大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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大丈夫だ、これで1stシーズンが完結だから。
47.行く者、見送る者、去る者、還る者


 イオリア・シュヘンベルクが愛妻家であったことを知っているのは、第1世代のガンダムおよびその開発時期とソレスタルビーイングの初代関係者陣営だけだ。その世代に当たる人間はほぼ死に絶えているし、彼らの意思と志を継いだ人間たちが残っているものの、詳しい話を祖先から聞いた者はいない。

 情報の秘匿は急務だったし、必要なことだった。それに関わった者である女性は、当時のことを振り返って考える。自分もまた、今となっては数少ない、ソレスタルビーイング立ち上げに関わった初期関係者だ。嘗てはガンダムのテストパイロット及び開発に携わっていたし、現在もそのノウハウを生かして会社/団体を率いている。

 第2世代の関係者がソレスタルビーイングをサポートする秘密結社――フェレシュテを立ち上げる以前から、『悪の組織』及び『スターダスト・トレイマー』は存在していた。本来ならば、『悪の組織』及び『スターダスト・トレイマー』はフェレシュテ同様に、ソレスタルビーイングのサポートを行うつもりでいた。

 

 それを方向変換したのは、親友を失った後である。ソレスタルビーイングと対をなす存在であり、彼らにとって「目の上のたん瘤」でい続ける――人類の敵として存在し、人類の統合を後押しするソレスタルビーイングの“最終的な仮想敵(ラスボス)”として存在することで、彼らの成長を促す存在であり続ける。

 同時に、『ソレスタルビーイングが役目を終えた』、あるいは『ソレスタルビーイングがイオリア計画を遂行できなくなり、最悪、本来の“存在価値”を果たすどころか人類滅亡を助長させる存在と化した』場合、ソレスタルビーイングを葬り去る役目も担っていた。その役割は、アレハンドロに取って代わられてしまったが。

 

 

「フェレシュテの動向は?」

 

『ノブレスとの接触により、早い段階でヴェーダとのリンクを切っていたため、アレハンドロ・コーナーからは捕まえられていないようです。後始末の名目でフォン・スパークが出撃した様子ですが、ソレスタルビーイングの面々を救助するつもりはないようですね。彼は、世界の『真実』を、己の目で見極めようとしているつもりです』

 

「フェレシュテの可愛い子ちゃんたちは?」

 

『シャル・アクスティカは、先程のメッセージの余波を引きずっている模様です。それでも務めて冷静であろうとしている姿は、流石フェレシュテを纏めるリーダーですね。シェリリン・ハイドはマイスター874が寸でのところで教育的な情報操作を行ったようで、会話の不適切内容はすべてピー音にされたようです。汚いところは大人がすべて背負ったということですね』

 

「世の中って世知辛いね」

 

『フォン・スパークに至っては「色ボケ爺さん」と大爆笑していました。……ところで、エコ・カローレについては聞きますか?』

 

「あ、いたの? そんな人」

 

『興味がなさそうなので、彼については語らなくて良さそうですね。……エルガンと同じ括りにされたのが、ちょっと可哀想ですけど』

 

 

 端末のホログラム越しから、女性はアプロディアと会話する。

 

 

「じゃあ、ソレビは?」

 

『アラサー独身であるスメラギ・李・ノリエガとラッセ・アイオンに多大なストレスがかかったようです。今は立ち直っていますが、メッセージが届いた直後はかなり精神的に荒れていた様子でした。特に、スメラギ・李・ノリエガが』

 

「私が言うのもなんだけど、独身を拗らせた人にはきついんじゃないかな。あーいうの」

 

『その点では同意します。イアン・ヴァスディはリンダ・ヴァスディに連絡を取り、長々と会話していましたね。彼が無事に帰還したら夜戦になりそうです。もしかしたら、ミレイナ・ヴァスディに妹か弟ができるかもしれません』

 

「それは重畳。で、他の子たちはどうしてた?」

 

『教育的情報操作が作動しなかったために、18禁ものの単語の意味を問うフェルト・グレイスに対して、どう答えればいいのかをロックオン・ストラトスが必死に考えています。リヒテンダール・ツエーリが両手で顔を抑えて羞恥に悶え、予想外の内容にクリスティナ・シエラが愕然としていました。アレルヤ・ハプティズムは顔を真っ赤にしてうろたえ、ティエリア・アーデが人格崩壊一歩手前になり、刹那・F・セイエイは表情を引きつらせていましたね。尤も、刹那・F・セイエイはトランザム解放のおかげで、面々の中から一番最初にショックから立ち直れたみたいですが』

