大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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43.それぞれの、決意のとき

 暫く見ないうちに、親友がとんでもないことになってた。

 

 オーバーフラッグスの面々が武道大会に出場して、ガンダムたちと戦いを繰り広げてたのは間近で見ていた。彼らの口から「隊長をやっていた『彼』が新たな力を得て、姿形が変わった」という話も耳にしている。

 自分がいなくなってから、オーバーフラッグスたちは大変な目に合っていたらしい。闘技場からとぼとぼと出てきた彼らに話しかけたら、「『彼』が暫く失踪したと思ったらいつの間にか帰って来て、でも、そのときにはもう性格が変貌していた」と泣きつかれた。

 元・オーバーフラッグス隊長機が新たな姿へと変わってからずっと、オーバーフラッグスたちとは別行動を取っていたそうだ。その行方は全く掴めていないという。現在の『彼』はライセンサーという特殊な地位にいて、行動制限が少ないためだ。

 

 友人たちが『姉』の陰謀に振り回されている仲間たちを見過ごせるはずがなかった。『姉』の企みを止めるために奮闘していた『自分』であったが、なかなか方法は見つからないでいる。

 『自分』が居候している組織のガンダムたちに手伝ってもらいながら、『自分』は『彼』の行方を探していた。協力者たちがこの場所を割り出してくれたおかげで、現在、単身で突入および攻略中であった。

 

 

「会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!」

 

 

 向う側から聞こえた声につられて、奥の通路に向かった。多分、ここまでのノリだったら、『自分』は「ああ、アイツは何も変わってない」と力なく笑い飛ばしていただろう。

 しかし、『自分』は、すぐに『彼』が変わってしまったことを思い知ることになった。

 

 

「ヴェーダの情報を餌にすれば、必ず会えると信じていたぞ!」

 

 

 餌。その言葉に、『自分』は息を飲んだ。

 

 『彼』は決して卑怯な真似はしなかった。相手を罠にかけるという卑怯な戦術を、誰よりも嫌う性格をしていた。正々堂々、全力でぶつかり合うことを好み、それを至上としていたのに。

 誰かの大切なものを人質/餌にするようなことを、率先して行うような性格ではなかったのに。『自分』が行方不明――実質敵には死亡扱い――になっていた間に、一体何が起こったというのか。

 元からエクシアを(いろんな意味で)困らせていたけれど、そこまで酷くはなかった。確かにこんな変貌を遂げてしまえば、オーバーフラッグの面々がオロオロするのも頷ける。『自分』の場合は、彼らとは違う感情が湧き上がっていた。

 

 

「まさか、あんたがヴェーダの情報を!?」

 

「その通りだ! あの情報は、キミをおびき出すためのもの!」

 

 

 エクシアの面影を宿す『彼女』の問いに、『彼』は悪びれる様子もなく答えた。

 『彼女』は急ぎの用事がある様子だった。スターゲイザーの面影を宿す機体も、困ったようにため息をつく。

 『彼女』たちと行動を共にする異界の英雄たちも同じらしく、「何しに来たのコイツ」と言いたげな眼差しを送っていた。

 

 

「どいてくれ! 今は、あんたに構っている暇はないんだ!!」

 

 

 『彼女』は切実な響きを持って訴える。だが、『彼』は何を思ったのか、

 

 

「邪険にあしらわれるとは……ならば、キミの視線を釘付けにする! 今日の私は、阿修羅すら凌駕する存在だ!!」

 

 

 鞘から武器を引き抜き、『彼女』に突きつけた。戦え、と、『彼』の纏う覇気が訴える。

 その口調はまるで、何かを懐かしみ、その光景を慈しんでいるようにも見えた。

 

 

「ようやく巡り会えたこの機会……。乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない」

 

 

 『彼』は噛みしめるように呟く。そこは以前と変わっていない。

 

 「何を言ってるんだこの人」――周囲の面々が反応に困っている。彼らの困惑が手に取るように伝わってきた。

 スターゲイザーの面影を宿す機体は、どこか懐かしそうな眼差しを向けている。

 彼女は『彼』が暴走する様子を、「わあ元気ですねえ」程度のノリで流してしまえる猛者であった。

 

