大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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44.さよならまでの足音

 

 

『あの人たちは、本当の喜びや悲しみを知っているのでしょうか?』

 

 

 数時間前に、リオが言っていた言葉が頭によぎった。

 

 長い洞窟を進めば、その先に、自分を生み出した張本人――テラズ・ナンバー5がいる。グランドマザー直属の端末であり、惑星アルテメシアを統括する機械だ。

 ジョミーの成人検査で、ジョミーから14年間の記憶を奪おうとし張本人でもある。まことに、因縁深い相手だと言えよう。

 今も尚、奴は人々の想いを奪い、弄び、消去し、壊し続けている。その連鎖を断ち切るのだ。でなければ、また、何度も同じことを繰り返し続ける。

 

 自分と同じ思いをする子どもたちが、何人も現れることになるのだ。そんなことはここで終わりにする。

 そうして、奴が隠し持っているであろう青い星(テラ)へ至る座標も手に入れる。ソルジャー・ブルーの遺志を、叶えるために。

 

 

(見えた)

 

 

 洞窟の奥から光が差した。そこにあったのは、水が流れる岩場を模した、巨大なコンピュータ端末である。あれが、テラズ・ナンバー5の本体。青い星(テラ)への座標を有する端末であり、ジョミーの因縁の相手だ。

 アルテメシアの中で育った人々。家族と共に生活し、成人となった14歳でその記憶の一切を消去される。楽しかった記憶も、哀しかった出来事も、みんな忘れさせられてしまうのだ。そこで積み重ねてきた想いも、幸せも、悲しみも――そのすべてを、奪われる。

 「自分の両親だと思っていた人間が、実は血縁関係のない養父母たちである」と知っても、ジョミーにとっては大切な記憶だった。そこで重ねられてきた想いは、機械や制度によって作られたものではなかった。あれは本物だったと、胸を張って言える。

 

 

(その日々を……記憶を奪うもの――!)

 

 

 ジョミーは手をかざした。青い光が収束する。自分たちを生み出した元凶を、人間たちを歪ませた張本人の末端を、破壊するために。

 撃ち放ったサイオン派は、緑の光――シールドによって阻まれた。ジョミーは驚き、周囲を見渡す。

 

 

[無駄です、ジョミー・マーキス・シン。この聖域は、何人たりとも近づくことはできません]

 

 

 姿を現したのは、テラズ・ナンバー5。姿も物言いも、ジョミーが14歳で遭遇したときから変わっていない。

 たらこを模したようなフォルムに、能面のような顔がついている。無機質で不気味な赤い瞳が、こちらを静かに見据えていた。

 

 

[『ミュウ』は秩序を乱す。お前たちは存在してはならない]

 

 

 その判断が、どれだけ多くの『同胞』を苦しめてきたのか。

 その制度が、どれだけ多くの『同胞』を死に追いやってきたのか。

 ここまで至るまで、何がジョミーを突き動かしてきたのか。

 

 機械ごときに、わかるまい。

 

 ジョミーは眦を釣り上げた。テレキネシスで跳躍し、サイオン波を纏って、テラズ・ナンバー5に突撃する!

 浮かんでいた幻影を通り抜け、その一撃は、ジョミーのサイオン波を阻んだバリアとぶつかった。火花が爆ぜ、高熱がジョミーを焼き切ろうと襲い掛かった!

 

 

「うわああああああああああああ!」

 

 

 ジョミーは苦悶の声を上げた。それを見たテラズ・ナンバーは嘲笑する。

 

 

[そのまま、電磁シールドの熱に焼かれて死ぬがいい!]

 

 

 爆ぜる紫電に圧されても、ジョミーは引かない。大きく目を見開き、力を込める。脳裏に、犠牲になった人々の顔が浮かんだ。

 

 ナスカの警備中に事故にあったユウイ。トオニィを失い発狂した挙句、能力の暴走で命を落としたカリナ。ナスカに残ることを選び、滅びの運命を共にしたキムやハロルドたち。そして、メギドと相打ちになり命を落としたソルジャー・ブルー。

 彼らの想いを、ジョミーは背負っている。人類に、『ミュウ』の存在を赦さない世界を作るよう教育するグランドマザーたちを野放しにしておけない。青き星(テラ)へ帰るために、どれ程の犠牲を出そうとも、立ち止まるわけにはいかないのだ。

