへ、ダリルやアキラ、ジョシュアの3人が顔を出す。ハワードはジョシュアの飯テロを警戒していた。今日は何もないことを知ったとき、ジョシュア以外の全員が思いっきりガッツポーズした姿が『視える』。対して、ジョシュアはちょっとだけ泣きそうな顔をした。
前回の『豆のポタージュ(原材料:
現在、ユニオン軍は立て直しのために、てんやわんやの大忙しである。自分たちの基地を壊滅させられたのだから、当然のことだ。
人員の整理や整備の復旧など、やらねばならないことは沢山あった。その合間を縫って、クーゴとグラハムは戦友の見舞いに足を運んでいた。
その分、イデアたちと連絡を取ったりオフ会をする機会はめっきり減ってしまったように思う。互いに多忙のため、致し方ないのかもしれないが。
「休憩時間くらい、休憩したらどうだ」
「その言葉、そっくりお前らに返すよ。休日も休憩も返上して、頑張ってるじゃないか」
やっとこさ、本日のノルマを片付けたグラハムとビリーが顔を出す。片やユニオンのトップガンとして、片やユニオンの誇る最強の技術者として、2人は多方面にわたって駆けずり回っていた。
「昔から思っていたんだが、キミは自信を過小評価し、他者を過大評価する傾向があるな」
グラハムが肩をすくめる。何故そんなことを言われるか、クーゴにはまったくもって身に覚えのないことだ。それを聞いたビリーがうんうん頷いた。
「謙遜も度が過ぎると嫌味になるっていうからね。僕らはそう思わないけど、中にはそう思っちゃう人もいるかも知れないし」
ビリーの言葉が引き金となったのだろう。クーゴの脳裏に、蒼海の姿がよぎった。
何をやっても蔑まれ、馬鹿にされ、努力も頑張りも踏みにじられ続けた姉。彼女が頑張っていた姿を、クーゴは一番近くで眺めていた。その強さも、脆さも、悲しみも、そのすべてを目の当たりにしてきた。
病弱でひ弱なクーゴばかりが可愛がられ、褒めちぎられ、もてはやされる。そんな理不尽を、蒼海は一番近くで見てきた。自分の努力を正当に評価してほしいと、彼女はいつも願っていた。クーゴも、彼女のことを『正しく』評価してほしいと願っていた。
姉は自分なんかよりも優れている。それを周りの大人たちに主張しても、彼らは何も変わらなかった。むしろ、『蒼海がクーゴを脅して言わせた』と取ったらしく、姉への蔑みや虐めは悪化した。多分、それで、蒼海はクーゴのことを恨んだのだと思う。
理不尽なことを平気で行う大人の姿を見て、クーゴは大人になった。そんな中で、思ったことがある。
頑張っている人の頑張りを、ちゃんと目に留められる人間になりたい――その願いは、今、どうなっているだろう。
自分よりも素晴らしい人がいる。その人たちこそ、認められてしかるべきだ。
当たり前のことを知ってほしくて、クーゴは必死になってきたけれど。
それが逆に、うまくいかない原因だったのなら。
「――ああ、だから俺は失敗したのか。……やっぱりダメだな」
クーゴの口から、ぽろりと言葉が零れた。その言葉が何を意味していたのか、グラハムとビリーは何となく察してしまったらしい。しまった、と、苦い表情を浮かべた。
本当のことを言ったからといって、誰もが幸せになれるわけではない。嘘をついたからといって、誰もが不幸になるというわけでもない。……世界は、今日も難しい。
嫌な空気が漂う。これからどうすればいいだろうか。
「そうだ。これから、カスタムフラッグの整備に行くんだ。グラハムも立ち合いたいってさ。折角だし、クーゴもおいでよ!」
幾何かの沈黙の後、ビリーがわざとらしく声を上げた。性根が「可哀想なくらい素直すぎる」彼が、物凄く頑張っていることは明らかである。
「自然体でやってますよ」と主張していて、それがかえってぎこちない。失礼な言い方になるけれど、そんなビリーの様子が笑いを誘った。
今ここでビリーのオーバーワークを咎めたり、彼の心配をするのはお門違いだろう。クーゴはふっと表情を緩め、頷いた。
あからさまに、ビリーとグラハムが安堵した。2人の表情ははっきりしていて、本当にわかりやすい。
むしろ、2人が曖昧な表情を浮かべた様子を考えること自体があり得なかった。生まれ育った文化とか、考え方の違いなのかもしれないが。
男3人が、廊下を並んで移動する。整備室での道のりが、妙に長いような気がした。
『ソレスタルビーイングが我が基地を襲ったせいで、多大な損失が……』
『なあ、聞いたか? スペインの教会に、ソレスタルビーイングが攻撃を行ったらしいぜ』
『多くの民間人が犠牲になったって話だ』
