大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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49.決戦直前~『“未来《あした》”』のために~

 周囲から注がれる眼差しは、寒々しい上に刺々しい。特に、紫のおかっぱ頭に眼鏡をかけた青年――実際は、性別不明のイノベイドである。但し、本人はまだ、己の正体を知らないため、『自分は人間である』と思っているようだ――の眼差しが厳しかった。

 次鋒ではマイスター最年少の少女、笑っているけど警戒心剥き出しの20代男性2人組の順番になる。その他クルーから注がれる視線も痛い。最初から覚悟していたとはいえ、実際に直面すると苦しいものがある。正直、ちょっと泣き出してしまいそうだ。

 

 

「彼女は急遽、新しいガンダムマイスターとして選ばれたの」

 

「しかし、彼女は『悪の組織』が送りこんできた人間だ。マイスターとして任命するには、不安要素が大きすぎる。現に、ヴェーダもそれを指摘している」

 

「つい先程、ヴェーダも彼女を承認したわ。……大きな不安要素の指摘を保留にして、ね」

 

「なっ――!?」

 

 

 スメラギ・李・ノリエガの言葉に、紫のおかっぱ頭に眼鏡をかけた青年――ティエリア・アーデは大きく目を見開いた。

 異例中の異例、と、スメラギは付け加える。当然、ティエリアの矛先は、女性へと向けられた。

 

 

「貴様、一体どんな手を使ってヴェーダの承認を得た!? 最初は貴様の存在を認めなかったのに!」

 

「私は何もしていないよ。『悪の組織』だって、ソレスタルビーイングの頭脳を好き勝手にする力なんて欲しないもの」

 

「!」

 

 

 ティエリアは仇敵に対峙したかのように、険しい眼差しを向けてきた。端正な顔立ちが歪んでいる。その表情は、『同胞』を嫌悪し処分しようとした人類軍――特に、人類側の指導者によく似ていた。

 

 できるなら今すぐ、針の筵という現実から逃れたい。しかし、母との約束を果たすためには、こんなところで怯んでいられないのだ。……いいや。これはもう、『母との約束』だけではなくなった。

 『両親が果たそうとした願い』であり、『尊敬するグラン・マが叶えようとした理想』であり、『自分が果たさなければならない使命』だ。だから、自分はソレスタルビーイング(ここ)にいる。

 

 

「私、目が見えないの」

 

「え?」

 

「でも、皆がどんな顔してるか、どんな姿なのか、全部『視える』」

 

 

 切り札を切るには早いだろうが、致し方ない。自分がガンダムマイスターに選ばれた理由の1つを、女性は面々に晒した。この場にいるマイスターたちの格好を、言いよどむことなくさらさらと述べていく。

 まずはティエリアの容姿を挙げた。言い当てられたティエリアは目を見開く。次に言い当てたのは、アレルヤ・ハプティズムの容姿と“もう1人の彼(ハレルヤ)”の存在、その次にはロックオン・ストラトスの容姿と、彼が双子であるという事実。最後に、刹那・F・セイエイの容姿を言い当てて――女性は言葉を止めた。

 

 

(ああ、この子だ。この子たちだ)

 

 

 女性は直感していた。“来るべき対話のためには、彼女の力が必要である”と。

 女性は直感していた。“母が守れと言った『希望』は、彼女とここにいるガンダムマイスターたちである”と。

 女性は直感していた。“彼女こそが、人類の未来を切り開く『真の革新者』として目覚める存在である”と。

 

 

(私に託された、『守るべき希望』)

 

 

 知らず知らずのうちに、女性は胸の前で手を組んでいた。

 込み上げてくる熱い感情を押しとどめ、ガンダムマイスターたちを見つめる。

 

 ヴェーダにアクセスしていたティエリアが頭を抱えた。大方、女性のパーソナルデータを検索し、確認していたのだろう。データで「両目の視力なし。再生手術も不可能」「情報端末等でソレスタルビーイングの情報を検索した形跡無し」と出ているのだから当然だ。根拠となる情報も大量に挙げられている。

 

 

「すべてを『視る』瞳……」

 

「お前さんがヴェーダに選ばれた理由がよくわかったよ」

 

 

 アレルヤとロックオンが、神妙な顔で頷いた。しかし、と、ロックオンは格納庫へ視線を向ける。

 

 ソレスタルビーイングに存在するガンダムは、エクシア、デュナメス、キュリオス、ヴァーチェ/ナドレの計4機だ。複座式の機体は1つもない。しかし、新たにガンダムマイスターとしてやって来た女性は5人目である。それが意味することは、『誰かがリストラされる』ことか。

