大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season> 作:白鷺 葵
満身創痍なのは機体もパイロットも一緒だ。だが、自身が感じ取った予感と交わした約束が、
限界などとうに超えた。それでも、今は、倒れるわけにはいかない。落ちてしまいそうな意識を奮い立たせ、女性は操縦桿を動かした。
◆
『うわぁぁぁぁあああああッ!!』
漆黒が堕ちる。その様を、少年は鮮明に『視た』。
守り抜いたのは神聖なる想い。代償として、黒い機体は悪意に晒された。悲鳴を残して、機体は
それを見ていた女性は幸せそうに微笑んだ。望んだものすべてが手に入る、と、悦に浸った微笑を湛えて。
ぞっとした。堕ちていったのは、先程自分を救い上げてくれた人だったから。
彼を死なせてはならない。少年は操縦桿を握り締める。しかし、当然のことながら、機体は動かない。
先程の戦闘ですべての機能が死んでしまった専用機は、ただただ沈黙を貫いていた。
(だめだ)
機体は沈黙したまま、動かない。
それでも、少年は諦めきれなかった。
(あの人を死なせちゃいけない)
戦わなくていい、間違っていない――初めて、その人は少年にそう言ってくれた。
「ユニコーン」
少年は、己の機体の名を呼んだ。
これ程までに力が欲しいと願ったことはない。自分の翔るガンダムに頼りたいと思ったこともなかった。忌まわしいものだとばかり思っていた。
でも、今は。己の持つ力のすべてを、つぎ込みたいと思っている。少年は祈るようにして、自分の機体に呼びかけた。
「お願いだ、僕に力を貸して。――あの人を、助けたいんだ」
その言葉に呼応するかのように、青い光が漂い始める。次の瞬間、沈黙していたシステムが動き出した。コックピット内に明かりがともり、関節部が赤く発光する。
少年の祈りは聞き届けられた。機体損傷の具合を確認する。どこからどう見ても最悪の極みであり、間接部分からはうっすらと白煙が上がっているほどだ。
だからといって諦めたくない。少年が強く思ったとき、少年に応えるかのように機体が動き出した。平時のときと変わらぬそれに、少年はほんの一瞬だけ驚きの声を上げた。
けれど、その驚きもすぐに消える。残ったのは、焼け付くような焦燥感。
急がなければ、母の悪意がすべてを焼き尽くすという、問答無用の確信だった。
◇
ビームサーベル同士がぶつかり合い、派手に火花を散らした。斬っては結び、結んでは斬りを繰り返す。剣戟ひとつひとつを重ねていくたびに、心が弾む。
自分たちの戦いを邪魔するものは何一つもない。それゆえにできる真剣勝負――その事実を体感するだけで、グラハムは年甲斐もなく心を躍らせていた。
刹那のガンダムはグラハムのGNフラッグが繰り出す攻撃を回避し、攻撃を仕掛けてくる。以前対峙したときより、攻撃の精度は随分と成長していた。流石は自分の運命の相手、と、グラハムは笑みを浮かべる。
初めて戦ったときや共闘したときとは比べ物にならない程、刹那の太刀筋は研ぎ澄まされていた。確実に、グラハムとGNフラッグを屠らんとしている。どこまでも強い意志と真摯な想いが、ぶつかり合う刃から伝わってきた。
手は抜かない。そんなことをしたら、己の想いも彼女の想いも踏みにじることになってしまう。グラハムもまた、刹那に対しては誠実で/真摯でありたかった。だから、敬意を持って受け止める。
(流石は私のプリマドンナ。エスコートされているだけでは終わらないということか)
リードしていると思えば、逆に自分が振り回される。一瞬たりとも気の抜けない攻防戦。グラハムは、自分の口元が段々と綻んでいくのを感じていた。
このまま永遠に、この舞台で踊っていられたらいいのに、と。場違いなことだとしても、願わずにはいられない自分がいた。
それを、グラハムは首を振って否定する。決着の終わりこそが、自分たちの望んだ“明日”の始まりを意味しているのだ。
微睡むことはお互いが赦さないし、お互いに赦されることではない。痛みにまみれたとしても、望むものがあるのだから。
焦がれていた天使に、ようやくこの手が届く。
そう思った途端、グラハムは即座に反撃へ打って出た。牽制としてライフルを撃ち放ち、即座に距離を詰める。
GNフラッグは疑似太陽炉搭載時の機体改造によって長所が殺されていたが、グラハムはさして気に留めなかった。
グラハムの想いに呼応するかのように、GNフラッグが刹那/ガンダムに迫る!
