大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
光を失い、真っ暗になった地下。
この場に残っているのは、キースとジョミーの2人だけである。グランドマザーが停止した場合に作動するようにしていたプログラムは、人類と
キースの人生は、常に機械によって定められてきた。
自分が撃ち殺した後輩のセキ・レイ・シロエ。『Mu』の因子を持ち、
ステーション時代からの親友であったサム・ヒューストン。彼のおかげで、キースは人間らしさを学んだと言っていい。『Mu』との共存を選んだのも、サムのおかげだった。彼から教わった「元気の出る呪文」を使う機会はめっきり減ってしまったけれど、彼から譲り受けたナキネズミのぬいぐるみは、今もポケットの中に忍ばせていた。
監視という名目で自分の傍に置いていた『Mu』であり、キースの右腕的な部下であったジョナ・マツカ。キースの理不尽で悪意に満ちた八つ当たりにも反発することなく、彼は静かに寄り添ってくれた。己の強さや弱さを惜しげもなく吐露できたのは、サム以外に初めての相手だったと言える。死する寸前でも尚、彼は自分を助けてくれたのだ。
失ったものを思い返し、キースは隣を見た。致命傷を負った『Mu』の長――ジョミーが横たわっている。満足げな笑みを浮かべて、彼は静かに微笑んでいた。
隣に誰かがいる――その事実だけで、キースはひどく安堵した気持ちになった。これから自分たちは死ぬのだというのに、何も怖くない。
声が聞こえる。人類と『Mu』が、ヒトとして立ち上がった声が。明日を手にするために、マザーネットワークに挑む声が。自由を手にするために戦う声が。
「……凄いよ、ヒトは。思っていた以上だ」
ジョミーは満足げに頷いた。キースは苦笑する。
「あらゆるものを破壊してきた人類だ。この後は、手が付けられなくならなきゃいいが……」
過去の歴史を鑑みるに、S.D体制が出来上がる以前の人類は、延々と争いを繰り返してきた。争いだけに飽き足らず、己の住まう
だから、人々はS.D体制なる管理社会を創り上げた。機械は間違いを繰り返さない。S.D体制をぶち上げた当時の人間たちの考えはよくわかる。けれど、その結果が、『ヒトがヒトとして生きられない』世界だった。箱庭の片隅で命を、運命を弄ばれた人々の嘆き。
自分もまた、破壊者として語り継がれるのだろう。ステーションでサムたちと出逢った頃の自分は、未来でこんな大それたことをやらかすだなんて思ってもみなかったに違いない。いや、こんなことを考えられるようになった時点で、驚いた顔をされそうだ。
「……大丈夫」
その声につられて隣を見た。美しい翠緑の瞳は、ここではないどこかを見ていた。人類と『Mu』が歩む未来を、彼ははっきりと見据えていたに違いない。
苦難に満ち溢れた先にある、人々の笑顔を。誰もが当たり前に生きる、穏やかな世界を。緑と青の光を宿す、
彼の姿を見ても尚、キースは憂いの方が強かった。意地が悪いと分かっていながら、彼は友達に問いかける。
「パンドラの箱を開けてしまった。……よかったのだろうか?」
「…………わからない」
ジョミーは静かに瞳を閉じた。その表情はとても穏やかで、満足感に満ちていた。
「だけど、後悔できるのは人間だけだ。機械は後悔しない」
「全力で生きた者にも、後悔はない」
ジョミーの言葉に対し、キースはそう返した。
今の自分も、この人生に後悔していない。取りこぼしたものは沢山あったし、失ってしまったものだって沢山ある。シロエ、サム、マツカ――思い出せるものだけでなく、自分が自覚しないだけで、実際は失ってしまったものだってあるのだろう。
だけど、手にしたものがある。キース・アニアンという1人のヒトとしての人生を、記憶を、意思を、意志を手に入れた。シロエという後輩を、サムとスウェナという友人を、グレイブやミシェルという先輩を、マツカやセルジュという部下を、そして――ジョミーという『