 

「わーお。皆、私の旦那様(イオリア・シュヘンベルク)に対してどんな幻想を抱いていたのかしら。“理想は抱いたまま溺れておけば幸せだった”という典型的なパターン?」

 

『“夢は夢のままであったほうが幸せだった”、とも言えますね。……貴女にとっては腹立たしい言葉かもしれませんが』

 

 

 アプロディアは表情を曇らせた。彼女が女性を慮ってくれているのは分かっている。

 

 夢にまで見た青い星(テラ)にたどり着いた自分が見た真実が脳裏にフラッシュバックする。指定された座標に青い星はなく、その代わりに、薄汚く濁った死の星が存在していた。

 あんなもののために、沢山の同胞が――グラン・パが敬愛したソルジャー・ブルーが、ナスカと運命を共にした両親/ラナロウとクレアが、先の戦いで散ったアルテラたちが――犠牲になった。

 彼らの犠牲は何だったのか。自分たちが還りたかった場所は、こんな場所ではなかったのに。むせび泣いた自分の背中を支えてくれたエルガンとイニスの横顔を、今でもはっきり思い出せる。

 

 ある意味で、ナスカからの逃亡で命を散らしたソルジャー・ブルーは幸せだったのかもしれない。彼は最期の瞬間まで、青い星(テラ)は『青く輝く美しい惑星(ほし)であり、楽園』だと信じたままだった。

 もし彼が生き残って、真実を知ったらどうなっていただろうか。青い星(テラ)へ還りたいと願ったソルジャー・ブルーの心は、めちゃくちゃに引き裂かれていたに違いない。心が死んでしまったら、人はもう生きていけなくなる。

 

 

「どのみち、ブルーは長くなかった。……遅かれ早かれ、彼の命は尽きていたんだ。先に心が死ぬか、肉体が死ぬかの違いだけであって」

 

 

 背後から聞こえてきた声に振り返れば、1人の少年が扉を開けて入ってきたところだった。銀色の髪に、鮮やかな真紅の瞳。人革連の超兵施設から救い出し、『スターダスト・トレイマー』のMSパイロットとなった、アスル・インディゴだ。

 姿形は初代指導者(ソルジャー)であるブルーと同じであるが、アスル自身の肉体年齢が若いためか、ブルーと比較して身長は低く声はやや高い。そのギャップに驚いていたら、アスルは静かに微笑んだ。やはり、笑い方もソルジャー・ブルーそのものだった。

 

 

「理想だけでは、青い星(テラ)にたどり着けなかった。優しさだけでは、対話の道は開かれなかった。確固たる決意と、未来のために己を投げ出す勇気が、人類と『同胞』の共存を押し開いたんだ。……ブルーは、最初から分かっていたんだよ。その全てを兼ね備えた人物がジョミー・マーキス・シンであることも、彼が過酷な道を進むことになることも。フィシスに能力の一部を分け与えていたから、はっきりとした詳細は分からなかったみたいだけど」

 

 

 誰かの感情を、想いを辿るようにして、アスルは朗々と言葉を紡いだ。澄み渡った水面を思わせるような佇まいに、女性はブルー本人と向き合っているような心地になる。

 

 

「貴女も、レティシア・カノン――今はソレスタルビーイングに所属するイデア・クピディターズも、それをよく知っている。そうして、その全てを兼ね備えた人物たちとして、第3世代のガンダムマイスター、及びプトレマイオスクルーを見出した」

 

「……今なら、ソルジャー・ブルーがグラン・パを見出した理由が分かる気がするんだ。誰かに何かを託せるって、幸せなことだよね」

 

 

 女性は天井を仰ぐ。遠い昔の光景が浮かんでは消えてを繰り返し、想いをその瞬間へと連れていく。出会いと別れを繰り返し、幾度となく夜を超え、朝を迎え、ここまで来た。

 夜明けの鐘は鳴り響くだろう。それは、天使たちの――ひいては天上人たちの落日を告げる音だ。人類の統一を成し遂げた彼らには、最早存在価値はない。滅びこそが存在意義だからだ。

 しかし、この滅びは意図しないものだ。イオリアが思い描いていたものとは全く違う。アレハンドロの悪意によって歪められ、世界は一気に加速していく。歯止めをかけることは最早不可能であった。

 