 青い光が、バリアを打ち破った。サイオン波が、テラズ・ナンバー5の本体を撃ち抜く! 馬鹿な、と、最期の悲鳴を残してテラズ・ナンバー5の映像が掻き消え、本体のコンピュータが派手な爆発を引き起こした。光が晴れ、がれきが散乱する。

 

 岩場が丸々なくなったためだろう。ジョミーの足元は、透き通った水で満たされていた。歩みを進めれば、ばしゃんと水の音が響く。

 ジョミーは懐からバングルを取り出した。親友のサムが、成人検査を受ける前のジョミーに手渡してくれた“親友の証”である。

 

 

「……サム」

 

 

 ジョミーは親友の名を呼び、バングルを手放した。それは小さな水しぶきを上げて、水の中に沈む。

 踵を返したジョミーは、振り返ることなく、外へ向かって歩き始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 青い星(テラ)の座標が出たのは、ジョミーがテラズ・ナンバー5を撃破してから程なくのことだった。

 リオの報告が来たのは、空が茜色に染まった頃。自分が生まれ育った惑星、アルテメシアの夕焼けを見たのは何年ぶりだったのかを考えていたときだった。

 その報告を聞いたトオニィが表情を輝かせる。無邪気な横顔は、青年に近い外見であるにもかかわらず、不相応の幼さを際立たせていた。

 

 リオは静かに目を伏せる。緑の瞳には、懐かしさと感慨深さに満ち溢れていた。

 そういえば、ジョミーが初めて接触した『ミュウ』は、他ならぬリオだった。

 

 

『あの日……貴方を救い出してから、長い月日が経ちました』

 

 

 彼の言葉に、ジョミーは静かに頷いた。

 

 リオの言葉通り、ジョミーが彼らに救われ、『ミュウ』として生きる決意をしたときから、長い月日が流れた。14歳だったジョミーは青年となり、ソルジャー・ブルーの遺志を継いで『青い星(テラ)へ帰る』悲願を叶えようとしている。

 ナスカの大地で、失われた命を思う。ナスカの大地で、最期まで生きることを選んだ人々の想いを悼む。ここまで来るまで、何人もの『同胞』たちが命を落とした。彼らの生きた姿を、自分は片時たりとも忘れてはいない。

 

 

『キム、カリナ、ユウイ、ハロルド……』

 

「マーク、ラナロウ、エターナ、クレア……――そして、ブルー」

 

 

 ジョミーはリオの言葉を引き継いだ。

 

 

「大切な人たちが、いなくなってしまった」

 

 

 彼らの遺志を抱いて、ジョミーは今、ここにいる。眩いばかりの夕焼けが、ジョミーを拒絶するように輝いていた。

 たとえ人類が自分たちの道を阻もうと、これからどれだけの犠牲が出ようと、決して自分たちが歩みを止めることはない。

 すべては受け継いだ意志のために。すべては、『同胞』たちの未来のために。青い星(テラ)への道を切り開く。

 

 

『ソルジャー。我々は、……我々は、青い星(テラ)へ……!』

 

 

 リオがジョミーの心を後押しするように/ナスカで散ったソルジャー・ブルーの想いを届けようとするかのように訴える。ジョミーは階段から立ち上がった。

 

 

「行こう」

 

 

 新緑の瞳が見据えるのは、ブルーが帰りたいと願った青い惑星(わくせい)。すべての命が生まれ落ちた楽園――青い星(テラ)

 

 

「道は、開かれた」

 

 

 ジョミーの言葉を聞いたリオとトオニィが頷く。ジョミーはもう一度、沈みゆく夕焼けを見上げた。故郷アルテメシアの夕焼けを目に焼き付ける。

 おそらく自分は、二度と、この故郷の夕焼けを目にすることはないのだろう。漠然とした予感に突き動かされるようにして、ジョミーは故郷の夕焼けを眺めていた。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 丁度、キリのいいところまで読み終えた。

 

 

(……テラズ・ナンバー……)

 

 

