大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
ネーナ・トリニティはガクガク震えていた。情けない顔をして、ただ、自分に襲い来る恐怖を見上げていた。
頼りになる兄たちは別の敵と戦っている。今すぐこの場から離脱したいが、ネーナには引けない理由があった。前門の虎後門の狼よろしくな状態だからだ。といっても、後ろにいるのは狼よりも非力な存在であるが。
自分の後ろには、自分よりも明らかに年下の少年少女たちが脅えるようにして身を固めあってる。彼らもネーナと同じように、自分たちの身に迫る恐怖のせいで足がすくんでしまったのだろう。
彼らを守れる距離にいるのはネーナだけだ。どうにかできるのもネーナだけだ。だから、何とかしなくちゃいけない。伊達にガンダムマイスターとしての戦闘訓練を受けてきたわけではないのだ。
震える体を叱咤し、ネーナは構えを取る。生身の格闘戦、経験は浅い。
それでも、それでも。
「う……」
震えながらも、ネーナはキッと眦を釣り上げた。瞳には涙がにじんでいる。
数分前までの自分なら「無様だ」と笑うのだろう。自分ならスマートにやり通せる、と。
だが、それがなんだ。
無様でもいい。
どれ程の無様をさらしたって、守りたいものがあるのだ。
「うああああああああああああああああああああああああああああーッ!!」
ネーナは咆哮し、駆け出す。敵もまた、ネーナに標的を定めて突っ込んでくる。
ネーナは強く握りしめた拳を振りかぶる。敵の腹めがけて、思いっきり叩き込んだ!
鈍い衝撃が拳を伝う。手がびりびりとしびれるような感覚に、ネーナは顔をしかめる。敵は、どうなったのだろう。
手ごたえは、おそらく、ある。しかし、敵は微動だにしなかった。この場にいる全員が、固唾を飲んで自分たちを見守っている。
ややあって。敵の巨体がぐらりと傾いた。そのまま崩れ落ちる。地を揺るがすような音を立てて、敵は倒れた。土ぼこりが舞う。
2メートルはあろうかと思われる程の、イノシシ。それが、敵の正体だ。
ぜー、ぜー、と、ネーナは荒い息を吐きだした。嫌な感触が手に残っている。まだ、体が震えていた。
「ネーナ!」
「ネーナ、無事か!?」
ヨハンとミハエルが駆け寄ってくる。兄たちを見ていたら、ひどく安心した。体から力が抜け、ネーナは地面に尻餅をつく。
後ろにいた子どもたちを見れば、全員が無事だ。もう一度兄たちへ視線を戻す。兄の後ろには、2メートル近い熊が2匹、大地に倒れ伏していた。
兄妹3人が顔を見合わせ、後ろにいた子どもたちへ視線を戻した。彼らは宝石のように輝く笑みを浮かべ、自分たちへと駆け寄ってきた。
「ネーナおねーちゃん、すごーい!」
「ヨハンにーちゃん、かっこいいー!」
「さっすが、ミハエルにいちゃーん!」
「ありがとう! お兄ちゃん達、すごいよー!」
わいわいきゃあきゃあ。子どもたちの笑い声を聞くと、嬉しさと充実感に胸が満たされていく。
こんな気持ちになったのは、初めてかもしれない。
今まで、自分たちはガンダムマイスターになるために生まれ、訓練を積んできた。訓練の大半も、破壊活動に近いものだった。ずっと戦いばかりさせられてきた。
『自分たちの教官』として送り込まれてきた青年に徹底的に叩きのめされた後、「パイロットとしての腕前だけでなく、人間性も磨くべきだ」との一言で、この場所に連れてこられたのだ。
日本の農村を思わせるような街並み。ド田舎と言っても差支えない山の中にある、中規模の孤児院。連れてこられて早々、子どもたちの遊び相手を言い渡されたときはどうしてやろうかと本気で思った。
子どもの相手は確かに疲れた。でも、皆が「おねーちゃん」とネーナを慕ってくれた。「おにーちゃん」と、ヨハンとミハエルを慕ってくれた。職員の人々も、3兄妹に親身に接してくれたのだ。
