大丈夫だ、問題しかないから。-Blue trajectory- <1st Season>   作:白鷺 葵

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1stシーズン編・ラストエピソード
EX-1.赤き星の子


 固く閉ざされた部屋の向うから、女性の叫び声が木霊する。痛い、痛い、苦しい、死ぬ――分厚い扉の向こう側から、女性の思念が伝わって来た。

 廊下に並んだ男は、完全に無力であった。自然分娩および出産というものが、こんなにも愛する人にとって大変なことだなんて思わなかったのだ。

 

 S(スペリオル).D(ドミナント)体勢になってから、人類は自然分娩をやめて試験管による精子と卵子の雑交配制度を導入し、そちらの方を普及させた。このS.D体制下では、子どもといったら「不特定多数の精子と卵子を受精させ、試験管の中で育てられたのち、養父母の資格を有する人々に与えられるもの」という認識である。

 もっとも、S.D体制を支えるお偉いさん曰く、「子どもは健全な環境の中で育つのが当然」らしい。そのため、子どもは養父母の元で育てられる。養父母の資格を得るためには結婚すればいいのだが、子どもを養育している状態で離婚すると、養父母の資格は剥奪され、子どもの記憶も消されてしまうのだ。

 本当の幸せとは何か。S.D体制の中で育ち、箱庭を享受し続ける人類は、そんなことを考える思考回路すら備わっていない。考えてしまったが最後、ユニバーサルから粛清されてしまう。「社会の秩序を壊しかねないため」というのが理由の1つであるが、人が何かを疑問に思うことがそんなにもおかしいのだろうか。

 

 扉の向こうから絶叫が聞こえた。力んでいるということはわかっていたけど、内容が「死ぬ」に近いものだったので、余計に不安になってくる。

 

 

「嗚呼! 神様、仏様、コーラサワーッ!!」

 

「おい、ちょっと待て。コーラサワーって何だ?」

 

「クレアが言ってた。ご利益あるって」

 

 

 謎の言葉を口走ったのは、額にバンダナを巻いた茶髪の男――ラナロウ・シェイドだった。神頼みとは、S.D体制における背景や、自分自身の腕前を頼りにしている彼らしくない。余程切羽詰っているのだろう。この問題ばかりは、ラナロウがどうにかできる問題ではなかったためだ。

 ラナロウにツッコミを入れたのは、制服の首元にクラバットを巻いた鳶色の髪の男――マーク・ギルダーである。こちらもまた、平時のような落ち着き払った様子はなかった。ラナロウの妻の次は、自分の妻があそこで戦う番なのだ。彼女も同じような痛みに晒されるのだと考えると気が気でないのは当然のことだった。

 

 蛇足であるが、S.D体制になって以後、人類はグランドマザー主導の下、争いの元凶となるものを片っ端から駆逐した。特に、宗教やその他イデオロギーに関連する出来事は徹底的に封殺していたそうだ。閑話休題。

 

 

「クレアが豪運の持ち主で、そういうので生き残ってきたような奴だってのは知ってる。わかってんだよ。でも、でもなぁ……!」

 

 

 ラナロウが頭を抱えたのと同じタイミングで、扉の向こうから絶叫が木霊する。子を産むときの痛み。

 古い文献を読み漁って得た知識曰く、出産の痛みは「鼻から西瓜を出す」ような痛みなのだそうだ。

 例えはよくわからなかったが、女性に凄まじい負荷がかかっていることだけはよくわかった。

 

 祈ることしかできないというのは、本当に無力なものである。こんなにも近くにいるのに、当事者ではないというだけでなにもしてやれないのが歯がゆい。

 古い文献では、S.D体制以前における自然分娩とは「母子ともに危険が伴うもの」だった。凄まじい痛みと、命を落とすかもしれないリスク。これらは、S.D体制では完全に廃れていた。

 

 

「……カリナは凄いな。こんな痛みと戦って、こんな辛いことを乗り越えて、念願の母親になったんだから」

 

「そうだな」

 

 

 数か月前、自然分娩をやり遂げた『同胞』の偉業を噛みしめるように、マークは呟いた。ラナロウも同意する。

 

 

「ユウイが頑張る理由もよくわかる。嫁さんがこんな思いをしたんだ。その間、祈ることしかできなかった。……その分を、どうにかしたいって思うんだろうなぁ」

 

 

 ラナロウが深々と息を吐いたときだった。

 

 扉の向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。ラナロウとマークは同時に跳ね起きる。先陣を切って扉を開けたのは、勿論ラナロウであった。

 病室の中で、青を帯びた黒髪の女性が、汗だくになりながらもやり遂げたような笑みを浮かべていた。彼女の腕の中には、夜の闇を思わせるような黒髪の女児が元気に動いていた。