 挿絵に描かれていたコンピュータの端末は、以前どこかで見たことのあるデザインをしていた。たらこを模したような白い物体。

 モラリア戦役で、イデアを苦しめていた敵とよく似ている。いや、形からしてそのものだ。架空の存在が現実にも存在している? そんなバカな。

 

 まあ、それはいいとして。

 

 

「最終決戦、か」

 

 

 物語も、現実も、決着の(とき)が近い。

 

 そんな予感を抱いて、今日もまた1日が始まった。そうして、終幕――ソレスタルビーイングとの最終決戦、『“夜明けの鐘”作戦(オペレーション・デイブレイク)』――へのカウントダウンが近づいていく。

 現在、フラッグは突貫工事の真っ最中。「この調子でいくと、決戦の最終段階ギリギリになりそうだ」というのが、ビリー・カタギリ技術顧問の見解である。

 ダリル、アキラ、ジョシュアの3人は、宇宙で行われる作戦に参加していた。作戦の途中経過は上々で、『緑と白基調のガンダムを戦闘不能に追い込んだ』らしい。

 

 結局、最終的にはソレスタルビーイングの撤退させてしまった――とは、通信連絡をしてくれたフラッグファイターたちの報告である。今までは7:3の判定負けをしていた各国軍にしてみれば、大した成果だろう。上層部の連中が浮かれる様子が目に浮かぶ。

 今まではソレスタルビーイングのアジトすら見つけられなかったのに、今回は普通に発見、および奇襲をやってのけたそうだ。その情報源について、クーゴたちが知り得るところではない。気になってはいるものの、自分の権限では閲覧許可が出なかった。

 

 

「うまく言えないけど、作為的なものがあるよな」

 

「明らかに人為的なものだな」

 

「新型機――ジンクスを、さも『自分たちが開発しました』とばかりに宣伝している部分が、特にね」

 

 

 クーゴの言葉に乗っかるような形で、グラハムとビリーがうんうん頷いた。丁度目の前にあるテレビは、ユニオン軍のお偉いさんが新型機発表と対ソレスタルビーイング殲滅作戦について記者会見を行っている。

 新型機ジンクスの試金石である第一段階は終了。ここから本格的に、ソレスタルビーイング殲滅戦へと移行していくことは明らかだ。そのために、ジンクス製造のピッチも早くなっているらしい。数が揃うまで待つことになりそうだった。

 

 

「技術の提供元についても、情報が公開されないんだ。一体誰があのドライブを提供してくれたんだろう……」

 

「候補としては、『悪の組織』である可能性が高そうだが……」

 

「ノーヴル博士が否定してたよ。『我が会社(そしき)では、他者の殲滅に使う技術など取り扱っておりません!』ってさ」

 

 

 考え込んだビリーに、グラハムは思い当たる企業の名前を出す。“特殊で画期的な技術提供”をメインとする会社は、そこくらいしか思いつかないためである。しかし、グラハムの予想は外れだった。

 おまけにビリーの物まねを聞く限り、“新型機の技術提供先は『悪の組織』”説はノーヴル・クルーガーの逆鱗に触れたらしい。聞いているだけで底冷えしてしまいそうな口調だったためだ。

 一歩間違えれば技術提供を打ち切られてしまいそうな気配が宿っている。大丈夫だったのかと問えば、ビリーは「即死と致命傷は辛うじて免れたよ」と遠い目をした。成程、重体に近い状態らしい。

 

 疑似太陽炉搭載機はソレスタルビーイング殲滅の切り札となるだろう。その意図や意味を、ノーヴルは知っていたに違いない。『悪の組織』からしてみれば、企業理念とは相いれないものだ。怒る気持ちもわからなくはなかった。

 

 クーゴは格納庫に視線を向けた。眼下では、ノーヴルが現場の人間と何かを話し合っている様子が伺える。技術提供打ち切りを免れるための人身御供になったのは、クーゴが搭乗する予定のカスタムフラッグであった。

 どうやら『悪の組織』も実験したいことがあるらしく、提供された新型ドライブ――疑似太陽炉に魔改造を施すのだという。完成したばかりの新型ドライブを更に改造するとは、どう考えてもリスクと問題の比重が高い。タチの悪い賭けごとではないか。

 

 

(……俺、大丈夫だといいなぁ)

 

 