 それでも、まだできることはある。天使の涙を止めることくらいなら、間に合うはずだ。

 彼らはこんなところで散っていい命ではない。自分たちが見出した希望を絶やすわけにはいかない。

 

 女性は即座にアプロディアに指示を飛ばした。

 

 

「緊急コード発動。『星屑の夢を見る者』。秘密結社(かぶしきがいしゃ)『悪の組織』は、これより、私設遊撃部隊『スターダスト・トレイマー』としての活動を再開する!」

 

 

 その言葉を皮切りに、女性はてきぱきと指示を飛ばした。

 

 

「今回の任務はソレスタルビーイング関係の証拠隠滅、及び『同胞』の回収。人類軍とソレビの激戦区を、双方に悟られないように飛び回る遊撃形式で動いて頂戴。新人しかいないチーム構成だけど、貴方たちならやり遂げられるわ。長丁場になるけど、初陣、しっかり果たしてね!」

 

 

 即座に、端末へ帰ってくる「了解」の返事。それらを確認し、女性はアスルに視線を向けた。

 

 

「そういう訳だから、よろしくね。エースくん?」

 

「了解。……『()()()()()()()()()()()()()()()。ベル』」

 

 

 アスルの言葉に、女性は弾かれたように目を見開く。その感情(おもい)は、まさしくソルジャー・ブルーのものだ。ナスカを守るために命を投げ出し、青い星(テラ)への想いを抱いて散った彼のものだ。

 女性の反応に何か思うところがあったのか、アスルは静かな面持ちで頷いた。赤い瞳に宿るのは揺るぎない決意。あの日、女性が見送ったソルジャー・ブルーが抱いた決意とは覚悟の質が違う。前者が生きるためのものならば、後者は死出への悲壮感に満ちたものだった。

 

 大丈夫だ。彼ならば、きっと無事に帰ってくる。ホワイトベースの新艦長だって、仲間たちを死なせるつもりはないだろう。

 女性の表情を確認したアスルは微笑み、この場から姿を消す。ホワイトベースへと転移したのだ。今頃、彼の専用機に乗って出撃しているに違いない。

 

 すべてを敵に回して、それでも尚、突き進む。ソレスタルビーイングの姿は、まるで、遠い昔に辿ってきた女性――および『同胞』たちの旅路とよく似ていた。だから、女性は彼らを放っておけない。嘗ての自分たちもまた、その孤独と悲しみを抱いて歩んできたから。

 

 

「太陽はまだ、沈むに早い。……暫くは、昇れそうにないでしょうけど。まあ、『日はまた昇る』っていう格言もあるから、立ち直ってくれるよね」

 

 

 女性は祈るような面持ちで宇宙(そら)を見上げた。アプロディアも、静かに同じ方向を見やる。

 今はただ、信じたい。人は、前に進むことのできる生き物なのだと。

 グラン・パの言葉通り――パンドラの箱に残っていたものは、希望なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙の果て。多くの星が瞬く中で、爆ぜるような光が点滅していた。それに呼応するかのごとく、断末魔を連想させる悲鳴が木霊する。

 不意に見えたのは、3機のジンクス。搭乗者が誰なのか、クーゴはすぐに『分かった』。ダリル、ジョシュア、アキラの3人であった。

 

 

『嘘だろう!? 機体が勝手に動くぞ!?』

 

 

 顔を真っ青にしたジョシュアが、必死になって操縦桿を動かす。しかし、ジンクスは彼の操縦を完全無視して突っ込んで行く。

 

 

『くそっ、どうなっているんだ!? 操縦が利かない……!』

 

『一体何が起きてるんすか、これ!?』

 

 

 異常が起きていたのは、ジョシュアが操縦するジンクスだけではなかった。ダリルとアキラのジンクスも、2人の操縦を完全に無視して動き始めた。いくら操縦桿を動かしても、彼らの意図する方向とは別の場所へ機体が向かう。

 その先を辿れば、いつぞや対峙したガンダムの偽物と、緑と白基調のスナイパー型ガンダムが戦いを繰り広げていた。スナイパー型が偽物に押されている。偽物の動きは、アイリス社襲撃で対峙したときとまったく違っていた。

 脳裏を駆けたのは焼野原。見覚えのある荒野から連想したのは、アザディスタンで対峙した傭兵――アリー・アル・サーシェスだった。何故、こいつが偽物のガンダムに搭乗しているのだろう。その理由が思い当たらない。