思えば、サムやスウェナ以外にまともな友達はいなかった気がする。サムはそのことを酷く心配していたけど、キースはあまり気にしていなかった。彼らさえいればいいと思っていたからである。そんな自分が「友達ができた」と言ったら、サムはどんな顔をしただろうか。
おまけに、ジョミーはサムの親友だ。
「
サムはもういないから、その答えは分からない。もっと早く、キースがジョミーとわかり合おうとしていたら、そんな光景を見ることができたのかもしれない。すべてはIFの出来事でしかないけれど、考えずにはいられなかった。
「お前に会えてよかった」
友達になれてよかった、との思いを込めて、キースは小さく呟いた。ジョミーなら、キースの想いをくみ取ってくれるだろう。
『Mu』としてのテレキネシス能力だけでなく、キース・アニアンの友人として――ジョミー・マーキス・シンという1人のヒトとして。
「僕もだ。……キース」
「……うん」
自分たちは、わかり合えた。今まで沢山の遠回りとすれ違いを繰り返してきたけれど、こうやって笑いあえる友になれた。それだけで、キースは心が熱くなるのを感じた。
あの遠回りは何だったのかと苦言を呈したくなるけれど、それは今だからこそ言えることだ。振り返れば、反省すべき点は山のように出てきた。だが、悔いることは何1つない。
グランドマザーの申し子ではなく、ヒトとしてのキース・アニアンが生まれた理由は――きっと、この
こうしてわかり合えるならば、キースは何度でもこの人生を選ぶ。ジョミーとすれ違い、いがみ合いを繰り返しながらも、最後はこうしてわかり合う道を選び続ける。そうやって、彼と何度でも巡り会いたい。
キースが思考に耽っていたとき、不意に、何かを失ってしまいそうな予感に見舞われた。
思わずキースは体を起こす。不安に駆られてジョミーの名前を呼べば、彼は目を閉じたまま微笑んだ。
『……箱の最後には、希望が残ったんだ』
彼の口は動いていない。けれど、キースの耳には、はっきりとジョミーの声が『聞こえた』。
『Mu』の持つ能力――思念波だ。刹那、自分の隣にあったはずの優しい気配がふつりと消えてしまった。
そうして、この場には沈黙が広がる。
キースの友達。自分はまた、見送ったのだ。
思い返せば、キースはいつも誰かを見送る側だった。シロエも、サムも、マツカも、自分を置いて先に逝ってしまった。そして、ジョミーも。
1人じゃないと思っていた。けれど、結局、キースは独りぼっちになってしまったらしい。込み上げてくる寂しさに、キースは口元を震わせた。
「…………最期まで、私は独りか」
寂しい、という言葉を紡ごうとするキースを制するかのように、天井から巨大な岩が落下してきた。
キースはそれに抗うことなく、目を閉じる。轟音が何もかもを飲み込んでいく。
程なくして、キースの意識は暗闇の底へと落ちていった――。
***
太陽系第3惑星、地球。
人類の生まれ故郷にして、様々な命を育んできた青い
嘗て、人類は地球を汚染し、破壊し、自分たちが住めない死の
同時に、当時の科学者たちは、荒廃した地球を再生させるために、コンピューター・グランドマザーによる完全管理社会――スペリオル・ドミナントを創り上げる。その体制が敷かれた時代は、
S.D体制が敷かれて280年が経過した頃、木星付近にある植民衛星ガニメデの育英都市アルタミラにて、『Mu』と呼ばれる新人類が誕生する。『Mu』の人数は瞬く間に増え、『Mu』を人類の敵と定めたグランドマザーの命により、人類は惑星破壊兵器メギドシステムで彼らを殲滅しようとした。この事件は“アルタミラの惨劇”、あるいは“アルタミラ事変”と呼ばれる。
しかし、『Mu』の初代
人類は『Mu』殲滅のために様々な手を打った。優秀な遺伝子を交配し、グランドマザーの代行者――無垢なる子を作り出す実験も、その1つである。実験の最高傑作として生みだされたキース・アニアンは、グランドマザーの導きによって、エリートの道を突き進んでいった。
ステーションE-1077在籍中には『Mu』の2代目