 

 その顔立ちは女性と瓜二つで、笑った表情なんてそっくりだった。しかし、目元はラナロウとよく似ている。きゃっきゃ、という笑い声を聞いて、ラナロウはおぼつかない足取りで女性の元へと歩み寄った。

 夫がよたよたと近付いてきた様子を見た女性は、満面の笑みを浮かべた。「私もお母さんになったよ! 頑張ったよ! 褒めて褒めて!!」――そんな妻の言葉と、彼女に呼応するようにはしゃぐ女児の様子に、緊張感が切れてしまったらしい。

 ラナロウは言葉にならぬ声を上げて、「お前は一体何者だ!?」と問いかけたくなるような勢いで男泣きし始めた。平時だったら絶対にやりそうにないが、父親になったということでテンションが振り切れてしまったのだろう。

 

 気が付けば、ラナロウとその家族たちの周囲には人だかりができていた。ユウイとカリナ夫婦を筆頭とした若者組だけではない。若者たちに対して反感を抱く長老――ゼルや、『同胞』たちにとっての女神であるフィシス、2代目の指導者(ソルジャー)として『同胞』の未来を暗中模索しているジョミーもいた。

 子どもが無事に生まれたとなれば、名づけの問題が出てくる。ユウイは「お父さんとして最初に、子どもにプレゼントするものだから」と、自分で考えて命名していた。ちなみに、S.D体制下での命名は、養父母が自分たちで考えたり、養父母の関係者、あるいはユニバーサルのお偉いさんが名付け親になったりする。どれを選ぶかは本人たち次第だ。

 

 

「お前ら、その子の名前はどうするんだ?」

 

 

 マークの問いに、ラナロウとその妻は顔を見合わせ笑った。

 「自分たちで考えて決める」と言って、一緒に古い文献を読み漁っていたけれど、肝心の名前は教えてもらっていない。

 

 どうやら、この場で命名発表となるらしい。2人は幸せそうに微笑み、おくるみに包まれた娘へ告げる。

 

 

「ベルフトゥーロ・ティアエラ」

 

「ベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイド……」

 

 

 ラナロウ夫妻が告げた女児の名前を、フィシスが確認するように鸚鵡返しした。そして、ふっと笑みを浮かべる。金の長髪がさらりとゆれた。

 

 

「“未来の鐘を鳴らす者”……。きっとこの子は、誰も考えられないような偉業を成すでしょう」

 

 

 未来を『視る』盲目の占い師。『同胞』の女神の言葉に、嘘はない。フィシスの託宣を聞いたラナロウ夫妻は目を輝かせると、愛娘ベルフトゥーロへと向き直った。こんなに小さいのに凄いね、と、妻が微笑む。

 カリナに抱かれていたトオニィも、新しい友人に話しかける。トオニィは凄まじい能力を持っており、生まれてまだ数か月だというのに、平然と力を使いこなしていた。能力はジョミーやブルーと同じ荒ぶる青(タイプ・ブルー)だ。

 

 

『はじめまして、ベルフトゥーロ。僕はトオニィ。名前が長いから、キミのことはベルって呼ぶよ』

 

 

 トオニィが何を言っているのか察したのか、ベルフトゥーロはきゃっきゃと笑った。その笑顔につられたのか、周囲に集まっていた人々も笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワシはな、昔は髪フッサフサのイケメンじゃったんじゃ……!」

 

 

 人工ウィスキーを呷りながら、禿げ頭で白ひげを蓄えた長老が嘆きを叫んだ。S.D体制になって以後、肉や野菜、金属類等も人工で生み出すことができる。それは本物と遜色ないが、ナスカの大地で野菜作りに勤しむ若者たち曰く、「人工物は何か足りない」らしい。閑話休題。

 

 

「ゼル、飲みすぎだ。少し落ち着け」

 

 

 禿げ頭の長老――ゼルに苦言を呈したのは、白髪で理知的な長老だった。片側の袖からは物々しい鋼鉄の義手が顔をのぞかせている。

 しかし、彼の諌める言葉は、ゼルにとっては火に油を注ぐようなものでしかなかった。ゼルは駄々っ子のように首を振り、テーブルに拳を叩きつけた。

 

 

「ワシがまだ『ミュウ』として目覚める前は、後輩の女の子がファンクラブ作るくらいイケメンじゃった。薄らとしか覚えておらんけども。『ミュウ』に目覚めて以後は、苛烈なる爆撃手(タイプ・イエロー)として前線で戦っていたんじゃ……! 自分で言うのも何じゃが、かなり活躍してたんじゃ……!! 好きな女の子だっていた! お前だってそうだろ、ヒルマン!?」