 

 ジンクスたちはスナイパー型ガンダムの元へと突っ込んで行く。彼らはパイロットの意思など関係なく――けれども、『誰か』の意志を反映させたかのように、ガンダム目がけて突撃した。しかも、ただ突撃するだけではない。コックピット内に大音量で流れたのは警告音だ。赤い光が、疑似太陽炉の暴走を告げる。

 偽物や新型ガンダムの粒子は、人体に悪影響を及ぼすとされていた。砲撃を真正面から喰らえば、(当然のことだが)死体は跡形も残らない。砲撃に巻き込まれただけでも、細胞障害が発生し、再生手術ができない等の異常が発生する。では、その()()()()()()()()()()()()()()()()、どうなるのだろうか。

 

 愕然とした表情を浮かべた3人の横顔が『視える』。あ、と、声にならぬ悲鳴を上げて、彼らの瞳は絶望を見据えていた。

 

 

『こ、こんなところで死んでたまるか! 動け、動けよぉぉ!!』

 

 

 今にも泣き出しそうな顔をしたジョシュアが、乱雑に操縦桿を動かした。

 

 

『フラッグの後継機が待ってるんだ! それに乗るまで、死んでいられないというのに……!!』

 

『い、嫌だ……こんなの嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 ダリルとアキラも、同じようにして操縦桿を動かす。しかし、機体はうんともすんとも言わない。

 彼等が焦っている間にも、スナイパー型のガンダムとの距離は縮まっていく。パイロットの感情など関係ないと言わんばかりに、ジンクスは速度を上げた。

 

 

『う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!』

 

(ッ、皆!)

 

 

 3人の悲鳴が響く。

 

 脱出機能さえ正常に動いてくれれば。もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。クーゴがそう思ったとき、叫び声に気づいたかのように仲間たちが顔を上げる。

 意図を察したのか、彼らは思い切り手を伸ばした。仲間たちの手を、クーゴは掴み引き上げる。ダリル、ジョシュア、アキラの順番に、だ。それに呼応するかのように、今までうんともすんとも言わなかった脱出機能が『作動した』。

 ジンクスからコクピット部分が切り離されたのと、斜め上から降り注いだビームの雨がジンクス穿ったのと、ジンクスに搭載されていた疑似太陽炉が暴発したのは、ほぼ同時のタイミングであった。

 

 赤い光と黒い雲を振り払うようにして、コクピットから脱出した3人の姿が『視えた』。

 少々無茶な脱出方法だったようで、彼らは傷を負ってしまったらしい。

 

 

『うぅ……た、助かった……のか……?』

 

『いでで……ッ、生きてる!? 俺、生きてる……!!』

 

『は、はは……。生きてるんだ、俺……』

 

 

 痛みに呻きながらも、ダリル、アキラ、ジョシュアは安堵したように表情を綻ばせた。彼らを尻目に、スナイパー型のガンダムと偽物のガンダムは南下しながら戦いを続けていく。

 脱出した3人は、どうにか国連軍の救出部隊に拾われたようだ。これで一安心である。クーゴがほっと息を吐いたのと入れ替わるようにして、世界は一変した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 どこかの宇宙域から、地上の格納庫へ。世界が変わったと言うよりは、クーゴの意識が『あるべき場所へ戻ってきた』と言った方が正しい。

 疑似太陽炉――正式名称はGNドライブ-[T]――を積んだフラッグ2機が、最終調整に入っていた。あと少しすれば、宇宙にいる国連軍と合流することができるだろう。

 そこまで考えて、クーゴは一端思考を留めた。先程の光景が頭によぎる。操縦不能の機体から、命からがら脱出したダリルたちの姿。あれは、一体なんだったのか。

 

 夢幻にしては、切羽詰った焦燥感があったような気がした。彼らの手を掴んだ感覚は、まだ右手に残っている。間一髪という単語がこれ程までに似合う状況は、そうそうなかろう。

 クーゴの思考を中断するかのように、隣で作業状況を確認していたグラハムの端末が鳴り響いた。緊急連絡、だろうか。クーゴが首を傾げたとき、グラハムが大きく目を見開く。

 

 

「それで、3人は? ……そうですか。それは、よかった」

 

 

 切羽詰った横顔から力が抜け、安堵したようにグラハムは微笑む。彼は相手と暫し会話していたが、手短に済ませたようだ。

 

 

「グラハム、何かあったのか?」

 