 人間卒業に近い己のことを思い返し、クーゴは遠い目をした。前回の偽ガンダム襲撃事件で、データ上『何度も即死を繰り返した』はずなのに、五体満足で帰還したためである。満身創痍だったグラハムでさえ“人類の枠組的な意味で”危ないレベルらしいが、幾分か、自分の方が問題の度合いが高い。

 

 そんなことを考えていたとき、端末が鳴り響いた。メッセージの送り主は『エトワール』――もとい、イデア・クピディターズである。互いに多忙だったため、連絡が来るのは久しぶりだ。

 「近々休暇を貰う予定。久々に会えませんか?」というメッセージに込められた背景が『視え』て、クーゴは目を伏せた。彼女は、世界がソレスタルビーイングに最終決戦を挑もうとしていることを察している。

 イデアたちからしてみれば、たった5機のガンダムでジンクスの大部隊を倒さねばならないのだ。多勢に不利どころか、否応にも、死を念頭に入れておかねばやっていけない状態であることは明らかであった。

 

 クーゴがメッセージを読み終えたとき、丁度いいタイミングでグラハムの端末が鳴った。彼は端末を開き、文面に目を通す。翠緑の瞳が大きく見開かれた。驚き困惑しながらも、グラハムは口元を緩ませる。

 刹那からのメッセージが来ると、グラハムはいつも、そんな風に表情を変える。どうやら、ソレスタルビーイングは色々と心の準備をしているらしい。自分はどうだろう、と、クーゴは真面目に考えてみた。――難しいどころの話では、ない。

 

 

「最後の休日、か」

 

 

 ぼそりとグラハムは呟くようにして格納庫を睨んだ。そこには、急ピッチで突貫工事が行われるフラッグの姿がある。我慢弱い男には、色々と思うところがあるらしい。

 おそらくこれが、イデアとの最後の会話になるだろう。クーゴにはそんな予感がしていたし、グラハムだって、刹那と交わす最後の会話になることを察しているはずだ。

 

 ソレスタルビーイング側に属するイデアおよび刹那のことも考えると、多分、今このときが数少ないチャンスではなかろうか。そこまで考えたとき、クーゴの手は自然と端末を操作していた。

 詳しい日付を教えてほしいと送れば、程なくして、イデアから休暇の日取りが提示される。その中で、丁度、クーゴの休暇と重なる日付があった。了承の返事を送り、待ち合わせ時間等を話し合う。

 段取りがついたのを確認して端末を閉じれば、煤けた笑みを浮かべるビリーが目の前にいた。羨望の眼差しがざくざくと突き刺さってくる。どうやら、彼が熱を上げるリーサ・クジョウとは進展がないようだった。

 

 そんな親友の隣で、グラハムも端末を閉じる。彼もまた、刹那と約束を取り付けたのであろう。待ち遠しそうに微笑む彼の横顔に、ほんのわずかだが陰りが見えた。グラハムもまた、『分かった』のだろう。

 

 

「その様子だと、キミたちも最終決戦かい?」

 

「まあ、そんな感じかな?」

「そうだな。確かに、最終決戦だろう」

 

「……そちらの戦果も、ぜひ聞かせてほしいな。後学のために」

 

 

 ビリーの問いに、クーゴとグラハムが濁すような返答をした。それを聞いたビリーは更に燃え尽きたような表情を浮かべる。今にも泣いてしまいそうだった。彼の性格を考慮すると、確実に、グラハムのやり方は適さない。

 純情奥手を地で行く男、ビリー・カタギリには、常に全力全開で突っ込んでいくグラハム・エーカーの恋愛論は無茶が過ぎるレベルだ。尤も、恋愛に無縁の道を行くクーゴ・ハガネは論外である。何かを言えるような資格はなかった。

 世界は止まらない。加速を速めていく。その中核にあるのは、積りに積もった憎しみだけだ。強制的に統一されていく矛先もまた、ソレスタルビーイング――特に、刹那・F・セイエイが許さないと願ったことではないのだろうか。クーゴには、なんとなくそう思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「命の色って、何色だと思う?」

 

 

 イデアの問いかけに、マイスターたちは大きく目を瞬かせて振り返った。イデアが唐突なのは今に始まったことではないので、「唐突だな」と仲間たちは苦笑する。

 決戦間近ということでピリピリしていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。こういうときだからこそ、心に余裕が欲しいと思ったのだろう。