 もうどうしたらいいかわからない、と、光の巨人や仮面を付けたヒーローたちが頭を抱えている。知り合いなら何とかしてくれと、彼らは『彼女』に視線を送った。

 『自分』は知っている。それは、『彼女』にとって相当の重荷であることに他ならない。『彼女』が申し訳なさそうに肩を落としたのを見た彼らは、状況を察したらしい。

 

 彼らの予感を決定づけるかのように、『彼』は語り始める。

 

 

「そう。ガンダムの存在に、私は心奪われたのだ! この気持ち、まさしく愛だ!!」

 

「愛!?」

 

 

 いきなりの愛の主張に、『彼女』は素っ頓狂な声を上げた。『彼』の口調や言っている内容も以前と変わらないのに、明らかに『彼』は変貌してしまったように思える。

 スターゲイザーの面影を宿す機体以外の面々がドン引きしていた。ある種の恐怖を感じ取ったのだろう。皆、不審者を見るような眼差しを『彼』に向けていた。

 

 

「……あのー、あれはどうにもならないんですか?」

 

 

 決して切れない無限の輪を冠する光の巨人が、恐る恐ると言った感じで問いかけてきた。スターゲイザーの面影を宿す機体は、のほほんと微笑む。

 

 

「ふふ。相変わらずだなぁ、あの2人」

 

「……アンタも動かないってことは、そういうことかよ……」

 

 

 ゼロの名を冠する光の巨人も苦い表情を浮かべる。その横顔がげんなりとしているように見えたのは、決して気のせいではない。あの様子だと、彼は彼女によって、恋愛云々についてがっつりと根掘り葉掘りされたように見えた。

 他にも、スターゲイザーの面影を宿す機体に対して苦手意識を抱く面々もいた。いや、恋愛系の話には乗り切れないでいる様子だ。『彼女』たちが所属するチームは、男性が9割を占めている。……これ以上話すと埒が明かないので、閑話休題といこう。

 

 盛大に愛を叫んでいたはずの、『彼』の表情が曇る。どろりとした闇を湛えたように、カメラアイが黒光りした。昏い輝きにぞっとする。

 

 

「だが、愛を超越すれば、それは憎しみとなる。――だから、私はキミを倒す!」

 

「あんたは……ッ」

 

 

 歪んでいる、と続けようとした『彼女』が言葉を止めた。「お前が歪んだ原因は俺なのか?」――『彼女』の視線は、そう問いかけている。

 『彼女』の心を察知したのだろう。ほんの一瞬、『彼』は沈痛そうな表情を浮かべる。そうして、『彼女』を気遣うような眼差しを向けた。

 何かが脱線してしまっても、『彼』が『彼女』に向ける想いは変わらなかった。愛とは、そういう感情のことを言うのだ。『自分』は1人、納得する。

 

 誰かを傷つけるようなものは、愛と呼べるものとはいえない。

 いつかどこかで聞いた言葉。恋する少年が言っていた言葉だ。

 

 

「……私には、“これ”だけしかないんだ。いくら歪んでいると非難されようとも、こうしてキミに挑み続けるしかない」

 

「マ■■オ……」

 

「道化でなければ、守れないものがある。そうなってでも、失いたくないものがある。取り戻したいものがある」

 

 

 『彼』は痛々しいほど儚げな笑みを浮かべる。

 

 以前だったら、決して浮かべたことのない表情(かお)だ。

 だが、それはすぐに、決意と激情に歪んだ。

 

 

「……だからこそ、私は――!!」

 

 

 刀を模したサーベルを振り上げ、『彼』は『彼女』たちに迫る! 『彼女』も覚悟を決めたように、ビームサーベルを構えた。他の面々も迎撃態勢を取った。戦いが始まろうとしている。

 『自分』はそれを見ていた。少し離れた場所から、英雄たちと『彼』とのやり取りを聞いていた。そうして、思ったことがある。ただただ、感じたことがあった。それはとても簡単なこと。