宇宙に出向いていた面々(ダリル、アキラ、ジョシュアたち)機体(ジンクス)に異常が発生したらしい。その際、敵MSから攻撃を受けて機体は爆散したが、彼らはなんとか無事に帰投できたそうだ。暫く戦線から離れることになるそうだがね」

 

 

 そう言って、グラハムは端末をしまった。彼の言葉から連想したのは、先程クーゴが『視た』光景である。

 

 パイロットの意に反して特攻を仕掛けようとしていたジンクス。面々の悲鳴。彼らの手を掴んで引き上げた刹那、間一髪で作動した脱出装置。

 クーゴの手に、掴んで引き上げた仲間たちの重さや温かさが戻ってきたような心地になる。思わず、右手を開いて閉じてを繰り返した。取り繕うようにして肩をすくめる。

 

 

「成程。ダリルたちも、ハワードの仲間入りということか」

 

「我々とは入れ違いだな」

 

 

 グラハム曰く、ダリルたちは治療のため、地上に戻ることになったらしい。そのタイミングが、フラッグの調整完了と同じなのだ。

 一緒に前線で戦えないというのは残念だが、彼らは生きているのだ。自分たちが無事に帰って来さえすれば、また一緒に空を飛ぶことができる。

 命あっての物種とも言うのだ。生きていさえすれば、チャンスは作り出すことができる。……流石に、「いくらでも」とは言い難いが。

 

 機会は「ある」に越したことはない。クーゴは心の中でうんうん頷いて、フラッグに視線を向けた。

 

 あと少し。あと少しで、クーゴたちの最終決戦はやって来る。積み重ねてきた優しい時間に、終わりの鐘を鳴らす瞬間(とき)が、刻一刻と近づいてくる。

 早くその瞬間(とき)が来て欲しいと思う一方、そんな日が来なければいいと願う自分がいた。分かっていたことなのに、うじうじと悩んでしまう自分に呆れてしまう。

 

 

(……これじゃあ、イデアに――レティシアに幻滅されるぞ)

 

 

 クーゴは息を吐き、がしがしと頭を掻いた。ソレスタルビーイングに属する好敵手にも、ただの1人の女性にも、失望されてしまうというのは御免被りたい。自分は相当なカッコつけたがりだったようだ。自分自身のことも、知らなかったことは沢山ある。イデアとの出会いで知ったことだった。

 視線を感じて振り返れば、グラハムが生暖かい眼差しをこちらに向けていたところだった。どこか悪さを含んだ笑みの意図を察しあぐねて、クーゴは眉間に皺を寄せる。すると、グラハムは何が面白いのか、くつくつと喉を振るわせて笑った。面白くてたまらない――彼の横顔はそう語っている。

 

 

「お前、最近人が悪くなっていないか?」

 

「失礼。いつになったら気づくのかと思ってね」

 

「何が?」

 

「…………外堀が埋められていくことに気づいていない所に、どう反応すればいいのか悩ましいが」

 

 

 グラハムはちょっとだけ同情するように遠くを見た。視線の先に誰がいるのだろう。

 

 

「おまけに、無自覚で相手の外堀を埋めにかかっている。日本語で言う『一級フラグ建築士』かな」

 

「死亡フラグを立てたつもりはないが」

 

「フラグを叩き折る方に特化したフラグ建築士もいたのだろうな」

 

 

 こいつは何を言っているのだろう。クーゴはぼんやりとグラハムの横顔を眺める。彼がちょっと『よくわからない』のは、今に始まったことではなかった。刹那に一目惚れした直後から、その度合いが加速したように思えてならない。

 『よくわからない』具合はこれからも加速することだろう。愛と言う単語を振りかざして暴走する男、及び黒い機体の姿が『視えた』ような気がして、何とも言えない心地になった。ギャラリーが置いてけぼりになってしまった光景が実にシュールだ。

 助けを求めるように、ギャラリーが『自分』に視線の集中砲火を浴びせてきた。しかし残念ながら、『自分』もまた、引きずり回される人間の1人に過ぎない。そのことを知ったギャラリーが天を仰ぐ。どうしてだか、申し訳ない気持ちになってきた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は一体、何をしているのだろうか。

 

 ロックオン・ストラトス――否、ニール・ディランディは、そんなことを考えた。手にはデュナメスのスナイパースコープ。そのスコープは、破損して宇宙を漂っていたGNアームズのビーム砲に直結している。狙いの先には、スローネツヴァイの偽物が周囲を確認していた。