『赦せない。奴らは卑劣なテロリストだ! 何が戦争根絶だ、くそっ!』
『エイフマン技術顧問は、ガンダムの動力である特殊粒子の謎に迫ったから殺されたって噂が流れてるらしいぞ』
『ソレスタルビーイングは武力介入のフリをして、エイフマン教授を襲ったって言うのか?』
『だとしたら、我が軍に奴らの内通者がいるってことじゃないか! 一体誰が……』
すれ違う人々の声が『聞こえる』。大半の人々が、新型ガンダムの偽物たちを本物だと誤認していた。そうして、そのことに誰1人として疑問を抱いていない。
誤解のせいで募る憎しみ。激しい怨嗟の声に、クーゴは思わず眉をひそめた。どうやらクーゴだけではなかったらしく、グラハムやビリーも表情を曇らせる。
怨嗟の声を振り切るようにして、クーゴたちは格納庫へ足を踏み入れる。ビリーは工具を持ちだし、まずはグラハムのフラッグを整備し始めた。
無茶苦茶な戦闘を行う隊長機だ。整備も時間がかかるらしい。うわあ、と、ビリーが悲鳴を上げた。気のせいでなければ、ぼやきも聞こえる。昔から、グラハムの搭乗するフラッグは技術者泣かせで有名だった。
その分、技術者たちが予想もしなかった結果と成績を叩きだすのだから、帳尻は充分である。むしろお釣りがくるレベルだ。それに対して、成績と技術者の負担のバランスが取れていたのがクーゴであった。グラハムのようなハイリスクハイリターンとは違って目立つものではないけれど、着実且つ堅実に成果を出すタイプらしい。
『世界では、ソレスタルビーイングに対する反対デモが行われています。民間人にも容赦なく行う武力介入が、反ソレスタルビーイングの感情を煽り……』
鳴らしっぱなしのラジオ。以前はエイフマンがテオ・マイヤーの歌を聴いていたそれから流れたのは、世界を覆わんとする悪意の気配だった。
イデアや刹那のことを貶められたような気がして、クーゴはラジオを切った。とてもじゃないが、聞いていられない。
誰よりも強く、それ以上に優しすぎたが故に、世界を変えようとした天使たち。イデアや刹那はどんな気持ちで、このニュースを聞いているのだろうか。
世界に仇名す存在を擁護しようものなら、即座にその人物も粛清対象にされるだろう。そこが人間および集団心理の怖いところだ。
「……これで、ソレスタルビーイングは立派な悪党だ。誰が意図したか知らないけれど、計画した人間は笑っているんだろうな」
「まったくだ。誰だか知らんが、悪趣味な奴だ。……私は、そんな輩が大の嫌いときている」
クーゴが天井を仰げば、視界の端で佇むグラハムも腕を組み機体に寄り掛かった。彼の横顔は、普段にも増して険しい。
グラハムの機体の整備を終えたビリーも、機体の陰からひょっこり顔を覗かせながら頷いた。
「僕も、もしかしたら他の人たちと同じように騙されていたんだろうね。さっきすれ違った人たちが言っていたように、『「ソレスタルビーイングが」エイフマン教授を暗殺するために基地へ介入を行った』って思ったかもしれない」
実際は、『“黒幕”がソレスタルビーイングの悪評を広めつつ、特殊粒子の謎に迫ったエイフマンを暗殺した』と言った方が正しい。
この事実に勘付いているのは、オーバーフラッグス部隊とその関係者ぐらいだ。ユニオン上層部も、今回の基地襲撃の犯人を『ソレスタルビーイングの新型4機』と正式に発表している。
誰かの罠に乗せられたのか、あえて罠に乗ることで何か利益を得ようとしているのか、それとも素でそう考えていたのか。その詳細を知るには、クーゴやグラハムの立場は弱すぎた。
「『利益が出せないなら、存在する価値がない』。『存在意義が果たせないなら、『なくなって』当然』、か」
不意に、姉がよく言っていた言葉が脳裏をよぎる。何故今、その言葉が浮かんだのかはわからない。
けれども、その言葉に秘められた意味が今なら分かった気がする。同時に、姉の言葉は新しい疑問を連れてきた。
何者かがソレスタルビーイングを陥れようとしているのはわかる。しかし、それは何のためなのか。
姉の言葉を借りて考えるとするなら、その人間は『ソレスタルビーイングを利用している』。彼らの味方をすることで利益を得ているのか、辱めることで利益を得ているのかはわからない。
ソレスタルビーイングの活動方針は『業を以てして業に挑む』スタイルだ。武力を否定するために、武力で介入を行う。エイフマン曰く、『まるで滅びを求めているかのよう』な行動である。
そもそも、『ソレスタルビーイングの存在意義』とは、『何』か。