 

 珍しく、面々は話に乗っかることにしたようだ。

 

 

「難しい質問だね。哲学みたいだ」

 

「今まで、そんなことを考えたことなかったもんなぁ」

 

 

 アレルヤとロックオンが首を捻った。普段、そんなことを考える機会なんてないからだ。それは、真剣に考えるべき問題ではないとわかっている。

 けれど、状況が状況だけに、真剣に考えごとをしたくなるのだ。たとえ、平時では軽く流してしまうような、くだらない雑談であろうとも。

 普段なら「くだらない」と一蹴しそうなティエリアや刹那も、イデアが振った話について考えていた。2人の横顔も、真剣そのものであった。

 

 

「……赤、じゃないのか?」

 

 

 刹那は確かめるように問いかけた。おそらく、彼女は戦場でよく見た色を連想したのだろう。いつ、命を奪われるか――その瀬戸際で戦い続けていた刹那らしい答えだ。

 

 

「血の色だから?」

 

「ああ」

 

「成程。そういう考えもありだね。他には?」

 

 

 イデアは悩み続けるロックオン、アレルヤ、ティエリアに問いかける。

 

 

「そう簡単に答えられないよ」

 

「頭にぱっと浮かばないんだよな」

 

 

 アレルヤとロックオンが苦笑した。これは、個人の感性に左右される質問だ。そこに正解はない。

 しかしながら、常日頃から念頭に置いていないと、いざ問いかけられると答えに窮する問題ではある。

 

 

「そういうお前はどうなんだ? イデア」

 

 

 ティエリアがこちらに問いかけてきた。以前はイデアを「貴様」呼ばわりして嫌っていたが、最近は態度が軟化しつつある。それはとてもいい傾向だ。

 尤も、ティエリアが一番敬意を払っているのはロックオンだ。ティエリアはロックオンを「貴方」と呼ぶ。彼がロックオンに対し、1番心を開いている証拠だ。

 他にも、対等の相手に対しては「キミ」という呼称を使う。イデアの場合は、まあまあ認められる相手と妥協し始めている様子だった。

 

 ソレスタルビーイングの運命が近づけば近づくほどに、反比例するかのように絆は深まり、結束は強まっていく。滅びの道を転がり落ちていく中で、自分たちが立って前を向ける起爆剤のひとつだ。

 彼らと一緒にソレスタルビーイングにいられて、本当に良かった。この先にどんな未来が待ち受けていても、イデアは迷うことなく歩いて行ける。イデアは仲間たちを見つめながら、そんなことを考えた。

 

 閑話休題。

 

 命の色について、刹那以外のマイスターは思い当たらないようだ。

 何か確証を抱いている、イデアの答えが気になるらしい。

 

 

「――青」

 

 

 イデアははっきりと答えた。青、と、他の面々も復唱する。

 

 

「それまた、どうしてだい?」

 

 

 アレルヤが意外そうな顔で問いかけた。それに答えるようにして、イデアは窓に視線を向ける。面々も、追いかけるようにしてイデアと同じ方向を見た。

 視線の先には、青く輝く惑星(ほし)がある。地球――人類が生まれ落ちた星にして、すべての命の故郷。命が生まれ、育まれ、消えていく循環を繰り返している。

 宇宙(そら)から見る地球は、宝石を思わせるように青く輝いていた。その美しさに目を細める。青く輝くこの惑星(ほし)の上で、争いが起こっているなんて信じられない。

 

 

「命が生まれた星だから、こんなにも綺麗な青なんだろうね」

 

「言われてみればそうだな。ここから見ると、地上が戦争やってるって言われても信じられない」

 

 

 イデアの言葉に同調するように、ロックオンも地球を眺めて目を細めた。成程、と、アレルヤ、ティエリア、刹那も頷く。

 

 どこまでも青く輝く星に、仲間たちは見とれていた。命がある故に、この星で生まれ育まれてきた遺伝子を受け継いだが故に、誰もがこの星に魅入られる。

 ソレスタルビーイングを立ち上げたイオリア・シュヘンベルクも、青い星の姿とその美しさを知っていたからこそ、そこで生まれ育った人類を信じたのかもしれない。

 託された想いは、今でもここにある。イデアは仲間たちを見返した。彼らと共に、託された想いを背負って、その理想を体現する。道の険しさを知っていて、だ。

 