 その機体に搭乗している男――アリー・アル・サーシェスは、破損したデュナメスを探し回っているのだ。愛機の方は、搭載された太陽炉ごと、相棒であるハロがプトレマイオスへ送り届けてくれる。憂うことなど何もない。けれど、ニールがここでスコープを構える理由もない。

 ハロやデュナメスと一緒に、プトレマイオスに帰還すればいいだけの話だ。今の自分では、最早この戦場に立つことはできない。体もボロボロだし、視界も霞んでよく見えない。痛みと疲労からか、時々意識ごと刈り取られそうになる。それでも、ニールは歯を食いしばった。

 

 こんなことをしても、意味はないのかもしれない。復讐を果たしても、エイミーの意識が戻ることもなければ、亡くなった両親が帰ってくることもないのだ。ばかげている、と、ニールは1人自嘲する。

 しかし、ニールの腕はスナイパースコープから手を離そうとしなかった。むしろ、強く強く握りしめる。狙いはまっすぐ、サーシェスが搭乗するガンダムへと向けられていた。タイミングを合わせて引き金を引く、その瞬間を待ちわびる。

 

 

「……こいつを()らなきゃ、……俺は、前に進めねェ……!」

 

 

 決意を胸に、ニールはスナイパースコープの引き金に手をかけた。今までの出来事が、脳裏に浮かんでは消えていく。大切な家族たち、失ってしまったものの数、ソレスタルビーイングで出会った大切な仲間たち、――そうして、自分が想いを寄せた少女。

 沢山のものを失ってきたニールだけれど、この手の中にはまだ、ニールの護るべき人々がいる。失いたくないと願う人々や絆がある。サーシェスと言う男の存在は、確実に、ニールの護ろうとしているそれらのものを脅かすだろう。そんなこと、絶対に許せない。

 

 

「そうだ……俺の大切な人たちのために、未来のために。俺は……こいつを、討つ……!」

 

 

 テロを憎む復讐者としての側面は変わっていない。けれど、それ以上に、ニールは大切な人々の未来を守りたかった。

 

 自分は人殺しである。そんな人間は、もう、幸せを手にする権利など存在しない。ソレスタルビーイングに所属することになったその瞬間(とき)から、覚悟は決めていた。それ故に、手を伸ばせなかった少女がいた。妹のように接してきたつもりだったが、いつの間にか、それ以上の意味を持ってしまったらしい。

 裁きを受ける自分では、彼女を――フェルト・グレイスを幸せにできない。だから、家族であろうとした。彼女にとって、尊敬すべきお兄さんでいようと努めた。それを見透かしてきた人間は、イデア・クピディターズと、刹那にゾッコンなユニオンの軍人――グラハム・エーカーだった。ニールを突き動かしたのは、どちらかと言えば後者である。

 

 

『俺は人殺し、いつかは裁きを受ける身だ。幸福を手にする権利なんか存在しない。あんただってそうだろう? 軍人さん。――その覚悟は、とうにできてるんだよ!』

 

『ああそうだな! 敵を撃ち、部下や上官を死なせ、屍の山を築いていく……そんな人間がたどり着く場所くらい、私も心得ているさ! そしていずれは、私もそこに墜ちるのだと!』

 

『だったら!』

 

『だからこそだ!』

 

 

『だからこそ、好いた相手を――心から愛した女性(ひと)を! せめて、他ならぬ己自身の手で、幸せにしたいと願うのだよ――!!』

 

 

 ニールの言葉を肯定し、且つ、グラハムはそれを否定した。否定して、文字通り、彼は刹那・F・セイエイを幸せにしてみせた。グラハム本人はきっと何も知らないだろうが、刹那を見守ってきた兄貴分として、そう断言できる。

 有言実行の男に感化されてしまったのだろう。恋愛ごとが大好きなイデアの介入を赦した挙句、気づいたら、フェルトと親密な関係になっていた。彼女の写真にどきまぎしたり、赤いバラの花束や白いバラの花束を贈ってみたり、自分らしくないことをしたと思う。

 そういえば、バラの花束を贈って以後、ルイードという見知らぬ男性が駆るガンダム――機体名はアストレアだったか――に襲われる夢を頻繁に見るようになった。彼はしきりに何かを叫んでいたような気もするが、目が覚めるとすっかり忘れてしまう。思い出そうと頑張ってみたが、無理であった。

 