自分たちが彼らに心を許すまで、時間はかからなかった。
同時に、そんな機会をくれた『教官』に感謝した。
「よかった。キミたちに何かあったら、我々は『教官』に合わせる顔がないからな」
ヨハンは穏やかな微笑を浮かべ、子どもたちの頭を撫でる。
「よっしゃあ! 今日は熊鍋とボタン鍋だ!」
ミハエルは満面の笑みを浮かべて、熊とイノシシを担ぎ上げる。やや重そうにしているが、子どもたちの前だからと頑張っているのだろう。
それを察したヨハンがミハエルに駆け寄った。どちらがどれを持つかの話し合いをしていたが、最終的にはミハイルがイノシシを、ヨハンが熊2匹を持つことになったようだ。
「ネーナ、よく頑張ったな」
「すごいぞネーナ! 流石だな!」
「えへへ……」
兄たちからも褒められた。ネーナは自然と頬が緩むのを感じる。
見上げれば、自分が仕留めたイノシシが白目を剥いていた。今日はご馳走である。
子どもたちと一緒に帰路につく。やや起伏のある山道を歩いて、孤児院へと向かう。その間、兄妹と子どもたちは上機嫌であった。
この村では、熊やイノシシはご馳走である。他にも野生動物が獲れるし、野生種として生息している木の実も豊富だ。
子どもたちだけでなく、孤児院の職員たちも喜んでくれるだろう。うまくいけば、『教官』を驚かせることもできるかもしれない。
顔を仮面(ヘルメットに近い形状なので、正直ヘルメット表記の方がいいのかもしれない)で隠し、あまり表情に変化がない『教官』。彼の表情が変わるときを、是非とも見てみたいものだ。
そう思っていたときだった。
数メートル先の藪がガザガザと音を立てた。全員が思わず身構える。先程の熊やイノシシが現れたときの予兆と同じだからだ。
子どもたちが兄妹の背中に隠れる。彼らを庇いながら、兄妹は藪を睨みつけた。また何か出てくるのだろうか。
「ああ、キミたちか」
藪の中から出てきたのは、(ほぼヘルメットに近い形の)仮面をつけた青年――『教官』だった。一つに束ねたプラチナブロンドの髪が、夕日に照らされ茜色に輝く。白い肌に映えるような出で立ちであった。
面々は、彼の姿に息を飲んだ。彼の佇まいから漂う優雅さだけでなく、彼の状況に。
『教官』の肩には熊、イノシシ、鹿、雉が担がれていた。背負った籠には、溢れんばかりの鮭がぴちぴちと蠢いている。
前の方にぶらさがった籠には、キイチゴやグミなどの木の実がたくさん入っていた。
「あー! ノブレスおにいちゃーん!」
「すっげー! ノブレスさん、大量だー!」
子どもたちがきゃあきゃあはしゃぐ。それにつられたのか、『教官』――ノブレス・アムの口元が緩む。注意しないとわからないほど、些細な変化だ。
ノブレスを驚かせてやろうと思っていた気持ちは、彼の持ってきた獲物のインパクトに消し飛ばされてしまった。熊2匹とイノシシ1匹なんて、全然大したことない。
ワクワクした気持ちがしぼんでいく。自分たちはまだ、ノブレスには敵いそうにない。
ネーナたちがしょんぼりと肩を落としたとき、子どもたちと戯れていたノブレスが顔を上げた。ヨハンとミハエルの肩に担がれた熊とイノシシを見て、感心したように頷く。
子どもたちが獲物を指差し、「ヨハンにいちゃんが」「ミハエルにいちゃんが」「ネーナおねえちゃんが」と、事の顛末をノブレスに説明した。それらをすべて聞いたノブレスは、口元を綻ばせた。
仮面の向こうには、優しい眼差しがあるのだろう。なんとなくネーナはそう感じた。おそらくは、ヨハンとミハエルも。
「熊とイノシシ、仕留めたんだって?」
「え、あ、う……」
「あー、まあな」
なんだか居心地が悪くて、ネーナとミハエルは返事を濁した。
ヨハンはゆるゆる首を振る。
「貴方が狩ってきた獲物と比較すれば、大したものではありません」