 4人は困惑した様子で互いの顔を見やる。誰1人として、ガンダムから降りるつもりがないらしい。特にその気持ちが強いのは、マイスター最年少の刹那・F・セイエイである。彼女のことは知り合いから聞いていたが、彼――リボンズ・アルマークの見立ては違う意味で大当たりだと思った。

 スメラギもそのことが気になっているらしい。彼女からも、「ガンダムは4機しかない」と注意を貰った。ラッセ・アイオンのように予備のガンダムマイスターとして登録されるか、ガンダムのパイロットとしての椅子取りゲームに勝利して誰かを蹴落とさなくてはならないためだ。

 

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。誰も、ガンダムを降りる必要なんてありませんから」

 

 

 女性の言葉に、マイスターたちとスメラギが首を傾げた。

 女性専用の新型機ができるという話は聞いていない――面々の眼差しは、はっきりと訴えている。

 

 ヴェーダやメカニックに問い合わせる必要もない。計画上、()()()()()()()()()()()()()()()ガンダムは4()()なのだから。

 では、女性が搭乗するガンダムはどうするのか。刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア、スメラギが気にしているのは、この1点。それに対する答えは、もうすぐ示される。女性は満面の笑みを浮かべて見せた。

 

 誰にも気づかれぬよう注意しながら、女性は『力』を行使する。

 

 

「な、なんだぁ!?」

「ハッチが勝手に開いた!? しかも、操作不能!?」

「外部からのハッキング!?」

「あれは……!? あの機体は――!!」

 

 

 次の瞬間、基地にいた面々の焦った声が響き渡った。それに合わせて、格納庫が勝手に扉を開く。

 宇宙(そら)から舞い降りたのは、純白の機体だった。背中に大きな輪を背負ったMS。

 女性はその光景を背にし、マイスターたちとスメラギへ向き直った。誰も彼もが愕然としていた。

 

 MSは天使たちが並ぶ列の中心に降り立つ。その姿は、さながら“天からの使い”に見えたであろう。それと入れ違うような形で、ティエリアが目を見開く。ほんの一瞬、彼の瞳が金色に輝いた。ヴェーダにアクセスしたのだろう。情報が更新/開示され、女性の機体についてのデータが示されたのだ。

 

 

『どうせ抜くなら、度肝がいいわよね』

 

『ついでに、腰も抜かさせれば最高よッ!』

 

 

 そう言って笑った、2人の女性の後ろ姿が浮かんだ。銀髪の女性と、黒髪の女性。前者は女性の母親であり、後者は女性の母親の親友にして尊敬するグラン・マである。

 今なら、この2人に「自分も誰かの腰を抜かさせ、ついでに度肝も抜き取った」と自慢できそうだ。……いや、おそらく、彼女たちから見れば、まだまだであろうが。

 

 

()()()用意しました。あれが私の機体(ガンダム)――スターゲイザーです」

 

 

 満面の笑みで告げれば、周囲の面々は表情を引きつらせる。そういうわけで、と、女性は付け加えた。

 

 

「改めまして、私のコードネームは『イデア・クピディターズ』。ラテン語で『理想への憧れ』。これから宜しくお願いします」

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「ナドレの整備は?」

 

「終了した」

 

 

 憤怒に満ちたティエリアの横顔は、初めて出会ったときの彼には考えられない表情(かお)である。機械のように冷徹で完璧主義だった彼が、まるで本能をむき出しにした獣のように感情を溢れさせていた。

 それだけでも充分驚くことであるが、国連軍との戦いを続行するか否かを問いかけた上で「続行する」と最初に表明した人間がティエリア本人であった。それを間近で目にしたイデアは、ひっそりと胸を熱くしたものである。

 最初の頃の彼だったら、今のスメラギのように「戦闘に対して消極的」な作戦を選んだだろう。自分から勝算のない戦いに挑もうとすることはおろか、そのプランが提示された時点で容赦なく「無駄だ」と切って捨てていたであろう。

 

 ソレスタルビーイングは、ロックオン・ストラトスを失った。仲間たちの不和を心配し、世話を焼いていた彼が『いなくなった』ことで、ソレスタルビーイングの団結が高まったのである。

 

 ……皮肉なことだ。

 誰よりもこの光景を望んでいた本人が、この光景を見ることができないとは。

 

 

「しかし、トライアルシステムもなく、粒子貯蔵量も少ないナドレでは――」

 

「――それでも、やるさ」

 

 

 不安要素を列挙し始めたアレルヤの言葉を遮るように、ティエリアは言った。弾かれたように、アレルヤとイデアは彼を見る。

 

 

「私は、ロックオンの敵を討たなければならない」

 

 