人類軍に所属したキースは、着任先で『Mu』の遺伝子を持つジョナ・マツカと遭遇する。マツカは己が『Mu』であることを知らず、偶然、成人検査を突破してしまったのである。彼はマツカを部下として配属し、監視するようになった。このとき、後にキースの遺志を継ぐことになるセルジュ・スタージュンも、マツカらと共に部下として配属されている。
この頃、ジルベスター星系第7惑星付近にワープしたのち、精神退行して帰ってきた親友サムの事件から、キースはそこの調査を行うことになる。惑星に降り立った彼は『Mu』の一団と遭遇し、一時的に彼らの捕虜となった。しかし、寸でのところでキースはマツカに救出され帰還。グランドマザーの命に従い、『Mu』の殲滅作戦を実行した。
殲滅作戦に使用した兵器は、“アルタミラの惨劇”、あるいは“アルタミラ事変”にも使用された惑星破壊兵器メギドシステム。メギドシステムを照射されたジルベスター星系第7惑星(『Mu』命名・ナスカ)は崩壊し滅亡するが、3発目を発射しようとした際、『Mu』の初代
『Mu』はそれを契機に、地球への座標を手に入れるため侵攻を開始する。その頃、ジャーナリストとなったスウェナからシロエの情報をもたらされたキースは、マツカを伴ってステーションE-1077へ向かった。自分の真実を知ったキースは、シロエの遺品と共に、ステーションE-1077及びマザー・イライザを破壊する。直後、サムが亡くなる。
人類政府の代表者となったキース・アニアンは『Mu』との最終戦を行う。直後、ナスカの子である『Mu』トオニィ・アスカからの襲撃を受けて一時的なこん睡状態に陥るも、マツカの手によって救われた。しかし、トオニィの襲撃でキースを庇ったマツカは、その傷がもとで死亡する。
グランドマザーから決定権を与えられ、彼女の真意を知らされたキースは、『Mu』たちを地球へ降ろすことを選択。『Mu』の
それが原因で、グランドマザーからは「『Mu』からの精神攻撃を受けて汚染された反逆者」とみなされ傷を負う。怒りの力によってグランドマザーを破壊したジョミーに助け起こされたキースだが、グランドマザーのカウンタートラップにより、ジョミーもまた傷を負ってしまった。
人類と『Mu』双方を見限ったグランドマザーは両者の抹殺を企てる。しかし、ジョミー救出のために地下へ降りてきたトオニィの力を借りて、キースはセルジュを後継者に指名。彼らに地球の未来を託し、最期は友と認め合った相手と一緒に大地の底へと沈んだという。
「……まるで夢物語のようだ」
夜闇を思わせるような藍墨色の髪をかき分け、少年は本を閉じる。彼にとって、図書館はお気に入りの場所だった。
親友は他の友達と一緒に勉強会をしているらしい。後輩の1人はデートだし、もう1人は別の用事があるそうだ。
少年は静かな空間が好きだけれど、どうしてか、酷く寂しい。行く当てもないけれど、図書館にいても、もう楽しいとは思えなかった。足早に出入り口のドアへ向かった自分の前に、ドアから別の誰かが飛び込んできた。突然のことだったため、少年は避ける間もなく相手とぶつかってしまう。
「うわあ! ご、ごめん! 大丈夫!?」
「っ、大丈夫だ。すまない。僕の方こそ、ぼうっとしてしまって……」
相手は、自分と同じ年頃で、自分と同じ背格好の少年であった。太陽を思わせるような金色の髪に、木々の緑を連想させるような翠緑の瞳。
彼とは初めて出会ったはずなのに、少年は妙な懐かしさに捕らわれていた。思わず、彼の姿を凝視する。相手も自分と同じだったようで、こちらをじっと見つめてきた。
沈黙が続く。何か言わなくてはと思うのだが、少年の喉は何かにせき止められてしまったかのようだった。ひゅう、と、自分のか細い呼吸音が耳を打つ。
「あれ? お前、調べ物してたんじゃなかったのか?」
「ああ。もう、終わったんだ。今から外へ行こうかと思っていた」
彼の後ろにいたのは、少年の親友だった。少年は微笑む。
少年は、親友の隣にいる彼に視線を向けた。初めて見る顔である。彼は、少年の親友と会話を始めた。内容を聞いていると、彼は親友と仲がいいようだ。