 鞘から日本刀を模したブレードを引き抜き、『自分』はGNドライブを作動させた。青い燐光を纏い、緑の粒子をまき散らしながら、『彼』と『彼女』の間に割って入るかのように突っ込んだ。

 

 

「――しょうがないな、ドアホウが」

 

 

 さあ、ミッション開始だ。

 

 『彼』を、オーバーフラッグたちの元へと連れて帰るために。

 『彼』やオーバーフラッグたちと、もう一度空を翔るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニオン、人類革命連合、AEUの3大国家が軍事同盟を組み、国連軍が編成される――。

 

 このニュースのせいで、軍部は大忙しであった。各国の主要基地が壊滅状態で自国の軍備編成でさえバタバタしているのに、更にその上を作らねばならないのだから。

 壊滅状態の戦力を一気に結集しても、メリットは少ないはずだった。鹵獲作戦のときのような、大規模な物量戦を展開する力なんて、今の3国には無い。

 しかし、この同盟を推し進めるにあたって協力者がいた。国連大使のアレハンドロ・コーナーである。彼は、とっておきの秘策を搭載した新型機を提供したのだ。

 

 詳しいテスト内容をビリーから聞いたが、その性能は、タクマラカン砂漠で姿を現した新型ガンダムや、ユニオン基地を襲撃した偽物たちとほぼ同等の能力を誇っているという。国連軍では、その新型MSが主力として配備されることになるそうだ。

 新機体の登場によって、既存のMSは一手に陰へと追いやられることになった。勿論、我らが愛機・フラッグも例外ではない。ユニオンの精鋭を意味する称号にも冠されていた我が国最強のMSは、文字通りのお蔵入りになってしまった。

 

 

「……そんな」

 

 

 クーゴたちの話を聞いたハワードは、愕然とした様子で目を伏せた。彼の顔から生気が消えてしまったように思う。「ガンダムに対抗できる新型機があれば」と弱音を吐いたダリルに喝を入れた誇り高きフラッグファイターには、あまりにも辛い現実だ。

 いや、悔しい思いを味わっているのは彼だけではない。グラハムも、ダリルも、ジョシュアも、アキラも、複雑な表情を浮かべている。この場にいる全員が、機体の乗り換えを命令されていた。ハワードだって、復帰すれば新型機に乗ることを義務付けられるだろう。

 機体の乗り換えだけでなく、オーバーフラッグス部隊の解散も言い渡されている。3国の戦力を集めるのだから、それは当然の判断だ。そちらになら、まだ従えた。部隊が離れても、自分たちの繋がりは途絶えることはない。でも、「フラッグを捨てろ」というに等しい命令には、躊躇してしまう。

 

 フラッグファイターとしての矜持と、新型機でなければガンダムに対抗できないという現実。その狭間で、フラッグファイターたちはもがいている。

 

 

「ッ、後継機! 後継機の開発は!?」

 

「……到底、間に合わんそうだ。次に行われる作戦に参加するにはな」

 

 

 縋るように顔を上げたハワードに、グラハムは沈痛な面持ちで首を振った。

 

 ビリー曰く、後継機開発には膨大な時間が費やされるという。それも、最低で数か月から数年単位でだ。この調子でいくと、どんなに頑張っても、後継機が次の作戦に参加することは不可能である。

 その現実が横たわる中で、自分たちMSパイロットは無力なものだった。病室に沈黙が降りてくる。外は快晴。中庭が見渡せる窓からは、子どものはしゃぐ声がひっきりなしに響いた。

 

 

「……なんとかしてやりたい、とは思うんだ」

 

 

 クーゴはぽつりと呟いた。

 

 

「まだ、飛びたいって言ってるんだ。戦いたいって言ってるんだ。自分はまだやれるって、戦うべき相手がいるんだって、ずっと『叫んでる』んだよ。フラッグが」

 

 

 格納庫に置き去りにされたフラッグの機体を見る度に、クーゴはそんな声が『聞こえて』いた。自分の愛機は激しく訴えている。『白いガンダム――スターゲイザーが、クーゴと自分を待っている』のだと。特に主張が激しいのはグラハムの機体だ。

