大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
ねえルイス。意識がなかった間、僕は『夢』を見ていたんだ。一番最初に見えた光景は、丁度、あのときみたいに、ルイスやルイスのご両親と親戚が参加していた結婚式にガンダムが武力介入を行っていた場面だった。
丁度そのとき、僕はアルバイトが忙しかったから、キミを1人でスペインに送り出したんだ。夢の中の僕は、そのことをとっても後悔していたよ。キミが帰省先でガンダムの攻撃に巻き込まれたって話を聞いて、僕は病院に駆け付けた。
丁度キミがスペインに帰省したとき、夢の中の僕は沢山バイトを入れていた。キミが「お母さんが返って寂しいから、物理的に励ましてほしい」ってせがむから、こっそりとだけどお金をためて、指輪を買おうとしたんだよ。12万円のペアリングなんて、苦学生に近い一般庶民の僕にとってはかなり厳しい額だったから。
頑張って働いたんだ。キミが結婚式に出ている間も、ずっと働きづめだった。やっとお金が溜まって、指輪を買ったときに、結婚式襲撃事件が起きた。
僕はキミにプロポーズをした。キミが欲しがっていた指輪を手渡しながら。
……皮肉だね。こうなるまで、僕は自分の気持ちを固めることができなかった。
でもね、遅かったんだ。僕はもっと早く、キミに気持ちを伝えるべきだった。夢の中のキミは、僕のプロポーズを受けてくれなかった。悲しそうに目を伏せて、言ったんだ。
「素敵な指輪ありがとう。でも、もう嵌められないの」って。キミはそう言って、なくなってしまった左腕を示したんだ。情けないことにね、僕は、愕然とそれを見てることしかできなかった。
細胞異常のせいで手術ができないから、一生このままである確率が高いってキミは言った。こんな自分じゃ沙慈の迷惑になるから、自分のことは忘れてくれとも。更に情けないことに、僕はそれに同意してしまったんだ。
キミが何を言ったとしても、僕はキミの手を離しちゃいけなかった。そのせいで、僕は沢山後悔する羽目になったんだよ。今となっては、殆ど思い出せないけど。
だからね、ルイス。僕が意識を取り戻したとき、左手があるキミを見て、凄くほっとしたんだ。キミが無事でよかったって思ったんだ。
……でもさ、同時に、夢の中のキミが言っていたことの意味や重みがわかったんだ。キミがそんな風にした理由も……ぜんぶわかった。
あのね、ルイス。僕、キミに渡したいものがあったんだ。この前、言ってただろ? 「ママが帰って寂しいから、物理的に励まして」って。
それで、僕、アルバイトしてたんだ。草薙先輩やグライフ教授のお手伝いって形だったんだけど、これが本当に凄くってさー。
宇宙技師としての勉強もできたし、実施訓練にもなったし、とても楽しかった。そのおかげもあって、あっという間に目標金額を達成したんだ。
実物は購入済みで、あとはタイミングを待っていたんだけど……――うん。
こんなことになるなら、やっぱり、渡さなくてよかった。今の僕じゃあ、ルイスの迷惑になっちゃうからね。
これ、ペアリングなんだよ。……って言っても、ルイスはあの場でこれを見ていたわけだから、それは知っていると思うけど。
――僕、嵌められないんだ。“左腕がない”から。
おまけに、細胞障害が起きてるみたいで、再生手術もできないんだって。
定期的に投薬治療しなきゃいけないし、治療を続けたとしても完治する見込みもないし。
こんなのだから、宇宙技師にもなれそうにないや。僕の夢、叶わなくなっちゃった。
……ねえ、ルイス。僕は、キミのことが大好きだよ。
こんなになって、どこからどう考えても、身を引くべきだってわかっていても、キミが好きだよ。
でも、それ以上に僕は、キミに幸せになってほしいって思ってる。
……わかるよね。わかって、くれるよね?