思い返せば、少年には親友たち以外に、特に近しい年代の友達はいなかった。親友の交友関係についても詳しくない。親友関係だというのに、親友のことをあまり知らなかった。
親友は面倒見がよく、気さくで朗らかな性格だ。だから、自分以外に友人がいてもおかしくない。当然のことだったのに、今まで考えたこともなかった。少年は改めて、親友の友人を見つめる。
不意に、彼が少年の元に歩み寄ってきた。
突然のことに少年は驚き、彼をじっと凝視する。
彼もまた、少年を凝視していた。
「キミのことはサムから聞いてたよ。『スクールE-1077で仲良くなった奴がいる』って。一度、話してみたかったんだ」
先に言葉を紡いだのは、少年の目の前に飛び込んできた彼だった。
太陽を思わせるような笑みを浮かべ、少年へと手を伸ばす。
「僕はジョミー。ジョミー・マーキス・シン! キミは?」
彼――ジョミーの言葉に、少年の口元には自然と笑みが浮かぶ。
『自分は彼と出会い、わかり合うためにここにいるのだ』と、少年には、漠然とした確証があった。
そうやって、彼と何度でも巡り会いたい。そう願った『誰か』の遺志と、己自身の意思で、少年は己の名を答えたのだった。
「キース。キース・アニアン。……よろしく、ジョミー」
< 『Toward the Terra』 人類篇 下巻 了 >
―――
「箱の最後には、希望が残った……」
クーゴは小さく呟いて、本を閉じる。『ミュウ』篇下巻を読破していたから結末は分かっていたけれど、やはり、胸に来るものがある。元々は『悪の組織』から技術提供の見返りとして読み始めた本だった。読破するのに時間がかかったものの、自分たちに提示されていた条件は守ったことになる。
丁度いいタイミングで端末が鳴った。連絡してきた相手は、『悪の組織』の技術者――ノーヴル・ディラン博士である。まるで、クーゴが人類篇下巻を読破するタイミングを待っていたかのようだった。内容もクーゴの予想通り、「『Toward the Terra』全巻読破という契約条件の達成を確認しました」というものだった。
あとは劇場版の視聴である。もっとも、宇宙――戦場へ向かっている今現在では、映画を見る余裕なんてない。程なくして、クーゴはグラハムらと共に
せめてこれだけでも読破しておきたいと思い、ラストスパートを図った。その結果が、今現在におけるクーゴの心境そのものである。
これから待ち受けるであろう未来を連想させるような終わり方に、絶望と希望が紙一重になったような心持になった。今後のことを考えると、どっちに転んでもおかしくない。
絶やしたくない希望がある。けれどそれは、少しでも何かを間違えれば、一瞬で絶望に変わってしまう。今まで積み上げてきた日々を回想しながら、クーゴは深々とため息をついた。
「俺たちにも、希望が残ればいいのにな」
自分たちの未来を憂いながら、閉じた本の裏表紙を眺める。真っ青な空を眺める2人の少年――キース・アニアンとジョミー・マーキス・シンの後ろ姿が描かれていた。
わかり合えた2人は、遠い未来で再び友人になれた。彼らとクーゴたちは違うけれど、彼らと同じような想いを抱いてここに立っている。ただ、2人より厳しい状態であることは事実だ。
死ぬか、生きるか。クーゴやイデアたちの立つ場所は、互いの命を賭けた戦場だ。「取るか、取られるか」であることは間違いない。他の道はあるのかもしれないが、クーゴは軍人である。上からの命令があれば、従う他ない。
ガンダムを追いかけることを選んだのは己の意志だし、イデアの正体を知りながらも黙認したのはクーゴ自身だ。その決断に、「本当に」後悔はないかと問われれば迷ってしまう。後悔しないと宣言しながらも、進む足を止めてしまうのだ。
迷うことは弱いことではない。誰もが「これでよかったのか」と悩みながら、全身全霊を賭けて、必死に『最善』を探している。沢山間違えて、遠回りして、すれ違って、全力で生きようとしているのだ。後悔があるかどうかは、人生が終わるまで分からない。
後悔できるのは、人間である証拠。後悔しないのは、全力で生きた証拠。