 そちらの方は『愛しい天使を討つのは自分なのだ』と、刹那の翔るガンダムへの愛を叫んで憚らない。機体のパイロットと思考回路がよく似ている。隣にいた自分の機体が呆れているように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

 痛々しい沈黙を引き裂くように、慌ただしく病室の扉が開かれた。運動音痴気味にも関わらず、全力疾走してきたビリー・カタギリ技術顧問である。

 喘息患者のようにゴホゴホと派手な咳を繰り返すビリーの背中をグラハムが軽く擦った。大丈夫かと心配する親友に、ビリーは大丈夫だと手で示した。

 荒れた呼吸を整え終えたビリーは顔を上げた。心なしか、彼の表情は明るい。「皆、聞いてくれ!」――そう言った彼は、とても嬉しそうに見えた。

 

 

「叔父さ――カタギリ司令が、新型機の推進力になっていたドライブを融通してくれたんだ! それをフラッグに積み込むような形でなら、ぎりぎりだけど、本格的な決戦には間に合うよ!!」

 

「本当ですか主任!?」

 

 

 ビリーの発言を聞いたハワードとダリルが表情を輝かせる。力強く頷く技術主任の様子に、憂鬱な空気は一瞬で吹き払われた。

 

 しかし、喜ぶのはまだ早かったらしい。

 「ただね」と、ビリーが申し訳なさそうに目を伏せる。

 

 

「そのドライブ、2機しかないんだ。……だから、他の人たちは新型に乗り換えなくちゃいけなくなる」

 

 

 空気が一気に元に戻った。申し訳なさそうにしょんぼりするビリーの様子を思うと、やっぱり文句は言えない。「ありがとう、カタギリ」とグラハムは感謝の言葉を述べる。ここにきて、新たな問題が浮上した。突貫工事のカスタムフラッグに、一体誰が搭乗するのか。用意された機体は2機である。

 乗れるのは2人。その1人目は決まっている。クーゴと同じことを考えていたらしく、ハワード、ダリル、アキラがグラハムを見た。ジョシュアに至っては、「悔しいけれど仕方がない」とでも言いたげな様子である。これは、オーバーフラッグス隊全員一致の意見だ。

 ならば、残りはあと1人。クーゴはちらりと仲間たちを見返した。誰が搭乗することになってもおかしくはない。実力も、フラッグへの想いも、皆強い面々ばかりだ。特にハワードは、病人であることが悔やまれる程に。

 

 候補はダリル、ジョシュア、アキラの3人か。絞るのが難しそうだ――と、クーゴが考え込んでいたときだった。

 周囲から視線を感じる。顔を上げれば、この場にいる全員がクーゴを見ていた。何で彼らがこちらを見ているのか分からなくて首を傾げる。

 

 仲間たちはひどく驚いたような顔をした。意味が分からなくて首を傾げる。次の瞬間、ジョシュアがしかめっ面をした。

 

 

「日本人は察することに長けてるって話を聞いてたけど、アンタは例外みたいだな」

 

「いや、知ってるよ。でも、どうして俺なのかなって」

 

 

 クーゴが返答すれば、ジョシュアは愕然としたように口元を戦慄かせた。

 だってそうだろう、とクーゴは笑った。

 

 

「俺なんかよりも、お前らの方が相応しいよ」

 

 

 自信を込めて断言し、クーゴは3人を見返す。乗るとしたら、この3人のうちの誰かだろう。正直、誰を推薦すべきか悩む。決められなくて、クーゴは苦笑した。

 

 

「難しいなぁ。皆、実力も高いしフラッグのこと大切にしてるから」

 

「――その『皆』の中に、どうしてアンタは入ってないんだよ」

 

 

 苛立たしさを募らせるように、ジョシュアはクーゴを見下ろす。青い瞳には、憤りと焦燥が滲んでいた。

 周囲を見回せば、仲間たちの眼差しはクーゴに注がれていた。満場一致、と目が語る。何度瞬きしても、結果が覆らない。

 どうしてだ。クーゴは眉をひそめる。訝しがっているのは自分だけらしい。仲間たちは深々とため息をついた。

 

 