◆◆
「――わかんない」
沙慈の言葉を遮って、ルイス・ハレヴィは言った。
俯いているせいか、沙慈・クロスロードの顔は見えない。いや、見たくなかった。
どうせ彼は、涙で歪んだヘタクソな笑みを浮かべているだろうから。
「わかんないよ、沙慈」
駄々っ子のように、ルイスは首を振った。
「ルイス」
沙慈は諭すような声色で、自分の名前を呼ぶ。どこまでも優しい響きを宿した彼の声が、今は胸に突き刺さる。
「どうして、そんなこと言うの。私のためを思っているなら、どうして一緒にいてくれないの」
ルイスは顔を上げて、沙慈を睨みつけた。込み上げてくる感情のせいで、視界がにじんでしまう。
それでも、驚いたように目を見開く沙慈の気配は伝わってきた。
「私の幸せは、沙慈と一緒にいることなの。沙慈と一緒に生きていくことなの。沙慈じゃなきゃ嫌なの。沙慈と一緒じゃなきゃ、意味ないのよ!」
残された彼の右手を、ルイスは両手で包み込んだ。沙慈の手はとても温かい。
「パパやママが何と言っても、世間が何を言っても、私は絶対に諦めない。諦めてなんか、やらないんだからっ!!」
それは、ルイス・ハレヴィの、一世一代のプロポーズであった。
結婚式にガンダムが介入しなければ、ルイスは沙慈からのプロポーズをやきもきしながら待ち続けていたのであろう。沙慈も、ずっと言い出すタイミングを計りかねておじゃんになっていたかもしれない。
皮肉だけれど、今回の1件がルイスを突き動かす理由になった。心臓が激しく脈打つ中、ルイスは沙慈からの返事を待っていた。沙慈は大きく目を見開いて、情けない吐息を零す。幾何かの間をおいて、困ったような顔をした。
普通、プロポーズは男性がするものである。恥ずかしがりやな沙慈でも、そんな矜持は持っていたらしい。居心地悪そうに視線をさまよわせた後、蚊の鳴くような声で何かを呟いた。聞き取れず、ルイスは首を傾げる。
幾何かの間をおいて。
沙慈は、顔を真っ赤にして言った。
病院の窓から差し込む茜色の光と負けず劣らず、優しい色をたたえて。
「……こんな不束者でいいなら、末永く、宜しくお願いします」
◇
今日は晴天。病室の窓から見える風景は、平和そのものである。
沙慈も笑顔を見せているけれど、彼も彼で、今後の進退について考えているようだ。技術者になるという目標を持ち、そのための学科に入学した沙慈は、そこで一定の成績を保つことで奨学金を貰っていた。
しかし、今回の事故で、沙慈は左腕を失ってしまった。片腕で技術者になれないわけではないが、絶望的な状況であることは変わりない。学校側からは『奨学金は打ち切りになる』という通知が届いていた。事実上の退学勧告である。
宇宙技術士になる夢を失った彼の表情は、以前、彼の姉――絹江・クロスロードの三角関係疑惑が浮上したときに見せた暗い影と似通ったものがあった。以後も似たような疑惑が発生するたびに、沙慈は目の光を失いながら姉や疑惑の2人――セキ・レイ・シロエやジョナ・マツカを詰問していたのだ。
ルイスは全力で考えた。彼の悲しみを少しでも癒す方法を考えた。
嘗て、ルイスが「ママが帰国して寂しい」と駄々をこねて、沙慈が頑張って自分を励まそうとしてくれたときのように、今度は自分が沙慈を励ましたいと思った。
(結局、私にできたのは、沙慈と同じことだった)
真っ白な病室を彩るのは、クラール・グライフ教授の特別ゼミに通う面々――悠凪・グライフ、八重垣ひまり、草薙征士郎、南雲一鷹、AL-3――愛称アリス、HL-0――愛称ハルノの面々である。ルイスの急な要請に、彼らは即座に駆けつけてくれた。
この面々もまた、結婚式会場にいて襲撃に巻き込まれている。しかし、沙慈と違って、彼らは運よく軽傷で済んでいた。そのため、沙慈よりも早く退院して日常へと復帰していたのだ。仕事や課外に精を出しながら、面々も病院に通っていたという。
面々の訪問時間はまちまちであった。病室にやって来る組み合わせも変わるとは沙慈の話である。おかげで退屈しないと笑っていたけれど、夢を奪われてしまった彼の気持ちは察するにあまりあった。未だって、どこか物鬱気な影が漂っている。
ルイスは知っていた。勉強に四苦八苦しながらも、宇宙技術士になる夢を追いかけていた沙慈の横顔は幸せそうだったことを。
ルイスは知っていた。宇宙技術士になりたくて、日夜勉学に励んでいた真摯な姿勢を。
(いきなり夢を失ったんだもん。……元気がないの、当然だよね)
ルイスは静かに目を伏せた。
『……考えてみるよ。キミと一緒に生きるこれからのことに、僕の未来や夢については、避けて通れない道だから』
プロポーズの後で、沙慈はそう言った。何かを決意したような、痛みにまみれた苦笑だった。