「おおおおおおおおおおおおッ!」
文字通りの真っ向勝負。防御を完全に捨て置いた、捨て身の攻撃だった。ビームサーベルを構え、天使を射抜かんばかりの勢いで突っ込む。
普通に考えれば回避が正解なのだろうが、刹那はグラハムに応えるかのように実体剣を展開させた。同じように、ガンダムもGNフラッグに突っ込む。
雌雄を決するのは、コンマ一瞬だろう。
おそらくは、この一撃で。
グラハムには、確かな予感があった。
そして――決着は、訪れる。
「――!!!」
それは、ほんの少しのタッチの差だ。
GNフラッグのビームサーベルは、ガンダムのカメラアイ前方を掠めるだけに留まった。対して、ガンダムの実体剣は、GNフラッグの肩に深々と突き刺さっている。紫電が爆ぜたのはGNフラッグ――グラハムの方だった。
機体に凄まじい振動がかかる。コックピットの機材が爆発を引き起こした。その衝撃に耐えきれず、グラハムは呻く。体中に痛みが走るだけでなく、左側の視界が赤黒く潰されてしまった。痛みのせいで瞼を開けることも叶わない。
ならばせめて、と、グラハムは右側の視界を失わぬよう、どうにかして瞳をこじ開ける。最初のうちはぼんやりしていたけれど、徐々に鮮明になっていく。破損し、火花が飛び散るコックピット内部が見えた。
本来ならモニターも死んでいるはずだというのに。
顔を上げれば、眼前に降り立つガンダムが『視える』。
(嗚呼)
グラハムは苦笑した。
(私は、キミに及ばなかったのか)
伸ばした手/刃は、
ガンダムはじっとGNフラッグを見下ろしている。気のせいか、凪いだ水面のように静かな刹那の表情が『視えた』ような気がする。
「……さあ、刹那。キミの望む、決着を」
グラハムは刹那に呼びかけた。決着をつける権利は、彼女にある。負けた自分に赦されることは、ただ、すべてを受け入れるだけだ。グラハムの言葉に呼応するかのように、ガンダムが実体剣の切っ先をGNフラッグに向けた。
自分たちを切り裂き、その手に勝利を掴むのか。そんな決着でも、悪くはない。我儘を言うならば、星が煌めく宇宙の闇よりも、真っ青な空の元で死にたかった。……いや、そんなことなど霞むくらい、今は満足している。
死に場所など、もはやどうでもよかった。今、こうして、刹那/ガンダムと向き合っていられるのならば。彼女たちがいる場所は、グラハムにとっては天国――あるいは楽園と同義だ。これ以上に幸せなことはない。
瞳を閉じて、決着のときを待つ。
いくら待っても、予測していた衝撃が襲い掛かってくることは終ぞなかった。ゆっくり瞳を開け、ガンダムに向き直る。
展開していたはずの実体剣は収納され、天使はただ厳かに佇むのみ。グラハムが瞬きを繰り返すと、刹那は静かに言葉を紡ぐ。
「あんたは、明日のために戦うと言ったな」
「ああ」
「……ならば、あんたが生きることをやめてどうする」
どこか、呆れが混ざった口調。
「生きることをやめてしまったら、明日を掴むことなんてできないだろう」
至極当たり前のことを、至極当然のように、刹那は言った。
「……だから、俺は生きる。お前も、生きろ。――生きてくれ、グラハム・エーカー」
そうして、刹那は微笑んだ。戦いを始める直前に見せた、柔らかな微笑を浮かべて。
あまりにも綺麗な微笑みに、グラハムは呆気にとられた。自然と口元が緩む。
――これが、刹那・F・セイエイが選んだ答え。
「……それが、キミの答えなのだな」
「ああ」
「そうか。なら、私も生きる。……そうやって、キミの行く末と、キミと私が出した答えを見つめ続けよう」
痛みに呻きそうになるのを抑え込みながら、グラハムは刹那に答えた。今はひどく、満たされたような気分だった。