「本当に、隊長の言ってた通りですね。副隊長は謙遜しすぎなんですよ」

 

「むしろ、自分を過小評価しすぎてると言った方が正しいですな」

 

「……何かある度にフラッグに話しかけてるんだ。損傷すれば『痛そうだから早く治してやれ』とか言うし、挨拶だってしてるし。それで『フラッグを大切にしてない』なんて、誰が言うんだよ」

 

「『誰かの想いを背負って飛べる人』って考えて、浮かんだのが副隊長でした。俺も、副隊長なら背負ってくれるって信じてるっす」

 

 

 ダリルが、ハワードが、ジョシュアが、アキラが、そう言って静かに微笑んだ。

 

 

「キミはいつも、『フラッグの様子がわかる』って言ってたよね。そういうキミだからこそ、僕も推すんだよ」

 

 

 ビリーもうんうん頷く。ビリーを介抱していたグラハムも、厳かな面持ちで頷いた。

 

 

「これが、我々フラッグファイターたちの意志だ。キミもフラッグファイターなら、矜持を見せろ」

 

 

 そんなことを言われて、断れるような人間ではない。クーゴ・ハガネは、「期待されればそれに答えたくなる」性分である。

 フラッグファイターとしての誇りを託されたのだ。他の誰でもない、敬愛すべき大切な仲間たちに。ここで逃げたら、その信頼を裏切ることになる。

 正直、まだ躊躇いは抜けない。更にいうなら自信もない。ないない尽くしだけれども、こんな自分を信じてくれた仲間たちに応えたかった。

 

 決意を込めて前を向く。仲間たちの瞳をまっすぐ見返し、クーゴは小さく頷いた。それだけで充分、相手には伝わったようだ。皆、穏やかに目を細める。

 他の面々だって、フラッグに乗って戦いたかったはずだろう。その気持ちを考えると、胸がちくりと痛んだ。何を思ったのか、ビリーが不敵に微笑む。

 

 

「実は、フラッグの後継機も考案中なんだ。勿論、今度配属される新型に使用されたドライブを推進力に使う想定でね。今回の新型ドライブをフラッグに積むっていう行程は、そのための試金石も兼ねてるんだよ」

 

 

 だから頑張って、と、技術主任は親指を立てた。プレッシャーだな、なんて軽口を叩きながら、フラッグファイターたちは談笑に耽る。

 

 

「ところで、新型はいつ頃お披露目になる予定なんだろうな?」

 

「そこは、ソレスタルビーイングか偽物次第だろうね。今度の実戦がいつ、どこでになるかは向うの都合にかかってるわけだし」

 

 

 グラハムの問いに、ビリーは苦笑する。ソレスタルビーイングが出現し、どこに向かうかによって、新型のお披露目会場は変わるだろう。各国にも新型が配置されていく予定なのだ。ガンダムと同性能を持つ新型とは、どのような機体なのだろう。

 動力が同じということは、飛んでいるときはあの毒々しい赤い粒子をまき散らすのだろうか。……まあ、フラッグにも同じエンジンが積まれるのだから、フラッグも赤い粒子をまき散らすことになる。どうしてだか、あの色はあまり好きになれそうにない。

 粒子の色の違いについても、ビリーは分析を進めているようだ。色の違いについても法則性があるのだろうか。技術屋ではないクーゴにはまったくわからないが、粒子の色の違いだけでも相当なことだというのは理解できた。

 

 雑談に耽りながら、クーゴは仲間たちの顔を見回す。

 

 ハワード、ダリル、アキラ、ジョシュア。彼らはフラッグに乗ることはできなくなるけれど、フラッグというMSを見捨てたわけではない。ただ、今は相棒と別れることしかできないからそうするだけだ。彼らは、フラッグを諦めてはいない。

 開発担当のビリーだってそうだ。恩師であるエイフマンと共に築き上げたMSの系譜を絶やすような男ではない。彼ならば、ガンダムと対抗できる新しい機体/フラッグの後継機を生み出してくれるだろう。

 不意に、クーゴの脳裏に虚憶(きょおく)がフラッシュバックした。青を基調にした隊長機に、ペールグリーン基調の一般機、特殊なドライブをつけた真空色の専用機が空を翔る様子が『視える』。