新しい夢を探す。言葉にするだけなら簡単だ。しかし、その難しさは想像に難くない。
自分の夢を探しているのはルイスも同じだ。お嬢様として生きてきたわけだから、今後も同じように生きていくのだと思う。ゆくゆくはハレヴィ家の跡取り娘として沙慈と結婚し、今後も日常を過ごしていくのだと思っていた。
ガンダムの襲撃で変わってしまったことは沢山ある。壊れてしまったものや失ったものも多いし、その大部分が、二度と戻ってこない。それでも、ルイスは思うのだ。壊れてしまったとしても、形を変えてしまっても、変わらず続くものはあるのだと。
談笑する沙慈や仲間たちの姿を見ていると、尚更そう思えた。おそらく、沙慈が学校を辞めたとしても、悠凪たちは沙慈の先輩として、一鷹たちは後輩として、今日のように笑って声をかけてくれるに違いない。
「それで、教授が……」
「だから、ひまりがあんなことするのが悪いんだって! 大体なあ……」
「確かに。悠さんの言う通りです」
「ひ、ひどい! 沙慈くんヘルプ!」
「うーん……」
ひまりが悠凪にたしなめられた。ハルノは悠凪の味方なので、2人そろってひまりを迎撃する。涙目になったひまりは沙慈に泣きついていたが、沙慈は困ったように苦笑いを浮かべていた。
「人革連に『悪の組織』の技術者が派遣されたとき、契約する条件として『その場に居合わせた軍人に『ここに 3機の ティエレンが おるじゃろ?』と言ってもらう』というものがあったらしい」
「確かその人、『ぎこちなさすぎてダメ出しを喰らい、3時間ぶっ続けで『ここに 3機の ティエレンが おるじゃろ?』と言わせられた』んだっけ?」
「終いには、顔を覆って泣き出しそうになってたそうですね。名前はセルゲイさんって言ってましたっけ?」
「うわ、災難だね」
征士郎はとっておきの笑い話を持ちだしてきた。『悪の組織』関係の話は、いつもネタが尽きない。職場自体がネタであるとは誰が言ったのだろう。
どうやら一鷹やアリスも知っていたようで、詳しい話を聞かせてくれた。沙慈もその話は面白いようで、明るい表情を見せる。ルイスもふっと笑みを浮かべた。
穏やかな談笑のときが過ぎる。結婚式以前も、以後も、何も変わらない時間が過ぎていく。
『ソレスタルビーイングのテロ行為への反発は日に日に強まっており……』
それを止めたのは、何の気なしにつけたテレビからだった。画面には、延々とガンダムたちの武力介入が映し出されている。
画面はいつの間にか、結婚式場襲撃らしき場面へと切り替わっていた。3機のガンダムが、自分たちがいた場所に攻撃を仕掛けている。
ソレスタルビーイングの新型ガンダム。沙慈から夢を奪い、ルイスの親戚を殺した敵。ルイスはぎっと歯を食いしばった。
赦せない。無辜の人々の、ささやかな幸福をぶち壊して平然としているテロリスト――ソレスタルビーイング。
何も知らなかった頃の自分は、ソレスタルビーイングを「もの凄いボランティア精神の持ち主」なんて囃し立てていた。
なんてバカだったんだろう。当時の能天気な自分が目の前にいたら、「その認識は間違っている」と、必死になって説くのに。沙慈には、決してスペインに来ないようにと釘を刺すのに。後悔ばかりが募る。
「――違う」
沙慈は、酷く険しい顔で画面を見ていた。
彼はまた、同じように「違う」と付け加える。
「『彼ら』じゃない。『彼ら』は――ソレスタルビーイングは、こんなこと、していない……!」
「沙慈? 何を言ってるの……!?」
「おかしい。おかしいよ! よく見てくれ、ルイス! あのとき、結婚式に襲来した奴らのほかに、僕たちを守ろうと戦っていたガンダムたちがいたじゃないか!!」
沙慈の指摘に首を傾げながらも、ルイスはニュース画面を凝視した。同じ映像が、角度や構成を変えて、何度も繰り返し放送されている。再び、映像は結婚式場襲撃へと切り替わった。ルイスは目を留める。
あのときのことを思い出せば思い出すほど、放映されている映像の矛盾が浮き彫りになってきた。映像では3機の新型ガンダムが破壊行為を行っている。けれど、間近で見ていた自分たちは知っていた。
あの場にいたガンダムは7機。そのうち、結婚式場に攻撃を仕掛けてきた4機は、映像に移る機体よりもやや黒ずんだ色をしていたように思う。
そこまで考えて、ルイスは気づいた。――どうして自分は、放映されていたニュースを“一文字一句そのまま鵜呑みにしていた”のだろうか、と。
結婚式襲撃の場にい合わせて、7機のガンダムが戦う場面を実際に見ていたはずなのに。3機のガンダムが自分たちを守ろうと戦っていたのを、この目で見ていたはずなのに。