(――すべては、そこに起因している)
クーゴにはそう思えてならない。
彼らが存在していることで、利益を得ていたのは誰か。
彼らが消え去ることで、利益を得るのは誰か。
「刹那……」
隣から、掠れて消えそうな声がした。天使の一団を成す少女へ、憂いと祈りと愛を込めた響きを宿したものだった。声の主――グラハムが目を伏せる。
普段から「彼女をおとす」と主張して憚らない彼にとって、この状況は堪らないだろう。いくら公私で折り合いをつけた間柄といっても、我慢できないことはある。
いつぞやのオフ会――グラハムの誕生日を祝う京都旅行で、刹那から贈られたプレゼントだ。蒼穹を思わせるような、透き通った空色。しかし、彼の心は曇天に埋め尽くされている。
静かに瞼を閉じたグラハムの目には、同じようにして誕生日プレゼントである天使のシェルカメオを握り締めた刹那の姿が『視えて』いるのだろう。クーゴにはそう思えてならなかった。
汚された誇り。渦巻く悪意。それぞれの祈り。世界と己の行きつく先は、どこなのか。
それはまだ、誰にもわからない。
クーゴにも、イデアにも、グラハムにも、刹那にも。
◇
事態は最悪の方向に進んでいる。イデアは、ヴェーダから提供された情報を眺めながら腕を組んだ。チーム・プトレマイオスの面々は、ノブレスおよびトリニティが破壊活動を行っていると思い込んでいる。
今回映し出されたのは、AEU領スペインで起こった教会襲撃事件。しかし、イデアがノブレスから『聞いて』いた話と、ヴェーダから提供された情報はまったく違う。ノブレスはトリニティたちが偽物と対峙したと言っていた。
ヴェーダは、この襲撃をトリニティの行動だと断定している。それに呼応するかのように、世間のメディアも『トリニティ兄妹が破壊行為を行っている』と放送していた。頭を抱えるノブレスの姿が『視えた』ような気がして、イデアは彼に同情した。
ブリーフィングルームに集う面々の表情は、誰も彼も眉間に皺を寄せていた。偽物たちの破壊活動だけでなく、反ソレスタルビーイングデモの様子が映し出されている。
世界に憎しみの種を蒔く。それが、トリニティが生み出された“本来の存在意義”であった。けれど、その運命に抗ったのがノブレスだ。彼の戦いもまた、佳境を迎えていた。
(……本当に、四面楚歌だなぁ。彼も私も)
アンノウンたちからの嫌がらせのせいで、トリニティは業と罪をすべて抱え込まされている。そのことに気づいているのは、ほんのわずかな面々だけだ。
同じソレスタルビーイングの仲間たちからも疎まれ、ノブレスたちはすべてからも孤立していく。刹那も、ロックオンも、アレルヤも、ティエリアも、他の面々も、トリニティに対しては悪感情しか抱いていない。
赦してはおけない――刹那とティエリアの感情が重なる。普段は反目ばかりしていたのに、この状態を機に思考回路が一致したらしい。平時ならばいい変化だと手放しで喜べたのだけれど、状況が状況なだけに何も言えなかった。
「…………」
「あ、おい。どこへ行くんだ刹那!?」
刹那がくるりと踵を返す。足取り荒く、彼女はどこかへ向かおうとしていた。
慌ててロックオンが呼び止める。振り返った赤銅色の瞳には、はっきりとした否定の意志が宿っていた。
「認めない。……あの機体は、ガンダムではない!」
それが、刹那の出した答え。彼女の行く先は、ノブレスたちの元だ。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、彼らを倒しに行くつもりらしい。
ヴェーダのミッションプランにも、トリニティを討つような作戦は展開されていない。今回刹那がやろうとしている行動は、完全な独断専行だ。
普段は独断専行をよしとしないティエリアも黙認するつもりらしい。いや、この後、彼は自らの意志でトリニティを討ちに行く。ヴェーダの意志に関係なく、だ。
コックピットに乗り込んだ刹那の様子が『視えた』。懐から取り出したのは、グラハムから贈られた天使のシェルカメオだ。彼女はそれを静かに握り締める。
不意に、グラハムが、刹那から貰った誕生日プレゼントである扇子を眺める様子が『視えた』。彼には、刹那の様子が『視えている』のだろう。自覚はしていないようだが。
間髪入れずエクシアが飛び出す。ソレスタルビーイングのガンダムと、ガンダムマイスターとして、世界の歪みを破壊するために。
(止めなくちゃ。これじゃあ、“黒幕”の思うツボじゃない! いくらノブレスくんやその教え子たちでも厳しすぎる!!)