 フラッグの面影を宿したMSは、青空に隊列を組んで飛んでいた。瞬きしたときにはもう、その風景は消えていたけれど。いつか、自分がたどり着く場所なのだろう。クーゴには漠然とした予感があった。クーゴはふっと微笑む。

 

 

(楽しみだな、新型機。……その前に、ドライブ搭載フラッグの方が先か)

 

 

 遠くに雲が陰って見える。暗雲が近づいているのかと思った途端、また虚憶(きょおく)がフラッシュバックした。フラッグの面影を宿した黒い機体が、同じフラッグの面影を宿した藍色の機体とぶつかり合っている。機体のフォルムは違うけれど、2つの機体は確かにフラッグの系譜を継いでいた。

 黒い機体は日本の侍/武士を思わせるようなデザインだ。頭部のパーツにつけられた角は、兜につけられた飾りのようにも見える。藍色の機体はフラッグとデザインは酷似しているものの、こちらは和洋折衷系のように見えた。対峙しているのは誰と誰なのか――姿は朧げにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルガン」

 

 

 名前を呼ばれた。振り返れば、車椅子に乗った黒髪の女性がエルガンを見上げている。

 

 青い瞳は厳しい色を湛えていた。お前のやり方には納得できない、と、しきりに訴えている。最初から、彼女に叩きのめされそうだとは思っていたし、覚悟もしていた。殴られようと、否定されようと、それでもエルガンは己のやり方を曲げることはしなかった。

 この程度で『彼等』が滅んでしまうなら、到底『対話の(とき)』を迎えることはできないためだ。エルガンが用意した“試練”を『彼等』が突破できないのならば、この星と人類に未来はない。親友と自分たちの計画はここで終わりだ。

 たとえいかなる犠牲を払おうとも、エルガンは未来を選ぶ。確実に、この青き星と人類が未来を掴むための采配を振るい続ける。己の持つ虚憶(きょおく)で、親友との約束と己の決意に殉じた男――『エルガン・ローディック』のように。

 

 『エルガン』の采配で、ZEXISは大切な仲間を失った。『エルガン』が彼らに与えた試練が――間接的に――“大気圏を狙い撃つ男”の命を奪ったのだ。

 彼らからの冷たい眼差しを/天上人の戦術予報士から喰らった張り手の一撃を、エルガンは片時も忘れたことはない。

 

 ――たとえ、今回の行動が、その焼き直しになろうとも。

 

 エルガンは、この選択をし続ける。

 

 

「エルガン」

 

 

 女性は、眉間に眉を寄せながら、深々とため息をつく。

 彼女には伝わっているのだろう。エルガンの覚悟も、諦めも、希望も、すべて。

 

 

「……そんな顔するなら、最初からそんなことしなきゃいいのに」

 

「それが最善手だからだ。彼らには成長してもらわなければ困る」

 

「最善手が、常に最良の結果を出すとは限らないでしょう」

 

 

 エルガンの言葉に対し、女性は屁理屈で応戦する。しかも、真理という名の爆薬を投げつけてくるからタチが悪い。

 

 『エルガン』が用意した試練もまた、同じ結果になった。ZEXISは確かに強くなったけれど、失ったものも大きかったのだ。

 彼らの成長という意味では、『エルガン』の采配は大成功だと言えただろう。それと同時に、ZEXISにとっては最悪の結果を招いた。

 

 

「――まったく、アンタって奴は。……本当に、昔から世話が焼けるわね」

 

 

 ややあって、彼女は苦笑した。

 しょうがないな、と、青い瞳が語っている。

 

 

「『アンタが拾えない分は、私が全部拾ってやるから。だからアンタは、代わりに私が拾えないものを拾い上げて頂戴』。……そういう約束でしょうが」

 

 

 女性はそう言って、肩をすくめた。

 

 

「忘れないでよ。アンタには私がいるし、私にはアンタが必要不可欠なんだから」

 

 