 

「……あー……」

 

 

 ゼルの言いたいことはよくわかっていたし、彼の言葉は正しかったので、白髪の長老――ヒルマンは居心地悪そうに視線を逸らした。

 ヒルマンはゼルと並び、『ミュウ』の攻撃担当として前線を張っていた。腕を失くして以後は引退して研鑽に励み、「教授」と呼ばれる程になったのだ。

 攻撃面のツートップだけではなく、恋愛面での三角関係でも張り合っていた。まあ、今となっては遠い日の話であるし、その相手はこちらに振り向いてすらくれなかったのだが。

 

 その話を聞いた褐色の肌で金髪の男も、何かを察したように天を仰いだ。彼の手にも、人工ウィスキーが注がれたグラスが握られている。頬に赤みが差しているあたり、こちらも相当酔っぱらっていそうだ。

 彼もまた、ゼルとヒルマンが攻撃面でツートップを張っていた頃、堅牢たる完全なる護り手(タイプ・グリーン)として防御機構の要を担っていた。現在では艦長としてクルーに的確な指示を出している。最近では2代目指導者(ソルジャー)に信頼される相手の1人でもあった。

 

 過去にぐだぐだと溺れかけた大人3人組のど真ん中に、3歳程度の少女が椅子に座ってミルクを呷っていた。美しい青の瞳は、「ああもう、この大人はしょうがないんだから」という呆れを含んでいるように思う。彼女の隣には、生まれて数か月程度の赤子が能力を使って浮かんでいる。赤子は、涙目で女児を見上げていた。

 

 

「まあ、どんなにイケメンであろうと、周囲の女の子たちの基準が大グランパじゃねぇ。太刀打ちなんてできないよね」

 

 

 外見が“守ってあげたい、儚い系”で、且つ、意志が強くて、仲間想いで人望が厚いイケメンだもんね――女児の言葉に、男3人が揃って天を仰いだ。

 

 この少女が語る大グランパとは、初代指導者(ソルジャー)であるブルーのことだ。月を連想させるような銀色の髪に、宝玉のような紅の瞳、どこまでも透き通った白い肌、静かで落ち着いた低い声が特徴の、問答無用のイケメンである。

 ブルーは当時から、外見年齢に一切の変化がない。そうして、人を惹きつける魅力の持ち主だ。カリスマ性だって持っている。虚弱体質なのはその引き換えだったのではないかと思ってしまう程、天は彼にたくさんのものを与えていた。

 

 

「もっとも、太刀打ちできないからって泣き寝入りしたら、当たり前だけど、残念な結果になるよね」

 

 

 女児は淡々と言葉を紡いだ。が、次の話題を口に出した途端、うっとりとした口調に変わる。

 

 

「しっかし、ブラウ女史っていいよね。美人だよね。包容力のある肝っ玉姐さんって感じだし、褐色の肌なんかチョコレートみたいに甘そうだし。若い頃はお転婆で可愛かったんだろうなー。エラ女史はおしとやかで理知的で落ち着いてるし、年を重ねたことによる上品さとか、本当にたまらない。若い頃は勿論、知的なクールビューティ―として引く手数多だったんだろうなー」

 

 

 うへへ、と、女児は笑った。口元からだらしなく涎を垂らしながら、若い頃の長老(女性2人組)に思いを馳せる。

 侮ることなかれ。この女児は、女性を口説き落す才能に満ち溢れていた。何人の女子(おなご)を口説き落し、「あの子が青年だったなら」と女子(おなご)を悲しませたであろう。

 「口説き落して恋愛したい相手は女性だ」と堂々宣言し、人妻まで攻略しようと乗り出したときは、本気でどうしようかと悩んだものである。閑話休題。

 

 今の女児の目は、肉食獣のような目をしていた。それを見た赤子が身を震わせる。

 

 

『……ねえ、ベルは女の人がいいの?』

 

「そうだね。女の子可愛いもんね。女性は素敵だもんね」

 

『男の人で、そう思う人はいないの?』

 

「みんな友達だよ。あ、でも、エルガンは論外?」

 

『ろっ……!!?』

 

「いや、だって、何かある度にびーびー泣いてるんだもん。それに、殴るのも殴られるのも大好きなんでしょ? そんな変態、論外よ。論外」

 

『違うもん! そんなド変態、僕じゃないよ!!』

 

 

 女児にバッサリ切り捨てられた赤子は、そのまま大泣きし始めた。あまりの不憫さに、大人3人も天を仰ぐ。彼らもまた、似たような状況に陥ったことがあった。

 好きな女の子がソルジャー・ブルーの熱烈なファンで、「他の奴らは論外」と言っていたのを聞いてしまって泣き寝入りしたとか、丁度そんな感じである。

 子ども2人のやり取りでトラウマをぶち抜かれた男3人組は、彼女たちの親がやって来るまで、腕で顔を覆っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神様、仏様、コーラサワーッ! もしくはキリコ・キューヴィーも連れてこい!!」