刹那がどんな顔をしているのか、グラハムにははっきりと『視える』。年相応の笑顔に、胸が温かくなるのを感じる。
去来したのは充実感だ。自分たちが選んだ決着に、何の後悔もない。これでよかった、と、心からそう言えた。
不意に、壊滅状態だったレーダーが反応を捉える。カメラアイに映し出されたのは、クーゴの駆るGNフラッグだった。被弾した形跡があるが、特に目立った損傷はなさそうである。
友人であり戦友である彼にも、多大な心配をかけてしまった。ここまで突き合わせてしまったクーゴを安心させようと、GNフラッグの通信回線へ手を伸ばす。
『――2人とも、逃げろ!!』
不意に聞こえた声に手を止める。刹那、背後から毒々しい紫の光が降り注いだ!
グラハムと刹那は振り返り、息を飲む。攻撃を避けようにも、グラハムのGNフラッグは満身創痍だ。
万全の状態ならともかく、現状では回避すらまともに行えない。赦されたことは、被弾するまでの光景を見つめ続けることだけ。
グラハムの視界の端で、刹那/ガンダムが自分/GNフラッグを庇おうとしていたのが『視えた』が、到底間に合うとは思わなかった。
「させて、たまるかぁぁぁぁぁぁッ!!」
刹那、クーゴのGNフラッグは青い光を纏って、ガンダムとGNフラッグへ向かって突撃してきた!!
◆
ZEXISが解散するのを待っていたかのように、再び世界は混迷へと転がっていく。今回行われたソレスタルビーイング殲滅作戦もその1つだ。国連代表のエルガン・ローディック代表が行方不明になったのを皮切りに、統一されかけていた世界は瓦解していった。
影のフィクサーであるエルガンがいなくなったことにより、別の誰かが実権を握ったようだ。そこまでは、上司や周囲の会話を聞けば大体予測できる。だが、肝心要の黒幕は、影も形もつかめなかった。親戚のジャーナリストも項垂れてしまったレベルである。
(いや、そんなことを考えている暇なんてない)
クーゴは首を振り、GNフラッグを加速させた。何の目印もない
懸念材料は自分の相棒――グラハム・エーカーと彼の恋人――刹那・F・セイエイ、および、自分とイデア・クピディターズの行く末である。
特に、現時点では、友人であるグラハムのことが気がかりであった。そんなことを考えていたとき、モニターが機影を捉える。
煙を上げるGNフラッグと、GNフラッグを見下ろすガンダムが見えた。
GNフラッグの損傷具合からして、グラハムが刹那に敗北したことは伺えた。ガンダムとGNフラッグが向き合う様子からして、2人は己の望む決着をつけたのだということも。
グラハムと刹那は、もう、戦うつもりはないのだろう。その事実には安堵すべきだったが、クーゴの心配は潰えていなかった。
「グラハム!」
通信回路を開いて呼びかける。映し出された金髪碧眼の伊達男は、文字通りの満身創痍であった。端正な顔立ちだった彼の左半分が真っ赤に染まっている。
「そんなに怖い顔をして、どうしたんだ?」
痛みに顔を顰めながらも、グラハムはきょとんとした表情でクーゴに問いかける。そして、こちらを安心させるように微笑んだ。
「私たちのことを心配しているなら、それは杞憂だ。決着はついたよ」
その結果がこのざまだ、なんてグラハムはあっけらかんと笑う。清々しいほどの笑顔に、思わずクーゴは自分の懸念材料を忘れてしまいそうになった。
自分たちを眺める刹那が、ふっと表情を緩めたのが『視える』。口元に微笑が浮かんでいるようなのは見間違いだったのだろうか。
「クーゴ・ハガネ。……決着はつけた。これ以上、フラッグと戦闘を続行するつもりはないから、安心するといい」
「あ、ああ」