 最近は、さめざめと男泣きした彼だけでなく、彼に寄り添うマレーネという見知らぬ女性とも話をした。会話内容は一切思い出せなかったけれど、何か、大切なものを託されたのだということだけは鮮明に覚えていた。

 

 ……ああ、思考回路が脱線してしまった。ニールは歯を食いしばり、スコープを動かす。

 託されたもののためにも、世界と向き合うためにも、大切な人たちのためにも――自分は。

 

 

「……だからさぁ……!」

 

 

 決意を込めて。

 

 

『大丈夫だよ、ロックオンさん。アンタの腕は、俺が保証する。……アンタとの決着はまだついてないんだ。死なれちゃ困るよ』

 

 

 誰かがそう言って力強く微笑んだ。栗の渋皮を思わせるような色味を纏ったプラチナブロンドに、視力矯正用の眼鏡をかけた青年。スナイパー仲間として切磋琢磨してきた、かけがえのない友人だった。

 

 

『ったく、無茶ばかりしやがって。心配してくれる人たちがいるんだから、死ぬんじゃないぞ。……置いて逝かれるのは、辛いんだ』

 

 

 誰かがそう言って静かに頷いた。深い緑青の髪に、やや浅黒い肌の偉丈夫。自分が利き目を負傷した際、心配してくれたスナイパー仲間だ。同じ部隊に所属し、共に戦ってきた戦友でもある。

 

 

『俺とお前のスナイパー勝負……あの熱い戦いを思い出せ! こんな奴に負けんなよ!!』

 

 

 誰かがそう言って肩を叩いてきた。金髪碧眼の色男。こいつ誰だったっけ、という言葉が喉元までせり上がってきたが、寸でのところで飲み込んだ。そういえば、スナイパー勝負を繰り広げてきた敵と似ているような気がする。

 

 

『女性を泣かせるってのは、失格なんだぜ? 色男』

 

 

 誰かがそう言ってお茶目にウインクした。顔に傷のある、金髪碧眼の色男。そういえば、彼も無茶をやらかして女性を泣かせたことがあった。ニールと同じような行動をしたくせに、ニールに説教して、恋人に怒られて、お互い様だと笑いあった戦友である。

 

 

『ついにあんたも、貧乏くじ同盟卒業か……。ちょっと寂しくなるけど、いいぜ。盛大に祝ってやる! だから、ド派手に祝砲打ち上げろ!!』

 

 

 誰かがそう言ってニヤリと笑った。茶色の長い髪を三つ編みに結んだ少年。貧乏くじ同盟を担う仲間として共に戦った戦友だ。死神の名を冠する、ガンダムのパイロット。

 

 

『冷静になれよ。簡単なことじゃないか。いつも通り、狙い撃てばいいんだ』

 

 

 誰かがそう言って頷いた。どこか苦労人の香りが漂う、黒髪の東洋人。彼もまた、貧乏くじ同盟のお仲間であり、同じ部隊で戦ってきた戦友であった。民間企業所属の正義の味方。

 

 

『俺も一緒に狙い撃つ。……心配すんなよ、きっちり当ててやるさ! ――だから、お前もきちんと見届けろ。この世界の変革を』

 

 

 誰かがそう言ってニヒルに笑った。群青のくせ毛が特徴的な男性。彼もまた、貧乏くじ同盟の仲間であり、親友だった。彼のボケに対し、自分がツッコミを入れる――それが自分たちの日常だった。借金返済のため戦う、天秤の機体を駆るスフィアリアクター。

 

 自分は、『彼ら』のことを全く知らない/よく知っている。

 不思議な懐かしさが心を満たし、自分自身を奮い立たせてくれた。

 

 さあ、しっかり狙いを定めて。『彼ら』が信じる/信じた『成層圏の狙撃手』は、伊達じゃないのだから。

 

 生体反応に気づいたサーシェスのガンダムが接近してきた。

 チャンスは1回きり。やり慣れたスナイピング。

 

 

「――狙い撃つぜぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 砲撃が唸る! 鮮やかな紫の光が、スローネツヴァイの偽物/サーシェスの駆る機体をぶち抜いた。入れ替わるように、毒々しい赤が、足場にしていたGNアームズのビーム砲を撃ち抜く。次の瞬間、ロックオンの視界は爆風に飲まれた。