 

 

 固く閉ざされた部屋の向うから、女性の叫び声が木霊する。相変わらず、訳の分からない単語だった。声の主曰く、「ご利益がある」らしい。

 長らく一緒に育ってきたエルガン・ローディックとイニス・メファシエル・レイでさえよくわからないのだ。他の人間たちがわかるはずもなかった。

 

 

「レティシアが生まれるときも、あのフレーズで願掛けしてたな」

 

「そのおかげか、この子もすくすく育っているわ」

 

 

 銀の髪をさらりと揺らしながら、イニスは静かに目を細めた。彼女の腕には、数か月前に生まれた赤子が抱えられている。

 ペールグリーンの髪と紫の瞳を持つ女児がこてんと首を傾げた。顔立ちは母親(イニス)、色合いは父親(アラン)が遺伝したらしい。

 平時は愛娘にめろめろなアランだが、友達のことは気になっているようで、しきりに扉を眺めていた。

 

 女性の夫である黒髪の男性は、椅子に座って端末を弄繰り回している。何かの結果を確認しては、女性の叫び声に耳を傾け、再び端末をいじることを繰り返している。

 

 

「……キミ。何度ヴェーダで計算しても『母子ともに健康、問題ない』って結果以外出ないんだから、いい加減にしなよ」

 

「手持無沙汰とは恐ろしいものでな。今ならキミの気持ちがよくわかるよ、アラン」

 

 

 男は力なく微笑んだ。自分が作ったスパコンに、母子の健康状態云々を計算させていたらしい。何て無駄な使い方なんだ、と、この場にいる誰もがそう考えた。

 

 

「しかし、ヴェーダは『キミとイニスが結婚する』可能性を計算できなかったからな。まだまだ改良を重ねる必要がありそうだ」

 

「改良云々はもう充分だと思うぞ」

 

「そうだね。結婚の件については、当の僕らも予測不可能だったしね」

 

 

 一抹の不安を零した男に、エルガンとアランは苦笑した。また、背後から絶叫が響く。思わず、面々は扉へ視線を向けた。あそこで、親友である女性は「母になるため」に戦っている。その痛みを体感できない自分たちは、母子ともに無事であることを祈るのだ。

 ややあって、扉の向こうから赤子の泣き声が聞こえてきた。この場に居合わせた者たちは大急ぎで立ち上がる。扉が開かれた先にいたのは、汗だくになりながらもやり遂げたような笑みを浮かべた女性と、彼女に抱かれた赤ん坊だった。

 

 

「私、頑張ったよ! 褒めて褒めて!!」

 

「ああ。ああ。凄いよ、凄いよベル」

 

 

 満面の笑みを浮かべる妻に、夫は涙目になりながらうんうん頷いた。そんな彼らに、緑の髪に紫の瞳を持つ少年は気圧されたらしい。所在なさげにしている。

 だが、女性は構うことなく少年を呼んだ。少年はおずおずと3人の元へ歩み寄る。

 

 

「ほら。キミのおにいさんですよー」

 

 

 女性の言葉に思うことがあったようで、少年は弾かれたように女性を見た。そうして、ちょっと泣きそうな顔で微笑み、頷く。

 

 自分は兄なのだと言い聞かせるように、少年はそっと目を伏せた。すぐに顔を上げて、女性の腕に抱かれた子どもに手を差し伸べる。子どもはきゃっきゃと笑い、少年の指を掴んだ。

 小さな手。慣れないものに触れているという事実に、少年はおっかなびっくりしている様子だった。「人間は脆いから、慎重に触れないと……。ああもう、どうすればいいかな」と悩ましげに呟く。

 女性の親友の娘で散々練習しただろう、という言葉が口から出かかったが、少年にとっては天と地の差があることはみんな知っていた。だから、微笑ましく見守ることにとどめておいた。知らぬは当人ばかりだろう。

 

 

「ベルフトゥーロ」

 

 

 イニスに名前を呼ばれた女性――ベルフトゥーロが振り返る。イニスは静かに微笑んだ。

 

 

「おめでとう」

 

「うん、ありがとう!」




【参考および参照】
『天使・悪魔 - キャラ名とかハンドルネームとか考えるのに参考になりそうなサイト』より、『テイアイエル(未来を司る天使)』(テイアイエルを元にして「ティアエラ」)
『天使辞典』より、『メファシエル』

拙作感想欄(レイトレインさま)より『神様仏様コーラサワー』
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