刹那もまた、クーゴがグラハムと刹那の行く末を案じていると思ったらしい。実際案じてはいたけれど、大丈夫だと思っているし、その点についてはもう心配していない。
「遠い、な」
ぽつりと、グラハムが呟く声がした。彼の心情に呼応するかのように、グラハムのGNフラッグがゆっくりと腕を伸ばす。その先には、悠然と佇む刹那のガンダムがあった。
「まだまだ修行が足りないか」とグラハムは笑っていた。敗北者だというのに、その横顔は晴れ晴れとしている。彼は、ガンダムに届く/触れる直前で、静かに手を下した。
「……いいのか?」
「ああ。これでいい。これが、私の――私たちの選んだ答えなんだ」
クーゴの問いに、グラハムが曇りなき笑みを浮かべて頷いたのが『視えた』。視線をガンダムへ向ければ、刹那が静かな面持ちで頷くのが『視える』。
虫の知らせのように感じた悪寒に従ってここまでたどり着いたけれど、クーゴが危惧するようなことは何もなかった。何もなさ過ぎた。
相棒が決着をつけたのだから、普通に考えれば、次はクーゴの番である。しかしながら、クーゴは未だに、この戦場でイデアと相対峙していない。
もしかしたら、なんて、嫌な予感が脳裏によぎる。どうしてだかはわからないが、鮮やかな青い光が浮かんでは消えていくのを繰り返していた。
(……なんだ? この、言いようもない感覚は)
何かが警笛を鳴らしている。この周辺に漂っているのは、容赦のない悪意だ。寒気となって襲い掛かってくる、人間の負の感情だ。
最初は感情しかわからなかったけれど、今では、その感情を抱いている人間が誰なのかまではっきりわかってしまう。便利なのか不便なのか、どう扱えばいいのか、未だに把握できないでいる。
感情の主も、わかる。ただ、その人物が宇宙空間にいるはずがないのだ。パイロットとして生きてきたクーゴとは違って、ロボットとは縁遠い人生を歩んでいるはずなのだから。でも、感情の主はその人物以外あり得なかった。
しかし、クーゴの勘が警笛レベルで「その人物以外あり得ない」と告げている。この矛盾を説明する方法を、残念ながら、クーゴは何一つとも持ち合わせていなかった。確証のないことを安易に口出しするのは憚られた。
『――、―――!!』
不意に、誰かが何かを叫ぶ声が『聞こえた』ような気がした。
何を言っているのか、うまく聞き取れない。ただ、そこに何が込められていたかは『理解した』。向けられた感情も、誰に対する感情かも。
簡単なことだ。それは、幼い頃からずっとクーゴに向けられてきたものだ。蒼海がずっと、クーゴに向けてきたものだ。
『憎い』
今度ははっきりと聞き取れた。そして、そのタイミングを待っていたかのように、レーダーがけたたましく鳴り響く!
『私の世界に、この
何事かと、刹那とグラハムが振り返る。
『――修正を』
間髪入れず、向う側から大量の光が、ガンダムとGNフラッグに向かって降り注いだ!
大破していたグラハム機は当然動かない。異変に気づいたとしても、何の抵抗もできぬまま光に飲まれて大破する――そんな末路があった。
だが、その未来を覆せる機体が近くにいる。満身創痍でありながらも、何の問題もなく動ける機体/人物が。
「ッ、グラハム!!」
刹那/ガンダムが、GNフラッグの元へと飛び出した。降り注いだ光が迫る中、ガンダムがグラハムのGNフラッグを庇うようにして突き飛ばす。
そのタッチの差が、グラハム/GNフラッグの運命を分けた。しかし、それが――刹那/ガンダムがグラハム/GNフラッグに降りかかるはずだった悪意に晒される原因となる。
ほんの一瞬、必死の形相をした刹那と、刹那に庇われたことに気づいて驚愕の表情を浮かべたグラハムの表情が『視えた』。
「刹那――!?」
グラハムが叫んだとき、間髪入れず、悪意が天使へ襲い掛かる!!