 その双瞼は、揺るぎない意志が宿っている。機械のように淡々とした目的意識ではない。イデアはじっと彼の瞳を覗き込んだ。

 イデアの様子に気づいたティエリアは、怪訝そうに眉をひそめた。嫌がる様子も、どことなく人間らしくなったような気がする。

 

 

「……何だ」

 

「特に意味はないよ。……でも、うん。やっぱり、正直に言っておくわ」

 

 

 イデアはふっと笑みを浮かべた。

 

 

「ごめんねティエリア。私、出会ったときからずーっと、貴方のことが“怖かった”の」

 

「……“怖かった”?」

 

「うん。無機質っていうか、無感情で無感動というか……――『機械』みたいで」

 

 

 脳裏に浮かんだのは、母から受け継いだ『同胞』の記憶。

 

 母やグラン・マの両親や尊敬する人物を、何の感慨もなく手にかけた巨大な機械(コンピューター)。挙句の果てにその機械(コンピューター)は、人類と『同胞』を見限り青い星(テラ)ごと滅ぼそうとした。

 焦土と化した青い星(テラ)から離れた人類は、惑星(ほし)を再生させるために巨大機械(コンピューター)を作り出した。何百年、何千年の時間をかけた、青い星(テラ)再生プロジェクト。

 青い星(テラ)再生のために生み出された巨大機械(コンピューター)は、人間を管理するようになった。人のために生み出されて営まれた社会は、機械(コンピューター)のプログラムによって管理される社会へ移行する。

 

 機械(コンピューター)の意向に沿わぬ者や、コンピューターが認めなかった『同胞』の多くが処分(ころ)された。機械(コンピューター)によって思考が停滞した人類は、何の疑いもなくそれに同調したのだ。誰も疑問を持たなかった。()()()()()()()教育されてきたのだから、当然だと言えよう。

 例えるならそれは、羽をもがれた鳥。飼い主の意図によって「空を飛ぶ」ことを奪われているのに、鳥は異常事態に気づけない。気づかないようにされてしまっているためだ。そうやって、機械(コンピューター)は、自分に忠実な人間(コマ)を生み出した。文字通りの『機械の申し子』。

 

 ティエリアも、機械(ヴェーダ)が生み出した申し子であった。しかしながら、機械(ヴェーダ)機械(コンピューター)には最大の相違点がある。前者が「人間に期待している」が故に申し子を送り出して「人間について学ばせる」なら、後者はとにかく申し子に「機械に忠実な存在となるための在り方を学ばせる」ということだ。

 どちらの教育方針も「最終判断を等の本人へ投げっぱなしにしている」「そのくせ、意にそぐわなければ、適宜手を下す」という共通点がある。前者の申し子には記憶のリセット機能がついているし、後者の申し子は「バグに侵された」「失敗作」と難癖をつけて処分(ころ)すのだ。本当は、機械とは怖いものなのである。

 現状、ティエリアにはリセットが発動される様子はない。問題ないと思っているのか、状況を判断しようとしているのか、ティエリアを完全に見捨ててしまったのか。いずれにしても、イデアには機械(ヴェーダ)の思考回路(?)は理解しがたい。イデアにとって「機械みたいな人間」は、「恐ろしい存在である」と同義であった。

 

 

「でも、それ、撤回する。今のティエリアにそんなこと言ったら失礼だもの」

 

「……何故?」

 

 

 目を丸くしたティエリアが首を傾げる。

 イデアは静かに目を細めた。

 

 

「だって、機械は後悔しない。自分の行動の結果に対して、何の感慨も抱かないし、抱けないし、そもそも()()()()()()()わ」

 

「当然だ。機械には、そんなプログラムなど組み込まれていない。もっとも、組み込もうと試みたところで、開発者が挫折することは目に見えているがな」

 

「そうだね。効率化を推し進める際、後悔するプログラムなんて邪魔だもんね。感情だって邪魔だもんね」

 

 

 イデアは頷く。でも、と、付け加えて、

 

 

「今のティエリアは、最初に会ったときより、感情豊かになったと思うよ」

 

「確かに。今までにないくらい、熱くなってるよね。……あまり、熱くなりすぎない方がいいと思うけど」

 

 

 イデアの言葉に、隣にいたアレルヤが同調した。(かけた言葉は色々酷いが)彼はティエリアを心配している。

 普段は他者に「落ち着け」と(ぶっきらぼう且つ事務的に)諭すようなティエリアが、激情をあらわにしているというのは、珍しい事態だ。

 ティエリアは険しい表情のまま、こちらから視線を逸らした。俯きがちではあるものの、その眼差しは前へ向けられている。

 

 

「そうならずにはいられない」

 

 

 機械の申し子は、もういない。

 そこにいたのは、不器用だけれども等身大の感情を持った、どこにでもいるヒトだった。

 