己に起きていた異変に気づき、世界を覆わんとしている気配に気づき、ルイスは思わず戦慄いた。恐怖に駆られてニュース画面に視線を戻せば、同じ映像が淡々と放映されている。
「いったい、何が起こっているんだ……!?」
沙慈が絞り出すような声を上げた。他の面々も、険しい顔つきでテレビ画面を睨みつける。
不穏な影にすぎなかった『何か』は、確実に、着実に、自分たちを飲み込もうとしていた。
◆
『ウチでは、姉よりも先に嫁げないのよ。あいつが結婚するまで待っていたら、私、一生独身だわ!』
絹江・クロスロードの同僚に、こんなことを言っていた女性がいた。なんでも、『長女が嫁ぐまで次女は結婚することができない』というしきたりが家にあるためらしい。時代錯誤も甚だしい、結婚は個人の自由だ、なんで他人が嫁ぐかどうかで自分の結婚を左右されなくてはならないのか――彼女の言い分は尤もだ。
彼女の話を聞いていたとき、絹江は彼女に同調した。どっちが先に嫁ごうが、別に問題は無いはずだ。世間体? そんなの、自己責任だろう。できないやつはできないし、しないやつはしないのだし、するやつは放っといてもするのだから。個人の裁量に任せとけばいいのだ。他人が介入するから、問題が起こるだけで。
しかし。今なら、その女性の姉の気持ちが分かるような気がするのだ。
当時と現在では事情が違う。つい先日に届いた弟――沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィからのツーショット写真と『僕たち結婚します』というメッセージが届いた瞬間から、絹江の持論は木端微塵に吹き飛ばされた。
おまけに、最近はどこからか『あの人、弟よりも結婚が遅いんですよ』『まあ、行き遅れ!? やあねー』等の幻聴が聞こえてくるのだ。絹江の周囲には、おばちゃんなんていないのに。
絹江の両隣に並ぶのは、同業者のセキ・レイ・シロエと彼の後輩であるジョナ・マツカだ。それを確認した途端、『こんなイケメンを2人もはべらせているくせに?』なんて声が聞こえた。幻聴だったとしても無視できる台詞ではない。
「先輩、休んだ方がいいですよ。弟さんのお見舞いもすぐに帰ってきちゃったし、ロクに眠ってないんでしょう?」
シロエが心配そうに声をかけてきた。絹江は微笑み、首を振る。
「大丈夫よ。私は平気だし、あの子にはルイスがついてるわ。それに、いつも取材に付き合ってもらってるわけだから、私もそれ相応の対価を支払うのが筋じゃない」
ソレスタルビーイングの取材を手伝ってくれる傍ら、シロエもまた、絹江とは違う案件を並行して追い続けていた。相変わらず多忙でありながら、彼は精力的な活動を続けている。
MD暴走事件の原因を暴き、MD生産停止に追い込んだ後、シロエは『メディアの言論統制』についてを調べていた。ソレスタルビーイングの新型ガンダムが武力介入を行ったという情報の中に、おかしな部分を発見したためらしい。絹江は今回、自分の取材を続けつつも、シロエの取材の手伝いを買って出たのだ。
ソレスタルビーイングを追いかけてきたのは絹江である。「餅は餅屋に聞くのが手っ取り早いので、協力してくれないか」――シロエの申し出に、絹江は乗った。何度も調査協力をしてくれた戦友の頼みである。ここで何もしないというのは割に合わない。シロエは苦笑しながら礼を述べた。
取材対象者は、ソレスタルビーイングの新型ガンダムが行った武力介入に巻き込まれた人々だ。本当は沙慈やルイスにも詳しい話を聞けたらよかったのだが、絹江が沙慈のお見舞いから帰ってきた大分後に、シロエから切り出された。絹江も自分の調べ物で行く先があるため、今から日本に戻るのは難しい。
もう少し早く切り出してくれたらよかったのだが、戦友も気を使ったのだろう。
生意気なように思われがちだが、認めた相手には敬意を払い、きちんと気を配る性格らしい。
「今日の取材から得られた情報を簡潔にまとめると、こうなりますね」
端末で情報を整理していたマツカが、それを指示した。画面には、綺麗にまとめられた情報が並んでいる。『テレビで放映された機体と、自分たちが実際に目撃した機体の色が違う』――というのが、大半の人々の意見であった。
なのに、各マスメディアでは新型たちが武力介入を行ったように煽り立てている。自分たちが何度おかしい場所を指摘しても、各種マスメディアは取り合おうとしない。インターネットに至っては、投稿しても数秒で削除、またはアップロード自体をブロックされる始末らしい。