 鮮やかな緑の光が漂う。風に飛ばされ宇宙を落ちていく中、ニールはぼんやりと周囲を眺めていた。脳裏に浮かんだのは、幼いころの幸せだった時間。仲間たちと過ごした穏やかな時間。愛しい少女と共に過ごした、優しい時間。

 自分はきちんと狙い撃てたのだろうか。仲間たちの生きる未来は。そして、地上に残してきた双子の弟――ライルと、病院で眠っている妹――エイミーの未来は。そこまで考えたとき、不意に、視界の端を切り裂くようにして飛んでくる光を見た。

 

 ニールの口元に浮かんだのは、微笑。何とも言えぬ満足感で胸が満たされた。

 ふと見れば、眼下には青く輝く惑星(ほし)――地球が見える。

 

 

『命の色って、何色だと思う?』

 

 

 イデアの問いが頭に浮かんだ。彼女の答えは、確か、青。

 

 今なら、その理由がよくわかる。地上は争いと喧騒で満ち溢れているというのに、この惑星(ほし)は――どこまでも青く澄み渡っていて、美しい。

 ここから見たら、地上の戦争や争いなんて想像できないだろう。外宇宙からの訪問者たちも、この美しさに惹かれてやって来たに違いない。

 漠然とした思考回路では、そこまで考えるので手一杯だった。喉からかすれた息が漏れる。意識が、遠くなってきた。

 

 

「よう。……お前ら、満足か? こんな世界で……」

 

 

 答えはない。けれど、問わずにはいられない。

 ニールはゆっくり手を動かす。拳銃に見立てたそれの先を、青い星に向けて。

 

 

「――俺は、嫌だね」

 

 

 白い光が、全てを焼き尽くす。

 

 不意に、誰かが怒る声がした。死なせない、と、複数の声が木霊する。先程自分を勇気づけてくれた声たちだ。力を貸してくれた戦友たちだ。

 その気配はよく知っている/そんな相手など自分は知らない。そんな相手など自分は知らない/その気配はよく知っている。

 

 

『言ったじゃねえか、馬鹿野郎。……この世界の変革を見届けろ、ってな』

 

 

 おめでとう、と、声の主たちは笑った。貧乏くじ同盟卒業だ、なんて、声がした。

 「どこがだよ。というか、お前ら誰だよ」――ニールが答えようとしたとき、その気配が掻き消える。

 代わりに残ったのは、痛いくらいの沈黙。一体何が起こったのかわからず、ニールは首を傾げた。

 

 自分は一体、どうなったのだろう。自分は、仲間たちの未来を守れたのだろうか。サーシェスを狙い撃つことができたのだろうか。

 その疑問が、頭によぎる。しかし、今のニールにはもう、何もできることはない。胸を満たす満足感に引き寄せられたかのように、眠気が差し込んできた。

 

 

「大外れも大外れ。兄さんらしくないミスだったよ」

 

 

 鼓膜を震わせたのは、久しく聞いていなかった少女の声。それは、ニールの眠気を吹き飛ばすには、充分すぎる威力を持っていた。

 

 見慣れぬ空色の制服を身に纏って(しかもノースリーブに長手袋、ミニスカートにロングブーツの組み合わせ)、テロに巻き込まれた当時と変わらぬ外見のままの少女が佇んでいる。

 彼女の名前を、ニールは知っている。つい少し前の休暇で、会いに行った少女だ。自分にも好きな相手ができたのだと報告したら、紹介と結婚式はまだかと夢の中で催促された。

 テロに会って以来、彼女は意識を失ったまま眠り続けていた。何度語り掛けても、彼女は返事をしなかった。一生意識が戻らないままかもしれない、と、医者が匙を投げた状態。

 

 だのに、どうして。

 どうして彼女が、ここにいるんだ。

 

 

「――エイミー?」

 

 

 ニールは思わず、その少女の――妹の名前を口走る。

 次の瞬間、

 

 

「エイミー()()ォォォォォォ! 私、もう無理ですぅぅぅぅぅ!! こんなことなら、MSに初心者マークでも張ってればよかったァァァァ!!」

 

「ルナちゃん頑張って。あともうちょっとで終わるから」

 

「うえぇぇぇぇぇん! こんな雑務なんて聞いてないぃぃぃぃぃぃ!! マークさーん! ラナロウさーん! エターナさーん! クレアさーん! アスルさーん! この際、もう誰でもいいから、早く帰って来てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 女性の泣き声と、無慈悲に指示を出すエイミー・ディランディという珍妙な光景を目の当たりにし、言葉を失うのであった。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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