 

「ところで、休暇はどう過ごす? 私は地上に降りようと思ってるんだ」

 

 

 地球を見ながら、イデアは問いかけた。

 他の面々は目を瞬かせた後、それぞれの予定を話し始める。

 

 

「俺は、妹に会って来ようと思うんだ。……弟の方にも会いたいけど、多分、そっちは無理だろうな」

 

 

 ロックオンは苦笑した。

 

 

「僕は用事がないから、宇宙に残るよ」

 

「僕もだ」

 

 

 アレルヤとティエリアも頷く。面々は、刹那のほうに視線を向けた。

 

 

「……俺も、地上に用事がある」

 

 

 自分の端末をちらりと見つめながら、刹那は抑揚のない声で告げた。ほんのわずかに耳が赤い。それが何を意味しているのか、仲間たちは察したらしい。

 ロックオンが楽しそうに笑い、アレルヤが微笑ましそうに頬を緩ませ、ティエリアが呆れながらも目を細める。イデアもニマニマ笑みを浮かべた。

 イデアの表情を見た途端、仲間たちは恐ろしい勢いで顔面蒼白になり、刹那を庇うように踏み出す。が、彼女と一緒に数歩後ずさりした。

 

 人とは、共通の敵を持つ相手と結束する生き物だ。どうやら、いつの間にかイデアは4人の共通の敵になっていたらしい。前々からその気はあったけれど、実際目の当たりにすると何とも言えない気持ちになる。

 イデアはぷぅと頬を膨らませた。なんだか自分だけのけ者にされたような気がする。それを見た4人は何を思ったのか、顔を見合わせた後にこちらへ向き直った。どこか意地悪いというか、趣向返しをしてやろうという目をしている。

 

 

「ね、イデアは地上で何をするの?」

 

 

 アレルヤが問いかける。ロックオンとティエリアがそれに続いた。

 

 

「用事の内容を、詳しく聞かせてもらえないか?」

 

「普段、俺たちのことを根掘り葉掘りしてるんだ。お前さんだって、根掘り葉掘りされる覚悟はあるよな?」

 

 

『撃っていいのは、撃たれる覚悟がある者だけだ』

 

 

 不意に、虚憶(きょおく)で出会った戦友の声が聞こえてきた。黒の騎士団を率いた仮面の指揮官、ゼロ。中の人はブリタニア帝国の皇子、ルルーシュ・ランペルージ/ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 

 彼の言葉は間違っていない。けれど、その理論で世界に争いをまき散らした男がいたことも事実だ。『撃たれる覚悟があるから、自分は好きに撃っていい』――そいつは、己の生まれた意味を放棄し、思うがままに力を振るった。

 まあ、イデアもそれに近い思考回路でいる。必要最低限の常識やモラルはきちんと守っているつもりだが、あくまでも「自分の尺度」のため、周囲の人間がどう思っているのかはわからない。ゼロの言葉が自分に降りかかってきたわけだ。

 イデアは笑った。途端に、仲間たちが凍り付く。自分は、オロオロするのを予想していた彼らを見事に裏切ったらしい。ふふふ、と笑い声を漏らせば、マイスターたちは「しまった!」と言わんばかりに表情を絶望に歪めた。

 

 こちらは堅実に、ひっそりと、じりじりと、外堀を埋めにかかっているのだ。

 その戦況報告を、誰かにしたくてしたくて堪らなかった。

 

 ――ただ、それ以上に、他人の恋愛の方が気になっていただけであって。

 

 

「聞きたい?」

 

「い、いや……」

 

「その……」

 

「ええと……」

 

 

 イデアの笑顔に、男どもはささっと視線を逸らした。

 先程までの悪い笑みは、何とも情けない表情に変わっている。

 

 

「聞いてよ。どうせ、まだ暇なんでしょう? そこにいる2人もね」

 

「ぎくっ!」

「うぅっ!」

 

 