しかも最近は、『実際に武力介入の現場にいて映像の矛盾に気づいていたはずの人間でさえ、各メディア情報の『誤報』を聞き続けると、いつの間にかそちらを信じるようになってしまう』という。言論統制のほかに洗脳も入っていそうな話であった。
「報道に関わる人間としては、ゆゆしき事態だわ……!」
絹江は歯噛みした。メディアに携わる人間として、真実を追い求めるジャーナリストとして、言論統制など認められない。偽りを並べ、真実を葬るような輩を赦すことなんて言語道断だ。シロエとマツカも頷く。
「彼らはどうやって、疑問を抱いた人たちの声を封殺する力を得たのでしょうか」
「人海戦術にしては早すぎる……。各国家のスパコンを数台導入できれば、それ相応の速さになるのかもしれませんが……現実性に欠けますね」
2人は険しい顔をした。自分たちが持つ情報は、圧倒的に足りない。
しかし、その中でも、確実に言えることがあった。
「しかも、メディアをもその媒介として利用しているってことでしょう!? 尚更、追及の手を止めちゃいけない」
自分たちの大切な番組が、誰かが誰かを陥れる凶器になろうとしている。真実を明らかにするためのメディアが、真実を隠蔽し偽りをばら撒くものとして使われようとしている。それを黙って見ていられるはずがない。
これは取材であると同時に、自分たちジャーナリストの戦いであった。自分たちの声を踏みにじり、他者を陥れようと画策する相手との、メディアの明日を賭けた戦いだ。姿なき黒幕を睨みつけるような心地で、絹江は拳を握りしめる。
ソレスタルビーイングのことは興味深いと思っている。だからといって、絹江は彼らの味方をするつもりはない。あくまでも『ジャーナリストとしての中立的な立場』で、ソレスタルビーイングと世界を見ているつもりだ。でも、今回ばかりは納得できない。
何もやっていない無実の人間を犯罪者にするつもりはない。そんなこと、絶対にあってはならないのだ。
絹江が真実を暴けば、メディア自体の信用がガタ落ちになるだろう。でも、だからこそ、やらなければならない。
3人が決意を新たにしたときだった。
絹江の端末が鳴り響く。メッセージの主は弟の沙慈。その内容もまた、自分たちが調べていた案件と同じものであった。
本人から話を聞きたいと思っていたのだが、メッセージには襲撃の顛末と撮影していたビデオ映像が添付されていた。
実際の映像があるなら、突破口を開くための切り札になる。絹江は映像ファイルを再生した。映し出されたのは結婚式場の様子だった。
「やっぱり、テレビで放送されてる映像とは全然違うわ。あっちはうまい具合に編集したのね」
「この映像、複数のバックアップを取って保管しておいた方がよさそうです。万が一、握り潰されても大丈夫なように」
険しい顔で映像を睨んでいたシロエの言葉に、絹江は頷く。
「ええ。相手は確実に、私たちに圧力をかけてくるでしょう。そうなったら、相手側が『はいそうです』って言ってるようなものだわ。徹底的に追及し、真実を明らかにする!」
そう。絹江が敬愛するジャーナリストであった、父のように。亡き父が果たせなかった分まで、絹江は真実を追いかけると決めたのだから。
***
調査の末に、リニアトレイン事業の総裁、国際経済団のトップに座るラグナ・ハーウェイにたどり着いたのは、絹江が決意してから暫く後の出来事であった。
ラグナはJNNの大株主だ。それだけでなく、他の報道局でも大株主になっている。彼が権力を振りかざせば、どの報道局も逆らうことはできなくなる。報道に圧力をかけるという点では、情報統制の黒幕に相応しい人間だと言えよう。
他にも、彼がバックにいるなら、潤沢な資金を使ってMSの開発も可能だ。その上、軌道エレベーターを自由に使うことだってできる。ガンダムを宇宙や地上に運ぶためには、機動エレベーターは必要不可欠だからだ。
「確か、イオリア・シュヘンベルクの関係者リストにもいたわね」
「彼の曾々祖父に当たる、グラント・ハーヴェイ氏ですね」
絹江の言葉に、マツカが端末でそれを確認した。
隣にいたシロエも、険しい顔をして別荘を睨みつけた。
「他にも、リストの人物に関係する大物が次々とHITしましたよ。ハウエル・コーナーの子孫は、国連大使のアレハンドロ・コーナーですからね」
「国連軍を結成するように提言したの、彼だったわね。彼の影響力も、ソレスタルビーイングにとっては利点だわ。メディア統制に関しては、情報発信者としての重みがある。前者は、現在もそうとは限らないみたいだけど」
ハーヴェイ氏の取材が終わったら、次はアレハンドロの取材に向かおう。ハードルはかなり高いが、このまま引き下がるわけにはいかない。
ジャーナリストとして、報道関係者として、引けない戦いだ。絹江は別荘を睨みつける。何度もアポを取っているが、彼は所在に応じようとしなかった。