「そんなことはない。キミたちは、子どもたちを守り抜いてくれただろう?」
強い調子で、ノブレスは否定した。
「よく頑張った、偉いよ。……流石だな」
ノブレスは誇らしげに笑った。一般人の手前、詳しいことは言えない。でも、彼の佇まいが確かに語っている。『流石は自分の教え子。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターたちだ』と。
嬉しい。ネーナは素直にそう思った。誰かに認めてもらえることが、誰かに存在を肯定されることが、こんなにも胸に響くものだったなんて知らなかった。心がとても温かい。
思えば、ここに連れて来られるまで――あるいはノブレスと出会うまで、まともに扱われたことなんてなかった気がする。ヨハンが感極まったようにノブレスの名前を呼び、ミハエルが照れくさそうに笑った。
さあ帰ろう、と、ノブレスが促す。自分と子どもたちも、彼の背中に続いた。
子どもたちとノブレスは、大きな声で童謡を歌い始めた。「夕方だから、家族が待っている家へ帰ろう」という内容のものだ。
ネーナら兄妹は詳しい歌詞を知らない。だから、歌の変わりにメロディを口ずさんだ。
孤児院が見えてくる。そろそろ夕飯の準備が始まる時間帯だ。調理室の部屋には、淡く明かりが灯っている。
子どもたちが我先にと駆け出した。つられてネーナとミハエルも走り出す。ヨハンとノブレスは、そんな自分たちを優しく見守っていた。
◆
「わんっ!」
「ダーリン! お前ロリコンじゃったのか!?」
「フフフ…ハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハ!! アヒャヒャ! ヒャーハッハッハッハ!」
「レーベン…ああ…レーベン!!」
「僕はね…ぶつのも、ぶたれるのも、大好きなんだよ!」
「カイメラ隊はー?」
「病気ー!!」
子どもたちが、楽しそうに歌を歌っていた。巷で流行っている『電波ソング』。
この孤児院出身である大人気アイドル歌手、テオ・マイヤーの歌だ。
テオと同じくらい、ノブレスも孤児院の人気者だった。なんでも、多額の寄付金を贈ったり、子どもたちの遊び相手をしたり、テオとのコネクションを使って彼がここで様々な催し物ができるよう取り計らってくれるためらしい。
ネーナはCDジャケットを眺める。ゆるく跳ねたプラチナブロンドの髪に、透き通るような白い肌。アンバーのアーモンドアイが、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
視線を上げる。ノブレスは、じっと子どもたちを見つめていた。仮面のせいで表情はよくわからないが、なんとなく嬉しそうだとネーナは感じた。それを肯定するように、彼の口元が緩む。
気難しくてとっつきにくい相手だと思っていたが、意外と可愛いのかもしれない。
もう一度CDジャケットに視線を落として、ふと、ネーナは気づいた。
CDジャケットに写ったテオの笑い方と、現在進行形で微笑んでいるノブレスの笑い方。
「似てる……」
「何が?」
「うひゃあああ!?」
ネーナが呟いたとき、ノブレスがいつの間にかこちらに接近していた。振り返ったとき、視界の真ん中、至近距離に彼の顔があり、思わず悲鳴を上げてしまう。
ネーナの悲鳴に兄2人が目ざとく反応した。「何かあったのか!?」と、2人とも血相を変えて駆け寄ってくる。
ヨハンとミハエルは、『ネーナの顔を覗き込んでいるノブレス』という光景に、何か思うところがあったようだ。顔が一層険しくなる。
ノブレスは彼らを見て、無言のまま顔を伏せた。そんなつもりはない、とでも言うかのように首を振る。真摯さが伝わってきた。
兄2人はネーナとノブレスを見比べては、なにやら複雑そうに眉をひそめた。彼らは何を悩んでいるのだろう。