 通路の角に視線を向ければ、丁度そこに、リヒテンダールとクリスティナの姿があった。いつから気づいてたの、と言いたげな眼差しが突き刺さってくる。

 この2人は、イデアが「命の色は何色か」とマイスターたちに問いかけた時点から、通路の角に居合わせていた。最初から、と微笑めば、6人は絶望的な表情を浮かべる。

 

 「私もまだ時間があるから」と付け加えれば、この場にいる全員が、諦めたように天を仰いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テオは現在、病院の207号室にいた。エイミー・ディランディのお見舞いのためである。

 

 相変わらず静かな病室だ。花瓶には、白百合とナスカが花を咲かせている。前者はエイミーの兄――ニール・ディランディが、後者は2番目の兄――ライル・ディランディの恋人が活けたものだろう。彼女はナスカの花を育てていた。

 いや、『悪の組織』に関係する面々の多くが育てていると言っても過言ではない。テオもその中の1人だ。最近はご無沙汰のため、世話は知り合いたちに任せっきりになってしまっているが。

 

 

「へぇ、お兄さんが来たんですか」

 

 

 眠り続ける少女の横で、テオは相槌を打つ。第三者がいたら、不気味な光景であろう。

 テオは会話している。まるで、意識不明以外の人間が傍にいるかのような気さくさで。

 

 

「『また来る』……確かに、この状況だと厳しいかもしれませんね。ソレスタルビーイングに対し、各国は殲滅戦を仕掛けようとしていますし」

 

 

 そう言って、テオはテレビのスイッチを入れた。映し出されたニュース番組では、ソレスタルビーイング殲滅作戦について軍のお偉いさんが演説している。彼らの裏で糸を引く男の存在が『視えて』、テオは顔を顰めた。

 男のことは知っている。アレハンドロ・コーナー。国連大使であり、国連代表のエルガン・ローディックを毛嫌いする男であり、ソレスタルビーイングの監視者であり、イオリア計画を乗っ取り世界を支配しようとする存在であった。

 アレハンドロは先日、同じ監視者であるハーヴェイ一族の根絶やしにかかると言っていた。近々、汚れ役として舞台に立つことになるだろう。そちらが片付けば、次の片付ける対象は――。

 

 テオは思考を中断させた。

 

 そんなことよりも、と、鞄の中からタブレットを取り出してエイミーに示す。

 彼女は眠ったまま、微動だにしない。テオは構わず報告を始めた。

 

 

「ホワイトベース、完成しましたよ! テスト結果は先日の通りです! あとはクルーの確認だけですね。メインクルー関係は、艦長に一任しますよ」

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

「……副艦長と戦術指揮兼任でハーレイ・カルム、ニキ・テイラー、操舵にゼル・クロー、ブラウ・ロディア、エマ・セリスィ、ヒルマン・ノッテ、通信士にジュナス・リアム、整備士にケイ・ニムロッド、ゲストにフィシス・デーア、カリナ・エヴァンジェロ、整備と通信士兼務でヤエ・ミナカタ、雑務と通信士兼任でラ・ミラ・ルナですか。大半が超兵機関にいた後に『目覚めた』子たちですね。……で、MS部隊のチーム構成は?」

 

 

 再び沈黙。

 

 

「アスル・インディゴ、マーク・ギルダー、ラナロウ・シェイド、クレア・ヒースロー、エターナ・フレイル、エルフリーデ・シュルツ、ユウイ・アスカ、キム・バートン、ハロルド・ベイらを中心とした構成ですね。了解しました。近いうちに、要請がかかると思います」

 

 

 テオは微笑み、タブレットをしまう。丁度そのとき、端末が鳴り響いた。誰からの着信かを知っていたテオは、忌々しそうに顔を歪ませる。

 メッセージを確認すれば、案の定、アレハンドロ・コーナーからであった。内容も、テオが思っていた通りのものだった。深々とため息をつく。

 本当はもう少しエイミーと話していたかったのだが、仕方がない。別れの挨拶をして、立ち上がる。そのとき、また着信が入った。

 

 今度の相手は、テオに馴染み深い人たちだった。彼らの近況報告と、別行動の自分を気遣うメッセージがあった。テオは静かに頬を緩める。

 不意に、テオは振り返った。エイミーは相変わらず眠り続けている。また沈黙が落ちてきた。しばしの間をおいて、テオは自慢げに微笑む。

 