自分が相手にしている人間の強大さを、改めて思い知る。しかし、負けるつもりはない。ジャーナリストは、権力になど屈しないのだ。
そのとき、絹江の端末が鳴り響いた。メッセージの送り主は沙慈の婚約者、ルイス。
「ルイスの話を聞いたハレヴィ夫妻も、多方面に働きかけてくれるそうよ。有力な代議士らに掛け合ってみるって」
その話を聞いた2人は、表情を輝かせた。ハレヴィ家も、権力関係者には太いパイプを持っている。もしかしたら突破口を開けるかもしれない。
「……相変わらず、動きがありませんね」
「車は1台、止まっているみたいです。赤の高級外車……相手も、相当のセレブかもしれません」
シロエとマツカが別荘を伺った。相手の返事はいつも「忙しい」だったが、今回は「面会中」となっている。
これはチャンスだ。うまくいけば、ラグナと面会した人間に話を聞けるかもしれない。
別荘を見守り続けて、どれ程の時間が経過したのだろう。車が別荘から出てきた。それを見計らい、絹江が道路に飛び出す。
「ちょ、先輩!」「絹江さん!」――慌てた様子で2人も続く。車が急ブレーキをかけたのを確認し、絹江は運転席へと近づいた。
声をかければ、顔を出したのは1人の男。赤みを帯びた茶色い髪に、砂漠の砂を思わせるような色の肌。ゆっくり細められた瞳の鋭さに、思わず絹江は息を飲んだ。
ジャーナリストの勘が告げている。この男はヤバイ。ごくり、と、妙な響きを持って、絹江の喉が鳴った。
シロエとマツカも何かを勘付いたようで、ちらりとこちらにアイコンタクトを送ってきた。危険だ、ここは引いた方がいい、どうする――? 2人の眼差しが訴えてくる。
自分たちが警戒していることを面白がるように、男は薄らと笑みを浮かべた。彼は急ぎの用事があるらしく、話は車の中で聞くという。明らかな挑発だ。
(……いいわ。その挑発、乗ってやろうじゃない!)
絹江はキッと眦を釣り上げた。
「では、お言葉に甘えて」
絹江の言葉に驚いたのか、シロエとマツカがこちらを見た。その表情は、どこか鬼気迫っているように見える。絹江は不敵に微笑んでみせた。
ややあって、シロエとマツカは諦めたように目を閉じた。間髪入れず、2人の表情は力強い笑みへと変わった。一緒に来てくれるらしい。
こうなったら一蓮托生――そんな声が聞こえてきたような気がして、絹江はゆるりと目を細めた。彼らがいるだけで、どんな困難も乗り越えられそうな気がする。
そうして、絹江たちは赤い高級車に乗り込んだ。
丁度、絹江がシロエとマツカに挟まれるような形で、後部座席に座った。
お互いの名刺を交換し、雑談に興じる。
「絹江・クロスロードさんですか。いいですねぇ、貴女のような美人の記者がいて。……で、恋人はどちらですか?」
「彼らは同業者と協力者です。私は独り身なんですよ」
弟と同じようなことを質問され、絹江は思わず首を振った。普段なら和みそうな話題であるが、シロエとマツカは、(沙慈と相対峙したときとは違う意味で)緊張しているらしい。この男のヤバさを危惧していたのだから、当然だと言えよう。
車は走り続ける。風景は、豪華絢爛な繁華街からスラム街の方へと走っていった。男――ゲイリー・ビアッジは、セレブではなくゴロツキから成り上がった人間だったのかもしれない。立派なスーツから滲み出る異質な雰囲気はそこにあるのだろうか。
雑談もそこそこに、絹江は本題に入る。
「間違っていたら謝りますが、ビアッジさんは先程、トレイン公社の総裁、ラグナ・ハーヴェイ氏と会われていませんでしたか?」
「えぇ、会いましたよ」
「どのような話を?」
「私は流通業を営んでいましてね。物資の流通確認のために、総裁に報告に来たんです」
ゲイリーは飄々とした口ぶりで話を続けた。物資の流通状況など、一総裁にわざわざ確認すべき内容ではないだろう。
「わざわざ総裁に報告するとは、余程重要なものを運んでいたんですね。……しかも、表にはまだ公表できない、“いわくつき”レベルの」
マツカが眦を吊り上げてゲイリーを見つめる。普段の彼からは思いつかないような険しい表情。しかし、声は透き通るような響きを宿していた。
サイドミラーに映ったゲイリーは、眉の端をピクリと動かす。次に口を開いたのはシロエだった。こちらは、口元に相手を挑発するような不敵な笑みを浮かべる。
「珍しいですよね。普段は『忙しい』と言って、僕らの取材に応じてくれないのに。総裁、今日はわざわざ『面会中』と言ったんです。……まるで、『取材は面会が終わった人間にやってくれ』と言わんばかりに」
本当は貴方、何を頼まれたんですか?