 こんな優秀な参謀役、そうそう見つかるわけがない――彼女は朗らかに笑った。信頼に満ちた青い瞳に、エルガンは思わず表情を緩ませる。かすかに痛む心には蓋をして、「わかっている」と頷いた。

 女性は訝しげに眉をひそめた。前科持ちのエルガンを信頼していないようだ。しかし、それもすぐに悪戯っぽい笑みに変わる。幼い頃から見てきたけれど、笑い方は全く変わっていない。懐かしさに、そっと目を細めた。

 穏やかな気分になったのは久しぶりである。普段はアレハンドロとやり合ったり、権謀術数を張り巡らせたりしていて、常にぴりぴりした空気の中にいた。その道を選んだのは誰でもない、他ならぬ自分だったけれど。

 

 

「期待しているよ。だから、お前も期待していてくれ」

 

 

 エルガンは微笑んだ。その言葉に、嘘偽りはない。

 

 女性は、確実に、エルガンが望む以上のことをしてくれる。過去でも、現在でも、虚憶(きょおく)の中でもそうだった。

 彼女の言動に振り回されたし、逆に自分が彼女を振り回したことだってある。お互いがお互いの期待に応えながら、ここまでやってきた。

 

 我は牙。/赤き星――ナスカの、10人の子どもたちの1人。

 我は牙。/『同胞』の願いへ続く道を切り開いてきた者の1人。

 我は牙。/我が相棒と、親友のために未来を切り開く者。

 

 

「……うん、いい眼だ」

 

 

 女性は満足げに目を細めた。砥ぎ済まされた牙は、未だ衰えを知らない。そうやって、来るべき(とき)を待ち続ける。

 エルガンはちらりと時計に目を向ける。そろそろ議会が始まる時間だ。正直少しだけ名残惜しいが、行かなくては。今の己の戦場はそこなのだから。

 

 

「いってらっしゃい、エルガン」

 

「ああ。お前もな、“ベル”」

 

 

 エルガンは女性に背を向けて、部屋を後にする。

 

 議会はアレハンドロ派が幅を利かせ始めた。国連軍発足についてノータッチのエルガンは、傍目から見れば、アレハンドロ一派によって排除されているように見えるだろう。

 アレハンドロは気づいていない。自分の野心が、ソレスタルビーイングの踏み台にされるための舞台装置でしかないという事実を。その野心すら、他者に利用されているという事実を。

 第1計画は最終段階に入った。エルガンは、アレハンドロが練っている作戦プランの書類を眺める。表紙には大きく、『“夜明けの鐘”作戦(オペレーション・デイブレイク)』と書かれていた。

 

 本来なら、この作戦名を提案するのはアレハンドロ・コーナーではない。ブリタニア帝国の長男、シュナイゼル・エル・ブリタニアである。作戦名の提案で、彼とシュナイゼルは火花を散らしたことがある。

 アレハンドロが提案したのは『“天使の落日”作戦(オペレーション・フォーリンエンジェルス)』だ。だが、彼の案は一次選考で姿を消した。最終選考に残ったのは、シュナイゼルとトレーズの案である。その一騎打ちに勝利したのがシュナイゼルの案だった。

 

 歯ぎしりするアレハンドロを「ああ、やっぱりこいつは小物だなぁ」と眺めていた『エルガン』の気持ちに触れたような気がして、エルガンは少し遠い目をした。しかし、すぐに真っ直ぐ向き直る。扉を開けた先の議会――そこが、エルガンの戦場である。

 

 

(さあ、行こうか。無様な真似は晒せない)

 

 

 扉を開き、アレハンドロと対峙する。

 戦いの開始を告げるかのように、議長の開会宣言が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程の共闘のおかげで、ファーストチームとの和解は成立した……らしい。トリニティの面々は、現在、プトレマイオスに招かれていた。

 

 

『1つ、訂正する。……お前たちも、ガンダムだ』

 

 

 静かな眼差しで、エクシアのパイロットはそう言った。クルー曰く、「それが、彼女の最大限の賛辞」らしい。回りくどい褒め言葉であったが、喧嘩別れする羽目にならなくて本当に良かった。ネーナは心から安堵した。