自分がここにいる意味を、イデアは片時も忘れたことはない。だからこそ、ここで事態を静観している訳にはいかないのだ。
イデアが駆け出すよりも先に、ティエリアが動いた。イデアが予想した時間よりも早く、彼は部屋を飛び出していく。
準備が整ったヴァーチェが戦場へと向かった。目的はエクシアの援護である。先を越されたが、イデアも2人の後に続いた。
後ろからロックオンの声がしたように思う。イデアとスターゲイザーより少々遅れて、彼はデュナメスと共に援護に来るはずだ。ヴァーチェに続いて、スターゲイザーも出撃する。大急ぎで、イデアはノブレスの思念を探った。
彼は今、ユニオン領の孤児院にいた。『悪の組織』が経営に関係している場所だ。どうやら、
ノブレスは、孤児院の敷地内に設置された地下格納庫で愛機の整備をしていた。彼の脇には、白髪の老紳士が並んでいる。トリニティ兄妹のガンダムを整備およびチューンしていた分、ノブレスは自分の機体を後回しにしていたらしい。
老紳士が感嘆の声を上げる。彼は、イオリア・シュヘンベルクや彼と理想を追いかけた科学者たちの頭脳に戦慄していた。
ノブレスと老紳士はその話で盛り上がっていたけれど、手を休める気配はなかった。すさまじい速さでチューンを進めていく。
そうして、2人は満足げな顔をして椅子に座った。やっとチューンが終わったらしい。
『ノブレスくん、トリニティ兄妹は!?』
イデアの問いに、ノブレスはひどく驚いた顔をした。
『あの3人なら、先に任務へ向かってもらいましたけど……』
『急いで! 貴方の危惧していたことが起きる!!』
その言葉だけですべてが通じたのだろう。
ノブレスは、苦々しい表情を浮かべた。
『ついに来たか……なんて。こんなこともあろうかと、既に手は打ってあります。――お願いしますよ、リボンズ!』
『当然だね。僕を誰だと思っているんだい?』
ノブレスはこの場にいない人間の名を呼んだ。彼の呼びかけに反応するように、動き出した気配があった。
イデアは思い返す。そういえば、リボンズ・アルマークにはヴェーダへのアクセス権があった。しかも、ティエリアよりも権限は上である。
彼ならば、ヴェーダが提供し続ける間違った情報を止められる。ヴェーダをハッキングすることも可能なのだ、それくらいお茶の子さいさいだろう。
だが。
『何っ!? チィ……!!』
リボンズの気配が揺らぐ。造作もないことだと思っていたら、思わぬ障害が現れたことに戸惑っている様子だった。
彼は苦々し表情を浮かべている。どうやら、ヴェーダにアクセスしている存在がリボンズの排除に動いているらしかった。
焦燥に駆られた横顔であったけれど、すぐに彼は反撃に打って出た。リボンズの援護に動いた者たちの気配を感じ取る。
『俺のコードは伊達じゃないぜ!』
『大事な場所へ帰ってくる、大切な人たちを守るんだ……!』
『世界を正しい姿へ、戻さなくてはなりません』
『悪の組織』に所属していた技術士――フェニックスとアメリアス、『悪の組織』が誇るスパコン――アプロディアが、アクセスを妨害する存在を潰しにかかったのだ。
邪魔者の手が緩んだ隙をついて、リボンズがアクセス権を行使する。間髪入れず、ヴェーダからの通信が開いた。提示された情報は、トリニティたちが行っていた『本当の』武力介入の内容である。
PMCトラスト所蔵のMDの殲滅、カルト教団にしてテロ組織であった団体の壊滅、麻薬組織のアジトの壊滅。彼らはユニオン基地やAEU基地を襲撃したり、多数の一般人がいた結婚式場を襲撃したりしていない。