悩みたいのはネーナの方だ。ノブレスの「そんなつもりはない」のニュアンスが、どうも気に食わない。
気に入らないことがあったからといって癇癪を起こしても、現状を変えることなどできやしないのだ。勝利を勝ち取るためには、攻めるだけでなく耐えることも必要である。
ノブレスとシミュレーターを使った訓練をしていると、いつも痛感することだ。特にネーナは「トリニティの中で一番我慢弱い」と太鼓判を押されている。実に不名誉極まりなかった。
流石に「護衛対象が
「そういや、今日の訓練は?」
ミハエルが、ぎこちなさそうに訊ねてきた。
しょんぼりしている(ように見える)ノブレスの様子に耐えられなくなったからだろう。
「今日の訓練はナシだ。ゆっくり休みなさい」
実にさらっとした答えである。ノブレスは笑った。
「ですが……」
ヨハンが慌てて彼を引き止める。自分たちのデビューはもう少しなのだ。少しでも訓練を積んで、ノブレスに近づきたいのだ。ミハエルとネーナも頷く。
しかし、ノブレスは首を振って語った。「キミたちは今日、充分頑張ったじゃないか」と。そう言って、奥の部屋に鎮座する毛皮を指出す。2匹の熊と、1匹のイノシシ。トリニティ3兄妹が獲った獲物だ。
次にノブレスが視線を向けたのは、電波ソングを熱唱する子どもたちだった。トリニティ3兄妹が熊とイノシシを倒したことで、守りぬけた人々。また、ノブレスの口元が緩む。彼は子どもたちのことを大切に思っているようだ。
「今日のヒーローに鞭を打つほど、僕は鬼になれないよ。……甘い、とは、自他共に認められているがね」
ノブレスは自嘲気味に笑った。
彼はトリニティ兄妹のあずかり知らぬところで、何かを抱えているらしい。しかも、それを自分たちに知られぬようにしている。
なんて歯がゆいのだろう。今の自分たちでは明らかに足手まといだ。ノブレスを超えることは最終目標であるけれど、まずは彼と並べる程強くなりたい。
しかし、今日はシミュレーターに触らせてもらえないだろう。ノブレスは、一度言ったことは滅多なことが起きない限り撤回しない。
彼は明らかに、ネーナたちの進路妨害をしている。意地でもシミュレーター訓練をさせないつもりらしい。しょうがない人だ。
今日は素直に引くしかないだろう。3人はアイコンタクトを取り、ノブレスに向き直った。お言葉に甘えて、とヨハンが言えば、ノブレスはふわりと微笑む。
「皆ー! そろそろ寝る時間だよー!!」
黒髪をお団子に結んだ女性が子どもたちに呼びかける。真夏の空を思わせるような瞳は、きらきらと輝いていた。
とても車いす利用者とは思えない。縦横無尽に車いすで駆け抜ける彼女の姿は、何度見てもハンディなんて感じさせないほどハツラツとしている。
子どもたちの何人かは不満げに口を尖らせたが、女性には敵わないようだった。渋々、自分たちの部屋へと戻っていく。
多くの子どもたちは彼女の言葉通り動いていた。
元気よく「おやすみなさーい!」と挨拶をして、自分たちの部屋へと駆けこんでいった。
『明日も楽しく過ごすためには、今日はきちんと寝なくちゃいけないんだから!』
女性が常々言っていた言葉を思い出し、ネーナは彼女の背中を見つめた。ノブレス曰く、彼女は「自分を助け、育ててくれた恩人」だという。
確かに、底抜けた明るさを見ていると救われたような心地がする。子どもたちが楽しそうに笑っているのも、彼女の明るさによるものなのかもしれない。
よく見るとスタイルも抜群だ。出るところは出て引き締めるべきところはしっかりと引き締まっている。男の理想体型を具現化したようなボディラインに、ネーナはギリギリ歯噛みする。なんだか負けた気がした。