毒々しい紫の光が、グラハムの翔るGNフラッグごと、刹那のガンダムを焼き払った。
「うわあああああああああああああああああッ!!」
刹那とグラハムの悲鳴が『聞こえた』。その声は、あっという間に爆風に飲まれて消えてしまう。クーゴは、その光景を眺めていることしかできなかった。
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(間に合え。間に合え。間に合ってくれ!!)
祈りにも似た感情を抱いて、GNフラッグは空を翔る。懸念材料は3つある。1つめは親友とその恋人の行く先、2つめは明日の約束を交わした好敵手と自分の行く先、3つめは――纏わりつくように感じた、姉の悪意。
姉、と言っても、GNフラッグと同じ系列の機体ではない。姉弟という認識は、GNフラッグと姉に使用されたOSの系譜が関連している。そのため、人格形成時にも影響があったのだ。自分たちのようなケースはこの世界では珍しい部類に入るらしい。閑話休題。
GNフラッグの眼下には、ソレスタルビーイングへの最終兵器として鎮座しているサイコガンダムが、天上人の母艦と激しい戦闘を繰り広げているところだった。優勢なのはもちろんサイコガンダム。自分たちが防衛する必要はなさそうだ。おかげで、GNフラッグは自身のことに集中できる。
レーダーに、友の機体は映っていない。おそらく『彼』が戦っている宇宙域は、レーダーの範囲外にあるのだろう。しかし、GNフラッグには、友がどこで戦いを繰り広げているか『わかって』いた。
姉の悪意が向けられる先には、『彼』と『彼』が愛してやまないガンダムエクシア。姉は、この2人の“何か”が決定的に気に入らないらしかった。この2人の特筆する部分は「敵同士ではあるが、恋人同士でもある」という点だけである。
(姉は、『あいつ』に惚れていたということか? ……いや、それはない。惚れているというより、お気に入りの玩具みたいなニュアンスを感じたから)
自分で思考しておいてなんだが、我ながら酷い例えである。しかし、その表現の方がしっくりくるのだ。
玩具を誰かにとられたくないということだろうか。それとも、思い通りに動かない玩具に苛立っているのだろうか。どす黒い感情は複雑に絡み合っていて、姉が何を考えているのか『わからない』。
姉が、自分の『相棒』や部下たちを、玩具を見るような目で眺めていたことは知っていた。GNフラッグも注意を払っていたし、『相棒』や仲間たちにも注意を促しておいた。それも虚しいことになりつつある。
「俺の見立てが甘かった、ってか」
自分の無能さに反吐が出そうになる。GNフラッグは更に加速した。
早く、早く、行かなければ。姉の悪意が、『彼』とエクシアの想いを踏みにじる前に。
この場で戦う
GNフラッグの脳裏に、断片的な映像が浮かんでは消えていく。自分たちと同じ姿をした機体の中に、自分たちよりもはるかに小さな“得体のしれない生き物”が乗り込んで、自分たちを動かしている世界の光景だ。
エクシアと『相棒』――実際には、その機体に搭乗している“謎の生き物”たち――の戦いを踏みにじった悪意。GNフラッグの中に乗っていた“生き物”は、その存在を予期していたにも関わらず、どうすることもできなかった。
今のGNフラッグも、その“得体のしれない生き物”と同じ末路を辿りつつある。悪意の到来を予期しながら、結局見過ごすことしかできない。友の命が踏みにじられるのを、眺めていることしかできないというのか。