 

「そうだね。それでいいんだよ、ティエリア」

 

 

 イデアは微笑んだ。祈るように、胸の前で手を組む。

 

 

「笑って、泣いて、怒って、悩んで、喜んで、悲しんで、憤って、呆れて、反省して、後悔して、無謀な賭けに挑戦してみて、不確定な未来を夢見て……機械はこんなことしない。人間だからこそ、そうやって考えることができる」

 

 

 それが、人間の――いいや、ヒトとしての在り方だ。古来から営まれ、これからも続いていく、当たり前の光景だ。

 イデアは知っている。ヒトとして生きるために、立ち上がった人々がいたことを。

 

 

「だから、ティエリア。貴方は『機械』なんかじゃない。立派な『人間(ヒト)』だ。誇っていい」

 

 

 ティエリアは目を丸くした。眉間に皺が寄っていたのは、イデアの言葉をティエリアなりに理解しようとしたためであろう。

 理論的な考えを主体にする彼は、イデアのような感覚的な発言や行動原理が「理解しがたい恐ろしいもの」のように思えたに違いない。

 

 吊り上がっていた眦が、ほんの少しだけ和らいだ気がする。

 

 

「……お前が、僕に対して肯定的なことを言ったのは初めてだったな」

 

「ティエリアが私の発言を切って捨てなかったのも初めてだよね」

 

「む」

 

 

 イデアの指摘に、彼は目を瞬かせた。隣にいたアレルヤも目を丸くした後、小さく頷く。それが一種の名物と言えば名物だったけれど、会話のキャッチボールができるのはやっぱりいいことだと思う。投げたら叩き落とすのが常だったティエリアも、共に戦う中で変わったらしい。

 思えば、ソレスタルビーイングの面々は、お互いに対してどことなくよそよそしい感じがしていた。組織の中の守秘義務に抵触すると言われてしまえばそれまでであるが、イデアが育ってきたコミュニティと比較すると、天と地の差レベルで寒々しかった。

 『同胞』は、同族及び仲間意識が強い。『同胞』の成り立ちが“人類及び世界政府から徹底的に迫害されてきた”ため、「『同胞』以外しかいなかった」のだ。それ故、多少の揉め事はあるけれど、互いに感情をぶつけあい、わかり合うことで結束を深めてきたのだ。

 

 今のソレスタルビーイングには、『同胞』と同じ結束が生まれている。世界のすべてを敵に回し、戦い続ける――古の『同胞』が辿ってきた旅路と似ている。状況はどちらも絶望的だし、勝算もなければ当てもない。下した判断も同じであった。

 奇妙な親近感と共に、今なら古の『同胞』の気持ちがよくわかる。母から受け継いだ想いを辿りながら、イデアは静かに目を閉じた。どこからか、互いのことを話して笑いあうブリッジクルーの声が『聞こえてくる』。

 

 

『そういえば、自分のことを互いに話すのって初めてッスよね』

 

『今までは組織の守秘義務があったから。でも、今更よね』

 

『だな。その中でも、自由奔放な奴はいたけど』

 

『あー。イデアかー』

 

 

 彼らも彼らで、和やかな時間を過ごしているらしい。

 

 

『トレミーのママ枠は、スメラギとイデアの一騎打ちって感じだからな』

 

『スメラギさんは否定しそうだけどね』

 

『流石にお姉さんは厳しいと思うッスよ。スメラギさんの年齢的に』

 

『キミ、デリカシーがないよ……』

 

 

 おどけた調子で語るリヒテンダールに、クリスティナはこめかみを抑えてため息をついた。ラッセも苦笑している。この場にスメラギが居合わせたら、それはもう修羅場になっていたことであろう。彼女も乙女であり、年齢のことを気にしているのだから。

 ちなみに、イデアは「お母さん」と呼ばれることは嬉しいことだと思っている。自分の出自及びその他諸々のことを考慮すると、「お母さん」と呼ばれても痛くも痒くもなかった。むしろ、それ以上でもおつりがくるレベルかもしれない。

 ただ、“グラン・マ(おばあちゃん)”と呼ばれ、尊敬されるべき人間ではないとは思っている。年齢的にも、経験的にも、その他諸々の要素を考慮しても到達できない高みである。イデアにとって、その敬称で呼ぶ/呼ばれるべき女性は後にも先にも1人だけだ。

 

 イデアの古巣/実家――『悪の組織』も、もう1つの側面から行動を開始しているであろう。以前のように、年齢に見合わぬ無茶をやらかして寝込んでなければいいのだが。

 最近は妙にやる気をたぎらせていた、とは、グラン・マの息子からもたらされた情報である。思念波越しの会話のため、機械に足が残る可能性は殆どなかった。

 