ゲイリーに問いかけたシロエは、不敵な笑みを消し去る。どこまでも鋭い眼差しが、鏡越しからゲイリーを穿った。正体を表せ、と、夜闇の色を湛えた瞳が男を詰問する。
沈黙に支配された車内。暫くして、ゲイリーはくつくつと笑い声を漏らした。何かおかしいものを見たかのように彼は笑う。しかも、それは彼にとって娯楽に近いもののように思ったらしい。
含み笑いは、いつの間にか本気の大笑いへと変わっていた。3人は厳しい表情のまま、ゲイリーの出方を待つ。ひとしきり笑い終えたゲイリーは、不気味な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
先程までの畏まったような態度は鳴りを潜め、粗暴で荒々しい口ぶりに変わった。
どうやら、こちらの方が地の態度だったらしい。豹変した男が纏う気配に、思わず絹江はたじろいだ。
「GNドライブだよ。MSを動かす、最新兵器用のエンジンだ。最新兵器――」
「ソレスタルビーイングのMS・ガンダムを動かすための動力」
ゲイリーの言葉を遮るようにして、マツカが言った。ゲイリーは目を丸くする。
「もしくは太陽炉。このドライブを生産するためには、木星圏の環境でなければ生み出せません。しかも、1機作るのにかなりの年月がかかる上に、ドライブ自体に個体差があるため、非常に効率が悪く、量産型には不向きのものです。ソレスタルビーイングが所有する太陽炉搭載型ガンダムは第3世代の5機。しかしそこへ、いるはずのない新型ガンダムが現れた」
立石に水の如く、マツカはすらすらと言葉を紡ぐ。
「オリジナルの太陽炉は粒子の色は緑色で、人体への毒性はありません。ですが、新型に搭載された粒子の色は赤。人体への有害性があり、例としては細胞障害などが発生しています。おまけに、作戦活動時間もやや短め。総合するに、アレはオリジナルの劣化版ですね。――区別するために、疑似太陽炉とでも呼びましょうか?」
「そんな新型、もとい劣化版太陽炉が開発された理由は、『出資および開発に着手した人間が、量産型太陽炉を求めたため』です」
マツカの言葉を引き継ぐように、今度はシロエが話を続けた。
「こんなときに、量産型太陽炉が急に必要になる理由はただ1つ。ソレスタルビーイングに対する、国連軍の編成です。各国は偽ガンダム襲撃によって、軍事に大ダメージを受けました。この状態で軍事力を統合しても、ガンダムに対抗できる力は雀の涙だ。……だが、ガンダムと同等の性能を有する機体が手に入れば、戦力はひっくりかえせる」
完全に、絹江は置いてけぼりである。シロエとマツカは、一体何のことを話しているのだろう。ゲイリーは言葉を奪われていることに驚いている様子だ。
2人とも、全てを知っているような口ぶりだった。ソレスタルビーイングを一緒に追いかけていたはずなのに、どうして彼らは当事者のように話し続けるのか。
シロエもマツカも、絹江にそんな話を聞かせてくれたことはない。絹江は仲間外れにされていた? ――いや、違う。彼らが絹江に提供していた情報が、小出しにされたものだったのだ。
絹江の心を表すように、いつの間にか、空には暗雲が立ち込めている。気のせいでなければ雷鳴も聞こえた。ぽつ、ぽつと雨が降ってくる。
セリフを取られたことにポカンとしていたゲイリーの顔がミラーに映っていた。しかし、その顔はすぐ歪んだ笑みへと変化する。何が楽しいのか、奴はまた笑い声を上げた。
次の瞬間、高級車が勢いよくブレーキをかける。突然のことだったので、絹江はそのまま前につんのめった。が、間一髪、シロエとマツカに支えられる。
車に乗り込む瞬間まではあれほど心強いと思っていたのに、今ではその手すら得体の知れないもののようだ。絹江はごくりと生唾を飲んだ。
「そこまで知ってるなら、自分がどうなるかも分かってるよなぁ?」
「な、なんですって……!?」
「お前らは皆、『知りすぎた』んだよ。――ああそうだ、冥土の土産だから教えてやる。お前らも米軍基地の二の舞になるんだ。ソレスタルビーイングの秘密に近づいたために殺された奴のなぁ!!」