多分、世間一般の言う『後悔』は、未練や逃避に近いものなのかもしれない。クーゴだって、その
だけど、今、自分が立っている場所について、後悔は何1つもなかった。今の仲間たちと飛ぶ空が、クーゴ・ハガネのすべてである。彼らと出逢えるなら、何も惜しくない。
(例えすれ違っても、遠回りしても、わかり合えるならば――)
小説の一節を思い出しながら、クーゴは格納庫へ視線を向けた。改修及び調整が完了したGNフラッグが並んでいる。出撃の
「……なあ。俺たち、わかり合えていたかな?」
愛機に問いかける。クーゴ/フラッグはイデア/スターゲイザーと、何度も戦場で相見えた。切り結んだこともあるし、助け助けられこともあったし、共に戦ったこともある。戦場だけでなく、日常でも交流を重ねてきた。
楽しかった時間がリフレインした。彼女の歌を聴いて映し出された新しい
同じようにして、くるくる表情を変えるイデアの姿が浮かんでは消えていく。怒った顔、不満げな顔、ふんわりと微笑んだ姿。何やらむず痒くなってきて、クーゴは反射的に口元を抑えた。自分が思っている以上に、クーゴはイデアを大切な存在だと思っていたらしい。
「――私は、わかり合えていたと信じている」
不意に、声がした。聞こえてきた方向に視線を向ければ、穏やかに微笑んだグラハムが立っていた。いつから彼はそこにいたのだろうか。
疑問に思っている間に、グラハムはクーゴの隣に腰かける。彼は端末を開き、待ち受け画像になっている写真を眺めた。
嬉しそうな微笑を浮かべて端末を眺める刹那。グラハムが幸せそうにライスプディングを頬張る写真を彼女に送ったら、イデア経由でクーゴに送られてきた画像である。それを見た彼から「その画像を譲ってほしい」と頭を下げられたので、クーゴが送った次第である。
カメラアングルからして至近距離で撮ったものだろう。しかし、常にぴりりとした雰囲気と警戒を解かない刹那が、こんな無防備な表情を晒すとは思えない。
盗撮でもしない限り、彼女の微笑なんて拝めないのではなかろうか。盗撮したにしては、画質やアングルがあり得ない程高画質でベストな位置にある。
藪から棒に『念写』なんて単語が頭をよぎったが、そんな技術は存在していない。グラハム並みに唐突な思考の飛躍に、クーゴは苦笑した。
「この運命がどんな顛末に至ろうとも、私は決して後悔しないよ」
グラハムは静かな面持ちで端末を閉じた。翠緑の瞳は、揺るがぬ決意を宿している。
その双瞼は、クーゴに向けられた。
「それはキミも同じだろう? クーゴ」
試すかのような不敵な笑みに、クーゴは頷いた。
「だな。俺も、この運命を否定しない。だけど、諦めて受け入れるのとは別問題だと思っている」
折角わかり合えたのに――そう思っているのはクーゴだけなのかもしれないが――、それを諦めてしまうのは嫌だ。自分たちが積み重ねてきた日々が無駄になってしまうような気がしてならない。
無駄にしたくないという想いが、すれ違いや遠回りの原因になってしまったり、人を破滅に導いてしまうことがあるのも事実である。けれど、その想いが、未来に希望をつなぐ懸け橋になるのも事実なのだ。
クーゴは『知っている』。何度も
諦めの悪さは、きっと彼らから伝染したのだろう。
クーゴはそれを悪いことだとは思わない。
クーゴの様子に、グラハムは満足げに頷いた。
「それは同感だな。あえて言わせてもらうが、私は諦めていないぞ!」
「知ってる。散々見せつけられて疲れた」
「痛いものを見るような目でこちらを眺めるのはやめてくれないか!? そして、じりじり間合いを開けるのもだ!」
そんなことを言われても。クーゴは心の中でひっそりと独り言ちた。グラハムに振り回されてきたことを顧みると、我関せずして逃げられたら楽なのだろう。
しかし、クーゴはどうしても、知らんふりするという選択肢を選ぶことができなかった。だから、肩をすくめて苦笑するに留めておく。グラハムは不満そうなふくれっ面を見せた。
見捨てられないだけマシじゃないのかと視線で訴えれば、グラハムにも思うところがあるらしい。渋々と言った調子で息を吐いた。それはクーゴも同じであった。