というより、こんなことで敗北感に打ちひしがれる時点で、自分は女性やノブレスに敵わないのだ。尚更それを実感し、ネーナの肩身はますます狭くなる。パイロットとしても人間としても、まだまだ未熟だった。
子どもたち全員が部屋へと戻ったようだ。女性がうんうん頷き、自分たちの方へと向き直る。
「キミたちもありがとう。ゆっくり休んでね」と、彼女は笑った。太陽を連想させるような笑みだった。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ!」
「おやすみなさーい!」
ノブレスが淡く微笑む。自分たちも彼らと挨拶を交わし、与えられた部屋へと引き上げた。
ネーナは兄たちと別れて、割り振られた部屋へと戻る。「たとえ兄妹であっても、男女の部屋は別々にすべき」というのが女性の方針だった。
最初は何だと思ったが、プライベートというものを考えると、今ならわかる気がした。何かに浸っていたいときとか、誰にも邪魔されたくないときとか。
ネーナは棚からCDを引っ張り出す。テオ・マイヤーが発表した歌だ。
最新作である電波ソングだけでなく、全作品が揃っている。歌詞の内容や歌唱力もルックスも悪くない。むしろストライクゾーンに入っていた。兄たちには及ばないが。
ミーハーで面食いだという自覚はある。ネーナは小さく咳ばらいすると、数世代前のCDプレーヤーにCDをセットした。心地よい音楽と歌声が流れてくる。
窓から空を見上げれば、満天の星空が広がっていた。大都会や宇宙から見る光景とは違い、どことなく心が弾む。
聴き惚れている曲の影響もあるのかもしれない。ネーナはCDジャケットに写るテオ・マイヤーを見て、悪戯っぽく微笑んだ。
恋に恋する女の子――自分が憧れていた「普通」で「当たり前」の幸福を噛みしめながら、ネーナはくすくす声を漏らした。
『フタマタダ、フタマタダー!』
自分の幸せな時間に冷や水を浴びせてきたのは、紫色の丸いロボ――HAROだった。こいつは元から口が悪い。
聞き捨てならないことを言われ、思わずネーナが食って掛かる。
奴は反省するそぶりなどなさそうだった。
「HAROうっさい! ってか、二股ってどういうことよ!?」
『シャアノニノマイ、シャアノニノマイ』
「この前シミュレーターで撃ち殺しちゃったヤツと同じにしないでよ!」
「あたし、あそこまで酷くない!」と叫んで、HAROに向かってクッションを投げた。クッションの下から『ヒデー、ヒデー』と、くぐもった声が響く。
せっかくの気分が台無しだ。ネーナはため息をつき、CDプレーヤーを止める。道具とCD一式を片付けて、ベッドに横になった。
途端に、心地よい疲労感と睡魔に飲み込まれる。ネーナの意識が落ちたのは、そのすぐ後のことだった。
◇
「あの子たちのこと、大切にしてるのね」
「……ああ」
女性の言葉に、ノブレスは頷いた。
「あの子たちは、『アイツ』に使い潰されるために生み出されたと言っても過言じゃない。……僕は、それを認められなかった」
「そっか」
仮面に隠れているため、普通の人間はノブレスがどんな顔をしているかなんてわからないだろう。
しかしこの仮面は、『同胞』以外のすべてを騙すためのもの。『同胞』である彼女に通じるはずがなかった。
「自分と同じような目にあってほしくないのね」
言い当てられて、ノブレスは言葉を詰まらせた。ぐ、と唇を噛む。
脳裏に浮かんだのは、一番幸せだった頃の時間だ。次の瞬間、それが崩壊した光景が脳裏にフラッシュバックする。
平穏を壊した相手の顔が鮮明に浮かんでくる。握り締めた手が震えた。感情が爆発してしまいそうになる。
今はまだ、そのときではない。ノブレスは自分に言い聞かせた。
トリニティ兄妹に言い聞かせている言葉を思い出す。勝利を手にするためには、攻めるだけでなく耐えることも必要だ。耐え忍び、策を練る。