再び車が急発進。そうしてゲイリーは、車をスピンさせるような派手なターンを披露した。その際、後部座席のドアがオートで開き、絹江たちはそのまま放り出される。
だが、地面に叩き付けられる直前で絹江を庇ったのはマツカだった。シロエも受け身を取り、即座に体制を整える。瞳に宿るのは迎撃の意志だ。
「先輩」
「絹江さん」
シロエとマツカが絹江を見た。「必ず守るから信じてくれ」と訴えるような眼差し。絹江がそれに答える間もなく、ゲイリーが車から出てきた。手には、凶器を握り締めている。
絹江を庇うように、シロエとマツカがゲイリーに立ちはだかる。無理だ。どう考えても、同業者と研究者が敵う筈がない。2人は、絹江だけでも逃がそうとしているのだろうか。
しかし、絹江の脚はすくんでしまって動かない。このままでは皆やられてしまう。あと少しで真実にたどり着けると思ったのに、自分はこんな場所で死んでいくのか――。
凶器が振り下ろされた。絹江は反射的に目を閉じる。
瞼の裏側で、黄色と緑の眩い光が爆ぜたような気がした。
◇
「パパとママが、亡くなった……!?」
突然の報道に、ルイスは茫然としていた。ニュース画面には大きく、数時間前にAEUで起こったテロに巻き込まれ、亡くなった人々の名簿が提示されている。その中に、ルイスの両親の名前があった。
どうして両親が死ななければならなかったのか、ルイスには心当たりがある。世界がおかしいことに気づいたルイスが両親に相談した結果、沙慈の姉――絹江・クロスロードの取材に協力を申し出てくれたのだ。
あの場にいた人間として、真実が正しく放映されないのは遺憾だ――そう言った両親との会話を思い出す。代議士の先生に頼んでみると笑った母の声が耳を離れない。それが、最期の会話になってしまうなんて。
沙慈が心配そうにルイスを見つめる。スペインに帰れと言われているようで、なんだか突き放されたような気になった。
丁度病室にいた征士郎、ひまり、悠凪、一鷹、アリス、ハルノもテレビを凝視する。ぴりぴりとして空気が周囲に漂った。
「沙慈・クロスロードさん。お荷物が届いています」
それを壊すかのように、ナースが能天気な声を上げて病室に入ってきた。反応に困っている自分たちに構わず、ナースは荷物を置いて去っていく。
ルイスと沙慈は訝しげに首を傾げつつ、乱暴に包みを破いた。こんなときに何が贈られてきたのだろう。日本語で「空気が読めない/KY」という言葉があるが、先程のナースなんてまさにそれだ。破けた包装紙をゴミ箱にぶち込み、箱を開ける。
そこには大きめの端末――パッドが入っていた。沙慈がそれを取り出した。左腕のない沙慈の代わりとして、ルイスは左側部分を持つ。次の瞬間、端末の電源を入れていないのに画面が点灯した。青い画面が映ったっきり、うんともすんとも言わない。
「こんなときに、一体なんだっていうのよ……!」
ルイスが歯噛みしたときだった。突然、白抜きの文字で文章が表示される。内容は、『貴方たちは踏み込みすぎた』と出た。呆気にとられている間に、文章が次々と切り替わっていく。
『貴女の両親も、踏み込みすぎた』、『他にも知りすぎた奴がいる』、『恨むなら、絹江・クロスロードとソレスタルビーイング、およびガンダムを恨め。そうして憎み続けろ』――それを最後に、文字が消えた。
画面いっぱいに表示されたのはカウントダウン。画面上部にはご丁寧に『爆発まであと10秒』と表示された。あまりの展開に面々は息を飲む。たった10秒では何もできない。せいぜい驚くので精一杯だ。
「きゃああああーっ!!」
「ッ、ルイスっ!!」
結婚式場のときと同じように、沙慈がルイスを守るようにして抱きすくめた。放り投げられた端末が床を転がる。
次の瞬間、カウントダウンが0になった。激しい光と熱が周囲を包み込む! ルイスは反射的に目を閉じた。
瞼に突き刺さるような白い閃光に紛れ、黄色、赤、緑、青の光が瞬いたような気がした。