「お前は最後まで、無茶苦茶やらかすんだな」
「これからもそのつもりだが」
「うん。知ってた」
2人は軽口を叩きながら、視線を窓の方に向けた。大きな窓から望むのは、無数に瞬く星々と、無限に広がる宇宙空間だ。
このどこかで、ソレスタルビーイングと国連軍は戦いを繰り広げているのだろう。イデアや刹那も、この宇宙のどこかで戦っている。
今、彼女たちはどんな思いでいるのだろうか。端末を開いてメッセージを送ろうかと考えたが、何を送ればいいのか分からなかった。
それに、クーゴはイデアと
クーゴとグラハムは、暫し無言のまま景色を眺めていた。周囲に余計な喧騒はなく、静かなものだ。艦内にいる人間はまばらである。瞬く星を見ていると、幼い頃の夢を思い出す。星空に憧れ、外宇宙探索に出たいと思っていた。
今の自分を見たら、少年だったクーゴは何と言うのだろう。
星空から青空を選んだクーゴだけれど、星空への憧れは残っている。幼い頃に読み漁っていた人工衛星の本は今でも棚にしまってあるし、時折、星に関する図鑑だって見返している。何度も読み返していたため、すっかり色あせ、手垢まみれになってしまったけれど。
上層部からの命令で、
(俺は、いつも
クーゴがひっそり目を細めたのと同じタイミングで、グラハムは天を仰いだ。どこか遠くを見つめる彼の眼差しは、刹那を映し出しているのだろう。
「散るにしても生き残るにしても、『彼女』に恥じぬ生き様を貫きたいものだ」
しみじみと、覚悟を噛みしめるようにグラハムは語る。
不意に、とある人工衛星の名前がクーゴの脳裏によぎった。小惑星からサンプルを採取するために打ち上げられ、何度もトラブルに見舞われて、帰還できなくなるかもしれないと言われながら、ボロボロになりながらも使命を果たし、地球に『還ってきた』人工衛星があった。――日本の人工衛星、『はやぶさ』である。
その旅路は、『Toward the Terra』の『ミュウ』篇に登場する『ミュウ』たちや、彼らの母艦シャングリラが歩んできた道とよく似ていた。はやぶさが『宇宙を飛んでいる際のトラブル』が障害だったのとは違い、『ミュウ』やシャングリラは『人類による迫害』が障害であった。
『Toward the Terra』は、ヒトが地球へ『還る』ための物語だ。そして、『ヒト同士がが手を取り合って、ヒトとして生きる未来を手にする』ための物語。登場人物たちは皆、死ぬために生きていた訳ではない。生きるために、未来を切り開くために戦い、その結果として死んでいったのだ。
彼らは自分の生き様に後悔していない。その結果にも後悔なんかしていない。全力で生きたからである。
しかし、その行動原理は、己が死ぬことを前提としていたものではなかった。生き残ることを前提としていたはずだった。
先程グラハムが紡いだ言葉は、『自分か刹那が死ぬ』ことを前提にしているようだ。それ故、反射的に、クーゴは顔を顰めて反論していた。
「縁起悪いことを言うな、ばか。必ずここに帰るんだ。忘れるなよ?」
クーゴの言葉に、グラハムは目を丸くする。しばし目を瞬かせた後、グラハムは苦笑した。
生きて帰ってくる――人間として、基礎中の基礎だ。当たり前の行動原理だ。それを忘れてはならない。
「そうだな。フラッグの後継機のこともある。――必ず、ここへ帰るよ」
わかっているさ、と彼は言った。普段通りの不敵な微笑。ならば大丈夫だろう、と、クーゴは安堵した。再び、窓の外に広がる宇宙へと視線を移す。
宇宙はどこまでも広い。気を抜くと感傷に浸りそうになるのだ。幼い頃に抱いた夢が浮かんでは消える。
いつだったか、グラハムが自身の幼い頃の夢を語ってくれたことがあった。何故、今、そんなことが浮かんだのか分からない。
当時のことを思い出していたら、どうしてか、ぽろりと言葉が口をついて出た。意識したわけでもなく、自然に。
「子どもの頃、外宇宙探索がしてみたいって思ってたんだ。だからいつも、宇宙とか、人工衛星の本を読み漁ってた」
クーゴの言葉を聞いたグラハムが、目を丸くする。