(そんなのは御免だ)
GNフラッグは加速する。下手したら、限界を超えて爆発四散してもおかしくない程の速さまで。
不意に、視界が開けた。その先に見えたのは、『彼』とガンダムエクシア。損傷度合いといい、決着の様子といい、その軍配といい、先程GNフラッグが『視た』光景と似ている。
2人の奥にある宇宙空域に視線を向ける。かなり遠くに、『彼』とエクシアに狙いを定める存在が『伺えた』。奴は、明らかに『彼』とエクシアに照準を合わせていた。
『彼』とエクシアが振り返る。2人はまだ、狙いを定めている悪意の存在に気づいていない。彼らは戦いの余韻を残したまま、満足げな笑みを浮かべて振り返った。
GNフラッグの存在に気づき、何かを言おうと口を動かす。その奥で、紫の光が爆ぜたのが『視えた』。GNフラッグは全力で飛び出す。絶対に、あの悪意に晒させて溜まるものか。
「――2人とも、逃げろ!!」
GNフラッグの叫び声は、2人に届いたのだろうか。
それを確認する間もなく、GNフラッグは2人を守るために、悪意の前へと躍り出た。
◇
『――、―――!!』
不意に、誰かが何かを叫ぶ声が『聞こえた』ような気がした。
何を言っているのか、うまく聞き取れない。
ノイズまみれの光景が、クーゴの頭の中に浮かぶ。
宇宙空間、神聖な戦い、決着、2人の出した答え。
その先を――クーゴは、『知っている』。
(ッ、間に合え! 間に合ってくれ!!)
クーゴの気持ちに比例するかのように、GNフラッグは速度を上げた。気のせいか、クーゴのGNフラッグも何か焦っているように感じる。
不意に、視界が開けた。その先に見えたのは、グラハムの翔るGNフラッグと刹那の翔るガンダムエクシア。損傷度合いといい、決着の様子といい、その軍配といい、先程クーゴ/GNフラッグが『視た』光景と似ている。
2人の奥にある宇宙空域に視線を向ける。かなり遠くに、グラハム/GNフラッグと刹那/ガンダムエクシアに狙いを定める存在が『伺えた』。奴は、明らかに2人へと照準を合わせていた。そのタイミングを待っていたとでもいうかのように、レーダーがけたたましく鳴り響く!
『憎い』
声の主こそ、蒼海だ。
やはり、クーゴの予感は的中していたらしい。
『私の世界に、この
間髪入れず、向う側から大量の光が、ガンダムとGNフラッグに向かって降り注いだ!
『――修正を』
何事かと、刹那とグラハムが振り返る。回避しようにも、刹那/ガンダムならまだしも、満身創痍のグラハム/GNフラッグが回避することなど不可能であった。
刹那/ガンダムがグラハム/GNフラッグを守ろうと動いた。先程『視た』
どこかで姉が嗤ったのが『視えた』。
彼女の願いは叶えられる。刹那とグラハムの死をもって。
そんなこと、絶対に。
「させて、たまるかぁぁぁぁぁぁッ!!」
クーゴが叫んだ刹那、視界いっぱいに青い光が爆ぜた。
速度計のメーターが振り切れ、自分の眼前にいたガンダムとGNフラッグを追い抜き、クーゴのGNフラッグが2機/2人の前に躍り出る。蒼海の悪意を受け止めるには役として不足であるということは自覚しているけれど、その悪意に友人たちを巻き込みたいとは思わなかった。