そのために、ヤツに近づいた。ヤツの懐に潜り込み、ずっと監視を続けてきたのだ。
「……まあ、スポンサーとしての財力は優秀ですからねー」
つい、素が出た。
もっとも、大丈夫だと確信があるからこその素なのだが。
女性はふっと目を細める。
「ノブレスの言う通り。おかげで、『ウチ』もウチの孤児院も潤ってるし」
事実を知ったらどんな反応するんだろ、と、女性はあっけらかんと笑った。ノブレスも一緒にくすくす笑う。
自分の私利私欲のために奮発していた財が、自分の首をじりじりと絞める結果になる。そう知ったときのアイツは、どんな顔を見せてくれるのか。
話を聞いていた『同胞』たちが集まってくる。彼らもまた、悪戯っぽく笑っていた。
「そうだ。機体の整備と改良、終わったよ」
女性の言葉に、ノブレスは頷く。そして、ちらりと階段に視線を向けた。
先程、部屋へと戻っていったトリニティ兄妹の後ろ姿が脳裏にちらつく。
「できれば、あの子たちの分もどうにかしたいんですが」
「今現在は難しそうだけど、ゆくゆくは改良する予定だよ。アイツにバレないよう、抜け目なくね」
ヤエさん仕込みの大改造ー♪ と、女性は楽しそうに歌い始める。詳しいことは知らないが、彼女にとって『ヤエさん』は師匠らしい。
『同胞』の中で彼女と同年代の人たちが、懐かしそうに窓の外を眺める。彼らは星空の向うに
長き旅を経てこの惑星にたどり着いた『同胞』たち。ノブレスは、この惑星で生まれ育ち、能力を『目覚めさせた』、『同胞』の中でも若い方に入る。
ノブレスは彼らの背中を見つめた。先輩の『同胞』たちは、どんな気持ちで
女性はノブレスの方へと向き直る。
すべてを奪われ、茫然としていたノブレスを救い上げてくれたときに見た笑顔を浮かべていた。
「悪いね。『同胞』に『目覚め』を促すためとはいえ、アイツの元で、『ああいうこと』やらせちゃって」
「いいえ、構いません。歌うことは好きですし」
「でも、『こういうこと』もやらせられてるわけだし」
「大丈夫ですよ。懐に飛び込むと決めた以上、覚悟してたことですから」
心配そうにこちらを見上げる女性に、ノブレスは笑って答えた。
「貴女は『彼』と違う道を進んでいますけど、たどり着くべき場所は同じなんでしょう? なら、それでいいじゃないですか」
ノブレスは、近郊にある格納庫のことを思い浮かべる。
あそこには、トリニティ3兄妹のガンダムスローネアイン・ツヴァイ・ドライと共に、ノブレスの愛機もあった。
ガンダムESP-Psyonタイプモデル02、νガンダム。『同胞』の持つ
そういえば、アムロ・レイに異様な執着を見せる友人がいた。彼とテストパイロット争いをした思い出に、ノブレスは苦笑する。最終的に、彼は『伝説のニュータイプ……。僕の“超えるべき相手”として、相応しい存在だ。僕は必ず、奴を超えてみせる』と語って、パイロットを降りてしまったが。
アムロ・レイは「こいつ……動くぞ!」でガンダムを動かし、初陣でザクを倒してしまった男である。ニュータイプ最強の称号は伊達じゃない。ノブレスが持つ
詳しい
閑話休題。
女性は安心したように笑い、ノブレスの方を見た。『同胞』たちも、ノブレスをまっすぐ見返している。
ノブレスは頷いた。わかっている、大丈夫、やり遂げてみせる――言葉にせずとも伝わったようで、『同胞』たちも頷いた。
「それじゃあ、僕はやすみます」
「うん。おやすみなさい」
明日も早いのだ。彼らの教官として、無様な姿は見せられない。
自分の部屋へと戻り、ベッドに横になる。仮面をつけたまま眠るのは、慣れたくないけれど慣れてしまった。いや、慣れざるを得なかったというべきか。
ノブレスは静かに目を閉じた。明日のシミュレーション、どのデータを使おうか。彼らの実力も伸びてきたのだから、もう少し難しめのものにトライしてみようか――なんて考えた。