「意外だな。目標に対して真面目で一途なキミのことだから、てっきり、最初から私と同じような夢を持って
「そうだな。俺自身も、ちょっと信じられない。……でも、その名残はまだ鮮明に残ってるぞ。今でも探査機や人工衛星の名前、結構憶えてるし」
「例えば?」
「ハレー彗星探査のために日本の宇宙研究所が初めて打ち上げられた『さきがけ』、宇宙からの気象観測と世界気象機関による世界気象監視計画の一翼を担った『ひまわり』、二酸化炭素やメタンガス等の温室効果ガスを計測していた『いぶき』、20世紀後半に測地実験衛星として打ち上げられてから1世紀半近く現役として活躍した『あじさい』、火星探査機としてい打ち上げられたけど失敗してしまった『のぞみ』。……1番好きだったのは、小惑星いとかわの探索へ赴き、幾多の困難を乗り越えて使命を果たして地球へ『還って』来た小惑星探査機――『はやぶさ』かな」
当時の自分のことを思い出して、クーゴは懐かしさに目を細めた。特に、探査機については名前を諳んじるまで調べ回ったっけ。
グラハムは、クーゴの横顔に何を見たのだろう。夢を追いかける子どもを見守るような優しい眼差しを向けてきた。
しかし、それ故に、疑問が浮かんだのだろう。静かな微笑みを崩すことなく、クーゴに問いかけてきた。
「どうして、ユニオン軍のMSパイロットになったんだ?」
クーゴの脳裏に浮かんだのは、「空で待つ」と笑った人たち。
彼らがいたから、クーゴは空を選んだ。彼らと出会うために、ユニオンの空へと進んだ。
その人物の中に、グラハムがいる。万感の思いを込めて、クーゴはグラハムを見返した。
「
「――そうか。……それで、キミはその人物に会えたのか?」
グラハムの問いは、クーゴにとって奇妙なものだった。会いたいと思った張本人から、そんなことを訊かれるだなんて思っていなかったためである。
正直に話したら喜びそうな気がしたけれど、どうしてだか、素直に話す気持ちにはなれない。意外と、自分は意地の悪い性格だったようだ。
「会えたよ。本人は何も知らないけどな」
「言わないのか? きっと、その人物も喜ぶと思うのだが……」
クーゴは悪戯っぽく微笑んでみせた。
「いいんだよ。本人の預かり知らないところだし、
満足して頷けば、グラハムは怪訝そうに眉をひそめた。しかし、クーゴの心境は何となく理解したようで、小さく肩をすくめた。
そんなタイミングを待っていたとでもいうかのように、クーゴの端末が鳴り響いた。メッセージの主は、パトリック・コーラサワーである。「来るのが遅いが、何か譲れないことがあったんだな」で始まり、「いつぞや作って送ってくれたジャムがカティに好評だった。ついでに滅茶苦茶おいしかった」が中心に来て、「お前らの武運を祈る」で締めくくられていた。
コーラサワーはカティ攻略で忙しいらしい。「スナイパー型のガンダムに傷を負わせた張本人である」とダリルたちから聞いていたが、ここまでお気楽な文面を見ていると、本当に彼が張本人なのかと首を傾げたくなる。そういえば、誰かが彼を「厄介なプレイボーイ」と評していたか。残念ながら、その人物が誰かは思い出せなかった。
再び、窓の外に広がる宇宙へと視線を移す。
クーゴとグラハムには、還るべき場所がある。待っている人たちがいる。そして――還りたいと思う理由があるのだ。
きっと、イデアや刹那も同じなのだ。還る場所が違っても、そこからまた、笑いあうことはできるだろう。そう、信じたい。
『のぞみ』を『きぼう』へ。これは探査機の話だけれど、クーゴの心情そのものである。
最終決戦を乗り越えて、望みを希望へ――そして、明日へ繋げていく。
そのために、今は
クーゴ・ハガネの災難は続く。
【参考および参照】
『ニコニコ動画』より、『【リトバス×人工衛星】エイセイバスターズ!ConvertedEdition【宇宙機MAD】』(tazawa さま)
『Wikipedia』より、『さきがけ(探査機)』、『ひまわり(人工衛星)』、『あじさい(探査機)』、『のぞみ(探査機)』、『はやぶさ(探査機)』