今まで目を逸らしてきたツケなんだろう、と、自嘲する自分がいる。だからこそ、今度は目を逸らすことなく、逃げることなく、向かい合わなくてはならないのだ。決意を抱き、クーゴは紫の光と向き合う。ガーベラストレートとタイガー・ピアスを鞘から引き抜き、構えた。
無謀だと誰かは言うだろう。あるいは、嗤うのだろう。
それでも、それでも。今、この瞬間は。
決して逃げてはいけない、と、クーゴは強くそう感じたのだ。
この場で戦っていた2人は、姉の玩具ではないのだから。
「クーゴ!?」
「クーゴ・ハガネ!?」
背後から、グラハムと刹那の声が聞こえた気がした。驚きに満ちた表情を浮かべた2人の顔が、クーゴの視界の端にちらついて『視える』。それごと振り切るようにして、クーゴはガーベラストレートとタイガー・ピアスを振るった。コンマ数秒のタイミングでの居合斬りは、ビームを真っ二つに切り裂いた。
以前、ビームガンの弾丸を切り捨てたのと同じ原理である。クーゴのGNフラッグは背後の2機/2人を庇いつつ、ガーベラストレートとタイガー・ピアスを振るい、攻撃を相殺していく。1回、2回、3回、4回――ビームを叩き斬り、火花が飛び散っていく。5回、6回、7回、8回――防戦一方というのも辛いものがあった。
しかし、攻撃を切り捨て/グラハムのGNフラッグと刹那のガンダムを庇いつつ、GNフラッグは悪意の元――蒼海の元へと距離を縮めていく。
思い出すのは、いつぞやの対面。母に言われるがまま、実家の剣道場で剣を振るいあった試合の光景だった。もっとも、遠距離から一方的にクーゴを攻撃できる蒼海の方が有利である。援護なしに彼女の元へ突っ込むクーゴが無謀だと言えよう。
普通はどう考えたって、こんな戦法を取ろうとはしない。でも、それ以外、今の自分には何も思いつかなかった。姉と対峙するためには、真っ向勝負以外あり得ないと思ってしまったのだ。……本当に、馬鹿な話である。
ビームを切る。何度も切る。相棒と相棒の愛する人を守るために。あるいは、姉の喉元に迫るために。
1回、2回、3回、4回――いつしか、切り捨てた攻撃の数を、数えることすら忘れてしまった。
宇宙の闇の中に、薄らぼんやりと機影が見えた。大きさからして、MSというよりMAと言った方が正しいだろう。
毒々しい赤紫。鳥を思わせるようなそのMAは、見覚えがあった。
(あの機体、タクマラカン砂漠で見たあのMAじゃないか!)
PMCトラストのイナクトと戦っていたときに乱入し、クーゴのフラッグに襲い掛かってきた機体だ。やはり、あの砂漠――アザディスタンの王宮で攻撃を仕掛けたMAは、蒼海の機体だったようだ。
GNフラッグがMAへ迫る。MAも、GNフラッグ――クーゴを視認したようだ。カメラアイがほんの少し動き、クーゴ/GNフラッグを捉える。しかし、MAはおもむろに視線を逸らした。視線の先には、唖然とこちらを眺めるグラハムのGNフラッグと刹那のガンダムがいた。
視界の向う側で、ばちり、と光が爆ぜた。MAが、主砲を発射するためのエネルギーを充填し終えたらしい。しかも、規模からして、クーゴに向かって攻撃してきたビーム砲よりも出力が高いものだ。照準の先には、グラハム/GNフラッグと刹那/ガンダム。
それが何を意味しているか分からない程、クーゴは愚鈍ではない。
しかし、それを黙って見過ごせる程、クーゴは非情になりきれなかった。
即座に方向変換し、再び2機の前に立ちふさがる。そして、蒼海の悪意と対峙した。クーゴの刃と蒼海の砲撃が激しくぶつかり合う!