 閑話休題。

 

 イデアは満足げに頷いて、ティエリアとアレルヤの方に向き直った。

 

 

「――そして、全力で生きた人間には、後悔はない」

 

「それって、機械と全力で生きた人間は同じってこと?」

 

 

 話を聞いていたアレルヤが首を傾げた。

 その言葉に、イデアは首を振る。

 

 

「『後悔()()()』のと『後悔が()()』のは、全然違うんだよ」

 

「……相変わらず、お前は難解なことを言うんだな」

 

「違いないね」

 

 

 イデアの言葉に、ティエリアとアレルヤが笑い返した。そうして一言、付け加える。

 

 

「だが、今なら……今だからこそ、貴女の言葉の意味が分かるような気がする」

 

「僕もだ。うまく言葉にできないけど、それでも、キミが何を言いたかったのか、分かるような気がするよ」

 

 

 アレルヤはともかく、ティエリアが穏やかに笑ったのは初めてのことだ。けれど、2人が同じ場所にいる状態で、似たような表情を浮かべているというのも初めてのことである。ついでに、ティエリアがイデアのことを「貴女」と呼んだのも初めてのことであった。

 今日は、珍しいことが連続して続く。まるで、自分たちに待ち受ける『これから』が、絶望と悲しみに満ちているのだと言わんばかりに。だからどうした、と、イデアは心の中で盛大に叫ぶ。生きる覚悟を固めた彼らを生かすのが、イデアが『ここにいる』理由なのだ。だから、必ず守り抜く。

 滅びの(とき)を迎えるには、まだ早すぎるのだ。黒幕が糸を引いていることは察している。その犯人の正体も、イデアは既に把握していた。勿論、ソレスタルビーイングを生み出したイオリア・シュヘンベルクも想定済みである。そのための下準備/系譜が、刹那の駆るエクシアに受け継がれていた。

 

 彼女も“生き残る”覚悟を決めている。戦争の根絶を夢見る“ソレスタルビーイングのガンダムマイスター”、及び“恋する乙女”としてだ。後者は本人無自覚である。

 刹那を愛してやまない男――グラハム・エーカーも、この戦いに参加しているに違いない。文字通り、2人にとっても『最終決戦』であることは明白だった。

 

 イデアにとっても、最終決戦であった。対峙を想定している相手は、ユニオン軍の“空の護り手”――クーゴ・ハガネ。

 

 端末を引っ張り出し、彼の名前にカーソルを合わせる。

 新着メッセージはない。何かこちらからメッセージを送ろうかと思い、メールを開いた。

 

 

『……いや、やめておこう。縁起悪いし、死にに行くんじゃあるまいし。これじゃあまるで、遺言みたいだ』

 

 

 不意に、声が『聞こえた』。クーゴの声だった。

 

 

『俺は諦めてなんかいない。彼女と――イデアと()()()()ために、この道を行くと決めたんだ』

 

 

 イデアはメール画面を消し、端末をしまう。遺言なんていらない。クーゴもイデアと同じように、生きるために戦うことを選択したのだ。

 同じことを考えてくれたのが嬉しくて、イデアは微笑んだ。そんなイデアの様子に、ティエリアとアレルヤが目を丸くする。

 2人は顔を見合わせた後、ちょっと何かを思いついたらしい。茶化すように笑いながら、しまい込んだ端末を指示した。

 

 

「メッセージ、送らなくていいのかい? これが最後になるかもしれないよ?」

 

「愛しの君なんだろう? ……僕には、あまり理解できないことだが」

 

 

 ここにロックオンがいたら、率先してイデアを茶化していたに違いない。でも、今の2人を見たら、嬉しそうに表情を緩ませて眺めていそうな気がした。

 

 

「大丈夫よ。こういうときの恋する女の子は、絶対死なないから。むしろ、殺されたって死ぬものですか!」

 

 

 イデアは悪戯っぽく笑う。その表情を見た2人は、期待/想定通りの返事が帰ってきたことに苦笑しつつも、どこか満足そうに頷いていた。

 

 珍しいくらい、和やかな時間が過ぎていく。最終決戦直前であることなど感じさせないくらい、優しい時間だった。

 クルーたちが談笑に耽り、自分たちの間に結ばれていた絆の強さを噛みしめる。絶対に生き残ると、決意を固める。

 

 

「E-センサーに反応! 敵部隊を補足しました!」

 

 

 クリスティナの声が響く。ついに、決戦の(とき)が来た。

 イデアはティエリアとアレルヤに眼差しを向けた。2人も、厳かな表情で頷き返す。

 