 それが、今から数時間前のことである。現在、ネーナはイライラしていて仕方なかった。現在進行形で、別件の大ピンチに陥っていた。そこから発生した苛立たしさを、諸悪の根源にぶつけている真っ最中であった。

 

 

「あんたが、あんたがちゃんとあの女を落とさないからこうなってるんじゃない! あの女とヨハ兄、もしくは教官がくっついたりしたらどうしてくれんのよ!?」

 

「そ、それは……その……」

 

 

 ネーナはヒステリックに叫びながら、リヒテンダールをどついていた。どつかれているリヒテンダールは、終始困った表情を浮かべながら、煮え切らない返事を繰り返している。

 

 

「男なら甲斐性見せなさい! さっさと押し倒して、既成事実の1つや2つくらい作っちゃえばいいのよ!!」

 

「いきなりハードル上がった! ただでさえ、イケメン2人とのツーショット写真を取られて『あ、勝ち目無いや』って凹んでるのに!!」

 

 

 そう言って、リヒテンダールは恨めし気にクリスティナの背中を見た。現在、彼女はヨハンやノブレスと会話している。前者は本人が目の前にいて、後者は通信機越しからである。

 ヨハンもノブレスも、ネーナにとっては大切な人たちだ。前者は大切な兄だし、後者は想い人である。この女――クリスティナ・シエラはネーナに負けず劣らずの面食いであり、ミーハーであった。

 クリスティナは、ヨハンとノブレスに恋愛対象としての興味を示している。彼女は「ネーナのお兄さんと教官ってイケメンだよね」と話しかけてきた。地雷をぶち抜いた自覚もなさそうである。

 

 昔の自分だったら、そう言ったクリスティナをスローネドライで強襲していただろう。だが、ネーナは寸でのところで踏み留まった。これもまた、教官の教えのおかげである。

 表情を引きつらせるネーナを尻目に、彼女は言った。ヨハンは外見が、ノブレスは内面がイケメンであると。そこには諸手を上げて同意するが、兄と教官を彼女に渡したくはない。

 

 新たなライバル出現にギリギリしていたら、隅の方で同じようにギリギリしている男を見つけた。それが、現在ネーナが八つ当たりをしている男――リヒテンダール・ツエーリであった。

 

 どうやらこの男、クリスティナに片思いをしているらしい。

 

 こいつがクリスティナとくっつけば、ヨハンやノブレスを奪われる心配がなくなる。向うも似たようなこと――ネーナがノブレスとくっつきつつ、ヨハンを引き離してくれればクリスティナを奪われる心配がなくなる――を考えたようで、自分たちは利害関係から共闘することになったのだ。

 勿論、ヨハンとミハエルも諸手を上げて協力してくれた。むしろ、リヒテンダールに「クリスティナを攻略してくれ」と土下座していた。勿論、リヒテンダールは(最終的に)二つ返事で頷いてくれたが、勝利までの道は長く険しい。自分と似たようなタイプの人間を恋愛対象にすると、攻略する側は難儀するということを初めて知った。

 

 

「こういうときこそヴェーダの出番じゃないの!? ――あ、そうか。あれはポンコツだから逆に無理か」

 

「ついでに、第3者からハッキングされてるッスからね。もしかしたら、そっち方面の改竄も……」

 

「むしろしてほしい。特に、あたしと教官、あんたとあの女がくっつく可能性を重点的に」

 

「そんな無茶苦茶な……。ティエリアが聞いたら怒り狂いそうな内容ッスよ」

 

 

 2人は深々とため息をつき、頭を抱えて蹲る。

 

 もしかしたら自分は、厄介で難儀な相手を好きになってしまったのかもしれない。

 そんな予感が、頭から離れてくれそうになかった。

 

 

 

 蛇足だが。

 

 

 

「あの2人、仲がいいのねー」

(……あれ、なんでモヤモヤするのかしら)

 

『そうだな』

(ネーナが楽しそうで何よりです。彼女は、元気がいい方が似合う)

 

 

 向うで会話していたノブレスとクリスティナがこんなことを言いながら、そんなことを考えていることを、ネーナとリヒテンダールはまだ知らない。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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