「ぐ……!」
機体に衝撃がかかった。ガーベラストレートとタイガー・ピアスが悲鳴を上げる。みしり、と、何かが軋む音がした。
直後、ガーベラストレートとタイガー・ピアスの刀身が真っ二つに割れた。射撃系レーザー兵器すら真っ二つにする刃は、度重なる攻撃をいなすうちにひび割れていたらしい。
「しまっ――」
クーゴの言葉は、最後まで紡がれることはなく。
毒々しい紫の光が、クーゴの視界いっぱい/GNフラッグに炸裂した。
「うわぁぁぁぁあああああッ!!」
身を焼くような、あるいは潰されるような、もしくは引きちぎられるような、言葉にするのが不可能なほどの衝戟。
四方八方から爆発音が響いたのを最後に、クーゴの意識は一気に白い光に飲み込まれた。
「クーゴ!」
「クーゴ・ハガネ!」
グラハムと刹那の金切り声が耳を掠めたような気がする。瞬く間に、視界が黒に染まった。
体の感覚まで焼き切れ、潰され、引きちぎられてしまったためなのか、何も感じなくなる。
右も左も上も下も、何もない。自分がどんな体勢なのかも忘れてしまった。漂っているのか、沈んでいるのか、判別がつかない。
――不意に、手を掴まれたように、がくんと体が揺れた。利き手を覆うのは、優しい温もり。
『大丈夫。……私が、貴方を死なせません。クーゴさん』
『今度は僕が、貴方を助けます』
どこか、暗闇の向う側から、誰かの声が『聞こえた』気がした。
◆
クーゴのGNフラッグが大破し、砲撃の威力もあってか、宇宙の彼方へと吹き飛ばされる。友人の悲鳴が木霊する中で、グラハムは何もできなかった。ただ、茫然と、その光景を眺めていた。
GNフラッグが纏っていた青い光だけが遠くで瞬いていたが、それすらも、闇にまぎれるようにして消えてしまった。グラハムは、本能的に感じ取る。あの光はクーゴの命そのものであった、と。
光が消えたということは、即ち――。
グラハムの予想を肯定するかのように、『誰か』が笑った気配がした。
この世の幸せを手にしたかのような、恍惚とした笑み。
『ああ、やっと死んだのね』
ぞっとした。女性の言葉に、グラハムは背筋を震わせる。
『邪魔なゴミがいなくなった』
女は笑う。積年の恨みを晴らし、望みを叶えたかのように。
どこまでも歪んだ表情で、クーゴの死を喜んでいた。
『アレが、他人を優先するような性格で本当に良かった。グラハム・エーカーを狙えば、奴を庇おうとすることは分かっていたし』
その言葉に、グラハムは目を剥く。
満身創痍の自分たちに向けられた攻撃。クーゴはそれからグラハムたちを庇うような形で撃墜された。それが、クーゴの性格を理解したうえで仕組まれたものだったと知って、黙っていられるはずがない。
「――ッ!」
グラハムの感情に呼応するように、機能の大半を停止していたはずのGNフラッグが動く。と言っても、方向変換し、友を屠った相手を睨みつけるのが精一杯であったが。
鳥を思わせるような巨大MA。先程『視た』金色のもの――刹那/ガンダムが屠った相手とは、規模も、感情の大きさも違った。カメラアイが不気味な輝きを湛える。
次の瞬間、宇宙の闇に紫の光が爆ぜた。先程クーゴを屠った紫のレーザー砲が、グラハムのGNフラッグ目がけて降り注ぐ!!
満身創痍のフラッグでは、躱すことなど不可能だ。逃れる術など、今のグラハム/GNフラッグは持っていない。
異変に気づいたとしても、何の抵抗もできぬまま光に飲まれて大破する――そんな末路があった。
だが、その未来を覆せる機体が近くにいた。満身創痍でありながらも、何の問題もなく動ける機体/人物が。
「ッ、グラハム!!」
刹那/ガンダムが、GNフラッグの元へと飛び出した。降り注いだ光が迫る中、ガンダムがグラハムのGNフラッグを庇うようにして突き飛ばす。そのタッチの差が、グラハム/GNフラッグの運命を分けた。
しかし、それが――刹那/ガンダムがグラハム/GNフラッグに降りかかるはずだった一撃に晒される原因となる。ほんの一瞬、必死の形相をした刹那の表情が『視えた』。グラハムは、茫然と彼女の表情を『視て』いた。
「刹那――!?」
グラハムが手を伸ばしながら叫んだとき、間髪入れず、悪意が天使へ襲い掛かる!!
毒々しい紫の光が、グラハムの翔るGNフラッグごと、刹那のガンダムを焼き払った。
爆ぜた光、機体を震撼させる衝戟、体に襲い掛かる痛み。
「うわあああああああああああああああああッ!!」
自分の悲鳴と重なるように、刹那の悲鳴が木霊する。
耳をつんざくような爆発音が響き渡り、グラハムの意識はそこで断線した。