 どこからか、夜明けの鐘が鳴り響く音が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このレポート、凄いね」

 

 

 女性は、端末からデータを眺めながら感嘆の息を吐いた。流石、女性が見出したジャーナリスト。見込み通りだった、と、ひっそり満足げに微笑む。

 

 

「シロエとマツカに『ちまちまと情報を開示していくように』とは言ったものの、イニーやレイのことをここまで掴んでるんだもの。終いには、ライヒヴァイン家についてもまとめてるのよ?」

 

 

 ふふ、と、女性は笑い声を漏らした。隣にいたエルガンは肩をすくめる。

 ライヒヴァインという名前に何かを思い出したようで、エルガンが問いかけてきた。

 

 

「そういえば、お前の教え子だったライヒヴァイン家の“最後の1人”は? ……また、やけっぱちになって、とんでもないものを開発していないよな?」

 

「やってないわよ。『ベルフェゴールみたいな“パイロットに優しくない”機体を作って、それに乗って無茶やらかすなんて真似はもうしない』って言ってたもの」

 

 

 エルガンの言葉に、女性は苦笑した。懐かしさに駆られて、昔のデータを引っ張り出す。

 

 提示された機体は、怠惰の悪魔の名を冠したMS――ガンダムベルフェゴール。ライヒヴァイン最後の1人である青年が、復讐に凝り固まった状態で作り上げたMSである。

 破壊力に特化した武装とESP-Psyonを搭載した機体であったが、青年の持つ能力とは相性が悪かった。それでも無理を押して搭乗した結果、青年は味覚を失ってしまう。

 彼を立ち直させるのは本当に大変だった。エルガンも当時のことを思い出したようで、深々とため息をつく。現在は自分に合ったESP-Psyonを搭載した機体で戦っている。

 

 結局味覚は回復しなかったけれど、代替え手段と友人――息子の協力もあって、普通の生活を送っている。現在も、MSパイロットとして、新しい機体を駆って戦っていた。

 ……もっとも、その新しい機体は、突如横槍を入れてきたアンノウンによってお釈迦(スクラップ)一歩手前の状態にされてしまったが。

 

 

「しかし、その新型機もスクラップ同然にされたのだろう? 後継機は? ……いや、アルヴァの息子のことだ。機体なんかなくとも、生身で特攻しそうで恐ろしいな」

 

 

 親子そろってお前の影響を受けていたし、と、エルガンはジト目で女性を見た。権謀術数を張り巡らせているこいつもまた、人のことが言えないというのに。

 昔は一緒になって、戦艦や戦闘機を生身で撃退してきただろう。もっとも、エルガンの撃墜数は常に最下位だった。その分を、作戦プランの設計につぎ込んだような感じであった。

 

 

「大丈夫よ。ついさっき、準備終わったって連絡あったし。……ところで、馬鹿の居ぬ間に失脚準備は進んでるの?」

 

「問題ない。奴がこの戦いを生き延びようが、この戦いで死に果てようが、地獄が待ち構えている」

 

「前者だったら栄光から一転して転落、後者だったら死人にムチ打ちってところか」

 

 

 女性はにたりと笑みを浮かべた。周囲の人間がこの表情(かお)を見たら、「あくどいことを考えている」と怯えていたに違いない。実際、エルガンも苦い表情を浮かべて後ずさっている。

 「これからえげつないことをしようとしている」という自覚はある。愛する夫を殺されて、黙っていられるような女ではない。これからどう報復するかの算段を立てていた。夫はきっと、こんな無駄なことを望まないだろう。

 亡くなった夫が心配そうに女性を見つめている姿が『視えた』。死んだ人間に不安を残している――その事実が居たたまれなくて、女性は苦笑する。申し訳ないが、女性にだって譲れないことがあった。

 

 

(ごめんね。きちんと決着をつけなきゃ、私は前へ進めないんだ。……これが終わったら、もう振り返らないから……許してね)

 

 

 女性は苦笑する。それを目の当たりにした夫は、慈しむような眼差しを向けてくれたような気がした。次の瞬間にはもう、彼女の隣には誰もいない。

 対面に佇むエルガンにも、彼の姿が『視えていた』のだろう。沈痛な面持ちで目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボロボロの体を引きずったノブレスがやって来た場所は、『悪の組織』の本社にある格納庫である。そこには、つい数時間前に突貫工事を終えたばかりの“νガンダムの後継機”が佇んでいた。

 

 本社の格納庫に来たのは随分と前のことだった。以前自分が駆っていた機体も、ここにある。怠惰の悪魔の名を冠した機体とESP-Psyonは改良を施され、パイロットに厳しい機体ではなくなった。しかし、いわくつきの機体として、誰も搭乗しようとしない。