 

「――ええ。大切な“教え子”たちです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「例の子、『目覚め』たのね」

 

 

 女性は端末を開いて、情報を確認した。

 

 

「ドライブの魔改造も、報告を見る限り、いいペースで進んでるじゃない。これなら疑似太陽炉搭載型フラッグ完成にも響かないし、ユニオン側から文句が出ることはなさそうね」

 

 

 他には何かないだろうか、と、女性は情報を確認する。

 

 エルガンの方はアレハンドロの静観および監視を行っているし、ノブレスやリボンズも同じように奴の駒として動きつつも監視を続けている。イデアの方は、マイスターの1人が片目を負傷したらしい。スナイパーにとっては致命的だったが、再生治療を拒んで前線に立ち続けるそうだ。

 何とも言えない予感を感じて、女性は宇宙(そら)を見上げる。別れの星。誰との別れを意味するのか、女性はなんとなくだが『わかって』いた。最初から、彼はそれを見越していたに違いない。わかっていて、それでも希望を抱き、希望を目にすることを夢見て眠っている。

 「無事に目が覚めたら、見たいものがある」と、彼が笑っていた遠い日のことを思い出した。「目覚めることができる可能性は皆無だ」とも。――きっと彼は、希望を見たいと思い至ったときから、自分の運命を察していたのだ。女性の持つ能力(ちから)とは別の方面から。

 

 それでも、彼は笑うのだろう。「それで希望が紡げるならば、安いものじゃないか」と。

 流石は我が夫、そこに痺れるまた惚れる。……惚れるのだけれども。

 

 

「それって、生き急ぎって言うんじゃないの?」

 

 

 女性は、問いかけるようにして呟いた。

 返事を返す相手はいない。そして、返事が返ってくることもない。

 

 

「自分の理想に殉ずるのは勝手なことだけどさ、置いていかれる側からしてみれば、たまったものじゃないんだよ」

 

 

 噛みしめるようにして、女性は弱々しく息を吐く。いつかわかると人は言うけれど、その犠牲の上に立つ自分が言えた義理ではないけれど、いつか自分もその選択をする日がくるのだと『わかって』いても、納得できないことはある。

 そうやって、沢山の人が託して散っていった。希望を、祈りを、願いを、意志を受け継いで、女性は今、ここで生きている。今このときにもまた、誰かが自分たちにすべてを託して逝くときが近づいてきていた。――次の相手は、間違いなく、彼。

 

 

「……貴方はそれでいいのね? 本当に、そうするのね」

 

 

 「ひどいひと」と、口が動いた。脳裏にフラッシュバックしたのは、複数の叫び声。

 子守唄のように聞こえていた言葉の意味を、今ならはっきりと理解することができる。

 悲鳴だ。愛する者を失ってしまった人々の嘆き。

 

 

『どうして!? どうして私の大切な人は皆、私を置いて逝ってしまうの!?』

 

 

『ユウイ、トオニィ! 私を1人にしないで!!』

 

 

 友人の母親が、悲鳴を上げて泣き叫んでいた。

 

 彼女は己の能力を暴走させた果てに、愛する人の幻を見ながら死んでいった。

 その死に顔は、まるで眠っているかの様子だったとクルーから聞いた。

 

 

『言った、だろう? エターナ。……俺は、キミを、1人にしない、と……』

 

『……ありがとう、マーク』

 

 

 瓦礫に潰れた伴侶の手を取って、友人の両親は息絶えた。

 唯一の救いは、最期の最期に伸ばした手が届いたことだろう。

 

 

『やだよ、こんなの嫌だ……! ずっと一緒だって言ったじゃない! 約束破らないでよ、ラナロウ!!』

 

『……ったく。本当にお前は、しょうがねぇな……クレア』

 

 

 血まみれになって息絶えた父の傍を、母は最期まで離れなかった。

 

 両親は最期まで、滅びゆく星と共に命を散らした。

 娘の故郷で、意識不明となった娘の目覚めを待ち続ける――その願いに殉じたのだ。

 

 

「――『連れていって』、か」

 

 

 感傷に耽るように、女性は再び宇宙(そら)へと思いを馳せる。

 そうして、静かに目を閉じた。――もうすぐ、さよならが訪れる。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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