スターゲイザーを追いかけていたデュナメスの通信回線から、ロックオンが戦慄く声が聞こえてきた。おそらく、トリニティたちと戦いを繰り広げているであろう刹那やティエリアにも、この情報は開示されている頃だ。
戦場が見えてきた。周囲に煙が漂っている。
スローネ3機と、エクシアとヴァーチェが睨み合っていた。
「ヴェーダが何者かの改竄を受けている可能性がある。エクシアのパイロット、ヴァーチェのパイロットも見ただろう?」
「そんなバカな!?」
ヨハンの言葉に、ティエリアが酷く動揺した。自分の創造主であるヴェーダが、第3者の悪意によって利用されているのだ。無理はない。
何者かが自分たちに潰し合いをさせようとしている――その事実に戸惑いを隠せないのは、プトレマイオスに居残りした面々だって同じだ。
合計7機のガンダムが対峙したこの場所に、重々しい空気が渦巻く。転がり落ちるような激動に、ようやく歯止めらしき歯止めがかかったのだ。
この空気の中、イデアは静かに口火を切った。
「そちらが知っている情報を、私たちに教えてもらえる?」
◆
「あーあ、ついにバレたか」
そう言ったアオミの横顔は、言葉とは裏腹に余裕綽々であった。
「でも、大丈夫。世界は真実を知らないし、これからも永遠に知ることはない。と言うか、最初から『ヴェーダなんか要らなかった』訳だしね」
「ソレスタルビーイングが常に優位に立っていた、最大の理由なのに?」
少女の問いに、アオミは頷いた。スーパーコンピューターを「要らない」と言う、アオミの意図を探るかのような眼差しである。
アオミはくつりと笑い、端末を指し示す。それを覗き見た少女は、大きく目を見開いた。少女は口元をほころばせた。
「ああ、これならヴェーダは『要りません』わね」
そこへ、少女の執事が紅茶を持ってきた。アオミと少女はそれを受け取り、口をつける。
2人の女たちはしばし談笑していたが、それを遮るように端末が鳴り響いた。アオミは端末を開く。
テコ入れへ向かった『無垢なる子』たちが、ユニオンのアイリス社を襲ったという連絡であった。
アオミの『知識』では、本来アイリス社を襲うのはトリニティたちであった。その帰りに、彼らはグラハム・エーカーの駆るフラッグと戦い、事実上の敗走。
泣きっ面に蜂と言わんばかりに、今度はエクシアとヴァーチェが来襲。どちらとも決着はつかなかったが、第3者から見れば、判定負けもいいところだろう。
しかし現実では、アイリス社襲撃とスローネ対エクシアとヴァーチェの戦いは前後してしまっている。計画では、アイリス社襲撃の後に同士討ちを起こさせる予定だった。
尤も、同士討ち事件は重大な要素ではない。重要なのは、アイリス社襲撃直後に起きる戦闘である。『知識』に従った計画通りに進めば、直後にグラハムの駆るフラッグが現れるはずだ。
『イレギュラー』は、グラハム居る所に必ずと言っていいほど一緒にいる。一番重点的に行うべきなのは、『イレギュラー』の排除であった。アオミは端末を起動させる。『無垢なる子』たちに、ミッションの進行状況を確認した。
『今、ユニオンフラッグが近づいてきたところです。しかもこのフラッグは、オーバーフラッグスのようです』
『なあ『母さん』、撃ち落としていいよな!?』
アオミはふっと微笑んだ。
「構わないわ。ただ、気を付けなさい。その中には『墜としちゃいけない』フラッグもいるから。“隊長機”は絶対墜としちゃダメよ」
『はーい!』
『……はい』
元気よく返事をした
通信が切れる。アオミは端末を片付けて、ティーカップに残っていた紅茶を飲み干した。
そうして、アオミは少女と談笑に耽る。世界の変革を眺める場所は、今日も喧騒とは無縁であった。
クーゴ・ハガネの災難は続く。