 最近、その機体と搭載されたESP-Psyonと相性のいい人物が見つかったそうだ。彼女はエイミーの艦でオペレーター兼雑務をやっているという。彼女の才能を見出したエイミーは、早速いろいろとやってくれたらしかった。その連絡は、MSパイロットの面々から聞いている。

 青年は自分が搭乗する機体を見上げた。νガンダムの面影を宿した、白と青の機体。この機体もまた、『人の心の光』を世界に示した機体であった。虚憶(きょおく)曰く、この機体はνガンダムが辿る『他の可能性』だ。しかし、νガンダムと同じ可能性の世界には存在しえないという。

 

 スペック的にはνガンダムの強化版と言える。νガンダムから引っ張り出したESP-Psyonを突貫工事で調整し直し、この機体に積み込んだ。

 これで、どうにか自分も宇宙(そら)へ向かうことができる。最後の役目を果たすことができるのだ。――そのために、自分は『ここにいる』。

 

 

「キミも、年齢に合わない無茶をするんだな」

 

 

 響いた声に振り返れば、1人の老紳士が心配そうにこちらを見上げていた。ノブレスという仮面を外して、青年に戻る。

 そこにいるのは、老紳士の知っている『おにーさん』だ。決めたことだと告げると、老紳士は深々とため息をついた。

 

 

「死なんでくれよ、『おにーさん』」

 

「死にませんよ。約束します」

 

「そう言って、60年間帰ってこなかったのはどこの誰だったかな」

 

 

 老紳士はムッとした表情で青年を見上げた。前科持ちは辛い、と、青年は肩をすくめる。本当はもう少し雑談に耽っていたいのだが、そんな暇はなさそうだった。

 青年は老紳士に背を向け、コックピットに飛び乗る。発進の合図が鳴り響き、老紳士は安全のために奥へと戻った。それを確認し、青年は操縦桿を握り締める。

 再び、ノブレスとしての仮面を被る。このミッションが、ノブレス・アム――及び、青年が果たすべき最後の使命(ラストミッション)だ。前を向いて、明日を手にするための。

 

 これが終わったら、長らく顔を隠してきた仮面ともおさらばだ。ノブレス・アムというコードネームはわからないが、テオ・マイヤーというアイドルも、仮面の男もいなくなるだろう。最後に残るのは、もう体を成さなくなった監視者の残骸だけである。

 無くなってしまった監視者の椅子に、采配を振るうもの――ヴェーダあるいはその他諸々――たちは誰を座らせるつもりなのか。少なくとも、青年は用済みであることは明らかだった。行く当ては、ある。完全に出戻りだけれど、『同胞』たちは喜んで迎えてくれるだろう。

 

 教え子たちは、大丈夫だ。もう、自分は必要ない。彼らなら、自分がすべきことや進むべき道を見出し、生きていける。寂しくないわけではないが、最初から覚悟していたことだ。

 

 

「これが、僕が僕自身に課したラストミッション」

 

 

 ノブレスは噛みしめるように呟き、操縦桿を動かした。

 

 

「……ノブレス・アム、Hi-νガンダム、出る!」

 

 

 ハッチが開き、νガンダムの後継機――Hi-νガンダムがカタパルトから飛び出す。

 青い光を纏った白と青基調の機体は、宇宙(そら)を切り裂くようにして突き抜けた。

 

 

 

 

 

『テオおにーさん』

 

 

 気のせいか、老紳士と少年の声がダブって聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、撃つがいい! 地球と宇宙の平和のために!!」

 

 

 小惑星の上に陣取るのは、トレーズ・クリシュナーダ率いる部隊である。彼らが向かい合っている相手は、ゼクス・マーキス/ミリアルド・ピースクラフトの所有する戦艦――リーブラであった。

 敗者になりたいと語った優雅な男は、己の死が近づいていることにすら動じない。流石であると感嘆すればいいのか、そんなことしている暇があったら無様でもいいから逃げ延びろと喝を入れればいいのか、クーゴには分からなかった。

 

 ジェネレーションシステムで再現された光景であるとはいえ、自分たちが彼らを何とかできないという事実がもどかしい。何故自分たちがここにいるのか分からなくなりそうだ。

 部外者にして外部者であるクーゴたちに許されたことは、その顛末を見届けることだけである。クーゴが憤ったことに気づいたのか、仲間たちが心配そうな顔つきになったのが『視えた』。

 イデアも、刹那も、グラハムも、何とかならないかと思っている。しかしながら、どうしようもないことを悟っていた。だからすべてを見届けるのだと、面々の眼差しは訴えていた。

 

 クーゴが悩んでいる間に、リーブラは主砲のチャージを終えた。青白い光が爆ぜ、トレーズたち目がけて降り注ぐ! 光は小惑星ごとトレーズを飲み込――まなかった。

 

 小惑星と放たれた主砲の間に、“何か”が割って入った。“何か”が青い光に飲まれる寸前、禍々しい金色が視界の端にちらついたような気がする。

 主砲の光は“何か”が身に纏ったものによって飛び散った。おそらくはシールドの類だ。それはいとも容易く、リーブラの主砲を無力化したのである。

 途端に、通信越しのイデアと刹那の表情が微妙なものになった。割り込んできた“何か”に対し、何とも言えぬレベルで身に覚えがあったためであろう。

 

 

「っ、ははははははははははははははは! リーブラの主砲と言えどもその程度か!」

 

 

 長ったらしい笑い声がこの場に響き渡る。青い光が消え去ったと思えば、毒々しい機体が鎮座していた。

 金色。見ていて気が遠くなるレベルでの金色。搭乗者の好みが反映されたMAだ。思わずクーゴが眉間に皺を寄せる。

 

 趣味の悪い乱入者のご高説が始まる。誰も頼んでいない。むしろ皆、「なんでお前ここにいるの?」「壮大な部外者だな」と言いたげな眼差しを向けていた。その視線は、乱入者の後ろに控えるジンクス――正確には、機体に搭乗しているパイロットたち――からも注がれている。残念ながら、その叫びは黙殺されたらしかった。

 

 

「世界は、地球圏の統一という再生が始まった。そして私はその世界を、私色に染め上げる!」

 

 

 場違いだった。壮大なくらい、その言葉が似合っていた。あの“黄金の乱入者”によって、トレーズとミリアルドの戦いが汚されてしまった。

 2人が貫こうとした想いや、世界に示そうとしたものの高潔さや神聖さを汚されてしまった。ふつふつと湧き上がってくるのは、乱入者に対する憤りだ。

 周囲に漂う微妙な空気などなんのその。驚きの声を上げるミリアルドやトレーズの様子に満足したらしく、乱入者は声高に己の名前を宣言した。

 

 

「そう……世界を変えるのはこの私、アレハンドロ・コーナーだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――帰れ、場違いィィィィ!」

 

 

 クーゴは反射的にそう叫んだ。隣にいたグラハムは、眉間に深く皺を刻みながら、唸るように呟く。

 

 

「日本語で“空気読めない(KY)”という言い回しがあったが、アレは完全にその言葉を体現しているな」

 

 

 2人は顔を見合わせ、こめかみを抑えた。何故、最終決戦前にこんな虚憶(きょおく)を目の当たりにしなければならなかったのだろうか。クーゴには分からない。

 しかも、虚憶(きょおく)の中で声高に名乗った奴は、アレハンドロ・コーナーという名前だ。現在の国連大使と同姓同名――むしろ本人である。何をやっているのだろう。

 年甲斐もなければ立場もない。虚憶(きょおく)の中のアレハンドロは、自身のことを正義の執行者だと自負している様子だった。どこからどう見ても悪役にしか見えない。

 

 おまけに、場違いすぎて小物として片付けられてもおかしくないレベルだ。

 目に優しくない金色のMAがフラッシュバックする。いつか、見たようなデザインだった。

 

 クーゴは顎に手を当てる。

 

 

(何故、しがない国連大使がこんなMAを所有しているんだ……? 金で物言わせて製作したにしても、操縦技術は到底、正規のMS乗りには敵わないはずだ)

 

 

 国連大使に「しがない」と言ってはいけないのだろうが、MSおよびMAの操縦に関して、国連大使という肩書は分野違いのように思える。過去にパイロット経験があるなら別だろうが――そこまで考えて、クーゴは思い出した。

 アレハンドロ・コーナーは、過去にユニオン軍に在籍していた記録があった。当時はフラッグの前身となった機体――ユニオンリアルドを駆っていたという。なら、MSやMAの操縦もこなせるだろう。

 

 ……もっとも、虚憶(きょおく)の中の彼は、「機体性能でごり押し」しているようにしか見えなかったが。

 

 そんな思考に浸っていたクーゴを呼び戻すかのように、戦艦内にアナウンスが響き渡る。出撃準備を促す内容のものだった。

 手早く虚憶(きょおく)を纏めた後で、クーゴはグラハムと共に格納庫へ向かって駆け出した。そして、GNフラッグに乗り込む。

 この先に何が待っているのか、誰の悪意が渦巻いているのか、それはまだ何もわからない。それでも、クーゴたちは飛ぶのだ。たどり着きたい場所へ向かって。

 

 すべては、“未来(あした)”を迎えるために。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの災難は続く。

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